第伍歩・大災害+68Days 其の参
毎度の事ながらとーとつに、レオ丸の一人語りにて。
過去投稿分でてきとーに書き散らしていたものを、まるで伏線であったかのようにリサイクルしました。
勿論、ご利用は無計画に、ですよ。
誤字を訂正致しました(2015.12.25)。
“IT CAME FROM OUTER DUNGEON”ってか?
『PHASE Ⅳ』みたいに意志の疎通が出来りゃエエけど、ジョン・ウィンダム御大の『THE DAY OF THE TRIFFIDS』みたいに問答無用やったしなぁ。
まぁ視力を失ってへんから、まだ対抗出来るだけマシか。
しかしアイツらは、帝国陸軍の皇道派か?
“話せば判る”って言うても、ワシはフェロモンでの会話が出来ひんから、どうしようもないか。
ずっと後ろの方から聞こえるはずの<変異蟻>共の、背中にサブイボが出るような鳴き声が岩肌に反響するさかいに、直ぐ傍まで迫って来ているように思えるなぁ。
ああ、やだやだ。
ま、トラップを張りながら逃げてるさかいに、暫くは大丈夫やと思うけど。
階段を降り切り、チラリと背後を振り返れば。
滑るような足取りのアマミYさんの更に向こうで、床・天井・壁を縦横無尽に跳び回っているミチコKさんの姿が見える。
三枚の御札の二枚目として召喚したのは、<煉獄の毒蜘蛛>。
彼女がせっせと吐き出し、隧道に張り巡らせてくれている、<カンダタの糸>。
鋼よりも強靭な糸なんやし、簡単には突破されへんやろう。
今は何よりも、一分でも一秒でも、稼げる時間は稼がんとな。
死んでも生き返るんは判っちゃいるけど、デッカイ蟻に噛み殺されるんは御免被りたいし!
ふう、さてよーやっと、最下層に着いた。
此処からは、更に打てる手を打たんと、な。
「アマミYさん!」
「何でありんす?」
「ちょいと先行してくれへんか?」
「わっちが居らずとも宜しいんでありんすか?」
「今よりも、五分先の未来が大事やさかいに!
此の通路の先に、此処がダンジョンとして生きてた頃に、ラスボスが鎮座ましましてた部屋があるんや!
其処を先に調べ倒して欲しいねん!」
「索敵でありんすか?」
「ラスボスは居ないはずじゃないっチャ?」
「ああ、ラスボスは居らんやろう、せやから索敵の依頼やない。
推測が正しけりゃ、其の部屋の何処かに隠し部屋があるはずや!」
「隠し部屋、でありんすか?」
「ああ、せや。其れが見つかれば、此の勝負はワシらの勝ちや」
「見つからねば?」
「バッドでデッドなエンディングが訪れるだけやわさ」
「判りんした」
「マサミNちゃん!」
「判ったっチャ、御主人」
コウモリに似た無数の影に分散し、音もなく飛び去って行く<吸血鬼妃>の後を、<金瞳黒猫>が懸命に追っかけて行く。
彼女らの姿を見送りつつ、ワシは次の二手を召喚する。
駆け続けるワシの足元から、<麒麟>と<獅子女>が勇躍した。
「チーリンLさん、アマミYさん達の援助を!」
「que vous le souhaitez Mon maître」
「アヤカOちゃんは、ミチコKさんの援護を!」
「委細了解にて」
背後で<呪縛の咆哮>が、号砲のように轟き木霊する。
そして、一分ほどのタイムラグを経て。
今度は前方で、<祝聖韻一声>が厳かな調べの如く凛と響き渡る。
其の瞬間。
ワシは、体からHPとMPがごっそりと抜け落ちるんを感じた。
踏鞴を踏み、酔っ払ったみたいな千鳥足になり、ワシは思わず頭からつんのめりそうになる。
「主様、大丈夫ですか?」
「旦那様、くたばるには早うございますよ」
今にも膝から崩れ落ちそうになったワシを左右から支えてくれたんは、アヤカOちゃんの大きな翼と、ミチコKさんの嫋やかながらも力強い腕やった。
「おおきに、二人共」
ミチコKさんに助けられながら、ワシはアヤカOちゃんの背中へと跨り、豊かに波打つたてがみへと顔を埋める。
<カンダタの糸>と<呪縛の咆哮>が効いたんやろう、耳障りなゼムアント共の鳴き声が聞こえへんようになった。
まぁどっちも、強力な足止めやからねぇ。
此れでもう何分かは稼げたやろう……って思いたいな。
稼げた時間でMPやらHPやらをちょびっとでも回復出来たら御の字やけど、其処までは高望みに過ぎるか。
デカ過ぎる『黒い絨毯』相手にはMPもHPも、なんぼあっても足りひんくらいやが、例え人の二倍三倍あったとしても勝てる相手やあらへんしな。
勝とうと思うたら、<火蜥蜴>を中隊レベルで呼び出せる<精霊術師>か、<炎の精霊>や<不死鳥>を眷属にしてんと、な。
あるいは、<妖術師>が横一列に並んで一斉砲火するんが手っ取り早いんやけど。
生憎んトコ、今のワシにはそないな能力もないし、眷属も居らんけどね。
せやから、ワシの持ち得る限りの最善をするしかあらへん。
其れが、チーリンLさんの<祝聖韻一声>や。
パラメータに数値として表されへんけど、幸運ってゆーか、確率を大幅に引き上げてくれる実に有難い魔法。
TRPG風に言うたら、ダイス修正のようなモンかな?
何かを試みたら、其れが成功するように後押しをしてくれるんやね。
しかし、其の代償はめっちゃデカイ。
契約主たる<召喚術師>、つまり今はワシやけど、其のHPとMPの八割方を費やさなアカンのや。
御蔭でどっちのパラメータもレッドゾーンに突入、身を以って知る赤字覚悟の大決算って技やわ。
さっき<動く骸骨>を景気良く召喚した分に、何体も同時召喚しとる眷属の分も合わせた結果、今のMP残量は一割前後。
ホンで、満タンやったHPを一気に献上したもんやさかいに、極限疲労状態のバッドステータスをプレゼントされてしもうた。
此れで、骨折り損の草臥れ儲けに……いや、草臥れ損か、そんな無駄でしたー残念でしたーベロベロバーみたいな事に、ならなんだらエエねんけど。
折り畳まれた翼に抱かれ、悠然と駆けるアヤカOちゃんの優々とした背中に安心して身を任せながら、頭の中で算盤を弾く。
御破算で願いましては……っと、うん、まぁ、取り敢えず、今んトコはまだ収支の差は黒字やな。
ってゆーても、一分毎にガツンと目減りして行きよるけどな。
愕然として見詰める借金時計の数字みたいに、何とも心臓に悪いお知らせやわ。
後は野となれヤマト発進……やのうて、果報は寝て待て、か。
頼むで、アマミYさん、マサミNちゃん、チーリンLさん。
任せたで、ミチコKさん、アヤカOちゃん。
其れから直ぐ、やった。
低く鈍い感じやったアヤカOちゃんの足音が、カツカツといった硬質な響きに変わりよった。
ああ、そーいや。
ラスボスの部屋は、通路や他の部屋みたいに剥き出しの岩肌やのうて、磨き抜かれた大理石が敷き詰められた場所やったなぁ。
のたのたとアヤカOちゃんの背から滑り落ち、硬い床で尻を打ち、其の痛みでバッドステータスの朦朧状態からようやっと抜け出せたわ。
水浴びした後のボルドー・マスティフみたいに頭を振り、ヨッコイショと立ち上がって見渡したら、真っ暗闇のがらんどう空間。
天井の頂点は差し渡し、三十メートルくらいか。
ただ一点の頂点を中心とした、半円形のドーム状のラストステージ。
床から壁へ、壁から天井へと続く全ての壁面が、互い違いに組み上げられた夥しい数の大理石製ブロック。
ヨタヨタと入り口付近の壁に近づき、支えを求める序でに、鏡面のような表面に手をピタリと当てた。
ひんやりとした石面が、ワシの右の掌から徐々に体温を吸い取って行きよる。
<淨玻璃眼鏡>越しの視界には、あるかなしか定かに見えぬほどの細い黒い直線が、縦横に走っとった。
指で其れをなぞれど、皺一つないツルツルのコピー用紙を触ってるみたいで、凹凸はさらさら感じひん。
拳を握り、軽く叩けば僅かに硬い音がして、……手の甲が痛いだけやった。
「主殿!」
背後からの声に振り返れば、入り口から最も遠い壁の前で、アマミYさんが珍しいくらいのオーバーアクションで手を振って居やはる。
入り口にせっせと<カンダタの糸>張り巡らせているミチコKさんを其の場に残し、アヤカOちゃんを連れてワシは徐に歩き出した。
「此処でありんす」
隣に立ったワシの手を取ったアマミYさんは、壁の継ぎ目の一部分へと強引に誘う。
「如何でありんしょう?」
そーゆわれても、相変わらずの滑々とした手触りに、ワシは首を傾げるしかあらへんかった。
「ワシにはさっぱり判らへんが……」
「御主人はやっぱり、ニブチンだっチャ」
「ほっといてんか! ホンでアマミYさんは……何を感じたんや?」
「空気の揺らぎでありんす」
「揺らぎ?」
「あい」
「もうちょい具体的に言うと、どんな感じなん?」
「虫の息のような、風の動きを感じるでありんす」
「虫の息……風の動き……って事は、此の部屋と此の壁の向こう側の何処かが、隙間で繋がっているって事か」
「さいでありんす」
「此の壁の辺りに、他に何かなかったか?」
「何もなかったでありんす」
「隠しスイッチのようなんも?」
「何処を触っても、押しても、何も起こらなかったっチャ」
「そっか……」
ワシは寸の間、思考の海に沈み、直ぐに浮上する。
「アマミYさん。此の隙間に潜り込んでくれるか?
何が其処にあるんか判らんけど、今はアマミYさんにしか縋る手立てはなさそうやわ」
「判りんした」
「ワシらの、家族の命運を託させてもらうわ」
何処かくすぐったそうな、其れでいて誇らしげな笑みを口の端に湛えると、例によって例の如く霧状に変幻するアマミYさん。
ワシには見えへんブロックとブロックの隙間へと、徐々に浸透して行かはる。
アマミYさんの身体が、半分程の大きさになった頃。
何処か遠くの方から、何とも嫌な圧力じみた僅かな気配と、神経を逆撫でするような鬱陶しい鳴き声が微かに聞こえて来よった。
やがて。
壁に張りついた小さな黒い残滓から、待ち望んでいた吉報が届けられる。
「主殿、部屋に着きんした」
「オッケー! アマミYさん、早うそっちで実体化してんか!」
染みのようやったアマミYさんの身体が全て消え去り、もどかしいくらいの一瞬が過ぎ、大理石の壁の向こうからくぐもった打音が聞こえた。
「ほな、行きまっせ!」
ワシは打ち合わせた両の掌を広げ、パシンと壁へと押し当てる。
「一丁行くでぇ、……<キャスリング>!!」
刹那のブラックアウトの後、ワシはたった一人で其処に居た。
其処が何処なんかを確かめたかったけど、其れは一旦後回しや。
「皆、お帰りやす!!」
振り返るなり、ワシは両手を互い違いに動かして大きな円を宙に描いた。
五体分の衝撃を、身体の奥の精神部分で確かに感じ取り、大きく深呼吸してから盛大に吐き出す。
さて、と。
改めてじっくりと室内を検分してみよう!
ふむ、なるへそ。
正確な数値は判らんけど、高さは四メートルくらいで、直径も同じく四メートルくらいの円筒形。
壁面も天井も、さっきまで居ったトコと同じ大理石のブロックで出来とるみたいやが、床は違うなぁ。
口に出さずにドッコイショを言いながら腰を折り、膝をつき、至近で観察すると、大きさは二センチ四方の二十種類前後の色タイルで埋め尽くされとった。
…………GIGIGIGI…………
其れ以外に特筆すべきモンは、何一つとしてあらへん。
カラフルな床面以外は、何とも殺風景な部屋やった。
此処が目当ての最終目的地であるんは間違いないんやろうけど、ワシの目的は此処に到着する事やのうて、此処ですべき事をなす事や。
正確に言うたら、もしかしたら出来るかもしれへん、って但し書きがつくんやけども……。
やっぱダンジョンってのは、一筋縄では行かんトコやのう。
隠し部屋に辿り着けたんやから、“おめでとう、はい、お望みの賞品です”って用意しといてくれてもエエやん?
GIGIGIGIGIGIGI……GIGIGIGIGIGIGI……
新しい展開を求めるには、どないしたらエエんや? ……って多分、ヒントはワザとらしいくらいに派手な、床にあるんやろうけど。
……ヒントって何や?
色の配置、パターンが謎を解決するヒントなんやろうけど……、色なぁ?
ざっと視た処、赤色・橙色・黄色・緑色・青色・藍色・紫色の所謂、虹の七色を中心として、僅かな濃淡の差異をつけた寒色系と暖色系の様々な色。
ホンで、白色か。
ふむふむ…………って、さっきからGIGIGIGIGIGIGIって五月蝿いなぁ!
ワシは今、考え事しとるんやぞ!
道頓堀や渋谷のスクランブルに群れ集うアンポンタンやあるまいし、ちったぁ静かにしたらどないや…………ねん?
………………………………………………おや?
ああ、まぁ、どーしよー………………って悩んでも、しゃあないわな。
取り敢えずは、目先の問題から解決しよう!
う~~~む、近づいて視た結果、判った事は一つ。
白色が、邪魔やな。
ほな次は、立ち上がって視てみよう。
………………あ、コレってアレか?
明確に色彩を主張しとる虹の七色が、熱せられた飴細工みたいに螺旋状に捻れた梯子みたいやなぁ……って、つまり、DNAの二重螺旋構造をモザイク画で表わしとるんと違うやろか?
其れが所々、白いタイルで分断されとるみたいや。
ほな、其れを修正したらエエんかな?
…………一応、確かめてみようか。
ワシは<マリョーナの鞍袋>を弄って、一つのアイテムを取り出した。
<宿禰審神者の裁定面>。
ナゴヤ闘技場での野球大会で大活躍やったアイテムをデコに軽く打ちつけてから、徐に被る。
視界が二重になったように、幽かにぼやけた。
さて。
部屋の中心部分に、チラチラとした小さい光が幾つも同時に弾け、直ぐに消えては、また別のトコと同じトコで弾ける。
ようよう視れば、其の光が白いタイルの上空だけで起こっていた。
まーるい部屋の中央部分に朧気ながら浮かぶ、直径五十センチほどのまん丸い筒状の光。
其れは、秘せられた結界の放つ、光や。
つまり。
其の結界を崩し、DNAの二重螺旋構造を正しくすれば、エエんやな?
……………………って自問自答しとるだけやと、話は進まんな。
ほな、やってみようか。
<宿禰審神者の裁定面>を後頭部に回したワシは、再び腰を下ろして、這い蹲った。
青色青色青色…………と。
DNAのモザイク画に使われていない、青色のタイルを部屋の隅で漸く見つけたワシは、其れに軽く指をかける。
すると其れは、吸いつくように右手の人差し指に張りつきよった。
青いタイルを落とさぬよう、そーっとそーっと歩き、部屋の中央へと戻る。
モザイク画の、緑色と藍色のタイルの間に割り込んどる白いタイルの上に、一指し指を近づけると。
ZOOMってな感じの音が、鼓膜を震わせよった。
気がつきゃ、右手に張りついているタイルは白くなり、床には青色のタイルが所定の場所に嵌っている。
Yes!
ほな次は、橙色や!
そんな感じで、ワシは色が欠損しとる箇所に、正しい配置で色を足して行った。
処がギッチョン、世の中はそんなに上手くは運ばへん。
行けた! って思った途端に障害物に打ち当たるんが、人生やわ。
“人生は道路のようなものだ。 一番の近道は、たいてい一番悪い道だ”って、フランシス・ベーコン大先生も言うてるし、な。
其れは其れとして、さて、困った。
赤色のタイルが、何処にも見当たらへんがな。
後、一ヶ所って時に!
紫色と橙色を繋ぐ、此処に赤色のタイルが嵌らんと、二重螺旋構造が繋がらへんがな。
赤色赤色赤色…………、そっか。
なきゃ、染めたらエエだけの話やん。
思いついたら、即断即決、即行動!
ワシは左手の親指の先を噛み千切り、白色のタイルに押しつけたった。
血染めの捺印や、此れでアウトならお手上げじゃわ!
VROOM!
不意に、室内の空気が鳴動しよった。
ホンで。
前触れもなく部屋の中央が、迫り上がりよった。
デコに不意打ちを喰らい、ワシは“グベッ!”だか“グオッ!”だかと叫んでしまう。
GIGIGIGIGIGIGI……GIGIGIGIGIGIGI……
ああ、くっそー……痛覚が鈍感な冒険者の体で良かったわ、畜生め!
元の肉体やったら、頭蓋骨の陥没骨折しとんで、ホンマ。
デコを擦りながら立ち上がると、部屋の中央には直径五十センチほどの、円筒形の石造りのテーブルみたいなんが屹立ましましてやがった。
高さは、ワシの胸くらい。
其の中央に、テーブルの直径より二周りは小さいくらいの、占景盤……みたいなんが乗っかっている。
占景盤ってのは、盆栽とミチュアを合体させたような……、まぁ語弊がある言い方をしたら江戸時代に流行したジオラマやな。
焼き物の器に小さく剪定した樹や、苔や草を植えたりしとるんやけど、最も大事なんは珍奇な形の石を配する事や。
盆栽との大きな違いは、植物は添え物でしかない、器の中に世界を創り上げる方が主題なんやね。
今、目の前にある器には透き通った水色の砂が敷き詰められているんやけど、植物は一切植えられていいひん。
変わりに配されていたんは、ボロブドゥール遺跡に形が良く似た、石やった。
「BINGO!」
どーやらワシは、望みのモンを見つけられたようや。
元の現実で、ツレ達とTRPGに週に三回くらいのペースで興じていた頃の話なんやけど、ある事がしょっちゅう話題に上ってたんや。
“ダンジョンって、何やろう?”って話題が、な。
どんな理由で、何処の誰が、いつから、どんな風に、創り上げたのか?
ダンジョンでの冒険をしながら、ワイワイガヤガヤと喧しく語り合った。
そんで何のゲームやったか忘れたが、ある時、新たなる設定が当たり前のように登場しよった。
其れが、<ダンジョン・コア>。
文字通り、ダンジョンがダンジョンであり続けるための、<核>となる物。
其れは、ある種の啓示のようなもんやった。
例えるにゃらば、其れまでのダンジョンが何だか判らぬ原理と動力で動く霧笛のスーパーロボットやとしたら、其れ以降のダンジョンは詳細で現実的な設定が付加されたリアルロボットか。
まぁ、ホンマの現実の理屈からすれば、リアルロボットかて理屈が通らぬ不条理な存在やねんけど、其れでも……其れでもや。
ああ、そーゆー理屈なら騙されてやるわいな、ってな気分に浸れたんやわ。
<ダンジョン・コア>って存在……いや、設定は、其れまでのワシらにとっては腑に落ちる、なるほどなーって思わせてもらえるモンやったんやな。
ホンで時は過ぎて、今から二十年近く前。
<エルダー・テイル>を楽しみだしたワシらは、再びダンジョン問題に遭遇する事となったんや。
“何で、ダンジョンに出て来るモンスターは、ラスボスも含めて、倒されても倒されても、同じヤツらが出現するんやろう?”
其れを誰が言い出したんかは、正直覚えてへんけれど。
例えるにゃらば、サラエボの街角でぶっ放された一発の銃弾みたいな一言やったんやわ。
其の一言は、フランツ・フェルディナンド夫妻の命やのうて、ワシらの遊び心を見事に撃ち抜いたんやね。
結果として、ワシらは二つのグループに分かれて、暇を見つけては討論し合ったんや。
ダンジョン同盟側は、『ダンジョン生命体説』を主張しよった。
ダンジョン協商側は、『ダンジョン機関説』を声高に叫びよった。
『ダンジョン生命体説』ってのは、ダンジョンを一つの生命体やと捉えた説やった。
ダンジョンに侵入する冒険者をウイルスなどの異物に、出没するモンスター達を白血球などの免疫抗体に、それぞれ例えたんやね。
因みに、ラスボスはワクチンに仮定されたんやけど。
『ダンジョン機関説』ってのは、ダンジョンを一つのシステムやと捉えた説やった。
ラスボスを含めたモンスターは、モンスターという役割を与えられた存在でしかなく、冒険者もダンジョンに侵入した瞬間からシステムの正常・異常を点検する作業要員でしかなくなる、って仮定したんやね。
同盟側も協商側も、主張する持論を広めたくて仲間を増やし、増えた仲間が更に新たな意見を申し立てて行き、仕舞いにはグダグダになってしもうた。
まぁ結局、どっちの説が正しいかやなんて、どーでも良くて。
仮設を立てて、如何に解釈すれば理解し易いかって事に終始する、頭脳ゲームみたいな遊びやったんやけど。
ホンで、“ダンジョンとは?”って命題であーだこーだ言い合う中で実に様々な疑問が生まれたんやが。
其れについて三々五々で論じ合っている内に、何となくキチンとした場を設けて話し合おうや、って流れになって。
結果、結成されたんが、<せ学会>やった。
主張するからには批評を受けたいし、主張が対立する場合はキッチリと判定を受けて優劣を決めて欲しい、って要望が会結成のの原動力やってんけど。
……今、ワシの眼の前にあるんは、<せ学会>結成の切欠となった最重要なアイテムって訳か。
さて、どーするか?
って悩む間もなく、ワシはある事を想念に描きながら両手を合わせる。
すると。
合わせた両の掌の中に、確かな質量が現れたのを感じた。
フッと息を吐き出しながら、両手を広げると。
数学図形の一種であるジュリア集合にも見える、柔らかで複雑な白い曲線に彩られた、漆黒の石。
あるいは逆に。
汚れなき素地に悪しき穢れが染みついているのかもしれない、純白の石。
何れにせよ単色ではない、無残にも四片に砕けた握り拳大の石が、其処にはあった。
ワシが此処へ来た理由は、ダンジョン同盟にもダンジョン協商にも与さず、中立を保った理由でもあったんやね。
“ダンジョンとは何か!?”って問いに対し、ワシは初期の頃からずーっと別の意見を持っとった。
皆があーだこーだと言い合いしていたんは、ダンジョンの“性質”についてやったんやけど、ワシにとってはダンジョンが生きモンだろうが、機関だろうがどっちでも良かった。
ワシが一番気にしてたんは、ダンジョンの“役割”やったからや。
“何故に、ダンジョンに出没するモンスターは、毎回同じなんやろう?”
「其れは、其のダンジョンが、其のモンスター達しか作り出せる能力しか、持ってへんからや」
“誰も訪れず、放置されたままのダンジョンに出没するモンスターは、一体何のために其処に居るのだろう?”
「其れは、其のダンジョンが、ダンジョン以外の場所に出没するモンスター達の貴重な供給源になっとるからや。
ダンジョンで生まれたモンスター達は、何れダンジョンを離れ、別のフィールドへと移動をするんやろう」
ワシは、皆の話を聞きながら、ずーっと頭の中で其の自問自答を繰り返しとったんや。
何で、口に出さへんかったんか?
其れは、結論が出えへん問いかけをするだけやと、判ってたからや。
ワシは、ワシが納得出来る答えを得るまでは、ワシが抱いた疑問を単なる討論のネタにしたくはなかったんや。
せやから、カラクリ屋敷形式のんは、ワシはダンジョンとは認めてへん。
後、ソレと。
ダンジョンに仕掛けられた罠が発動した後に、一定の時間を置いたら再び何事もなかったように発動したり、消耗したはずやのに再び稼動するんは何故やろうって質問には、心密かに回答をしとった。
保守点検をする担当のモンスターが居るんやろう、ってな。
例えば<緑小鬼>や<小牙竜鬼>みたいに、扱う武器によって役割を変えるモンスターってのは、武器と言う消耗品を使うが故に、武器の生産も行えるんやろう。
つまり、モンスターの中には戦闘行為ってな不毛な消耗戦をするだけやなく、必要な物を自分達で作り出す能力もあるんやろう。
そー考えたら、ダンジョン内に仕掛けられた罠が、壊れたり使用済み状態で放っとかれたままにならへんのは当たり前やん、ってな。
言わば、モンスターのモンスターによるモンスターのためだけの、主計管理ってヤツかな?
……まぁ此れも推論の域を出ぇへんかったから、口に出さへんかったんやけどね?
ワシはワシの疑問が、精霊山の地下で遭遇した<此界ならざる揺籃の泉>で、そないに間違ってへんのやなかろうか、って結論をつけた。
特定の場所に特定のモンスターを配給し続けるんは、実に大変や。
ほな、ダンジョンみたいに閉鎖された空間やったら、其処専用のリサイクル設備を設けた方が合理的やん、と。
恐らく其れが、今、ワシの眼の前にあるヤツなんやろう。
<学術鑑定>しても、名前も出て来なきゃ、データも表示されへんけど。
さて、どーしたら起動するんやろうか?
……取り敢えず、上の平たい所にマーブル模様の<大斎の卵>を四つとも、乗っけてみるか。
もし、上手い事いったら……此の変な模様の石から、あの子の、ロマトリスでモンスターと混ぜられてしもうたジーン・ベリーの、魂を魄を、分離させられるんやもしれん。
……まぁ、此処で無理やったら、大地人の死と共に向かう先の、霊峰フジまで行くだけやねんけど、ね。
さてさて、出来れば案じよう頼んまっせ、何だか判らんアイテムさんよ!
ワシは目を閉じて、拍手を打ち、ヒョイと頭を下げた。
CLICK CLICK CLICK…………
はい?
CLINK CLINK CLINK CLINK CLINK…………
何だ?
PING PING PING PING PING PING PING PING…………
おや、まぁ。
瞼を開けたら、ワシの眼の前にある占景盤みたいな何かの上で、灰光の光が猛烈なスピードで、渦を描いとった。
RING RING RING RING RING RING RING RING…………
暫く見ていると、其の単色やった光の渦が段々と二分化されて行きよる。
上方の光が白くなり出し、下の方が黒くなってきた。
更に見詰めていたら、其の光の明暗がドンドンと濃くなって……。
POP!!
一瞬にして光が眩く輝き、弾けよった。
いや、正確に言うたら、黒い光が白い光を弾き飛ばしたんや。
ワシが装着しとる<淨玻璃眼鏡>に、光感度自動調整機能がなかったら失明してても可笑しないくらいの閃光となった白い光は、やがて穏やかで温かな明度へと変化する。
見ようによっては蝶々にも見える白い光は、『ピーターパン』のウェンディみたいに気まぐれに飛びまわりよった。
其れは戯れているようにも、出口を求めて錯綜しているようにも。
口の端が緩みそうになるんを必死のパッチで堪えたワシは、壁面の一点を指し示したった。
アマミYさんが潜り込むんに使うた、壁面に空いた微かな隙間。
室内の上方でクルクルと舞い続けていた光は、ワシの指差す方に気がついたんか、輝く軌跡を宙に引きながら壁面前で戸惑ったように渦を巻く。
須臾の時が過ぎた頃、激しく明滅し出す白い光。
どーやら、見つけたようやな。
やがて明滅が仄かなものになり、渦巻くスピードが緩やかになる。
ワシは其の儚げな感じに、思わず手を伸ばしてしもうた。
すると。
伸ばした手を伝い、滑るように目の前までやって来た白い光の先端が、ワシの顔を覗き込んで……。
Summoner
フワフワと明滅する光の語りかけに、ワシは一切の言葉を失ってしもうた。
悔悟の念、謝罪の気持ち、安心感。
其れらが同時に溢れ出し、ゴチャゴチャに混ざり合い、頭と心を真っ白に塗り潰してしもうたからや。
SNICKER SNICKER SNICKER
クスクスと笑うように明滅する白い光に、ワシは紡ぐ言葉を頭に浮かべる。
ゴメンな、スマンな、ホンマに悪かったな。許しは請わん、ただただ謝らせてもらうわ。ゴメン、ゴメン……。
ホンで漸く口に出来たのは。
「よ、元気か?」
Summoner Summoner Summoner
楽しそうにピカピカと、朗らかにキラキラと瞬く白い光は、ワシの首辺りをクルクルと二周してから壁へと進路を取る。
ホンで。
眩いばかりのラテラルアークのような光の帯と、七色に輝く環水平アークのような残像を残し、白い光は閉ざされた部屋から行くべき世界へと飛び出して行った。
……………………さて、と。
気づかぬ内に振っていた手を止めつつ、背後へと向き直る。
石造りのテーブルの上に鎮座する占景盤っぽい物、其の上には四色の黒い<大斎の卵>が乗っかっとった。
限りなく黒に近い、赤色と青色と黄色と緑色の鶏卵サイズの石が。
コイツを一体どーしたらエエんやろうか?
取り敢えず、両手で持ち上げて裏を視てみるか。
突然。
ポーンって、頭の片隅で何とも間の抜けたチャイムがなった。
[ 貴方ハ<ダンジョン・コア>ヲ入手シマシタ。
貴方ハ此ノ<ダンジョン>ノ支配権ヲ得マシタ。 ]
何とも機械的なメッセージが、視界に刻まれる。
はい?
どーゆー事?
いや、どーゆー事もないやろ。
つまり?
「そーゆー事か」
気がつけばワシはダンジョンを攻略し、完全攻略のボーナスをゲットしてたみたいやった。
……マジかよ。
[ <ダンジョン>ハ現在機能停止中デス。
<ダンジョン>ヲ再起動シマスカ? Yes / No ]
何とも定型な質問やねぇ。
そんなん、聞かれずとも答えは一拓しかないやん?
「勿論、イエスや!」
[ 只今<ダンジョン>ヲ再起動中。只今<ダンジョン>ヲ再起動中。 ]
占景盤モドキを片手に持ち替え、小脇に抱え込む。
[ 只今<ダンジョン>ヲ再起動中。只今<ダンジョン>ヲ再起動中。只今<ダンジョン>ヲ再起動中。只今<ダンジョン>ヲ再起動中。只今<ダンジョン>ヲ再起動中。只今<ダンジョン>ヲ再起動中。只今<ダンジョン>ヲ再起動中。只今<ダンジョン>ヲ再起動中。 ]
視界の右から左へと、代わり映えのせぇへんメッセージがダラダラと流れ続け、段々とワシは眠たくなって来た。
まるで、羊が一匹二匹みたいやんけ。
[ 只今<ダンジョン>ヲ再起動中。只今<ダンジョン>ヲ再起動中。只今<ダンジョン>ヲ再起動中。只今<ダンジョン>ヲ再起動中。只今<ダンジョン>ヲ再起動中。只今<ダンジョン>ヲ再起動中。只今<ダンジョン>ヲ再起動中。只今<ダンジョン>ヲ再起動中。<ダンジョン>ノ再起動準備ガ終了シマシタ。 ]
はぁ~~~あ……えっ?
[ <ダンジョン>ガ再起動シマス。 ]
足下からうねるような地響きがし、頭上と全方位の壁が色鮮やかに輝き出した。
床の色が移ったかのような極彩色に。
足元に視線を落とせば、様々な色のタイルが同時に幾つも色を失って行く。
最後に二重螺旋構造を模したモザイク画が一瞬で消え去り、後に残ったんは純白のタイルが敷き詰められた床だけやった。
美しいオーロラのように色を変え続ける壁面に、ソッと手を当ててみたら。
手応えなく、ズブリと右手首から先が飲み込まれる。
なるへそ?
其のままワシは、一歩踏み出した。
躊躇う事なく、二歩三歩と。
全ての色が交じり合った完璧な光に視界が束の間、ホワイトアウトしたけれど、気にせず光のトンネルを歩き続けたら、其処は雪国ではなくダンジョンのファイナルステージ。
つまり最下層の、ラスボスの部屋やった。
まぁ、当たり前か。
GIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGI……
ドーム状の大空間には、ホンマにウンザリするくらいのゼムアントの大群。
其の内の一匹が、不意にワシを見た。
GIGIGIGIGIGIGI
全てのゼムアントが、ワシを見よった。
無機質で嫌らしい視線を一身に浴びながら、ワシは徐に後頭部へ回していた<宿禰審神者の裁定面>を前面へと被り直す。
「待たせたのう、皆の衆!
“NEW HOPE”と共に、ワシ参上!
お待たせの、“THE UMPIRE STRIKES BACK”やわ!
序でに、“RETURN OF THE DUNGEON”もな?」
ワシは妙な高揚感に包まれながら、図体ばかり無駄にデカイ蟻んこ共に、そう宣戦布告をした。
さて、やっと。
ジーン・ベリーちゃんを救済? 致しました。
さて、年内に後一回は投稿させて戴きたいなぁ、と希望だけは書いとこうっと♪