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第肆歩・大災害+55Days 其の参

 御名前を無断拝借・無断改変させて戴きました読者の皆様方から、現時点の処、苦情を頂戴致しておりませんので、引き続き借りパチさせて戴きまする。

 何卒、御免なすって御容赦を。

 尚、当方の都合により、Mermo=Saint朝臣氏の名前を、Yatter=Mermo朝臣氏へと改名させて戴きました。

 悪しからず良からず御了承下さいませ(平身低頭)。

 <十席会議>を<中央執行委員会>に訂正致しました(2017.09.12)。

 ミナミの街より遥々とやって来た面々、<Plant hwyaden>指導部たる<中央執行委員会>が彼らに与えた正式な名称は、文字で記せば“神聖皇国ウェストランデ左衛門府預征夷押領使営団”、読みは“しんせいこうこくうぇすとらんで・さえもんふあずかり・せいいおうりょうしえいだん”である。

 だが拝命した冒険者達は、何とも仰々しい文字と耳慣れぬ言葉の羅列をあっさりと捨てさり、自前の名乗りを勝手に呼称していた。

 即ち、“東方分派師団”と。

 其の、自称“東方分派師団”の指揮官である太刀駒は、拝命受領した内容の全てをレオ丸に開陳する。


“此処は、神聖皇国ウェストランデの土地だ。

 居つくならば、ウェストランデと互恵関係を締結した<Plant hwyaden>に加盟した上で、定められた使用料を払え。

 然すれば此処に、居続ける事を認めてやる。

 然もなくば、実効的な手段を即時に執行する”


 レオ丸は、聞くまでもなく想定していた範疇内の文言と、相違点がほぼない言葉を聞かされ、溜息交じりの五色の煙を細く吐き出した。


“更に宣告する。

 <Plant hwyaden>の意に背こうとする者達には、格別なる恩情を以って再教育を施す。

 跪き、委細を承諾せよ”


 仏頂面の太刀駒が平坦な口調で発する最後通牒を、改めて聞かされた山ノ堂朝臣達は、苦虫を盛大に噛み潰した表情をしていた。

 憤懣やる方ない気持ちを、剥き出しの敵意に変換させている。


「Fee, fie, foe, fum.

 I smell the blood of a Betrayer.

 Be he alive or be he dead,

 I'll grind his bones to make my bread.……ってか?」


 レオ丸は口から外した煙管の吸い口を、太刀駒の眉間へと向けた。


「さっき、其処のニャンコが言うてた“神聖なる粛清行為”ってのがアレか、……“実効的な手段”とか言うヤツかいな?

 はっは~~~…………、はぁ~~~あ…………アホらし」

「アホらし、とはなんじゃいッ!!」


 立ち上がり吼えるMAD魔亜沌を、周囲の者達が宥めすかそうとするのを白けた表情で眺めながら、レオ丸は煙管を咥え直した。


「当の本人に聞くのも何やけど、自分かてそう思わへんか、なぁ太刀駒君よ?」


 眉間に皺を深く刻み込んだ太刀駒は、険しい眼差しで猛るMAD魔亜沌を大人しくさせるだけで、レオ丸の問いには答えようとしない。

 五色の煙を鼻から噴き出し、一呼吸置いてからレオ丸は右手側に群れる者達の代表を務めている冒険者、山ノ堂朝臣に意思を述べるように身振りで示した。

 促された<武闘家>は、若々しく澄んだ声で異議を申し立てる。


「俺達は、<大災害>とかいうヤツが起こって以降、ずっと此処で寝食を共にし続けてきたんだ。

 元々は、アキバだミナミだナカスだススキノだシブヤだと、それぞれが違う街をホームタウンにしてゲームを楽しんでいたんだ。

 そうさ、ゲームを楽しんでいた時は、な!

 でも今は違う。

 何の因果か俺達は、<大災害>を此処で向かえちまったんだ!

 <大災害>が起こって、俺達が社会人や学生から<冒険者>へとジョブチェンジさせられちまった時、此処には今の何倍もの奴等が居た。

 其のほとんどが、アキバとミナミに向かって行ったさ。

 旅立てるだけの武力や資金力などの自助力がある奴等と、<D.D.D>や<ホネスティ>あるいは<ハウリング>みたいな互助力のあるギルドに属している奴等はな。

 そして、俺達だけが……取り残された。

 プレイヤーズ・タウンに成り損ねた此処、ナゴヤと同じようにな。

 だが、今は違う。

 俺達は、此処に残るという選択肢のみを、選んだ事に気づいたんだ。

 此処は俺達の街だ。

 此のひと月以上の間、肩を寄せ合い手を取り合って、守り続けてきたんだ!

 町内会の自警団ほどにも役に立たない、大地人の駐留軍達に代わってな!

 それが、何だ!?

 此処から出て行けだと!?

 ふざけんなッ!!

 そっちの後ろの方で座って居る奴等!」


 両足を大地に踏ん張って立ち、大きく張った胸に抱え続けていた思いの丈を吐き出していた山ノ堂朝臣は、<Plant hwyaden>の集団の後方部分を鍛え上げた太い指で指す。

 <大災害>直後の行動に後ろめたさを感じていた者達は、俯きあるいは首を竦めて視線を宙に漂わせながら、知らん顔を決め込んだ。


「俺は覚えているぞ、其処でそ知らぬ顔で平然としているお前らの顔を!

 お前らは、此処を捨てて行ったんだ!

 其れが、どの面下げて此処の所有権を主張しているんだッ!!

 俺達はお前らが捨てて行った此のナゴヤを、大事に護り続けてきたんだ!

 此処は、お前らの土地じゃない!!

 出て行くのは、お前らの方だッ!!」

「はい、オッケー」


 スッと立ち上がったレオ丸が、山ノ堂朝臣の顔の前で両手をピシャンと一つ打つ。

 リーダーの慟哭にも似た反論の言葉の数々に、思いを同じくする仲間達が立ち上がり加勢しようとするも、レオ丸の行動に気が殺がれ口を閉じる。


「なるほど、なるほど、双方の言い分を……御両人の貴重な御所感と御存念、確かに拝聴させて戴きました」


 五色の煙を燻らせながら、レオ丸は後ろ手に組んで其の場で円を描きながら、フムフムと頷きつつゆっくりと歩き出した。

 太刀駒達も山ノ堂朝臣達も、口を噤んでベテラン・プレイヤーの突然の奇行を静かに見守り続ける。

 レオ丸の、相変わらずな傍若無人の行動に、テイルザーン一人だけが目尻を下げて心密かに大笑いしていた。


「したらば、お待ちかねのジャッジメント・タ~~~イム!!」


 突然ピタリと立ち止まるや、レオ丸は賑やかなドラムロールを口遊みながら、人差し指のみを立てた右手を高々と天へと突き挙げる。


「判定!」


 何故か固唾を呑んでレオ丸の指先を注視してしまう、百人を超す冒険者達。


「自分らの、判定負け」


 レオ丸は、断頭台に吊られた鋭い刃を固定しているロープを断ち切るように、右手を素早く振り下ろした。

 振り下ろされた指先は、<Plant hwyaden>側を差している。


「以上、本日の御白洲は此れまで! 出品者の希望価格にて一件落札!

 尚、異議ある場合は一昨日の午前四十八時までに定められたスペインの異端審問所の窓口に所定の書面で以って、再審請求をする事。

 はい、其れでは皆さん御疲れ様でした、撤っ収ぅ~~~」


 面倒臭そうに、パンパンと大きく何度も手を打ち合わせる、レオ丸。

 其の傍らを深刻なほどの白けた空気が暴風となって、ナゴヤ闘技場エリアを右から左へと吹き抜けて行く。

 なんちゃって明鏡止水の心にて、其れをやり過ごそうとしたレオ丸は、唇を歪めて周囲を睥睨しながら五色の煙を明後日の方向へと吐き出した。


「公正取引委員会よりも公正中立過ぎると巷でヒソヒソと囁かれたり、後ろ指を差されたりしているワシの判定に、何ぞ不服でもあるんかい?」


 両手を腰に当て堂々と胸を張り、どちらかと言えば中年太りの腹を張り出しているようにしか見えなかったが、嘯くレオ丸にMAD魔亜沌が早速噛みつく。


「大有りじゃ! 何が判定負けじゃ、ボケェ!! 捻り潰すぞッゴルァッ!!」

「盛るな、ニャンコッ!!」


 両手に一人ずつ腰には二人の冒険者をしがみつかせた、所謂拘束状態の侭で先ほど以上に猛り狂うMAD魔亜沌を、レオ丸は大喝した。

 現実世界で鍛えられた声量は、荒れる猫人族の<守護戦士>の勢いを押し留める。


「ニャーニャーと盛って吼えてんと、ちったぁ脳味噌使うて考えてみろや!

 お前らが後生大事に奉って来た、ミナミの御偉い方々を名乗るモンらの正当な事由に基づく要求ってぇのが、どんだけド厚かましくて浅ましいモンか判らへんのか!

 な~~~にが、“払え”だ“認めてやる”だ“執行する”だ!?

 寝言と寝しょんべんは、レム睡眠になってからせんかい!

 “神聖なる粛清行為”やと?

 ようもまぁ、恥かしげもなく言えたモンやなぁ?

 聞いてるこっちが羞恥プレイやわ、アホンダラが!

 ワシは今現在、メチャメチャ疲れとんねん。

 出来たら“close”の札を首からぶら提げて、半身浴をしたいくらいにな。

 此れ以上ワシの乳酸値と、血圧を上げんといてくれるか?

 阿呆の戯言で過労死して大神殿に強制送還されたら、溜まったモンやないわ」

「此方からも、言いたい事があるワン!」


 膝に手をつき肩で息をするレオ丸の背後から、カレーラスも斯くやといった太く綺麗なテノールの音階で、異を唱える者が居た。


「え……え、……わん?」


 漸く息を整えたレオ丸が、上体を起して振り返ると。

 其処には、<Plant hwyaden>側の<守護戦士>とは趣の異なる、スラっとした姿形で理知的な面持ちの<妖術師>が腕組みをしながら立ちはだかって居る。

 MAD魔亜沌が剣歯虎タイプならば、チーターを連想させる猫人族の青年が。


「…………わん?」

「そうだワン!」


 ピンと突き立った角のようにも見える、黒毛交じりの猫耳。

 アンテナ機能を備えた洞毛とも称する猫髭が生えているのに、何故か態々と鼻下に貼りつけられた、豪快に両端が上へと跳ね上がったカイゼル髭。

 深い光沢のある天鵞絨(ビロード)生地製と思しき燕尾服、襟元には大きな蝶ネクタイ、右手には長さ一メートルほどのシンプルなデザインの魔法杖(マジックスタッフ)

 羽織っているのは燕尾服と同じく漆黒の表地との対比が美しい、真紅の裏地をしている長めのマント。

 ツッコミ処満載の出で立ちをしたYatter=Mermo朝臣は、山ノ堂朝臣よりも半歩前に足を踏み出しつつ抗議を続けた。

 口蓋垂をブルブルと震わせるような実に威厳に満ちた声質が、朗々と響く。


「何故に我々の主張が全面勝訴とならないのかワン?

 リーダーの申した主張と、そいつらの妄言、どちらが正邪かは自明の理だワン。

 貴方には其れが判らないのかワン?」


 威厳に満ちた声質で語られる発言の説得性も、発言者の身形と語尾のミスマッチの所為で全てが台なしである事に、本人は気づいているのだろうか?

 レオ丸は大いなる疑問符を頭上に掲げながら、問いかけた。


「ええ~~~っと、……Yatter=Mermo朝臣君やったっけ?」

「そうだワン」

「ちょいと確認やねんけど……」

「何かワン?」

「もしかして自分、既婚者で一人娘の父親と違うか?」

「よくお判りだワン。其の通りだワン」

「娘の名前はサリーか、サニーって言うんと違うか?」

「違うワン! 愛娘の名前は奈々だワン!」

「はい? 7なん? 1なん? どっちなん?」

「奈々だワン!」

「……面白いから暫く聞いていようかと思ったが、今はそんな場合じゃないよな?

 Yatter=Mermo朝臣も、其れ以上相手の与太に合わせないでくれ」


 レオ丸相手に漫才を始めかけていたYatter=Mermo朝臣はギルマスに窘められると、帝政ドイツの三代目皇帝並みに立派な付け髭もしょんぼりとさせて、一歩引き下がった。


「それで、レオ丸さんとやら。どんな立場で裁定を下してんだか理解の外だが、そいつは今はいいや。

 其れよりも、聞かせてくれよ。

 何で向こうの“判定負け”なんだ?

 どうして此方の“一本勝ち”じゃないんだ?」


 山ノ堂朝臣の詰問口調に、レオ丸は<彩雲の煙管>を弄びつつ肩を竦める。


「判らへんか?」


 レベル91の冒険者ののらくらした視線が、レベル90の冒険者の鋭利な視線を柔らかく絡め取り、有耶無耶に受け流した。


「“此処は俺達の街”って言うたなぁ、自分?

 何で、そう思うねん? ……何で、そう言いきれるねん?」

「其れは、……其れが“真実”だからだ」

「つまり……“事実”ではないってこっちゃ」


 レオ丸は大きく伸びをしてから、交互に軽く肩を叩く。


「此の世の中に“事実”は一つしかあらへんけど、其れを体験した者の中に“真実”が芽生えよる。

 体験した者が多ければ多いほど、“真実”は増える。

 “真実はいつも、複数”や。

 <大災害>が発生して今日に至るまでの間、沢山の“事実”が発生し、発見され、判明してきたやんか?

 って事は。

 其れに遭遇したワシら冒険者達の中に、無数の“真実”が生じたって事や。

 だから、言う。……敢えて言うで。

 自分が口にした“真実”とワシが知っとる“真実”は、全く別個のモンや。

 ワシが知っとる“真実”に照らし合わせれば、や」


 ナゴヤを守り続けて来た者達と、ナゴヤを奪いに来た者達を等しく、レオ丸は視界の中に納めた。


「自分らは、ホンマはよく似たモン同士や。

 意見や主張を聞いた限りじゃ、判定は“ドロー”やわ。

 其の上で、更に吟味した結果。

 <Plant hwyaden>の言い分の方が、ちょーっとだけ厚かましかった。

 だから、ミナミの方を“判定負け”にしたんや」


 ナゴヤ闘技場の前に群れ集う、二つのグループに分かれた冒険者達全てをグルリと見渡してから、空を見上げて嘆息するレオ丸。

 五色の煙が、昼間から夕刻へと移り変わろうとし始めた天へと立ち昇る。


「ワシらが此処に居ついてから、今日で五十五日目か? 五十六日目か?

 まぁどっちにしても、一ヵ月半以上が過ぎて、もう直ぐ二ヶ月目に突入やんか。

 <冒険者>って御大層な肩書きを首からぶら提げて、シラフでは名乗れんようなこっ恥かしい名前で呼び合いをして。

 鉛筆削るのに小刀さえ使うた事もない、まともに包丁さえ握れんような安全第一の生活をして来たヤツが大剣(だんびら)振り回して、動物園で寝そべり暮らす猛獣よりも恐ろしく凶暴なモンスターとタイマン張って打ち殺しとる。

 ようもまぁ、頑張って来たよなぁ……ワシらは。

 せやけど、ね。

 別に頑張ってんのは、ワシらだけやない。

 モンスターかて、亜人かて、それぞれがそれぞれの本能に従って、頑張っとる。

 何よりも。

 此の世界で一番頑張って生活しとるんは、<大地人>の人らや」


 首を下げ、遙か彼方の地平線を窺うような素振りで、レオ丸は吐き出した五色の煙で大きな輪を作って宙に浮かべた。

 咥えていた煙管を手に持ち、其の輪郭を優しくなぞる。


「何とも健気で、真面目で、一生懸命で、愚かで、か弱い存在。

 死んだら二度と復活しない存在。

 ワシらみたいに、世界を覆すほどの力も魔法も持たず、大神殿でホイホイと簡単にリセットされたりはしぃひん。

 <冒険者>とは、此の世界の自然の摂理に反した存在や。

 同じように、死んでも死んでも同じ場所にリポップしよるモンスターや亜人も、ワシらと同じく此の世界では異常な存在や。

 つまり、此の世界の本来の住人ってぇのは、<大地人>だけって事や。

 <Plant hwyaden>は、<大地人>の一員たる神聖皇国ウェストランデの命を受け、って立場で此処に来た。

 言い分は碌でもないけど、此の世界での不文律に従えば、其れは正当性を持っとる。

 但し。

 其れが、執政公爵家が自ずから言い出した事かどうかは、疑問やけどな?

 一方で。

 山ノ堂朝臣君達が<大災害>以来、自分らが行って来た事は実に尊い行為や。

 せやけど、“此処は俺達の街”って言葉には、正当性はない。

 全く以って、滑稽な言い草やで?」


 レオ丸は煙管を振り上げて宙に大きな罰点を描き、広がり薄れだした五色の煙の輪を掻き乱し雲散させた。


「此処は、ワシらの街でも土地でもない。

 此処は、<大地人>達の街で、土地や。

 人様の土地を巡って、他所モンがあーだこーだと領有権を主張して争うやなんて。

 ……自分らは擬人化した覇権国家群か?

 実に凝縮して矮小化した歴史の縮図やな?

 端から見てたら、荒唐無稽譚(ガルガンチュア)か、風刺画(カリカチュア)やで?」


 キキキキキ、と百人からの<冒険者>達を嘲り嗤う、レオ丸。


「ほな聞かせてもらいますけど、法師は一体どんな立場で、此処に居るんです。

 法師も俺らと同じ、<冒険者>ですぜ?」


 壊れたゼンマイ仕掛け人形の如き振る舞いの<召喚術師>を、テイルザーンの眼光が鋭く射抜く。


「ワシか? ……ワシは“ジョハリの窓”的存在かな、って言ったら言い過ぎやけど。

 所謂、誰かに関わる事によって、“気づき”と“成長”を得ようとする者やわ。

 ラテン語の格言に曰く、“Imāgō animī sermō est.(「言葉は心の姿を表わす」)”。

 誰かの言葉を聞く度に、ワシは新たな心に接する事が出来る。

 “言葉は人を傷つける事も癒す事も出来る。言葉から憎しみと偽りが消えた時、それは世界を変える力になる”って、お釈迦さんも言うてはるしな。

 さて、自分らの言葉から“憎悪”やら“偽善”やらを消すには、どうしたらエエんやろうねぇ?」


 煙管を咥え直し、レオ丸は腕を組んだ。


「“砂漠が美しいのは、どこかに井戸をかくしているからだよ……”

 って星の王子様(プティ・プランス)が言うように。

 自分ら<冒険者>の中に、無理矢理封じ込めとる何かを見つけ出して、嫌々でも引き摺り出さんとアカンのやろうなぁ。

 バオバブの木によく似た何かが、自分らの中にある幼気さ(リトル・スター)を破壊してしまわんようにな」


 改めてレオ丸に無遠慮な視線を投げかけられ、居心地の悪さを感じる冒険者達。

 五色の煙を纏わせたレオ丸の視線が宙を彷徨い、背後に向けられる。

 ゆっくりと下がり出した太陽が作る影で、レオ丸の眼に映るナゴヤ闘技場の壁面が静かに昏く立ちはだかっていた。

 其のまま、無言で佇むレオ丸。

 沈黙の時間が暫く続く。

 やがて、此の場にて一番堪え性のない者が静寂を、あっさりと破った。


「おい、コラッ!!

 あんだけベラベラと訳の判らん御託を並べやがって、今度はだんまりかい!

 此のグダグダな状況の落とし前を、どない着けるつもりやねん!

 おぅ!! 何とか言えや、テメェッ!!」

「To bring about the rule of righteousness in the land, so that the strong should not harm the weak」

「はぁッ!?」

「“強者が弱者を傷つけぬような、正しき法を天下にもたらす”」

「な、何やそらッ!」

「ハンムラビ法典の一節や。

 ニャンコも青っ鼻を垂らしてた中学生の時に学校で習ったやろ?

 “目には目を、歯には歯を”って言葉だけが独り歩きしている律法を?」

「復讐法が、どうしたって言うんですか“特別顧問”?」


 レオ丸は、MAD魔亜沌ではなく太刀駒の方へと首だけを返す。


「ハンムラビ法典、ってぇのは決して復讐を奨励しとる律法やないで?

 どっちか言うたら、度を超えた復讐を禁じるための決め事やで。

 ボコボコにされたらボコボコに仕返しする、ってのは正当行為として認められとるけどな、ギッタギタにするんは許さへんってヤツやで。

 せやけど、強いモンが弱いモンをメッタメタにやっつけても許される世界が、ワシらの暮らす世界にあるやん?」


 体の向きを変えて冒険者達に正対し、ナゴヤ闘技場の壁にもたれかかるレオ丸。


「さて、ちょいと御話を前後させてもらうわな。

 第三者的な闖入者の立場で、両方の立場を改めて勘案させてもらうと、や。

 ウェストランデの勅使たる役割を果たさなアカン<Plant hwyaden>の自分らは、何としてでも此処に差し押さえ札を貼らなならんわな。

 一方、此処をねぐらにしとる山ノ堂朝臣君らは、<大災害>以降の実績に基づく占有権の主張を取り下げる気は、さらさらあらへん。

 真っ向から対立する御互いの立場を堅持し執行するためには、武力による解決しかあらへんと考えとる、と。

 だが、問題があるわな?

 <Plant hwyaden>側は武力を行使する事によって、不利益を被る事になる。

 対立する者達を潜在的な味方、あるいは協力者になりうる存在から、顕在化した敵へと押しやる事になるもんなぁ。

 強烈な怨みを買う事になるんやから。

 自分を殺したヤツの味方に喜んでなるヤツなんざ、そうそう居らへんやろ?

 桎梏(しっこく)を強制した相手に膝を屈し、心を折られたとしても、何れは必ず逆襲されるやもしれん。

 出来れば友好的な雰囲気で、少なくとも敵愾心が露骨にならへんような状況で、吸収合併したいわな?」


 MAD魔亜沌は威嚇姿勢の侭だが、太刀駒を含めた<Plant hwyaden>側の多くの冒険者達が頷き、レオ丸の言葉に同意を示す。


「さて片や、山ノ堂朝臣君達の方も武力衝突による解決は、な~~~んの解決にもならへん事は重々承知しとるやろ?

 負けたら(ねぐら)を失うだけやなくて、心の拠り所や尊厳などの大切なモノ全てを失う事になるやろう。

 勝ったら勝ったで、最悪な状況を招く事になる。

 <Plant hwyaden>は更なる暴力で以って、“報復手段”を取るやろうから。

 次は、絶対に負ける。いや、完膚なきまでに叩き潰されるやろう。

 ゲリラ戦にでも持ち込むか?

 自分達が守り続けて来たモノを戦場にして、<Plant hwyaden>側と共に寄って集って灰燼に帰すまで戦い続けるか?

 絶対に勝てない戦いの果てに求めるモノって、何や?

 …………自己満足か?」


 山ノ堂朝臣もYatter=Mermo朝臣も、<A-SONS>達も他の者達も、現実を突きつけられて苦り切った表情を見せた。


「さて其処で、や」


 レオ丸は、もたれかかっているナゴヤ闘技場の壁をペシペシと掌で叩く


「此処って元々、どーゆー場所や?」


 ペシペシという実に間の抜けた音が、MAD魔亜沌の戦意を殺ぎ、群れ集う全ての冒険者の意識の中に深く浸透して行った。


「野球、で片を付けるってのは、どうや?」


 ボソリと呟いたレオ丸の言葉が、静まり返った空気へ更に深く染み渡る。


「別に、サッカーやバスケや、ドッジボールでもポートボールでも、セパタクローでも別に何でもエエんやけど、ね。

 此の中に所謂……運動音痴の奴が居るやろ?

 何を隠そう、って隠した事はないけど、ワシも運動音痴の一人や。

 手が小さいから遠投はしょぼいし、足が短いから百メートル走もドン亀や。

 マラソンを走り切るほどの体力もないし、逆立ちも出来ひん。

 前転は出来ても、バック転なんかしたら頚骨損傷してしまうやろ。

 泳いでは二十五メートルが精々やし、逆上がりも今じゃ心許ないわ」


 自嘲の笑みを顔半分に貼りつけたレオ丸は、<彩雲の煙管>から五色の煙を派手に噴き上げながら歯を見せた。


「インドア生活一直線やった此のワシが、気がつきゃ毎日がアウトドア生活で、走り回り駆けずり回りの生活をしとる。

 其れでもポッコリ御腹が凹まへんのが、ムカツクけどな?

 さて、其れは自分らかて同じやろ?

 何と便利な<冒険者>の体!

 高性能な此の体ならばバリー・ボンズ氏よりもホームランをかっ飛ばせるし、百マイルの剛速球なんて何ぼでも投げられるで。

 ジョーダン氏よりも高い所からダンクシュートも出来るし、バロンドールの栄誉に輝くカルチョの名選手達よりも活躍出来る自信があるで?

 自分らは、どうや?

 漫画やアニメで憧れたスポーツ・ヒーロー、ヒロイン達よりも凄い身体能力を持ってるんやで、今のワシらは。

 超人野球でも、カンフー・サッカーでも、何でも出来るんやで?

 こんなチャンスは、二度とないかもな?」


 レオ丸の言葉を黙して聞く者達の表情が、少しずつ少しずつ変化を始める。


「もしかしたら、病気や怪我で二度とスポーツが出来んくなっとる子も此処に居るんと違うやろうか?

 あるいは、病床や車椅子の上で生活しとるプレイヤーも居るんと違うか?

 今は、全力疾走出来るんやで?

 思いっきりボールを投げられるんやで?

 力一杯にボールを蹴られるんやで?

 剣を置いて、バットに持ち変えたら、どないや?

 鎧を脱いで、水着や体操服に着替えたら、どないや?

 大事な仲間を、スキーに連れてってやったら、どないや?

 しかも、や。

 さっき言いかけたけど、強いモンが弱いモンをメッタメタにやっつけても許される世界、ってのがスポーツって言う競技の世界やん?

 スポーツは常に、強い者が勝ち、弱い者が負ける。

 正確に言えば、勝ったモンが強者で、負けたモンが弱者や。

 其れは誰もが逆恨みさえ許されぬ、厳格なルールで守られとる。

 リアルな闘諍やと、勝っても負けても恨みが必ず発生する。

 せやけど、試合ならば恨みっこなしよ、や。

 此の美しくも残酷な血みどろの世界において、偶にはスカッとした爽やかで心地良い汗でも、流してみぃひんか?

 ……ってのを、ワシは自分らに提案させてもらうわ」

「国家や組織を代表した選手達が行うスポーツは、ルイス×シュメリング戦あるいはロッキー×ドラゴ戦に象徴されるように、代理戦争の一面もありますからね」


 腰を上げた太刀駒が、不敵な笑みを浮かべながらレオ丸に歩み寄った。


「良いでしょう。“特別顧問”の“おだ”とも“与太”ともつかぬ其の話に乗って上げるとしましょう」

「おい、分派師団長! そんな事を勝手に決めちまってええんか!?」

「じゃあ、首狩り合戦の方が、ええって言うんか、お前は?

 はっきり言うけどな、俺はPKなんかしたくないわ。

 行きがかり上って事は此れまでもあったし、此れからもあるかもしれん。

 だが、望んでのPK……“<冒険者>殺し”なんざしたくはない。

 MAD魔亜沌、お前は“殺戮者(ジェノサイダー)”の称号をひけらかしたいんか?」


 太刀駒から目を逸らし、俯き黙るMAD魔亜沌。


「俺だって同じだ。復活が約束されているからって、チャンバラごっこの延長戦気分で誰かと命の奪い合いをしたい訳じゃない。

 ゲーム時代にはPvPチャンプに憧れた事もあったが、其れすら途中で挫折したんだ。

 はっきり言って俺はビビリだ。

 ビビリだから、誰かに傷つけられるのも傷つけるのも御免だ。

 そっちの隊長さんが言うように、両手を挙げて無条件降伏した方が、何だかよく判らない単一ギルドの一細胞になった方が楽だよな。

 少なくとも、衣食住が保障されるらしいから、な?

 だが、俺達は、そっちの言い分が納得出来なかった、どうしてもな。

 納得出来ない理由は、何故に俺達だけが膝を屈しなければならないんだ!って事だ。

 どでかいギルドさんからしたら、俺達の存在なんて虫けらみたいなもんなんだろう?

 “やっぱりおれは土をたがやかさんばならんでや

  おまえらをけちらかしていかんばならんでやなあ

  虫けらや 虫けらや”……って事なんだろう?

 だが、一寸の虫にも五分の魂って言うだろ?

 俺達にも……意地ってヤツがあるんだ!

 みっともない見苦しい足掻きかもしれないが、俺達は其の意地を貫き通さなきゃ気が済まないんだ。

 だから、レオ丸さんとやら。あんたの提案は、俺としては実に有り難い。

 誰かの心臓を抉ったり、誰かの魔法で焼き殺されたりする事なく、明確に白黒をつけられるんだからな。

 其の結果が、……望まないモノであっても納得して受け入れられるよ。

 俺は、此の人の提案に乗ろうと思う。

 皆は、どうだ? 異議や反論があるんなら遠慮なく言ってくれ」


 凛とした山ノ堂朝臣の問いかけに、ナゴヤにて衣食と労苦を共にして来た者達は、誰一人として俯く者はなく眦に決然とした意思を湛えていた。

 それらの気持ちを代表するかのように、Yatter=Mermo朝臣が大きく頷く。


「リーダーの決断を俺達は支持するワン!

 修羅同士のルール無用な果し合いならば兎も角、厳正にルールが適用される試合ならば、俺達にも勝機は充分にあるワン。

 スモールでもIDでも、トータルフットボールでも、そいつらをコテンパンにノックアウトしてやるワン!」


 Yatter=Mermo朝臣が天へと突き上げた魔法杖の先が、薄れ始めた陽光を浴びてキラリと美しく輝いた。


「やってやるワン!!」

「「「「「Yeah!!!!!」」」」」


 全員が立ち上がり、Yatter=Mermo朝臣の檄に歓声を挙げ、山ノ堂朝臣の決断に賛同の意を表明する。


「……って事だ。そちらは、どうする?」


 見せつけられた堅い団結に、MAD魔亜沌も傲然とした表情で立ち上がった。


「吠え面を掻くんは、そっちの方じゃ!

 面白いやんけ、やったろうやないけッ!!」

「「「「「WOW!!!!!」」」」」


 <Plant hwyaden>のメンバーも、勇んで立ち上がり気勢を揚げる。


「吠え面掻くのは、そっちだワン!」

「何やとぅワレェ、上等やないけぇ!!」


 見えぬ火花を散らし睨み合う、猫人族の冒険者二人。

 ナゴヤ闘技場の壁から離れたレオ丸は、スタスタと歩いて二人の間へと割って入り、広げた両の掌を大きく打ちつけた。

 パシーンと鳴り響く“猫騙し”のような一拍の拍手に、MAD魔亜沌もYatter=Mermo朝臣も目をパチクリとさせて引き下がる。


「はいはい、其処まで。戦意の打つけ合いは、試合の中でやってな。

 さてさて其れじゃあ、話が纏まった処で。

 皆様、一本締めと参りましょう。

 其れでは、皆様、お手を拝借! いよぉ~~~おッ!!」


 綺麗に揃った一本締めの手打ちの音が、間もなく夕暮れ時を迎えるナゴヤの空へ龍の雄叫びのように韻々と木霊した。


「ほな、お疲れさんでした。皆さん、案じよう御気張りやす。

 したらば、どちらさんも御免なすって♪」


 しれっと他人の面を見せたレオ丸は、そそくさと其の場を離れようとする。


「何処へ行くんです、“特別顧問”?」


 一抱えもあるような鉄杭(スパイク)の如き太刀駒の呼び声が、レオ丸の両足を地面へと釘づけにした。

 ビクリと背を震わせてから恐る恐る振り返ったレオ丸は、冷や汗をダラダラと流しながら小首を傾げる。


「何ノ御用デショウカ?」

「そんな仕草をした処で、何の解決にもなりはしませんぜ、“特別顧問”?

 どちらかと言えば、此れから色々な事を解決してもらわなくちゃならねぇんですぜ、レオ丸“特別顧問”には!」

「そうだぜ、レオ丸さんよ。あんたが言い出しっぺなんだ、キチンと最後まで後始末をしてもらわなくちゃ、な」


 レオ丸の肩を力を込めて抱いた山ノ堂朝臣が、力尽くで逃亡者へと転職しようとしていた闖入者をナゴヤ闘技場の際へと引き戻した。


「え? え? ワシは只の通りすがりのスタスタ坊主やで?」

「往生際が悪いんだよ!」


 闘技場に追い詰められたレオ丸の、直ぐ傍の壁面にMAD魔亜沌の拳が減り込んだ。


「……ワシの知っとる“壁ドン”とは、何か違うような?」

「此処まで関わって、引っ掻き回しといて、蹴りもつけずに“はい、サヨウナラ”やなんて、そんな無法は通りまへんでレオ丸法師」


 堪えていた大笑いを解禁したテイルザーンが、満面の笑顔で頼りなさそうな撫肩をポンポンと叩く。


「だって、言うたやん。ワシは“第三者”やって!」

「今更、与太って吠え面掻くのは見苦しいワン」


 付け髭の端を優雅に捻るYatter=Mermo朝臣が放つダイレクトな一言に、無駄な抵抗を図るレオ丸は、見事に止めを刺された。


「あんたも立派な、当事者だワン!」

 因みに、山ノ堂朝臣氏のイメージヴォイスは、声優の鈴村健一氏。

 そしてYatter=Mermo朝臣氏のイメージヴォイスは、何故か故・内海賢二氏です(苦笑)。

 一部のみを引用しました大関松三郎大先生の詩は、中学校授業で知りまして、衝撃を受けました。

 室生犀星御大の『小景異情』の次に好きだったりします。

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