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第伍歩・大災害+68Days 其の弐

 ダンジョンって、怖いですよねぇ?

 作中のレオ丸=松永忠順の思い出は、私自身の思い出でもありまする。

 因みに。

 今回からは『放射能X』などの、とあるジャンルの映画アレコレへのオマージュでもあったり(苦笑)。

 僅かに下りの勾配となっている、高さも道幅も凡そ五メートルほどの隧道を、殊更にゆっくりと歩き進む、レオ丸。

 レオ丸の頭上で儚げに揺らめく<蒼き鬼火(ウィル・オーウィスプ)>が仄かに照らす範囲は其れほど広くはないが、<淨玻璃眼鏡(モーリオン・ゴーグル)>の暗視機能の御蔭で、進退に困る事はない。

 トボトボと歩く召喚主を先導するかのように、トコトコと軽やかに歩くのは<金瞳黒猫(グルマルキン)>。

 其の一人と一体を優しく包み込むかのように、<吸血鬼妃(エルジェベト)>は無数の小さなコウモリのような影へと変幻し、宙を舞い踊っていた。

 鳴り響いて来た雷鳴と降り出した雨から逃げるように、石舞台に似た岩倉内部へと駆け込んでから数分、一行の歩みは遅々として進んでいないのには、理由がある。

 元々、TRPGからファンタジー系のゲームにのめり込んだレオ丸は、ダンジョンの内部は気楽に進んで良い場所ではなかったからだ。


 現在は、コンピューターゲームとして遊ぶのが主流であるロール・プレイング・ゲーム。

 ゲーム内で起きる全ての事象は、全てプログラミングされた結果である。

 無作為(ランダム)も、あるいは曖昧(ファジー)も、全てプログラミングに仕組まれた、つまり計算上起こり得る範囲内での事でしかない。

 だが、迷宮とドラゴンに象徴されるTRPGは本来、人間が務めるゲーム・マスター(GM)の裁量次第で、無限に変化する代物であった。

 例え其れが、既製のシナリオを使用していたとしても。

 レオ丸が松永忠順でしかなかった学生時代に遊んだTRPGとは、GMの横暴と参加するプレイヤーの横暴がぶつかり合う、ガチンコ勝負の場であった。

 水面上はにこやかに、水面下では殴り合う楽しい遊戯、其れがつまり、松永忠順が知る処のTRPGである。

 とは言え、TRPGは複数の人間が共同作業で一つの物語を完結させる遊戯だ。

 親の仇、此処であったが百年目、的な言動ばかりでは成り立たないのが当たり前である。

 行動の選択に迷うプレイヤーを適正な方向へと導くのは、GMが最も留意しなければいけない点であるし、GMの意向を汲み取り、シナリオを逸脱しないように雰囲気を保つ節度を維持し続けるのが、プレイヤーのすべき行いであった。

 其々が其々のすべき事を粛々としながら、最大限のパフォーマンスを行う。

 しかし時として其のパフォーマンスが、すべき事を凌駕する事があった。


 GMとは、TRPGをゲームとして認識しマネジメントする立場である。

 処がプレイヤーは、TRPGをロール・プレイとして理解しなければ、キャラクターの行動を成り立たせる事が出来ない。

 御互いの立場と捉え方が違えば、衝突する事も起こり得る。

 管理者(GM)自由人(プレイヤー)がせめぎ合うのは、当然の帰結と言えた。


 同じ仲間で常に遊んでいれば、其の内に相手の許容量が理解出来て来る。

 此処までなら、何をやっても大丈夫。

 此れ以上やらかしたら、駄目だ。

 同じ仲間で遊び続けている以上、マンネリ化してしまうのは仕方がない事ではあるが、折角に時間を割いて遊んでいるのに、いつも通りの事(マンネリ)ばかりでは面白くもない。

 マンネリズム、あるいはルーチンワーク化からの脱却と言う方便で、いつしか多少の遣りすぎが暗黙の了解として認められるようになる。

 松永忠順が仲間内で遊んでいたTRPGは、気がつけば形式主義から大きく脱線し、番外地を快走するトロッコにも似た状況になっていた。

 言わば、真剣を振り回すチャンバラごっこ、の如き有様だったのだ。

 具体的な例を挙げれば。

 ダンジョンの通路とは、罠だらけであるのが当たり前。

 常に探査役の盗賊(シーフ)を先行させ、罠の発見と解除を、聞き耳を立てて気配の察知をしながら進まなければ、ズタボロになってしまう事請け合いの有様。

 すべき事をしなければ、罠にかかりHPを削り取られ、モンスターの不意打ちを受けて更にHPを失ってしまうのだ。

 また、隠し扉を見つけなければミッションを完了させる事も叶わない。

 松永忠順の友人に、ハリソン・フォード主演の冒険活劇映画が大好きな人物が居たが、彼がGMをした時は必ず、ダンジョン探索は煩雑で困難な作業となった。

 既存のシナリオを使用しているのに、設置される罠の数は二倍強となり、難易度は150%もアップするのだから、当たり前である。


 ダンジョンとは、GMの気分次第で楽園(ハッピー・パラダイス)にも地獄(インフェルノ)にもなり得る場所。

 ダンジョンとは、安全地帯になるか屠殺場になるかは、GMの意欲次第。


 其れを、嫌と言うほどに経験して来たレオ丸は、己の眷属(ファミリア)で最も身軽で注意力を働かせられるマサミNに先行させ、アマミYに周囲の索敵と異常感知を任せていたのだった。

 其れでも、万が一の事態が発生するやも知れぬ。

 レオ丸の歩く速度が鈍りがちになるのは、当然と言えば当然であった。

 だがしかし。

 人がGMを務めないタイプのゲームである<エルダー・テイル>と、かなり類似した世界であるセルデシア世界に、其処までの注意を払う必要があるのだろうか?

 レオ丸の冷静な部分は、そう囁く。

 でも、此処は元々、バグだらけのダンジョンやったんやで?

 レオ丸の感情が、懐疑的な反論をする。


 往々にして、瑣末な事よりももっと大きな事に労力を注ぎ込むシステムで構築されているのが、プログラミングされたゲームだ。

 シーフというレーダー性能に特化した職種が存在しない<エルダー・テイル>もまた、情報が整理されたゲームである。

 罠師というロール系サブ職が導入されるまでも、されて以降も、ダンジョン内に冒険者の行く手を阻む罠は殆ど設置されていなかった。

 因みに。

 罠師とは、既存の罠を解除するよりも、対モンスター用の罠を設置する事を主目的としたサブ職である。


 全てがゲームであった頃を思い返せば、ダンジョンとフィールドの違いとは閉鎖空間であるかないか、屋根があるかないかだけであった。

 一歩進めた其の爪先の下に、何かがあるんじゃなかろうか?

 体重をかけた瞬間に、あるいは足を浮かした瞬間に、カチッという音がするんじゃなかろうか?

 壁に手をついた途端に、良からぬ事態が発生するんじゃなかろうか?

 <大災害>が発生するまでは、そんな心配をする必要はなかった。

 無駄にメモリを食うだけの、無駄にプログラムを複雑にするだけの、罠という面倒臭い存在など気にかける事はなかったのだ。

 とは言え、<エルダー・テイル>の要素に罠が全くなかった訳ではない。

 イベント上、クエストの進展上、どうしても必要だと思われた場合にのみ、ダンジョンなり人工の建造物なりに、罠は設置されていたからだ。

 だが今はゲームではなく、全てが現実である。

 <大災害>以前のGM役は<F.O.E>フシミ・オンライン・エンタテインメントであった。

 だが、<大災害>以降の現在は、一体誰がGM役を務めているのか?

 神か? 其れとも別の何かなのか?

 今のセルデシア世界を司る“何か”は慈愛でのみ構成されているのか?

 其れとも、過度なほどに厳格なる存在なのか?

 あるいは、虚無のように全てに無関心なのか?

 何れにしても慎重の上に慎重を期さなければ、死は音もなく其の身に降りかかって来るに違いないと、レオ丸は悔恨の念でもって実践する事とした。

 事実、精霊山近郊の地下道で、油断によって一度死んだのだから。

 冒険者は不死身であるから、一度や二度の死など大した事ではないものの、死がもたらす苦痛は一度味わえば充分である。

 つらつらと、つくづくと、とっくりと。

 おっかなびっくりの足運びで、レオ丸は暗くて明るい地下隧道を進み続けた。


「主殿」


 不意に、耳元で囁かれたレオ丸は、背筋をピンと伸ばしたまま、垂直に一メートルほど飛び上がり、両足を揃えた直立不動の姿勢で着地する。


「なななななな何かかかかかなななな?????」

「ビビリ過ぎだっチャ」

「…………まぁ、無自覚な蛮勇よりはマシでありんすが」

「コホン。……ホンで、どないしたん?」

「此の先に分かれ道がありんす」

「おう! ……乙女の勘の殉難地! 此処は思案の為所よのう?」

「下手の考え休むに似たりだっチャ」

「まぁ、主殿が何れを選ばれても、わっちらは従うだけでりんすが……。

 実り多き、良き方を選んでくりゃれ」

「ううう~~~む、どっちを選ぶべきか……」


 危険があるかもしれない知っている道筋と、何があるかさっぱり判らない知らぬ道筋の二択に、レオ丸は悩みに悩み抜いた。

 悩んではいても足は止めず、周囲への注意も怠らない。

 呻吟するレオ丸の声が、闇で満たされた隧道内に殷々と木霊する。

 合間に聞こえるのは、うんざりしたようなウニャーという鳴き声と、半ば呆れたような忍び笑いだ。

 やがて、一行は分岐点に行き着く。


「あれ? 何でどっち……やのうて、どれにしようかな、やねん?」


 埃の被った記憶を引っ張り出してみても、レオ丸の知る処では、其処は二股の分岐点であるはずだったが。


「何で道が一本、増えてんねん?」


 レオ丸の前方に用意された針路は、三本あったのだ。


「道を間違えたんか?」

「主殿、入り口から此処までは、一本道でありんした」

「其れで間違えられるのは、コロンブスくらいだっチャ」

「って事は、どーゆーこっちゃ?」


 腕組をしながら、三本の道を見比べる事暫し。

 数分の考察で判別したのは、どうやら真ん中の道は左右の道よりもやや小さく、形も歪である事だけである。


「ゲームの頃には隠されていたんが、<大災害>か何かの影響でポッカリと口を開けよったんか、あるいは……」

「あるいは? 何でありんす?」

「……誰かが掘ったかや、な」

「其れは誰だっチャ?」

「其れは……」


 腕組を解き、レオ丸は腰に手を当てて悠然と首を左右に振った。


「知らんがな、そんなモン」


 冷めた色の瞳で契約主を見上げた<金瞳黒猫(グルマルキン)>は別の意味合いで首を左右に振り、<吸血鬼妃(エルジェベト)>は草臥れたような吐息を漏らす。


「取り敢えず選択肢は、面舵・取舵・直進・転進の四つ。

 引き返すって選択肢は、最初から論外やからパスや。

 直進するんも何やキナ臭い感じがするし、左の道は行った事がないし。

 ってな訳で、後ろ向きな消去法で善処するならば、勝手知ったる方向に行くしかあらへんわな」

「右で、ありんすか?」

「イノシシ乙女の第六感に従うっチャ?」

「不測の状況下やしなぁ、……最低限の安全策を取るしかないやん?

 したらば、こないなトコでグダグダしてても仕方ないし、頭を上にした蛇が落ちてくる前に、さっさと行きまひょか?」


 レオ丸達のダンジョン潜行は、驚くほど順調に進んだ。

 いや、疾うの昔に機能停止しているダンジョンであるのだから、道さえ間違えなければ順調に進めて当たり前である。

 プラム達と幾度も探索した際に記した過去の記録を思い返しても、此のダンジョンには罠などは一切なく、あったのはモンスターとの遭遇戦(エンカウント)のみ。

 罠らしい罠といえば、其の遭遇戦(エンカウント)の半分ほどが待ち伏せ(アンブッシュ)だった事くらいだ。

 だが此処は、既にダンジョンではない。

 ダンジョンでなくなるという事は、モンスターも居なくなるという事だ。


 個々のダンジョンには、特定のモンスターが出現する。

 アンデッド系が中心であったり、ワーム系などの虫の類が中心であったり、と。

 途上に出現するモンスターの種類で、其の階層主(中ボス)迷宮の主(ラスボス)が何かがある程度は想像が出来るのだ。

 とは言え、全てがそうなっている訳ではなく、何でもありのチャンポン状態のダンジョンも存在する。

 今現在、レオ丸達が探索中のダンジョンが、其の一つだ。

 ゲームでしかなかった頃、余りに無節操で統一感のないラインナップに、レオ丸達は辟易したものだった。

 途中からは、何が出てくるのかと楽しみになっていたのは否めないが。


 繰り返しになるが、ダンジョンにはモンスターの存在が必須である。

 理由は実に単純だ。

 ゲームとしては其の方が、メリハリがつけ易いからである。

 ダンジョンの中には、モンスターが一切出現しない代わりに、無数の罠が仕掛けられたカラクリ屋敷(トラップ・ハウス)形式のモノも存在した。

 三番目の拡張パック<銀のオデッセイ>と共に追加されたレイドコンテンツ、<海賊王の財宝>内に仕組まれた<グーニーズ・ハウス>が其れである。

 槍衾、釣り天井、落とし穴など、ありとあらゆる殺人罠が仕掛けられた廃墟を探索し、海賊王の財宝に到るための鍵を手に入れるクエストは、数限りない冒険者の命を奪った。

 だが、アタルヴァ社が遣り過ぎて、正確に言えば罠を盛り込み過ぎてしまったがために後が続かず、結局<エルダー・テイル>ではモンスターが出現しない唯一のアトラクションとして、名誉とも不名誉とも言えぬ扱いを受けている。

 また、原題を翻訳すればノコギリとも読めるサイコスリラー映画が、其の翌年に公開された事もあり、二番煎じが作り辛くなったという側面もあった。

 結果として其れ以降、<エルダー・テイル>ではダンジョンにおける罠の比率はどんどんと低下し、七番目の拡張パックが導入されて以降は罠そのものが姿を消す事に。

 其れは、<エルダー・テイル>に参加する冒険者の嗜好や意向に、アタルヴァ社が沿った形であった。


 冒険の醍醐味は戦闘にあり!


 プレイにおけるサブ職の役割がもう少し大きければ、盗剣士(スワッシュバックラー)が先行TRPGのように盗賊(シーフ)的な意味合いが強ければ、また違ったかもしれない。

 されど、<エルダー・テイル>においては其のような役割も、意味合いも、必要とはされなかったのだ。


 ダンジョンがダンジョンである理由とは?

 迷宮という舞台と、モンスターという敵の存在である。

 逆に言えば。

 モンスターが其処から居なくなれば、其処はダンジョンではなくなるのだ。

 其処はもう、入り組んだ地下洞窟以外の何物でもない。

 レオ丸達が居る場所も、ダンジョンであった事実を消し去られてしまった、今では単なる地下洞窟だ。

 モンスターも居なければ、罠も仕掛けられてはいない。

 気をつけなければいけないのは、洞窟にありがちな足場の悪さだけ。

 偶に聞こえる何かの蠢くカサコソという音や、キィキィという微かな鳴き声は、無数の黒い影に分散し宙を舞うアマミYに追い遣られた蟲達のものか。

 腰に提げた虫除けアイテムの<金鵄鳥の携帯香炉>で精神的な安心感を保持しながら、マサミNの先導で先ず辿り着いたのは、広々とした空間であった。


「お邪魔しまっせ……」


 ガランとした其処には、何も居ない。

 <鋼尾翼竜(ワイヴァーン)>も居なければ、勿論<巨大雛鷲(チック・ロック鳥)>の姿も見当たらぬ巨大な空間に、レオ丸の訪う声が反響する事なく闇の向こうへと吸い込まれて消えた。


「やっぱ、お留守か」

「判りきってた事だっチャ」

「そら、そーやねんけどねー」


 安堵とも遺憾ともつかぬ溜息を残したレオ丸は、振り上げた尻尾をユラユラさせながら揚々と歩くマサミNの後を、トボトボとした足取りでついて行く。


 何かが居た痕跡すら残らぬ広間を横断し、更に先へと進むレオ丸達。

 高さ二十センチのハードルが一メートル間隔で並ぶ、百メートル走をさせられていたような気さえ覚えた直線の通路。

 当然の事ながら、<動く骸骨(スケルトン)>も<人喰い草(トリフィド)>も姿を見せない事に、レオ丸は一抹の寂しさを覚えた。

 一度抱いた寂しさは、消える事はなく更に増すばかり。

 アマミYにぶら提げられながら泥沼を飛び越えた時にも、設計ミスしたパルテノン神殿のように石柱が乱立する空間をすり抜けた時にも。

 レオ丸の心の中にパラメーターがあるとすれば、安堵感の割合がどんどん少なくなるのに反比例し、寂寥感がヒシヒシと増えて行った。

 もしかして…・・・、と警戒する気持ちを僅かに保ちながら、隧道の前に立ち塞がる石造りの扉を少しだけ押し開けたが、レオ丸の視界には<巨大な地虫(ワーム)>のワの字すら見当たらない。


「やっぱ……此のダンジョンは死んどるんやなぁ……」

「主殿」

「アリん子一匹、居らんもんなぁ」

「居るで、ありんすよ」

「ん、何がや?」

「アリで、ありんす」

「……アマミYさんが駄洒落を言うとは、珍しい」

「御主人」

「な、マサミNちゃんも、そう思うやろ?」

「後ろを見るっチャ」

「……後ろ?」


 不意に濃密な香り、正確に言えば甘酸っぱい臭いがレオ丸の鼻をくすぐった。

 レオ丸は、観音開きの扉の片方の戸に手を当てたまま、ゆっくりと背後へ首を巡らせる。


 GIGIGIGIGIGIGIGIGIGI……


 今しがた通過して来た隧道の向こう側に、何かが湧き出していた。

 ゾロゾロ、ゾロゾロと湧き出す其れは、床を壁を天井を埋め尽くしながら少しずつレオ丸達の居る方へと近づいて来る。

 分身たる影を残さず収納した<吸血鬼妃(エルジェベト)>は、無防備な契約主を庇うように立ちはだかり、漆黒の爪を禍々しく伸ばした両手を左右に広げた。

 <金瞳黒猫(グルマルキン)>は地面をトンと蹴るや、定位置である契約主の頭にヒラリと着地するなり色違いの瞳を細め、牙を剥く。

 其の軽い衝撃で我に帰ったレオ丸は、素早く袖を捲り上げた右手を宙に伸ばし、<蒼き鬼火(ウィル・オーウィスプ)>を掴み取り虚空へと帰した。

 更に、抜け目なく即座に発動させたのは、サブ職<学者>のスキルである<学術鑑定>だ。


【 変異蟻(ゼムアント) 】

 <レベル/40~60> <ランク/パーティ>

 <出現場所/地下空間>

 <出現頻度/稀少>

 <攻撃/近距離からの打撃攻撃、魔法攻撃・有>

 <行動/常時、複数>

 <移動/速い>

 <防御/外皮甲殻強度・高>

 <魔法耐性/火系統魔法・弱>

 (★)体長は平均、一メートル五十センチ。


 凡そ、二十メートルほど先。

 レアに分類されるモンスターの群れが、物騒な上顎をこれ見よがしに噛み合わせ、ひしめき合っている。

 また一段と、甘酸っぱい臭いが地下隧道に濃く立ち込め出した。


「……こいつぁ、蟻酸の香りか?」


 鼻を蠢かしながら呟いたレオ丸は、何かに気づいたように己の腰に視線を落とす。

 <金鵄鳥の携帯香炉>。

 虫除けのアイテムが、其処にはぶら提げられていた。


「……あいつら、此の効果を蟻酸で打ち消そうとしとるんか?」

「打ち消されたら、どうなるッチャ?」

「そりゃあ当然……」

「主殿!」


 黒山集りとなった<ゼムアント>が、地下隧道の中で決壊する。

 上顎を盛んに打ち合わせながら、土石流の如く押し寄せるモンスター達。

 咄嗟に闇より暗い竜巻に変幻したアマミYが、レオ丸とマサミNを飲み込むや扉を弾き、室内へと飛び込んだ。

 弾かれた扉は人ひとり分が通れるほどの隙間を開けた後の反動で、軋む音さえ立てず静かに閉じられる。

 次の瞬間。

 綺麗に均されていない床は、ゼムアントの大軍に埋め尽くされた。


GIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGIGI……


 仲間同士で上となり下となり、また壁を天井を這い回るゼムアント達。

 其の、上顎を擦り合わせながら発する音が、闇に閉ざされた地下隧道にワンワンと木霊する。

 暫くして。


 GIGIGIGIGIGIGIGIGIGI……


 一匹のゼムアントが扉に取りつき、一声鳴いた。


 GIGIGIGIGIGIGIGIGIGI……

 GIGIGIGIGIGIGIGIGIGI……


 鳴き声に呼応した別のゼムアント達が、扉へと取りつく。

 ゼムアントは其の全身が、強固な外殻で出来てはいるものの、体内は空洞に近いがために単体では然程の重量はない。

 だが、其れが十数体になり、数十体を越えれば話は別だ。

 かけられる圧力に耐えかねた石造りの扉が、両方共に少しずつ押し開けられて行き、中央に出来た隙間が徐々に大きくなる。

 扉に取りついた仲間達を乗り越え、数体のゼムアントが其の隙間へと身を潜らせた。

 しかし、最初の一匹目は室内に居り立つや否や、其の凶暴な上顎を存分に振るう前に首が落ち、敢えなく光の泡と化して消える。

 二匹目、三匹目もまた、同じ道を辿った。


「見たか! 飽和攻撃には過剰防衛で対抗やわ!」


 室内の最奥、下の階層へと通じる階段の前で高々と右腕を掲げ仁王立ちする、レオ丸。

 腕に幾重にも巻きつけたアンデッド系召喚用の数珠型アイテム、<化(あだし)の百八数珠>が仄かに輝いている。


「ドッドド、ドドウド、ドドウド、ドドウ!

 アオイクルミモフキトバセ、スッパイカリンモフキトバセ!!

 ドッドド、ドドウド、ドドウド、ドドウ!

 天蓬天蓬急急如律令 勅勅勅!!」


 何処かで聞いたような言葉を呪文にして唱えるレオ丸の視界の先で、幾つもの青白い魔法円が床に刻まれ、其処から次々と顕現する人型の何か。


 KAKAKAKAKAKA!!!


 剥き出したままの歯を打ち鳴らし、スケルトンが携えた武器を振り上げながら前進をし、既に戦いを始めている同胞に加勢する

 部屋の入り口で攻防を繰り広げる、ゼムアントの大軍とスケルトンの集団。


「さて、ほな先に行こうか?」

「「???」」

「ワシがアイテムにMPを最大限貢いでも、呼び出せるんは百八体まで。

 あっちは其れより多いやろう。

 言わば、多勢に無勢やん?

 お札は三枚までって決まってるし、蔓草の髪飾りも湯津津間櫛も持ってへんからなぁ。

 其れに……」

「其れに、なんだっチャ?」

「スレイマンと其の軍勢に蹂躙されへんように住処に戻れ、ってゆーても聞く耳は持ってへんやろうし」

「其の言い回しは、何でありんす?」

「第二十七章、<蟻(アン・ナムル)>からの引用や……って言うても判らんわな?」


 揃って首を傾げる契約従者達。


「言うてるワシかて判ってへんのやから、まぁ引き分け(ドロー)やな。

 其れはさておき、……スタコラサッサと逃げよっか♪」


 踵を返し、えっちらおっちらとす不揃いな石段を下り始めるレオ丸の後姿に、漆黒の子猫姿のマサミNが、器用に肩を竦める。


「全く、仕様のない主殿でありんす」

「だっチャ」


 視線を絡ませ、盛大に溜息をついてからレオ丸(家長)の後を追う、二体の眷属(ファミリア)


 レオ丸の言ったように、“衆寡敵せず”とは紛れもない真理の一つである。

 真理が真理である所以は、明らかな形で実証される事だ。

 スケルトン達の防衛線が奮闘も虚しく、ゼムアントの圧倒的な攻勢に飲み込まれ粉砕されたのは、其れから間もなくの事であった。



「主殿」

「はいな」

「わっちらは何処へと向かっているのでありんす?」

「其れは、不明です」

「御主人?」

「はっはっは! そないに爪を立てたらお(つむ)から、真っ赤な噴水が出てしまうやんか、マサミNちゃんよ」

「では、そうならぬようにわっちが全て吸い取るが良いでありんすか?」

「其れは其れで困るなぁ。……ワシが目指しているんは、此処(ダンジョン)の最下層の最奥やわさ」

「何故でありんす?」

「ワシの推測が……いや、他の誰かの推測やったかな……まぁ、エエわ。

 兎にも角にも、推測が正しければ、ワシの望むモンが其処にあるはずやねんけど……あるんかなぁ、あったらエエなぁってな」

「また判らぬ事を申す主殿でありんすね」

「全くだっチャ」

「推測が真理に昇格出来るか、出来ひんか? 実証出来たら万々歳!

 まぁ取り敢えず、行きゃあ判るわさ♪」

「相変わらず、行き当たりばったりでありんすねぇ」

「出たトコ勝負ばかりだっチャ」

「Que será seráが、C`est la vieやからねー♪」

 今回は書いては消し、掻いては芥子、でありんした。

 次回はもう少し早く上梓したいもんでありまする。

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