第零歩・大災害+10Days 其の壱
加筆訂正致しました(2014.08.18)。
更に加筆修正致しました(2014.11.17)。
その日の未明。
猫を被ったレオ丸は、ヴァレータウン里道を北の方へブラブラと歩いていた。
ミナミの街の東の城壁に沿い、南北を縦断しているヴァレータウン里道。南端は<紫維の小門>、北端は<紺維の小門>である。
時間帯のせいもあるが、この道もまた人影がない。
元々、大地人が常時利用する道ではない上、この何日かで冒険者達の姿も完全に消えていた。
理由は、<ハウリング>と<キングダム>と<ハーティ・ロード>の、面子を賭けたという建前の、実に子供じみた勢力争いにある。
有能なプレイヤーを強引に加入させようとする、実質は人狩りと言っていい勧誘活動。
自分達以外の全ての冒険者を追い出し、見入りが良いゾーンを一方的に占有する、傲慢な示威行動。
<キングダム>はそれらの行為を積極的に行い、他の二つのギルドは受身の立場ながら行きがかり上、同じ事をしていた。
<甲殻機動隊>ほどの人員と戦力があれば、それらに対抗し圧力を撥ね退ける事も出来る。
しかし中小・弱小のギルドや、ギルドに属さないプレイヤー、或いは生産系ギルドの方からすれば、たまったものではない。彼らは大きく行動を、半ば強制的に制約させられていた。
只でさえ、<大災害>により訳の判らない状態に置かれているのに、更に不自由さを託つのである。
ミナミの街に於いて、冒険者達の鬱屈は日に日に高まっていた。
鬱屈は、心の澱として溜まる一方、何かの形で解消せねば苦しいばかり。
ある者は、それを<PK>で解消しようとした。心の弱い者達は、自分よりもレベルの低い者たちを捌け口として、襲ったのだ。
今、レベルの低い冒険者達は恐ろしくて、近隣ゾーンの狩場へと出掛ける事が全く出来ない。
出掛ければ、たちまち<PK>に遭い、僅かな金品を奪われ、即座に<大神殿>送りとなる。
では、<PK>に襲われない規模の集団を作れば、大丈夫ではないか?
それが出来る者であれば、そもそも単独や少人数で行動せず、最初からギルドを作り、又は既存のギルドに属する事を、とうに選択している。
それが出来ない、したくないプレイヤー達が、<PK>の餌食となるのだ。
結果として、そのような冒険者達はミナミの街の片隅で、日々ジッとして過ごすしかなかった。
別の行動で、その鬱屈から脱しようとする者達もいた。
文字通り、脱出する者達が。
カズ彦達のような義侠心がある強い冒険者達に、道中護衛の依頼という形で助けを求め、大地人が全ての実権を握る古都ヨシノやオーディア、麗港シクシエーレやイーグレット城下町に、安全を得ようと移住を図る。
そして、独自の手段で自力脱出を図る冒険者達も、少数ながら存在した。
遠くから幽かに聞こえる、何かの雄叫び。
其方へと顔を向けたレオ丸は、ゴーグルに手を当てる。
<妖精軟膏>と同じ遠視効果を持つ視覚補正器、<淨玻璃眼鏡>は遥か彼方の空へと飛び行く、<蒼天竜>の雄々しく美しい姿をはっきりと映し出した。
一緒に悠然と羽ばたき天翔る、<鷲獅子>二頭の姿も見える。
「……あの方向やと、アキバまで一直線かな? 空を行ける人らはエエなぁ」
曙と呼ぶには未だ暗い東の空を、数人の冒険者を乗せた三頭の騎獣が、軽やかに雲を越え風に乗る。
「……ようよう白くなりゆくイコマの山際。紫立ちたる、雲の細くたなびきたる、か……」
レオ丸は猫を被りながら、ゆっくりと手を振る。
「ボン・ボヤージ、誰かさん達。その旅路に幸多かれ、苦難少なき事を」
「ふにゃぁぁ」
被っていた猫が、大欠伸をして尻尾を振った。
「ワシらもボチボチ、旅に出たいなぁ。なぁ、マサミNさんや?」
ぐでっと頭にへばり付く黒毛の子猫に、レオ丸は問いかけた。
黒毛の子猫のマサミNは、瞳を閉じたまま、尻尾で答えを返す。
ペシペシと肩を叩かれるままに、レオ丸はもう姿の見えなくなった<脱出組>から目を逸らし、朝の散歩を再開する。
「その前に、明後日のイベントを成功させんとな」
頭上の重みで普段よりも猫背になった、レオ丸の足取りは重かった。
レオ丸は、<エルダー・テイル>に初期から参加しているプレイヤーとして、数々のクエストや大規模戦闘に参加した経験がある。
ヤマトの中では、エッゾ帝国の果てから、南海都市ウチナワの海底まで。
ヤマトを飛び出しては、中国・ロシア・インド・中東・西欧・北欧・北米・中南米の海外各サーバを。
己が望むままに、時には誰かの思い付きに巻き込まれ引き摺られて、あるいは助勢の依頼を受けて、東奔西走・南船北馬と駆けずり回り、強敵を倒しお宝や貴重なアイテムを手に入れ、強敵に倒されトラップに嵌り幾度も落命したりした。
全て、<エルダー・テイル>がゲームだった頃の話だ。
現実のレオ丸は、別に武道の経験者でも無いし、どちらかと言えば運動が苦手であった。
<エルダー・テイル>がゲームからリアルになった今、レオ丸は他の多くのプレイヤーと同じく実感させられた事がある。
冒険者のレオ丸は、プレイヤーのレオ丸とは、別物だという事に。
つまり、幾ら冒険者としての能力が極限値だとしても、プレイヤーとして使いこなせなければ、意味がないという事。
財産が数字でしか存在しない金持ちは、無一文と同じなのだ。
冒険者としては高レベルだが、プレイヤーとしてのレベルはかなり低いと、レオ丸は自己診断している。
まかり間違えば、なまじ豊富なアイテムと金品を持っているだけに、最高の鴨として日常茶飯事に<PK>を受けていただろう。そして厭世観に浸り、終日何処かの廃屋に引き篭もっていたに違いない。
幸いにしてレオ丸には、お金に替えられない財産があった。
長年の経験と知識、それなりの社交性を発揮して作り上げた人脈だ。
ミナミの街はおろか、ヤマトの各プレイヤータウンに沢山の知己がいる。
メイン職が<召喚術師>である事が唯一の加入条件である<モフモフ同盟>、そして<僕のパジェロ!友の会>と<野獣の結社>は何れも、レオ丸の古馴染みが主催していた。
サブ職が<学者>で、年間読書量が300冊を越えないと入会出来ない<大英知図書館学士院>では、<幻獣辞典>と命名され、13人しかいない<ROR>の階位を持っている。
<セルデシア>の矛盾点の数々を、如何に合理的で友好的に解釈出来るかを競う、<せ学会>の創立メンバーとして理事の一席を任されていた。
何れのグループもギルドではなく、オフ会主体のサークルだったが、同好者愛好者としての仲間意識が頗る強い。
彼らとの情報交換は、“三十六計逃げるに如かず”が信条のレオ丸を、常に助けてくれる。
<放蕩者の茶会>の初期メンバーは、戦友と言える者ばかり。
彼らの名を出すだけで、相手の方が勝手にレオ丸の名に箔をつけ、評価を高めてくれた。
例え、その大半が<大災害>時にログインしておらず、ヤマトの地の何処にも居ないとしても。
そして、ナカルナードが無条件で頭を下げる相手は、アニキと慕うタイガー丸を除けば、“おっさん”呼ばわりしているレオ丸だけだ。
今のミナミで、ソロプレイヤーのレオ丸が安全を保っていられるのは、<ハウリング>という強大な後ろ盾があるからだ、と自覚もしている。
「せやけど今のままでは、その財産を食い潰すのも、直ぐやろな」
爽やかな朝日を浴びながら、レオ丸は途方にくれ俯いたまま歩く。
「ボチボチ、自立せんとな……」
寝言なのか相槌なのか頭上のマサミNが、うにゃうにゃと鳴きながら尻尾でレオ丸の肩を幾度も叩く。
「<PK>のし返しを食らうんが怖かったから、絶対安全圏や思うて、トワイライトヒルズに逃げた。
逃げ込んだ先での時間潰しに色々してたら、<口伝>とか何とか言うヤツらしきモンを会得出来た。
格好つけて発表したけど、単なる現実逃避の結果。……胸張れるようなモンや、全然あらへんわな」
「人生万事塞翁が馬、って事では?」
「確かにそうかもしれんけど、どうやろうかね?
それにワシは、塞翁さんほど人気者やないけどなぁあああッ!?」
「うわぁ、吃驚した!」
「吃驚したんは、こっちや! いつから居ってん、カズ彦君!」
「明後日の方向見ながら、旅に出たい、って辺りからです」
「うっわ、恥ずかしい! 高校一年の時に大学ノートを目一杯使うて書いた『未来実現日記』を結婚式の披露宴で読み上げられるくらいに、恥ずかしいなぁ、もう!」
「え、結婚されてたんですか!?」
「してへんわい! そっちも絶賛ソロ活動中やわ!」
「相変わらず、ややこしい例えをされますね……」
「恐れ言ったか! ……なぁ、マサミNさんや。気づいてたんやろ、カズ彦くんが居てんのを?」
「勿論だっチャ。だから尻尾で教えていたっチャに、気づかない御主人が悪いっチャ」
「……そらすんません。気づかんワシが悪かった、って気づけるか!」
「ナイスなノリツッコミだっチャ」
「そら、おおきにさん」
「……処で、その辺でちょっとお茶でもシバキませんか?」
気づけば、いつの間にやらセントラル大路と交わる辺りに、レオ丸は居た。
キョロキョロと左右を見回し、足元を見てから少し上を向いて思案する。
一瞬の間を置いた後、レオ丸は軽く頷いた。
カズ彦に誘われるまま、大地人が経営している一つの茶房に入る。
もっとも、近くで営業している店舗は他に全く無かったが。
“猛獣の入店は堅くお断りします”の張り紙に、<金瞳黒猫>のマサミNは可愛らしく舌を出し、鼻を鳴らした。
閑古鳥が盛大に鳴き喚いているような、寂れて傷んだ店内の一番奥に腰を下ろし、今にも泣き出しそうなくらいに怯えている大地人のウェイトレスに、コーヒーを二つとミルクを注文する。
間を置かずに出された飲み物は、不揃いな器に容れてあった。
「お待たせしました……」
蚊の鳴くような声でと言うと、直ぐさまテーブルを離れ、厨房へと逃げて行くウェイトレス。
「ここも<冒険者達>が、散々に暴れたんやろな」
「そのようですね」
レオ丸は持ち手の欠けたマグカップで、カズ彦は御茶碗で、飲む前から苦い顔をして口をつける。
マサミNは何ら感慨も無く、丼に顔を突っ込み音高く舌を使う。
コーヒーという名の黒い白湯と、ミルクという名の白い水で、二人と一匹は喉を潤した。
「そちらの進捗状況は如何ですか?」
「邪Q君と手分けして、主なギルドには直接出向いて、そこのギルマス達に話は通した。概ね好感触やったわ。
ミスハさんには、告知ポスター製作をしてもろうとる。今日から、あちこちに張り出されるんとちゃうかな?」
「御手伝い出来ず、すみません。護衛の依頼が殺到し、留守ばかりしてまして」
「エエて、エエて。この前も言うたやん。それぞれが出来る事を頑張ろ、って!
どっちかと言えば自分がしてる事の方が、よっぽど大事な事をしてるとワシは思うしな」
「<茶会>であまり御一緒出来なかった分、今回はちゃんと協同戦線を張りたかったんですが」
「しゃあないやん。<脱出組>を助けるのも、今回のイベントの主目的の一つや。自分はそれを前倒しでしてくれてるんやから。
……ほいで、ヨシノやシクシエーレは、大地人の街の様子はどないやった?」
「なんて言うか、妙な感じでした」
「ほうほう、それで?」
「胡散臭いファンタジー風味の和洋折衷の建物に、時代がかった衣装の人々。
一言で言えば“違和感”、でしたね。
3Dの世界に迷い込んだようで……、頭がクラクラしてきました」
「ネクタイ締めて名刺を投げる忍者は、居らんかったか?」
「あれは、ゲーム時代のネタでしょう?」
「ほな、背中に葵の御紋を刺青した遊び人の御隠居も、居らへんのやろなぁ」
「ヨシノの<不死鳥大門>に着いた時に、ザンクローって名前の御領騎士に、職質されたくらいです。
冒険者とはヤクザ者なのか? ってね」
静かな店内に二人の乾いた笑いと、マサミNのミルクを舐める音だけが響く。
「大地人の主要地の、治安が維持されているようで、何よりやね」
「ええ。<衛士>は居らずとも、執政家の威令がヨシノもシクシエーレも行き届いているようでしたね、一応は」
「その辺も、ゲームの頃と一緒やな」
名ばかりのコーヒーを飲み終えると、レオ丸は煙管を咥えた。
丼に突っ伏し居眠りを始めたマサミNを摘まみ上げ、頭に載せ立ち上がる。
「そういや、カズ彦君。ギルドの名前を変えたんやて?」
同じく立ち上がり、レジに向かいながら、頷くカズ彦。
「そうなんです。新規メンバーも増えたし、心機一転しようかと」
「おや? ワシが聞いた話とは、違うなぁ?」
「……やはり、ご存知でしたか。ヨシノで職質された時に、一緒に居た新規メンバーが<狼士組>って名前だからだ、って言いましてね。
そしたら他の者も、特に古参が激しく同意しましてね」
「ほんで、幾つか候補を挙げて、全員が一票づつの入れ札で決めた、と」
「その通りです」
張られた<ビルゲインさん>のお札も御利益無く、無残に破壊されたレジカウンター。
その前に立ち、困った顔をしたカズ彦は、懐から紙入れと共に一枚のステッカーを取り出す。
「これが新しい名前です。厨房に居るウェイトレスさん、代金ここに置いとくから。それと、入り口にステッカーを貼らせてもらうよ」
カズ彦を倍する金貨を積み上げたレオ丸は、そのステッカーを見るや手を叩き、楽しげな声を上げた。
「そやな、居場所の判らん神様のお守りより、効果は絶大やで!」
“<壬生狼>立ち寄り所”。
ステッカーには、墨痕鮮やかにそう記されていた。
『アキバへの旅程』(http://ncode.syosetu.com/n3771bp/)の、第八話にリンクさせて戴きました。ただ、日にちが合っているのか少し不安です。
イベントの内容については、次話かその次にて記しまする。当初の予定よりどんどん長くなっていくなぁ。