第肆歩・大災害+60Days 其の捌
今回にて漸く、ナゴヤ編は終了です。
山堂様を肇め、御贔屓下さって戴いております皆様方、本当に有難うございます。
少しでも楽しんで戴けましたらば、此れに勝る喜びはありませぬ。
次話からは新章。
と、言っても、東への逃避行の途上からのスタートですが。
回収しきれていない諸々を、忘るる事のないように始めさせて戴きまする。
暫し、お待ち下さいませ(平身低頭)。
それと。
御礼とお詫びを、付け加えさせて戴きます。
ナゴヤの神獣コアランに関しましては、妄想屋様の御作、『ナゴヤエリアを捏造してみた』より、『神獣コアランと魔獣ドアラン』の条を拝借させて戴きました。http://ncode.syosetu.com/n6012cl/2/
妄想屋様、誠に申し訳無く、忝く候。
御不快の際には、即座に是正させて戴きまする(平身低頭)。
レオ丸と山ノ堂朝臣と太刀駒を先導役に戴いた冒険者達は、ゾロゾロと群れをなしてフィールドを後にする。
群集は大まかに、三つのグループに分かたれていた。
前集団として歩くのは、<A-SONS>を中核としたナゴヤ残留組である。
Yatter=Mermo朝臣と九鳴Q9朝臣がカズ彦を真ん中に挟み、盛んに質問を重ねていた。
残留する上での条件についての再確認、ミナミの街の現状、<Plant hwyaden>というギルドについての詳細な情報など。
残留組にとっては何よりも大切な事であるが故に、誰しもがカズ彦の語る言葉を聞き逃さぬようにと、耳をそばだてていた。
頭の後ろで手を組み、そ知らぬ顔で欠伸をしているMIYABI雅楽斗朝臣を除いては、だったが。
殿でグループをなし歩くのは、ミナミへの移住組と<Plant hwyaden>のメンバー達であった。
黒渦の肩に手を廻し、大声で話しかけるMAD魔亜沌。
琵琶湖ホエールズや志乃聖人SはEEE魔王と会話をし、筑紫ビフォーアフターは璽叡慧賦螢や赤色矮星号と情報交換をしている。
他のナゴヤ在住の者達も、ミナミの住人達と積極的に交流しようとしている其の姿は、双方が和気藹々とまではいかなくとも、軋轢を過去のものにしようと、努力しているようであった。
そして両グループの中間を歩くのは、アキバへの脱出組だ。
テイルザーンを真ん中に置いて密集し、ヒソヒソ話に終始している。
主に言葉を重ねているのは、リーダー格になってしまったテイルザーンであった。
此処からアキバへと到る途次と手段について、穏やかで落ち着いた口調で順序立てて説明をしているために、脱出組の全員が自然と信頼を寄せるようになっていく。
尤も、テイルザーンからすれば、教えられた事柄をオウムのように話しているだけであったが。
ナゴヤ闘技場から、如何に安全に逃げ出すのか?
最強の障害となる<Plant hwyaden>とは、既に話が着いている。
注意すべきは、八百長の相手とならぬ大地人達の動きだが、其れも事前に手は打たれている。
集団が逸れる事なく纏まって行動するための手段も、とうに手筈が整えられていた。
其れら全てのお膳立てをした人物は、テイルザーンの眼差しの先で、山ノ堂朝臣と太刀駒と歩調を合わせながら、咥えた煙管を暢気に上下させている。
テイルザーンは、まぁ失敗しても闘技場の簡易神殿で復活するだけか、と思いながら口の端を微妙に歪めた。
呉越同舟ではなく、限りなくノーサイドに近い雰囲気を醸し出しながら、冒険者の集団はナゴヤ闘技場内部の通路を通り抜け、正面門から城壁の外へゾロゾロとざわめきながら進む。
前方に聳え立つは、華やかに飾りつけられた仮設のウェルカム・ゲート。
其処から正面門の間には、試合開始の直前まで営業されていた屋台村が、ズラリと並んでいる。
今は、全ての屋台の火が落とされ、商品も全て片づけられ、祭が完全に終わった事を知らしめるためのオブジェと化していたが。
そーいや、ヤキソバを食べ損ねたなぁ……。
「どうかしましたか、レオ丸さん」
「いや、別に。……さて、ほしたらば」
正面門へと向き直ったレオ丸は、カズ彦へと寂しげな笑みを送るや、目一杯に両手を広げた。
パーン! と、大きく手を打ち合わせて衆目を集める。
「さてさて、皆さん御覧じろう!
知っている人は知ってるけれど、知らない人はご存じないのが、コチラなり♪」
再び両手を広げ、頭上へと挙げるや人差し指を二本とも立てて、正面門の直ぐ上の箇所を指し示した。
歴史を重ねた西洋式建築物には、雨樋の機能を持たせた怪物などの彫刻が設置されていたり、絡みつく唐草や咲き誇る花などが浮き彫りであしらわれたりしている。
<エルダー・テイル>における世界観は西洋風のファンタジーであるが故に、建築物の外見も基本的には西洋風であった。
世界各地を十三分割する各サーバは、其の基本的デザインに独自の風味づけをしていたが、日本サーバはヤマトの地をデザインするに当り、和風の意匠をあまり用いなかった。
理由は、和風建築物が立ち並ぶとファンタジー色が薄れてしまい、何処かインチキな時代劇っぽくなってしまうからだ。
まるで、西洋人がイメージする日本のように。
ある意味、生真面目な日本人の気質を表すかのように、<エルダー・テイル>における弧状列島ヤマトは一部の例外を除き、ファンタジーとは斯くあるべしといった世界観で構成されていた。
因みに例外とは、古都ヨシノや<ヘイアンの呪禁都>などである。
古代ローマのコロッセオと、古代ギリシャの競技場をかけ合わせたようなデザインをしたナゴヤ闘技場の、正面門の上部。
全体としては飾り気のない壁面で構成されたナゴヤ闘技場だが、凡そ五メートル四方の其の部分だけに、細かく多彩な線で描かれた模様がびっしりと彫りつけられていた。
「そいじゃあ全員、右上の隅の方に、注目!
何とな~く、“真実の口”に似た感じの顔があるやろう?」
一切の装飾が排除された荘重な印象を与える、太い二本の柱に支えられ僅かに突き出た短い庇には、幾重もの曲線や幾何学文様の装飾が施されている。
冒険者達が見詰める箇所は、其の上にあった。
様々な蔦草や花々や鳥獣などで飾られた一角に、正面を向き大口を開けた異形の顔が刻まれている。
一般的に“真実の口”と呼称される、古代ローマ時代のマンホールの蓋に刻まれた物よりも、別のケダモノによく似た物を指差しながら、レオ丸は解説を始めた。
「……此処御当地の伝説の神獣、<コアラン>のレリーフや。
此の闘技場には、隠しアイテムとして肖像画があるんやけど、アレはソレとはちょいと違うんやけどね。
ほな、太刀駒君。ソイツをアソコに御納め奉りなんせ」
両手で宝玉を握り締めた太刀駒は、約十メートル先にある箇所を見上げ、少しだけ踵を浮かせてから諦めの呻きを漏らす。
「……MAD魔亜沌!」
「へいへい、監督……やのうて、分派師団長」
冒険者達を掻き分けて進み出たMAD魔亜沌は、正面門前で腰を深く沈ませると両手の指を絡め、地面擦れ擦れに差し出した。
宝玉を右手で持ち、左手を配下の<武闘家>の肩に添えて、差し出された両掌の上に、己の右足を乗せる<施療神官>。
「せぇ~~のッ!!」
MAD魔亜沌は立ち上がりざまに、両手を空へと勢いよく撥ね上げた。
巨漢の猫人族の膂力により高々と宙を舞う、ビア樽に手足が生えたような体格のドワーフ。
庇を蹴り飛ばし更に高く躍り上がるや、花模様のレリーフの僅かな出っ張りに左手の指をかけ、太刀駒は勢いを殺しつつ空中での姿勢を整える。
不安定な状態で、一杯一杯に伸ばされた右手。
カチィィィン。
異形を模したレリーフは、口内の奥へと押し込まれた<千一の星>を呑み込むや、硬質な音を響かせた。
だが、其れ以上の事は何も起こらない。
「此れで、終わりですかい、法師?」
無事に地表へと戻って来た太刀駒の問いかけに、レオ丸は懐から<彩雲の煙管>を取り出し咥えると、五色の煙を細く吐き出した。
「いや、聞かれてもワシも知らんし。……此れで終わりなん、山ノ堂朝臣君?」
「まぁ、第一段階は」
「第一段階、って何やねん?」
MAD魔亜沌の質問に、山ノ堂朝臣は黙したまま仲間達、<A-SONS>のメンバーと顔を見合わせ、苦笑いを浮かべる。
其の思わせ振りな行動に、MAD魔亜沌は太刀駒と至近で眼を合わせ、首を傾げた。
「取り敢えず、むさ苦しいお姫様だっこを止めたらどないや?」
レオ丸の指摘に、落下して来た上役を受け止めたまんまであった事に気づき、MAD魔亜沌は慌てて降ろす。
放り出されるようにして着地した太刀駒が、咳払いをしながら威儀を正そうとしたが、不意に辺りをキョロキョロとしだした。
同じように視線を彷徨わせる、MAD魔亜沌や<Plant hwyaden>のメンバー達。
「……今、聞こえたんは?」
「聖獣降臨、の号令ってヤツです」
微かに聞こえる程度だった音量が、今度は空気をビリビリと振るわせるほどに、直ぐ傍で聞こえた。
居並ぶ者達の鼓膜をつんざく大音量は、号令というよりも紛う事なき野獣の咆哮である。
両耳に指を突っ込み、思わずしゃがんだレオ丸の眼の前に、何かが影を落とした。
次の瞬間。
路面の敷石を踏み砕き、けたたましい騒音を立てながら降り立ったのは、全身を光沢のある蒼い体毛で覆われた巨体である。
灰色熊よりも一回り大きい、<フクロウ熊>並みの見事な体躯。
だが頭部は、体長の四分の一以上を占有する、明らかに比率が狂ったような巨大さがあった。
フサフサの両耳と、愛嬌のある団栗眼と大きな鼻を具えた、極端なデフォルメデザインの歪な頭。
ナゴヤ闘技場のマスコットである神獣コアランは、愛らしさの欠片もない鉄杭の如き十本の鋭い爪を振り上げ、天を仰ぎ牙を閃かせる。
中天から大分と過ぎた陽光を総身に浴びながら、砲声の如き遠吠えをするユニーク・モンスター。
虚を突かれた大半の冒険者達は、身動きする事すら忘れてしまったかのように、ある者はポカンと口を開け、またある者は目を丸くして傍観に終始している。
すると、神獣コアランはニヤリと笑った。
少なくともレオ丸の眼には、そう見えた。
再び遠吠えを上げるや、クルリと身を翻し、飛び跳ねながら正面門を潜り去って行く、神獣コアラン。
「……第二段階の、スタートだワン」
Yatter=Mermo朝臣が、カイゼル髭の先を捻りながら苦笑いを浮かべた。
「第二段階やて?」
ほぼへたり込んで呆然と呟くレオ丸に、MIYABI雅楽斗朝臣が手を貸しながら補足を入れる。
「<対人戦>の最終勝利者だけが挑戦可能な、イベントです。
名前は確か…………リアル鬼」
「“デュエル鬼ごっこ”!」
多岐音・ファインバーグ朝臣が、横合いから被せ気味に説明を補完した。
「ナゴヤ闘技場内を、自由自在に逃げ回る神獣コアランを捕まえたら、終了するボーナスイベントですわ」
「捕まえられなきゃ、どうなるんだ?」
SHEEPFEATHER朝臣の解説に、カズ彦が疑問を呈する。
「捕まえるまで、ナゴヤ闘技場は使用不可となるんですよ」
「デカイ割には足が速いし、跳躍力は半端ないし……」
@ゆちく:Re朝臣が狼牙族の特徴である尻尾を揺らすと、九鳴Q9朝臣が足元に転がっていた石を軽く蹴り飛ばした。
「イベントをクリアするのに、過去にどんだけ苦労した事か」
「HPも無駄に多いし……」
シュヴァルツ親爺朝臣が溜息をつき、北田向日葵朝臣が左の掌に右の拳を打ちつける。
渋い表情で懐古する<A-SONS>を代表して、山ノ堂朝臣が述懐した。
「とは言っても……俺達がアイツを、神獣コアランの大捕り物をしたのはゲーム時代の話だけどな。
実物が、あんなにデカくて凶暴な外見だとは……正直、吃驚した!」
Yatter=Mermo朝臣達も同じ思いだったらしく、山ノ堂朝臣に倣って腕組をしながらシミジミと頷いている。
そんな彼らの姿を見て、レオ丸は呆れたように鼻から五色の煙を漏らすが、カズ彦は其れ処ではなかった。
闘技場内部で警備を担当する配下に、新たな指示を出さねばならなくなったからだ。
其れは、太刀駒達も同様である。
新たに仲間になった者達も含めた<Plant hwyaden>全員を、幾つものパーティに編成し直していく。
八名一隊の十二小隊に、アドバイザーとして<A-SONS>のメンバーを一人ずつ配置。
太刀駒は、己の手足となる直近パーティーとして、下に山ノ堂朝臣を含めた九名を置き、遊軍機能を持たせた本陣部隊を作った。
「全く! “球遊び”の後は、“追いかけっこ”とは!」
盛大に鼻を鳴らすと、太刀駒は出撃の命を下す。
「さっさと片づけて、御家に帰るぞ!」
「「「「「 Roger!」」」」」
レオ丸が上げた右手に、太刀駒は忌々しそうに強く右手を打ち合わせるや、颯爽と正面門を潜って行った。
「大神殿に戻って来やがったら、次は容赦しねぇからな、オッサン!」
「其の言葉、そっくり返したるわ、ネコミミ小僧!」
MAD魔亜沌が剥き出した牙に、レオ丸は舌を出して答える。
「俺も行かせてもらいます。また、何処かで!」
「いつもスマンな。何れ御中元かお歳暮でも、贈らせてもらうさかいに♪」
レオ丸は、カズ彦と強く握手した。
「また、いつでもナゴヤに遊びに来てくれよ、法師。
次は……気軽に来れる場所にはなっていないだろうが、あんた一人を匿う余裕くらいはあるからな」
「まぁ、そんな機会があったらば何卒ヨロシコ♪」
山ノ堂朝臣達、ナゴヤで出会った者達と、レオ丸はハイタッチをして別れを告げる。
筑紫ビフォーアフターに手伝ってもらいながら、<暗黒卿の鎧>を装着し終えた黒渦は、兜と面具のみを納めた鎧櫃を背負い、レオ丸の前へおずおずと立った。
身形は中々の若武者姿と成り果せたが、気持ちの方までは行き届かず生半のままであるようで、口は開けど言葉が最適の形とならないでいる。
「あ……あの……」
「……心理学の大家、アルフレート・アードラーの残せし言葉に曰く。
“人生は連続する刹那”、やと」
「え?」
「琵琶湖ホエールズ同志が引用しはった言葉、其れを言い換えた言葉や。
“Yesterday is dead, tomorrow hasn’t arrived yet.
I have just one day, and I’m going to be happy in it.”を、な。
運動の概念の“キーネーシス”こと、“目標達成のための動的行動”。
活動の概念の、“発現活動”。
ハッピーに過ごすってのは享楽的な……其れこそ刹那主義に陥る可能性もあるけどね?
せやけど、な。
本物のエネルゲイア的生き方ってのは、もっと真面目な生き方や。
“自分の出来る事を絶対に疎かにする事なく、一生懸命に真剣に丁寧に大切に生きる事”、なんやとワシは思う。
刹那ってのはさ、七十五分の一秒って一瞬よりもずっと短い時間やねん。
其の、ホンの僅かな時間の積み重ねて生きとるんが、自分であり、ワシであり、全員である。
長くて短い今生をハッピーに彩るも、アンハッピーにしょぼくれるも、やりたい事に明け暮れるも、やらなきゃならん事に邁進するも、全て自分次第って事やさかいに。
自分の新たなる前途に、今度は幸多からん事を!」
「有難うございました!」
「此方こそ、おおきに」
深々と一礼してから黒渦が見せた笑顔は、晴れやかなものであった。
レオ丸も呵呵と笑い、両手を高々と上げる。
パチンと打ち合わされる、<召喚術師>と<武士>の両掌。
そして。
後には、Road to AKIBAを選んだ者達だけが残された。
「さて、と」
吹き上げられた五色の煙が、出発の合図となる。
「それじゃあ、行きましょうか」
「其の前に、“敵中横断三百里”をせんとなぁ」
テイルザーンに苦笑いを見せると、レオ丸は静まり返った屋台村の向こうへと視線を向けた。
<召喚術師>に遅れて、テイルザーン達もナゴヤ闘技場に背を向けて、一斉に身構える。
真正面に聳える仮設のウェルカム・ゲートの真下には、完全武装をした大地人の騎士隊がズラリと並んで居た。
見慣れた女傑を中心とした兵数は、凡そ百名ほどか。
濃い青地に金色を配した、見るからに美しく凛々しい鎧姿の<オワリ金鯱軍団>の軍勢。
レオ丸は、ピカピカの兵隊達を鼻で軽く笑い、序でに五色の煙を細く長く吐き出す。
「ほなまぁ、立つ鳥後を濁し捲ろうか?」
気負いも衒いもなく、スタスタと歩き出したレオ丸の後を、十二名の冒険者が緊張した面持ちで続いた。
「どうするつもりです?」
「さて、どーしよーかねー。まぁアチラさんの対応次第やねぇ」
テイルザーンのいつになく強張った硬質な声に対し、いつも通りに暢気な口調で柔らかく返答するレオ丸。
対応策を話し合う暇もない内に、<冒険者>達は<大地人>達が布陣する元へと到達する。
「何とも退屈な催しだったなぁ、インチキ坊主」
「インチキ坊主とは失敬な。……胡散臭い僧侶と呼んでんか?」
「本当にムカツク減らず口だねぇ、全く!」
ミズファ=トゥルーデは、苛立たしそうに地面を蹴りつけ唾を吐いた。
「ムカつかせたんやったら、ゴメンやで。
何ならお詫びに、取っておきのバカ歩きでも御披露したろうか、けけけ。
ホンで?
豪い仰山で御見送りをしてくれるんは有難いんやけど、どうせなら剣や槍やのうて、紙テープと花束にして欲しいんやけどなぁ?」
<彩雲の煙管>を咥えたままのレオ丸は、テイルザーン達に手振りで下がるように指示をしながら、鼻に皺を寄せる。
「そんなに花束が欲しいなら、……アンタの血花でも咲かせてやろうか?」
「そいつぁ何とも……嬉しかない提案やなぁ」
サーベルを鞘走らせたミズファに、レオ丸は頭を掻いて俯いた。
「ほなまぁ交渉は無事、暗礁に乗り上げって事で……」
徐に顔を上げたレオ丸は、頭上高くサーベルを振り被ったミズファの顔目がけて、闇夜よりも黒い煙を吹きかけつつ、両手を開く。
「貴様ァッ!!」
視界を塞がれ怯んだミズファの体を、濃密な質量を伴った黒い煙が取り巻いた。
サーベルを取り落とし、体勢を大きく崩しながら抗おうとするも、思うように体が動かない事に眼を見開く。
「<大地人>とは、ホンに学習能力のない木偶でありんすねぇ」
<吸血鬼妃>は、憐れみさえ感じられる物言いをしながら、大地人の武人を容赦なく締め上げた。
突如現出したモンスターに上官が囚われるといった事態に、慌てた騎士達は急ぎ抜刀し、槍の穂先を水平に構える。
不意に、両手を広げたレオ丸の足元を中心として直径二メートルほどの魔法円が、一時で広がった。
其処から颯と浮き出るように実体化したのは、<獅子女>。
召喚されたアヤカOは、怜悧な表情を崩さずに騎士達に相対する。
そして徐に、唇を横へ縦へと開いた。
Roar!!
轟く雷鳴のような雄叫び、<呪縛の咆哮>を至近から浴びせかけられた騎士達は、闘争心も勇気も何もかもが一瞬にして凍りついてしまい、まるで氷像のように身動きを止められてしまう。
「卑怯者め!」
楽しそうにせせら笑うアマミYに行動を封じられているミズファが、憤怒に満ちた表情で罵倒するが、レオ丸は肩を竦めてさらりと去した。
「そないに激高されてもなぁ、……ほら、ワシって<冒険者>やん?
自分ら<大地人>と違うてねぇ、ワシら<冒険者>は死に慣れとるんよ。
言い方変えりゃ、つまり……死なないで済む方法を、日々研鑽しとるって訳や。
正々堂々で落命したら、お次は狡すっからく生き延びてみようか、ってな?
そもそも、どないな命令を受けて此処に居ったか知らんけど、三十越えたら万々歳程度のレベルしか習得出来ひん<大地人>が、四十五十レベルは洟垂れ小僧と放言出来る<冒険者>に、伍するなんざ夢幻処の話やないで?
まさかの時のスペイン宗教裁判風に言うにゃらば、<冒険者>にあって<大地人>にないモンは、三つある。
“驚愕”“独創”“巧妙”、そして“道楽”や!」
「主殿。四つもありんすが?」
「エエねん。所謂一つの……由緒正しき英国的様式美やねんから♪
さてお嬢さん、……あんたは、武人なんやろ?
まともに遣り合って勝てるはずもない相手に、正々堂々と真っ向勝負を挑むやなんて。
自殺行為……典型的な無駄死にコース以外の、何モンでもないがな。
軍人なら軍人らしく、現実を認識せな。
武人なら武人らしく、勝つための努力をせな。
<大地人>が<冒険者>にタイマンで勝ちたいなら、幾度も血反吐を吐くような努力を怠らんこっちゃな。
少なくとも、ルビコン河を気軽に跨げるくらいの、気持ちでな?」
指揮者がオーケストラに合図を送るように、レオ丸は両手を振り上げる。
レオ丸が指揮者ならば、コンサートマスターのポジションに就くのはテイルザーンだ。
素早く腰の魔法鞄から小さな笛を取り出し、高らかに吹き鳴らす。
同じように、他の冒険者達も取り出した小さな笛を吹き鳴らした。
殺伐とした空気を擦り抜けて、重奏される軽やかな音色。
すると間もなく。
奏でられた笛の音に応じるように、何処からか複数の嘶きが聞こえて来る。
序で響いて来たのは、大地を揺るがすような駆歩の音、音、音。
やがてナゴヤ闘技場の影から、軍馬の一団が回り込むようにして現れた。
振り上げたままで固定されている、レオ丸の両腕の間に前触れもなく、昏く眩い光が激烈に渦を巻く。
「デュ~~~ラララララァ~~~ッ!!」
昏い光の渦を吹き飛ばしながら、<首無し騎士>が勇ましく宙を蹴り着地をするや、武器を構えて居並ぶ騎士達をあっさりと蹴散らした。
「遅れんなよ!」
駆け寄って来た軍馬に、手馴れた様子で躊躇なく跳び乗ったテイルザーンが、振り返りもせずに仲間達に声をかける。
「お先に!」
「はいは~~~い♪」
先頭を突っ走るユイAに遅れまいとして、テイルザーン以下の冒険者達が軍馬に跨り疾駆して行った。
競馬場での観戦気分で其れを見送ると、レオ丸は<淨玻璃眼鏡>で鋭い陽光を撥ねつけつつ、口角を吊り上げる。
「もう会う事はないやろうけど、もしもまた会う機会があれば……。
まぁ、ミスハさんを見習って精進しなはれ、ミズファさんよ。
君の征く道は、果てしなく遠くて険しいけどなぁ♪」
空を仰ぎ見たアヤカOが翼を大きく広げ、力強く羽ばたかせた。
ふわりと舞い上がる、<召喚術師>と契約従者。
充分な高度に達して直ぐ、おどけた素振りで大袈裟に手を振りながら、レオ丸は首を回してナゴヤ闘技場の全体を視界に収める。
「大変楽しゅうござんした。レオ丸は幸せでした、ってな」
ピンと伸ばした指先を額に当てて敬意を表すると、レオ丸は会得して間もない口伝の<光臨>で呼び出したアマミYへと、右の掌を恭しく向けた。
「ホンにおヌシは、脆弱な愚か者でありんすねぇ。
わっちの主殿は戯け者ではありんすが、愚かではありんせん。
斯様に身体を鍛えようとも、わっちにかかれば枯れ木も同然。
かとて、せぬよりはマシでありんしょう。
身体同様、思慮も鍛えねば敵わぬ高みでありんすよ。
精々、励むが良いでありんす……無駄な足掻きでありんしょうが!」
大地人達の心に無数の傷を与える、ささくれた嘲笑を上げながら天へと舞い上がる、闇よりも黒い煙。
うねりながら上昇したアマミYは、天空で旋回するアヤカOの元に到達するや、漆黒のヴェールで顔を覆った貴婦人の姿となり、レオ丸の背後に横座りする。
「したらば、諸君。前途に横たわる見えない河を、ちょちょいと渡りに行きまひょか?」
「承りました、主様」
「あい、主殿」
レオ丸が口遊む『その橋を渡る時』のリズムに合わせながら、<スフィンクス>は新天地へ通じる彼方へと優雅に天翔けた。
大地に取り残された者達は、なすすべもなく其れを見送るしか出来ない。
色を失い傍観する大地人の騎士達の中で、血走った双眸に禍々しい光を宿す者は、只一人のみ。
「上等だよ、召される安住さえ持たぬ<冒険者>風情がッ!
屍山血河を踏み越えてでも、貴様らの喉笛を切り裂いてやるッ!
大地の女神、天空の諸神、冥府の王に誓って、必ずだッ!!」
忌々しそうに下唇を噛み、滲んだ鮮血混じりの唾で大地を汚したミズファは、獰猛な明眸の下に凶暴な皓歯を剥いて叫喚する。
こうして、自由気侭な異邦人はナゴヤの地を去って行ったのだった。
限りなく呪詛に近い宣戦布告を受けた事さえ、知らぬままに。
世の中には野球を楽しむ為の小説・ドキュメントが多々ありまする。
故・山際淳司御大の、『スローカーブを、もう一球』など、多数の著作。
スポーツ雑誌<Number>が編集した、『WBC戦記』。
他にも、『ラスト・マジック』『勝利投手』『彼女はスーパールーキー』など。
最近ならば。
飛騨俊吾先生の『エンジェルボール』、須賀しのぶ先生の『雲は湧き、光あふれて』。
因みに、なろうの小説検索で「野球」あるいは「プロ野球」「高校野球」と打ち込んで戴きますれば、何と多くの野球小説に出会える事か!
読んでから観戦するか、観戦してから読むか。
少しでも野球ファンが増えますように、出来ればLマークのファンが増えますように(苦笑)。
サッカーだと、故・野沢尚先生の『龍時』が一番好きでありんすえ♪