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第肆歩・大災害+59Days 其の壱

 何事にも準備が肝心。だ・け・ど、準備に時間が掛かり過ぎているかも?

 一先ずは、以下の方々に御出演戴きました(出演順)。

 ☆ 虎千代THEミュラー 氏

 ☆ @ゆちく:Re朝臣 氏

 ☆ ブラック下田 氏

 ☆ 橘DEATHデスですクロー 氏

 ☆ 大アルカナのぜろ番 氏

 ☆ †ばる・きりー† 氏

 ☆ シュヴァルツ親爺朝臣 氏

 ☆ ユキダルマンX 氏

 ☆ 山ノ堂朝臣 氏

 ★ スペシャルゲスト 

 レオ丸が、気絶するようにして陥った二度寝から漸く目覚めたのは、凡そ九時頃の事。

 ワイワイガヤガヤと、まるで縁日のような喧騒が鼓膜を震わせ、其の賑やかさに惰眠を貪り続ける事が出来なくなったからであった。

 半覚醒状態のままに身を起し、グラグラと首を揺らせて脳へと血を送ろうとする。

 目を眩ませる午前の日差しを<淨玻璃眼鏡(モーリオン・ゴーグル)>で跳ね返しつつ、徐に両手を天に突き上げてから両の頬を軽く叩いた。


「……一体、何の騒ぎやねん?」


 ナマケモノの約三倍の速度で立ち上がり、城壁の内側へと歩み寄るや身を乗り出して下を覗き込む、レオ丸。

 ナゴヤ闘技場改め、ナゴヤ・ベースボールパークの急造されたフィールドには、多数の冒険者が群れ集っていた。

 正確に言えば、マウンドとホームベース間を取り囲むようにして内野近辺に集合している。

 取り囲まれている、投手と打者と捕手の三人はポカンとした顔をしており、取り囲んでいる其の他の冒険者達は、悲鳴とも呻きともつかぬ喚声やら絶叫やらを上げを上げていた。


「あ、……気づきよったか」


 城壁に頬杖をつきつつ、耳に指を突っ込み一頻り穿るレオ丸。

 欠伸を漏らしながら眼下の徒ならぬ状況を眺め、耳から抜いた指先をひと吹きした。


「しゃーないなー……アドバイスらしきモンでも、したるか」



 急ぐでもなく慌てる事なくトコトコと、下界へと降り立ったレオ丸は<彩雲の煙管>を燻らせながら、“なんちゃって天然芝”で覆われた外野フィールドを横切る。

 腰の後ろで組んでいた両手を解き、右手を前に左手を後ろに伸ばし、冒険者達の人混みに少々強引な感じで割って入った。


「はい、御免やしておくれやして御免やっしー、通してんかー、通してんかー」


 日本一長い商店街を行き交う人混みを縫って走る、自転車に乗った出前のにーちゃんみたいな掛け声を上げながら、スルスルと冒険者の人波を擦り抜ける。

 レオ丸は澱みのない脚運びで、ワイワイガヤガヤと喧しい冒険者達の隙間を通り、人垣の前へと難なく躍り出る事に成功した。

 眼を凝らすまでもなく、バッテリー間とバッターの様子が一望出来る。

 投げ終わった姿勢のままで、投手役の冒険者が目を見開き凍りついていた。

 バットを振り切った姿勢のままで、打者役の冒険者が目を見開き凍りついていた。

 キャッチャーマスクを剥ぎ取った姿勢のままで、捕手役の冒険者が目を見開き凍りついていた。

 それら三人の視点が交わる処、群れ集った冒険者達が注視し、一部が指を差しているのはホームベースの近辺である。

 何かの残骸らしき塵が、微風にカサコソと音を立てている辺りだ。


「はい、お邪魔しまっせ」


 フランス語表記で“アンツーカー”と称する場所は、野球場ならば概ねマウンドの辺りを意味する言葉となる。

 所謂、水捌けの良い赤褐色の土で覆われている辺りの、真ん中ぐらいにヒョコヒョコと衒いなく現れたレオ丸は、口に咥えた煙管を上下させながら両手を腰に当てて胸を張り、周囲を軽く睥睨した。

 視界に映し出される冒険者達のギルドタグは雑多なもので、<Plant hwyaden>の名前が一つたりとて見受けられぬ事に、レオ丸は心密かに北叟笑んだ。

 そして徐にバッターボックスへと歩み寄り、一個の奇妙なオブジェと化している猫人族の<武士>の、彫像の如く固まった顔を覗き込む。


「え~~~っと、虎千代THEミュラー君か」


 レオ丸がポンポンと、西洋甲冑に似た当世具足風の南蛮胴を身に着けたままでバットを握る冒険者の肩を叩き、ニヤリと笑うやマウンドで呆然としている投手役の冒険者に手を振った。


「スマンけど、……@ゆちく:Re朝臣君。ちょいと一球、投げてくれるか?」


 虎千代THEミュラーの手からバットを強引に奪い取り、序でにバッターボックスから押し出すと、レオ丸は二度三度と素振りをくれてから、足元を均す。

 @ゆちく:Re朝臣は狼牙族なのに、狐につままれたような表情で足元に置かれた籠からボールを一つ取り出すや、大きく振りかぶった。

 以外に確りとした投球フォームで投げられた、糸を引くような綺麗な球筋はストライクゾーンのど真ん中へ。

 球速を測れば恐らくは百四十キロ台の速球を、力みのないバット捌きで打ち返すレオ丸。

 乾いた甲高い音が、フィールド全体に余韻を残して響き渡る。

 ジャストミートされた打球は低い弾道で冒険者達の頭上を越え、ツーバウンドで左中間のフェンスに当り跳ね返った。

 咥え煙管の先を下げたレオ丸は、おどけたように肩を竦める。


「さてさて、皆さん。御覧の通り」


 レオ丸は虎千代THEミュラーにバットを返却しながら、五色の煙をゆっくりと吐き出した。


「つまる処コレが所謂、<冒険者>の身体機能やわ。

 先に言うたように、ワシは運動音痴やさかいに元の現実やったら、今の@ゆちく:Re朝臣君が投げた球速やったら、きっと空振りしてたやろうさ。

 もし仮にバットに当ったとしても、ボッテボテの内野ゴロが精々やろうなぁ。

 そんなワシでも今の身体能力ならば、あそこまで軽々と飛ばす事が出来る。

 ホンマは……ホームランを狙ってたんやけどね?」


 <彩雲の煙管>の先を上下させつつ、レオ丸は野次馬の如く群れる冒険者達の後ろの方へと、大きな声で呼びかける。


「御免やけど、今の打球を誰か拾うて来てくれへんか?」


 暫くして。

 一人の<武闘家>が冒険者の人混みからスルリと現れ出でた。

 七・三にピッチリと撫でつけられた鬘を被り、衣装は金ボタンが眩しい黒のロングジャケットを着用、僅かに先端がカールした顎の付け鬚と、磨き上げられたエナメル靴。

 そんな出で立ちの猫人族の冒険者が、レオ丸の前へ片手に奉げ持っていた銀の盆を、滑らかな動作で差し出した。


「お待たせ致しました、御導師様」


 微動だにせず、銀の盆の上に鎮座するボール。


「あ、おおきにさん……ブラック下田君」


 ナゴヤにいる猫人族達には、何か独特のルールでもあるのかと首を傾げながら、レオ丸はボールを掴み上げて矯めつ眇めつして見てから、頭上へと掲げる。


「さて、れでぃーす・あーんど・じぇんとるめーんの、お集まりの皆さん。

 此のように、ワシが打ったくらいじゃあ、大して傷はついてへんわさ。

 でも、虎千代THEミュラー君が打ったら、木っ端微塵になってしもうた。

 ……さてさて何でやろうか、判る人は居るかい?」


 五色の煙を細く吹き出し、レオ丸がグルリと見渡すと、冒険者の人垣からパラパラと手が上げられた。


「ほいじゃあ、え~~~っと……其処の<暗殺者>の……橘DEATHデスですクロー君」


 茶色の中折れ帽を斜に被り、赤と緑の縞模様のセーターと黒いスラックス姿の冒険者は、何かの皮を雑に縫い合わせたようなフルフェイスマスク越しにも関わらず、妙にハキハキとした声で答える。


「<召喚術師>と<武士>の基本性能、つまりパワーの違いでは?」

「はい、正解」


 いの一番に明解な回答を発した橘DEATHデスですクローに、バッチグーのサインとも上品中生の説法印ともつかぬ指使いで、合図を送った。

 とあるホラー映画の怪人に良く似た扮装の冒険者は、親指以外の四本の指に鋭利なナイフを装着した、見るからに物騒なグローブを嵌めた右手を下ろし自慢気に胸を張る。

 だが、レオ丸の次の言葉にスコンと肩を落とした。


「で・す・が……正解は一つやとは、限りまへんで。

 さてさて、他の答えが判った人は?」


 幾本かの手が下げられたが、散見する未だ上げられたままの手の中から、レオ丸は瞬時に厳選して一人を指名する。


「ほな、あんさん。……大アルカナのぜろ番君」


 選ばれたのは、金色の生地に白い太陽と白い薔薇を模様として(あしら)ったボディースーツを着込んだ<吟遊詩人>のエルフであった。


「無意識の内に特技を、例えば<斬鉄剣>を発動させたんじゃネ?」

「はい、それも正解」


 レオ丸は親指を立てて、大アルカナのぜろ番を讃える。


「橘DEATHデスですクロー君の言うたように、ワシと虎千代THEミュラー君とでは、身長も体格も腕力も段違いやわな、見ての通りに。

 ホンで、バットは大アルカナのぜろ番君達、<木工職人>が手ずから作製した所謂“特注品”(オートクチュ-ル)やが、ボールの方はメニュー作成した“高級既製品(プレタポルテ)”みたいなモンやん。

 どっちも高級品やけど、性能……言い換えれば耐久力に違いがあるやん?

 頑丈なんで頑丈でないのんをパワフルに打っ叩いたら、そらアカンわな。

 アカンけど、こないに粉々になる事はあらへんやろう。

 エエとこ、糸が解れて台なしになるくらいで済むはずやのに、木っ端微塵になってもうた理由を考えたならば?

 恐らくは、大アルカナのぜろ番君が言うたように、虎千代THEミュラー君はバットを眼一杯に振った瞬間に、いつもの癖で特技を発動させてしもうたんとちゃうやろか?」


 マウンドでつくねんと立ち尽くす@ゆちく:Re朝臣に、レオ丸は手を振ってから返球すると群集をざっと見渡し、一人の冒険者に目を留め呼びかけた。


「其処のエルフのお嬢さん、†ばる・きりー†さん」


 手招きするレオ丸の元へ進み出たのは、美しい白銀製の全身鎧に身を包み折り畳んだ翼に似せた二枚の盾を背負った、金髪碧眼で眼鏡っ娘の麗人。


「自分は、野球の経験はあるん?」

「いえ、さっぱり」

「なるほど。ま、エエやろ。ほな、ちょいとバッターをしてもらおうか。

 ほな御免やけど、@ゆちく:Re朝臣君。

 もう一球をさっきと同じく、ど真ん中に投げたってくれるかな?」


 バッターボックスを†ばる・きりー†に譲り、キャッチャーミットを構えるシュヴァルツ親爺朝臣の後ろに移動したレオ丸は、右手を挙げマウンドへと合図を送る。

 @ゆちく:Re朝臣は真剣な顔で一つ頷くと、ワインドアップモーションから高々左足を上げるという、往年の西本聖を髣髴とさせる投球フォームで、注文通りのボールを投げた。


 カキーン!


 素人とは思えぬ堂に入った振りで、†ばる・きりー†のバットはボールを真芯で捉え、右中間方向へのライナー性の打球へと変える。


「キャーッチッ!!」


 即座にレオ丸は大声を上げた。

 すると手にグラブを嵌めていた冒険者が一人、人垣から離れて駆け出した。

 水色の長髪を頭頂で左右に分け、其の分けた房を両耳の脇で環状にして結った所謂“角髪(みずら)”を揺らし、ゆったりとしたツーピースの白装束姿で風を切り走る<神祇官>。

 まるで『因幡の白兎』の物語から抜け出て来たような冒険者は、大きなスライドで瞬く間に打球を追い越すや、振り向きざまのジャンピング・キャッチを果敢に試みる。

 懸命に差し出されたグラブの中に、打球はすっぽりと収まった。


「バックホーム!」


 華麗に一回転着地を決めた<神祇官>は、外野右中間の少し深い処から空かさずホームベース方向へと、ダイレクトにボールを投げ返す。

 漫画であれば効果音つきと思われる所謂“レーザービーム”返球は、ホームベースのかなり手前で跳ねるも、シュヴァルツ親爺朝臣が俊敏な動きで難なく捕球した。


「処で、†ばる・きりー†さんよ。……自分はホンマに、野球の初心者なん?」

「はい、そうですよ。

ソフトボールならば、国体への出場経験がありますけど、野球はした事がありません」

「……さよか」


 しれっと言い放つ†ばる・きりー†の涼しげな顔に、レオ丸は溜息を五色の煙混じりで大きく吐き出す。

 やれやれと左右に首を振りながら、シュヴァルツ親爺朝臣から返球されたボールを受け取り、大きく縦に一振りしてからニヤリと笑みを浮かべた。


「……さぁ、大問題。先の虎千代THEミュラー君も、此の†ばる・きりー†さんも、<武士>と<守護戦士>とメイン職に違いはあれど、どっちも武器を持っての攻撃職やん?

 せやのに、片や粉々で片やほぼ無傷、ってな結果が出てしまいましたよ、おっかさん。

 既に誰もが承知しているように、<エルダー・テイル>の設定では男女差によるパワーの違いはない、って事のはずやん?

 流石はウーマン・リブでジェンダーフリーを標榜しとる、御国のゲームやね?

 ほな、此の違いは何やろうか?」

「はい!」


 いつの間にやら外野から、アンツーカーまで戻って来ていた若かりし頃の大国主命っぽい冒険者が、息も切らさず元気よく挙手していた。


「あらまぁ、御疲れ様でした。え~っと……ユキダルマンX君」

「レベルの差から来る、特技使用の習熟度の差では?」


 外見と名前とのギャップの激しさに、レオ丸はユキダルマンXを二度観してから賞賛の拍手を上の空で贈る。


「え~~~っと、何だっけ? ……ああ、そうそう、多分恐らくきっと其の通り。

 其方の虎千代THEミュラー君は、レベルがカンストしとって、無意識に特技を発動出来るくらいの武闘慣れしたタイプっぽい。

 だもんで恐らくは、無意識に<斬鉄剣>を発動させてしもうた。

 もしかしたら、<後の先>を付加させてな。

 此方の†ばる・きりー†さんは、五十レベルに未だ達してへんロール系のプレイヤーさんなんかな。

 もし此方も、ガチのバトルジャンキーやったらば、特技の<オンスロート>をうっかりと発動させて、同じくボールを木っ端微塵にしてたかもね?

 まぁ、雑に整理するとや。

 彼とワシとの違いは、メイン職による単純な基本設定の違い、で。

 彼と彼女との違いは、レベル差に由来する経験の違い、や。

 ってな訳で、正解者の三名に拍手! 良く出来ました! 良く出来ました!」


 上の空で始まった拍手に熱が篭ると、其の熱は他の冒険者達に伝播しフィールドを覆い尽くす拍手喝采の嵐となった。

 仲間達から囃し立てられた橘DEATHデスですクロー、大アルカナのぜろ番、そしてユキダルマンXの表情が面映いものに変わる。

 尤も、橘DEATHデスですクローは首元まですっぽりと被ったフルフェイスの、<陽気な殺戮者の覆面(ブギーウギー・マスク)>を被っているために、照れているのかどうかは定かではなかったが。

 プカプカと五色の煙を吐き出し、和やかな和気藹々を楽しんでいたレオ丸の脳内で、不意に御馴染みの念話着信の音が鳴り響く。

 拍手をしながら通話をすれば、相手は一方的に言葉を連ね、一方的に念話を終了させた。

 レオ丸は、一際大きく手を打ち鳴らし衆目の注意を呼び集めると、次第に落ち着きを取り戻した冒険者達を再び睥睨する。


「ほいじゃあ、ワシは野暮用を済ませに中座させてもらうけど、自分らはたった今了解した事項を“正しく”認識して頂戴な。

 今の現実では、レベルの高い奴が低い奴よりも偉くは決してない、っちゅー事を。

 己が保持する特性や能力を、誰よりも把握している者が一番なんやって事を。

 大海原では鮫が最強かもしれへんけど、食卓では鰯や秋刀魚の方が最良の存在なんやって事をな。

 大阪の読み人知らずの格言を、自分らナゴヤの住人に授けさせて貰うで。

 “足らん奴は、余るんや”。

 何かに秀でてへんでも、全てが秀でてへん訳やないって事、つまり適材には適所が必ずある、ってこっちゃわ。

 自分自身の、自分の友達や仲間の材料が活かせる場所は何処や? ……って事を漸う考えや。

 慢心してもアカンし、卑下するんは以ての外やからな!」


 視界の端に、テイルザーンの背に隠れるようにして佇む黒渦の姿を留めながら、レオ丸は言いたい放題に言葉を打ち撒け、視線をずらして別の冒険者を見詰めた。


「ほんじゃあ、山ノ堂朝臣君。自分の立場は全く以って、責任重大やで。

誰が適任か不適任か、どの部署に最適な人間は誰なんか、漸う考えて配置しぃや」



 それから、凡そ二時間後。

 時刻にすれば昼間際の頃に、常とは少し装いを変えた同伴者を伴いながら、レオ丸は再びナゴヤ闘技場のゾーンの境界に姿を見せる。

 頭の天辺から肩口までを黒色のターバンでグルグルと覆った、見るからに不審者風の冒険者と親しげに肩を並べながらで。

 僅か数日の間で、レオ丸の視界に広がるゾーンは目紛しいほどに、目眩くほどの変化を遂げていた。

 今しがたレオ丸達が通り過ぎて来たゾーンには、鬱蒼とした繁みに覆い尽くされ獣道よりはマシ程度の荒廃した道しかなく、辛うじて馬車が通れなくもない程度のお粗末さだったが、此れより先は違う。

 境界線を越えた地点から始まる道は、整備された路面を備えており、街道と呼んでも差し障りのないモノだ。

 整然と敷き詰められた石畳の、所々の石材の色が真新しくなっているのは、山ノ堂朝臣率いる営繕担当チームがナゴヤ闘技場を魔改造したついでに、勢いだけでやってしまった結果だった。

 敷設当時の均整さを取り戻したかのような街道を、のんびりと闊歩する<鷲獅子(グリフォン)>と<麒麟(キリン)>。

 魔獣と聖獣の背に揺られながら進む街道には、疎らに人影が散見した。

 街道を二度と侵食されないように、傍に蔓延る藪や繁みを徹底的に除去しようとしている、サブ職<農家>や<庭師>達。

 彼らは、グリフォンに跨った見知らぬ冒険者に対しては一様に不審な目を向けるが、レオ丸に気づくと笑顔で手を振り会釈を送って来る。

 麒麟に跨り、手を振り返し労いの声をかけるレオ丸の耳朶を、凛とした声が擽った。


「あらまぁ、此方では豪く人気者なんですね、法師」

「はっはっは、驚いたか! ……って言いつつワシも正直、驚いてるけどな。

 せやけどまぁ、一七八九年当時のミラボー伯爵の立場ってエエもんやねぇ?」

「散々に罵られて、死後に墓を暴かれたとしても?」

「散々に罵られるんは今に始まった事やないし、罵られた以上に罵り返しとるしなぁ。

 其れに、こっちの現実やと死んでも埋葬される事はあらへんし、どーって事はないわ」

「……ミナミでの貴方の評価は、放蕩伯爵よりは『三銃士』の枢機卿ですけどね?」

「豪い買い被りやなぁ、……過大評価も大概やで、そいつぁ。

 どーせそんな戯言をほざいとるんは、スカプラチンキのゼルデュス閣下やろ?

 JAROに密告して、断頭台送りにしたろかっちゅーねん、ホンマ。

 もしワシがリシュリューなんやったら、あいつは南宋の秦檜閣下やんけ。

 そう思いまへんか、“冬の御嬢様(ミレディー・ザ・ウィンター)”?」

「私はこう見えても、“夏女(ソニア)”を自負しているつもりですけど。

 ま、其れは其れとして。

 散々に唾吐きかけられても、涼しい顔をしてるでしょうけどね、あの男は」

「せやねぇ、ホンマに。

 序でに唾棄すべき行為に手を染めんかったら、エエけどなぁ?

 ソレよりも。

 他に、変装の手段はなかったんかいな、ミスハさん。

 今にも“俺より強い奴に会いに行く”って言いそうな格好やんか?」

「ほっといて下さい! 私だってビミョー以前のファッションだと思っているんですから!!

 ゼルデュスの魔法は未だ使い物になりゃしませんし、かと言って素顔を晒す訳にもいかないですし……」

「“あ、ザ・デストロイヤーだ!”って指差されたくは、ないもんなぁ。

 かとゆーて、服部半蔵ごっこも在り来たり過ぎて美しくはないし」

「ヴェネツィア・カーニバル風とか、“赤死病の仮面”を被るのも……」

「いっその事、真っ白い三角頭巾にするとか?」

「野蛮な厨二病的白人至上主義者の仲間入りだなんて、吐き気がします!」

「そらそやなぁ」


 レオ丸とミスハが巫山戯合いをしている間にも、周囲の様相はどんどんと変化し、其れにつれて視界に映る人影も増えていく。

 街道の左右は見事なほどに整えられ、休憩所として使用するための小屋も真新しく幾つか建てられていた。


「あのー」


 其の内の一つから街道へと出て来た冒険者が、遠慮がちにレオ丸達を呼び止める。


「はいな? どないしましたん、お嬢さん?」


 世間を一時だけ一世風靡して退場した、とあるテレビ司会者のように尋ね返すレオ丸。

 お嬢さんと呼ばれたエルフの冒険者は少し俯き、口篭ってから顔を上げた。


「貴方は……<華国>の現状がどうなっているのか、御存知ありませんか?」

「はい?」


 レオ丸は首を大いに傾げながら、唇の動きと発せられる言葉とにズレを生じさせている女性冒険者を、マジマジと見詰める。


「え~~~っとぉ~~~、……レンインさんって御名前か、自分。そやけど藪から棒に、何でワシがそないな事を知っとるやなんて思うたんかいな?」


 ステータス画面上、<妖術師>ではなく<道士>と表示させている冒険者に、レオ丸は困惑しながら早口で質問を重ねた。


「……麒麟」

「はい?」

「貴方がその、麒麟を使役獣となされているので、もしや<華国>に誼を通じておられるのではないかと」

「ああ……、そーゆー事かいな……」

「此の人は関係ありませんから」


 レオ丸の呟きを、ミスハがマフラー越しにしては明確な声で、言下に否定する。


「此の人は、あっちへフラフラこっちへヒョロヒョロと徘徊だか放浪だか漂泊だかをしている法師ではありますけど、西天取経や求法のために態々渡海するほどの立派な僧侶なんかじゃありませんから!」


 自分以上の早口で扱き下ろされた事に、レオ丸は即座に反論を呈した。


「豪い言われようやな!

 ……こう見えても、“全て悪しき事をなさず、善い事を行ない、自己の心を浄める事。此れが諸の仏の教えである”って『法句経(ダンマパダ)』の一節くらいは、スラスラと空で噛まずに言えるんやで?」

「言えるだけでしょうが?」

「バレたか」


 口から出任せ的な反論を簡単に覆され、レオ丸はペロリと舌を出す。


「まぁ、そーゆー事で残念やけど<大災害>から此の方、ワシは海を渡った事はあらへんさかいに。

 此方(ヤマト)の現状と展望を把握しようとして四苦八苦している身としては、海の向こうの事情までは手も足も舌もでまへんわ。

 それに此の子も、全てがゲームやった頃に眷属(ファミリア)にしたもんやし」

「Enchantée, Très heureuse」


 跨ったままで優しく首筋を撫でると、中国サーバが独自に考案したモンスターである麒麟は、レンインの方へと傾けた頭を無礼にならぬ程度に心持ち下げ、中国サーバが設定しなかったはずのフランス語で慇懃に挨拶をした。


「お役に立てんで御免やで、お嬢さん」


 契約従者に続き契約主も頭を下げると、レンインは如何にも落胆したように肩を落とし、挨拶もそこそこにレオ丸達へと背を向ける。

 去って行く先には、メイン職表示が<武士>ではなく<侠客>となっている偉丈夫が、中国の皇帝の枕元に掛けられた鍾馗像のように厳めしい顔つきで、レオ丸を睨みつけながら仁王立ちしていた。


「自動翻訳機能の限界か……」

「はい!?」


 悄然としたままの美姫を、あらゆる危難から守ろうとするかのように肩を聳やかしてゆっくりと大股で歩く、頑強な武人。

 何処かへと向かう<華国>の冒険者のカップルを、険しい眼差しでジッと見送っていたミスハは、脈絡のないレオ丸の言葉に虚を突かれ大袈裟な動きで体を引き戻した。


「いやね、今のお嬢さんの事やねんけど、さ。

 口の動きと喋ってた言葉とがさ、ビミョーに同調してへんかったやん?

 映画の吹き替えを画面で観る分には何とも思わへんけど、現実に眼の前で見せられたらごっつぅ違和感があるなぁ、ってな」


 <エルダー・テイル>が発売当初からプレイをしているレオ丸は、文字会話翻訳機能からヴォイスチャット自動翻訳機能へと移行した際の感動を、今もありありと覚えている。

 世界中の様々な人と、ほぼタイムラグなしで会話が出来るようになったのだ。

 最近始めたばかりのプレイヤーにとっては当たり前の事も、レオ丸達の世代にとっては驚天動地の事象である。

 単なるドットの塊がワイヤーフレームになり、CGへと名称が変わり、3D映像にまで進化し巷に氾濫するようになった時も。

 技術革新の驚くべきスピードに、レオ丸達の世代は感動と共に恐怖すら覚えた。

 だが人は常態化したものに、いつまでも感動も恐怖すらも維持し続けられるものではない。

 何十万円もした高級器機のPCが、数千円から一万円前後の安価なパーツの集合体でしかなくなるのと同様に、恒常化あるいは日常化した技術にレオ丸達も慣れてしまった現時点において、久々に覚えた違和感であったのだ。


「ワシらの眼には、彼女が日本語を喋っているように見えたけども、彼女の方からしたら、ワシらが普通語(プートンワ)か広東語を喋っていたんやろうな」

「<大災害>発生時に、ヤマトに飛ばされたのは日本人プレイヤーだけじゃありませんからね。

 在日の人達だけじゃなく、偶々ヤマトの地に遊びに来ていた人達も含めて、外国籍のプレイヤーも結構な人数が居るんじゃないでしょうか?」

「あるいは、偶々に飛び込んだ<妖精の輪>で飛ばされて来た外国サーバの人達も、ね。

 ……<大災害>発生からもう直ぐ二ヶ月になる。

 ワシら日本人は社会性を重視する、言い換えれば世間体やら公共やらに大いに依存して生活する民族やから、少数の例外は除いて概ねは、個人の欲望よりも秩序を優先して此れまで過ごして来たやん?

 西日本(ミナミ)は寡頭政治で、東日本(アキバ)は合議制度でと、それぞれが違う手段ででも、優先出来そうな秩序だった世間体を作ったやんか?

 九州のナカスや、東北・北海道のススキノがどうかは寡聞にして知らんけど、恐らくはフォッサマグナを境界線にしてヤマトは東西で違うグループへと、強制的に別けられるんやろう。

 其の分離化した状態が、アフリカの大地溝帯やグランド・キャニオンみたいに二度と結合せぬ隔たりとなるかどうかまでは、予想もつかへんけどね?

 其れでもまぁ、マッドがマックスな怪獣無法地帯になってへんだけ、多少はマシやもんなぁ。

 翻って他所の(サーバ)は、一体どーなっているのやら?」

「……彼女のような、故国を離れている者達は……やはり帰りたいんでしょうか、ね」

「どーやろーなぁ。故国の状況を知らぬ儘やったら、やっぱ帰りたいんとちゃうかね。

 ワシかて、ログインしてたんがもしも海外サーバにゃらば、何としてでもヤマトを目指して旅に出たやろうなぁ。

 さっきの彼女さんは、望郷の念があるからこそワシに質問してきたんやろうし。

 ♪<緑子鬼(ゴブリン)>追いし彼の山、<水棲緑鬼(サファギン)>釣りし彼の河♪ってか?

 いや、<華国>やねんから“歸去來兮 田園將蕪胡不歸”の方が正解か。

 そーいや“中華街(チャイナタウン)”ってこっち(ヤマト)にもあるんかな?」

「そうですねぇ。ヤマトに神戸はありませんけど、横浜はありましたよねぇ……」

「って事は、ヨコハマには<華国>のプレイヤーが集まって来るんかもなぁ?」

「ヤマトの彼方此方から……ですねぇ」

「…………」

「…………」

「……保険が増えるんは、エエかもしれへんなぁ」

「恩の押し売りが出来るかもしれませんし、手段にはまだまだ余裕がありますからね」

「じゃあ、そーゆー事で」

「了解しました」


 レオ丸に目礼した途端、ミスハは音も立てずに姿を消した。

 突然に騎乗主を失ったグリフォンは、戸惑ったように首をキョロキョロさせてから、レオ丸の顔を大きな鋭い眼差しで窺い見る。


「おっつかっれさん」


 苦笑いを浮かべながら労うレオ丸に鼻息で返事をすると、身軽となったグリフォンは天を振り仰ぎひと鳴きしてから、折り畳んでいた翼を広げて蒼穹の彼方へと羽ばたいて行った。

 さてさて。

 スペシャルゲストは、読んでいるだけの人様の御作『ある毒使いの死』より<華国>の冒険者である、レンイン嬢とズァン・ロン氏でした。

 http://ncode.syosetu.com/n3984cb/59/

 読んでいるだけの人様、監修して戴き誠に忝く候。


 <+59Days>が思ったよりも長くなりましたので、強制的に分割して投稿させて戴きました。

 続きは明日か明後日くらいには投稿したいな、と思い努力致しまする。

 今暫し、お待ち下さいませ。拙著者謹言平身低頭。

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