第肆歩・大災害+55Days 其の壱
お待たせ致しました、が、あまり進めれませんでした。
皆様、御免なさい。
さて今回は、島村不二郎様の御寛恕と御監修を頂戴致しまして、御作『<ロデ研>材料分科会』より、カズミ嬢・リエ嬢・タケヒコ氏に御出張を賜りました。
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島村様には、重ねて厚く御礼申し上げます。有難うございました。
誤字・誤用を幾つか訂正致しました。御協力に感謝を!(2015.03.08)
行く手に現れるMOBレベルのモンスターを、踊るような剣捌きで斬り飛ばす<暗黒天女>のアンWと、漆黒の旋風となり薙ぎ倒す<吸血鬼妃>のアマミY。
ナゴヤ闘技場の地下ダンジョンを、出口を求め進むレオ丸一行。
殿を務める<煉獄の毒蜘蛛>のミチコKは、一行が通過した廻廊に適当な間隔を空けながら、鋼よりも強靭な<カンダタの糸>でトラップをせっせと仕掛けている。
一切の戦闘行動を“家族”に任せて、暢気に<彩雲の煙管>を吹かしながらレオ丸はフレンドリストを展開し、アキバに居る年少の顔馴染みの名前を選び出した。
「モフモフ~♪ カズミちゃん、おっ早ぉーさん」
アキバの街で生産系ギルド三傑と言えば、豊富な人材と抜群の生産力で総合トップの<海洋機構>、ネットワークとフットワークに秀でた<第8商店街>。
そして、研究開発の雄である<ロデリック商会>、通称<ロデ研>である。
レオ丸が念話をかけた相手は、其の<ロデ研>に属する女子大生だった。
元の現実であれば、年齢差が親子ほどにも離れているために、知り合う事などなくても不思議ではなかったが、とある人物と団体の存在が二人の縁を繋いでいる。
その人物の名は、ぽこぺん先生。
レオ丸の大学の先輩にして、<エルダー・テイル>の熟練冒険者である。
大の犬好きでありながら、犬アレルギーという泣くに泣けぬ体質持ちのぽこぺん先生は、その鬱憤を<エルダー・テイル>で解消しようとした。
即ち、モフモフ好きの、<召喚術師>による、モフモフなモンスターを存分にモフモフするためだけの、サークルの発足。
レオ丸は、ぽこぺん先生の後輩で<召喚術師>である其れだけの理由で、無理矢理に発起人並びに世話役の一人にさせられているのだ。
そして、犠牲者は他にも居た。
東京の某有名学習塾で講師を務めるぽこぺん先生は、塾生にも其の魔の手を、正確に言えば個人指導と引き換えに雑用係として採用したのである。
憐れな仔羊は、無垢な若人三名。
偶々息抜きに<エルダー・テイル>をしていた、リエとタケヒコと、カズミの三人である。
三人が三人共に、<召喚術師>をメイン職にしていたのが運の尽きであった。
御蔭で彼らは、ぽこぺん先生に顎で扱き使われながらも、無事に第一志望の学校へと進学出来たのだ。
それが良かったのか悪かったのかは、本人達ですら判らないでいたが。
「も……モフモフ?」
「ありゃ、声に覇気がないけど、大丈夫かいな?」
「ええ、まぁ……毎日が月月火水木金金ですから……」
「何故に、帝国海軍!?」
「それに……今は草木も爆睡中の丑三っつな時刻で……此れから寝る処ですから……」
「ああ、そいつはゴメンなさい。こっちはダンジョンの中なんで、時間が判らなくなってました。ほな、また、お休みなさい」
「はい、お休みなさい」
念話を切り上げたレオ丸は渋面を作って、腕組みをする。
「如何なされましたか、主様」
「今は、いつやろうか?」
「はて? 一介の<獅子女>には判りかねまするが。
今が、いつとは、些かに難しき命題にて……」
「いや哲学的な命題とか、そーやなくてね……まぁ、エエか。
取り合えず、セーフティ・ゾーンを探して休憩しよっか、なぁ皆?」
「御意にて」
陰気に暗いダンジョンの通路の、少し先から聞こえる返事とも雄叫びともつかぬ声を聞き、アヤカOに跨ったレオ丸は漸く表情を緩めた。
何処かで鳴り響く鈴の音。
「はい、レオ丸です。只今居留守にしております。メッセージの後にピーッという発信音を吹き込んで下さい……」
毎度の事ながら寝惚けた状態で無意識に手を動かし、寝惚けた意識で習い性のように譫言めいた寝言をほざく、レオ丸。
セーフティー・ゾーンに着くなり、アヤカOの鬣に顔を埋めたレオ丸は、仮眠を取るつもりで其のまま熟睡してしまったようである。
「モフモフ!? モフモフ!? ブービー長老!?」
「うぉっ!! って誰や!! って、誰か思うたら……リエちゃんか?
はいはい、モフモフ、朝っぱらから元気にお早うさんな事で……」
「もうお昼ですよ、今日は!」
「ありゃ、そうなん?」
「ええ、そうです。処で、ブービー長老は今、どちらに居られるんですか?」
「あーっと。……リエちゃん」
「何でしょう?」
「その、“ブービー長老”って呼び方は、ちょいと遠慮させてもらえんかな?」
「あ、やっぱり。……ブービーチョーロー、って長音符が多過ぎますもんね!」
「ああ、うん、まぁ、そのぅ……」
「冗談ですよ、レオ丸先生。それで、今はどちらに?
先ほど一緒にランチをしたカズミに聞いたんですが、相変わらず陽の当たらぬ処でウロウロとなされているみたいですね?」
「ああ、うん、的確な御指摘を頂戴致し誠に恐悦至極、……な訳ないやん!」
「ニシシシシシッ♪」
「まったく! 先輩のいらん指導を受け過ぎやで、お嬢さんよ?」
「ぽこぺん先生の、一の教え子ですから♪」
イの段を駆使して笑うリエに、レオ丸は安堵と徒労の間ぐらいの溜息をソッと吐く。
「元気そうで何よりやね、全く」
「元気にもなりますよ、今のアキバに居れば!
日々是好日、日がな一日屋内に篭り切りで、研究日和の毎日ですからッ!!」
「そいつぁどーも、健康的なんか不健康なんか……」
「少なくとも私の、いいえ私達<ロデ研>のメンバーは“充実感”の三文字を満喫していますから、全く問題ありませんよ♪」
軽快にフル稼働中の超高性能エンジンの奏でる音に似た、何とも楽しげなリエの口調に、レオ丸は安堵感のみの鼻息をフッと漏らした。
「それなら良かった! アキバは、“陽の当たる人生”を満喫しているようで、誠に重畳やねぇ」
「……西の方は違うようですね」
「う~~~ん、“陽の当たらぬ人生”の深淵までカウントダウン・スタートとも言えるし、其処までは酷くならないかもしれんし……」
「妙に歯切れが悪いですねぇ、レオ丸先生」
「今のワシは、ミナミの住人と違うしなぁ……。街を離れてから大分経つし……。
あ、そうや、リエちゃん。
もし判っているなら一つ教えて欲しいねんけど」
「はいはい何でしょう、私に判る事でしたら」
「今日って何月何日ぐらいか、判る?」
「え~~~っとですねぇ、……書付を見て確認しますから、少しお待ちを」
念話の向こうから、紙の類が擦れ合うカサカサといった音が聞こえて来る。
「はい、お待たせしました! <大災害>が発生し私達が此処へ飛ばされてから、今日でそれから五十五日目ですので六月の下旬、二十七日頃になります」
「♪時は一千九百年、五十五日の北京の日♪……ってか」
「何ですか、突然に歌い出されて?」
「いや、フッとな、義和団の事を思い出したんや」
「何ですか、それは? 何処かの零細ギルドの名前ですか?」
「え~~~っとね」
「冗談ですよ、“庚子事変”の事ですよね」
「流石は現役の学生さんやな、ぽこぺん先輩もさぞや鼻が高かろうて……」
「どうして、此方に居られないのか。
此方ならば、犬アレルギーもないでしょうから、フワフワモコモコを好きなだけモフり放題ですのに!」
「ホンマにねー」
リエが教えてくれた日数に気を取られ、レオ丸は上の空で返事をした。
「うーむ、今度はそう来たか……」
「どうされたんですか、レオ丸先生?」
「いやいや、こっちの話やさかい。さてさて……それよりも!」
「それよりも?」
「リエちゃんって、サブ職は確か……<錬金術師>やったよねぇ?」
「はい、そうです」
「活用、出来てる?」
「えっ!?」
「藪から棒な聞き方して、ゴメンやで。
いや、な。<料理人>の有用性が発露して以降、各種サブ職の持ち得る技能が熱視線で注目されてるやんか?」
「はい。<鍛冶屋>のタケヒコも、<細工師>のカズミも、メイン職の<召喚術師>を忘れてしまったような日々を過ごして居ます」
「じゃあ、自分はどう何かなぁ? って思ってな」
「私もそれなりには、活用していますよ!」
「ほほぅ、……例えば?」
「例えば……“元素”の仕分け……」
「なるほど」
レオ丸は僅かに語気を強めて、リエの言葉を遮る。
「了解、了解。その辺でストップ! ……みなまで言わんでもエエで。
それ以上は、それ相応の御代を支払わんとアカンようになる話やさかいね。
それ以上聞いたら、ワシは産業スパイの一員になってしまうさかいに」
ヒュッと息を飲み、黙り込むリエ。
「しかし、流石はリエちゃん。確りと地に足つけて、過ごしているなぁ。
此の世界がゲームやった頃は、<錬金術師>ってぇのは単なるアクセサリーか、特殊なクエストをクリアする時にしか、用がないモンやったけど。
今は、違うわな。
ファンタジーな世界観における<錬金術師>ってのは、イコール“化学者”。
此れから更に技術革新を求めるならば、それこそ現実の世界の様々な技術を再現しようとするならば、<錬金術師>の役割ってもっと大きくなるやろうねぇ。
しかも。
クエスト報酬やドロップアイテムで、<賢者の石>を初めとした様々な錬金術師御用達の物品が、此処には現に存在してるやん。
<ダマスクス鋼>に<金丹>、エトセトラエトセトラ。
滅多に御目にかかられへんけど、<オリハルコン>も、<ヒヒイロカネ>も。
<瓶の中の小人>も、確か西欧サーバに居ったしなぁ。
彼の名高き『エメラルド・タブレット』に曰く、
“下のものは上のもののごとく、上のものは下のもののごとし”。
夢は広がるねぇ、リエちゃんよ。
目指せ! “ユダヤ婦人マリア”ってね? くけけけけけ♪」
「そんな胡散臭い目標に向かって邁進するなんて、嫌ですよ」
カ行で哄笑するレオ丸を、ピシャリといなすリエ。
「でも、“大いなる秘法”には、少し興味がありますね。
アランビーク蒸留器も、欲しいなぁ」
「ランビキ、かぁ。成分単離には必要不可欠やもんねぇ」
歌うように囀るリエに、レオ丸の声も次第に弾み出す。
「セルデシア世界の、葛洪やイブン=ハイヤーンになれるかな?」
「ニシシシシシッ♪ ベトガーだったらなれるかな♪」
「まぁ、マイセン陶磁器を作る其の前に、ガルヴァーニかダニエルか、あるいはヴォルタ伯爵かな?」
「え~~~っと、其処は……ノーコメントで」
「かっかっか! りょーかい、りょーかい♪
処で、アンティキティラ島の機械を作成する予定は、ないのん?」
「それは私ではなく、タケヒコかカズミの方に注文して下さいな」
「オッケー了解。そっちに行ったら、頼むわさ」
「ほっほー! いつ頃に、来られる御予定なんですか?」
「さぁて、なぁ。……寄り道ばっかしてるしなぁ。
今かて、なぁ。……<ナゴヤ闘技場>の地下でウダウダしてる最中やし」
「そろそろ、穴倉生活から脱却しなきゃ駄目ですよ?」
「いや、結構アクティブに彼方此方で、地下に落ちたり潜ったりしてんで♪
まぁ、取り合えず動き出すんは、地上に出て一服してからやね。
そーいや……」
「そう言えば?」
「ワシらの故郷である元の世界には、自然法則って言う名のシステムが存在してたやん?
それは、此の世界にも存在しとる。
但し、元の世界と此の世界では似ている処と似てへん処が、幾つかあるわな」
「魔法……ですか?」
「それも、正解の一つやね。物理法則を凌駕する、とてつもない法則やもんね」
「……レオ丸先生がお考えになる“解”って、何ですか?」
「変化……かな?」
「変化……ですか?」
「此ればっかりは、即断も即決も出来ひんねんけどね、現時点では。
解明のスピードが更に一段二段と上がったら、もしかしたら観測出来るようになるやもしれへんけどなぁ。
今のワシらは、文明の曙からようよう青銅器文明に至ったくらい、かもね?
せめて鉄器文明を謳歌するくらいにならんと、判明せぇへんかもね?
だから、な。
リエちゃん達、世界の事象を研究対象とする学問の徒、特に<錬金術師>って言う専門職的な総合職には頑張ってもらいたいねん!」
「そ、そんな大したモンじゃないですよ、私は」
「いや、そんな大したモンやねんで、リエちゃんのしてる事は!
そいつぁ自分だけやのうてな、カズミちゃんやタケヒコ君もやわさ。
何だか判らん内に判らん世界に連れて来られて、いつ帰れるかも判らへん。
そんな状態であるにも関わらず、自分に出来る事を見つけて、頑張っとる。
膝抱えて繰言しか言われへん奴とは、エライ違いやで、ホンマ」
「え、え~~~っと」
「胸張ったらエエんやで、ドヤ顔してもエエんやで、自分は。
世の中って、ホンマにままならんやん?
望んだ誕生日プレゼント、望んだ進学先、望んだ就職先、理想的な恋人や生涯の伴侶とか、全てが満額回答でガッチリとゲット出来る人生、なんて滅多矢鱈とあるはずないやんか?
元の世界で不平不満しか言うてへんかったヤツは、此の世界でも不平不満だらけで日々ぼんやりと無為に過ごしてるんやろう。
処が、自分らは違う。
ヴェルギリウス御大の、言葉を実践しとるやん?
“不幸に屈することなかれ、いや、むしろ大胆に積極果敢に、不幸に挑みかかるべし”
ほんで以って、蓄積した知識を活かそうとしとるんやろ?
キケロ御大も言うてるやん。
“どれほど沢山の知識を頭に詰め込んだとしても、使わないなら、意味がないどころか重たいだけだ”ってな。
世界は広く果てしなくあるも、其の始まりは己の足下にある。
世界は深く底知れなくとも、其の始まりは手の届く範囲にある。
一歩ずつ前へ前へと進み、先へ先へと手を伸ばせば、面白い事に出会うやろう。
されど、世界は恐ろしく残酷や。
進む先が闇に閉ざされ、足元も定かではなく、手を伸ばせばどのような危難に触れるやもしれへん。
そして、世界は儚く美しいモンや。
但し、現に存在する世界と、個人個人が体感し観測する世界は微妙に違う。
さてさて其処で、一つ質問や。
リエちゃんには、此の世界が、どう見えてるんかな?」
「……未だ見えない事だらけですから、今の私には答えられません。
ですから反対に、お訊ねします。
……レオ丸先生には、どう見えているんですか?」
「“ It’s a Small world Wonderland ”やな。あるいは……」
「あるいは?」
「“Somewhere over the rainbow
Skies are blue
And the dreams that you dare to dream
Really do come true”……やなぁ」
リエが感心したようにも、呆れたようにも聞こえる吐息を漏らした。
「“虹の彼方に”続く、“黄色い煉瓦の道を辿って”翠玉の都へ行けば、いつかは帰れるんでしょうか、私達は?」
「“ If I Only Had A Brain ”、どんな難題も解き明かせるやろう。
“ If I Only Had A Heart ”、どんな苦境にも耐えれるやろう。
“ If I Only Had The Nerve ”、どんな試練も跳ね返せるやろう。
其れが、いつなのかは、……今は誰にも判らんけどな?」
「通りすがりの北の善き魔女さんが、こっそり教えてくれないかなぁ」
「西の浅ましき魔男たるワシかて、知らんねんで?」
期せずに唱和する、イの段とカ行の苦笑。
「ああ、そやそや。最後に一つ聞いてもエエかな?」
更に多くの言葉の遣り取りをしてから、レオ丸がポツリと本題を問いかける。
「質問やのうて、……アンケートやねんけどね?」
「はい、何でしょうか?」
「モフモフしとるモンスターと言えば? って聞かれたら、リエちゃんなら何て答える?」
「モフモフしているモンスター、ですか?」
「はいな♪」
「そうですねぇ……、先ず初めにパッと浮かぶのは、<魔狂狼>。
それと、<貪欲なる大魔狼>、後は……<傾国九尾>ですね」
「ふむふむ、なるほどなぁ」
「それが、どうしたんですか?」
「うーんと、ね。ほら、ワシって<幻獣の主>ビルドやのに、所謂モフモフ系の“家族”が少ないやんか?
だもんでな、何ぞモフモフした如何にも幻獣っぽいモンスターを、何処かでゲットしようかなぁって、思ったり」
「ええっ!! レオ丸先生って確か、ネク……」
「有難う、リエちゃん!!」
不都合な真実を大声で封じると、レオ丸は息を整えてから言い添える。
「いやいや、貴重な時間を費やしてまで駄弁りにお付き合い戴き、おおきにね♪」
「ええっ? ああ、はい、どう致しまして」
「リエちゃんの御蔭で、次の訪う先が決まったし♪」
「はい?」
「取り敢えずナゴヤ闘技場を出たら、そのまま豊川に行く事にするわ」
「ええ~~~っと、何故に?」
「今、リエちゃんが教えてくれたやんか?」
「……でしたっけ?」
「おうさ!」
「何だか良く判んないですけど、お役に立てたんでしたら……まぁ、いっか」
「そうそう、細かい事は気にしない、気にしない。
まぁ、299792458分の1秒の時間に光が真空中を進む距離、の下一桁が八から九に変わってしもうたら大事やけどな?
せやけど其れすら、アメリカとリベリアとミャンマーでは大した事では、ないかもしれへんけどねぇ。
まぁ余談はさておき。
リエちゃん自身も、自分がしている事がマジで大切な事やって承知してるやろ?」
「ええ、まぁ」
「世界を計る上での基準、ってぇのがないと世界の事は何一つとして判らへん。
長さも重さも、何もかも。
自己の存在を確かなものとする基準、ってぇのはホンマに大事や。
学ぶ事は、己の無知と存知を明確にしてくれる。
試す事は、不可能と可能を明確にしてくれる。
そして其れは、興味を持って一歩前へ進む事でしか、明らかにはならへんやん?
例え革命下で戦時中の変乱の最中でも、<大災害>の混乱の真っ只中であっても、大事な事やし必要な事や。
リエちゃん達が、ドランブルとなってダンケルクを出発してくれるなら……」
「レオ丸先生は、バルセロナから旅立ったメシャンになってくれるって、訳ですか?」
「それぞれが、此の世界を理解するべく地道な作業で計ったらば、六年とかからずに全ての秘密が解き明かせる、かもな?」
「“ It’s a piece of cake”ですか?」
「そやね、日暮れて道遠しでも……諦めなければ、ね?」
リエとの念話を終えると、レオ丸は両手を突き上げて伸びをした。
コキコキと首を鳴らし、屈伸運動をする。
さて、と声に出さずに振り返ると、其処には冷め切ったピザよりも冷え切った雰囲気を纏った“家族”達が、居た。
「え~~~っと、皆どないしたん?」
能の如き舞を無表情で踊る、<暗黒天女>。
吐き出す糸で静かに捕縛縄を縒り上げる、<煉獄の毒蜘蛛>。
口を閉ざし半眼で睨んでいる、<獅子女>。
そんな異種族の姉妹達を等しく背後に従え、氷点下の冷気を伴わせて唇を開く<吸血鬼妃>。
「浮気者」
前置きもなく、そう言われたレオ丸は首を傾けたままに、凍りつく。
重苦しい沈黙に支配された時間が、無為なままに過ぎた。
「な……何の事……かな?」
「わっちらだけでは、物足りぬと申すのかえ、主殿は?」
「へ?」
「重大な裏切り行為です、主様」
「はい?」
「酷いです、ご主人さん」
「あーうー」
「……旦那様」
「じゃ! そーゆー事で!!」
レオ丸は、天井に点々と嵌め込まれた蓄光石により仄かに照らされた地下通路を、全力疾走で戦略的転進を図る。
<淨玻璃眼鏡>の暗視機能が遺憾なく発揮されていたために、新月よりも昏い地下通路でさえも然程の苦労はせずに済んでいた。
足元も、<飛天の雲上靴>が確りと石の床に接しているので、滑って転ぶ事もない。
<ナゴヤ闘技場>の地下通路は、ダンジョン的構造になってはいるが、所謂一般的なダンジョンではなかった。
一切のトラップが存在しない。
あるのはただ、Lv.50以上のモンスターとの遭遇戦のみ。
此処は、地上でも地下でも只管に戦闘行為だけを行う場所、なのだった。
故にレオ丸は、頭上と足元を気にせずに、ただただ正面のみを気をつけて疾駆する。
<彷徨う鎧>や<土偶兵士>などが稀に立ちはだかるものの、加速度のついたレオ丸は意外な程に軽妙な足捌きで、それらを躱し魔の手を掻い潜った。
レオ丸は、背後からヒタヒタと迫り来る、恐ろしき狩人と化した“家族”達の悋気妬心から発せられた怒りに比べれば、どんなモンスターもレオ丸の脅威にはなりえない。
「どうしようもない私が走ってゐる……」
種田山頭火とは違い、一目散に逃げ続けるレオ丸は、<魔狂鼠>の鋭い牙を避け、前方を遮る<巨大な地虫>を飛び越える。
だが、飛び越えた其の先に。
此のまま地の果てまでも駆け抜けて行きそうなレオ丸の足を、止める存在が黙したまま控えていた。
僅か十センチほどの段差。
右足の爪先が其れに引っ掛かるや、敢えなくバランスを崩して宙に投げ出されたレオ丸は、疾走していた時の勢い其のままに、ゴロゴロと転がり出す。
文字通りの、Like a Rolling Stone状態。
僅かに傾斜のついた床が、それに拍車をかけた。
悲鳴も上げられず、舌を噛まないように歯を食いしばったままで、苔を生やす間もなく先へ前へと止まる事なく転がり続けるレオ丸。
やがて。
行き着いた大きく開けた空間に転がり込み、対面の壁にぶつかり漸く停止。
頭上に、言葉にならない無数の記号を乱舞させたレオ丸は、前後不覚の状態で立ち上がろうとしてから、ドウッと音を立てて仰向けに倒れてしまう。
朦朧としたレオ丸の意識に、足音がヒタヒタと迫り、そして間近で立ち止まった。
「……旦那様?」
「主様?」
「ご主人様?」
「やれやれ、いつもながらでありんすねぇ、……主殿は」
虫の息でヒクヒクと痙攣している“家長”を取り囲み、異形な眷族達は誠に人間臭い仕草で溜息をつく。
レオ丸が回復するまでの間。
“家族”達は、大きな広間へと踏み込み襲い来る雑魚モンスター達を、適当にやっつけながら過ごす事にした。
程なくして。
無事に覚醒を果たしたレオ丸が最初に見たのは、床に散らばる大量の金貨であった。
床で輝く黄金の絨毯を呆気に取られて見詰めていれば、直ぐ近くで何がしかの濁った断末魔が上がり、更に追加される多数の金貨。
「お目覚めでありんすか、主殿?」
<鉄躯緑鬼>を易々と屠ったアマミYが、起き上がったレオ丸の上体を優しく抱き込んだ。
幾つもある広間の出入り口を全て、<カンダタの糸>で塞ぎ終えたミチコKが音もなく近づき、心配そうに柳眉を顰める。
最前から寄り添っていたアヤカOが、柔らかな頬をレオ丸の毬栗頭に摺り寄せた。
全身に装備した装飾品をジャラジャラと、けたたましく鳴らしながら勝利の舞いを賑やかに踊り出す、アンW。
「さて、主殿」
レオ丸の首に体に巻きつくアマミYの、黒い長手袋に包まれたほっそりとした腕先が突然、数倍に膨れ上がった。
鋭く尖った漆黒の指先が、僅かにレオ丸の首筋に食い込む。
唇の両端を吊上げ、凶悪な笑みを形作ったアマミYが契約主の耳に、優しく囁いた。
「先ほどの話を、説明してくりゃれ?」
逃げようのない弾劾裁判の被告席に、一人立たされるレオ丸。
大脳皮質から油汗を滴らせながらの必死の弁明が、どうにかこうにか実を結んだのは、凡そ一時間後の事であった。
オランプ・ド・グージュの著作に準拠した、『女怪と契約従者の権利宣言』を渋々ながらも承認させられたレオ丸は、肉体的疲労よりも精神的困憊に苦悶しつつ、冷たい石の床を這いずっていた。
「“吾人は自由を欲して自由を得た。自由を得た結果、不自由を感じて困っている”」
「主様は、いつから“読仙君”になられたのですか?」
床に散らばった金貨の最後の一枚を拾い終え、伸縮自在の製作級アイテムの布袋に詰め込みつつ独白するレオ丸に、寄り添うアヤカOが皮肉ではない素朴な疑問を放つ。
「昔っからやで? 何せワシの戒名の一部やさかいに」
よっこらしょと身を起したレオ丸は、軽くストレッチ運動をしてから周囲を見回した。
首を鳴らし肩を回しながら、天井を見上げる。
「一番近道の出口は、あそこなんやろうなぁ」
恐らくは五階建ての団地が一棟、丸々すっぽりと入るであろう直径ならば五十メートルほどの円筒形の広間の、其の天井。
規則的な配置で壁に埋め込まれた蓄光石が、ぼんやりとしてはいるが確かな灯りを与えてくれているために、その場は地下通路に比べれば真昼のように明るかった。
そして遙か高みの天井のほぼ中央に、更に眩い光がある。
屋外から採光をするための窓、のようだった。
「さて、そしたらば……」
レオ丸は、暇潰しに<カンダタの糸>で綾取りをしていたミチコKと、一心不乱にコサックダンスを踊り続けているアンWに、両手を差し伸べる。
「ほなまた後でな、ミチコKさん、アンWちゃん、アマミYさん♪」
二体の契約従者は、レオ丸の広げた両掌に一瞬にして、吸い込まれて消えた。
次いで、アマミYへと首を傾け、ポッカリと口を開ける。
「“さあ、一緒に飛んで行きましょう。小さな親指姫さん!
貴方は、僕が暗い地下室で、凍えて倒れていた時、僕の命を助けて下さったんです。”
……ってのは、冗談として。
エエ加減、薄暗い所をウロウロすんのも飽きたし、光合成でもしに行こか?」
唯一残した契約従者の背に跨り、右の人差し指を突き立てるレオ丸
「承りました」
契約主を乗せたスフィンクスは床を蹴るや、勇躍と飛び立つ。
光の射す天へ、真っ直ぐと。
リエ嬢との会話を書くのがあまりにも楽し過ぎて、ついつい文字を連ねてしまいました。
誰かと会話するって、ホンマに面白いですね♪
今回も引用が多くて判り難い内容かと存じますが、平に御容赦を。