第肆歩・大災害+60Days 其の伍
え~~~っと、取り敢えずゴメンなさい。
ファンタジー要素、<エルダー・テイル>要素を、少しだけ配合致しました。
表現の誤謬を訂正致しました。(2015.07.01)
何箇所か訂正と加筆を致しました。(2015.07.02)
剛速球を、豪速球に訂正しました。何と初歩的ミステイクに反省。(2015.07.09)
アメリカ人の心理学者、アブラハム・マズローってぇ人が<人格理論>とか言うのんを、世に発表しやはった。
“人間は自己実現に向かって、絶えず成長する生きものである”
って仮定を土台として、人間の欲求を五段階の階層で理論化したんで、『マズローの欲求段階説』とも呼ばれる、自己実現理論や。
人間の基本的欲求の第一段階は、<生理的欲求(=Physiological needs)>。
其れが満たされたら、一つ上の第二段階の<安全の欲求(=Safety needs)>に移行する。
第三段階は、<所属と愛の欲求(=Social needs / Love and belonging)>。
第四段階は、<承認(もしくは尊重)の欲求(=Esteem)>。
最上階の第五段階は、<自己実現の欲求(=Self-actualization)>。
マズロー先生の説を図で表現したら、正三角形の五層のピラミッドになる。
最下層の第一段階は根本的な平易な欲求故に広く、最上層の第五段階は実現が難しいが故に“狭き門”となっとる。
元の現実に於いて、社会の一員であったワシらは第三段階から第五段階をウロウロとしながら、日々過ごしとった。
幸いにして、ニッポンって言う平和や平穏を享受出来る国の国民で、経済的困窮とは無縁の生活をしていたから、ではあるけれどな。
まぁ、日々が不穏で安全やなく日銭も心許ない生活してたら、ゲームに現を抜かしてなんざ居られへんのは、自明の理だわな。
第一段階の<生理的欲求>ってのは、生命維持に必要な食事や睡眠、排泄なんかの本能的で根源的な欲求や。
第二段階の<安全の欲求>ってのは、安全面や経済面や健康面を含め所謂“最低限以上の人間らしい生活”ってぇのを得ようとする欲求や。
生存する上での安定が得られたら、人は社会との関わりを重視するようになる。
第三段階は、自分は社会に必要とされてる、仲間として認められているってのを求めるようになり、第四段階では価値ある存在として尊重される事を求めるんやね。
第三段階が満たされなきゃ、人は孤独感に苛まれたり鬱状態になり易い、とか。
第四段階が妨害されると、劣等感や無力感に襲われるらしい。
ホンで。
第五段階の<自己実現の欲求>ってぇのは、所謂“文明人”“文化人”あるいは“現代人”として自負やったり矜持やったりするんやね。
マズロー先生は晩年になり、第五段階のも一つ上があるって言い出しはった。
<自己超越(=Self-transcendence)>ってステージを。
……“天才”なんか“超人”なんか“聖人”って言うたらエエんか。
所謂、“選ばれし人”ってヤツかね?
さてさて。
<大災害>が発生してから此の方、ワシらは“現代人”から<冒険者>へと強制的に“転職”させられ、其の結果。
<生理的欲求>を求める立場からの、文字通り一からの出直しをしなアカンようになってしもうた。
此処は何処だか知ってはいるが、何がどうしてどうなって、此れから果たしてどうなるやらがさっぱり判らず、何処だか知っていた此処も実はよくは知らない世界やったと、いらぬオチも押しつけられるし。
今のワシらって、第一段階をどーにかこーにかクリアし、漸く今、第二段階の地固めをしている当りかなぁ?
<冒険者>ってだけで、“選ばれし”人になったと勘違いしとる阿呆は、結構多いかもしれへんけど……。
〔 ナゴヤ・ドレイクス、ピッチャーの交代をお知らせ致します。
ピッチャー、大アルカナのぜろ番。
九番、ピッチャー、大アルカナのぜろ番、背番号33 〕
……え? ……何番が何番やて?
琵琶湖ホエールズ同志の言葉を上の空で聞いて、無意識のまんまでミスハさんに中継したもんやから、キチンと確認してへんかったな。
って思いながらマウンドを見れば、大阪のおばちゃん並みにケバイ衣装を脱ぎ捨て、名古屋の球場に最も相応しいオールドスタイルのユニフォームを着込んだ大アルカナのぜろ番君が、仁王立ちしとった。
ランナーが居らへんのやから、大きく振りかぶったワインドアップで投げても良さそうな気もするが、両手を胸元に構えるセットアップのモーション。
素早く左足を折り畳んだ状態で上げて、まるで演舞でもするかのように弾みながらキレのある剛球を何度も投げ込んで来よる。
既定の練習球を投げ終え、内外野のボール回しが始まると、マウンドへと駆け寄りサインか何かの確認をするキャッチャーのシュヴァルツ親爺朝臣君。
投手板を挟んで立つ背番号33番と39番を見てたら、何とも言えず胸に郷愁が湧いてきてしもうた。
まぁ、あん時のユニフォームは白地に藍色のみの、ロスアンジェルスをホームとするメジャーリーグのチームと同じデザインやったけど。
あれからもう……、三十年は経つんやなぁ。
四勝一敗でオラがライオンズが圧勝した、日本シリーズから……。
清原の場外ホームランに森山の完封と、嬉しいばかりのシリーズやったなぁ。
まさか。
バファローズが、オリオンズとのダブルヘッダーで二連勝したらパ・リーグ優勝となる、伝説の<10.19>の最中に、ブレーブスが身売りするってニュース速報を見るとは思わんかったしなぁ。
ブレーブスの前にホークスが身売りを発表し、サブマリン御大や世界の盗塁王御大やコンニャク打法御大が引退する事となった、あの年。
オラがチームの大エース、トンビ御大も引退したんやったなぁ……あの年は。
投球の邪魔にならぬよう綺麗に編み込んだ金髪を振り回し、マウンド上で思いっきり躍動する背番号33番。
ミナミ・タイランツの打者二人を、あっさりとセンターフライに打ち取りよった。
……代打攻勢、実らず!
だが次打者は不動のトップ、EEE魔王君。
慎重に攻め過ぎた所為か、此処でフルカウントから投げたスライダーは、ちょいと外れて四球にしてしもうた。
二死一塁の場面で登場するのは、赤色矮星号君。
ちょこんと当てただけのバントの打球は、三塁線をコロコロと転がり続けた。
途中から出場し三塁を守備するモゥ・ソーヤー君と、大アルカナのぜろ番君の見守る中で、ファールゾーンへとはみ出さずライン上で停止する。
まさか、まさかの二死一、二塁の大ピンチ。
何と、何とと絶好のチャンスを与えられたミナミ・タイランツのベンチは大いに盛り上がり、スタンドの応援団は“ライトへレフトへホームランを打て!”と喧しく要求を、がなり立て出しよった。
其の絶叫混じりの声援を背に、徐にバッターボックスへと踏み入るのは。
〔 三番、MAD魔亜沌、背番号9 〕
一発出ればナゴヤには致命的な、ミナミには勝利を決定づける三点が、スコアボードに掲示される。
二塁のEEE魔王君をじっくりと見た大アルカナのぜろ番君は、セットポジションから大きく躍動した。
初球、外角へと外れる高目の剛速球を平然と見逃す、MAD魔亜沌君。
二球目の小さく変化したシンカーは、膝元を掠めてストライクになる。
三球目、大きく変化して低目に沈んだスライダーを、MAD魔亜沌君は空振りした。
ワシが右手を挙げると、大アルカナのぜろ番君は大きく息を吐いて、シュヴァルツ親爺朝臣君からの返球を受け取る。
そして、四球目。
サインに一度首を振ってから投げ込まれたのは、ベルト付近から外角へと大きく横滑りするスライダー。
歯を食い縛って振り抜かれたMAD魔亜沌君のバットは、空を斬った。
「スットライック、バッターーーッ、アウットォーーーッ!!」
マウンドに右膝をついた大アルカナのぜろ番君は、ワシのコールと万歳しながら立ち上がるシュヴァルツ親爺朝臣君を見てから、ピョーンとジャンプ。
声にならぬ雄叫びを放ち、両手両足を踏ん張りながら幾度も跳ね飛んだ。
内野を守る仲間達と肩を抱き合い、シュヴァルツ親爺朝臣君とガッチリ握手をしながらベンチへと凱旋する、大アルカナのぜろ番君。
ゲゲゲではなくワーワーキャーキャーと、ナゴヤ・ドレイクスのナインを讃える一塁側スタンドに対し、一気に静まり返る三塁側スタンドやったが。
ダッグアウトから出て来た太刀駒君の声を、ミスハさんに転送した直後。
三塁側ベンチが送り出したやや地味な見かけの眼鏡っ娘に、日本でもバカ受けしたハリウッド謹製の野球映画で御馴染みの有名過ぎる名曲で、花道を作る。
添えられた花々は、場内を揺るがすような足踏みと手拍子やわ。
〔 ミナミ・タイランツ、ピッチャーの交代をお知らせ致します。
ピッチャー、璽叡慧賦螢。
九番、ピッチャー、璽叡慧賦螢、背番号99 〕
チップ・テイラー氏が作詞・作曲し、1965年に<ザ・ワイルド・ワンズ>というアメリカのバンドが奏で、後に<X>というロスアンジェルスのバンドがカバーした、登板するピッチャーにとっては最高の応援歌。
其れを背に受けた“守護神”ならぬドワーフ娘の<守護戦士>は、口を真一文字に結んだまま左手に填めたグラブをバシッと叩く。
やおら不器用に足を上げてから投げ込むは、速球よりも数段は凄い豪速球。
場内の歓声や熱唱を打ち消し、ワシの鼓膜が震えるほどの音を立てて、ボールはミットに収められる。
……冗談抜きでの、“火の玉投手”やん!
スピードガン表示がないんが残念やねんけど、……最低でも百マイルか!?
漫画や映画でもなく、実際に唸りを上げる豪速球を目の当たりにすると、呆気にとられてしまうなぁ。
かけてる黒縁瓶底眼鏡がサングラスやったら、……“黒い秘密兵器”やな?
どないする、ナゴヤ在住の皆さん方よ?
那智か蟻川かセナスでも用意せな、マジで負けてまうで?
って思うてたら、琵琶湖ホエールズ同志が眉根に皺を深く刻みながら、ベンチを出て来やはった。
あ、やっぱり代打でっか。
〔 ナゴヤ・ドレイクスの攻撃です。
二番、SHEEPFEATHER朝臣に代わりまして、CoNeST。
ピンチヒッター、CoNeST、背番号47 〕
さっきはヒットを打ったけど、<盗剣士>の特性は敏捷力と器用さ、やしね。
<守護戦士>の力投に対抗するには、<守護戦士>のフルスイングやわな。
高校時代から“ジャンボ”の愛称で呼ばれ、近鉄時代にプロ野球通算五万号目のホームランをかっ飛ばした選手の背番号を背負い、気合の入った素振りをしながらバッターボックスに入る。
ハーフアルヴ故に、ヒューマンやドワーフの<守護戦士>に比すれば華奢に見えるが、恐らくは細マッチョな体型のCoNeST君はバットをクルリと四分の三周させた。
両肘を伸ばしてバットを構え、ヘッドをひと目チラリと見てからマウンドへと首を振り向ける。
力を抜くと共に、緊張感を払い落とした自然体のスタンス。
スタンドの応援団は、何処かで聞いたような歌を合唱し始めよった。
……人類の敵と戦う運命を背負わされた、魔女っ娘達のOPやったっけ?
元歌は確か……女の子二人のアイドルユニットやったと思うけど……。
応援団の大半が男衆やさかいに、影山&遠藤&きただにのカバーバージョンにしか聞こえへんし、曲名と選手名が一字違いで大違いやし……。
さて一方、腰を屈めて幾度か首を振る、璽叡慧賦螢のお嬢さん。
やがて。
空気を焦がすようなスピードで、ジョージ・マッケンG君のミットが続けざまに二回、激しい音を立てた。
瞬く間にツーストライクと追い込まれたCoNeST君は、一度打席を外して大きく深呼吸をして両手を回す。
打者が神主のように構え直すと、投手はぎこちないモーションから砲弾の如きボールを、投げ放った。
其れは、カーンでもキーンでもない、紛う事なき激烈な破壊音。
紙垂を垂らした玉串を振るようにしたCoNeST君の手元で、バットは綺麗に圧し折れたが、打球は燻った臭いを残して右中間を深々と割った。
木片の如きグリップ部分を投げ捨て走り出すと、一塁コーチャーズボックスのレディ=ブロッサム嬢が何かを叫びながら右手を廻し、左手で二塁を指し示す。
猛スピードで一塁を蹴ったCoNeST君は、あっという間に二塁へ到達するも駆けるスピードを落とさなんだ。
三塁コーチャーズボックスの筑紫ビフォーアフター君が、両手を上へと差し上げてから振り下ろし、招き寄せる仕草を大袈裟に示したからや。
素早くはないが鈍足でもないCoNeST君は、三塁ベースの手前で宙を飛んだ。
ライトからは低い弾道で、ダイレクト返球が其の背後から迫り来る。
ワンバウンドの際に僅かに逸れた返球を、三塁手は逆シングルで掴み取るやベースへと動かし、滑り込んだCoNeST君が其の隙間へと手を伸ばした。
巻き起こる土煙。
其れがゆっくりと静まったタイミングで、宇宙人#12君が両手を水平に開いた。
「セーフやけぇッ!」
大歓声と悲鳴が同時に弾け、ナゴヤ・ボールパーク全体を揺るがせる。
立ち上がり、ベース上に片足をかけながら筑紫ビフォーアフター君とハイタッチをし、一塁側へと両手を振り上げてひと吼えするCoNeST君。
前面を泥だらけにした其の勇姿に、ベンチもスタンドも総立ちになって盛大な拍手を贈り、大声で讃えた。
幾度もコールされる、CoNeST君の名前。
マウンドを蹴り上げて、悔しさを隠そうともしない璽叡慧賦螢のお嬢さんの元に集まる、ミナミ・タイランツの内野陣。
EEE魔王君が、グラブで背中を軽く叩いて励ます。
ジョージ・マッケンG君は、三塁手から受け取ったボールをファールゾーンへと、忌々しそうに放り投げよった。
まっさか、いきなり三塁打を打たれるとはねぇ。
ワシかて吃驚仰天やわ!
ナゴヤの地での神主打法は、無敵の証しってか?
……1988年の日本シリーズでは不発やったけどね、くけけけけ♪
さて、お次の打者は前の回に貴重な送りバントを決めた、Yatter=Mermo朝臣君。
おや?
今度は第二期オープニングかいな、コレもまた燃える歌やもんなぁ!
応援団もよう判ってるわ♪
さてさて。
バントを日本語に直すと、“犠打”と言う。
ホンで犠打は、“送りバント”とも“犠牲バント”とも言う。
自らを犠牲にして、仲間を活かそうとする代償行為やわ。
マズロー先生の説に準拠したら、犠打ってぇのは第三段階もしくは第四段階に相当する行為になるんやねぇ。
まぁコレは別に、野球に限った事やないわさ。
サッカーでもバレーボールでも、シンクロナイズドスウィミングでも、クリケットやセパタクローでも、団体競技には必須の行為や。
つまり、たった一人では発生せぇへんけど、二人以上揃ったら成立する。
社会を成立させるには、各自が独自に第一段階と第二段階をクリアしてからやないと、どないもならん。
仲間内だけを意識して行動しとっても、ソレは個人が肥大化しとるだけで他者との共存共栄ではあらへんし。
他人と共に作り上げるんが、社会やもん。
己が活きるために他者を食い物にする事もあれば、他者の利益のために身ぐるみ全てを略奪される事もある。
社会とは決して、誰もが幸せになれるユートピアやあらへん。
でも。
人は、人とは、……社会がなけりゃ生きて行かれへん。
其れ故に、時としては積極的に自己を犠牲にする事がある。
社会に必要とされるために、社会に尊重してもらうために。
ナゴヤ・ドレイクスは、所属も立場もバラバラでレベルにも差異がある冒険者達で構成されたチームや。
来寇がなきゃ、連帯も共存も何もなかったろうに……。
其の寇たるミナミ・タイランツは、<Plant hwyaden>ってなギルドのメンバー達のみで構成され、レベルも九十で統一されとる。
だが、元々は違うギルド達とソロプレイヤー達を無理矢理に合弁させた、能力が無駄に高いだけの、烏合の衆やわ。
其処には帰属意識はあったとしても、仲間意識なんぞまだまだあらへんやろう。
そんな者共が敵味方に分かれて、共同作業をしたらどうなるか?
第二段階から一足飛びに、第四段階まで行かへんやろうか?
グルリとグラウンドを、スタンドを見渡せば。
両軍ベンチも、左右の応援団も観客も、一体となっているように思えるんやが。
仲間が活躍すれば手放しに喜び、盛大に賞賛する。
仲間がしくじり傷つけば肩を貸して慰め、背中を支えて励ます。
どちらにも小さいながらも、仲間意識を基盤とした社会性ってぇのが徐々に、醸成されとるんと違うかな?
此れが更に、ドンドンと大きくなれば……。
社会ってぇのんは、人の数だけ拡大して行くモンやからさ!
何も<冒険者>らしく大規模戦闘するだけが、新しい友達を百人も作る手段やないやろう?
ワシらは今の現実では、<冒険者>ではあるけれど。
元の現実では、単なる“社会人”であり、“一般人”でしかないんやから。
めっちゃ凄い身体能力を持ってはいるけれど、心までは強化されてへん。
今はまだ、誰しもが“冒険者ごっこ”に我を忘れて勤しんではいるけれど。
三ヵ月後、半年後、あるいは一年後。
変わらぬままに、帰れぬままに今の現実が続いていたとしたら……。
皆、どーするんやろ? 皆、どーなるんやろ?
相も変わらずノホホンと、<冒険者>のまんまで居続けてられるんか?
幸せに、夢を見たまんまで居てられるんかね?
ワシはまぁ、元の現実で生きていた頃から、違和感と諦観を何となーく保持していたから、今の現実も“こんなモンか”と受け入れているんやけどね。
世の中、ワシみたいに頓狂なヤツばかりやないやろう。
そんな時。
夢から覚めて、現実を直視しなアカン時が来たら。
皆、耐えられるか?
恐らく一人ぼっちじゃ無理やし、仲間が居らんと立ち上がられへんで?
社会って基盤がなきゃ、肉体は元気でも、心は冷たい土の中に、やで。
例え、使い古したバンジョーを弾き語りをした処で、なーんも解決せぇへんしな。
元々、弾かれへんし。
かと言って、裸踊りをしても神様が出て来て問題解決、なーんて事が起こるはずもあらへんしなぁ。
……此れから一体どーするかねぇ? ……どーなるかねぇ?
思いつきで始めた、野球やけれど。
もしかしたら何かの奇貨になってくれたら……面白いけどなぁ。
此のままやと精神が、ヴァンパイアみたいに生き腐れてしまうでなぁ……。
「アンパイア! レオ丸法師! 早く試合を再開するワン!」
ほえ? ……おや、まぁ、こいつぁミステイク!
いつの間にやら、沈思黙考してたわさ。
ざっと深海五千メートルくらいは、黙して沈んでしもうてたかな?
いやいや、誠に申し訳なくもアイムソーリー、Je suis désolé。
「ほな、プレイ!」
ワシはYatter=Mermo朝臣君に頭を下げ、序でに方々にも頭を下げてから、試合再開を宣言する。
耳を澄ませるまでもなく、一塁側スタンドの応援団はエンドレスで、山本正之御大の名曲を歌い続けとった。
マウンドを見れば、セットポジションで立つ璽叡慧賦螢のお嬢さんは、どうやら落ち着きを取り戻してるみたいや。
三塁ランナーへ意識を払ってから、素早いモーションで投げ込むボールは威力が衰える事なく、一瞬でキャッチャーミットへと収められる。
捕球音が鳴り響き、空気だけを叩くバットのスイング音が、遅れて重なった。
……また一段と早くなったんと違う?
二球目も同じように振り遅れる、Yatter=Mermo朝臣君。
ボールは全てストライクゾーンに収まってるさかいに、見逃したとしてもカウントは悪くなるだけやし。
そして、三球目。
投げ込まれた豪速球は、バットを圧し折らず、バラバラに粉砕してキャッチャーミットへと収まる。
アウトのコールをしながら一塁ベンチへと視線を送ると、此方を向いていた聖カティーノ君が小さくガッツポーズをしていたが、ワシの眼差しに気づくや気まずそうに目を逸らしよった。
有言実行は褒めたろう、せやけど……。
ホンマに砕いてどーすんねん!?
戦棍かマヤのマクアフティルでも用意せんと、こんなん打ち返されへんで?
「代打! 黒渦ッ!!」
呆れたように首を振り、肩を竦めつつベンチへと戻るYatter=Mermo朝臣君と入れ代わりに、琵琶湖ホエールズ同志が飛び出して来て叫んだ。
ミスハさんに転送しながら目を向けりゃ、ヒョロリとした何とも頼りない姿がバットを提げてトボトボと現れる。
其の背中を、どやしつけるテイルザーン君を伴いながら。
……此の回で決着をつけるつもりなんやな、ナゴヤ・ドレイクスは!
此の二人が出場したら、ベンチ登録の全員が出番を得た事になる。
所謂、電車代まで注ぎ込む博打勝負ってヤツやな。
ほしたら、ミナミ・タイランツ側はどう受けるんかな?
正面から受け止めるんか? それとも、軽くサラッと受け流すんか?
黒渦君もテイルザーン君も、本日唯一の本塁打をかっ飛ばした虎千代THEミュラー君と同じ、<武士>やさかいに。
バットを折られながらも三塁打を放った、<守護戦士>のCoNeST君と同じ前衛職やねんから、な。
相変わらずオドオドした様子で、打席に立つ黒渦君。
……段々とイライラしてきたなぁ。
いつまでモッチャリと、チンタラポンタラとウジウジしとんねん?
って言うても、詮ないか。
訳も判らず状態やったとは言え、<大地人>を殺した直後に、<冒険者>に殺されとるんやモンなぁ。
……殺したワシが、他人事みたいに言うてたらアカンか?
『涅槃経』に曰く、“慚愧無ければ畜生と為す、慚愧有るが故に、名づけて人と為す”。
“慚”ってのは、人に対して恥じる事で、“愧”とは天に対して恥じる事。
恥を知る事は大事な事やねぇ……、恐れる事と同じくらいに。
黒渦君が、恥じてるんか恐れてるんかは正確には判らへんけど、凡そならば想像する事が出来る。
ワシも恥だらけやし、ろくでなしの人生を過ごしとる。
<大災害>発生以降は、“社会人”としての歯止めをなくした<冒険者>稼業をしとるせいか、逸脱度合いが悪化しとる。
殺される事は兎も角、殺す事に対しては忌諱感が薄れて来たような気がするわ。
此の世界は、<冒険者>は、命の尊厳とは縁薄いんかもしれへんね?
だからこそ。
羞恥心、恐懼する事、尊崇の念を、忘れたらアカンのやろうなぁ。
「ボールは友達だ! 怖がるな!」
……はぃ~~~い!?
三塁コーチ役の筑紫ビフォーアフター君が不意打ちで、とんでもない台詞を打ち込んで来よった。
ソレは確かに名言やけど、今はサッカーやのうてベースボールやで?
しかも、アームストロング砲か国崩しの撃ち出す砲弾みたいな友達なんざ、願い下げやし御免蒙るでワシは。
更に言うたら。
友達とのコミュニケーション・ツールに、蹴飛ばし行為や鈍器による打撃やなんて、どんな殺伐とした交友関係やねん?
……翼君ってもしかしてもしかすると、結構ヤバイ子なんかもしれんなぁ。
なーんて事を思っていたら。
グワシャッ!
何とも嫌な、柔らかいモノと硬いモノが同時に潰れる音がした。
翻筋斗打って倒れ伏す、黒渦君。
左手首が何ともエグイ感じで、あらぬ方向へと曲がっている。
其れを確認したワシは、一塁方向を観ながら獅子吼したった。
「ほたえんな! タダのデッドボールや!」
ぶつけた後のぶつけられで、すわ報復かといきり立つナゴヤ・ドレイクスの面々。
先頭切ってダッグアウトを飛び出そうとしていたが、ワシの一喝で出鼻を挫かれたんか、つんのめってすっ転ぶMIYABI雅楽斗朝臣君。
其れに巻き込まれて、ホームのダッグアウトはシッチャカメッチャカになってしもうたけど、乱入乱闘の気分は壊れたからエエやろう。
〔 只今より、負傷致しました選手の治療を行いますので、暫くお待ち下さい 〕
控え室から押っ取り刀でやって来た、救護班役のトリリンドル・オーヤマ嬢に居場所を譲りつつ、脂汗を流して蹲る黒渦君を上から覗き込んでやった。
「ラッキーやったなぁ、黒渦君!
元の現実やったら再起不能かもしれへんけど、今の現実の今の体やったらば、瘡蓋も残らへん程度の掠り傷やで?」
トリリンドル・オーヤマ嬢のかける<回復魔法>で生じた暖かな光が、黒渦君をスッポリと包み込む。
見る見る内に折れ曲がった……いや拉げた手首が元通りに復元された。
マウンドを降り、間近で跪いていた璽叡慧賦螢のお嬢さんの蒼白やった顔色にも、安堵感と朱色が差す。
ジョージ・マッケンG君も安心したように、大きく息を吐きよった。
そんで。
黒渦君は……立ち上がろうとせず、蹲ったまんまで居る。
治療を終えたトリリンドル・オーヤマ嬢が肩を竦め、口元だけ渋面をした。
しゃーないなー。
優しい言葉でミナミ・タイランツのバッテリーをマウンドへと追い遣ったワシは、徐にしゃがみ込んだ。
両軍ベンチへも聞えよがしが届くように、声量を調節して語りかける。
「体の傷は治っても、心の傷は治らへんってか、黒渦君よ?
いつまで痛みの余韻に浸ってるつもりや?
トンズラこいた先で、モンスター軍団を相手に自暴自棄してたんは、一体どーゆー了見やってん?
鬱憤晴らしを兼ねた、盛大な自傷行為やったんか?」
出来るだけ選んだ言葉を投げかけると、黒渦君の背筋がビクリとさせて、俯いていた顔を此方へと漸く向けよった。
……まるで、舞台上で呆然とするキャリーみたいな表情やね?
ほな遠慮なく、豚の生き血をもう十リットルばかし、派手にぶっかけたろか?
「いつまで呆けた、湿気った面しとんねん!
金色堂に安置された藤原泰衡公かて、もうちょいマシな顔してんぞ。
此の世界は、責任を果たさん限り互助は求められんし、求めた処で公助は何処にもあらへんねんぞ。
自助が出来ひん奴は奴婢以下ってぇのが、此の世界のセオリーや。
立ち上がれん奴は、“路傍の石”と同じ扱いやし。
歩く事すら出来ひん奴は、“車輪の下”でペシャンコにされても文句言われへん立場に甘んじるしかないんや。
ソレでもエエなら、“虐げられた人々”っぽい仮面を被って、ずーっと何処かでグータラと寝そべっとけ。
“罪と罰”を背負い続ける覚悟が、ないんやったらな!」
「法師! 流石に言い過ぎでっせ!」
「黙っといてんか、テイルザーン君!
自分はコイツの代わりに、代走で出なアカンのやろう?
さっさと一塁に行っといてんか。
なーんせ、コイツは全力で戦い続ける自分らと違って、さっさと盤上から退場しようとしとるんやからさ。
……ミナミから逃げだした時と同様、此のナゴヤからもチンタラポンタラと、またもや現実逃避するつもりやねんからさ!」
「……逃げない」
「はぁ!? 聞こえんなぁ!!」
「僕はもう、逃げない……絶対に!!」
意外としっかりとした声を発した黒渦君は、真っ赤にした目でワシを睨みつけながら、漸く立ち上がってくれた。
ああ、……しんど。
立ち上がれる元気があるんなら、とっとと立ち上がらんかいな。
ホンマ、世話の焼けるやっちゃなぁ……って。
……いや、そーやないなぁ。
……コレが、黒渦君みたいなんが……普通なんやろうなぁ。
「デッドボール! 打者は一塁へッ!!」
ユーリアス君や、ユストゥス君と其の御友達。
どーしても、彼らを基準値で考えてしまうけど。
よー考えたら、……彼らの方が、ちょいと異能なんやもしれへんなぁ?
独立不羈、あるいは……超然主義ってゆーんかな?
エンちゃんやカズミちゃん達も、交わした言葉や口調が発する雰囲気からすりゃ、彼らと似たような意識を持っているけどソレに未だ、気づいてへんだけなんやろう。
他の面子もみーんな、汗掻きベソ掻きして足掻きながら今の現実を、どーにか受け止めようとし、改善をしようとしとる。
ソレを集団でやろうとしてんのが、<円卓会議>とやらと<Plant hwyaden>なんかねぇ?
合議制と独任制と、遣り方は各々違うけれど。
個人や少人数で実践する分には問題なかろーが、黒田清隆や伊藤博文みたいに議会で実施の旨を発したら、豪い事になってまうで?
「投手に警告ッ!!」
顔を上げ、背筋を伸ばして胸を張り、一塁へと歩き出した黒渦君。
マウンドに戻った璽叡慧賦螢のお嬢さんは、坊やから青年へと脱皮しかけた其の横顔に、帽子を取って深く謝罪の一礼をする。
ジョージ・マッケンG君も一緒に頭を下げてから、此方へと戻って来よった。
……まぁあんだけ罵倒したったら、ナゴヤの遺恨はミナミには行かへんやろう。
「“不況の苦しみを最も残酷に受けるのは、労働者階級である”。
労働者階級と同じく、……憎まれ役も大変よの、同志?」
いつの間にやら傍らに、琵琶湖ホエールズ同志が居やはった。
「代打、テイルザーン」
そう言い残すと、ニヤリと意味ありげな笑みを残しベンチへと去り行く際に、バットを肩に担いで立ち尽くしているテイルザーン君の尻をポンと叩く、余裕まで見せはる。
ははは……こりゃ参ったね、ぜーんぶ御見通しでっか。
琵琶湖ホエールズ同志みたいな御人らが、井上毅や伊東巳代治や金子堅太郎になるんなら、まぁ大丈夫かな?
「“ビスマーク流の專制政治を我邦に施さんとする”ってな心配は、せえへんでもエエんかなぁ?」
「何ですか、そりゃ?」
「ああ、単なる寝言や。テイルザーン君は、気にせんでエエから♪」
「はぁ……」
〔 五番、モゥ・ソーヤーに代わりまして、テイルザーン。
ピンチヒッター、テイルザーン、背番号90 〕
テイルザーン君は打席に入るや、地面を爪先で軽く掘り返し、足場を作る。
……酒飛沫は、ないんかいな?
そいつぁ残念やけど、まぁエエか。
“諦めたら其処で試合終了や”とは言うけれど、今は九回裏の一死一、三塁で、一打同点、長打でサヨナラ。
とは言え、一点差負けでも、同点延長でも、逆転勝利でも、後アウト二つ分の余裕があるからな。
「ほんなら、どちらさんも宜しいかいな?
再開しまっせ。……プレイ!!」
マズロー先生の理論を使用させて戴いた分、試合を終わらせきれませんでした。
ついついと、余計な事で脱線転覆崩落瓦解するのが、拙著の本道であると諦めの心が夜空を過ぎる今日此の頃。
どうぞ、反面教師の他山の石として下さいませ(平身低頭)。
次回は、決着!編ですので。
此れで試合終了しなきゃ、ドカッとした弁当を食べる少年が主人公の高校野球漫画でやすからね♪




