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第肆歩・大災害+60Days 其の陸

 熱闘!ナゴヤ・ボールパーク編もまた、多くの方々の御厚意によって成り立って居りまする。

 特に今回からは、或未品様と読んでいるだけの人様の、御助力と御助言が無ければ、成立致しませんでした。

 改めて皆様方に対し、感謝申し上げます。

 ホンマおおきに、誠に有難うございます。

 <コサック>の漢字表記を、<軽騎兵>から<猟騎兵>に変更しました。(2015.09.08)

 僅か一点のみ勝っている九回裏一死一、三塁という状況下。

 守る側が取り得る選択は、二つである。

 一つ目の選択は同点にされる事を許し、逆転されない事のみに徹する。

 二つ目の選択は、絶対に得点を許さず勝ち切る。


 前者を選択した場合、三塁ランナーを無視して、一塁ランナーの進塁を阻み、打者を走者にしない事である。

 ミナミ・タイランツには未だ出場していない選手が幾人も居るが、ナゴヤ・ドレイクスは既にベンチ登録選手を全て使い切っているため、正味九人で戦わなければならない。

 延長戦になった場合、どちらが有利な試合運びが出来るかは、問うのも無意味なくらいに自明の理だ。


 一方、後者を選択した場合は更に、其の方策が分岐していた。

 三塁ランナーを確実に仕留めるか?

 塁間に空白があるためにフォース・プレイは成立しないので、アウトの取り方はタッチ・プレイのみである。

 では三塁ランナーを無視し、一塁ランナーを絡めた併殺打で一気にアウトを二つ稼ぎ、試合を終わらせるか?

 打者がスリーアウト目になれば、三塁ランナーの得点は認められないからだ。

 あるいは。

 三塁ランナーを微動だにさせずに、打者二人のみでアウトを稼ぐか?

 または。

 一人目の打者を三振などでアウトにしてから、後一つのアウトを牽制などの別の方法で奪い取るか?


 璽叡慧賦螢(ジエイエフ・ケイ)は三塁と一塁を交互に素早く見た後、セットポジションから豪速球を外角高目に投げ込み、先ずはストライクを一つ奪う。

 レオ丸が見た処、ミナミ・タイランツは力によるゴリ押しで、点差以上の圧倒的勝利を求める選択をしたようだった。

 つまり、連続三振による“完勝狙い”である。


「ストラーイク!」


 其の選択は間違いではない、とレオ丸は思ったが、大正解だとは思わなかった。

 実際の話として、どの選択をしようが成功すれば大正解で、失敗すれば不正解でしかないのだ。

 そー言えば、とレオ丸は己が企んだ大勝負を思い出す。

 今から二十日以上前の、ハチマンでの出来事を。


「ボール!」


 図らずも巻き込んでしまった樹里・グリーンフィンガース、赤羽玄翁、アグニ、そして<「名誉」と「火」と「水」>の面々、<冒険者>達の顔を。


 果たして、あの博打の打ち方は、アレで正解やったんやろうか?


「ボール!」


 次に脳裏を横切ったのは、ロマトリスの黄金書府で邂逅し救えなかった<大地人>達の顔。


 どーしたら、あの子を、“漂泊を続ける者(イェニシェ)”の人らを、死なさずに済んだんやろうか?


「ストラーイク!」


 意識の半分を現実に置きながら、もう半分の意識を思考の海に漂わせるレオ丸。

 機械的な動作でカウントをコールすれば、ツーボールツーストライクとなっている。

 投げ込まれる豪速球のスピードを考えれば、例え走者が<暗殺者(アサシン)>や<盗剣士(スワッシュバックラー)>であっても二盗は躊躇するし、本盗など最初から望むべくもない。

 故にレオ丸は、バッター勝負となっている緊張の一瞬が連続する場面であっても、集中力を半減させる事が出来ていた。

 ボールがバットに当たるまでは、ストライクかボールかの判定を勝手に見極めてくれる<宿禰審神者(すくねさにわ)の裁定面>に任せておき、其の判定をコールするだけで良かったからだ。


「ボール!」


 ……ユウタ君達も、恙なく過ごして居るやろか?

 他の人らは、どないしてるんやろうねぇ?

 其れに何より、もう直ぐ始まるはずのアレについて、対策を立てんと……って言うてもなぁ。

 ワシには、カズ彦君やミスハさんに注意喚起をするしか、出来んしなぁ。

 どーしたモンやろうか?


「タイム!」


 外角低目に外れたボールを見送ったテイルザーンは、バッターボックスから少し離れた所で二度三度と素振りをしてから、再び打席に戻る。

 そして、自然体で立っていた先ほどまでのフォームを止め、オープンスタンス気味に体を開き、マウンドへと顔を正対させた。

 其の姿は、八十年代にスワローズの正捕手を努めた選手の打撃フォームに瓜二つであったが、只一ヶ所だけ違ったのは構えたバットの位置である。

 バットのヘッドが立てられておらず、地面と平行になるくらいに寝かせられていたのだ。

 剣道の構えには五種類あり、<五行の構え>や<五方の構え>とも言う。

 中段の構え、上段の構え、下段の構え、八相の構え、そして脇構え。

 テイルザーンの姿は、其の<脇構え>にそっくりであった。

 突然。

 スタンドから、高らかに喇叭のファンファーレが奏でられる。

 重低音で太鼓が打ち鳴らされ、弦楽器がそれらをハーモニーとして纏め上げた。

 ウェスタン調のような独特のメロディライン。

 大阪のテレビ局が京都の映画撮影所と組んで打ち立てた、不朽の傑作時代劇シリーズのテーマ曲が、大音響でフィールドに流された。

 勧善懲悪ではなく、悪が悪を闇討ちするという作品のコンセプトが、現状に合致しているかどうかは微妙な処ではあるが、間違っているようにも思えぬ選曲である。

 但し、レオ丸は違う感慨を覚えていたが。


 八重樫かと思うとったのに、杉浦やったとはなぁ……。


 苦笑いを浮かべながらレオ丸は、打席でバットを構えようとしている“新しい友人”の姿に、少しだけ見惚れる。


 まるで、『七人の侍』の久蔵みたいや、な。


 そう思いながら口の端を綻ばせ、フィールド全体に響き渡れとばかりの大声で、プレイ再開を宣言した。

 一陣の風が、素早く吹きぬけ消えて行く。


 そして、決着の刻が訪れた。


 死球を与えた事と警告を受けた事が、マウンド上の璽叡慧賦螢の豪腕を鈍らせたのか、それとも勝ち急ぐミナミ・ドレイクス首脳陣の判断が作用したのか。

 もしくはテイルザーンが放つ、<冒険者>としてではなく<プレイヤー>としての気迫に、呑まれてしまったのか。

 大きく振りかぶり投げ放たれた速球は、元の現実ならば伝説の名投手でも投げれぬほどの威力を備えていた。

 だが。

 先ほどまでの豪速球と比すれば、僅かに迫力が欠けていたのだ。

 腰を落とした姿勢から見敵必殺とばかりに、渾身のフルスイングをするテイルザーン。

 気合一閃。

 躊躇う事なき鋭さで振り抜かれたバットは、ボールの下部を強烈に叩き、遙か彼方へと弾き飛ばす。

 極度のスピンを与えられた打球は、二塁手の頭上を一瞬で通過し、右中間へと一直線にライナーで飛んで行った。

 右翼手が、懸命に落下点を目指して駆けて行くものの、打球の方が僅かに早いために追いつけそうにはない。

 されど、中堅手の赤色矮星(レッド・ドワーフ)号は諦めなかった。

 負けじと快速を飛ばすや、一か八かの判断で外野の壁を斜めに駆け上がる。

 まるで其れは、何かのアニメ映画のアクロバチックなワンシーンのようだ。

 ちょっとしたビルに相当する城壁の頂上まで、あっという間に駆け登ったミナミ・タイランツの外野手は、天辺に到達するなり壁を蹴って宙へと躍り出た。

 伸ばされた右手のグローブが、ボールの行く手を阻むように広げられる。

 バシィンッと、革で革を叩く激しい音が響くも、直後に何かが破れ千切れる少しくぐもった音が大きく鳴った。

 グローブのポケット部分と共に、浮き上がる回転の止まった打球。

 それはスルリと赤色矮星(レッド・ドワーフ)号の手を擦り抜けるや、フワリと宙を遊泳してから、ポスンと城壁に当り落下する。


「フェアーなり~~~♪」

「GO! GO! GO!」」

「吶ッ喊ッ!!」


 右翼線審の究極検閲官Rと、一塁コーチ役のレディ=ブロッサムと、三塁コーチ役の筑紫ビフォーアフターが同時に声を上げた。

 ヒビが入ったバットを放り捨てたテイルザーンは、直ぐさま一塁へと走り出している。

 跳ねるような足取りで手を叩きながら、CoNeSTが両足でホームベースを踏んだ。

 決して格好よくはない、今にも縺れそうな走り方の黒渦は二塁を蹴り、三塁へと疾駆する。

 打球からワンテンポ遅れて着地した赤色矮星(レッド・ドワーフ)号は、足元に転がるボールを掴むや、全身をバネと化したようなフォームで二塁へと投げた。

 一塁を後にしていたテイルザーンは腰をストンと落とし、二塁へと滑り込む。

 懸命に伸ばされた片方の爪先が、ベースカバーに入った遊撃手が返球を受け取るよりも先に、ベースを捉えた。


「バーックホームッ!!」


 ジョージ・マッケンGが、そう叫び終わる前に遊撃手は体をクルリと半回転させ、勢い其のままに掴んだばかりのボールを本塁へと投げ放つ。


「打通せよッ!!」


 三塁ベースを蹴り飛ばし、号令しながら左手を回す筑紫ビフォーアフターの前を通過した黒渦の、視界端を掠めて飛んで行く返球。


「「「行けッ!」」」

「「「飛べッ!」」」

「「「かませェーッ!!」」」


 一塁側のダッグアウト内で立ち上がり、グラウンドへと大きく身を乗り出しながら、拳を握りあるいは振り上げ、口々に絶叫するナゴヤ・ドレイクスのチームメイト達。

 所定の位置から回り込むように動いたレオ丸の目の前で、ボールを確りと掴んだジョージ・マッケンGのグローブと、ホームへと頭から飛び込んだ黒渦の手が交差する。

 鍛え上げられた鋼の如き体躯と、無駄を削ぎ落としたしなやかな体躯が、火花が飛び散らんばかりの衝撃でぶつかり合い、縺れ合ってから地面へと投げ出された。

 砂煙が舞い立ち、二人の姿を一瞬だけ霞ませる。

 両側のスタンドも、両軍のベンチも、フィールドに散らばる者達も、全てが寂として声を失くした。

 氷像のように凍りつき、固唾を呑んで見守る全ての者達。

 唯一、身動ぎするのはレオ丸のみ。

 其の視界に映る結果を通告すべく、屈みこんでいた状態を起こす。

 天を仰ぐ姿勢を取り、徐に両手を……。


「セーフッ! セーフッ!!」


 コールに合わせて、左右に広げられた両手が閉じては開いた。

 うつ伏せで倒れる黒渦の、懸命に伸ばされた右手の指先がホームベースの一端を捉えており、仰向けに倒れたジョージ・マッケンGのグローブからは、コロンとボールが転がり落ちている。


「ゲーム・セット!!」


 レオ丸が大声で試合終了を宣言した瞬間、ナゴヤ・ボールパークに歓喜の感情と、落胆の悲鳴や吐息が、一斉に爆発した。


 飛び跳ねるようにして、ダッグアウトから躍り出るナゴヤ・ドレイクスの選手達。

 虎千代THEミュラーを先頭にした一部の者達が二塁へと走り、両手を挙げて立ち尽くすテイルザーンへと跳びかかるや、思いを込めて押し倒した。

 山ノ堂朝臣を先頭にした大半の者達はホームへと駆けつけ、力尽き倒れ伏す黒渦を抱え上げるや、掛け声を合わせて胴上げをする。

 決勝の得点を捥ぎ取った殊勲者が、幾度も宙を舞う其の姿を嬉しそうに見詰めながら、琵琶湖ホエールズはホウトウシゲン達と握手を交わした。

 力ない足取りでマウンドへと集まったミナミ・タイランツの野手達は、泣き崩れて蹲る璽叡慧賦螢に手を伸ばし、優しく肩を叩き労いの声をかける。

 三塁側ベンチから走り出た幾人かが、ジョージ・マッケンGの許へと赴き、立ち上がるのに手を差し伸べ肩を貸した。

 一塁側スタンドの応援団達も手を叩き、何度も跳びはね、抱き合い、其処彼処で万歳三唱をしている。

 そんな大騒ぎの最中で、ある弦楽器が掻き鳴らされた。

 先ほどとは違うウェスタン風の調べを三味線で爪弾き出したのは、サブ職が<ちんどん屋>である応援団長の若葉堂颱風斎だ。

 少しずつ高鳴る音色に、落ち着きを取り戻し始める応援団の団員達。

 DRAGOON-ww2が、ゆっくりとした調子で手拍子を打ち始める。

 他の弦楽器がアップテンポの旋律を奏で、喇叭や太鼓がリズムを刻んだ。

 其れは三塁側スタンドの応援団にも伝播し、重厚な音量へと変えて行く。

 1993年に放映された、三頭身のロボット達による熱血スポ根アニメ。

 其の番組の挿入歌であり、最終回ではエンディングを飾った曲が、両側のスタンドから溢れ出し、フィールドを満たしてから天へと昇華する。

 曲の主題は、ずばり“友情”だ。

 イントロ部分を聞いているだけで、血潮が沸き立つ思いがしてきたレオ丸は、自覚せぬままに朗々と歌い出していた。

 グルリと見渡せばカズ彦が、宇宙人#12が、太刀駒が、琵琶湖ホエールズが、フィールド上でもスタンドでも、当時の記憶を共にする者達全員が唱和している。

 歌詞を知らぬ者達は、静かに耳を傾け、肩を揺らしながらハミングしていた。

 敵も味方もなくなった、<冒険者>達。

 事情の判らぬ<大地人>達は、荘厳な儀式を見る思いで神妙な面持ちとなり、沈黙を保った。

 合唱だけが存在する幾許かの時が、人々の間を繋げて過ぎる。

 やがて。

 共に過ごす友の存在を高らかに歌い上げた後、微かに余韻を残しつつ再び静寂がナゴヤ・ボールパークに訪れた。

 だが其れも、一瞬の事。

 お祭り騒ぎが収まったフィールドに立つレオ丸が、右手を高々と上げて場内に居る全ての者に聞こえるように、声を張り上げたからだ。


「此の場に居る全<プレイヤー>に告げんで!

 “遊び(ゲーム)”は、終了や!!

 今から大体、三十分後。

 閉幕のセレモニーを、厳粛且つ賑々しくも行うさかいに。

 立つ鳥後を濁さぬように、十全の用意を整えてから再度集合してくれや。

 次に顔を揃える時には、ワシらは<プレイヤー>やなく、<冒険者>としてや!

 ほな、一旦解散!!」


 ザワザワと、喧騒を取り戻したナゴヤ闘技場。

 込み上げた気持ちを抑えるかのように、レオ丸は鼻を啜り上げながらフィールドを後にする。

 さっさと控え室へと戻ろうとする丸い背に、駆け足のカズ彦が追いついた。


「後もう一仕事で、終了ですね」

「後もう一仕事で、済んだら……エエけどねぇ……」

「うん? どういう事です?」

「何か懸念でも?」


 カズ彦を従えながら、俯き加減で通路を歩くレオ丸。

ナゴヤ闘技場内に張り巡らされた伝声管の大元を司る“放送室”から出て来たミスハが、カズ彦と肩を並べ歩く。

 更に其の背後に、<壬生狼>の構成員と、元<トリアノン・シュヴァリエ>のメンバーが幾人も連なり、列をなした。


「昨晩、色々と打ち合わせをしたやん?」

「ええ」

「はい」

「其の時の取り決め事に関する条々と、現状に差異はおまへんか?」


 右手を宙で動かしてミスハとの念話を終了させ、<宿禰審神者(すくねさにわ)の裁定面>を顔から引き剥がしたレオ丸は、懐から取り出した<彩雲の煙管>を咥える。

 五色の煙を宙に噴かすのにつれて、緩む歩調。


「マリユス、報告せよ」

「Oui Commandant。……“手段”の方は“Bleu”。客席の冒険者は“Blanc”。

大地人は“Rouge”ですが、Tricoloreの色合いとしましては赤みが、やや薄いかと」


 観客席の大地人貴族の傍に侍り、場内警備を統括していたミスハ配下の<暗殺者(アサシン)>が、落ち着いた声で澱みなく報告した。


「法師、脱出手段については現状の処、予定通りで問題ありません。

 但し脱出手段に到るまでの経路に、些か問題があるようです」

「ふむ。……イレギュラーとアクシデントの、どっちなんかな?」

「両方のようです。マリユス、具体的に述べろ」


 足を止め、振り返ったものの頭を挙げぬ、レオ丸。

 其の左右に、カズ彦とミスハが緊張感を漂わせながら整然と並び立った。

 二列縦隊の片方の先頭に立つマリユスが、背筋を伸ばし直答する。


Blanc(イレギュラー)は、ヤマトの者ではない冒険者が一名、見かけられた事です。

 口の動きや、何気ない仕草からも、外国籍の者だと断じました。

 潜入者か、あるいは残留者かまでは、定かではありません。

 Rouge(アクシデント)は、城壁の外側を大地人の兵隊達が取り囲んでいる事です」

「如何判断なされますか、法師?」

「カズ彦君」

「はい」

他所の冒険者(イレギュラー)を、監視しといてくれへんかな?

 恐らくは<大災害>に巻き込まれーのの際に、偶々ヤマトに居っただけやとは思うけども、もしかしたーらがあったら、難儀やし。

 恐らくは取り越し苦労やとは思うが、万が一の事態だけは想定しとかんと、な」

「万が一?」

「スパイ工作の基本って、何や?」

「諜報活動と、破壊工作」


 二列縦隊のもう片方の先頭に立つ<武士(サムライ)>、ランプ・リードマンが顔の右側だけで笑いながら即答する。


「そーゆーこっちゃ。

 ハードディスクの中身と性癖以外に隠さなアカンもんはないけど、折角のお祭りのフィナーレをぶっ壊されては適わんしな。

 マリユスさん、其の冒険者の名前は何て言うのん?」

「リルル。メインは<コサック>のヒューマン、女性です。

 三塁側の上層席に居ました」

「聞いたな、ランプ、#12。要警戒態勢(オレンジ)で監視しろ。

 R、公主は、イセのプリンスの警護を密にしろ」

「斬り捨てても?」

「手出しは無用や、ランプ君。優先順位は、次の通りやさかいに。

 殺意は仕舞え、敵意を放つな、注意を怠るな、相手に気取られるな、で。

 監視行動に徹し、別命あるまで戦闘行動は絶対にするな、の以上や。

 ……専守防衛の志を忘れへんように、頼むわ」

「だ、そうだ。……行け」

「「「「Geht klar!」」」」


 <壬生狼>の四人は、踵を返し駆け出した。


<猟騎兵(コサック)>……って事は、ロシアからの来訪者か。

 ……名前がヴィクトル・ベレンコなんやったら、疑いも晴れるんやけどねぇ?」

「誰です、そいつは?」

「アルコール運搬機のパイロットさんやわ」

「それで、法師。表の兵隊達は、どうされますか?」

「此処で直ぐさま召集、展開出来る兵隊って言うたら<オワリ金鯱軍団(アームド・ドラゴンズ)>やろう?

 バルフォー閣下の直率する隷下なら、兎も角なぁ。

 まぁ、表門から賑やかに出立したったら、手も足も出せずに指でも咥えて、お見送りをしてくれるんと違うかな?」

「そうでしょうか?」

「敵わぬ相手には何もせぇへんて、普通の軍人さんやったらな。

 それに……」

「それに?」

「無謀な攻撃命令を出そうとしても、ミスハさんが止めてくれるやろうし、ね?」

「……オーダー、承りました」

「ああ、そうや。……バルフォー閣下絡みで、言うとかなアカン事があったんや!」


 漸く顔を上向けたレオ丸が、カズ彦達の顔を見渡した。


「現実世界やったら、もう直ぐ七月やんか?」

「え?」

「確かに」

「大阪やったら、愛染さんと天神さんやん。ほな、京都は?」

「祇園さん、ですね」

「……京都のお祭って、祇園さんだけか?」


 ほんの数瞬考えてから、カズ彦とミスハが同時に叫ぶ。


「「<スザクモンの鬼祭り>!!」」

「ざっつ・らいと」


 レオ丸は思案気にコメカミを揉みつつ、五色の煙を溜息と共に吐き出した。


「まぁワシかて、ユーリアス君に尋ねられてへんかったら、さっぱりと忘れていた事実やから、他人の事は言われへんけどな。

 それは、さておき。

 “平安京の鬼さんコチラ”が、もう直ぐ始まるんと違うか?

 ワシはトンズラするから関係ないけど、……自分らはどストライクやん。

 対策は遺漏なく……完璧バッチリに出来とるか?」

「ええ、まぁ、一応は……」

「ナカルナードがどっかに……、九州にでも遠征するんと違うん?

 最大戦力が留守中に発生したら、どないするん?」

「「…………」」

「ま、<帰還呪文(コール・オブ・ホーム)>使うたら、カラータイマーが点滅する前に戻って来れるけどね。

 間に合わへんでも、質は兎も角、兵隊の数は充分揃えれるわな」

「……兵站の方も用意万端ですよ」

「オーディアを抑えられたんやから、そら問題ないやろうさ。

 ……処で」


 <Plant hwyaden>の治安部門の責任者と、諜報担当の上級官から視線を外したレオ丸は、元<トリアノン・シュヴァリエ>の所属員達を窺う。


「マリユスさんと後ろの……」

「ギュエス、です」

「知世、と申します」


 マリユスの背後から名を告げた、狐尾族の<吟遊詩人(バード)>とヒューマンの<妖術師(ソーサラー)>に、レオ丸は苦笑いを見せた。


「本音やのうて、建前オンリーで答えて欲しいんやけど。

 自分らと後六名の<冒険者>が、数名の大地人を守護する形で、アキバへ移動する。

 ……<Plant hwyaden>がアキバに派遣する、移民者を装った“潜入スパイ”っぽい感じ人らって事で、間違いないやね?」

「「「Oui、monsieur」」」

「今、聞いてたように、其れほど遠くない内にミナミは<スザクモンの鬼祭り>に巻き込まれる予定や。

 せやけど、……アキバかて大変やで?

 イースタルには、イースタル特有のイベントがあるやん?」

「<ゴブリン王の帰還>!」

「……ミスハさんの言う通り、東には東の騒乱……争乱があるさかいに。

 どっちにしても、正確にいつ発生するかは判らへんけれど。

 ……確実に発生する、其れだけは紛れもない事実や。

 もし、建前でない方の理由が、ハリネズミ達の合コン並みにギスギスしとるミナミから逃げ出したい、ってだけやったら大変やで?

 改めて、理解しといて欲しいんやけど……」


 レオ丸の口調が硬質かするに連れて、マリユス達の頬が強張る。


「ダンジョン攻略する時には、安全地帯があるけれど。

 残念ながら此の世界には、避難場所もセーフティー・ハウスも“ちょっとタンマ”も、あらへんさかいにな。

 勿論、猶予(モラトリアム)も見当たらへん。

 神に示された“約束の地”なんざ、“書物(バイブル)”の中だけの話でしかないからな。

 安住の地が欲しければ、自分達で用意するしかない。

 “戦争放棄”って掲示板に張り紙しても、戦争が遠ざかってくれる事はあらへんのが、正味の現実や。

 積極的に自衛権を行使して、武装中立を保つしか手段はないで。

 ミスハさんに聞いたけれど。

 戦闘が出来ひん子も、居るらしいやん?

 そりゃまぁ、そーやろーってワシは思うし、……それが当たり前や。

 十歳の誕生日プレゼントが護身用の拳銃って国に生まれた訳やないし、物心ついた頃から民兵をやってる訳でも、親兄弟の全員が反政府ゲリラって訳でもない。

 ワシかて、自分らかて、平和な国の国民として生まれ育って来たんやから。

 モンスター処か、野兎一匹追い廻した経験がないんやもん。

 『戦争を知らない子供たち』の子供達が、大半やねんから。

 せやけど。

 此の世界では、“戦う事”が即ち“生きる事”や。

 そー考えたらば、……元の現実ってファンタジーかもねぇ?

 戦争も戦闘も殺し合いも、全然現実味がなかったモン。

 今の現実の方が、リアルやもしれへんね?

 ま、何が言いたいかと言えば、逃げるだけでは何も解決せぇへんって事や。

 大地人を守ってアキバへ行く。

 行った先で……“彼ら”に受け渡したら終了、って思ったらアカンで?

 関わった限りは、責任持って此れからも関わり続けなアカンで?

 誰かを守るためには、先ずは自分を守れる事が必須条件やで。

 実際の戦闘が出来ひんかて、“戦う気概”まで失うたら駄目やで」

「「「Oui、monsieur!!」」」

「ほな、時間もない事やし、それぞれの準備をしよっか?

 マリユスさん、ジュネスさん、知世さんの三人は、直ぐにも他の仲間達と共に此処を出て、“手段”の方で待機しといてくれるか?」


 三人の冒険者は、深々と一礼してから踵を返した。


「では、私も仕度がありますので」

「あ、ちょい待って」


 軽く頭を下げて立ち去ろうとしたミスハの手を、レオ丸は掴み留める。


「能うならば、ロシアからの観客さんと接触してもらえへんかな?」

「何故に?」

「真意が知りたいのんと……、もし渡来人ならば外国の情報が欲しいから」

「其れならば、カズ彦の配下の誰かに頼めば宜しかったのでは?」

「誰かってゆーても、ランプ君は性質的に無理っぽいし、宇宙人#12と究極検閲官R君は見た目で警戒されてしまうやん。

 消去法やと、水琴洞公主さんになるんやけど……彼女は適任かな?」

「表立った交渉ならば兎も角、索敵任務には不向きですね」

「やってさ」

「……了解しました」

「あ、其れと此の前に接触してもろうた中華の人らは、今何処に?」

「既に、彼の場所にて待機して戴いてます」

「そいつは、重畳」

「では、早速」

「はいな、ヨロシコ♪」


 気楽に手を振るレオ丸と、申し訳なさげに眉尻と頭を下げるカズ彦。

 微妙な笑みと派手な溜息を残して、ミスハは瞬時に姿を消した。


「其れで……俺はどうしましょう?」

「カズ彦君にも、大事な役目があんで♪」


 レオ丸は打って変わった、晴れやかな笑顔を見せる。


「……レオ丸さんの笑顔って、何だかカナミに似て来てませんか?」

「はっはっはっは、……素直に喜べんお褒めの言葉を、有難う!

 したらば、荷運びのお手伝いをヨロシコ」

「了解です」


 中年の冒険者と、青年以上中年未満の冒険者は、連れ立ってナゴヤ闘技場の通路を歩き出した。

 気負いと責任とを応分に抱えながらも、ぶれる事のない確かな足取りで。

 さてさて、試合は終了しましたが、本来のアレやコレやは解決致しておりません。

 彼らの進む行き先は、次回にて落着させて戴く予定にて。

 しばし、お待ち下さいませ(平身低頭)。

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