第伍歩・大災害+62Days
今回の話は、判り難い例えで言えば、接続詞みたいな話でござんす。
そして。
或未品様がユストゥス氏とレオ丸との念話の会話を構成して下さらなければ、楽しさが半減したであろう話だったりします。
或未品様に、最大級の感謝を。
そして。
にゃあ様、hanabusa様、田中耕作様、宇礼儀いこあ様、KUMA様、真田光様。皆様にはお詫びと謝罪と御免なさいを。
親方もとい、島村不二郎様より貴重な御示唆を頂戴致しましたので、一部を改訂致しました。(2015.11.13)
四つの蹄がポックリポックリと、神代の遺物であるコンクリート製の路面上を闊歩する。
♪ Yippie yi Ohhhhh
Yippie yi yaaaaay
Ghost Riders in the sky ♪
半世紀以上にも亘り歌い継がれて来たカントリー・ミュージックを、流麗なソプラノで歌い上げる金髪碧眼の生首。
其れを大事に抱えながら、レオ丸は物思いに耽っていた。
レオ丸と<首無し騎士>を跨らせた漆黒の<首無し馬>が悠々と進むのは、元の現実で言えば列島の大動脈の高速道路の上である。
今の現実では、トゥーメイン大回廊と呼称されていた。
「ゲーム時代の概念モデルであるのは理解してるんやけれど、神代って遙か昔って設定やよな。
……“遙か昔”っていつやねん?
少なくとも、歴史が始まったとされる三百五十年よりも前やろうな。
コンクリートの起源は確か……ローマ帝国時代か。
ローマン・コンクリートって火山灰を主成分とした、アルミニウム系固着剤やよなぁ。
ヴェスビオス火山謹製の火山灰に石灰、砕石の混合物が水ん中で固まってたんを古代ローマの誰かが発見して、建材に使用したんが始まり始まり。
翻って現代のコンクリートは、カルシウム系固着剤を用いとる。
更に言うたら。
古代と現代のコンクリートの大きな違いは、強度を確保するために鉄筋が使われているか、いないかや。
現代のコンクリートこと通称ポルトランドセメントは、アルカリ性化の化学反応で結合しとるさかいに、炭酸化する事によって次第に表面から中性化していきよる。
つまり、強度が失われ、劣化するって事。
現代のコンクリート建造物の寿命は凡そ、五十年から百年くらい。
って事は、此のトゥーメイン大回廊を含めた神代の建築物は全て、ポルトランドセメントやなくて、ローマン・コンクリートと同種って事やんなぁ」
レオ丸の口の端から突き出た<彩雲の煙管>が、ピコピコと上下する。
「ジオポリマー反応によって結合しとる所謂、ケイ酸ポリマーを形成するために強度は現代物とは比べ物にならんくらいの寿命がある。
鉄筋なんかが入ってへんから、内部構造の劣化が起すヒビ割れや剥離、崩壊が起こらへんから数千年レベルの維持が可能や。
ローマ時代の遺構である、パンテオンやコロッセオみたいに。
……まぁ確かに、転がっとる瓦礫や破損した箇所を見る限りは、鉄筋なんかの内部補強材が見受けられへんわな。
つまり、此の道路もローマン・コンクリートと同じやから、数百年だか数千年だか知らん神代の時代から今日まで、形状を保ち続けている、って訳か。
せやけど、全ての建造物を確かめた訳やないから……もしかしたらどっかに鉄筋を使うたんもあるんかもしれんなぁ。
もし仮に、コンクリートの中に鉄筋が仕込まれていたとして、其の構造物が神代の頃から現在まで崩壊せずに建っているのは何故だろう?
ファンタジーという化けの皮が剥がれない限り、耐久度という本性は現れへんのやもしれへんのか?
其れとも、ゲームデザイナーの人らが其処まで意識せんと、背景を設定してしもうたんか?
現代文明が崩壊した後風の背景にすれば格好エエし、ってな感じで。
あるいは、何か特殊な処理がなされた鉄筋が使用されとるんか?
パンパカパーン! はい、<魔鉄鋼>!、ってか?
キュー・イー・ディー、キュー・イー・ディー、と言いたい処やけど、謎は深まるばかりでござい、ってなぁ」
フンッと鼻息が五色の煙を吹き飛ばした。
「エルヴィン君なら多分、もっと詳細な調査と推察で、明瞭な解説をしてくれるんかもしれへんけど……ローマ史専攻なら建築分野もお手のモンやろうし、<せ学会>の一員としてアクロバティックな考察を展開してくれるんかもしれんけど。
其れにしても、……神代ってホンマ、何々やろうか?
世界の其処彼処にある遺構を見たら、どう考えても“現代”やんなぁ。
でも遺構をつくづくと観察すればするほどに、“現代”のモノではありえへんってのが理解出来る。
何せ、現代建築の大半は、百年も経てば砂礫と化してしまうんやから。
煉瓦造りの近代建築かて百年、二百年ならともかく、何百年って時の流れに逆ろうてまで建ち続ける事が出来るんやろうか?
……メンテナンスなしで、ランニングコストをびた一文払わんと状態劣化の速度を極端に抑えられる、そんな近代現代の建造物があるんかね?
そーいや。
遺構から推定する神代文明について、<せ学会>にレポート提出してたんは誰やったっけ? ……シゲン君やったっけか? 其れとも不二ノ嶋親方君やったっけか?
ふむ……アキバに着いたら、<せ学会>残党による<“茨の園”会議>でも開催しちゃるか」
「小難しい独り遊びは終わりっスか、マスター♪」
<首無し騎士>に背後から抱きかかえられたレオ丸は、胸元に抱えるユイAの生首に苦笑いを浮かべて見せる。
「小難しい独り遊びって……記憶の虫干しやねんけど、まぁエエか」
「じゃあ、オッケーっスね」
「うん、何がオッケーなんや?」
「気分がいいんで、ピヤッと飛ばすっスよ。
私の頭を落とさないように、髪の毛を握り締めといて欲しいっスよ!」
レオ丸が了解と言う前に、背後からのホールドする力が増された。
落馬防止のためにしては、やや過剰気味の腕力を腹部に感じた瞬間、レオ丸の視界に広がる風景が一気に加速して流れ去る。
両脚の踏ん張りだけで己と契約主を支えるユイAは、<首無し馬>に拍車をかけたのだ。
「ロケンロールッ♪♪♪」
手綱に縛られていない漆黒の特異な馬は、自由を謳歌するかのように遙か彼方まで延びるコンクリートの上を疾駆する。
逆巻く風など物ともせずに蟠り続ける、頭部のあるべき場所から湧き出す黒煙のような何か。
其れが前方に広がっていない御蔭で視界を遮られる事はないが、レオ丸は別に有難いとは思わなかった。
契約主の心情を知ってか知らずか、やたらと縁起でもない歌い出しで始まる名曲を、楽しげに口遊む契約従者の生首。
其れを後生大事に抱えながら、レオ丸は口を真一文字に結び奥歯を噛み締めつつ、心の片隅で密かに思い願った。
もっと安閑とした、“我が人生”を歩みたいなぁ、と。
握り拳程度からキングサイズのベッド並みまで、大小様々の瓦礫が野放図に転がる路面を、時速五十キロ前後で襲歩する<首無し馬>。
目も耳もないのに、視覚情報や聴覚情報は一体何処から得ているのだろうか。
馬術競技大会の障害馬術競技コースに設置された障害物よりもタイトな、危険物をヒョイヒョイと躱し、飛び越えて行く。
ノンストップで歌い続ける生首と、どんな仕組みで無事に疾走し続けているのかが謎の首のない馬。
元の現実には存在しないモンスターの、実に不思議な生態に首を傾げたい気持ちを堪える事、小一時間。
レオ丸の視界を瞬く間に過ぎて行った風景が、唐突に止まった。
「マスター!」
「ん? 走るんに飽きたんか?」
「違うっスよ。前方に誰かが居るっス」
チャラい三下みたいな口調で契約主を見上げ報告する、ユイAの生首。
風圧で乱れた契約従者の金髪を軽く梳りながら、レオ丸は<淨玻璃眼鏡>に意識を凝らし、前方を遠望する。
望遠機能で観察するも、レオ丸の視界には人影らしきものは何一つ感知出来なかった。
「ワシには何にも見えへんけど?」
「ワタシには感じられるっスよ」
「感じられるって、つまり自分にも見えてはいないんか?」
「ワタシは近眼っスから! でも、はっきりと感じるっス!」
「所謂、刑事の勘みたいなモンか?」
「そうッス」
「いつから自分は『クビナイ刑事』になったんや……」
「処でマスター、“ケイジ”ってなんっスか?」
「あー……後で説明したるわ」
「イエッス、マスター!」
分速二百二十メートルほどの速歩で前進を始めた<首無し馬>は、凡そ五分後に、レオ丸の合図で脚を止める。
一キロほど先に、人影らしきものをレオ丸の視覚が捉えたからだ。
此れよりは、慎重に進むのが賢明だと考えた上の判断。
敵か味方か定かならぬ対象に、安易な気持ちで接近して良いはずがない。
元の現実の日本ならば、敵味方の識別は日常生活の中においての必須条項ではなかったが、今の現実のヤマトでは己の安全に直結する重大事由であった。
のたのたと鞍から路面に降り立つと、馬上のユイAに生首を返却し、己の足で歩き出すレオ丸。
<首無し騎士>は蹄も音も高く常歩で、五色の煙を燻らせながら進む契約主と平行して歩く。
「……まさか、センサー機能完備とは思わんかったなぁ。
モンスターの生態ってホンマ、摩訶不思議やわ」
「マスター、何か歌ってもいいっスか? リクエストはあるっスか?」
「コウモリみたいに音波なんか、其れとも蛇みたいに温度なんか?
う~む、こいつも大事な研究課題やなぁ」
「ないなら、勝手に選曲するっスよ♪」
腕を組み呻吟しながら歩くレオ丸の横で、ユイAの右脇に抱えられた生首が陽気なテンポで歌い始めた。
♪ Val-deri, Val-dera, Val-deri,
Val-dera-ha-ha-ha-ha-ha
Val-deri, Val-dera.
My knapsack on my back. ♪
やはり半世紀以上前にドイツで作曲されたキャンプの定番ソングをBGMに、一人と一体は荒れ果てた路面を進み続ける。
路傍に見えた人影を、レオ丸が視界の先に認めてから凡そ一刻半。
約二十メートルの距離を置いて、レオ丸は足を止めた。
昨夜、ミスハ達の元から飛び出したレオ丸はトゥーメイン大回廊に行き当たるや、元の現実ならば海老名市に設けられたサービスエリア、今の現実では崩れかけたコンクリート製の小屋が一つあるだけであったが、其の場で休息を得る事にしたのだ。
亀裂の入った壁にもたれ、崩落した天井越しに星空を眺めながら。
寄り添うアマミYの冷えた温もりに抱かれながらまどろみ、静寂に耳を傾けながら安らぎを享受する。
日の出から暫く経った時間に目覚め、<吸血鬼妃>を襟元に収納するや、朝の勤行をし、一晩の仮の宿を後にした。
其れから数時間、現在地はイースタルとウェストランデの国境線間近の場所。
南の方、海風が潮の香りを運ぶ辺りには、関門都市ボクスルトがある。
温泉地としても有名な街ではあるが、冠された異名の通りに堅牢な関所が設けられた城塞都市でもあった。
有事の際には、イースタルの西の最前線となる所。
だが、レオ丸が居るトゥーメイン大回廊には、其のような厳めしく物々しいモノは設置されてはいない。
所以は、遙か昔に取り決められた掟によってである。
自由都市同盟イースタルも神聖皇国ウェストランデもなかった三百年よりも以前の時代。
弧状列島ヤマトの全領域を統べていたのは、ウェストランデ皇王朝である。
神代の時代に建設された大回廊は、ウェストランデ皇王朝の歴代皇王が各地を巡幸する時にのみ使用される、特別な道であった。
ある時。
時の皇王が其の御名において、前例のない詔を発布する。
其の詔により、神代に敷設された大回廊は貴賎の別なく、誰にも妨げられる事なく、自由に往来して良いと定められたのだ。
所謂、『六道往来勝手次第』の勅令である。
勅令により解放された大回廊は、イースタル圏内とエッゾ圏内を繋ぐトゥーホーク大回廊、ウェストランデ圏内を横断するメイスン大回廊とノイエ・メイスン大回廊、そしてイースタル圏内とウェストランデ圏内を繋ぐセントロ大回廊とトゥーメイン大回廊とノヴァ・トゥーメイン大回廊の六本。
此処において、弧状列島ヤマトは北端から西端まで自由通行が保証される事となる。
だが。
各地の領主は、其の入り口となる全ての枝道に、数え切れぬほどの関所を設けたのだ。
理由は、大回廊の安全を保つため、であった。
“恐れ多くも皇王陛下の慈悲深き御心に発する天下の往来に、如何なる差し障りも生じさせてはならない”
其れは建前である。
拙い言い逃れでしかない建前では隠せぬ領主達の本音が、関所の数だけ露呈されていた。
誰もが関所を通過しなくなれば、領内に通行料である“関料”が落ちなくなる。
関料とは即ち、濡れ手で粟に似た税金の事。
通行者に課す通行料と言う名の人頭税に、運び込まれる荷物や貨物に課す関税である。
領民に課す税と同等に、領民以外に課す税は領主に取っては大事な収入源なのだ。
領内に横たわる一般街道には通行料を、河川には渡河料を、そして大回廊の入り口には苛烈なまでの入出行料を、各地の領主達は当然の権利として課した。
結果として、六本の天下の往来は有名無実となり、貴賎の別なく誰一人通れぬ道となる。
しかも大回廊は、元の現実での高速道路と同じように、見上げるような高さに延伸敷設された、空中回廊でもあったのだ。
一般の大地人達が荷物を背負い、抱えたままで容易に登れる高さではない。
また登れたとしても、意気揚々と歩めるほどの整備などはされておらず、出口以外の場所からは降りる事さえ侭ならぬ道である。
やがて、慈悲深き時の皇王が原因不明の死因にて崩御した直後、<六傾姫>の大乱がヤマトの全土を嘗め尽くした。
大乱は人々の命運だけではなく、皇王朝の命脈さえも断ち切る。
没落と終焉の時が、訪れたのだ。
数十年に及ぶ大乱が終息すると同時に成立したのは、皇王朝の正当なる継承者を自称する神聖皇国ウェストランデ。
続いて、ヤマト西部の一大国家に対抗するために東部地域が結束し盟約が結ばれた、自由都市同盟イースタル、産声を上げた。
皇王朝の後継を名乗る両大国は、己の正当性を双方共々主張するが故に皇王朝時代の施政や政策を様々な形で、正確に言えば我田引水的な修正を加えて、其々の圏内に敷衍させる。
其の内の一つが、『六道往来勝手次第』の勅令であった。
<六傾姫>の大乱以前から現在に至るまで、大回廊は全ての者に解放され、全ての者が利用出来ぬ状態であり続けた。
されど其れは、大地人の事情であって、冒険者の意図する処ではない。
意図する処ではなかったが、冒険者達も全てがゲームだった頃に、大回廊を活用する者は稀であった。
何故ならば、冒険者達は近距離であれ長距離であれ、移動の際には<妖精の輪>や<都市間ゲート>を自在に使い分けていたからだ。
特別なクエストや格別な物好きでもない限り、誰が好き好んで長居距離を歩くだろうか?
有限のプレイ時間において、冒険者達の大多数は効率重視をモットーとして、時間の無駄を徹底的に省いていたからだ。
大地人は元より、冒険者さえも利用する事のなかった、往来自由の道。
しかし、<大災害>の影響は此処にも及んでいるようであった。
目的の土地への近道としてトゥーメイン大回廊を選んだレオ丸は、立ち止まり、直近に見える人物を観察する。
レオ丸の現在地を元の現実で言えば、道が大きく南へとカーブを描く手前、もう数分歩けば下り方面側の鮎沢パーキングエリアがある辺りだ。
高さ二メートル弱の落下防止壁に腰掛けた冒険者は、前方に聳える巨大な山塊を見据えながら一心不乱に、何かをしている。
< 名前 / ハニャア=ハニマール三世 >< 所属 / 海洋機構 >
< メイン職 / 施療神官 / Lv.90 >< サブ職 / 画家 >
< 種族 / 狐尾族 >< 性別 / 男 >
所属ギルドもメイン職も、どちらも戦闘系でない事に一先ず安堵するレオ丸。
懐手にしながら周囲をグルリと見渡す。
どうやらレオ丸の視認出来る範囲に、他の冒険者の姿はないようだった。
五色の煙を吹き上げつつ思案モードに移行しようとしたレオ丸の頭上から、ユイAの生首が陽気な声をかける。
「マスター、次の曲は何がいいっスか?」
「そいじゃあ、ウキウキするような歌を頼むニョ」
リクエストを発したのは、レオ丸達に背を向けたままの冒険者だった。
高くもなく低くもない実に聞き取り易い声は、何処となく暢気な空気を纏っている。
「ウキウキ系っスね、了解っス!」
♪ Aieressera, oì nè,
me ne sagliette, tu saie addò?
Addò 'stu core 'ngrato cchiù
dispietto farme nun pò! ♪
伴奏もなく紡ぎ出されたナポリ語の歌詞に紛らせて、レオ丸は吐息を漏らす。
見知らぬ冒険者であるハニャアの、伸びやかで穏やかな声の響きに、害意を欠片すらも感じなかったからだ。
其れでも用心をしながら少しずつ前進するレオ丸の頭上からは、ユイAの流麗な歌声が遠慮なく降り注ぎ、ヒラヒラと舞い踊る。
♪ Addò lo fuoco coce,
ma si fuie te lassa sta!
E nun te corre appriesso,
nun te struie, 'ncielo a guardà!……
Jammo 'ncoppa, jammo jà, ♪
気がつけば、落下防止壁の上からもハミングがレオ丸の耳へと落ちて来た。
「♪ funiculì, funiculà! ♪」
「♪ フニクリ・フニクラ! ♪」
モンスターと冒険者の合唱を聞きながら、レオ丸はコンクリートの壁に手をつき、軽く膝を曲げてから垂直に飛び上がる。
元の現実では苦労する事も、今の現実の身体機能ならば易々とこなせる事に、レオ丸は不機嫌そうに苦笑を浮かべた。
「さて、よっこいしょ、と」
二人分ほどの合間を空けて、並んで坐る二人の冒険者。
「初めて御目見得しまっせ」
「お初ですニョ」
「ニョ?」
「ニョ!」
正面を向いたまま相手の方を見ずに、最小限の言葉でファーストコンタクトを果たすレオ丸とハニャア。
両者が視線を交わさないのは、何も隔意があっての事ではない。
視線を釘づけにする偉大なる存在が二人の前方、十数キロ先に威風堂々と聳え立っていたからだ。
霊峰フジ。
弧状列島ヤマトの象徴であり、此の地に住まう全ての大地人の心の拠り所。
現実の日本人が日本国内各所に、世界中の至る処に、神奈備型の山に“○○富士”と名づけるように、美しい稜線を描く比類なき最高の独立峰は其の存在自体が神秘であり、神聖である。
其処にあるだけで、畏敬の念を抱かせる稀有な存在。
セルデシアにおける霊峰フジもまた、富士山と同じく紛う事なき“霊峰”であった。
いつものように喋り出したら止まらない無駄口を一切叩かず、ぼんやりと五色の煙を漂わせるレオ丸。
膝上に広げたスケッチブックに、迷いのない筆致で其の威容を描いていくハニャア=ハニマール三世。
穏やかなリズムで奏でられる、ラ行の音のみを出鱈目に羅列しただけのユイAのスキャットをBGMにした、何とも不思議で心地の良い時間は、時計の秒針が十周以上しても継続する。
「誰だ、お前は? ってか……何してんだ、お前らは?」
不意に現れた人物が、素朴な疑問を投げかけるまでは。
少し離れた路面からの問いかけに、レオ丸とハニャアは初めて顔を見合わせた。
マジマジと見詰め合い、どちらともなくニヘラっと笑みを交わす。
「……おい、無視すんなよ……」
ハニャアと同じギルドタグをつけた盗剣士、海底人#8723は不満と不信感を露にした鋭い視線を、壁上へと放った。
其れを柳に風といった感じで受け流したレオ丸は、やおら落下防止壁の上で立ち上がるや、両手を水平に広げる。
「一座、高うは御座りまするが、不弁舌なる口上をもって、申し上げ奉りまする。
従いまして、従いまして、此の度ブラリと散歩の途上に此方へと立ち寄りましたる処、斯くも賑々しくお近づき戴きました事、まっこと厚く御礼申し上げ奉りまする。
さて当方、名を、西武蔵坊レオ丸と申す者にて御座りまする。
別けても曲げても貴方様に御願い申し上げ奉りまするは、拙僧並びに眷属一同に至るまで、未熟不鍛錬ものに御座りますれば、御目未だるき処は袖や袂で、幾重にもお隠しあって、良き処は拍手栄当栄当の御喝采、七重の膝を八重に折り、突き倒します重箱の隅から隅まで、ズズズイットウ~~~、御願い申し上げ奉りまする!」
先ほどまでの寡黙さは何処へやら、レオ丸は立て板に水どころかナイアガラの滝のように口上を溢れさせた。
足下に佇む契約従者は、無責任全開で盛んに口笛を吹き鳴らす。
「「…………」」
ハニャアは笑顔を貼りつけたままで、#8723は困惑一色の表情で、首を傾げる。
「さてさて……お次は此方の番やわな。
質問返しをさせてもらうけど、自分らこそ此処で何してるん?」
広げた両手を腰に当てて仁王立ちのポーズを取ると、レオ丸は全てを煙にまくように、五色の煙を吐き出した。
其れから随分、時が過ぎての事。
思わぬ場所で予想外の出会いをした冒険者達は、路面に車座となり少し遅めの昼食を摂っていた。
御握りを頬張るハニャアと、焼きそばパンに齧りつく#8723に挟まれ、レオ丸は鹿肉のジャーキーを咥えている。
其の向かい側には、四人の冒険者が座していた。
レオ丸の右手側から、<森呪遣い>の秘密工作員ハタナカ、<付与術師>のKumap×Kumap、<守護戦士>のアイコ・ザ・GODslayer、<暗殺者>の眞田十勇子。
レオ丸がベラベラと口上を述べ、ハニャアと#8723を絶句させた直後に現れた者達である。
彼らはトゥーメイン大回廊を支えるコンクリート柱を調査していたが、上から微かに聞こえた誰かの歌声を不審に思い、勿論其れはユイAのモノだったが、調査を切り上げ大回廊上へと戻って来たのだった。
誰何と軽い尋問が行われ、レオ丸には特異性があれども害意はない事を納得した結果が、今の状況である。
アキバから遠征してきた冒険者達は全員、レベルが90を越えていた。
そして、ある意味において未踏の地へと足を踏み入れるほどの実践経験を、其れなりに積んでいた自信もあったのか、ほどなくして仲間ではない余所者のレオ丸を受け入れる事とする。
但し、あくまで一時的にだが。
更に言えば、レオ丸が開陳したアキバに居たままでは知る事の出来ぬウェストランデ各地の生情報が、大変に貴重であると考えたのも要因といえる。
二人のヒューマンと、狐尾族、エルフ、狼牙族、猫人族が一人ずつのパーティは、ヒューマンとモンスターのペアに仮の座を提供する事にした。
ひと時の繋がりを与えられたレオ丸は、初対面の冒険者達一人一人を素早く観察し、其のステータスに表示されたデータを見て、首を傾げる。
首を傾げた理由は、彼らのギルドタグが統一ではなかった事だった。
ハニャアと#8723とハタナカとKumapが所属するのは、<海洋機構>。
アイコは<D.D.D>の、眞田は<グランデール>のギルドタグを着けている。
アキバの秩序と運営を司る<円卓会議>を代表するギルドの一員達による、変則的に組まれた混成パーティ。
レオ丸が知る限り、<海洋機構>は生産系ギルドとして最も所属員を抱えているギルドである。
パーティを構成するに際し、人手を他所から派遣してもらう必要性などないはずだ。
そして<D.D.D>は<大災害>以降に加盟者が急激に増え、現在は所属人数千数百名を誇る、アキバにおおける最大ギルド。
<グランデール>は大手ギルドに合流する選択をせず、中小ギルドの代表格の一つとして重きをなしていた。
違和感の正体を知るべく、レオ丸は傾げた首を戻さぬままに、質す。
巨石でも易々と一刀両断出来そうな斧槍を傍らに置き、サンドイッチをチマチマと齧りながら回答を示したのは、アイコだった。
誤魔化す事なく、ありのままの事実を彼女は口にする。
「セルデシアの再調査をするための、暫定的な方便ですの」
様々な取り決め事と施政方針を固めた<円卓会議>は、現状維持だけに汲々とする事なく、現状打破の意思決定も満場一致でなしたのだ。
現状維持のための方策とは、アキバの街と其の周辺地域における、冒険者達の日々の生活の中で派生する不満の矮小化である。
食材を主とする流通の健全化。
ギルドとギルドの間、ギルドとソロの間、何よりも冒険者と大地人の間に生じる様々な軋轢の沈静化。
不満とは、人が社会で生きている限りは必ず発生し、完全に解消する事などは不可能である。
ならば、不満が不平と結びつかぬように目配りし、不満が拡大増殖せぬように街と組織の風通しに気を配り、肥大化した不満による内圧で出来上がったばかりの秩序が瓦解せぬよう微調整をし続ける事。
出来上がったばかりで生乾きの煉瓦の壁を自壊させぬ事、其れを喫緊の目標に定めたのだ。
現状打破のための方策とは、今の現実からの脱却、元の現実への帰還である。
だが、帰還の方法は皆目見当がつかない、つけようがないのが現状だ。
そもそも、<大災害>が一体どういう理由で起きたのかすら、誰も答えをもってはいないのだから。
原因も結果も判らないままでは、何もしようがない。
其処で<円卓会議>は、「<大災害>とは何なのか?」を知るために、今の現実と元の現実の差異、より正確に言えばゲームの頃と何が違うのかを知ろうと考えたのだ。
物事を正確に知るための、予備調査。
だが其れは、実に莫大な予算と多数の人員と長期に亘る期間を用意せねば出来ぬ大事業である。
アキバの街に居る全ての冒険者、全てのギルドに発注しても尚、成し遂げられるかどうかさえ判らぬ、暗中模索の難事業。
しかし、各ギルドも冒険者達も、其れほど暇ではない。
今のアキバは、毎日のようにオリジナル・レシピが色々な分野で発見され、発明され、開発され、改良されていく渦中である。
誰しもが意欲に溢れ、やりたい事に挑戦してみたいと前向きに寸暇を惜しんでいる最中なのだ。
成果を上げられるかどうかさえあやふやな事に、時間も労力も割いている余裕などありはしない。
目先に積み上げられたお宝の山を放り出して、不確かな地図を頼りに埋蔵金を探すような酔狂な者など、元より居なくて当たり前と言える。
其れ故に、<円卓会議>も強制ではなく、報奨金を用意して、酔狂な者の自発的参加に期待するしかなかったのだ。
「つまり、自分らは酔狂の集まりって事なんや?」
「出来れば、志高きボランティアと言って欲しいんですの」
「なるほどなぁ」
「アタイらが酔狂ならば、レオ丸さんはどうなんです?
ミナミの街から此処までの長旅をして来られて、また西へと逆戻りしようとしているなんて酔狂どころか……」
「奇人? 変人?」
「出来れば“バガボンド”と言うて欲しいけどな」
「「バカ……ボンド?」」
「え~~~っとな、ハタナカ君に眞田のお嬢さん。
赤塚不二夫御大の名作漫画でもなきゃ、殺人許可証の持ち主でもなくて、……“放浪者”や。
さっき、クマクマさんが言うたように、酔狂以上道楽未満って感じやかな?
まぁ、ワシの見聞して来た事は伝えた通り。
ミナミも、ヘイアンも、ロマトリスも、ナゴヤも、全てがゲームの頃とは違うし、元の現実とも乖離しとる。
今の現実は、ゲームと元の現実とが一直線に繋がった線上の中間にあるんやなくて、三角形の角の一つになっとると思ってる。
正三角形か二等辺三角形かは、判らんけどな?」
アキバが派遣した調査隊は何グループかあるようで、昨日にフルスカップの町で<TABLE TALKERS>のメンバー達が遭遇したのも、其の一隊であるようだった。
<円卓会議>が委託したパーティ達の行う周辺監視とは、周辺調査と同意語であるからだ。
既にナゴヤから脱出した者達は、<TABLE TALKERS>やフルスカップの町に居た調査隊と合流し、アキバへの道筋を正しく進んでいる事だろう。
レオ丸のように寄り道もせず、行きつ戻りつもせず、Uターンもせずに、ただただ真っ直ぐに。
目的地へと一直線に進む事は素晴らしい事であるとは、レオ丸も思うが、真っ直ぐに進まないからこそ多くの人と邂逅出来る事も、実感している。
事実、テイルザーンやミスハ達と行動を共にしていたら、此処で調査隊の冒険者達と昼食を摂る事はなかっただろう。
元の現実の松永忠順では行わなかった、絶対に行えなかった、行き当たりばったりの生活。
其の何とも不安定でいて驚異に満ちた刺激的な、毎日がお祭り騒ぎの生活を楽しむ事を選択したレオ丸の生き方は、彼ら調査隊に率先して参加したアイコ達のモノとほぼ同じであった。
見知らぬ存在を排除するのではなく、珍奇な存在として警戒しながらも先ずは接触し、次に交流を試みる。
そういう意味では確かに、アイコも、ハニャアも、#8723も、ハタナカも、クマクマも、眞田も、レオ丸と同様に世界を冒険する者達であった。
無意識下で其れを理解したからこそ、調査隊の面々はレオ丸を受け入れたのかもしれない。
モンスターだけを連れとして、安全の数百倍の危険が顕在し、数千倍もの危険が潜在する此の世界を気侭にプラプラしている、ミナミから来た冒険者を。
レオ丸達の歓談は、夕暮れ間近まで続けられた。
「……話は尽きませんが、そろそろ私達はアキバに戻らねばなりませんの」
ふと空を見上げたアイコが、お開きの時間が来た事をポツリと呟く。
「ああ、そやねぇ。名残惜しいが、時間は無限にして有限やもんな」
同じく夕焼け色になりかけた太陽を見詰めながら、レオ丸は<彩雲の煙管>を懐に仕舞い、立ち上がった。
「実に有意義な時間やった、皆さんホンマおおきに」
身支度を終えて起立した調査隊の面々に、右手を差し出すレオ丸。
「此の出会いが……此の世界のありとあらゆる事が、幻燈上映会でなきゃ、再び何処かで逢おうやないか。
意図せぬ形で遇えたんやから、意図すりゃ必ず逢えるわな」
「どうか良き旅を、ですの」
「お気をつけて」
アイコに続き#8723とガッチリと握手を交わしたレオ丸は、ハタナカ、眞田、そしてKumap×Kumap達とも確りと手を握り合う。
最後にハニャアへと手を差し伸べたが、レオ丸の掌が触れたのは一枚の画用紙であった。
「オイラの職務と特技と趣味は、世界を一枚の紙に写し取る事ニョ。
職務で描いたモノは、誰でも描けるモノでしかないニョ。
特技で描いたモノは、優れてはいるかもしれないけど、不変的な価値はないモノだニョ。
オイラが最も誇れるモノは、趣味で描いたモノ……一番描きたいと思いながら描いた事モノだニョ。
そりは、オイラが今日一番描きたいと思って、描いたモノだニョ」
スケッチ画を持っていない方のレオ丸の手を、ハニャアは力強く握り締める。
「またオイラが未だ見ぬ世界を、詳しく教えて欲しいニョ。
オイラもまた、レオ丸さんが見た事のない世界を描いてみせるからニョ」
「……約束やで」
「約束だニョ」
其の日一番の微笑を、ハニャアは浮かべてみせた。
そして。
調査隊の面々は、一斉に<帰還呪文>を唱える。
最寄の大神殿、あるいは大聖堂の存在する五大都市に瞬時に帰還する事が出来る便利な呪文。
彼らの帰還する先はアキバの街だ。
レオ丸は、手を振りながら光の柱に包まれる調査隊の面々を、笑顔で見送る。
「さて、と」
束の間の巡り合いを楽しんだレオ丸は、陽が傾き沈んで行く方向へ、クルリと体の向きを変えた。
「ワシが詳細を省いて語った内容が、どないな影響をもたらすんかね?」
「主殿のなした事など、大した影響はないと思うでありんす」
「そっスね。ミーもそう思うっス」
「さよかー」
眷属達の連れない言葉に、レオ丸は大袈裟な仕草で首を折る。
其の襟元から、ズルリと黒い煙に似た何かが溢れ出した。
レオ丸の足元に蟠った何かは音も立てずに伸び上がるや、腰に手を当てた女性の姿へと瞬時に変容する。
人型となったアマミYは、レオ丸が手にしている一枚の画用紙に気づき、覗き込む仕草をした。
<首無し馬>から下馬したユイAも、生首を持った両手を精一杯伸ばし、<吸血鬼妃>の視界に割り込みをかける。
二体の契約従者は繁々と画用紙を眺めてから、少し後退りつつ契約主の全身をジロジロと注視した。
「よう描いてくれてるやろう?」
「ええ、まぁ」
「そっス、ね」
紙面一杯に描かれた霊峰フジ、其れを背景にして佇むレオ丸の姿。
だが、顔立ちや雰囲気が二割り増しは素敵な感じになっている。
肖像画とは元来、モデルよりも美しく見えるように描かれるものだが、ハニャアが巧みな筆致で描いたレオ丸は、格好良過ぎるほどでもなく、ありのままでもない実に微妙な感じであった。
そっくりだと絶賛するほどでもなければ、美化し過ぎだと不評を買うほどでもない、実に巧みな匙加減でなされた描写。
アマミYとユイAは、褒めるでもなく貶すでもなく、控え目な拍手を送るに留めた。
「また彼に会うたら、家族皆の集合写真……やのうてスケッチをしてもらうとするか?」
満更でもない笑みを浮かべたレオ丸は、画用紙を丁寧に巻き<マリョーナの鞍袋>へと仕舞う。
「したらば、いざ西へ!」
そう勢い込んで一歩踏み出したレオ丸の脳内に、鈴を転がしたような音が鳴り響いた。
視界にステータス画面を展開させるや、ウィンドウの中ほどでとある名前が小刻みに動いている。
想定の範囲内、より正確に言えば絶対にかけて来るはずだと思っていた相手からの念話だ。
ニヤリとしながら其の名前を軽く叩いたレオ丸は、相手より先に声を放つ。
「へろ~~~ぅ♪ お念話、待ってたでぇ♪」
「……あ、間違えました」
処が相手は、レオ丸の声を聞くなり予想外の行動を取った。
「待てや、コラ!! ……ケッ、切りやがった」
長大なフレンドリストを開く作業ももどかしく、念話をかけて来たのに切ってしまった相手の名前を見つけ出したレオ丸は、幾度も叩く。
すると。
「おかけになった<念話>は、現在電波の受信設定を変更中、居留守を使っております。
設定が終わるまで、しばらくお待ち下さい」
「ありゃまぁ、こら間の悪いタイミングでかけてしもうたなぁあ、……ってな訳あるかいや、コラァ!!
其れになぁ、居留守電ネタは既に使用済みやで、ユストゥス君よ?」
「……うるさいなぁ、居留守使ってるって言ってるじゃん。
あーすーみーまーせーんー、間違えたんですー、違う人にかける予定がー、亜鉛不足で間違っちゃったんですー」
乗りツッコミからの当て擦りに対し、ユストゥスは不満をじっくりと煮詰めたような声で応対する。
以前とは違い軽妙さが全く感じられない、やや投げ遣りでつっけんどんな物言いに、レオ丸は少しだけ意外な感じがした。
「オキシトシンが異常活動でもしたんか、自分?
初歩的ミスをするとはらしくもない……正に珍事やねぇ?」
「間違いくらいします。にんげんだもの。
で、ですね?
とりあえず切っていいですか?
意外に忙しいんです。
此の<念話>だって、嫁達の許可得て、時間区切ってしなくちゃならないんですから」
まるで言外の意味を汲み取って下さいよ的な、ユストゥスの物らしげな言い方に、悪寒に似た何かを覚えたレオ丸は少しだけ声を尖らせる。
「……興味本位で聞くけど、誰と間違うてワシの名前をタップしたんや?」
脅迫とも取られかねぬレオ丸の問いに、ユストゥスはあるかなしかの溜息を漏らした。
「誰って……貴方の“嫁”に」
「Wait、wait、wait、ホンでHouse!!
ボストーク六号風に言えば“私はヤモメ”なワシに、“嫁”などと言うスカイラブ計画なんざあらへんよってに!! ……誰ん事を言……」
「名前を」
だが。
ユストゥスは、たったの一言でレオ丸の台詞を遮断する。
口篭ったレオ丸に言い聞かせるように、態と一言一言を区切りながら告げる、ユストゥス。
其の言い方はさながら、判決を申し渡す裁判官のようだ。
「……名前を、聞いて、後悔は、しませんか?」
「…………ワシは貝になりました。
めりー・くるしみます・みすたー・ゆすとぅす」
「ええ、賢い選択です。人間素直が一番ですね。
では、またいずれ……って、そういえば今どちらに?
知世ちゃんからは途中でどっか向かった、とか聞いたんですけど?」
「……さっきの今で、答えられると思うか?」
「いいえ? 社交辞令ですよ?
第一、こちらだって情報出していないのにくれ、だなんてどんな面して言えます?
困ったから情報くれ、ただしこっちからは何も出さない、なんてどこの【検閲】ですか?
ばかなの? しぬの?」
「……豪い荒れとんなぁ、自分?
此の前会うた時は“坊ちゃん”タイプやったのに、今の自分は“赤シャツ”キャラになっとんで。
……何ぞあったんか?」
「……詳細は省きますけど、ドシロートがドシロートこきやがって作業が“役満”なんです。
自分とこなら三回殺すんですけど、原因分からないから嫁達に絞られてて。
御蔭でウチのスタッフ総動員で、使えるもの探ってて。
実はその所為で、<念話>の時間制限なんてあるんです。
……あ、何かあったらエルヴィンにお願いします」
今までの流れから答えがあるとは思っていなかったレオ丸は、ユストゥスが語る切実で生々しい内容と、ほとほと疲れ果てたような口調に、何となく理解をする。
理解はしたものの、労わりの言葉をかける気はなかったが。
「大変やなー、自分ら。情報の統括なんて厄介事、自分達でせなアカンなんて」
「……慣れれば取捨選択なんて楽ですよ。
むしろ、個人で集めるのはラインが分かりやすくて怖いです。
少し探ればバレますし」
だが、ユストゥスも負けてはいない。
“赤シャツ”キャラをさっさと返上するや、第五高等学校の生徒達に対する金之助先生の様に、言うべき事を言い、刺すべき釘を刺した。
「ま、其れでもいいや、と思われているなら痛くも痒くもないんでしょうけどねー。
……済みません、ちょっと疲れ過ぎてて八つ当たりを」
「『夢十夜』に生きてる『道草』ばっかりのワシと違うて、『それから』『明暗』があったようやね、自分の方は?
……一個の人間やってトコを見せてもろうただけでも、充分やさかいに」
「可愛いトコとかもあんですよ?
男相手には見せないだけで、嫁達には大好評ですよ」
「“八釜しい”わ! パンツの中の『坊ちゃん』の事情まで知った事か!」
「……ホント、疲れているんでしょうね。
ともあれ、先日はウチの嫁達がお世話になりまして。
いずれきちんとお礼したる。
……ま、本当にアキバにいらっしゃるなら、それなりにもてなしますよ」
「期待しないで期待しとくわ」
レオ丸が苦笑している間に、念話が切れる。
「……あちらも此方も、程度の違いはあれども大変さは一緒か」
此方とあちら。
少なくとも<大災害>発生以前にギルドを脱退したレオ丸には、<大災害>発生以降のギルドという組織が背負う苦労は無縁だった。
抱える焦燥感は、己だけに降りかかるものでしかないのだから。
「いや……そうでもないか」
ギルドに属してなくとも、仲間意識はある。
属していないからこそ、より高まったと言えるのかもしれぬと、レオ丸は強く思った。
「カズ彦君やエンちゃん達、……ソロで遊んでた頃からの連れ。
ユーリアス君や赤羽学士達、……今の現実で改めて縁を結び直した仲間。
ミスハさんにユストゥス君達、……<大災害>が起こらんかったら出会う事もなかったやもしれん、新たに繋がった絆。
ワシは決して、ボッチやないわなぁ。
ホンで……眷属達皆の、与奪の大権を握っているんやもんなぁ」
レオ丸は、右から寄り添うように立つ<吸血鬼妃>に一瞥をくれ、背後で茜色に染まり出した空を見上げて鼻歌を奏でる<首無し騎士>を振り返る。
「さて、其のためには?
“用意周到・動脈硬化”の精神で、山を登り丘を越えるんがエエんか?
“伝統墨守・唯我独尊”の精神で、波濤を切り裂き進むんがエエんか?
“勇猛果敢・支離滅裂”の精神で、雲を突き抜け天翔るんがエエんか?」
大きく深呼吸をしたレオ丸は、改めて一歩を踏み出した。
「“当意即妙・意馬心猿”の精神で、生きるしかないやな。
ほなまぁ、“名詮自性・一蓮托生”の淑女さん達。
……進みまひょか?」
一人の冒険者は、二体のモンスターを伴い、歩き出した。
ゆっくりと太陽が落ち行く、黄昏刻 の世界へと。
常に立ちはだかる、“一マイル四分の壁”の向こうへと。
悪戦苦闘の日々を過ごす多くの冒険者達と、肩を並べ続けるために。
西の方へ、日の沈む方へ。
勇み立つでもなく淡々とした表情で、てくてくと歩いて行った。
因みに、六人のデータは以下の通りにて。
< 名前 / ハニャア=ハニマール三世 >< 所属 / 海洋機構 >
< メイン職 / 施療神官 / Lv.90 >< サブ職 / 画家 >
< 種族 / 狐尾族 >< 性別 / 男 >
< 名前 / 海底人#8723 >< 所属 / 海洋機構 >
< メイン職 / 盗剣士 / Lv.90 >< サブ職 / 採掘師 >
< 種族 / ヒューマン >< 性別 / 男 >
< 名前 / 秘密工作員ハタナカ >< 所属 / 海洋機構 >
< メイン職 / 森呪遣い / Lv.90 >< サブ職 / 記録官 >
< 種族 / ヒューマン >< 性別 / 男 >
< 名前 / Kumap×Kumap >< 所属 / 海洋機構 >
< メイン職 / 付与術師 / Lv.90 >< サブ職 / 地図屋 >
< 種族 / エルフ >< 性別 / 女 >
< 名前 / アイコ・ザ・GODslayer >< 所属 / D.D.D >
< メイン職 / 守護戦士 / Lv.90 >< サブ職 / 探検家 >
< 種族 / 狼牙族 >< 性別 / 女 >
< 名前 / 眞田十勇子 >< 所属 / グランデール >
< メイン職 / 暗殺者 / Lv.90 >< サブ職 / 密偵 >
< 種族 / 猫人族 >< 性別 / 女 >