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第伍歩・大災害+61Days 其の伍

  前回からの引き続きで、櫻華様の御作『天照の巫女』http://ncode.syosetu.com/n0622ce/7/、とのコラボとなっております。

 おりますが、レオ丸の台詞は大幅にリニューアルさせて戴いており、会話の状況にも変更をさせて戴いております。

 全て、拙著の都合でありますので、何卒御容赦のほどを。

 付加するならば。

 決まり事云々は、枕詞のようなモノにて、適当に読み飛ばし戴いても本編には差し障りがございませぬので(平身低頭)。

 <粘菌の海>→<胞子の海>に訂正致しました(2015.10.18)

 此の世には、“決まり事”がある。


 “決まり事”を別の言葉に置き換えるなら“因果”となり、“法則” “定理”“公式”“方程式”“理論”にも、置き換えられた。

 哲学の世界においては因果性(=Causality)となり、“結果と原因の関係”並びに“何事にも原因があるとする原理”を語義として説明がなされている。

 ギリシア語の“最高の(=aristos)”と“目的(=telos)”を名前の由来に持つ偉大なる古代の哲人は、素材因(あるいは、質料因)、形相因、作用因(あるいは、始動因)、目的因からなる所謂、『四原因説』と称される形式で説明をなした。

 物理学の世界においても、因果律という単語で以って説明をし得るが其れ以上に、“法則”“理論”という単語を用いての説明が一般的である。

 エネルギー保存の法則、エントロピー増大の法則、質量保存の法則、相対性理論、統一場理論などなど。

 そもそも物理学とは古来より、物体の運動、光と色彩、音響、電気と磁気、熱、波動、天体の物理現象などを主な研究分野としてきており、数学・化学・天文学・医学・工学・生物学・哲学・心理学など理数系の学問全般と密接な関係を築いてきた。

 言い換えれば、“ケプラーの法則”“ピタゴラスの定理”“オイラーの公式”“ニュートンの運動方程式”“ヤン=ミルズ理論”などを数限りなく積み上げれば、此の世の事象を全て説明出来るのかもしれない。

 だが、“法則” “定理”“公式”“方程式”“理論”なども毎年のように新しいモノが生み出され、過去に生み出されたモノを凌駕し、駆逐する事がある。

 常に何かが判る日進月歩の世界において、何かが判れば何が判らないのかが判り、判らない事が判る事によって判っていた事が正しいか正しくないかが判るからだ。

 されど、判れば判るほどに判らなくなる此の世界において、未だによく判らない事が前提となっている事と言えば。


“何故、此の世界はこんなにも緻密で精密過ぎるほどに良く出来ているのに、不完全なモノで満ち溢れているのか?”

“無限とは、果たして存在し得るのか?”

 そして。

 其の判らない事の最たるものが、“神”という超越した存在である。


 観測可能な宇宙 うお座・くじら座超銀河団Complex おとめ座超銀河団 局部銀河群 銀河系の伴銀河 銀河系 オリオン腕 グールド・ベルト 局所泡 局所恒星間雲 太陽系 第三惑星と、<エルダー・テイル>におけるハーフ・ガイアは、実に相似した存在である。

 相似してはいるが、比較すれば相似していない事柄の方が圧倒的に多い。

 サイズが違う、歴史が違う、生態系が違う、などなど。

 何よりも、存在しないモノが存在している点が違う。

 地球には実在が証明されていないが、セルデシアにおいては誰もが認識出来るレベルで存在するモノ、其れは“魔法”と“神”だ。


 プレイヤーがプレイヤーであり、ゲームがゲームであった頃。

 <エルダー・テイル>には、物理学的な法則などに全くそぐわない事象が数多存在していた。

 魔法は、質量を無視し、重力を否定し、実在を反古にする。

 ありとあらゆる法則や方程式を、なかった事にしてしまうモノ、其れが魔法だった。

 そして其の存在を許しているのがセルデシア世界の(ことわり)、其れが神という実在する概念である。


「まぁ、ファンタジー・ゲームだし、そんなモンだろう」


 ゲームがゲームであった頃は、プレイヤーでしかなかったプレイヤーは、其れを当たり前のように了承し、魔法の理力や神の恩恵を当然の事として甘受していた。

 ファンタジーとは、現実でない非現実の世界であるが故に、現実には存在し得ぬ魔法が存在している事の何処が可笑しいというのだ、と。


 其の時にログインしていたプレイヤー達は全員、西暦二〇一八年五月三日の午後十一時五十九分五十九秒までは、そう思っていたのだ。

 しかし、永遠とも思える僅か一秒が過ぎた瞬間。

 ありとあらゆる法則や方程式よりも上位に、“魔法”という不可思議と“神”いう不条理が君臨する世界が、プレイヤー達の現実と化す。

 気がつけば、プレイヤー達は物理法則の生き物である“人間”から、物理的法則に囚われぬ存在である<冒険者>となっていた。

 冒険者となったプレイヤー達は、物理的法則とは異なる魔法と、元の現実ならば魔法と同じくらいに異常なモノである“スキル”を身につけていたのだ。


 ファンタジー世界である今の現実世界(セルデシア)は、元の現実と相似してはいなかったが、相似している点も多々あった。

 重力も、質量も、エネルギーも、元素も、法則も、定理も、ありとあらゆるモノが存在している。

 凡そあり得るべきモノは全て、あり得るべからざるモノの下にあったのだ。

 しかし、あり得るべからざるモノもまた全て、“法則”で成立している。

 しかも不可解な形で。

 例えば、魔法で水を生み出すとする。

 どういう原理で以って生み出されるのかは誰も知らないが、魔法を使えば確かに水を生み出す事が出来る。

 では、其の生み出された水は、一体全体如何なる水なのであろうか?

 ミネラル・ウォーターか? 蒸留水か? 純水か? 超純水か?

 現時点で確かめた者は誰もいないが故に、判別は着かぬが水は水、しかも飲料として使用出来る水だ。

 魔法で生み出せるモノは水以外にも、火や空気や土などがある。

 何れも、成分や生成方法が不明であるが。


 冒険者へと変容したプレイヤー達の多くが、あり得るべきモノである既知の情報を手掛かりにして、あり得るべからざるモノである未知の事象について、様々なアプローチを図る。

 ある者は知的ゲームを楽しむかの如く論理的思考で以って、ある者は科学者としての実証実験で以って、ある者は技術者としての経験で以って、ある者は考古学的見地で以って。

 <大災害>が発生して以降、各々が其々の得意分野で得ていた知識や技能を駆使して、何だか判らない事に正面から向き合っている。


 レオ丸も又、己の本職である宗教者の立場と見地から、様々な考察と実験と結果の検分を試みている。

 五感をフルに活用しながら、第六感を働かせようとしていたのだ。

 元の現実では冴えない市井の僧侶でしかなかったレオ丸が、真っ向正面から相対しようとしていたのは、“魔法”だけではなく、ありとあらゆる未知を此の世界(セルデシア)に付加した、“神”其のものだ。

 先ずは“神”とコンタクトしようと思い、“神”が居そうな所を巡る。

 だが、何処を訪れても“神”と接触する事は叶わない。

 “神”が祀られている場所は、何処も“蛻の殻”だったのだ。

 此の世界に、“神”は既に存在していないのか?

 されど見聞し、検分してみれば彼方此方に“神”の恩寵らしきモノが散見し、此の世界の本来の住人である<大地人>達は現に信仰心を“神”に奉げている。

 やはり此の世界に、“神”は存在するのだ。


 森羅万象と其れを成り立たせている(ことわり)を理解するために、古代ギリシャでは“学ぶべきもの”として“数学”“音楽”“幾何学”“天文学”の、所謂“四科”の重要性を提唱し、其の思想は後にキリスト教へも引き継がれる。

 レオ丸は学生時代、文系に始まり文系に終わる生活を暢気に送っていた。

 理数系分野について興味はあれど興味の範疇を出ず、音楽とはカラオケと同義語でしかないスクールライフ。

 されど、国語という科目は“法則”と“理論”に満ち溢れており、文系教科である歴史や社会は“方程式”や“公式”で成り立っている。

 文系人間であるレオ丸にも、其れぐらいの理解はあった。

 此の世の様々な事を司る“神”、あるいは“神々”、もしくは“仏”という全てを超越した存在は、ありとあらゆる“法則”や“方程式”などを集大成した存在であり、“因”であり“果”である。


 其の、超越的存在に此方から接触出来ないのであれば、向こうから接触してきてもらう事は出来ないだろうか?

 レオ丸は、アプローチの方法を変えてみる事にした。


 偶然に偶然が重なった結果として、必然的に試してみたのは、“神”のみが成し得る奇跡とされる事を、再現出来るのかどうか?


 <大災害>が発生して一ヶ月ほどが経ったある時、元の世界にならば滋賀県近江八幡市に相当する場所に、ある<冒険者>の手によって、一つの特殊な場が設けられた。

 其れは、<エルダー・テイル>がゲームだった頃の此の世界(セルデシア)には存在していなかった、宗教施設。


 其の施設は、レオ丸からすれば絶好にして最高の、実験場に見えた。

 しかし其処で行う事と言えば、一か八かの大勝負であり、失敗すればレオ丸だけではなく十名近い冒険者の安全を無為にし、苦悩と苦痛と有形無形の巨大な負債を抱え込ませる、大博打でしかない。

 <大災害>が発生してから三十三日目の深夜。

 レオ丸は関係者に真意を語る事なく無謀なギャンブルに挑み、結果としては勝負に勝った。


 今にしてレオ丸は思う、何と馬鹿な事をしたのかと。

 取り返しのつかぬ大失態をせずに、八方丸く収まる結果で事は済んだが、其れは僥倖以外の何物でもない。

 何か一つの手順を、ほんの些細な何かを間違えていれば、何一つ成立せず全てが崩壊していた可能性が十二分にあった。

 当時のレオ丸は、準備万端で事をなし終え成果を得たと思っていたが、顧みれば其れは薄氷を踏むような勝利、ベテラン未満の素人がヤマ勘を頼りに不発弾を解除したようなモノなのだ。


 勝つには勝てたレオ丸だったが、求めていた目的は果たせなかった。

 超越的存在がもたらす恩寵に、限りなく近い奇跡と呼んでも良いような事象が発現したが、超越的存在からの接触は得られなかったからだ。

 しかし。

 超越的存在が作り上げた(システム)に、触れる事には成功する。

 其の意味では、レオ丸は確かな手応えを掴み取った。


 此の世界(セルデシア)では、元の現実で(まこと)しやかに語られる法則すら通用する!

 此の世界(セルデシア)は、想像以上に許容量がある!

 此の世界(セルデシア)を支配する(ことわり)の範囲を正しく測定する事が出来れば、元の現実でなし得ぬ事もなし得る!

 つまり。

 正しき(ルール)に則れば、手の届かぬ崖の上に咲く花を楽々と摘み取り、思う存分に其の香りを嗅ぐ事が出来るのだ。


 さて此の世界(セルデシア)には、フレーバーテキストなるモノが存在する。

 俗に“香りづけ”と言われるモノだ。

 冒険者達は誰しもがアイテムをステータス画面越しに観察すれば、説明文として容易に閲覧する事が出来るソレは、アイテムらしく見せるためだけに存在する。

 全てがゲームだった頃には、そう思われていた。

 だが<大災害>が発生して以降、単なる空文でしかなかったフレーバーテキストは存在意義を持ち、アイテムの存在理由へと生まれ変わったのだ。

 そしてフレーバーテキストはアイテムだけではなく、モンスターや亜人などにも存在している。

 フレーバーテキストが意味を持ち血肉となる事により、モンスターはモンスターらしく、亜人は亜人らしくなった。

 更に言えば。

 フレーバーテキストは、土地にも付加されていた。


 ゲニウス・ロキ(=genius loci)という言葉がある。

 元はローマ神話において土地の守護精霊の事を言い、蛇の姿で表現される事が多い。

 “地霊”と和訳されるが故に、日本のサブカルチャー界隈では本来の意味である、土地に宿るもしくは土地に封じられた“精霊”として描かれる事が多い。

 だが現代的用法では、“土地の雰囲気”や“土地柄”を意味する言葉であった。

 時を経ても消える事のない、時を経る毎に蓄積され堆積して行く土地の歴史であり、土地の記憶の事だ。

 此の世界(セルデシア)における土地のフレーバーテキストとは、<エルダー・テイル>におけるゲニウス・ロキそのものなのである。



 レオ丸は、固有名詞や特定され易いキーワードを徹底的に排除しながら、朝霧に説明をした。

 元の現実で宗教的に正しいとされる、あるいは思想や土俗的風習として正しいとされている事柄は、此の世界(セルデシア)でも通用する事を。

 但し、其れを通用させるためには、様々な条件が正しく整えられていなければならぬ事を。

 少なくとも、神道的な意味合いを持つ土地には神道的な法則や、神道と縁戚関係にある陰陽道的な法則が適応される事を。


「……って事ですねん」

「成る程。つまり、その排除結界と同じものを<テンプルサイドの街>周辺に張れれば……街を<ミナミ>から守れる訳ですね」

「はいな、ピンポン♪ 正解ですわ♪

 ほなまぁ、察しのエエ御前さんやったら、ワシが次に言おうとしている事は何かが判りますやろ?

 ……<先見の巫女>様ですねんし、ねぇ?」

「……やめて下さい法師。 私は、必要に迫られて戦況を詳しく分析できる様になっただけです。 別段、私が優れている訳ではありません。

 其れに……其の二つ名は、<アキバの女帝>と同じ位恥ずかしいので……呼ばないでいただけませんか?」


 レオ丸と同様に、呼ばれたとて嬉しいとは思えない二つ名に、朝霧の困惑具合が念話を通しても伝わって来る。

 尤も、朝霧が素直に喜べないのは過大評価だと思っているだけで、レオ丸のように事実を認めたくないからというワガママとは、ニュアンスが違ったが。

 さて、念話の向こう側で朝霧が赤面していた時。

 余計な一言を放った当の本人は、並列思考をしていた。


 ミナミの事を、<Plant hwyaden>の悪玉トリオの事を聞きたいのでなければ、何故に朝霧はレオ丸に念話をして来たのか?

 テンプルサイドに結界を張るとすれば、どのような方法が最も有効か?


 下手な鉄砲、数撃ちゃ当たる的な意味やろうか?

 御前さんの様子やと、かなりな感じで手詰まりになってる感じや。

 彼女の御仲間さん……<放蕩者の記録(デボーチェリ・ログ)>やら<共鳴の絆>やらには、人材が一杯居るやろうに。

 言うたら、私設の頭脳集団(シンクタンク)を丸抱えしてるんやったら、彼らに問いかけて答えやらヒントやらをもろうたらエエのに。

 ……いや、違うな。其れではアカンのやな。

 彼らが答えそうな事は、御前さんはぜーんぶ事前に判ってる事ばかりやしな。

 ほな、やっぱ。

 全く違う答えを持っていそうな、此の場合はワシやけど、ソイツに答えをもらおうとしたんやろうか?

 其れとも、あるいは?


 結論に達するまでには未だ時間がかかりそうな思考に対し、もう一つの思考の方はあっさりと回答を導き出していた。

 其れも其のはずだ。

 何故なら其の答えは、レオ丸が元の現実の本職として熟知している事柄、仏教の僧侶であるならば常識なのだから。

 雰囲気を変えようとして朝霧がコホンと咳払いした時には、レオ丸は既に用意した回答を垂れ流すように語る準備を終えていた。


「では、具体的にはどの様にしたらいいのでしょうか?」

「さいですなぁ……、先ずは何よりも土地の特性ですなぁ。

 テンプルサイドって、吉祥寺の事で間違いおまへんでしたよね?

 ワシの記憶が確かなら……七年連続で住んでみたい町一位でしたなぁ、ってのは今は関係おまへんな。

 え~~~っと……ちょいと待っておくんなはれ」


 レオ丸は<マリョーナの鞍袋>から、『私家版・エルダー・テイルの歩き方』と背表紙に記銘された特殊アイテム、<大学者ノート>を開きページを捲る。

 話すべき内容は既に用意していたが、正確を期すために態々と備忘録に目を通すレオ丸。


「確認のために、テンプルサイドについての情報と来歴を一齣(ひとくさり)、語らせてもらいますわな。

 ……神代の遺跡である、<堕ちた天空の寺院(フォーリンテンプル)>の傍にある大地人の街で、周囲は低レベルなモンスターが徘徊するゾーンに囲まれている。

 北は広葉樹が生い茂る森林地帯、東は<スカファの水源地>、西は雑多な環境で、南は巨大な粘菌のような植物が生い茂る<胞子の海>ゾーン。

 元の現実やと、東京都武蔵野市に広がる地域。

 せやけど其処には、吉祥寺って名前の御寺は所在した事実はない。

 吉祥寺辺りで古刹って言うたら、当地の鎮守である八幡宮の別当寺である安養寺の他に、月窓寺、蓮乗寺、光専寺。

 一村一ヶ寺が基本やった江戸時代に、大して広くもない一村に、一社四ヶ寺もあるんかはサッパリ不明ですけど。

 さて、其れよりも。

 大いに謎なんは、吉祥寺ってお寺がないのに吉祥寺って名称なのか?

 其の由来は、江戸本郷元町にあった吉祥寺って御寺の門前町が明暦の大火で焼失し、其処の住人が移り住んだからで。

 玉川上水の開削で武蔵野台地が新田開発ラッシュとなった一環の、幕府主導による移住計画で開かれた新規の農村、其れが吉祥寺の原形、と。

 ホンで、関東大震災の後、更に移住者が来やはって、村は拡大する、と。

 ……江戸、東京が焼ける度毎に人口を増やし、変革し続けた土地柄ですな。

 明治四年に東京府に編入されたけど、翌年には神奈川県に編入、北多摩郡吉祥寺村に名称変更され、明治二十六年に再び東京府に移管される、と。

 現在はサブカルの発信基地で、学生の街でもある。

 街の中心地であるJR中央本線・吉祥寺駅の近くには、周辺ゾーンのネタ元となった緑豊かな井の頭恩賜公園がある。

 まぁザッと語れば、そんな土地ですなぁ。

 以上の事を頭の片隅に置いて考えれば、深い信心が根ざした、昔から今に至るまで信仰が生きている街ですわな。

 結構結構、誠に最良の土地ですわな。

 必要不可欠の要素である、結界の要がおますねんから♪

 後は其れを流用するにあたって、どないな仕掛けを施すんがエエんか……」


 テンプルサイドのフレーバーテキストと吉祥寺の地霊(ゲニウス・ロキ)を、ハイテンションで(あげつら)ったレオ丸は、不意に声のトーンを落とした。


「……すんませんけど、御前さん。

 御前さん、もしくはギルドの所有アイテムで、何ぞ気の利いた小粋な感じのモンはお持ちやおまへんやろか?」

「……ちょっと待って下さい。」


 其の朝霧の声の外から、何やらガサガサと紙同士が擦れるような音がする。

 どうやら事前に所持しているアイテム類を、全て網羅した資料を用意していたらしい。

 確認しながら一つ一つ、アイテム名を読み上げ簡単な内容説明を付記する朝霧の声に、レオ丸は耳を傾け相槌を打ち続けた。

 そして。


「ちょいと其処で、ストップです。

 今、言わはったアイテム、<朽ち落ちたる御神木>って言うヤツ。

 其れが一番、最良のアイテムですわ。

 せやけど其のままではgoodかbetterでっさかいに、加工してBESTにしましょうか。

 ……確か御前さんのお仲間に、現役仏師の忠勝君って居てましたよね?

 彼のサブ職は……ああ、<彫刻家>ですか。

 そいつぁ何とも好都合!

 ほいで、日本ではワシと同じ坊主の八雲君は、此処(ヤマト)では<神祇官>でしたな?

 オッケーです、必要な要員も確保ですわ♪」


 『私家版・エルダー・テイルの歩き方』を仕舞い直したレオ丸は、<彩雲の煙管>を美味しそうに吹かし、ニヤリと笑った。

 本人は会心の笑みを浮かべているつもりだが、第三者が見ていれば悪党の北叟笑みにしか見えなかったに違いない。


「ではでは、お待たせ致しました。

 御前さんの御望みに叶うと思われる方法を、述べさせて戴きまする。

 但し、今言いましたように、100%かどうかは実際にやってみてもらわな、判りませんよってに。

 前人未到の壮大な実験ですからね?

 さて先ずは、忠勝君に<朽ち落ちたる御神木>を素材として、仏法守護の四天王像を彫ってもらいまする。

 何で仏法守護の四天王かと言うたら、テンプルサイドって地名の由来である<堕ちた天空の寺院(フォーリンテンプル)>を、結界の要たる御本尊に見立てますからや。

 ホンで完成した四天王像をテンプルサイドの四隅に安置して、八雲君に開眼作法をしてもらいますねん。

 御本尊たる<堕ちた天空の寺院(フォーリンテンプル)>を上座に置き、結界の守護たる持国天・増長天・広目天・多聞天の四天王を勧請し奉れば、オッケーなはずですわ。

 まぁ、忠勝君と八雲君に任せたら遺漏なく万事上手くいくと思います。

 彼らには今更言うまでもない注意を促すならば、四天王像を“外向き”やのうて “内向き”に安置する事ですかな?」


 一気に説明し終えたレオ丸は、一服つけて夕暮れ間近の空へと五色の煙をブワッと吐き出した。


「改めて申しますけど、今言うた方法はやってみなけりゃ成功するかどうかは、さっぱりと判りません。

 何せ、ワシが先にとある場所にて仕掛けたのは、テンプルサイドに比べりゃ規模も一回り以上小さい場所やし、そもそもの結界作動条件も、結界敷設の作法も全然全く違いますよってに。

 ですが……ワシは確信しとります。

 忠勝君と八雲君の両名ならば、きっと御前さんの御望みを叶えてくれるはずやと。

 多分、彼らは<朽ち落ちたる御神木>以外にもアレが欲しいコレが足りないって言うかもしれません。

 出来得るならば、両人が最高の仕事が出来るように、案じようサポートして上げて下さいませな」


 そう言うと、レオ丸は北東の空を見詰め、遥か視線の彼方に居る朝霧へ深々と頭を下げる。


「まぁ……、ワシが今出来る精一杯に背伸びしたアドバイスは、こないな処ですやろうか……」


念話の向こう側、朝霧は穏やかな口調で感謝の辞を述べた。


「法師、本日は知恵をお貸し下さり……誠に有難うございました。

 御蔭で、<テンプルサイドの街>を守れそうです」

「いやいや、まぁまぁ、成功してみん事にはワシの提案は全て妄言、戯言やもしれませんよってに。

 御礼の御言葉は、御前さんの作戦計画が無事恙なく済んでからに、しときましょう。

 あきまへんでした、やったらワシは大恥掻くだけで仕舞いやけど、御前さんは何もにも変えがたい信用と、貴重なアイテムをふいにしてしまいますさかいに。

 せやけど、上手い事行ったら<衛士システム>に似て非なる結界が出来上がる……んやないかなーと思ったりする事もあるでしょう!

 パチモンのバッタモンくらいには役に立つ事を、請合いますさかいに……と言える心意気を明日は持ちたいと思う所存ですわ。

 しかし……まぁ、ワシと違うて、ゲーム時代の頃からの御前さんらしい生真面目さにはホンマ、平身低頭で汗顔の至りですけど、な?』

「済みませんが……此れが私の性分なので」

「責任ばっかりの、しんどい立場やとは思いますけども、肩筋張らずに……偶には肩の力を抜かなあきまへんで……って、此れは以前にも言いましたっけ?」

「……フフフ、そうですね。 法師のお言葉、充分肝に命じておきます。

 ……では法師。お身体に気を付けられて、引き続き<セルデシア>の調査を頑張って下さい」

「御前さんも、其方の皆さんも、案じよう御気張りやす♪」


 朝霧との念話を終えたレオ丸は、天を仰いでホッと一息を吐く。

 五色の小さな煙の輪が、フワフワと少しずつ色を変えて行く蒼穹へと立ち昇り、薄れ掠れて瞬く間に消えた。


「結局の処、……御前さんの意図は……ホンマに<テンプルサイド>を護る最良の方法を、訊きたかっただけやったんやろうか?」

「主様」

「ほほい、アヤカOちゃん。何ぞね?」


 振り返ったレオ丸の<淨玻璃眼鏡(モーリオン・ゴーグル)>の表面に、眉根を寄せた思案顔の<獅子女(スフィンクス)>がくっきりと映り込む。


「主様、例えばの話でございますが。

 女性(にょしょう)が殿方に文送るは恐らく、“思い遣り”からではございませんでしょうか?

 仄聞するに、主様のお話のなさりようから推察すると、今御話しをなされていた相手様は、主様よりも年長の御方かと。

 然すれば尚更の事、我が子を案じるかのように思われたのでは、と」

「所謂一つの、母心。……母性愛に発する気遣いって事か?」

「然様かと」

「うーむ、なるほどなぁ! まぁ確かに考えてみりゃ、御前さんの元へと伝わる此方のアレやコレは、碌でもないエピソードばっかしやろうしなー。

 年上の友人からすりゃ、“阿呆ボンは一体、何してんねん!?”って感じかもしれへんな。

 ……って事は、今のは御前さんからの叱咤激励(エール)あーんど、確認試験やったんかもしれへんね?」

「試験とは?」

「ワシの“立ち位置(スタンス)が歪になってへんか?”と、“思考形態が逝かれてへんか?”ってのを調べる試金石ってヤツ」

「其れは、佳き思案かと」

「実はホンマのトコ、テンプルサイドを護るための方法についてアドバイスを貰いたかった、だけやもしれへんけどね。

 例え其れが、チビて萎びた藁にも縋る思いで、な?」

「主様……そろそろ」

「ああ、そうやね」


 暦の上ではなく、実際の夏の初めの空は暮れるのが遅いが、其れでもいつしかは茜差す刻限が訪れるものだ。


「ボチボチと皆の元へ戻らんかったら、……夕餉を作る竈にくべる藁しべにされてしまうわな。

 山のお寺の鐘は鳴らずとも、オリーブの一枝ではない何かを咥えたカラスの気分で、帰りまひょか♪」

「了解致しました」


 腰を上げ、背伸びをしたレオ丸は口の端に咥えた<彩雲の煙管>を上下させながら、のんびりと歩み出す。

 繋ぐお手々はなくとも、心の奥深い処で繋がっている契約従者。

 スフィンクスは、契約主の長く伸びた影のようにつかず離れずの距離を保ちつつ、ゆっくりとした足取りでつき随うのだった。



 日が暮れると共に、右側が大きく欠けた月が夜空にかかる。

 綺麗な弓張までもう後二、三日ほどか。

 白々とした光源が僅かに減った分、レオ丸には星の瞬きが鮮やかに見えるような気がした。


「……まぁ、気の所為やろうけどねぇ」

「何がでありんすか?」

「月よりも星の方が綺麗ですね、って夜やなぁってな」

「少々明るすぎるきらいがありんすが、ホンに心地良い深更でありんす」


 日没の少し前に町中に戻ったレオ丸は、テイルザーンの指令により確保出来た宿へと赴き、同行者達の心尽くしであるささやかな晩餐の席につく。

 乾杯の唱和と共に始まった晩餐は、ささやかではあれど文字通りの“御馳走”であった。

 腹がくちくなれば心も満たされるのは、自然の道理。

 笑顔が溢れ、談笑の花が咲く。

 其々、素性も立場も違う者同士であっても、同じ目的を持ち僅か一日半であろうと行動を共にすれば、和気藹々とした食事風景を描く事は容易であった。

 中途で、先行偵察部隊として派遣された<TABLE TALKERS>のギルマス、頭文字ファンブルからテイルザーンに念話があり、現在地は川崎市、此方の世界ではフルスカップの町に居ると伝えられる。

 道中には一切の異常も、取り立てて危険な箇所もなかったとの報に、食卓は沸き立った。

 更に、アキバから派遣された周辺監視の一部隊と邂逅し、今宵はフルスカップにて一緒に過ごし、翌日は彼ら、<円卓会議>に参画するギルド<ホネスティ>のメンバー達と共に途上まで迎えに行くと頭文字ファンブルは言い、念話は終了する。

 此れで、脱出組達の当座の安全は確約された。

 もたらされた朗報に、安堵の吐息と歓びの声が座に満ち、改めて乾杯の声が二度三度と上げられる。

 幸せな夜が更けて行くにつれて、空き皿がテーブルに積み重ねられた。

 やがて。

 頃合を見定めたテイルザーンが宴の終了を告げると、冒険者達と大地人達は一緒になって後片づけをする。

 大地人の幼子が転寝を始めれば、翌日に備えて三々五々、割り当てられた部屋へと引き上げるのみ。

 竈の火が落とされ、宿が自発的に灯す明かりが全て消されたのは、其れから間もなくの事。

 冒険者と違い、大地人の夜は早い。

 居住者の全員が大地人であるヨコハマの町は、ゆっくりとまどろみ始めた。


 そして、町の殆どが眠りについた夜半。

 宿の二階にある、ある一人部屋の窓が静かに開けられ、其処から夜の色よりも昏い旋風が音もなく現れ出でる。

 風を切る音さえ立てずに回り続ける旋風は、暫く宙を飛び、宿から大きく離れた町の中央通りに降り立ち、闇に溶け込んだ。

 旋風が消え去った後に現出したのは、腰に手を当てて首を左右に振る人に似た影と、背を丸めて地面に蹲る人影。

 凡そ、時計の秒針が三周してからヨロヨロと立ち上がったのは、レオ丸。

 レオ丸は、荒げた息をどうにかこうにか調えると、弾むような足取りのアマミYの後を、トボトボと歩き出した。

 灯一つない夜中の町を散歩する、契約主と契約従者。

 キラキラとさんざめく夜空の中天には月が輝くが、ひっそりと静まり返ったヨコハマの町は闇の底に沈んだようであった。


 元の現実と、今の現実の大きな差異は数え上げればきりがないが、冒険者(プレイヤー)の誰しもが一度は感じるのは、電気のない不便さである。

 此の場合の“電気”とは、二股ソケットが世に登場して以降、一般名詞と化した照明と同義語の“電気”だ。

 ファンタジーの世界だから当たり前だ、と思えども、其れで納得出来るはずもない悲しい性を持つのが現代人(プレイヤー)

 弧状列島ヤマトの地において最も冒険者が多い街であるアキバ、次に多いミナミは不便さに納得出来ない現代人(プレイヤー)達の手により、暮れ泥む頃から翌朝までの間ずっと、主な通りに魔法の灯(バグズライト)を流用した街灯が建てられている。

 余ほどの田舎暮らしでもしていない限り、現代人(プレイヤー)にとっての夜とは、街灯が煌々と照らしていて当たり前なのだ。

 だが、前近代的な社会であるファンタジー世界においては、夜の明るさは即ち月明かりの事である。

 “冒険者の街(プレイヤー・タウン)”ではなく“大地人の町(ネイティブ・タウン)”でしかないヨコハマの町には、街灯など一本たりとても建てられていない。

 冒険者にとっては魔法の灯(バグズライト)などの日常生活に直結する魔法は、安価なお手軽グッズレベルであっても、大地人にとってはそうではないのだ。

 冒険者(フォーリナー)の常識は、大地人(ネイティブ)の非常識。


「日本の常識が世界の非常識であるが如く、安全も安心も便利もあって当たり前も、何もかもが全て安易ではないし、安価でもない」

「其れは……至極当然でありんしょう」


 レオ丸の散歩先を軽やかに歩いていた<吸血鬼妃(エルジェベト)>が、つと足を止めて爪先を半回転させた。

 地に擦れそうなほどに長い漆黒のスカート裾が、僅かにフワッと広がり直ぐに萎む。

 かそとも揺れぬ闇より黒いヴェールの下にある、真紅の口唇の両端が釣り上がり絶対零度よりは暖かい言葉を紡いだ。


「此の世に当たり前など何一つ、そう何一つありんせん。

 古よりの金言とされている“万物流転”も、“死は平等に訪れる”とても、主殿ら<冒険者>には通用致しんせん。

 ……此の世には幾つもの(ことわり)がありんす。

 此の世(セルデシア)を縛る不文律、大地の民とやらの生と死を縛る原理、亜人共のみに科せられた掟、モンスター(わっちら)が服さねばならぬ縄墨……」

「ホンで、冒険者(ワシら)冒険者(ワシら)であるための規定、規準、規制、規則、戒律、原則と、言い換えたら森羅万象の全てが何がしかの、ルールやらプリンシプルやらレギュレーションやらで、雁字搦めになっとる。

 其々は相互に干渉し合い、密接に絡み合っとるのに、分離独立し、反目し合っとるってか」

「然様でありんす」

「我は我なり、彼は彼なり。我思う処は、彼の思う処に非ざるなり。

 ほんならば……神は何を思うていはるんやろうか?

“God's in his heaven,all's right with the world”、ってブラウニング大先生は『PIPPA PASSES』で仰ってはるけんど、ワシからしたら“神は何処に坐しますやは定かならず、全て世は事大なり”って感じやなぁ」


 歩みを留めたまま、満月から遠ざかろうとしている月を見上げる、レオ丸。


「“月天心 貧しき町を 通りけり”って句が実に胸に滲みるねぇ、ホンマ。

 って言うても、見渡す限りじゃ瓦屋根は一枚もなく、丸太の木組みに石造りの無骨な家々ばかりやけど。

 ……俳句よりも、舶来の童謡の方が御似合いかな?」


♪ The Man in the moon

  Looked out of the moon,

  And this is what he said,

  'Tis time that, now I'm getting up,

  All babies went to bed ♪


 適当なリズムで鼻歌を奏でる契約主の前で、夜の住人たる契約従者が微笑みを湛えつつ軽妙にステップを踏む。


「……月の中に居る人は、はてさて如何なる御人が居るのやら?

 神さんが其処に坐しますのならば、どんな神さんが居られるのやら?

 案外……無慈悲な夜の女神さんかもねぇ」

「……さて、どうでしょうか?」

「おや!」


 背後からの密やかな声に、レオ丸は首だけを振り向かせた。

 月明かりに照らされた三人分の人影が、腰に手を当てたり腕組みをしたりしながら、其処に佇んで居る。

 悪戯が見つかった童子のように、レオ丸は少しばかり体裁が悪い思いで苦笑いを浮かべた。


「テイルザーン君に、マリユス嬢、自分らも夜中の散策かいな?

 ホンで、夜更かしは美貌の天敵やで、ミスハさん?」

 拙著にて<+33Days>を書き散らしていた際には、斯様な展開をしているとは夢にも思わず。

 ですので、ハチマンの新宮に対してレオ丸が詐術を弄した時には、レオ丸には裏の意図はございませなんだ。

 改めて過去投稿分を読み返しましたら、こんな風に考えていたのではという牽強付会な今回のお話。

 淡海いさな様と、御作『ハチマンの宮司』http://ncode.syosetu.com/n3183bh/を愛する皆様方には、誠に申し訳なく、謹んでお詫び申し上げます。

 御免なさい。

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