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第肆歩・大災害+60Days 其の参

 此の期に及んで、新キャラを二人も出させて戴きました。

 つっても、名前だけですけどね(苦笑)。

 お気に入りユーザーに登録戴き、誠に感謝です(平身低頭)。

 カーン!


 山ノ堂朝臣君がバットを鋭く振り抜いた瞬間に、ワシは慌てて定位置から大きく跳び退った。

 打球が真っ直ぐな軌跡と、後方への弧を宙に描いたからや。

 キャッチャーマスクを脱ぎ捨てたジョージ・マッケンG君が懸命に追うも、打球はバックネットに……正確に言うたらバックウォールに当り、ボールデッドとなった。

 残念ながら、ネットを張る時間的余裕がなかったからやねんけど。

 今からしたら、魚網を張るって手があったよなぁ。

 まぁ、塀が充分な高さを持っとるんで、モーマンタイやけどね。

 さて此れで、スリーボール・ツーストライクの、フルカウントや。

 ファールを打つんは、此れで三球連続。

 ノーツーから空振りして、更にボールを挟んでからのファール打ち。

 最初はレフトポール際の大飛球やたけど、其の後は二球共にバックウォールへと飛ばしよった。

 ファールが前ではなく、後ろへと飛ぶんはタイミングが合うとる証拠、ってのは所謂“野球あるある”や。

 さぁお次は前に飛ばすかな? って思ったら、バッテリーは山ノ堂朝臣君との勝負を諦めよった。

 ジョージ・マッケンG君はホームの真後ろから横に大きくズレて、投じられた山なりの、見え見えのボール球をサラッと受けよる。

 敬遠策かぁ……うんまぁ、賢明な判断かもな?


「ボール・フォア、テイク・ワン・ベース!」


 山ノ堂朝臣君はちょっと残念そうな顔をして、一塁へと小走りで進む。


〔 五番、虎千代THEミュラー、背番号23 〕


 さて、二死一、三塁の場面。

 ナゴヤ・ドレイクスのクリーンアップ・トリオの、最後の一人の登場や。

 登場やねんけど……ネクストバッターズ・サークルでの素振りが、何や固いなぁ。

 やっぱ昨日の、ボール破壊の影響かねぇ。

 ベンチから声援を飛ばしている(サン)カティーノ君と、ベンチの隅で何がしかをノートに記帳している志摩楼藤村君達の努力で、ボールの強度は格段に上がったから、もうそうそうは木っ端微塵にはならんと思うけど。

 ありゃ、……やっぱガチガチやなぁ。

 あっという間にツーナッシングと追い込まれてしまう、虎千代THEミュラー君。

 トラウマになってしもうたんかな?

 結局。

 中途半端なフォームでスイングし、セカンドゴロでチェンジやった。

 折角のチャンスをモノに出来ず意気消沈する、一塁側。

 初回のクライマックスは、敢えなくエンドでありんした。


 折角のチャンスが潰えた影響を引き摺るかと思いきや、二回の表を難なく三者凡退で治める@ゆちく:Re朝臣君。

 ミナミ・タイランツの打者三人は、全て外野へと打球を飛ばしたけど、MIYABI雅楽斗朝臣君、多岐音・ファインバーグ朝臣君、虎千代THEミュラー君の外野陣が危なげなく全て処理しやはった。


 二回の裏。

 六番の頭文字ファンブル君は四球で出塁するも、七番の多岐音・ファインバーグ朝臣君は、三振。

 八番のシュヴァルツ親爺朝臣君は、ショートゴロであわや併殺打になりかけたが、<暗殺者>の俊足を活かして一塁に残った。

 続く@ゆちく:Re朝臣君は初球を簡単に打ち上げて仕舞い、スリーアウト。


 試合は淡々と進んでいきよる。

 三回以降も、ランナーが塁上を賑わすけれども、両チームの好守に阻まれて本塁を踏む事が出来ひんでいたが。

 六回の裏。

 遂に、試合が動きよった。


 初回はチャンスで、四回は先頭打者として打席に入ったものの、中途半端な打撃で結果を出せなかった虎千代THEミュラー君が、ベンチを出ようとした時。

 ナゴヤ・ドレイクスの監督さんの琵琶湖ホエールズ同志が、今一つ覇気のない五番打者を呼び寄せて、腰を抱きかかえた。

 ……ホンマは肩を抱こうとしたんやろうけど。

 トールキン御大の名作に登場するエルフとは仲の悪い種族と、栗本薫大先生の未完のファンタジー小説の主人公みたいな屈強な人物とでは、身長差があり過ぎるモンな。

 腕を引っ張りしゃがませて、何やらボソボソと耳打ちをしとる。

 ……うん?

 態々と直に喋らんでも、念話を繋いだらエエんと違うん?

 って思うた途端に、昨夜の事を思い出した。


 実は昨日の夕方から、試合についての最終打ち合わせをしたんやわ。

 出席者は、ワシを含めた審判団と、ナゴヤ・ドレイクスとミナミ・タイランツをそれぞれ構成する全員と、ミスハさんを含めた裏方要員のみ。

 其の際に。

 ホウトウシゲン君に用意してもろうた<統一契約書>に、試合に関わるベンチメンバー全員の署名を求めたんやけどね。


“試合中に魔法は使うな”

“特技も発動させんな”

“審判の判定に従え”


 たったの三ヶ条を記しただけの、誓約書もどきの契約書。

 とは言え、強制力はコレっぽっちもあらへん。

 口約束と同程度の、強制力しかね。

 だもんで、魔法や特技を使われても、“違反したらアカンやん!”って警告を口にする事くらいしか出来ひん。

 せやけどワシには、ソレで充分やった。

 絶対に遵守して欲しい訳やのうて、常に意識しといて欲しかっただけやから。

 まぁ、偶発的やとワシが判断したモノに関しては、目を瞑るつもりやし。

 ルール違反に関しては野球規則に照らし合わせて処分するし、余りにも酷いなぁと思ったモノに関してはペナルティを科すつもりやけど。

 今ん処、ナゴヤ・サイドもミナミ・サイドも、かなり意識しとるみたいやねぇ。

 念話くらいじゃ、咎める気なんざ更々ないけどな。

 でもまぁそんだけ、参加者全員が“ちゃんとした野球をしよう!”って思うてくれとるんやろな。

 嬉しいねぇ、有難いなぁ。

 鶏口牛後……いや、超人的野球をするもファンタジーなベースボールをする勿れ、やな?


 おや?

 一塁側ベンチから足踏みが? ……其れに手拍子も?

 お、スタンドからはリズミカルな音楽が!

 ……どっかで聞いた事あるなぁ、って思っていたら。

 ダッグアウトのど真ん中に陣取っていた<吟遊詩人>のエルフっ娘が立ち上がり、フィールド内に美声を響かせ出しはった。

 其れは、ブライアン・ヘルゲランド監督がメガホンを取った、中世騎士道物語のテーマソング。

 正確には、イギリスの四人組ロックバンドの世界的ヒット曲や。

 ドンドンチャ、っと床を二回踏み鳴らしてから、手拍子一つ。

 心の奥底から沸き立つ、いや沸き立たせる其のリズムに讃えられて、虎千代THEミュラー君がナゴヤ。ドレイクスの同志監督に尻を叩かれ、景気よく送り出されよった。

 琵琶湖ホエールズ同志の補佐をする、ホウトウシゲン君と駿河大納言錫ノ進君にも肩を叩かれとる。

 先にベンチを離れ、ネクストバッターズ・サークルに居た頭文字ファンブル君が、振り回していたマスコットバットを地面に置き、拳を突き出して虎千代THEミュラー君の拳と軽く合わせよった。

 四回裏に凡打した後の、しょぼくれた顔は何処へやら。

 虎千代THEミュラー君は胸を張り、爪先でバッターボックスの土を力強く削る。

 そして。

 MAD鬼射雄君が投じた初球は、実に不用意な一球やった。

 異様に盛り上がるナゴヤ・ドレイクス側の雰囲気に呑まれたのか、球速は兎も角、球威とコースが今一つ。

 最前までとは見違えたフルスイングが、ボールを力強く叩く。

 バットを宙へと放り投げた虎千代THEミュラー君は暫くの間、ボールの行方を見詰めていたが、やがてゆっくりと、一塁ベースへ走り出した。

 絶妙な角度で天へと打ち上げられた打球は、横から見ていたら恐らく、何とも綺麗な放物線を描いている事やろう。

 一瞬や刹那よりも長い長い滞空時間を経て、ボールはスタンドの上段へと消えて行った。

 まぁ、あんだけ高く舞い上がったら、ジャンプくらいじゃ届かへん。

 ……魔法か特技か使うて、空でも飛ばへん限りなぁ。

 あ、線審の究極検閲官R君が、ライト・フェンスの下で手拭いをグルグルと廻しとる。

 ……首まで廻さんでもエエんと違う?

 ってな事を思っていたらば。

 ダッグアウトもスタンドも、一塁側は上下一体となってお祭り騒ぎを始めよった。

 昨夜の打ち合わせの後、<大地人>達そっちのけで、<冒険者>のみで開催した前夜祭という名の宴会みたいに。

 黄色いのんも混じった歓声と盛んに叩かれる拍手は、<冒険者>だけやなく<大地人>もしているみたいやな。

 ふむ。

 少しずつ、野球ってスポーツの応援の仕方が、判ってきたみたいやね?

 矢鱈と派手な法被を着込み、頭に捻り鉢巻をしたナゴヤ・ドレイクスの応援団長を務めとる、若葉堂颱風斎君が両手に持った日の丸柄の扇子とホイッスルで煽り立てとる、ってのもあるんかもしれんけど。


 スタンドの観衆達、其の多くは<大地人>やけど、彼らの近くには選手に選ばれなんだ<冒険者>達が左右の観客席に別れて、疎らに混ざっとる。

 でっかいビア樽を背負って売り子のお嬢さん方の手伝いをしとる、DRAGOON-ww2君みたいに。

 ナゴヤでの安住を守ろうとしとる者達と、ナゴヤを強制接収しに来た者達も。

 更に昨日の午後から、新たにミナミから派遣された<冒険者>が加わった。

 連れて来たんはミスハさんで、連れて来られたんは元<トリアノン・シュヴァリエ>のメンバー達。

 役割は、<大地人>のお偉いさん達の警護を含めたエスコート。

 華国から来訪した冒険者達と無事に渡りをつけてから、ミスハさんは己の手足となる者達を幾人も伴って来やはった。

 彼女らは今、売り子としてスタンドを巡ったり、イセ斎宮家公子達の傍に侍っている。


 おっと、いかんいかん、虎千代THEミュラー君が三塁を通り戻って来た。

 ホームベースをキチンと踏んだのを確認してと、ほい、ホームイン。

 ナゴヤ・ドレイクス、先制点を獲得っと。

 バックスクリーンの得点掲示板に、“1”という数字が記されたパネルが貼りつけられる。

 其れを見て、更に湧き上がる一塁側応援団。

 ダッグアウトの前、チームメイト総勢で出迎えられ背中や肩を目一杯叩かれ、激しいお出迎えに笑み零れる虎千代THEミュラー君。

 そして琵琶湖ホエールズ同志や山ノ堂朝臣君とガッチリ握手してから、スタンドへと振り切れんばかりに大きく手を振る。

 スタンドの、ナゴヤ在住の冒険者達はスタンディングオベーションで、虎千代THEミュラー君の功績を讃えた。

 ああ、エエ風景やねぇ。

 ワシが“野球をしよう!”って思うた理由の一つは、こーゆー風景を観たかったからや。

 おや。

 三塁側ベンチが動きよった。

 ダッグアウトを出て来たんは、監督を務めてる太刀駒君と補佐役のマイク★ニンベン君の二人。

 ワシの方へと歩み寄る太刀駒君は、苦虫を噛み潰したような表情をしながらも、何処か楽しそうな顔をしていた。


「ピッチャーの交代か?」


 マウンドへ向かうマイク★ニンベン君よりも先に、MAD鬼射雄君の元へと駆けて行くジョージ・マッケンG君の背中を見ながら、ワシが問いかけると。


「いやぁ、見事に打たれましたわ。……此れ以上、打ってもろうたら困りますんでね」

「誰にするん?」


 ワシは、ポケットから両軍の登録選手一覧表を取り出した。


「谷間ノ伏魔、ですわ」

「了解。あ~、ミスハさん、ミスハさん、聞こえてる?」

「Aye、Aye! 感度良好ですよ、法師!」


 試合開始直前から繋ぎっ放しだった念話で呼びかけたら、実にクリアな声が返って来る。


「ってな訳で、ミナミは投手を交代、谷間ノ伏魔君や」

了解(テンフォー)!」

以上(テンテン)!」


〔 ミナミ・タイランツの、ピッチャーの交代をお知らせ致します。

  MAD鬼射雄に代わりまして、谷間ノ伏魔、背番号12。

  ピッチャー、谷間ノ伏魔 背番号12 〕


 ミスハさんのアナウンスが場内に流れ、MAD鬼射雄君がダッグアウトへと下がった。

 虎千代THEミュラー君と違い、<Plant hwyaden>のメンバー達は慰めるように労うように、先発投手を迎え入れる。

 大股で自陣に戻った太刀駒君が、悄然とベンチの隅に座るMAD鬼射雄の横にドッカと腰を下ろし、何がしかを話しかけ出した。

 ……挫けた者に対して憐れみも蔑みもない其の風景も、ワシが見たかった風景や。

 ふと、野村克也御大の言葉が、脳裏に浮かぶ。


“人間のやる事ですから、大差はない。自信を回復させてやればいいだけの事です”


 至極、名言やな。

 ナゴヤ側は、虎千代THEミュラー君の自信を回復させた。

 其れは言わば、“ピグマリオン効果”ってヤツやろう。

 他者からの期待や励ましに起因する、個人の成績や状況に対する認知のポジティブな変化、の事やね。

 ミナミ側は、今まさにMAD鬼射雄君の自信を回復させようとしとる。

 うん。

 仲間やねんもん、当たり前やな。

 <大災害>直後は、その仲間って範囲が滅多矢鱈と狭かったけどや。

 今は其れが少しずつ拡大しとる。

 此の気持ちがもっと広がれば、無用な軋轢や酷過もなくなるんやが……そいつぁちょいと高望みに過ぎるかね?

 元の現実で出来ひん事が今の現実で達成出来る、そんなはずないわな。

 世の中そんなに甘くはないもん。

 でも、まぁ……多少は人間らしくならんとな。

 <冒険者>は、豺狼でも禽獣でもないんやから、さ。

 『ソドムの百二十日』に記された世界を、再現されても困るしな。

 さてさて。

 谷間ノ伏魔君の投球練習も終了したし、試合を再開しようか。


「プレイッ!!」


 ナゴヤ・ドレイクスの守備の要、ショート・ストップの頭文字ファンブル君とセンターの多岐音・ファインバーグ朝臣君は、あっさりと凡退してしもうた。

 MAD鬼射雄君は右のオーバースローやったけど、谷間ノ伏魔君は左のサイドスローやからなぁ、勝手が違い過ぎてアジャスト出来ひんかったようや。

 処が、次打者のシュヴァルツ親爺朝臣君は違った。

 ツーナッシングから粘りに粘って、四球での出塁。

 すると今度は、一塁側ベンチが動いた。

 琵琶湖ホエールズ同志が、ネクストバッターズ・サークルに居た@ゆちく:Re朝臣君を呼び寄せ、“お疲れさん”と声をかけベンチに下げる。

 ホンで、ワシの方よりも三塁側に聞こえるように、大声でコールしやはった。


「代打! 筑紫ビフォーアフター!」


 筑紫ビフォーアフター君はダッグアウトから現れるなり、グルグルと頭上でバットを大きく振り回す。

 見るからに一騎当千の(つわもの)の登場に、スタンドにどよめきが走った。

 ……ベンチから出て来た多岐音・ファインバーグ朝臣君が、筑紫ビフォーアフター君の頭から鍬形の前立ても勇ましい筋兜をヒョイと外し、小脇に抱えていたヘルメットを被せる。

 再びスタンドがどよめきよったけど、……其れは何のどよめきなん?

 一騎当千の(つわもの)から、如何にも打ちそうな強打者へと雰囲気を変えた筑紫ビフォーアフター君は、何事もなかったかのように平然とバッターボックスの足元を均す。

 今、手元にハリセンがないのが、何とも悔しい気がするわ!

 送り出した、打撃コーチ役の駿河大納言錫ノ進君はよほど自信があるんか、喜色満面でスコアラー担当の志摩楼藤村君に話しかけている。

 笑顔で送り出す前に、キチンと身形を整えといたらんかい!

 まぁ……兜を被った出で立ちに、何の違和感もなかったんは確かやけど。

 ジョージ・マッケンG君が立ち上がり、マウンドへ駆け寄り三塁側ベンチから発せられるサインを確認しながら、谷間ノ伏魔君と打ち合わせを始めよった。

 勝負をするんか、避けるんか。

 するにしても避けるにしても、バッテリー間の意志が一致してへんかったら、どエライしくじりに繋がるさかいに、な。

 スタンドからの声援はヒートアップする一方やし、やり辛いやろうなぁ。


 結局、勝負は避けられよった。

 さぁコレで二死一、二塁。

 再びナゴヤ・ドレイクスが動いた。


〔 バッター、MIYABI雅楽斗朝臣に代わりまして、代打、†ばる・きりー†。

  代打、†ばる・きりー†、背番号40 〕


 此処が攻め時や、と決断したんかナゴヤ・ドレイクス首脳陣は。

 昨日の練習の時に打てるって事を証明しとったし、MIYABI雅楽斗朝臣君のラッキーに賭けるよりは†ばる・きりー†さんの確実性で勝負を挑むってのは、まぁ悪くない決断やろ。

 って思ったが。

 やはり、練習と本番は違うたようやった。

 昨日に比べたら、必要以上に力の篭ったスイングは、谷間ノ伏魔君のスライダーを引っかけてしまい、敢えなく内野ゴロに。

 数少ないチャンスを失ったナゴヤ・ドレイクスやけど、先制点を奪ったって事は大きい意味を持つわな。

 せやけど先制点を奪われ、最大のピンチを迎えようとしていたミナミ・タイランツも、最少失点で切り抜けたってのも大きい意味を持ちよる。

 果たして、どちらの意味合いが大きくなる事やら。

 あっと、そうそう。

 ナゴヤ・タイランツは代打を出した都合、選手を交代させて来た。


〔 ナゴヤ・ドレイクスの守備の交代を、お伝え致します。

  †ばる・きりー†に代わりまして、ユキダルマンXが入り、レフト。

  筑紫ビフォーアフターに代わりまして、北田向日葵朝臣が入り、ピッチャー。

  一番、レフト、ユキダルマンX、背番号38。

  九番、ピッチャー、北田向日葵朝臣、背番号18 〕


 お、右のサイドスローか。

 へへぇ……中々エエ球を投げんなぁ、早いボールをポンポンと。

 先発と同じ右投げでも、@ゆちく:Re朝臣君はスリークォーターからの技巧派やったしな。

 コースで打ち取るタイプから、球速で押すタイプに替わったから、結構難儀するかもねぇ、ミナミタイランツ打線は。

 ってな事を評論家目線で考えてたら、三塁側スタンドから嫌になるほどに聞き慣れた特徴的なフレーズが掻き鳴らされた。

 やたらめったら底抜けに明るいイントロ部分から、や。

 大阪在住の、いや関西在住ならば何処でも其処でも聞かされるし、歌詞の一番だけは間違えずに絶対歌える其の応援歌。

 通称の方が有名やけど、正式名称は『阪神タイガースの歌』と言う。

 1935年に佐藤惣之助氏が作詞し、古関裕而氏が作曲した時の曲名は『大阪タイガースの歌』やってんけど、1961年に球団名が変更された際に曲名も変更された。

 因みに、六甲颪ってのは一年中吹き降ろしとる六甲からの山風やけど、シーズン中に甲子園球場に吹きつける主な風は浜風やったりする。


 余談やが。

 播磨の国の古刹に、書写山圓教寺がある。中世には比叡山・大山と並んで天台の三大道場とされた大寺院やけど。

 西国三十三箇所巡りのメインでもあるんで、昔から貴賎を問わず参詣者が多いんやね。

 で、……人が集まる処には、必ず色町が出来るんやわさぁ。

 だもんで、書写山に参詣した人が其の侭、色町に流れて行く様をとある言い方で称したんやね。即ち、“筆下ろし”と。

 ……って嘘八百をほざいたら、結構な人が信じたんで吃驚した事があった。

 世の中から詐欺がなくならへんはずやなぁ、全くね?

 人を騙すんって、何て簡単なんやろうと思ったわさ、ドット払いcom♪


 そんな戯言はさて置いて、と。

 おやおや。

 気がつきゃ、北田向日葵朝臣君の投球練習が終わってるやん。

 ……ジェット風船があらへんさかいに、スタンドは三番まで歌うとるけど。

 さぁ、七回の表、ミナミ・タイランツのラッキーセブンの攻撃や!

 ありゃ?

 今度は三塁側が、代打攻勢かいな。

 六番打者から連続で、新しいバッター送り出しよる。

 北田向日葵朝臣君は其れでも、球威でグイグイ押して二人を簡単に打ち取りよった。

 処が、ぎっちょんや。

 其の球威と球速が、仇となってしもうた。

 八番打者の代打で出て来たドン亀カナモリン君が、迫り来る速い球を軽い感じで避けようとしたんやが。

 其れは、速球やのうてスライダー、やったんや。

 スパコーンってな間抜けな音を立てて、ドン亀カナモリン君のヘルメットが宙を舞う。

 本人は何とも見っともない有様で、尻餅をついとるけど。

 ああコレは……宣告せな、しゃあないなぁ。


「デッドボール! バッターは一塁へ。

 ピッチャーは、頭部への危険投球につき、退場!」


 公認野球規則では、故意の死球は即退場と宣告出来るが、頭部への死球が即退場になるとは規定されては、ないんやけど。

 但し、プロ野球や高校野球などのアマチュア野球でも、合意事項(アグリーメント)として頭部への死球は、危険投球として退場処分とされている。

 まぁ、ワシらは<冒険者>やし、頭部にボールを当てられた程度のダメージ食らった処で、死にはせぇへんし大した怪我にもならへん。

 元の現実では、再起不能や死亡原因にもなったりするが。

 此処でのワシらは、不死身やからなぁ。

 けど、此処まで一生懸命に舞台や小道具を用意しといて、規則だけを適用しないなんて事はワシらには出来ひんかった。

 だもんで、昨夜の打合せの際にも公認野球規則にない幾つかの事を、合意事項(アグリーメント)として全員で了解する事にしたんや。


 今のデッドボールは、打者が本気で避けようとすれば、避けれたボールやと思うけど。

 投手が、打者の顎から下のゾーンに投げ込んでたら、起こらんかった事でもあるわいなぁ。

 ふと、マウンドを見れば。

 北田向日葵朝臣君が帽子を脱いで謝罪の意を表した後に、がっくりと項垂れてしゃがみ込んどる。

 ワシの宣告には、両軍共に異を唱える事も物言いをつける事もなかった。


〔 ナゴヤ・ドレイクスの、ピッチャーの交代をお知らせ致します。

  北田向日葵朝臣に代わりまして、聖カティーノ、背番号16。

  ピッチャー、聖カティーノ、背番号16 〕


 ドン亀カナモリン君は、駆けつけた場内救護班のトリリンドル・オーヤマ嬢に付添われて一塁へと、やに下がりながら歩いて行く。

 ……もうニ、三発当てたっても、ワシは見逃すで?


 さて、そんなこんなで試合再開。

 再開したんはエエんやけど……。

 其処からのナゴヤ・ドレイクスに、悉くツキがなかった。

 緊急登板した聖カティーノ君は、心の用意が出来てへんかったみたいやし。

 打球がイレギュラー・バウンドするテキサス・ヒットに、フライを御見合いする内野安打、そして外野手が目測を誤っての後逸などなど。

 四球も重なり、あっという間にミナミ・タイランツは3点を奪い取りよる。

 傷口を広げないようにと、更にレディ=ブロッサム嬢を投入し、更に森之宮showYa嬢をも継ぎ込んだ。

 結局。

 ナゴヤ・ドレイクスは二つのアウトを取るために一人を、後一つのアウトを取るために、三人もの投手をマウンドへと送り出す羽目になってしもうた。

 正しく、ラッキーセブン……の攻撃やったねぇ。

 三塁側ベンチもスタンドも、ドンチャカドンチャカと大騒ぎしながら一体となっての大合唱。

 恐るべし、『阪神タイガースの歌』の魔力……やな?

 でもまぁ次は、七回の裏や。

 此れからアウトを三つばかし取られるまではナゴヤ・ドレイクスのお時間やし、更に六個のアウトを為すすべもなく取られるまでは試合は終了せぇへんし。

 次は二番から始まる好打順やしな。


“なかなかに 打ち揚げたるは あやふかり 草行く球の とゞまらなくに”


 となれば、好機も生まれるし。


“打ち揚ぐる ボールは高く 雲に入りて 又落ち(きた)る 人の手の中に”


 となれば、勝利は遠退くけどな。

 しかしまぁ、正岡子規御大が句を詠じたり、短歌を吟じたりしたように。

 野球、ってホンマにオモロイわ♪


“久方の アメリカ人の はじめにし ベースボールは 見れど飽かぬかも”

 此の時点で、レオ丸は<筆写師>の能力については把握致しておりません。

 アイテムを使えば、契約書に強制力を持たせられる事は存知でやんすが。

 此の場では、それらのアイテムを手配するのは、無理だろうと。

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