第肆歩・大災害+60Days 其の壱
お待たせしました。漸く、試合開始です。
尚、劇中の歌はスペイン王国の国歌、『国王行進曲』にて。
歌詞は“アルフォンソ13世時代版”でありんす。
<重力遮断の傘>を、<スーパーカリフラジリスティックエクスピアリドーシャスの傘>に改めました(2017.02.04)。
〔 試合開始に先立ちまして、両軍の先発バッテリーを発表致します 〕
ナゴヤ闘技場改め、ナゴヤ・ボールパークの一角に臨時に設けられたアナウンス室から、今日の試合においてウグイス嬢を勤めるミスハの怜悧な声が、場内隅々まで響き渡る。
其れに隣接する小部屋を、控え室として使っていたレオ丸は身支度を整えると、とある製作級のアイテムを腰のフックに引っ掛けてから扉を潜り、城壁内部の通路を颯爽と歩き出した。
すると、通路の左右の部屋に設けられた扉が次々と開き、五人の冒険者が現れ速やかに列を形成する。
「ちょっと、待たんかい!」
ダンと足を踏み鳴らしたレオ丸が、五人の冒険者の背に向かい異議を申し立てた。
「こーゆー時は、驚くほどに真っ白な巨塔の総回診のシーンみたいに、ワシの後に続いて大名行列を作るんが正解と違うんかい!?
ワシが、財前教授やのうて……主審やねんから!」
尤もなような、そうでもなさそうな実に微妙な抗議の声に、先頭を歩いていたカズ彦が申し訳なさそうに顎をポリポリと掻く。
「ああ、済みません。つい、ミナミでの癖で。……どうぞ、お先にお進み下さい」
出鼻を挫かれたレオ丸は、口中でブチブチと言いながらカズ彦率いる<壬生狼>選抜隊を追い抜き先頭に立ち、両手で自分の頬を軽く叩き気合を注入した。
「ほな、行きまひょか!」
「「「「「応ッ!!」」」」」
チョコチョコと歩く中肉中背短足の後ろを、今日の試合の審判団が無言で、苦労しながらつき従う。
レオ丸とカズ彦達とでは身長も足の長さも違う故に、致し方ない仕儀ではあったが。
不協和音とは違う次元で、審判団は足並みを揃えられぬままに外へと進んだ。
〔 後攻、ナゴヤ・ドレイクスの先発バッテリーは。
ピッチャー、@ゆちく:Re朝臣選手、背番号20 〕
審判団は蓄光石が仄かに照らす内部通路をゆっくりと歩き、陽光が溢れ出し真っ白に見える外部への出口へと至る。
〔 キャッチャー、シュヴァルツ親爺朝臣選手、背番号22 〕
堅固な作りの石段を五段ほど上り、敷き詰められたグラウンドの土を踏み締めたレオ丸。
〔 対します先攻、ミナミ・タイランツの先発バッテリーは。
ピッチャー、MAD鬼射雄選手、背番号4 〕
出場選手の名前が紹介される度に観客席に陣取る双方の応援団、メイン職<吟遊詩人>やサブ職<ちんどん屋><楽士>の有志達を中心に編成されていた、が鉦や太鼓を勇ましく打ち鳴らし笛やラッパを高らかに響かせ、元の現実の如く場内を賑やかにしていた。
序でに言えば。
合間に聞こえるヴァイオリンや竪琴の音韻が、元の現実では聞く事の出来ない華やかさを加味している。
〔 キャッチャー、ジョージ・マッケンG選手、背番号2 〕
ナゴヤ在住の冒険者達からすれば、<Plant hwyaden>の冒険者達は強者の論理に準拠して襲い来る、元寇の如き侵略者であった。
一方。
ミナミから来た冒険者達からすれば、ナゴヤ闘技場に拠りかかる冒険者は不法占拠者であり国土回復運動の障害でしかない。
異なる意思と立場を表明する者同士による、ルール無用の武力衝突。
其れが曲がりなりにも回避され、穏当なルールの下での競技に摩り替わった事に、レオ丸は感慨深い思いでいた。
二万人収容の場内を三百六十度グルリと見渡せば、フィールドを取り巻く観客席の二割ほどが埋められている。
全体の約八割以上が大地人であるために、初めて観覧する“野球”なる“スポーツ”に観戦法も騒ぎ方が判らず、何処か浮ついた微妙な雰囲気ではあったが。
因みに、本日の入場料が無料であった事で意外と多くの近隣市民、村民達が押しかけている。
彼らを上手く誘導し、手拍子や声援の方法を教授しているのは、出場選手に選ばれなかった冒険者達で組織された応援団の仕事だ。
喚声が歓声を凌駕するナゴヤ・ボールパークのフィールドを横断しながら、レオ丸は先ほどまで口にしていた不平を何処かへと投げ捨て、つい緊張感のない笑みを浮かべてしまう。
〔 本日の試合を裁定する、審判団の入場です。
主審を務めますのは、西武蔵坊レオ丸 〕
派手な鼓笛の音と、合間に聞こえる弦楽の音色に心が蕩けそうになるが、名前を紹介された事で慌てて表情を取り繕い、レオ丸は精一杯にキリリとさせた。
〔 一塁塁審は、カズ彦 〕
伸ばし放題の頭髪を後ろに撫でつけカチューシャで固定させたカズ彦が、羽織り袴を風に靡かせながらレオ丸の背後を離れ、一塁ベースの後方へと草履を突っかけ歩いて行く。
いつもの如く眉間に皺がくっきりと刻まれてはいたが、其の由は常とは違い、現実でも経験のない“審判員”という役割を果たさねばならぬ責任感からであった。
〔 二塁塁審は、ランプ・リードマン 〕
田原坂の戦いで活躍した抜刀隊に似せた制服を着崩した狼牙族の<武士>が、艶やかな銀色の長髪を掻き揚げながら、ブーツの踵を打ち鳴らして歩き出す。
口に咥える棒つきキャンディーと同じ形状をした特殊アイテム<ダビドフ・ロリポップ>は、レオ丸が愛用する<彩雲の煙管>と同じカテゴリーに属する嗜好品アイテムで、言わば喫煙出来る噛み煙草的モノだ。
苦みばしった口元の端から、盛んに紫煙を漏らしている。
〔 三塁塁審は、宇宙人#12 〕
腕時計型の防護腕輪を両手に幾つも嵌め、白地に損傷模様が施されたマスクを被った、見るからに胡散臭い外見の猫人族の<武闘家>が、鈍色の背広の衿を正しながら大股で列から離れた。
因みに、装着した<採取者の覆面>は、陽の下での行動時に受けるデスペナルティをキャンセルするための特殊アイテムである。
其の理由は、サブ職が選りに選って今時珍しい<吸血鬼>だからだった。
〔 右翼線審は、究極検閲官R 〕
土の上にも関わらず、何故かカランカランと下駄を高らかに鳴らしながら、ライト・ポールの元へと頼りなさげに走り出す、ヒョロリとした<施療神官>のハーフアルヴ。
着込む衣装の学ランは、肩のラインも袖口も糊付されたようにピシッとしているが、七三に分けたサラサラ髪の下から覗く片目だけが、トロンとしていた。
腰にぶら提げているのはただの手拭いではなく、一瞬で鈍器と化す<粉砕手拭い>である。
〔 左翼線審は、水琴洞公主 〕
フォーマルな紺色のツーピース、襟元から顔を出す小さな赤い蝶ネクタイ、頭には可愛らしいつばつき帽子という、名前と衣装とに整合性のない<吟遊詩人>がハイヒールブーツを弾ませ、レフト・ポール際へと優雅に移動して行った。
綺麗に畳まれた<スーパーカリフラジリスティックエクスピアリドーシャスの傘>を片手に、流麗な吐息で鼻歌を奏でつつスキップする其の姿は、まるで普段は雲の上に住んでいるベビーシッターのようだ。
レオ丸を除いた者達全てが、揃って着用しているのは<壬生狼>の制服たる陣羽織。
<壬生狼>とは謂わずと知れた、<Plant hwyaden>所属の精鋭部隊だ。
其のリーダーであるカズ彦を支える幹部達は皆、手練の冒険者である。
ミナミの街で留守居役を任されている、コスモスにしても忌無芳一にしても。
カズ彦の出張に同行し、ナゴヤのフィールドに散らばった四人にしても。
例え見かけは出オチ・キャラの如く、何とも残念な仕様になっていたとしても、だ。
試合開始前のセレモニーを司るためにマウンドの裾野に一人残ったレオ丸は、さて次の段取りは何だっけ? と暢気に思っていた、其の時。
〔 続きまして、国旗の掲揚。そして、国家の斉唱です。
場内の皆様方には御起立戴き、バックスクリーンの方へと向き直り下さいませ 〕
ザワザワとしながら観客達が腰を上げ、得点ボードが設置されたバックスクリーン方向へと姿勢を正対させる。
パネル張替え式で表示する得点掲示板が備えられたバックスクリーンには、三本の旗竿が屹立していた。
場内の全員が見守る中、三種類の旗がスルスルと掲揚されていく。
右寄りに立てられた旗竿には神聖皇国ウェストランデの錦旗が、左寄りに立てられた旗竿には<Plant hwyaden>の紋章が縫い取られた団旗が。
中央の一際高く立てられた旗竿の先には、白地に赤丸というシンプルなデザインの旗、日本の国旗が翩翻と翻る。
そして、青天の霹靂が下された。
〔 それでは、西武蔵坊レオ丸法師。宜しく御願い致します 〕
事前の打ち合わせになかった段取りと無茶振りに、レオ丸は呆気に取られ間抜け面を晒し、思わず“聞いてないよー”と異議を漏らすも。
〔 そ・れ・で・は、西武蔵坊レオ丸法師 〕
続けて発せられたミスハの冷え冷えとした口調が、一撃で吹き飛ばしてしまう。
場内の気温を一気に氷点下へと導いたアナウンスは、湿気た弱音ごとレオ丸を一体の氷像に変化させた。
〔 ヨ・ロ・シ・ク! 〕
硬直する事、凡そ一拍の間。
徐に助けを求めてレオ丸が一塁を見ると、いつもの顰めっ面を解き解したカズ彦が両手で顔の下半分を覆い隠していたが、目を爆笑させていた。
其れは、ある種の“間抜け落とし”。
仕掛け人は、レオ丸が何処かで何かをやらかす度に、尻拭いの手伝いに駆り出され奔走させられるミスハとカズ彦の両名。
言わば、ささやかな“意趣返し”である。
しくった、やられたわ。
どうにかこうにか覚悟を決めたレオ丸は、静寂に包まれた場内の雰囲気を打ち破らんばかりの気持ちで、正確に言えば破れかぶれの気分で、大きく口を開いた。
曲目は勿論、日本国の国歌である『君が代』。
レオ丸は、スポーツ・イベントの決まり事を守る事は吝かではない気持ちと、自業自得と諦観の思いを込めつつ、朗々とアカペラで謡い上げた。
〔 西武蔵坊レオ丸法師、ぷぷ……失礼、……有難うございました。
続きまして。
神聖皇国ウェストランデの讃美慶賀歌、『皇王行進曲』です 〕
荘厳な前奏が、ガックリと肩を落としたレオ丸とフィールドとを包み込む。
息継ぎを忘れて熱唱してしまい、意識が少し飛びかけていたレオ丸は、少し虚ろな視線を観客席に這わせた。
どうやら奏でているのは、特等席で上覧するイセ斎宮家の後取り息子に随行して来た楽団である。
小柄な斎宮家の公子も、其の両脇を支えるように立つシーバ侯爵家とナガトースオ侯爵家の両当主も、高貴に連なる多くの貴族達も、彼らの傍仕えの従者達も、そして其の他大勢の臣民たる人達も、<大地人>の全員が天を仰ぎ伴奏に合わせて唱和する。
♪ 栄光あれ、栄光あれ、祖国の王冠よ
至上の光に満ちたる
貴方の象徴は黄金なり
生命よ、生命よ、祖国の未来よ
貴方の眼差しに宿るは
寛大な心なり
赤紫の王位と黄金、そは不滅の旗印
御旗の内に、肉体と魂は共にあり ♪
レオ丸達<冒険者>からすれば其の曲は、<ヘイアンの呪禁都>を舞台にしたクエストに参加する度に聴かされたBGMであった。
「そーいや、もうすぐ七月やよなぁ。……天神さんに祇園祭の季節かぁ……。
……<スザクモンの鬼祭り>も、確か其の頃やったっけなぁ。
……ん? ……今、何を言うた、ワシは?」
腕組みをしたレオ丸はマウンドにしゃがみ込み、眉根を寄せて呻吟し始める。
〔 場内の皆様、御協力誠に有難うございました。
其れでは、守備に就きますナゴヤ・ドレイクスの選手を紹介させて戴きます 〕
ホーム・チームが使う一塁側ダッグアウトから、<A-SONS>を中心とした九人の戦士が勢い良く飛び出した。
「そーいや……」
〔 ファースト、Yatter=Mermo朝臣、背番号6 〕
「<銀照大聖堂>の」
〔 セカンド、SHEEPFEATHER朝臣、背番号7 〕
「近くで遭遇した……」
〔 サード、山ノ堂朝臣、背番号5 〕
「<牛頭大鬼の殺戮者>」
〔 ショート、頭文字ファンブル、背番号3 〕
「アレって、もしや……」
〔 レフト、MIYABI雅楽斗朝臣、背番号4 〕
「……迂闊やったなぁ」
〔 センター、多岐音・ファインバーグ朝臣、背番号57 〕
「……ホンマ、何しとんねんワシ」
〔 ライト、虎千代THEミュラー、背番号23 〕
「もしもし、レオ丸さん」
〔 キャッチャー、シュヴァルツ親爺朝臣、背番号39 〕
「大丈夫ですか?」
〔 ピッチャー、@ゆちく:Re朝臣、背番号20 〕
肩を大きく揺さ振られたレオ丸が顔を上げると、心配そうな顔をしたカズ彦が定位置の一塁ベースを離れ、傍で立ち尽くしていた。
其の真摯過ぎる態度と表情を見たレオ丸は、安心させるように微笑みながら腰を上げる。
「ああ、大丈夫や。脳内で、ちょいとした大惨事が発生しただけや」
「其れは済みません。……少し悪乗りしてしまいました」
「ん? ……ああ、気にしなや。ワシは全然気にしてへんし、因果応報やねんし。
まぁ、参列者二百人以上の式場で、読経すんのと似たようなモンやし。
其れに、随分前のパシフィック・リーグの各球場程度の観客動員数程度じゃ、動じる前に泣けてくるモン、マジで。
涙がチョチョギレ過ぎて、観客だか木偶の坊だかすら、判別つかへんかったし」
「あの~~~、御歓談中に御免なさいですが?」
「はい?」
「投球練習をしたいんですが?」
マウンドの頂上に埋め込まれた、投手板を挟んで立ち話をしていたレオ丸とカズ彦は、@ゆちく:Re朝臣の言葉に慌てて裾野へと飛び退いた。
「なぁ、カズ彦君」
白地に青空色のラインを配し、袖口のラインとチーム名と選手名と背番号を赤色に染め抜いた、<裁縫師>グループの渾身の作であるユニフォーム。
ナゴヤの大地に相応しい格好をした@ゆちく:Re朝臣は、尻のポケットからロージンバッグを取り出し、丹念に掌全体を使い捏ね回す。
其れを足元に落とすや、レオ丸が差し出したボールを受け取り、右手で確りと握り締めた。
「何ですか、レオ丸さん」
シュヴァルツ親爺朝臣が座り込むのを確認するや、構えられたキャッチャーミットを覗き込み、一つ頷く。
投手板を右足の爪先で踏み、両手を真っ直ぐ上に伸ばす@ゆちく:Re朝臣。
「此の試合が済んだら、ちょいと話したい事があんねん」
上体が弓のように撓り、左足の爪先が高々と天を蹴り上げる。
「また、厄介事ですか?」
左手に嵌めたグローブが前方へと突き出され、大きく宙を掻くようにしてから素早く引き戻された。
「せや。……但し、ワシが抱える厄介事やない」
ボールを握る右手が後ろに引かれると共に、上半身が大きく捩られる。
「じゃあ、誰のです?」
しなやかな鞭のように@ゆちく:Re朝臣の右手がうねり、大上段から振り下ろされた。
「自分らや」
充分に力を込められ放たれたボールは、高速で回転しながら空気を次々と突き破って行く。
「え?」
耳に心地良い音を立てて、ボールはシュヴァルツ親爺朝臣が構えた処へと、綺麗に吸い込まれて止まった。
「ストラーイク!」
キョトンとした顔のカズ彦から目線を外し、レオ丸は右手を挙げてコールする。
@ゆちく:Re朝臣は、口の端に満足気な笑みを湛えた返球を受け取り、再び投球動作に入った。
素人とは思えぬ美しいモーションに目を奪われているレオ丸に、カズ彦は重ねて問い質そうとするも、場内に響き渡るアナウンスに気を殺がれてしまう。
〔 対します、ミナミ・タイランツのスターティング・ラインナップを発表致します。
一番、セカンド、EEE魔王、背番号7。
二番、センター、赤色矮星号、背番号53。
三番、レフト、MAD魔亜沌、背番号9…… 〕
「ゲームセットのコールをしたら、改めて説明するさかいに」
天体観測をしていたら、地球へと向かって来る巨大彗星を偶然に見つけてしまったアマチュア天文家みたいな口振りのレオ丸に、カズ彦は口をへの字に曲げて嘆息する。
「……きっと、碌でもない事なんでしょうね」
「せやねぇ。此れまでも此れからも、碌でもある事なんざあるとは思えんしねぇ」
レオ丸は他人事のように呟き、爪先で地面を丁寧に均した。
〔 続きまして、始球式を取り行わせて戴きます。
始球式を行いますのは、神聖皇国ウェストランデ近衛都督府隷下、正五位下少将、ミズファ=トゥルーデ閣下です。
皆様、何卒盛大な拍手でお迎え下さい 〕
不意に三塁側ダッグアウトから、盛んな拍手が沸き起こり口笛が鳴り響く。
ビジター・チームの立場である<Plant hwyaden>所属の冒険者達の、遠慮のない賛辞や声援に包まれてダッグアウトから一人の女性が姿を見せた。
グレーの生地に幾本もの黒い縦縞線が施された、実にシンプルなデザイン。
長袖のアンダーウェアも足首まで覆うストッキングも、被る帽子の色も全て真っ黒。
そんなモノトーンの色調の中で色鮮やかなのは、帽子の中央と左の袖に刺繍された<Plant hwyaden>の紋章のみである。
ライオンの鬣の如き赤い髪を、被り慣れぬ帽子で無理矢理に押さえつけたミズファは、牙を剥く虎の如き不敵な笑みを浮かべていた。
万雷の拍手が降り注ぐ中、フィールドを形成するナゴヤの土を態と傷つけるように歩き、深々とスパイクの爪跡を残して行く。
「久し振りだねぇ、糞坊主」
観客席から派手に贈られる手拍子や歓声に手を振りながら、ミズファがギロリとレオ丸を睨みつけた。
「相変わらずムカツクにやけ面をしやがって」
「はっはっは! お嬢さんの方も息災のようで何よりやね」
顔の下半分だけで笑いながら、火花を散らし睨み合うレオ丸とミズファ。
投球練習を終えた狼牙族の@ゆちく:Re朝臣は、顔全体どころか尖った獣耳まで引き攣らせ、及び腰でマウンドの頂上から逃げ出した。
尻尾を丸めた冒険者を背中で庇う形となったカズ彦は、額に手を当て幾度となく首を横に振る。
「其れで、私にこんな下っ端兵士みたいな格好をさせて、何をやらせようと言うんだい?」
「コレをやな、あそこ座ってる彼目掛けて投げてくれたらエエねん」
「投擲武器による近距離攻撃演習かい?」
「いんや、球投げ遊びや」
大きく鼻を鳴らし、ミズファはマウンドに唾を吐いた。
「くっだらないねぇ! 私にガキみたいな事をさせようってのかい!?」
「ガキみたいな事、実に何より結構な事やん。
其・れ・に、刃物振り回して斬った張ったするよりは、よっぽど文化的やないか。
……ミズファお嬢さんよ。
ワシら<冒険者>が自分ら<大地人>に対して、ちょいちょいと見下すような言動をする事があるやろう?」
「ああ……異能の人外の癖に、ね」
「ワシらがそんな言動をする理由は、な。……自分ら<大地人>が文明人に見えへん事があるからやわ」
「……喧嘩を売るつもりかい、糞坊主風情が?」
「宣戦布告なら、もっと美辞麗句で飾り立てるわさ、別嬪のお嬢ちゃんよ。
そんな事よりも、や。
文明人と野蛮人の違い何かと答えたらや。其れは日常の中に“遊び”があるか、ないかや。
ワシらが此れからしようとしとるんは、たかが“球遊び”やもしれん。
せやけどコレは、高度に発達した“戦争”でもあるんや。
手駒を吟味し、戦力を整え、敵対する者達の情報を事前に調べ上げ、状況の推移に合わせて戦術を変化させる。
攻める時は一気呵成に、守る時は被害を最小限に抑えつつ反撃の機会を窺う。
攻撃は防御となり、防衛は攻勢となる。
どや、大した“遊び”やろうが?」
「ふ~~~ん」
「しかも、戦いにはルールと礼節があり、開始の際には儀礼が伴われる。
野蛮人には、そないに複雑な事なんぞ出来ひんやろう?
棒切れ振り回して、どっちかが動けなくなるまでドツキ倒し合いしてゲームオーバー、其れでお仕舞いや。
……処で、ミズファさんや」
「何だい、坊さん」
「ワシが着けてる此の防具に刻まれた模様が、何か判るか?」
「……剣と天秤、其れがどうしたって?」
苦虫を噛み潰したような表情で、レオ丸の装着するプロテクターをチラリと見る、ミズファ。
「こいつは、ワシらの文化で“正義の女神”の持ち物なんやけどね。
其の女神さんって言うんが、いっつも目隠しをつけとるんや。
……何でか判るか?」
「知るか」
「元々は全てを見通し、正しく裁定し、正義を執行するために目隠しなんざしてへんかってんけどな。
“真実を見ずに強いモンの味方ばかりする”って散々に揶揄されてな、いつの間にやら目隠しする羽目になってしもうたんや」
「ほう?」
「でもな、後に目隠しをした姿がな、姿や肩書きに惑わされない平等さの象徴になったんや。
何がどう幸いするんか判らんな。
油断出来ひんで、世の中ってのは。
正義の在り方なんざ、時代によっても立ち位置によっても変わるモンや。
自分ら<大地人>かて、貴族と庶民、武官と文官、それぞれ正義が違うやろ?
ワシらかて一緒や。
そんな違う正義を持ち寄って、打つけ合いしたらどうなる?
どうしようもなくなるわ、な。
せやけど、此れから始まる戦いは違う。
統一されたルールにより、全ての正邪が裁定される。
ソレを執行する役割は、不肖ワシが務めさせてもらう。
ホンで、<冒険者>の<冒険者>による<冒険者>のための、前代未聞で摩訶不思議な戦いの火蓋を切る儀式をするんが……」
レオ丸は、鋭く見下ろすミズファの視線を、<淨玻璃眼鏡>越しに受け止め撥ね帰した。
「<大地人>の、アンタや」
〔 ミズファ=トゥルーデ閣下、始球式を御願い致します 〕
懇願、とはほど遠いミスハの苛立った命令口調のアナウンスが、拍手が鳴り止み静まり返ったフィールドにきんきんと響き渡る。
「だ、そうや。ほな、ヨロシコ」
レオ丸に殺意の篭った一瞥をくれると、ホームベース後方で構えられたキャッチャーミットを、凶刃の如き眼差しで睨むミズファ。
右のバッターボックスには、本来ならば味方であるはずの<Plant hwyaden>の一員の、EEE魔王が同じユニフォームを着て立っている。
だが。
<大地人>のミズファにとっては、<冒険者>は<冒険者>でしかない。
例え相手が、憎むべき裏切り者や討つべき叛徒でも、共に肩を並べる頼もしい友軍であろうとも、どちらも同じ人間ではない。
<大地人>にとり、<冒険者>とは絶対に相交わる事の出来ぬ、異質な存在なのだった。
“伯父上も全く甘いもんだ”
ミズファは、前へと踏ん張った利き足と反対の方向に、利き手を大きく引く。
“だから、<赤封火狐の砦>を<冒険者>如きに乗っ取られるんだよ!”
投球板を踏まずに投じられたボールは、バッターの内角高目を激しく抉った。
EEE魔王が仰け反りながらバットを空振りし、伸び上がるような体勢でシュヴァルツ親爺朝臣は辛うじてボールをミットに収める。
「ボール」
投げ終えて崩れた姿勢のミズファに、レオ丸は嘲り混じりで囁いた。
「序でに言うたら、ボークやけどな♪」
〔 ミズファ=トゥルーデ閣下、有難うございました 〕
苛立たしそうにマウンドをひと蹴りし、ミズファは憤然としながら退場して行く。
「さて、と」
腰にぶら提げた袋からボールを取り出し、@ゆちく:Re朝臣に放り渡したレオ丸は、のんびりとした足取りでホームへと歩き出す
「此れからの時間は、ワシら<冒険者>のためだけのモンや。
庇も縁側も、母屋さえも、ぜーんぶ使わせてもらうさかいに。
<大地人>の皆さんには悪いけど、隣の家から芝生の青さと根深さを観といてもらおや、おまへんか」
確りとした歩調のレオ丸の後姿に、カズ彦は何がしかの声をかけようと、手を伸ばしかけた。
しかし。
諦めの気分を鼻から洩らし、肩を竦めて所定のポジションへと駆け足で向かう事にする。
「さぁさぁ、バッター、ハリーアップ!」
控え室からずっと腰に提げていた<鎧職人>謹製の製作級アイテム、<宿禰審神者の裁定面>を取り外して被るレオ丸。
すると視界が、モニターを間近で見ているような感じの、何か特殊なフィルターがかかった状態に変化する。
そして。
レオ丸は、天を狙うかのように伸ばした右手の人指し指を真っ直ぐ立てて、高らかに宣言した。
「プレイボール!!」
試合は開始させましたが、実際のプレイは次話からです(平身低頭)。
アニメの設定資料集を幾度も確かめましたが、<Plant hwyaden>の旗印、紋章が載っていない!
もしかしたらデザインされていないのかな?
<神聖皇国ウェストランデ>の国旗もまた、然りでやんす。
因みに。
<ナゴヤ・ドレイクス>のユニフォームは、星野監督が一新する以前のデザインです。
<ドレイク(DRAKE)>とは、「雄カモ・雄アヒル」の意です。
<ミナミ・タイランツ>のユニフォームは、1985年の日本一になった頃のデザインです。
<タイラント(tyrant)>とは、「暴君」の意です。