第伍歩・大災害+68Days 其の壱
今回、登場しているレオ丸以外の冒険者の名前は全て、私が過去にTRPGで演じたキャラにて候。
登場順に、『D&D』『ソード・ワールド』『騎士十字章』『ROADS to LORD』『ガンダム戦記』のキャラ達でありんす。
皆、何もかも懐かしいなぁ!
トゥーメイン大回廊を西進する事、五日と半日。
レオ丸はHPとMPは満タンでも、精神的にはレッドゾーンの状態で、目的地へと到着した。
戦闘らしい戦闘もなく、五体満足で死に帰りする事もない四日間は僥倖とも言えたのだが、高層建築物である大回廊から地上に降りてからが苦難の連続であったのだ。
何故ならば、捜し求める場所を見つける手立て、つまり目印などが全くない所だったからである。
目的地を訪ね求めて、鬱蒼と繁る未開のゾーンを右往左往。
記憶の片隅に留めた、古ぼけた地図だけを頼りにしての彷徨行、もしくは流浪である。
<エルダー・テイル>が、未だゲームであった頃。
舞台世界であるセルデシアには、“空き地”あるいは“野っ原”、“マージン”や“ブランク”とも称される場所が数多く存在した。
イベントもクエストも発生せず、モンスターやNPCも登場しないし、入り口が即出口という、単に設定だけのゾーンやエリア。
其れらはレオ丸が<せ学会>にて論じた、所謂<未実装地帯>である。
しかし、全域がキチンとデザインされてはいない場所全てが、<未実装地帯>ではない。
出来合いのルーチンを当てただけで、特異なデザインが一切設けられていない場所もまた、セルデシアの至る処に散りばめられている。
其の内の一つが 元の世界であれば豊川市になる一帯だった。
近隣には大地人貴族、領主達が治める土地、つまり大地人の居住区が幾つも設定されているし、僅かではあったがモンスターとの遭遇戦も設定されてはいた。
言うなれば、全ての面で重要度の低いエリアなのだ。
もし仮に、ナゴヤが冒険者の街であれば、其れなりの仕掛けがなされていたのかもしれない。
だが、名古屋市は、そうはならなかった。
故に、豊川市も、そうはならなかった。
ゲーム時間における一日を注ぎ込んで探索しても、モンスターとの遭遇戦が発生する確率は、凡そ五割である上に、遭遇出来るモンスターは軒並みLv.30に満たない、ノーマルランクばかりのエリア。
大地人にばったり出会ったとしても、実のある会話は成立せず、アイテムらしい素材アイテムを採集する事もないフィールド。
海棲モンスターが跋扈するスリーリバー・ベイに面した沿岸部にさえ近づかなければ、概ね安全地帯と言えるゾーン。
新米プレイヤーの訓練の場にすらならない、背景画や通過地点に等しい場所。
しかし其れは。
今の現実に生きるレオ丸にとっては、もっけの幸いとなった。
ソロで行動している現在、戦闘は出来るだけ避けたい。
戦意旺盛で、<緑小鬼>や<小牙竜鬼>程度ならば苦もなく撃破出来る契約従者達を揃えていても、出来る限り戦いたくはない。
レオ丸の紛れもない正直な心情が、其れであった。
「トヨカワが、“ラッキークローバー・フィールド”でホンマ助かったわ」
“ラッキークローバー・フィールド”とは、今を遡る事十数年前に冒険者達の間で使われていた隠語である。
モンスターとの遭遇戦率が、格段に低い場所を意味する言葉だ。
此処でモンスターを発見するのは、まるで広い野原で四葉のクローバーを探すようなものだ、と言う意味だった。
略称は頭文字を取って、“LCF”。
だが、キリスト教圏で“LCF”とは悪魔を示す言葉になる事があるため、“イースター・エッグ・ゾーン”と言い換えられていた。
意味合いは、“復活祭の卵探し”である。
因みに、此方の頭文字を取っての略称は、“EEZ”。
此方は此方で“排他的経済水域(=Exclusive Economic Zone)”と紛らわしいとの意見が多数上がった。
結果として、どちらも今では廃れてしまった略語である。
現在の使い道としては、初対面の冒険者の<エルダー・テイル>歴を簡易判定する、尺度の一つ程度。
“LCF”あるいは“EEZ”と聞いて、ニヤリとすれば<エルダー・テイル>では古株のプレイヤーだと言える。
レオ丸は、冒険者レベルの上限が50であったオープンβ発売直後からプレイしているため、ニヤリどころか苦笑いを浮かべてしまう単語であった。
苦い思い出し笑いを一頻りしてから、ホッと溜息をつくレオ丸。
「御主人、此処は何だっチャ?」
「此処か? ……若気の至りの化石、やなぁ」
「……御主人の言う事は、時々意味不明だっチャ」
定位置である頭に<金瞳黒猫>を乗せたレオ丸は、反論せずに<彩雲の煙管>を燻らせる。
鬱蒼とした森の中に開けた、直径十五メートルほどの空き地にレオ丸達は佇んでいた。
空き地とは言っても樹木が生えていないだけで、地面はびっしりと草叢で覆われており、足の踏み場など何処にもない。
其の中央部分に、蔦草と苔で隙間なく装飾された積み石があった。
形は奈良にある石舞台古墳に似ているが、大きさは二周りほど小さい。
「主殿。此れは、ダンジョンの入り口でありんすか?」
「イエスやけど、ノーやな」
「どういう意味でありんす?」
「此れは、ダンジョンやったモンやねん」
「……主殿の言いようは、ホンに理解不能でありんす」
マサミNの背を優しく撫でながら、<吸血鬼妃>は肩を竦めた。
五色の煙をひと吹きすると、レオ丸はアマミYの手を取り前へと誘う。
「何事も、百聞は一見に如かず、ってな」
十歩と歩かず、積み上げられた巨石の前に達する一人と二体。
アマミYの手を握らぬ方の左手で、レオ丸は濃淡様々な緑色で染められた巨石の肌をポンポンと叩いた。
「此処は、ってゆーかコレはな、ワシと友人達の記念碑であり……墓標みたいなモンやねんわさ。
こっちの……今の時間の流れで言うたら……ざっと、百二十年くらい前の話やけどねぇ」
レオ丸の呟きに、マサミNは異なる色に輝く瞳を細め、アマミYは頤に漆黒の手袋を嵌めた手の指を当てて首を少し傾げる。
「ワシからしたらつい此の前の、セルデシアからしたら随分昔の話や……」
レオ丸が所謂TRPGに嵌ったのは、高校一年生の冬休みの事だった。
所謂“赤箱”と呼ばれるTRPGの元祖を皮切りに、SUN値死守のホラー物や『剣の世界』や、十面体ダイスを二つ使用してパーセンテージで行動の成否を決めるファンタジー物など、実に様々なゲームに熱を上げる。
其の時に出会い交流を深めた友人達と共に、社会人になってから始めたゲームが『エルダー・テイル』であった。
学生の頃には有り余るほどにあった余暇が雲散霧消し、「オレん家に全員集合!」と誰かが号令すれば直ぐに集まるなどという事が出来なくなっていたレオ丸達にとって、オンラインRPGは実に得がたいゲームであったのだ。
後に<ポンポンペイン>というギルドを結成する友人達との、成功よりも失敗の多いバカ騒ぎ主体の冒険は、レオ丸の趣味を拗らせるには実に最適なツールであった。
全員で、二人か三人で、其の時に集まれた人数で遊ぶのも面白いが、偶には独りでプラプラするのも愉快極まりない。
そうして一年また一年と過ごして居る間に、オンライン上での交友関係も増えて行くのは必然の事。
無数のパーティが生まれ、ギルドへと昇格して行く間を、レオ丸は<ポンポンペイン>に属しながら、ボウフラのように揺ら揺らと漂い続けた。
そんな気侭プレイヤー暮らしをしていた、ある時。
レオ丸は、とあるギルドのマスターに声をかけられる。
<赤青緑BOX>のギルマスを務める<守護戦士>のプラム・ストゥーカが、ボイスチャットで言うには。
「新しいダンジョンを見つけたんだけど、つき合ってくんない?」
ギルド<赤青緑BOX>は新人が多いため、不確定要素だらけの新規開拓案件の冒険に関しては、不向きである。
故に、プラムは友人達の中でもベテランに分類されるプレイヤー達に声をかけ、即席パーティで挑む事が間々あった。
レオ丸も、其の外部協力員的ポジションに居る。
故に、御盆参りの激務から解放され漸く暇を手に入れたレオ丸は、一も二もなく飛びつく事にした。
其の約一時間後。
集合時間五分前にアキバの街外れに設置された<妖精の輪>の一つへレオ丸が赴けば其処には存知よりと、そうでない冒険者三名が既に待ち構えていた。
プラム以外の知り合いは、<妖術師>のトニー・ウェーキー・K・タニス。
喋る言葉はおちゃらけてはいるものの、魔法攻撃の成功率は巫山戯ているとしか思えぬほどに高い、助っ人専門のソロ・プレイヤーだ。
「初めまして、小官は悲劇墜王ベルリンと申します」
撃墜王を思わせる飛行服に形状を似せた軽鎧に身を包んだアバターが敬礼するのに、慌ててレオ丸は九十度に腰を折って対応する。
「初めまして、西武蔵坊レオ丸でおます」
「初めまして、ミウ・ズーヴォとかです」
「初めまして、シェヘラザード・テヘランよ」
「いつの間に増殖!ってか、自己紹介に“とか”って何や!?」
「さ、時間だし、とっとと行くよ!」
「オールスルーかーい!」
プラムを先頭にし、レオ丸を殿とした一行は、グダグダな出会いを終えるや否や<妖精の輪>に身を投じたのだった。
更に二つの<妖精の輪>を利用して到着したのは、何処とも知れぬ深い森の中。
フィールド情報を確認すれば、大地人の地方領主が治めるスリーリバー・エリアに隣接した森林ゾーンで、<トヨカワ>というゾーン名が表示される。
<エルダー・テイル>における地名は、二通りに分ける事が出来た。
地球上にある本来の地名を其のまま流用したものか、別の言葉に置き換えられたものかの二種に。
本来の地名が其のまま流用された土地は、更に二種類に大別出来た。
重要な場所か、そうではないかだ。
アキバやミナミなどプレイヤーズ・タウンに選ばれた土地や、マイハマやキョウやイズモのような枢要の町は前者である。
チョウシやナラシノなど、イベント性の薄い町は後者。
トヨカワもまた、レオ丸の観る画面に表示される情報から類推すれば、重要度は最底辺に限りなく近いゾーンであるようだった。
「じゃあ皆、アタシについて来て」
代わり映えのしない、取り立てて目印になりそうな物がない森の中の、道なき道を一行は進む。
右へ左へフラフラと、一体何処へと案内しようとするのか?
<妖精の輪>を乗り継ぎする時を含め、幾度かレオ丸は問いかけようとしたが、イヤホンから聞こえてくる実に楽しげな、鼻歌というには些か大きいプラムの歌声を聞けば、諦めの境地で口を噤むしかなかったのだ。
今は昔のとある俳優の名前を歌い出しとする、番組企画の探検隊の勇姿を具体的実例を挙げて讃えるコミックソングをBGMにして移動する事、数分。
「はい、到着!」
プラムのドヤ声に鼓膜がキンとなりながら、レオ丸がモニターに目を凝らせば、其処には如何にも的なダンジョンの入り口があった。
簡単な打ち合わせ、正確に言えばパーティ・リーダーであるプラムの独断で決められた隊列で、六人の冒険者は慎重な足取りで突入を決行する。
二人並びで入れる幅の通路に、前衛・盾役のプラムが意気揚々と踊り込み、<盗剣士>の悲劇墜王ベルリンがゆっくりと続いた。
其の後を<吟遊詩人>のシェヘラザードと<妖術師>のトニーが追い、殿を務めるのはレオ丸と<森呪遣い>のミウの二人だ。
<蛍火の灯>に照らされた土壁の通路を、時間をかけて探り探り進む六人は、ほどなくして二股の分かれ道に到る。
「こっちに行くよ!」
躊躇なく左へと進路を取るプラムに、ミウが疑問を呈す。
「何で、そっちとか?」
「乙女の勘!」
「じゃあ、仕方ないとか」
何が仕方ないのかレオ丸が疑念をぶつけようとした瞬間、眼前に広い空間が現れ、何とも嫌な感じのBGMが流れ出した。
GWAOOOOOO!
画面が微かに明滅し、一体のモンスターが行く手を塞ぐように登場する。
「え~~~っと……」
「アレって……」
「アレ……だなぁ」
「何でアレやねん?」
天井の高さは五メートルあるかないかの空間の三分の一を埋める、巨大なモンスターが首をくねらせ、窮屈そうに吼え捲っていた。
【 鋼尾翼竜 】 < Lv/50 >
現れるはずのないモンスターが、現れるはずのない場所で猛り狂う姿を見て、レオ丸達はただただ絶句する。
「ああ……コレがつまり、場違い物品ってヤツか!」
トニーの天然発言にツッコミを入れる余裕すら失くし、レオ丸は途方にくれながら誰かに問いかける。
「で、どないするん?」
レオ丸達は全員、カンストのLv.60であるため、苦労はしたとて眼前の敵を倒す事は無理ではない。
そう、決して無理ではない……のだが。
「どうするとかって……、取り敢えず運営に報告した方が良いとか?」
「そうだなぁ、どう考えても……バグだろう、コレは!」
「見て見ぬふりして、Uターンするに一票」
「では、意見を集約するよ!」
思い思いの言葉を発するメンバーに対し、プラムのアバターが右手を挙げて自由発言を封じる。
「民主主義の理念を乗っ取って、命令しまーす! 全員…………」
振り下ろされる、プラムの右手。
「撃滅せよ! とっつげーき!」
そして。
レオ丸達は、どうにかこうにかワイヴァーンを退治し終えた。
“どうにか”とは、ワイヴァーンの巨体の所為でさして広くはない空間で行われた、実に窮屈な戦闘行為の事である。
“こうにか”とは、リーダーが指示を怠ったために連携も何もあったものではない戦闘行為が招いた、労力の無駄遣いであった。
不必要にHPを消耗した盾役と攻撃役、無為にMPを消費した魔法職。
もし全員がベテラン・プレイヤーでなければ、死屍累々の体たらくと言っても過言ではない、何とも御粗末な戦闘結果である。
ドロップアイテムと金貨を拾い集めたレオ丸達は、しばしの休憩時間を兼ねた探索をしながら、反省会をする事に。
そして得た結論は、一つだった。
「では、満場一致でパーティ・リーダーは解任って事で」
「ブーブー!! 異議あり! 異議あり!」
「五月蝿い黙れ、ぼんくらイノシシ!」
新しいリーダーに選出されたシェヘラザードの、寸鉄どころか鉄杭で刺すような罵倒に、レオ丸達は無言で拍手を打ち鳴らす。
「そは、クーデターでありんすか?」
「いや、勝手に失脚しただけや」
「流石は、御主人の友達だっチャ」
「HAHAHAHA……って笑えん賞賛をおおきに。
ホンでまぁ、其の部屋には隠し扉も、隠された財宝もなかったさかいに、更に下へと進む事にしたんやけどな……」
延々と続く一本道の途上に几帳面なほど、一体ずつ出現する<歩く骸骨>。
膝まで浸かるほどの泥沼に群れなす、<彷徨う鎧>。
天井から床まで垂れ下がり、石筍と結合した鍾乳石だらけの空間で、巨体と棍棒を持て余す<単眼巨人>。
「今夜は一先ず、……此の辺にしときましょうか」
<巨大な地虫>が隙間なく、みっちりと詰まった部屋を前にして、シェヘラザードはダンジョン探索の終了宣言を発した。
「えー、もっとやろうよー」
「脳みそ沸いてんの、馬鹿プラム! 周りの状況を良く見てみなさいよ!」
「状況って……皆、HPもMPも余裕あるじゃん?」
「何処見てモノ言ってるのよ! あんたの観察力はバフンウニ以下か!?」
最初は面白くもあった予想外過ぎる遭遇戦も、こうも連続すれば流石にうんざりとしてくるのは仕方のない事。
ともすれば萎えそうになる気力を振り絞るのも限界が近くなり、レオ丸も含めた全員が溜息しか口にしておらず、さしものトニーですら黙り込んでいた。
其れから大体、十五分が経過した後。
ブーブーと、独り不平を漏らすプラムを何とか説き伏せた一行は、無事にアキバへと帰還を果す。
更に時間が瞬く間に過ぎた、九月初旬の終わり頃。
プラムが発信した一通のメールが、レオ丸の元へと届いた。
“此の前のダンジョンに、リベンジしに行かない?”
翌日の夜十時の、五分前。
レオ丸がアキバの外れの<妖精の輪>へおっとり刀で参上すれば、見慣れた四人のアバターが既に終結している。
八月下旬からずっと、レオ丸はあの不可思議迷宮の事を、折に触れて考え続けた。
どう考えても、プログラムが逝かれていたとしか、バグっていたとしか結論づけようがない。
公式ホームページに掲載された運営からのメッセージや、プレイヤー達が利用する掲示板などを、目を皿のようにして確認したが、どこにも求める情報は書き込まれていなかった。
つまり、あのダンジョンの存在を承知しているのは、レオ丸達六人のみという事になる。
しかも、未だに情報が出回っていない事実が意味するのは。
「誰も通報せんかったんやね?」
「マジで機能不全状態なんかどーかなんか、もうちっくと情報を集めんとなー」
「そうよねぇ」
トニーの答えに、シェヘラザードが同意する。
「もしかしたら、単なる誤作動だったとか?」
「いや……、其れは違うと思うが……」
ミウの言葉にベルリンが否定形の台詞を被せるが、明確な答えを持っての事ではないので、断言とは言い難い口調であった。
「其れを確かめるためにも、れっつ・りべーんじっ!」
「遅れて着てからに、豪そうやな自分!?」
レオ丸が他の面子の心を代弁するものの、プラムには何の事だと馬耳東風、一人さっさと<妖精の輪>へ飛び込んで行く。
相変わらずの傍若無人さに、レオ丸達は呆れたように鼻息を漏らしてから、仕方がないと其の後に続いた。
前回と同じルートを通り、プラムが迷いなく進んでいるのでそうだろうと判断するしかないだけだったが、一行は無事に前と同じ場所へと到達する。
「ホンで、リーダー。今日の目標はどないな感じで?」
「今日はねー」
「プラムさんよ、案内人のアンタやなくてね。ワシは、リーダーのシェヘラザードさんに聞いてるんやけどね?」
「ひっどー! ブーブー!!」
「五月蝿い、脳みそパンナコッタ!」
レオ丸達よりもつき合いが深く長い友人から浴びせられた罵倒に、プラムはブチブチと小声で不平を鳴らす。
「オホン。……其れでは、隊列は前回と同じで」
シェヘラザードの指示に従い、隊列を整えたレオ丸達は岩倉にポッカリと開いた隧道へ身を投じた。
「……やっぱ、バグじゃないかと思うのは吝かではないと、粛々として思案する次第であるかと思ったり?」
おどろおどろしいBGMと共に地下一階層の空間に出現したモンスター達を見て、トニーが素朴ながら的を射た感想を述べる。
「まさか……なぁ?」
ベルリンの呟きには、二通りの意味が込められていた。
一つは、前回と同様に地下空間には不似合いなモンスターが現れた事で、もう一つは、前回と違うモンスターが現れた事である。
KUKYEEEEE! KUKYEEEEE! KUKYEEEEE!
【 巨大雛鷲 】 < Lv/45 >
明滅を終えた画面の中央に、三体のモンスターは威嚇するように柔らかそうな翼を広げ、精一杯の咆哮を挙げていた。
「え~~~っと……」
「何でコイツらやねん?」
「取り敢えず……」
「倒し……ましょうか。プラムッ!」
「オッケーッ!!」
空間の半分強を占めながら、押し合い圧し合いしている巨大なモンスター達の前に、パーティ・リーダーの命を受けたプラムが気合充分で立ちはだかる。
「アンカー・ハウル!」
程なくして。
三体のモンスターは効率良く倒され、光の泡を残して消え去った。
「ってな感じで、其の日は前回と違いサクサクと進んで…………いや、そーでもなかったよなー……」
「また何かトラブルでも、あったでありんすか?
「泥沼でオタオタする<巨石兵士>に、嫌がらせにもならへん間隔で一体ずつ襲って来る<人食い草>……。
ワシらよりも、モンスターの方が苦労しているんで、こっちも勝手が違うて逆にアタフタしてしもうてな」
「まるで、御主人の性根みたいなダンジョンだっチャ」
「其れは、どーゆー意味や?」
「わっちの記憶では、然様なダンジョンへ行ってはおらぬと思いなんすが?」
「ウチも知らないっチャ」
「そりゃまぁ、そうや。何せ、自分らと出会う前の話やもん。
あん時に眷属で居てくれたんは、ナオMちゃんにアヤカOちゃん、後は……ミチコKさんだけやったさかいなぁ」
「其れは其れは。ホンに……昔のお話で、ありんすねぇ」
「ああ、せや。ホンマに古い話やわさ。
戦闘以外では、見事な役立たずっ振りを見せとったプラムさんでも、面倒見の良さだけでギルマスを務められとったし。
彼女のヘタレっ振りを容赦なく罵っとったシェヘラザードさんも、独身やったから時間が有り余っていたようやし。
トニーはトニーで、プレイスタイル同様にスチャラカ社員で仕事をサボりまくれていたし。
ミウちゃんは、花も恥らう女子大生やったし。
ベルリンも、家業を手伝いながら趣味に現を抜かせる高等遊民モドキやったもんなぁ」
「其の主殿の御仲間とやらは、今はどこでどうして居るんでありんす?」
「さぁて、今はどこでどうして居るんかな?
此の岩倉が、ダンジョンとして機能していた時限定で遊んでいた、今から思えば何とも儚い繋がりやったさかいなぁ」
「「???」」
「初めて此処へ来た時から、大体二週間に一遍のペースで集まっては、毎回変わる不遇なモンスターをシバキ倒しとってんけどね。
さっきも言うた、こっち時間の百二十年くらい前にな。
ワシらの、ささやかなモラトリアムは……強制終了させられてんさ」
今を遡る事、約十年。
六番目の拡張パック、<覇王の野望>が発売された。
四番目の冒険者の街であるナカスの追加、ギルドハウス購入システムの導入と、プレイヤー達の活動範囲が格段に広げられた、<エルダー・テイル>のターニングポイントとも言える拡張パック、其れが<覇王の野望>である。
併せて搭載されたのは、レイド対決コンテンツの『Overlord』。
そして、五つのシナリオが新たなるレイドコンテンツとして、追加された。
『ハヤトの鬼武者』は、ナインテイルの各地を転戦するキャンペーン形式。
『十二色の反乱』は古都ヨシノを舞台としたシティ・アドベンチャー物。
残る三つのコンテンツである『オワリ夏の陣』、『キソ冬の陣』、『トライネルの合戦場』は全部が連動した、壮大なイベントであった。
此れら三つのコンテンツは全て、愛知県を中心とした東海地域を舞台にしたものである。
因みに。
ナカスの街の設置と『ハヤトの鬼武者』が導入された事により、ナインテイル自治領の各地に数々の設定が付加された。
例を挙げれば火雷天神宮、火竜のすり鉢、パンナイルの町、ビグミニッツの町、ノーコンの島、カセギの島など。
『十二色の反乱』の導入により其の舞台となる古都ヨシノと、山岳都市イコマがウェストランデの主要都市として設置される。
だが、最も目玉となったのは、三つの連動コンテツンツが導入された地域であった。
“LCF”あるいは“EEZ”ばかり、つまり殆ど何もないエリアやゾーンばかりであった東海地域が、全面的にリニューアルされたのだ。
東海地域のプレイヤー達による、有形無形を問わぬ多数の要望に触発されたのかどうかは定かではないが、少なくとも<F.O.E>は本腰を入れて様々に趣向を凝らしたデザインを、岐阜県~愛知県~静岡県に施したのである。
其の余波は、今まで見過ごされていた“バグ”の是正にも及んだ。
「突然、プラムさんから連絡が来てな。
ホンでいつものメンバーで、慌てて此処に来たんやけどな……、既に手遅れやったわ。
ワシらの大事な遊び場は取り上げられ、なかった事にされてしもうて、単なるオブジェ、単なる風景の一部になってしもうとった。
……ワシらのって言うのは、運営に対して失礼な、まぁ語弊のある言い方やもしれんけど、ね」
「主殿のお言葉にある“ウンエー”とは、如何なる存在でありんすか?」
「御主人の言う事が本当なら、まるで神みたいだっチャ」
「然り。わっちも然様に思うでありんすが?」
「神……うん、まぁ、確かに、なぁ」
「然程大きくはないでありんしょうとも、ダンジョン一つをいとも容易く無に帰すなどとは、奇跡と言うたとて過言ではないでありんしょう?」
「……ウォーデン大神みたいだっチャ」
「ウォーデン大神……ああ、北欧サーバ……もとい、マサミNちゃんの出身地域の主神さんか。
ユーレッド大陸からヤマトでは、ユーララ神が主神やねんけどね。
せやなぁ……自分らに判り易く説明するんなら、ウォーデン大神やユーララ神が顕現した神々の中で最上位に居るならば、“運営”は更に其の上位に君臨する最高位の存在かもなぁ。
大空から草木の一本一本、果ては路傍の石ころに至るまで、森羅万象の一切合切が“運営”の作り上げたモンやから。
勿論、自分らもそうやし、……今のワシの体もそうや」
「つまり、“ウンエー”とは即ち、創造神……でありんすか?」
「まぁ、そーやな」
「其れにしては、御主人の言いようは不遜過ぎるっチャ」
「いや、だってな。連絡一つなしにダンジョン廃止やなんて、なぁ?
せめて官報に告知を出すとか、メッセージをHPに張り出すとか……」
「そは、つまり……創造神に対し、天啓をせよと?」
「うん。事前連絡が欲しかったなぁ、ってね」
「『神は沈黙せず』でありんすか?」
「うん、そんな感じで一言を、な」
「やっぱ、不遜だっチャ」
「そーかなー、そんな事はないと思うんやけどねぇ?」
苔生す岩倉から手を離したレオ丸は、蒼穹を仰ぎ五色の煙を鋭く吹き上げる。
「でも、ホンマに不遜やとしたら……ユーララ神も“運営”も御照覧あれ!
此処に神の御心、天の御意志に仇なす輩が居りますぞ!
どうか此の卑賤の身に、天罰とやらを与えたまえ! ……ってな♪」
すると。
Blink! Blink! Clap! Clap!
遙か向こうまで澄み切り青かったはずの大空が、瞬く間に曇り出し、どこからか遠雷までが鳴り響き出した。
「……God's in his heaven?」
「やっぱ、御主人が不遜な事を言うからだっチャ!」
「わっちは、とばっちりを食うのは嫌でありんす!」
「おや、まぁ! やねぇ?」
影に似た霧の如き姿に変幻したアマミYは、レオ丸の襟元へと潜り込み、全身の漆黒の毛を逆立てたマサミNは、レオ丸の頭上で丸くなりながら爪を立てる。
「ああ、桑原桑原」
そう嘯きながらレオ丸は身を屈めると、スルリと身を翻す。
向かう先は、岩倉にポッカリと開いた隧道の奥。
陰気に澱んだ空気の幕を難なく突き抜け、灯のない暗き闇の奥へスタコラサッサと小走りで、駆け込んで行った。
誰にも知られず、静かに鎮座し続けていた巨石群は、やたらと賑やかな一人と二体を飲み込み、再び沈黙を保つ。
其の緑に覆われた岩肌を、雨粒が一つ二つと濡らし始めた。
降り出した夏の雨はやがて、全てを覆い尽くしていく。
誰かが居た痕跡を洗い流すように、ザーザーと雨は降り続けた。
<スリーリバー>は、読んでいるだけの人様の御作『ある毒使いの死』中の『番外5 <おっさん都へ行く>』http://ncode.syosetu.com/n3984cb/66/より。
<ビグミニッツの町>は、にゃあ様の御作『Ⅰ ルークィンジェ・ドロップス』http://ncode.syosetu.com/n1132cf/より。
<ノーコンの島>と<カセギの島>は、佐竹三郎様の御作『私的2次創作のタネ』中の『ナインテイル自治領えとせとら』http://ncode.syosetu.com/n5715cf/5/より。
其々、地名を拝借させて戴いておりまする。
方々、誠に申し訳無く忝く候(平身低頭)。