第零歩・大災害+10Days 其の弐
加筆訂正致しました(2014.08.18)。
フレンドリストに関しまして、当方の誤認がありましたので、訂正致しました。
更に加筆修正致しました(2014.11.17)。
以前はあった<自由都市サカイ>の設定が消されていましたので、別の地名に変更致しました。
支払う筋合いは無いのだろうが、店の惨状を見るにつけ、狼藉者と同じ<冒険者>の一員である事に罪悪感を覚えたレオ丸とカズ彦。
慰謝料的な意味を込めて過分にお茶代払い、貧相な店主と萎縮したままのウェイトレスに見送られ、二人と一匹は茶房を後にした。
セントラル大路は、神代に造られたと思しき巨大なアーケードでもある。
等間隔に整然と立てられた、古代ローマ帝国の遺跡のような太い石柱。エンタシスと称されるそれらの柱が、空中廻廊になっている天井部分を確りと支えている。
ゲーム時代には、身動きが取れないほどの雑踏と、無数に並んだ商店からの呼び込みの声とで、昼夜分かたず盛大に賑わっていた。
しかし<大災害>の余波は、その賑わいを一掃してしまっている。
「シャッター商店街を此処でも見させられると、暗澹としてくんなぁ」
「そうですね」
朝の時間帯でも騒がしかったはずのセントラル大路バザールは、耐え切れないほどの重い沈黙に支配されていた。
レオ丸の頭上で寝扱けるマサミNの欠伸の声が、静寂に呑まれて消える。
「……息が詰まりそうや。深呼吸しに其処の階段から、上に行こか?」
「……そうですね」
苔むした石畳が重ねた年月を物語る、屋上部の空中廻廊。。
予期せぬ闖入者に、寛いでいた鳥達が一斉に羽ばたいた。
北を見れば<大神殿>を中心に、高層建築群が眩しい朝日を浴びて輝いている。
その光景を背に、二人は胸の高さまである壁に寄りかかりながら、<ロウワー・サウス>を見晴らした。
ギルドタワーと<昇天閣の塔>を除き、視界を遮る物は何も無い。
猥雑に密集した低層建築群にも、平等に日の光が降り注いでいた。
カズ彦が細めた目を、ついっと横に向ける。
煙管を咥え、太平楽な表情になったレオ丸は、その視線を頬で受け止めた。
「さて、カズ彦君。<暗殺者>らしく、気配を消しての待ち伏せまでして、どういった御用の向きやろか?」
「いや、気配は消してませんでしたが……」
「御主人が、間抜けなだけだっチャ」
「あ、そうなん?」
「ええ、残念ながら。処で、レオ丸さんは一体何を企んでおられるんです?」
「企み、って?」
「今回のイベントにかこつけて、何かなされているんでしょう?」
「うん、してる。……とは言っても、ミスハさんにしてもらっている、やな」
「教えてくれませんか、ね?」
「そやね、カズ彦君には隠し事をしたないし、マルッと話すつもりやけど、な。
……君の一番嫌いな事やさかい、耳を塞ぎながら聞いてな」
「御主人、矛盾してるっチャ」
「そんくらい、嫌な話って事や」
「判りました。耳を塞がずに聞きましょう」
咥えていた煙管を手で弄びながら、レオ丸は細く息を吐く。
「ちょいと偉そうに言うとや、<キングダム>の行いが目に余る。
今のミナミの空気を悪うしとる、最大要因になってしもうとる。
<PK>を娯楽か余興と勘違いしとる阿呆共が、嬉々として悪事をなしやすい状況を作り過ぎとる。
……そやから、もう少し大人しくなってもらおうと、思ってんねんわ」
「それで?」
「ミスハさんと彼女の配下の、はしっこい子らに工作活動をしてもらってる。
別に<キングダム>が全ての元凶とは、ワシも思うてへん。
只まぁ、余りにも目立ち過ぎとるんやわ。判り易く言うたら、邪魔なくらい出てしもうた杭、やな。
ほな、日常に支障をきたす杭は打っとこか、と。
此れ以上、<キングダム>の攻撃力が外に向かわんように。影響力が極端に低下するように。……一罰百戒の対象にさせてもらおうと、な」
「ほう?」
「処で、こちらもエエ機会やから、教えて欲しい事があるんやけどな」
「何でしょう?」
「インティクスって、どんな子なん?」
カズ彦は目を瞑り、深く息を吐いた。
「カズ彦君がカナミお嬢さん、年齢考えたら“お嬢さん”いう歳でも無いが、本人がそう呼んでって言うとったしな、そのお嬢さんに自分が誘われて間もない頃に、ワシがログインせんようになったやん」
「そうでしたね……。俺はとても残念でした」
「ワシも残念やった。お嬢さんが、古風なカッコエエ青年を連れて来た。此れで暫くは新しいオモチャに夢中で、こっちの負担が減るなぁ、こいつはラッキーやなぁ、と……」
「否定はしませんが、酷い言いようですね?」
「堪忍な。ほんで、<茶会>が何となく結成されて、ワシは参加しそびれて」
「でも、ちょくちょく顔を出してくれましたよね。
カナミさんが、“今年はオリンピックやん! オリンピック言うたら、やっぱギリシャやん! そやからギリシャに行こ!”って言い出した時も」
「あれは、面白かったな。<太陽神の炎熱の戦車>を乗り回して、<清らかなる乙女の信託神殿>に突っ込んだり。
<地獄の第六圏迷宮>で、馬鹿でっかい<牛頭大鬼>の集団から逃げ回ったり。
<陶酔の泉>で<義憤の女神>の審判を受けて、外見の美しい奴らが軒並み<曼荼羅華>に変えられたり……」
「俺とタイガー丸さんと、レオ丸さんだけでしたっけ、無事だったのは?」
「残念ながら、美形やないもんな……ワシら三人共。
ゲームと言えばテーブルトークの頃は、美女やイケメンに拘った事もあったけど、MMOになってからはどうでもようなってたからな。全く何が幸いするやら。
<外観決定ポーション>使うて、性別や身長を変えんで済んだし。
んで、思い出話はさておき、や。
そうやってワシが自分らと一緒に遊んでた時には、まだインティクスって子は、<茶会>に参加してへんかったやんか?
ワシみたいな外部が居らんくなって、<茶会>のメンバーだけで行動するようになってからやろ、その子が<茶会>に加入したんは?
そやから、名前やデータは知ってても、どんな性格しとんのかまでは、ワシは全然知らんねん」
「インティクスが、どうか……したんですか?」
「この何日か、色んな奴らと話ししたけどな。此の辺に居る奴と話すと必ず、濡羽って名前が出てくんねん。その時にセットでな、ちょいちょいと関連項目として、インティクスの名前が現れよんねんわ」
「濡羽って、<付与術師>の有名人でしたっけ」
「ああ、そや。最近何か羽振りが良くなった、<大災害>成金の出世頭やな。地道……とは言えんスピードで勢力を増やしとるわさ。
ゲーム時代は、<茶会>のシロエって子よりは、マイナーな存在やったのに。
……そーいや、シロエって子にも、会うた事ないなぁ」
「難しいけど、凄い奴ですよ、シロエは。彼のお陰で、<茶会>の大規模戦闘の勝率は格段に上りましたからね」
「そうなんや。……そんで、インティクスは、どんな子なん?
自分は一緒に団体行動しとったから、よう知っとるやろ?」
「シロエとは違う意味で、難しい奴です」
「難しくて、能動的なんや?」
「そうですね、難しくて能動的で、それ以上に、感情的ですね」
「そうか。……実はな、<キングダム>の裏にな、そのインティクスと濡羽の二人の影が、チラチラと見えんねんわ」
「そうなんですか?」
「そやねん。<キングダム>の活動が先鋭的になったんも、どうも彼女らが煽り倒したからみたいや。
<キングダム>だけやなくて、<甲殻機動隊>や<ハーティ・ロード>にも恐らくは、確実に手が延びとるはずや。……ナカルナードん処も、な。
彼女達からしたら、ワシもシナリオ通りに動いてる、表舞台の演者の一人なんかもしれへんな。
処で、自分は<茶会>のメンバーとは連絡取り合っとるん?」
「いえ、俺からは特に。連絡が有れば、応答していますが。<大災害>に巻き込まれたメンバー自体、あまり居ませんでしたし」
「シロエって子は?」
「恐らく、アキバに居ると思います。直継って奴も、多分アキバだと」
「直継、直継なぁ。……お嬢さんから聞いた事があるような。
……確か、“明るくて頼りになるエッチな子やで!”って言うてたかな」
「そんな感じの奴です」
「にゃん太っち、は何処に居るんやろな? オフでも会うた事あるけど、気持ちのエエ人やったなぁ」
「班長は、ススキノですね。連絡がありましたから」
「皆、バラバラか。お嬢さんは何処やろな? ログインはしとったやろうけど、多分いや絶対にや。
……そーいや、念話の出来る相手って、ヤマトに居る相手だけやんか?
ゲームん時はさ、海外サーバでログインしとる奴とは、連絡が取れへん設定やったやんか?
同じギルドの仲間やったら、他所のサーバに居っても、居場所くらいは判ってたやんか?
そやけど、もしかしたら今はゲームん時と違うかもと思うてな、イギリスに転勤した連れに駄目元で念話を試みたけど、やっぱり通じんかったわ。
<エルダー・テイル>狂やったし、絶対にログインしとるはずやねんけどな」
「つまり、カナミさんはヤマト以外の海外サーバ管轄の何処か、このセルデシアの何処かに必ず居ると?」
「せや。<ノウアスフィアの開墾>に参加してない訳がない。
絶対に何処かに居るやろうさ。
……まぁ、皆無に近い微々たる可能性としては、お嬢さんに何か思う処があって、全てのフレンドリストを消去しとるって事も、あるかもしれんけどな?」
不意に、レオ丸が宙を睨んだ。その頭上からずり落ちかけたマサミNが、爪を立ててしがみ付く。
「お早うさん。色々お願いしてゴメンな。……へぇ、動いたか。おおきに、直ぐそちらに行くわな。
カズ彦君も偶々一緒に居るから、連れて行くわ、ほな!」
再び煙管をや、レオ丸は楽しそうに笑いかけた。
「カズ彦君。ワシらが何をしてたかの結果が出るみたいやから、その場所まで案内するわ。暇やったらついといで?」
カズ彦は溜息をつき、苦そうに顔を顰める。
「すっごく悪い顔してますよ、レオ丸さん。
頭からの流血が悪役レスラーっぽくて、何かエエ感じです……」
二人は足早に、空中廻廊を移動した。
東の城壁の上部に行き当たると、それに乗り換えて道なき道を北上する。
それほど時間を掛けずに、二人は<紺維の小門>の上部に備えられた物見台へと辿り着いた。
身を屈めて、物見台に身を潜めるミスハが、手招きする方へと近づく。
音も無くその横に並ぶや、レオ丸とカズ彦は更に腰を落とした。
「実に良いタイミングです、レオ丸法師。……良ければお使い下さい」
手渡されたシルクのハンカチを受け取ると、レオ丸は乾き始めた額の血を拭う。
「……下を御覧下さい。まもなく、実に無様な仕儀が始まります」
ミスハの言葉に促され、城壁からそっと顔を出し、見下ろす二人。
冒険者達の行いに興味が無いマサミNは、レオ丸の頭から降りると、離れた所で丸くなる。
一方の眼下では。
<紺維の小門>の直近、ケイハン街道の端に、二百人ほどの集団が居た。
今のミナミにおいて、悪い意味で最も熱いギルド、<キングダム>が全員集合している。
しかし何故か、街道を挟んで、凡そ半分半分の群れに分かれていた。
ギルドマスターのドメルが、片方の集団を背後に従え仁王立ちしている。
もう片方の集団の先頭には、物語に出てくる鉛の兵隊に良く似た格好をした<守護戦士>が、腰のサーベルに左手を当てて立っていた。
「一応説明しますと、片方は<新緑の戦闘職人>という厨ニ病患者です。
バッキンガム宮殿の警備兵っぽいのは、<キングダム>の中核部隊の指揮担当のサブマスです」
その二人は睨み合い、警備兵モドキが一方的にドメルを非難している。
内容が風に巻き上げられ、微かに物見台まで届いて来た。
曰く、ギルマスには、既にギルマスとしての資格が無い。理由は、ギルドを堕落させたからだ。
曰く、堕落とは、ギルド結成時の崇高な目的に相応しくない輩を、仲間と認めた事だ。
曰く、我々は、そのような輩を仲間とは認めないし、これ以上増える事には耐えられない。
曰く、我々は、今此処にそのような輩と、それを認めたギルマスに決別の意志を伝える。
曰く、我々こそ、崇高な目的を正統に護持する者である。
曰く、正統を護持する者の使命として、我々は堕落した者達を討滅する権利を行使する。
そして間もなく、この世で最も醜悪な争いが始まった。
内ゲバ、である。
己の自侭な行動を正当化する為に、意に沿わない者を悪として断罪し、暴力で以て排除する暴力行使行動。
二つに割れた<キングダム>は、戦闘エリートの正統性というあやふやなモノを手に入れるために、殺し合いを開始した。
「エリート主義者達の、哀れな末路やな」
レオ丸は口元を歪めて、五色の煙を細く吐き出す。
「エリートは、偉くなければいけない。偉くなければ、エリートではない。
“偉く”を、“強く”に変換したんを、崇高な目的とやらにしとったんが、あいつら<キングダム>や。
戦闘のエリートを目指した結果、総合力としての強さを周りに認めさせようとした側と、周りの評価なんぞ気にせず己の強さを高めようとした側に、見事に分裂してしまいよった。
例えんなら、但馬守の江戸柳生と、兵庫助の尾張柳生の、違いかな?
掲げた目的を達成する立場として、どっちが正しいかって言うたら、どっちも正しいわな。
但しそいつは、第三者からの視点や。
争っている当人同士からしたら、自分が唯一の正しい存在であるために、相手は間違ってると考えんねん。
エリート主義ってのは常に自己の正統性を主張せぇへんと、やり続けられへん主義なんやな。ほんで、絶対に過ちを認めへん主義やねん。
過ちを認めた瞬間、エリートや無くなるからな。
そやけどな、エリートって自分で主張したらなれるモンやろか?
努力を努力とも思わず行って、当たり前の顔をして成果を挙げて、その立場を他人に評価されて、他人に認めてもらったら、自動的になってるモンやと、ワシは思う。
卓越した技術や能力を持っているんがエリートの定義やけど、卓越した見識を持ってへん時点で、<キングダム>はエリートと違うわ。
あいつらは単なる、排他主義者崩れのガキんちょ、や」
眼下では、誰が敵で誰が味方かも判らない乱戦が、続いている。
剣で斬られ、槍で突かれ、太刀で割られ、弓で射られ、斧で叩かれ、鈍器で潰され、拳で抉られ、魔法で焼かれ、召喚モンスターに襲われ、命を落とした者達が次々と、光に包まれ消えて行く。
「あるいは。
大人になって飛べなくなったウェンディ側に立たれへんで、大人になる事を放棄して未だに空を飛び続けとるピーターパン、かもな?
<キングダム>は、海賊を倒せるかもしれんけど、現実を直視する事を放棄してしもうた、集団や。
せやさかい、ドメルの方は空を飛び続けるために剣を振り回しとるし、もう片方は地に足つけて歩きたくないから、甘い誘いに誑かされとる事にも気づかずに居られるんや」
レオ丸は哀しく厳しい声で、静かに言う。
<新緑の戦闘職人>の二つ名の通り、手当たり次第に反逆者達を屠る、ドメル。
しかし、統制の取れた反乱部隊に、徐々に劣勢となる。
正統を謳う側が三分の一以下の人数になり、堕落と決め付けられた側が数える程になった頃、遂にドメルは取り囲まれた。
反逆首謀者の掛け声を合図に、一斉に突き出された刃は、ドメルの反撃にその半数が砕け散る。
しかし残る半数が、ドメルの命を断ち切った。
折れたサーベルを掲げ、勝ち鬨を上げる警備兵モドキと、その同志達。
敗残の生き残りは、親玉の仇討ちを考える事も無く、<紺維の小門>へと逃げ出した。
「終わりましたね、レオ丸法師」
「終わったな、ミスハさん」
疲れたように目頭を揉むミスハと、ぐったりと城壁に寄りかかるレオ丸。
「私はそろそろポスター張りの、地道な作業に戻ります」
「お疲れさん、おおきに」
「では、これで。……ハンカチは差し上げますので、御随意に」
「その内に新しくて可愛いのんを、プレゼントするわな」
口元を綻ばせたミスハは、目礼を残し、瞬く間に姿を消した。
レオ丸は、石像の如く眼下を凝視したまま動かないカズ彦に、呟いた。
「嫌なモン見せてゴメンな、カズ彦君。
せやけど、自分にも見といて欲しかったんや。
ワシが仕出かした事を、……唾棄すべき全てを、な。
こうなる前にどないかしたかってんけどな、所詮ワシの出来る範囲では、これが精一杯やったわ」
カズ彦は、ゆっくりとレオ丸に向き直る。
「目的と手段を間違えたら、ワシも<キングダム>みたいに成るんやろな。
……そん時は、カズ彦君。その腰の刀で、ワシを止めてくれるか?」
無言で両手を伸ばし、レオ丸の襟首を締め上げ、足払いを掛けた。
「そうならないように、努力……して下さい。
もう、こんな事は、しないと、……約束、して下さい」
レオ丸の口から煙管が飛び、マサミNの元へと転がった。
物見台の床に押し倒れたレオ丸は、カズ彦を静かに見上げた。
「……話は変わるけどな、どうでもエエ話すんで。
恐竜の中でな、一番デカくて重い恐竜ってな、アルゼンチノサウルスって名前やねん。十二階建てのマンションくらいの大きさやねんて」
「は?」
襟首を締め上げられ、床に打ち据えられた姿勢のまま、唐突に奇妙な事を言い出し始めた、レオ丸。
圧し掛かったままの姿勢で、ポカンとした顔をする、カズ彦。
「ボツリヌス菌のボツリヌスってな、ラテン語で、ソーセージって意味やねん」
「はあ……」
「『正倉院古文書正集』に収録された721年作成の『下総国葛飾郡大島郷』の戸籍にな、<刀良>って男と、<佐久良賣>って女の名前が記載されてんねん。
……どれもこれも全くもって、どうでもエエ話やろ、カズ彦君?」
「…………」
「ほんまはワシもな、そんなどうでもエエ無駄知識に埋もれながらな、日がな一日ダラダラと過ごしてたいねん。
美味いモン喰って、あったかいお風呂に入って、偶に友達とダベってな。
誰かに酷い事するより、誰かの喜ぶ顔を見ながら、のんべんだらりとスローライフを満喫してたいねん」
レオ丸の襟首からゆっくりと手を離すや、その横に並んで寝そべり、空を見上げるカズ彦。
「ガキみたいに、無邪気に一日過ごしたいんやけどなぁ、ホンマ。
せやけど残念ながら、それが此処では出来ひん。
マンガもないし、テレビもなけりゃ、パソコンもない。美味い料理も、お風呂も、何もかもや。
友達と話しとっても、明るい話題はどんどん減ってくるし。
増えてくんのは、悪い雰囲気と嫌な奴らだけや。
エエとこ無しの八方塞がりやがな!
かと言って、独りで部屋に篭って毛布に包まって壁と会話してても、何の解決にもならへんやん。
それで仕方ないなと、やる気スイッチを入れて、ちょいと状況改善に手を出してみたら、こうなってしもた。
まさか、殺し合いに発展するほどに<キングダム>が、荒みきっているとは思わんかったけどな。
分裂して、軽くいがみ合いして終わりや、と思うてた」
「確かに、酷い状態でしたね。仲間同士で、ああも噛み合うなんて。
野良犬の喧嘩でも、もう少しマシですよ」
大空を一羽の鳥が、飛んで行く。大きさからすると、<ロック鳥>。
その背中には、恐らく<脱出組>の冒険者が乗っているのだろう。
二人は無言で、それを見送る。
「そーいや、カズ彦君」
「何ですか?」
「ワシが、何か遣らかしてるんを、……誰から聞いたんや?」
「それは……」
「インティクス、からやろ?」
「……」
「やっぱりなぁ」
「……すみません」
「別に謝る事やないで。情報は広く集めな、な。
……情報と言えば、ミスハさんの事やねんけどな。昨日話をしてて、聞いたんやけどな。
現実では、ミニコミ誌の編集者やねんて。
マスコミ業界の端くれとして、今回の事は凄く勉強になったそうや。情報を操作すると、面白いくらい人を操作出来るんですね、やて。
ワシ、若い娘に悪い遊びを、教えてしもうたかもしれん」
「若い娘に、悪い遊びを教えちゃダメでしょ、おじさん」
「性格が、鮫みたいな娘やな。独特の感覚で餌食を見つけて、執拗に狙いを定めて、死角を見つけたら一気呵成や。水族館で飼育も出来るけど、空腹になったら飼育員さえ噛み殺すタイプやで、あの娘は。
……因みにミスハさんからしたら、自分もおじさんやで、狼王のカズ彦君」
「ロボ……ですか? まぁ、誇りを守って死ぬのは良いですが、その死因が餓死ってのは、嫌ですね」
「ロボ、ってスペイン語で“狼”って意味なんやで。知ってた?」
「ホンマに、色々とご存知で。……じゃあ、レオ丸さんは何です? 名前の通りにライオンですか?」
「ワシは、鳥無き里の蝙蝠。もしくは、井の中の蛙、やな」
「謙遜ですか?」
「残念ながら事実だっチャ」
昼寝から覚めた<金瞳黒猫>が、レオ丸の腹の上に飛び乗り、横に咥えた煙管をポトリと落とす。
「……残念ながらマサミNの言う通り、事実やねん。
我ながら小心者で詰まらん奴やし、不愉快なちっこいオジサンやわ。
そやから、鳥が居る里を求めて、井戸から出て大海を目指す事にするわ」
「それは、いつですか?」
「早ければ、明後日の晩やな」
「そんなに早くですか」
「うん。……お眼汚しやった今のガキ共の戦争ごっこやけどな」
「ええ」
「ワシとミスハさんの仕掛けもあるけど、さっきも言うたように、濡羽って娘がいらんちょっかいかけたんが、ホンマの要因やわ。
今はまだ、発展途上の最初の一歩か二歩目くらいやろうけど。
何れは濡羽と、インティクスの二人の企みが、全てを噛み砕いて飲み込んで、その果てに新生ミナミの街が生み出されそうな気がするんや。
其処にその場に、ワシは居たいと思わへん。
彼女らが表舞台に出て来る前に、ワシは舞台袖から退出するわ。
舞台に残っていたら、クッション無しで奈落に落とされそうな、気がするし」
「そうですか、残念です。……本当に、残念です。
もっと一緒に色々な事を、面白可笑しい事をしたかったんですが……」
「念話でいつでも長話は出来るし、どんだけ離れてても同じヤマトの陽の下や。
それにトンズラこく前に、ワシが言い出しっぺのイベントを成功させな、な」
「場内警備は俺に、<壬生狼>に任せといて下さい」
「何卒、宜しく♪
希望を言えば、……ワシの予測が大外れになって欲しいんやけど。
残念ながら、経験則から弾き出した結果は、滅多な事では外れへんわ。
……ホンマに、残念な事や……」
その日の、正午。
大神殿とギルドタワーを中心としてミナミの街の至る所に、そのポスターが貼り出された。
集え! 真の冒険者達よ! 秘めたる誇りを昇華させよう!
『ウメシン・ダンジョン・トライアル』 参加者大募集!
募集要項
○主 催 :ミナミの街を明るくしても委員会
○参加資格:レベル60以上で構成される、6人編成パーティー
○日 程 :<大災害>+12日目の、日の出から日没まで
○開催内容:<ウメシン・ダンジョン>を檜舞台として、ポイント獲得制度によるタイムアタック
(★) 優勝及び5位までの入賞パーティーには、名誉と豪華粗品を献呈
○参加費用:ダンジョン攻略時に獲得した、金貨の十分の一枚、ぽっきり
ただし、獲得したアイテムは、全てアナタの物です!
○申込締切:開催日当日、競技開始の合図の鐘が鳴るまで
(★)ソロプレイヤーも、少人数ギルドも、参加大歓迎!!
(★)前日のお昼から、サターン広場にて、新規パーティー結成の為のお見合い大会を開きます
(★)新しい仲間と、素敵な冒険に、君も出掛けよう♪
これからも橙乃ままれ先生の御作にて、ウェストランデの事が判るにつれて、訂正変更箇所が増えるでしょうね。