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第肆歩・大災害+59Days 其の弐

さてさて、と。強制分割した後半にて候。

今回御出演戴きましたのは、以下の方々でありんす。(御出演順)


☆ 森之宮showYa 氏  ☆ レディ=ブロッサム 氏

☆ 頭文字ファンブル 氏  ☆ モゥ・ソーヤー 氏

☆ 志摩楼藤村 氏  ☆ 聖カティーノ 氏

☆ ホウトウシゲン 氏  ☆ 北田向日葵朝臣 氏

☆ 筑紫ビフォーアフター 氏  ☆ トリリンドル・オーヤマ 氏

☆ MIYABI雅楽斗朝臣 氏  ☆ 多岐音・ファインバーグ朝臣 氏

☆ Yatter=Mermo朝臣 氏  ☆ CoNeST 氏

☆ 琵琶湖ホエールズ 氏  ☆ 志乃聖人S 氏


尚、以下の御二人を不都合により何となく改名させて戴きました。

悪しからず良からず、御了承下さいませ。

孟宗家蛟 氏を、モゥ・ソーヤー 氏に。

ドリリン大山 氏を、トリリンドル・オーヤマ 氏に。

「さてさて、と。

 ホラーティウス御大が言う処の、“黄金の中庸”を求めるってのは中々に難しいやなぁ。

 ただ単に、思いつきで“日常への回帰”を口にしただけやねんけどなぁ」


 朱雀大路の先で威容を示していた大極殿の如く、此のゾーンのランドマークとして街道の行く先を塞ぎ止める巨大な構造物、ナゴヤ闘技場。

 気がつけば多くの人々が、其の周囲と其処へと至る道筋に溢れている。

 <大災害>をナゴヤで迎えた、冒険者達。

 <大災害>に別の場所で遭遇し、其れから今日に至るまでの間に流転し、様々な事情で此処に集まって来た、冒険者達。

 物見高く集まって来た、近隣の市民階級の大地人達。

 間もなくやって来るであろう、ウェストランデを体言する大貴族と、その手足となる法服貴族達。

 それぞれが、それぞれの思惑で集まり来たる、弧状列島ヤマトの中部。

 例え愛だの哀だのを叫ぶような世界の中心地ではなくとも、明日は台風の目となる場所だ。


「レディースもジェントルメンも、そうではないニーチャンもネーチャン達も、明日はついにお待ちかねの馬鹿騒ぎ、絢爛豪華なDIYゲームの当日やで」


 街道を跨いで急造で建てられたウェルカム・ゲートの前に至り、レオ丸はチーリンLから下馬するや、懐から取り出した<彩雲の煙管>を咥えて五色の煙を燻らせる。

 家族(ファミリア)の鬣を丁寧に指で梳りながら、敵も味方もなく一致団結して“お祭り”開催へと邁進する冒険者達の、創意工夫の結晶に思わず首を垂れるレオ丸。


「<ウメシン・ダンジョン・トライアル>ん時もせやったけど、協賛協力してくれる皆さん方にはホンマに頭下がるわなぁ」

「Oui、monsieur」

「ワシもまぁ、頑張らんとね」

「Bonne chance!」


 契約主を励ます一言を残し、チーリンLはレオ丸の袖口へと身を滑り込ませ、姿を消した。

 契約従者の麒麟を帰還させたレオ丸は、改めてウェルカム・ゲートを端から端まで眺め見る。

 現実世界でも中々お目にかかる事の出来ないほどに豪奢な造花で飾りつけられた仮設の入場門は、レオ丸の心を高ぶらせる反面、頭を芯まで冷やさせた。


「<大地人>の人らは吃驚するやろうなぁ、“<冒険者>の考える事は判らん”ってな。

 其れに。

 さっきの中華な彼女さんみたいに、ヤマト以外の他所のサーバから来た冒険者達が居ったら、首を傾げるやもしれんなぁ。

 “日本人は此の異常な非常事態に、何をやっているんだ?”……ってな。

 我ながら思うわさ。

 ……ワシは一体何をやってんやろうって、な?」

「何やってんすか、法師。こんな処で、邪魔っすよ」


 しみじみと述懐していたレオ丸は、背後からかけられた遠慮のない声に慌てて振り返る。

 其処には、行く手を防がれた幾頭かのもの達が、モーモーと抗議の声を上げていた。


「……牛?」

「そっす、牛っす」


 サブ職が<酪農家>の冒険者が、<調教鞭(サモナーズ・ウィップ)>を手にした<調教師>職の冒険者の横で、ニヤニヤと楽しそうにしている。

 二人の美しいエルフ娘が牧童のように何頭もの牛を連れている姿に、レオ丸はポカンと口を開け五色の煙を塊で吐き出した。


「ええ~~~っと~~~、森之宮showYaさんとレディ=ブロッサムさんか。

 自分らこそ何しとるん?

 ……まさか此れから、善光寺までお参りにでも行くんかいな?」


 常の動作で、ステータス画面を確認すれば。

 今時何故かブックバンドで縛った書物を小粋に抱え、上質の鼻眼鏡と風にひらひらと棚引く短いマントが良く似合う<吟遊詩人>の方はギルドの一員だった。

 一方、桜色の生地に刺繍で百花繚乱を描いた布鎧に身を包んだ<森呪遣い>はソロ・プレイヤーである。


「まっさかー」


 零細ギルド<TABLE TALKERS>所属の森之宮showYaと、フリーランスのレディ=ブロッサムは顔を見合わせた。

 碧いショートヘアはマントを揺らして楽しそうにケラケラと笑い、ポニーテールに結わえた瑠璃色のロングヘアーは控え目にホホホと笑う。


「新鮮な牛乳から、“あいすくりん”を作ろうと思いたちましたのです。

 カチワリ等では何とも華がありませんから♪」

「ウチのギルマスは、絶対にバリ美味(うま)のを作ってくれるっす!

 頭文字ファンブル印のメニューは、絶品ばかりっすから!

 したらば、絶対に売れるっす!

 大地人の貴族達からも冒険者達からも、ガッポリと金貨をせしめるのっす!」

「こっちもコイツで、ガッチリと稼ぐつもりだがや♪」


 新たなる会話の参加者が、レオ丸の背後からひょっこりと顔を出した。

 様々な輝石が鏤められたアクセサリーを自慢気に掲げながら、ハーフアルブの<細工師>が満面の笑みを浮かべて立っている。


「おおぅっと……、君の名は……モゥ・ソーヤー君か。

 こりゃまた何とも、豪い派手なブローチを拵えたもんやねぇ」

「ちょうすいとる大地人が相手だもんで、橘DEATHデスですクロー先生とどえりゃーかんこーしたがや」

「そいつぁー全く、お疲れさんやねぇ。実に頼もしいこっちゃ」


 鯱をモチーフとしたと思われるキンキラキンの装飾品と、モーモーと鳴き続けている牛達を交互に見遣りながら、レオ丸は安堵の吐息を漏らした。

 レオ丸達が(たむろ)しているのは、ほんの数日前には総勢百名を越す冒険者達が二手に分かれて、殺し合いをしようとしていたゾーンである。

 あの時に漂っていたキナ臭い空気は、今では微塵も感じられない。

 ただただ咽返るような熱気と、緊張感の欠片もない暢気が溢れているだけだ。

 ギルド単位で集い、仲間以外を排除していた空気も薄れ、緩やかながらも<冒険者>同士の連帯感が醸成されている。

 とは言え、“ヤマトは一家、冒険者は皆兄弟”にはほど遠いものではあったが。


「神は何処かにましまして世は全て事もなし、ってか?」


 何処かのお祭り好きの大学が開催する学園祭にも似た光景に、レオ丸の口元が自然と綻ぶ。


「法師!」


 満足そうに煙管を吹かしながら声のする方を振り返れば、ナゴヤ闘技場の前に立つ二人の冒険者が、飛び跳ねながら頭上で両手を振っていた。

 気負いを捨てて、冒険者達や牛達を引き連れながらウェルカム・ゲートを潜れば其処は、柱と幔幕だけで建てられた簡素な小屋が左右にズラッと並び、多くの冒険者と大地人が余念なく屋台の準備に勤しんでいる。

 看板を見れば建ち並ぶのは鉄板ヤキソバ屋、串焼き屋、ホットドッグ・スタンド、立ち食いきし麺屋、カレーライス専門店など。

 其れら軽食屋の合間には、アクセサリーや応援グッズを扱う店舗もあった。

 森之宮showYaとレディ=ブロッサムは軽やかに会釈をして、優雅に牛を追い立てながら屋台村の裏の方へと、牧歌的な空気を纏わせたまま去って行く。

 一方。

 麦藁帽子に半袖シャツと半ズボン姿というミシシッピ辺りの悪戯小僧か、将来設計が海賊王の少年みたいなラフ過ぎる格好の<妖術師>は、ペコリと一礼してから小屋と小屋の合間へと、アクセサリーを煌かせつつ足早に姿を消した。

 彼らに手を振り、軽く頭を下げて別れを告げると、のんびりとした足運びで待ち構えている二人のソロ・プレイヤーの元へ歩み寄る、レオ丸。

 すると、狐尾族の冒険者が痺れを切らした感じで、まるで往年の名作野球アニメのタイトルバックのように、握り締めたボールをレオ丸の眼前へと突き出した。


「見て下さい、コレを!!」


 自動的に展開したステータス画面に表示された名前は、(サン)カティーノ。

 跳ね放題の前髪の下から覗く紅色の瞳がキラキラと輝き、達成感に満ち溢れた満面の笑みでズズイと詰め寄って来る。


「我々、<裁縫師>チームの至らなさの所為で、ボールが粉微塵になるという失態を犯してしまいました。

 其処で!

 <エルダー・テイル>のゲーム・システムを熟知しているという、志摩楼藤村君のアドバイスを仰ぎながら改良に改良を加えてみました!

 構想五十七分、製作時間三分、制作費プライスレスの超力作です!!」


 玄関先に上がり込みゴム紐を売りつけようとする押し売り並みに、言葉以外にも色々と飛ばしながら熱弁を振るう(サン)カティーノ。

 レオ丸は勝手にヒートアップする彼の勢い、いや圧力と飛び散る唾に押され少し仰け反りながら一歩二歩と後退りする。


「先に採用されましたモノよりも強度は何と! 驚きの3.14159倍です!

 凡そ三倍増です! もう負けません!

 今度は此方が、バットもバッターの手首も砕いてやりますよ! イヤァッハー!」


 いや、其れはどーだろー?

 そう思いつつも、強引に握らされたボールを仔細に検分するレオ丸。

 午前中にフィールド内でかっ飛ばしたボールとの違いは、視覚と触覚からではさっぱり感じられない。

 ふと、手を離してみた。

 高さ約一メートル十センチ辺りから落下したボールは、僅か十五センチほど弾んだ。

 更に二度ほど小さく跳ねるも、直ぐに地面に留まり止る。

 少しだけ時間も止まった。

 やがて。

 徐に身を屈め、ぎこちない動作でボールを拾い上げる、レオ丸。

 そして掴んだボールをじっくりと見詰めてから、改めて眼前の二人の冒険者の顔をとっくりと眺めた。


「強度は向上しましたが、残念ながら反発計数は大きく低下しました。

 比較すれば六割減といった処でしょうか」


 撫でつけられたクルーカットに銀縁眼鏡をかけた、まるで明治の若き文豪を連想させる純和装のハーフアルヴが、レオ丸の視線を平然と受け流しつつ実に冷静な声で解説する。

 其の声音は然も当然といった感じで、残念そうな響きはなかった。

 志摩楼藤村の説明を黙って傾聴したレオ丸は、ボールについていた土埃をササッと払い、腰の魔法鞄から取り出した<大師の自在墨筆>でサラサラと何かを書きつける。


「したらば、お二人さんに御願いする。こいつを明日までに二百球、用意してくれへんかな?」


 レオ丸から返却されたボールを握り締め、(サン)カティーノは力強く頷いた。

 “レオ丸公認・大会公式採用球”と墨痕鮮やかに署名されたボールを持っていない方の手で、物思いに耽っている志摩楼藤村の襟元を鷲掴みするや、疾風怒濤の勢いで闘技場の裏手へと駆けて行く。

 レオ丸は腰を折って合掌礼拝し、一目散の二人組をアルカイックスマイルで見送り、さてと歩き出そうとした途端。

 今度は視界の右端から別の人物がフラフラと千鳥足で、大儀そうに近づいて来る。

 名前を確認するまでもなく、其の人物をレオ丸は既に見知っていた。

 何故ならば昨日に、言葉を交わし仕事を依頼していた冒険者であったのだから。


「お! ホウトウシゲン君、御疲れ様! どないだ、出来やしたか?」

「はいですナリー。どーにかこーにか、文章をでっち上げたナリー」


 <TABLE TALKERS>に所属するドワーフが、体格とは釣り合わぬ優しげなボーイソプラノで答えながら、一枚の羊皮紙をレオ丸に差し出した。

 <統一契約書>、と大文字で記された書類。

 其れを両手で受け取ったレオ丸は、一度目はザッと目を通し、二度目は綿密に一言一句に過ちがないか確かめながら精読した。


「有難う、改めて御疲れ様でした。

 したらば早速やけど、コレを五十枚……いや余分を足して六十枚、急いで増刷して貰えへんやろうか?」

「あ、はいナリー。了解しつつ承りましたナリー」

「ゴメンやで。……信用出来る<筆写師>って、自分しか居らへんねんわ。

 苦労をかけるけど、何卒宜しく御願いしたい。

 地味な作業やもしれへんけど、明日の試合が成立するかどうかは、自分の御手にかかっている……って言うたら過言やもしれへんけど。

 ボールやバットと同じくらいに、明日の試合には欠かせん重要アイテムやさかいに、な」

「御言葉誠に嬉しいでありまするのでありますナリー。鋭意、努力するとですナリー」

「Verba volant(言葉は飛び去るが)」

「scripta manent(書かれた文字は留まる)、ですナリー」


 御互いに敬意を表しペコリと頭を下げ合う、レオ丸とホウトウシゲン。

 そして。

 レオ丸がゆったりとした動きで、頭を上げると。

 其処に居たのは<妖術師>の<筆写師>ではなく、<施療神官>の<鎧職人>であった。

 入れ替り立ち替り目紛しく現れる協力者達との面談に、脳味噌を精一杯働かせて応じる。

 遺漏が限りなく皆無になるように、不備がより良き方へと改まるように、と。

 だが、こうも様々な役割と扮装の人物が間断なく現れては、処理が中々追いつかない。

 <淨玻璃眼鏡(モーリオン・ゴーグル)>で隠した目を白黒とさせているレオ丸に、ギルド<A-SONS>の一員である冒険者は両手で抱えた防具らしきアイテムを奉げ持ち、言上を述べる。


「明日の試合にて御坊の御身を守る防具一式、<黒布仕立革甲>でございます」


 とある宇宙刑事シリーズに出て来た神官そっくりの衣装を身に着けた北田向日葵朝臣は、猫目を光らせつつもまるで主君に(かしず)くかのように礼を尽くした。

 何処か珍妙な男装の麗人の所作にドギマギとしながら、レオ丸は取り繕った表情と身につかない鷹揚さで、最敬礼のみを受け取る。


「然様なれば」


 二本の角と、キラキラしたヴェールをつけた丸い冠で猫人族特有の獣耳を隠した<施療神官>は、鮮やかな唇をニンマリとさせ、秘宝級アイテムの<ミラクルスペースの宝玉杖>で地面をトンと突いた。

 突然、レオ丸は両腕を何者かに掴まれる。

 なーんか前にもあったような状況やな、と右を向けば。

 南北朝時代のとある武将の鎧に似せた製作級防具<紫糸威五色鏤胴丸具足・太刀洗豊十郎式>を纏い、<鬼神一夜打千本号>という秘宝級の長柄槍を背負った、銀髪白皙の<武士>がレオ丸の左手を拘束していた。


「え~~~っと、筑紫ビフォーアフター君」


 溜息をつきつつ、左を向けば。

 鬼火柄と髑髏模様をあしらった秘宝級布鎧<相馬古内裏打掛>をぞろりと着込んだ、長い真紅の乱れ髪も美しい乙女<神祇官>が、法儀族の其の細腕からは想像出来ぬほどの力で、レオ丸の右手を握り締めている。


「あ~~~、トリリンドル・オーヤマさん」


 北田向日葵朝臣がクルリと背を向け、ナゴヤ闘技場の城壁正面通路を悠々と潜るや、歩調を合わせて其の後に続く筑紫ビフォーアフターとトリリンドル・オーヤマ。


「タイタニック号の舳先に立つのって、こんな気分なんかな?」


 持ち上げられ運ばれるレオ丸の呟きは、三人の冒険者の耳には届かず微風に紛れて行った。



 其れから、僅か十分ほどの時が過ぎて。


 蓄光石が明るさを湛える城壁内部の通路を抜けたレオ丸は、お姫様ダッコされへんかっただけマシか、と内心複雑な思いを抱いてバックネット付近からフィールド内へと進み出る。

 着たきり雀の一張羅、幻想級布鎧<中将蓮糸織翡色地衣>から製作級の衣装<蝉羽の作務衣>へと着替えを済ませ、胸元から股間までを覆い守るプロテクターの<黒布仕立革甲>を装着した姿で。

 目元はいつもの<淨玻璃眼鏡(モーリオン・ゴーグル)>、口には相変わらずの<彩雲の煙管>。

 先導するのは、最前と同じく<施療神官>。背後につき従うは勿論、<武士>と<神祇官>である。

 護衛されているとして踏ん反り返って堂々と歩けば良いのか、それとも護送されているとして背を丸めて小幅で歩けば良いのか?

 判別のつかぬまま、レオ丸は胸を張りつつ首を垂れて、トボトボと歩いた。

 やがて辿り着いたのは、ライト側のポール際。

 レオ丸が俯き加減だった視線を上げて周囲を見渡すと、ナゴヤ在住の冒険者に混じり<Plant hwyaden>のギルドタグが幾つも確認出来た。


「ギルマス、お連れ致しました」

「ああ、有難う」


 他の冒険者達と話をしていた山ノ堂朝臣は、軽く手を上げて笑顔を見せる。

 レオ丸が其の声に注意を戻すと、其処にはカズ彦に太刀駒と見知った顔が揃っていた。


「野暮用とやらは済んだんですか、法師」

「ああ、まぁ、大体の処はな。ホンで、どないしたんやいな?」

「改めてルールの確認をしなきゃ、って思いまして。

 審判団の人と、対戦相手の代表と話をしてたんですが、やっぱ主審である法師に居て戴かなきゃ、俺らだけでは判断がつかないんで」

「審判の一員を任されたの良いとしても、俺はレオ丸さんみたいに野球ファンじゃありませんからね。

 ジャッジの基準をレクチャーしてもらわないと」

「そういう事ですわ、特別顧問。……いや、今は大会委員長兼主審か。

 ま、どっちでもする事に変わりないけど、宜しく指示しとくんなはれ」

「へいへい、りょーかい、りょーかい」


 ほんじゃあまぁ、とレオ丸は一礼して引き下がる北田向日葵朝臣達から離れ、山ノ堂朝臣達を率いて一塁ベースの方へブラブラと歩き出す。

 肩慣らしのキャッチボールをする者や、素振りをする者。緩く転がされたゴロ球を素早く拾い、スローイングの練習をする者。

 本当ならば、チームごとに時間を区切って練習するのが普通なのだが、今は敵味方が入り乱れていた。

 仲間同士で個別に、中には新しく仲間を組み合同で、誰しもが余念なく練習に励んでいる。

 数時間前に判明した、ボールの耐久度問題が解消するまでの間、暫定的にバッティング練習は中止されているようだった。


「だから、違うってばさ」

「何が違うんだ?」


 右利きなのにバットを握る手の位置が逆になっているMIYABI雅楽斗(ががくと)朝臣に、多岐音・ファインバーグ朝臣が頭を掻き毟りながら指導をしている。


「ベストメンバーって言うたら、真弓・弘田・バース・掛布・岡田・佐野・平田・木戸で決まりやろうが!」

「異議ありだワン! 佐野じゃなく、日本シリーズで活躍した長崎を入れるべきだワン!」

「いやいや、センターは弘田よりも北村にせんと!」


 練習をほったらかしで議論に終始する<Plant hwyaden>と<A-SONS>の猫人族との間に、全国の小学校の校庭に建てられていた二宮金次郎を二十歳くらいにしたような、背負子を背負ったハーフアルヴの<守護戦士>が割って入り、議論を水掛け論へと変えていた。


「MAD魔亜沌君に、Yatter=Mermo朝臣君に、……CoNeST君か。

 自分らは一体幾つやねん?

 1985年当時には、自分らの誰一人として産まれてへんやろうに……」

「如何にも、同志レオ丸の申す通りよ!

 2002年の日本シリーズが精々であろうに、身につかぬデータを弄ぶとは何とも嘆かわしいものよ!」


 苦笑いを浮かべるレオ丸のやや下方から、ライオンの唸り声の如き合いの手が入れられる。

 視線を下げれば其処にいたのは、紙の束を片手に羽ペンを頻りに動かし何かを書きつけている、分厚い瓶底眼鏡風のゴーグルをかけた<付与術師>のドワーフ。

 いつの間にやら一行に混じり、レオ丸の横をノッシノッシと歩いて居る。

 盛り上がった白髪頭と伸ばしっ放しの白髭だけを見れば、まるでプロイセン王国出身の苦悩する哲学者のようだ。

 尤も、世界を一変させた彼の歴史的偉人は、ガリ勉眼鏡など使用してはいなかったが。


「え~~~っと、カール・マルク……やなくて、琵琶湖ホエールズ……同志?

 ……『労働者へのアンケート』でも、書いてはりますのん?」

「うむ、似てはいないやもしれぬが故に、内容としても全然違うものであるのよ。

 其処な同志山ノ堂朝臣に依頼されての、若者達の振る舞いを観察しながらデータを収集し、ベンチメンバーの選定作業をしている処であるのよ」


 白髪も白髭もモジャモジャのドワーフから眼差しを振り向けると、山ノ堂朝臣は苦笑いをしながら顎を擦っていた。


「俺は、プレーイング・マネージャーが勤まるほど器用じゃないもんで。

 此処に居る冒険者の中で一番年長者である其の人に、ベンチワークを丸投げしたんです」

「“人間が集団で生きて行くにあたって尤も肝心な事は、ひとりひとりの人間の柔軟な感性と個性に対応できるようなシステムが保証されている事である”って事かいな?」

「“ラディカルであることは、事柄を根本において把握することである。”

 “人間の意識が人間の存在を決めるのではなく、反対に、人間の社会的存在が人間の意識を決めるのである。”

 “各人はその能力に応じて、各人にはその必要に応じて”という事よ」

「其の心は?」

「万国の冒険者よ、団結せよ!」


 大丈夫なんか? と、レオ丸は表情だけで問いかける。

 ノーコメント! と、山ノ堂朝臣は声を出さずに答えた。


「♪聞け万国の冒険者! 轟き渡るD-dayの! チームに起る足取りと! 勝利を掴む鬨の声!♪」


 いきなり立ち止まり、前触れもなく歌い出した琵琶湖ホエールズをつくづくと眺めてから、レオ丸達は其の場からそっと離れる。


「触らぬ神に」

「祟りなし」


 レオ丸の背後で、目を点にしたカズ彦と太刀駒が顔を見合わせ、肩を竦めていた。


「いやはや毎度の事ながら、琵琶湖の御隠居さんの“ぷろれたりあーと”とやらにはほとほと参りやすなぁ、ねぇ、兄さん方?」


 声に釣られて首を左に振れば、鍛え抜かれた浅黒い素肌にワークウェア・ベストを直接羽織り、ズボンはグレーのニッカボッカ、黒い地下足袋を履き、刈り上げた金髪を捻り鉢巻というガテン系のエルフが、巨大な前引き鋸を肩に担いで立っている。


「そいつぁ兎も角、レオ丸の兄さん。何処も彼処も御注文通りに仕上げさせて戴きやしたが、他に追加はござんせんか?」


 何ともいなせな<大工>の冒険者が、景気のいい音を立てて手鼻を噛んだ。


「おおっと、あ~~~……志乃聖人S君。ホンマにおおきに有難う!

 ワシの方からは特にないけど、……自分らの方からはどうや?」

「ああ、それなら済まんけど。

 三塁ダグアウトのベンチが、ちょいとグラつき気味なんで・・・…」

「おうさ、任しとけ、太刀駒の兄ちゃん!」


 威勢のいい返事を残し、志乃聖人Sは<暗殺者>らしく俊足で駆けて行った。


「何ともまぁ、どちらさんも……賑やかなこっちゃな」

「そりゃまぁ、そうさ。

 誰が得すんのかも定かじゃない不毛な血祭りが、誰もが浮かれて騒げる御祭りに変わったんだから。

 ソレもコレも全てがみんな、レオ丸法師、あんたが俺達に与えてくれた恩恵なんだぜ。

 あんたが全ての切欠であり、全て法師の御蔭だ」


 楽しそうに吐息を吐くレオ丸の肩を、山ノ堂朝臣の右手が掴む。


「其の意見に異議なしですわ、特別顧問」


 太刀駒が、レオ丸の尻をポンと叩いた。


「そーでもないやろ? 実際に奮励努力しとるんは、自分らの方やん?

 ワシは……口先と舌先だけしか働いてへんもん」

「“努力する人は希望を語り、怠ける人は不満を語る”って言ったのは誰でしたっけ?」

「井上靖御大の言葉やなぁ、カズ彦君。

 そーは言うてくれるけども、どっちか言うたら。

 “貴方は翌檜でさえもないじゃありませんか。翌檜は、一生懸命に明日は檜になろうと思っているでしょう。貴方は何にもなろうとも思っていらっしゃらない”って言われる立場でしかないで、ワシは。

 地平の彼方を目指して疾駆する、自分ら『蒼き狼』達の美しき姿に憧れるだけの、雪虫(しろばんば)でしかあらへんもん、ワシは。

 “トオイ、トオイ山ノオクデ、フカイ、フカイ雪ニウズモレテ、ツメタイ、ツメタイ雪ニツツマレテ、ネムッテシマウノ、イツカ”きっとなー♪

 せめて『黒い蝶』か別の何かにでもなって、ヒラヒラと舞い踊りたいもんやけどねぇ」


 少し自虐的な笑みを浮かべたレオ丸は、山ノ堂朝臣達から三歩ほど進んで振り返る。


“舞え舞え蝸牛、舞はぬものならば、馬の子や牛の子に蹴させてん、踏破せてん、真に美しく舞うたらば、華の園まで遊ばせん”


 両の掌を柔らかく動かしつつ、朗々と詠い舞うレオ丸。


「“遊びをせんとや生れけむ、戯れせんとや生れけん、遊ぶ子供の声きけば、我が身さえこそ動がるれ”ってな。

 井上靖御大の『後白河院』みたいに“文にあらず、武にもあらず、能もなく、芸もなし”で生きて来たし。

 此れからもそんな感じで生きられたら、最高やんねぇ?」

「いえ、迷惑ですね」


 蛇踊りモドキを舞っていたレオ丸を、カズ彦があっさりバッサリと一言で斬り捨てた。


「レオ丸さんに、“ヤマト一の大天狗”にでもなられた日には、こっちはオチオチ枕を高くして寝ちゃいられませんよ。

 実に迷惑千万ですから、ね」

「やっぱ、アカンかぁ」


 にへら、とだらしなく口元と頬を緩めたレオ丸は、大きく深呼吸をしてから顔を引き締める。


「“人生はどちらかです。勇気をもって挑むか、棒に振るか”」

「其いつは誰の言葉なんです、法師?」

「ヘレン・ケラー女史のお言葉にてござい、山ノ堂朝臣君」


 レオ丸は、両手を天に突き上げ伸びをすると、今度はニヤリと笑った。


「明日は勇気を持って、棒っきれを振り回してや♪」

 頭文字ファンブル 氏は、名前のみでしたが試合が始まりましたら、御活躍戴く予定にて。

 まだ、ランプ・リードマン 氏、宇宙人#12 氏、究極検閲官R 氏、水琴洞公主 氏には御出演戴いておりませんが、其れは理由あっての事でありんす。今暫し、お待ちあれ。


 それぞれ御出演戴きました皆様方には、前回同様にがっかり度合いの高い様相と言動となっておりますが。

 まぁ、野良犬かヒバゴンに襲われたと思って、諦めて下さいませ(苦笑)。

 拙著者謹言平身低頭暗中模索右顧左眄。

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