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第肆歩・大災害+55Days 其の弐

 いつも御一読を頂戴致しておりまする皆様方、お待たせ致しました。

 さて。

 去年も早い内から、拙僧の拙著をお読み戴いて下さっておりまする皆様方に、何か御礼が出来ないか?

 と、ずーーーっと考えておりました。

 其処で、御許可も得ずに勝手ながらに、御名前を拝借させて戴きました。

 勝手に勝手を重ねまして、誠に申し訳ございません。

 そして。

 読んでいるだけの人様、再びテイルザーン氏の御出張を御許可下さいまして誠に忝く候。

 そして、お詫びを申し上げます。

 暗黒爺様のお名前が抜けておりました。此処に謹んで謝罪を致します。

 御免なさい、当方の手抜かりでした(2015.04.22)。

「ああ! ……もっと光を! ……格子戸を開けてくれ」


 レオ丸は、<ナゴヤ闘技場>の地下空間の天井部付近で、がっくりと肩を落とした。

 光射す其処に出口があると期待し、<獅子女(スフィンクス)>の背に跨り勇躍飛び立ったものの、其れは余りにも小さ過ぎた。

 直径が十センチあるかないかでは、どうやっても潜り抜けられそうにはない。

 もっとも採光用の窓は、かなり分厚い透明水晶のような物質で完全に塞がれており、例え直径が一メートル以上あろうとも突き破る事は無理なようであったが。


「ゲーテ御大の末期の言葉に縋っても、……って言うても無理なモンは無理か」


 さてどうしたものか、とレオ丸が首を廻らせれば。


「主様」

「ん? 何ぞ見つけたん、アヤカOちゃん?」

「あちらに、通路を見つけましたゆえ」


 契約従者と反対方向を眺めていた契約主は、言われた方向へと慌てて向き直る。

 レオ丸の向かって左手方向の先、天井部近くの壁に縦横のサイズが二メートルほどの、正方形に切り取られた入り口があった。

 壁の色が其処だけ暗く、闇のように泥んでいる。

 地下空間の最上部付近で両翼を忙しなく羽ばたかせ、ホバリング状態を維持し続けているスフィンクスは、己が背に跨る契約主たる家長に首を傾け、問いかけた。


「如何なされましょうや、主様?」

「……って悩むまでもないやな。毒を喰らわばサラバね、って言うし。

 行くしか……ないやろうなぁ」

「主様は、“国家が信じる神々とは異なる神々を信じ、若者を堕落させた”罪を犯されたのでありまするや?」

「え? ワシには悪友は居っても悪妻(クサンティッペ)は居らんし、誰彼構わず無知(あほ)呼ばわりはしてへんで?」

「そは、最後の弁明、如きさまにて」

「全ての事共は、“神のみぞ知る”やな。

 ……そーいや久々に、豆腐の味噌汁が飲みたいもんやなぁ」


 レオ丸はしみじみと呟くや、アヤカOに前進を促す。

 右手が指し示すのは、空中に開けた真っ暗な入り口。


「御意のままにて」


 一度二度と、大きく翼を打ち振るったスフィンクスは空中を滑るように動き、其の真っ暗な入り口の淵の端を前肢の爪で掻いて、しなやかに踊り込む。

 人が進めぬ光の通路に背を向けたレオ丸主従は、呼び出した<蒼き鬼火(ウィル・オーウィスプ)>の幽かな明りを頼りに、闇の道筋へと転進する事を消去法で選んだ。

 黄泉路に良く似た道筋が奈落ではなく、地上へと到る近道だと期待して。

 


 <緑不定形(グリーンスライム)>や<穴居大蛇(ケイブスネーク)>を蹴散らしながら進む事、レオ丸の体感時間で凡そ一時間。

 濃密に通路を覆う闇の先が、行き止まりとなっていた。

 スフィンクスから下馬し、ウィル・オーウィスプの朧気な明りを頼りにしながら、突き当りの壁を綿密に調べ出すレオ丸。

 行く手を阻む石積みの壁は全体的に僅かな湿り気を帯びていたが、ある一部分だけが妙に乾いた手触りをしていた。

 範囲は大体、子供ならば楽に潜り抜けられそうなほど、レオ丸ならば無理をすればどうにか通れるくらいの円形である。

 其の円形に沿って壁を軽く叩けば、円形の外側が鈍い響きしか発しないのに対し、内側はほんの少しだけ響きが軽いようだった。


「判り易いくらいに怪しいのんが、此の辺り。

 大きさはざっと、奈良の大仏さんの鼻の穴くらいか。

 コレが所謂、トドの詰まった……出口なんやろうなぁ?」


 壁の下方、床すれすれの処に握り拳を当てながら、レオ丸は途方に暮れる。


「出口なんやろうけど、……どうすれば出れるんやろうか?」


 レオ丸がサブ職<学者>のスキルを発動させて調べた範囲では、突き当りの壁にも、左右の壁にも天井にも床にも、妙に乾いた部分以外に異質なモノ、違和感が感じられるモノは何一つ見つけられなかった。

 微妙な差異で判断出来そうな凹凸もなければ、これ見よがしなほどの色の差異もない。

 方策として手っ取り早いのは、此処から転進して別の出口を探す事かもしれなかったが、此処まで右往左往して来た労苦を思えば漸く見つけた出口らしきモノを捨てる選択肢も取り辛くはある。

 <脳喰らい(ブレインシーカー)>でさえも理解出来るくらいに、判り易い出口に行き当たれたのならば良かったのに。

 そんな不平不満を両手一杯にを抱えながら、窮まりかけた進退を対処すべく<彩雲の煙管>を咥えて思案する、レオ丸。

 力なく吐き出された五色の煙を、アヤカOの声が柔らかく揺らした。


「何がしかの合言葉で、開封されるのでは?」


 少しの静謐の後、レオ丸は煙管を左の掌に打ちつける。


「なるへそ! 所謂一つの“開けゴマ”やな!」


 レオ丸は脊椎反射的に、元の世界で最も有名な開封の呪文を口にした。

 しかし。

 壁は何一つ変化を見せず、只管に沈黙を保ち続ける。


「オープン・セサミ!」


 その呪文を、英語で言い直してみたとて変わりはなかった。

 ちちんぷいぷい、アブラカダブラ、エロイムエッサイムエロイムエッサイム我は求め訴えたり、ベントラーベントラー、ビビディ・バビディ・ブーなどなど。

 思いつく限りの呪文を唱えるも、レオ丸の眼前に立ちはだかる壁は、ウンともスンとも言わず反応をみせない。

 業を煮やしたレオ丸は勢い余り、仕舞いには真言まで唱えだした。


「“ namaH sarvatathaagatebhyaH sarvamukhebhyaH, sarvathaa traT caNDamahaaroSaNa khaM khaahi khaahi sarvavighanaM huuM traT haaM maaM ”!

 ……流石にもう、ネタギレやで?」

「主様」

「う~~~みゅ……、謎は深まるばかりやなぁ」

「主様」

「う~~~ん……うん、何ぞね、アヤカOちゃん?」

「此処ならではの、特有の合言葉などではありませぬのでは?」

「……此処ならではの……合言葉……か」


 しばし脳内の検索をする、レオ丸。

 数分の時間が、無為に過ぎる。

 やおら<彩雲の煙管>を咥え直すと中腰になり、壁に右掌を押し当てつつ脳裏に浮かんだとある英語の短文を、宙に刻み込むかのように発した。

 怨みを込めて悪態をつくかのように。


「“ROAD TO VICTORY”……けっ!」


 不意に壁の下方、レオ丸が身を屈めた姿勢で手を当てた箇所を中心として、直径約四十センチほどの部分の色が、白濁化する。


「……ふん!」


 への字に口を結び、眉間に皺を刻んだレオ丸に、アヤカOが小首を傾げた。


「主様。そは、如何なる呪文にて?」

「……和田のベンちゃんが移籍したチームの、十年前のスローガンやわ」

「はて?」

「まぁ、82年と88年と04年は、ボッコボコにしたったから、別にエエけどな!」

「……はて?」


 キョトンとした表情を見せるスフィンクスに、家長たる<召喚術師(サモナー)>はニヤリと笑いかけ、スッと右手を差し伸べる。

 ゆっくりと広げられた掌に黒い光の線が素早く走り、あっという間に天地が逆になった五芒星が鮮やかに描かれた。


「其のまんまでは通られへんさかい、一緒に行こか♪」


 レオ丸は軽く手を一振りしてから、白く濁った壁の一部へ身を投じる。

 後には、薄れかけた五色の煙と、所在なげに宙を漂うウィル・オーウィスプ達だけが残されていた。



 ♪ 名古屋名物 おいて頂戴もに すかたらんにおきゃせ

   ちょっともだちゃかんと くだるぜも ♪


 境目に仕掛けられた、長いか短いかなどさっぱり判らぬトンネルのようなモノを潜り抜けると、地上世界であった。

 午後の日差しが眩しく照らす表の世界へ、ひょっこりと現れ出でたレオ丸は御機嫌も麗しく、名古屋甚句を口遊みながらヒョコヒョコと歩を進める。


 ♪ そうきゃもそうきゃも何でゃあも とろくさゃあこと言やあすなも ♪


 右手に握る<彩雲の煙管>の雁首で、陽光を撥ねつける凶刃をチョイと押し上げた。


 ♪ やっとかめなことあらすかえ お前はまちょぽっと来やせども

   お前さん家にはおれせんが ♪


 続けて、今にも唸りを上げて空気を押し潰しそうな拳を、ポンと軽く叩いて押し戻す。


 ♪ やあたらしいこと止めてちょう つめぎるぜえも ♪


 テケテンと伴奏の三味線の音まで歌い上げた処で、レオ丸の足が突如止まった。

 噤んだ口へ煙管の吸い口を突っ込み、徐に空を見上げる。

 雲が千切れ千切れに流れている様から推察すれば、遙か上空は風が強いようだ。

 ケーギョロロ~~~と、鳶とは似ても似つかぬ鳥が一羽、蒼穹にクルリと輪を描いてから何処かへと飛び退って行く。

 伸ばした短い首筋をポリポリと、続けて丸刈りの頭の天辺をカリカリと掻く、レオ丸。


「あーーーっと……」


 溜息をつきつつ、レオ丸は首を振って右の方を見た。

 幅の広い西洋剣を構えた<守護戦士(ガーディアン)>、長大な槍斧(ハルバート)を肩に担いだ<施療神官(クレリック)>達が、何とも嫌な感じに口元を歪めている。


「……お呼びでない?」


 首を返したレオ丸は、左の方を見る。

 鋭く尖った(スパイク)のついたグローブを嵌めた<武闘家(モンク)>や、三尺はありそうな野太刀を振り被った<武士(サムライ)>達が、実に剣呑な雰囲気を纏っていた。


「……お呼びでない?」


 手に手に物騒な得物を携えた右側の冒険者の群れも、左側の冒険者の群れも、それぞれ五十人以上は居るようだった。

 双方のグループ共に、冒険者十二職の全てが揃っているようである。

 但し、数の違いはあるようで、守護戦士を先頭にした側は魔法攻撃系が多く、武闘家を先頭にした側は回復系が多いように見えた。

 幾許かを除き、見知らぬ顔ばかりの殺気立った冒険者達。

 キョロキョロと見渡した僅かな時間で、それらの事を確認したレオ丸は盆の窪に手を当て、照れ臭そうに頬を赤らめた。


「……お呼びでないね?」


 此処は今まさに、一触即発の闘争の場である。

 そんな状況下へと、暢気に歌いながら現れたスットコドッコイ。

 取り敢えず一つ頷いてから、レオ丸は大口を開ける事にした。

 全てを誤魔化すために。


「はぁ~~~っはっはっはっはっはっは!」


 呆気に取られた者達に見せる白い歯が、眩い陽光を浴びて煌く。


「こりゃまたどーも、しっつれいしやした!」


 そう捨て台詞を残して、コソコソと退散を図るレオ丸。


「またんかい、ゴルァッ!!」


 所謂“お約束”と呼ばれる事象が此の世にあるのならば、間の抜けた短い音曲を何処かの誰かが賑やかに掻き鳴らし、其の場に居る全ての者達の膝と腰が砕け、テンヤワンヤとなるはずである。

 だが、しかし。

 “此の世(セルデシア)”には、其のように便利なルールは存在してはいなかった。

 少しだけ腰を屈めた爪先立ち、という姿が妙に良く似合うレオ丸は、誤魔化しきれなかった事に軽く舌打ちをしながら首だけを返す。


「ミーに何か御用ざ~~~んすか?」


 両手持ち剣(ツーハンデッドソード)の切っ先をレオ丸に突きつけながら、守護戦士が盛大に鼻を鳴らした。


「いきなり現れたかと思うたら、俺らの神聖なる粛清行為を邪魔しくさってトンズラたぁ、どういう了見しとるんじゃ、オウッ!!」

「……せやから、ミーはユーに言うたざんしょ」


 レオ丸は、所属ギルド名が<Plant hwyaden>となっている冒険者を、睨め上げる。


「失礼しました、ってな?」


 人を小馬鹿にした其の言い草に、虎のような顔立ちをしたMAD魔亜沌は、猫人族特有の耳と髭をピンと尖らせた。


「聞こえへんかったんか、ドラ猫(トム・キャット)なオニーチャンよ?

 アルプス・スタンドで馬鹿騒ぎし過ぎて、鼓膜がいかれてしもたんか?

 何なら三味線の皮でも剥いで、修繕したろか?」


 つい、いつもの癖で要らぬ事を口走る、レオ丸。

 歯切れ良く罵られた<守護戦士>は、首筋から頭部に至る全ての体毛を逆立たせ、牙を剥き獰猛な表情を見せた。


「喧嘩売ってんのか、おっさん!」

「誰が好き好んで、野良猫如きに喧嘩なんぞ売るかいな、アホらしい。

 ワシはこう見えても、動物愛護の精神に満ち溢れとんねんで?

 満ち溢れすぎて彼方此方で溢し過ぎたさかいに、今はカラッカラやけどな。

 そんな訳でな。

 今のワシには、道頓堀のヘドロに塗れたソノ小汚い御毛毛を綺麗綺麗にブラッシングしてやる気なんざ、更々ないんでな。

 もし、どーしても遊んで欲しけりゃ、もっぺん日本一になってからお出でや」

「殺すぞ、テメェッ!!」

「其処までにしとけ、MAD魔亜沌!

 お前如きじゃ此の人に、口で勝てるはずがないわ」


 横から差し出されたハルバートが、怒りに震えるツーハンデッドソードの切っ先を地面へと押し下げる。


「その辺にしといてやってくれませんか、レオ丸特別顧問」


 見た目の雄々しさではMAD魔亜沌に勝るとも劣らぬ、実に堂々とした体躯のドワーフの施療神官が、一歩前に進み出て来た。


「やぁ、久しぶりやねぇ、太刀駒君。

 <赤封火狐の砦(ファイアフォックス・キープ)>での、束の間の共同作業以来か」

「その節は、色々と御世話になりました、特別顧問」

「その、“特別顧問”ってぇのは止めてくれへんか、太刀駒君よ?

 押しつけられて放り出した黒歴史は、カーネル小父さんみたいに、どっかへポイってしといてや」


 ひと睨みでMAD魔亜沌を下がらせた太刀駒は、ハルバートを肩に担ぎながらレオ丸と正面から向き合い、目を細める。


「それで、“特別顧問”。……此処へは何をしに?」

「ふうん」


 猫人族と同じく<Plant hwyaden>に所属しているドワーフの、探るような瞳を見返しながら、レオ丸は口元の両端を楽しそうに歪めた。


「此の前、何処ぞで会うたイントロン君にも言える事やけど。

 <甲殻機動隊>の幹部を務めるってのは、存外に骨の折れる立場なんやねぇ?

 ってゆーても、元の字がつく<甲殻機動隊>か。

 気がつきゃ自分らも、M&Aされましたんか?

 そいつぁ何とも御愁傷様な事で。

 其処の、脳筋バカの粗悪コピー品も自分と同じギルドに属して居るってぇ事は、<甲殻>だけやのうて<ハウリング>も呑み込まれてしもうたんかな?

 ほんだら、ちょいと聞くけどや。

 今のミナミって、<Plant hwyaden>に非ずんば人に非ず、……なんかいな?」

「それで? 此処へは、何をしに?」


 太刀駒の強張った詰問が、ヘラヘラしたレオ丸の質問を撥ねつけ、押し潰す。

 グッと言葉に詰まり、口を尖らせるレオ丸。


「散歩してたら道に……迷っただけや。

 水の行く末、雲の来る末、風の来る末を、其の由を、汝、問うなかれ」

「……まぁ、アンタのポンポコがピーになろうが、体力と精神力がどれだけ擦り切れようが、俺は気にしませんけどね。

 気にしているのは、アンタが此処では何をするつもりなのか、って事ですわ」


 ハルバートの石突が、くぐもった音を立てて地に減り込んだ。


「フシミは勿論の事、ハチマンとロマトリスの事も……ある程度の事は聞かされていますんでね。

 行く先々で嵐を起す男の事が気にならない訳、ないでしょうが?」

「そーかねぇ、ワシは別にドラムを叩いたりはしてへんねんけどなぁ。

 エエとこ、木魚かブリキの太鼓くらいなもんで……」

「はん!」


 鼻を鳴らした太刀駒が、足元に唾を吐いた。


「あのぅ、分派師団長」


 MAD魔亜沌が、恐る恐るといった風情で尋ねる。


「コイツは一体、誰なんです?」


 太刀駒は、ミナミの中枢が警戒中の要注意人物から視線を逸らさずに、背後の部下に答えを返した。


「お前のアニキ分の、アニキ分さん、だ」

「そっちもまぁ、“元”をつけてくれても構わへんで、別に。

 ナカルナードとの縁も、尻切れ蜻蛉みたいなモンやしな、……今じゃ」


 レオ丸が装着する<淨玻璃眼鏡(モーリオン・ゴーグル)>に映り込む者が、太刀駒からMAD魔亜沌へと移り変わる。


「まぁ別に、尊敬せんでも畏まらでんもエエけど、ね。

 でも、どーしても気が治まらへんのやったら、購買部で缶コーヒーとヤキソバパンでも買うて来てくれたらエエで?

 勿論、金は払わんけどな!」


 ふてぶてしく嗤う召喚術師の態度に、守護戦士は呆気にとられた間抜け面を晒し、施療神官は渋面を作った。


「ちょっと其処の人ら!」


 不意に、不満そうな色合いの声がレオ丸の、背中の方から上げられる。

 周囲の全ての状況をほったらかしにしていた異なる立場の三人が、綺麗に揃って同じ方向へと顔を向けた先には、不機嫌さを隠そうともしていない武闘家が、腕組みしながら地面を蹴っていた。


「何だか知らないけれど、俺達の事を無視するのは止めてくれないかな?

 仲良く旧交を温め合うのは、何処か俺達の居ない処でしてくれ」


 ステータスに、<A-SONS>のギルドタグを表示させているエルフ、山ノ堂朝臣(やまのどう・あそん)は澄んだ青い瞳だけではなく、肩も怒らせている。

 レオ丸は初めて気がついた風に、繁々と左側に居並ぶ冒険者達を眺めた。

 Lv.90で統一された<Plant hwyaden>に属する者達と違い、所属しているギルドもレベルも雑多である。

 最も多くの人数を抱えているギルドが、<A-SONS>。

 どうやら、レオ丸の眼前で屹立するエルフがギルドマスを勤めるグループのようであるらしかった。

 故に彼が、一群の代表然としているのだろう。


「あんた、レオ丸だっけか? ……俺からも聞きたい事がある」

「うむ、何ざんしょ?」

「あんたは、そいつらの仲間なのか?」

「違うで」


 一群の中では、数少ないLv.90の冒険者である山ノ堂朝臣の問い質しに、知らぬ間にレベルが91となっていたレオ丸は、即答で否定した。


「顔見知りではあるけんど、一味ではないなぁ」


 召喚術師の(とぼ)けた回答を受け取るや、武闘家は腕組を解き右手で何かを払うように二三度振る。


「それなら、何処へなりと立ち去ってくれないかな。

 あんたが居ると、話がさっぱり進まないや。

 今、俺達は、俺達の居場所を死守出来るかどうかの瀬戸際なんだ。

 あんたの与太で其の瀬戸際が、グダグダにされては困るんだ」


 若さが滲み出ているものの、努めて冷静な物言いをする山ノ堂朝臣。

 そんなギルマスの言葉を支持するように、<A-SONS>の仲間達が横並びで進み出る。

 右から順に、<盗剣士(スワッシュバックラー)>で同じくエルフの、SHEEPFEATHER朝臣。

 <森呪遣い(ドルイド)>でハーフアルブの、九鳴Q9朝臣。

 <施療神官(クレリック)>で猫人族の、北田向日葵朝臣。

 <暗殺者(アサシン)>でヒューマンの、シュヴァルツ親爺朝臣。

 <妖術師(ソーサラー)>で同じく猫人族の、Yatter=Mermo朝臣。

 <吟遊詩人(バード)>でヒューマンの、多岐音・ファインバーグ朝臣。

 <神祇官(カンナギ)>で狼牙族の、@ゆちく:Re朝臣。

 同じく<神祇官>で狐尾族の、MIYABI雅楽斗(ががくと)朝臣。


 Lv.90の冒険者がズラリと並べば、それなりに威圧感が発生するものだが、此の場では氾濫寸前の大河に辛うじて耐え忍ぶ堤防、程度の存在感でしかない。

 レオ丸を挟んで対峙する五十人以上の、<Plant hwyaden>のギルドタグをひけらかしている者達は、全員がLv.90なのだ。

 戦力比を別の形で例えるならば、西暦1941年当時の日本とアメリカの如し。

 <A-SONS>の後背に居並ぶ冒険者達は、低い者でLv.30台、高い者でもLv.70台。

 装備で比べてみても、<Plant hwyaden>側は凡そ全員が<秘宝級>アイテムを所持しているのに対し、雑多な集団側は<魔法級>アイテムが散見された。

 武具や防具などを<秘宝級>アイテムでガッチリと固めているのは、<A-SONS>の面子の他には数人しかいない。

 其の数人の内の一人、山ノ堂朝臣と共に一群の前衛に立つ武士が、上段に構えていた野太刀の切っ先を地に下し、口元を僅かに綻ばせた。


「向こうの指揮官さんの言う通り、其処の御仁に口を噤めだの、どっか行けだのって言うだけ無駄やで、<A-SONS>の。

 其処の御仁は、いつでも何処でも喋りたいだけ喋る人だし、行くも留まるも風の吹くまま気の向くまま、やからな。

 そうですよねぇ、彷徨の雲水……レオ丸法師?」

「ちっちっちっちっち。“雲水”ってぇのは禅宗の修行僧の、所謂一つの一般的呼称やで、テイルザーン君。

 ワシとは宗派が違うやな。

 それは兎も角、自分もまぁホンマお久し振りやねぇ……元気にしてたか?」

「ええ、まぁ」

「ほんで、何で自分は此処に居るん?」

「法師の御説法に従ったまで、ですよ」

「御説法? ……ワシ、何か言うたっけか?」

「“生物学的な多様性を維持する”ために行動した結果、ですわ」

「ああ……何か、そんな事を偉そうにほざいた……なぁ。

 ……やっぱり、付き合いきれんくなったか、ナカルナードとは……」

「ええ、まぁ」


 下に向けていた切っ先を、水平にまで上げるテイルザーン。

 レオ丸の視界に表示されるステータスには、所属ギルドの欄が空白になっている。


「あいつらみたいな、……阿諛追従の輩が蔓延ってしまいましたんで、ね。

 <ハウリング>に俺の居る場所は、全くのうなってしまいましたわ。

 ですんで。

 排斥される前に、さっさと退散する事にした次第でしてね」


 野太刀の切っ先を向けられ、顔を真っ赤にして激昂するMAD魔亜沌。


「何ぬかしとんじゃ、裏切りモンが!」

「五月蝿ェな、毛も生え揃わんガキんちょ風情が偉そうに!

 パンツの中までモジャモジャさせてから、出直して来やがれ!」

「……いや、一応は猫人族やねんし、其処は生えとるんと違うか。

 なぁ其処に居る、同じ猫人族のお二人さん?」


 元<ハウリング>同士の応酬を横から掻っ攫ったレオ丸に、突然話題をパスされた北田向日葵朝臣とYatter=Mermo朝臣は、目を白黒とさせた。


「それで……」

「ホンで!」


 状況が混沌処か有耶無耶になりそうな気配に、業を煮やした太刀駒が放った言葉を、レオ丸が発した大声が弾き飛ばす。

 いがみ合う者達を含めた全員の目が、状況下に闖入した者へと集約された。

 百対以上の視線を浴びて立つレオ丸は、<彩雲の煙管>から五色の煙を棚引かせつつ、顎を擦りながら全員を均等に見返した。

 先ほどまでのヘラヘラしていた雰囲気は、欠片も纏っていない。

 代わりに纏っているのは目視では確認出来ぬ、憤怒の(ほむら)であった。


「ホンで、自分らは、一体此処で、何をしとったんや!?」


 煙管を咥える口元が、酷く歪んだ。


「お手手繋いで、花一匁(はないちもんめ)でもしてたんか、ああッ!?」


 吐き出された煙が荒げた語気で大きく乱れ、複雑な模様を宙に描いた。


「殺れて嬉しい花一匁、殺られて悔しい花一匁、あいつは許さん、こいつも許さん」


 乱れて入り混じる五色の煙と共に、レオ丸の歌声が低く地を這う。


「其れとも何か、“蛙坂の合戦”ごっこか?

 どーしてもしたけりゃ、青空一門の看板背負ってから、茗荷谷まで行ってゲロゲーロって鳴きながらしとけ!

 こちとら、嫌になるほど地下世界(ペルシダー)を探検させられて。

 久々に御天道さんの下に出られて、やれ嬉しいやな有難いやな、って思うてたら。

 何や、自分らはッ!!

 相も変わらず御天道さんに、まともに顔向け出来ひんような下らんイザコザばかりしくさりやがってからにッ!

 みんなニコニコと“人殺しの道具”を手にして、火星人の剣闘士みたいに和気藹々と“人殺しゲーム”をせんかったら、どーにもこーにも気が済まんってか!?

 そないに、終わりなき戦いをしてたいんか!?」


 喉に絡んだ嫌な味の痰を足元に吐き、水平にグルリと百八十度睨めつける、レオ丸。


「其れでも自分らは文明人の一員か、人間以前やないかッ!!

 ガニメデの優しい巨人かて仕舞いにゃ怒んぞ、生ける屍共が!

 エエ加減に幼年期を終えて、対話の出来る大人になれやッ!!」


 双方共に約半数の者達が、バツの悪い顔をしてレオ丸から目を逸らした。

 残りの四分の三の者達は、気恥ずかしそうな表情で足元を見詰める。

 それ以外の者達は興が削がれたように、白けた雰囲気を身に醸し出した。


「“戦争”がしたくて……<冒険者>やっとんのか、自分ら?」


 レオ丸は、張り上げていた声を落とし、疲れたように静かな口調で問いかける。

 やがて。

 其の場の空気が、一変した。

 太刀駒がハルバートを背の固定具へと戻す音と、テイルザーンが抜き身の野太刀を鞘へ納める音が、寂として(しわぶ)き一つない空間に響き渡る。

 続いて。

 他の者達も、それぞれが戦意と共に手にした武器を、仕舞い直した。

 山ノ堂朝臣も両手の拳を開き、腰へと当てる。

 MAD魔亜沌は、周囲をキョロキョロと見回してから最後に、渋々といった感じで剣を腰元へと戻した。


「さて、と」


 そう言いながらレオ丸は、ドッカリと地べたに腰を下ろし、胡坐を掻く。

 <ナゴヤ闘技場>を背にした其の姿は、まるで牢名主の如き有様であった。


「自分らの話を、険と剣を突っつき合せてた理由とやらを、詳しく聞かせてもらおか?

 地球でもセルデシアでも午後は長いんやし、冴えたやり方かてたった一つって訳じゃないやろうし、な」

 って訳で。

 山堂様。

 sheepfeather様。

 九鳴様。

 北田葵様。

 暗黒爺様。

 Mermo様。

 タキオン様。

 ゆちくり様。

 雅様。

 改めて御礼を申し上げます。いつも御後援を賜り誠にありがとうございます。

 されど。

 今回の当方の仕儀が、御気に触りましたならば何卒御一報を頂戴致したく存じます。

 直ぐに対応し、善処させて戴きますので。

 勿論。

 <冒険者>としての御名前や、職種などのデータを改変訂正して欲しいといったものでも結構ですので。

 そして。

 今後共に、宜しく御鞭撻御支援を頂戴出来ますよう精進致します事を、御制約させて戴きます。

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