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第肆歩・大災害+48Days 其の陸

お待たせしました。どうにかこうにか、出来上がりましたので披露させて戴きます。

魔光石を、蓄光石に訂正致しました(2015.03.08)。

 小さき物は鶉の卵ほど、大きい物ならば駝鳥の卵ほど。

 大小様々な石が水面下に隙間なく、無数に敷き詰められている。

 レオ丸は、広大な貯水池を改めて眺め渡した。

 自然界に散見するありとあらゆる総天然色。

 それら重なる事なき無数の色で、彩られた石達。

 其の一つ一つが、モンスターや亜人達の“卵”、もしくは“核”なのだろうと、レオ丸は教えられずとも理解した。


 亜人種は本来、セルデシア固有の生物ではない。

 今から凡そ三百年前。

 所謂<六傾姫(ルークインジェ)>の大乱の際に発生した<第一の森羅転変(ワールド・フラクション)>により、何処からか招来せられた種族である。

 <緑小鬼(ゴブリン)>も<醜豚鬼(オーク)>も<水棲緑鬼(サファギン)>も、全て<冒険者>と同じ“余所者(エイリアン)”なのだ。

 それが此の世界特有の、モンスターを循環させるシステムに組み込まれた時、此処が生み出されたのかもしれない。

 <エルダー・テイル>が、未だゲームであった時に。

 <大災害>が発生した時に其れが既定の事実として定められ、世界の表層から外れた裏面の事象となったのだろう。

 何となくではあるが、レオ丸はそう了承した。



 此処が何処かは知らんけど、まぁ、それを知るんは後回しでエエ。

 今すべき事は、此処に居る数多の命の集団の何処かで隠れん坊しとる彼女達に、ワシが迎えに来た事を大声で伝えるだけや!

 ほんだら一丁、山のお寺の鐘でもガンガン鳴らしたろか。

 カラスは居らへんけど、一緒に帰りましょうってな!



「敬って四方四維下上、十方世界の諸神に曰す。我此処に清浄の証しを建て給う。

 眼前の服せぬ鬼獣よ、順ぜぬ魑魅魍魎よ。

 我が言葉に従い降伏して、我が眷属と為り給え。

 速やかに、善知識と転じるべし。

 我、清浄の証しを建てるが故に、此処に盟を約し給う。

 善知識と転ずれば即ち、我が命、我が魂を分ち与えるもの也。

 願わくは我言に帰命し、宜しく方便に従い給え。

 更に冀わくば。

 全てを見据える者、<蛇目鬼女(メデューサ)>よ。

 汝に既に授けし名は、“ナオM”と申すなり。

 汝は、我が原初の願望なり。汝が存在し能わずば、我もまた願望を失うものなり。

 常に問いかける者、<獅子女(スフィンクス)>よ。

 汝に既に授けし名は、“アヤカO”と申すなり。

 汝は、我が探究心の源なり。汝が存在し能わずば、我もまた探究心を失うものなり。

 全てを捉える者、<煉獄の毒蜘蛛(アラクネー)>よ。

 汝に既に授けし名は、“ミチコK”と申すなり。

 汝は、我が欲求の顕現なり。汝が存在し能わずば、我もまた欲求を失うものなり。

 闇より出でたる者、<吸血鬼妃(エルジェベト)>よ。

 汝に既に授けし名は、“アマミY”と申すなり。

 汝は、我が此の世に実在する所以の陰影なり。汝が存在し能わずば、我もまた実在と陰影を失うものなり。

 常に歓喜する者、<暗黒天女(カーリー)>よ。

 汝に既に授けし名は、“アンW”と申すなり。

 汝は、我が愉悦の化身なり。汝が存在し能わずば、我もまた愉悦を失うものなり。

 密かに支える者、<金瞳黒猫(グルマルキン)>よ。

 汝に既に授けし名は、“マサミN”と申すなり。

 汝は、我が描く夢想なり。汝が存在し能わずば、我もまた夢想を失うものなり。

 常に奏でる者、<首無し騎士(デュラハン)>よ。

 汝に既に授けし名は、“ユイA”と申すなり。

 汝は、我身が奏でる旋律なり。汝が存在し能わずば、我もまた旋律を失うものなり。

 洋々と雄大に進む者、<海魔竜魚(ケートー)>よ。

 汝に既に授けし名は、“ミキM”と申すなり。

 汝は、我が進むべき前途なり。汝が存在し能わずば、我もまた前途を失うものなり。

 常に軽快なる者、<喰人魔女(キルケー)>よ。

 汝に既に授けし名は、“アキN”と申すなり。

 汝は、我が秘すべき本性なり。汝が存在し能わずば、我もまた本性を失うものなり。

 整然と合理を司る者、<家事幽霊(シルキー)>よ。

 汝に既に授けし名は、“タエK”と申すなり。

 汝は、我が調和の本道なり。汝が存在し能わずば、我もまた調和を失うものなり。

 常に清浄なる者、<麒麟(キリン)>よ。

 汝に既に授けし名は、“チーリンL”と申すなり。

 汝は、我が掲げたる理想なり。汝が存在し能わずば、我もまた理想を失うものなり。

 遙かなる高みを目指す者、<誘歌妖鳥(ハーピー)>よ。

 汝に既に授けし名は、“カフカS”と申すなり。

 汝は、我が随意の全容なり。汝が存在し能わずば、我もまた随意を失うものなり」


 レオ丸は、抱き続けていた心からの想いを、脳内で偽りのない言葉へと純化し、澱ませぬよう一語一句を大切に文言として紡ぎ出す。


「我は此処に誓願す。謹み敬って言上す。

 汝らが我と共にあらずば、我は存在し得る事能わず。

 我は、汝らが具現化するための、血肉なり。

 汝らは、我の全てなり!

 我らは、一蓮托生なり!

 故に勧請す。重ねて盟約を求め乞う。

 宿命を以って、今一度、同心すべし!!」


 そう言い切ると、レオ丸は両手を打ち合わせた。

 すかさず腰を落として両膝を水底に沈め、打ち合わせた両手も沈める。


「天蓬天蓬急急如律令 勅勅勅!!!」


 水中に体の大半を没したレオ丸を中心にして、一際大きな深紅の波紋が広がった。

 やがてそれは、鮮やかな真紅の輝きを放ち始める。

 レオ丸の心臓が大きく鳴動した。

 鳴動は鮮血と共に勢いよく水中に迸り、目視出来ぬ波動へ変じるや、周囲の隅々へと広がり轟然と響く。

 そして。

 大空洞の水面に、巨大な魔法円が鮮やかに刻まれた。

 魔法円の紅い輝きは、瞬く間に輝度を上げ、更に拡大する。

 留まる事なく広がり続ける、魔法円の輝き。

 その眩い輝きに、階段状ピラミッドも大空洞も全てが赫奕と、赤に染まる。


 不意に、レオ丸のふらつく視界のど真ん中に、メッセージウィンドウが軽やかな音を奏でながら勝手に開いた。

 楽しげに、上下に弾む“ New SKILL ”の文字。

 その直ぐ下には、“新しい特技を会得しました”と記されていた。


「はい?」


 更に、新しいメッセージウィンドウが覆い被さるように、先の上へ重なり開く。

 其処には素っ気なく一言、“口伝”、とだけ書いてあった。


<光臨(インヴォーク)>? ……何だ、そりゃ?」


 大量の出血と引き換えに表示された、ルビつきの二文字。

 首を傾げながら立ち上がれば、失血し過ぎた体が蹌踉けそうになる。

 気づけば既に、視界を染めていた赤い輝きは、すっかりと消え失せていた。

 胸に手を当て、鼓動に異常がない事を確かめ安堵の吐息を深くつく。

 ゆっくりと吐き終えたものの、後が続かず途方に暮れるレオ丸。


「え~~~~~っと」


 天上を見上げ、周囲を見回し、俯いてから呟いたレオ丸の独白が水面へと没する。


「……此れから、……どうしたら……エエん……かな、ワシ?」


 文字通り“身”という“銭”を代償として支払い、十二体の従者達との再契約の儀式は、完璧に成功した。

 其の手応えを、レオ丸は実感している。

 あまつさえ、其れを裏づけると思しきメッセージまで受け取ったのだ。

 で、あるにも関わらずコレといった反応が、全く欠片もない。

 最前と同じく静寂に包まれたままの、大空洞の中。

 <霊性(スピリット)>の渦は天上にましまして、水面下の石共は全て事もなし。

 極寒のシベリアでは、吐き出す息が凍りつく音が聞こえる事がある。

 現地ではそれを、“星の囁き”という。

 レオ丸の鼓膜には其の“星の囁き”に似た音が、喧しいほどに響いていた。


「何処を探しても、“ナウ・ローディング”の文字は見当たらへんし……」


 膝まで水に浸かりながら、所在なさ気に立ち尽くしたままのレオ丸。

 腕組みをし、顎を擦り、大口を開けて生欠伸を漏らし、鼻頭を掻く。

 場繋ぎに、此処が何処なのだろうかと思い意識を凝らせば、視界の中央にゾーン名のみが素っ気なく明示された。


 <此界ならざる揺籃の泉(エジコシェオル)


 <オーケアノス運河>の時と違い、フレーバーテキストはおろか何一つ具体的な情報が開示されない事に、レオ丸は首を竦める。



 たは!

 <忘れ去られた書物の湖(ミラルレイク)>……やのうて、<万書の桃源郷(ビブロス・ユートピア)>ん時と一緒か。

 つまり此処は、設定すら存在せぇへん場所……って事か?

 まぁ、そらそうやろなぁ。

 アタルヴァ社かて、何から何まで細かく設定なんざ出来ひんわな。

 モンスターが自動的にポップするシステムさえ組んだら、ポップする理由なんざ設定する必要はあらへんのやし。



 遣る瀬ないままに、レオ丸は胸中でぼやく。

 やがて、くさくさとした鬱憤を八つ当たりするかのように、水面を必要以上に乱しながら重い足取りで歩き出した。

 纏いつく水を掻き分け、辿り着いた階段状ピラミッドの基壇に手をかける。

 大量の水に足を取られながらの歩行は、元の現実よりも強靭な今の現実の体であっても、容易なものではない。

 尚且つHPとMPのパラメーターは、共にレッドゾーン寸前だ。

 精神的にも肉体的にも草臥れた風情で、ぐったりとした体に鞭を打ちつつ、のろくさと基壇に攀じ登ったレオ丸は、幅約二メートルほどの最下層の廻廊に足を投げ出した。

 脱力感満載で座り込み、ひんやりとした硬質の壁へ此れ幸いと上体を預けて、静かに瞑目する。

 ほんの数秒ほどで、レオ丸の呼吸は平常運転となった。

 徐に、懐より取り出したのは<彩雲の煙管>。

 先ほどまでの緊張感は、何処へやら。

 だらしなく吐き出された五色の煙が、ゆらゆらと宙に広がり薄れて消えた。

 一服二服と燻らしても、手持ち無沙汰感は治まらない。


「見事な手妻を見せて戴きました。実に素晴らしき、美しきものでありました。

 さて……それで。

 何が、どうなされたので、ありましょうや?」


 いつの間にか、レオ丸の座す場から直ぐ上の廻廊へと降りて来ていたセキエンが、揶揄するように問いかける。

 煙管を仕舞いつつ鼻に皺を寄せたレオ丸は、振り返らずに即答した。


「その問いはワシやのうて、イマイチよく判らん此の世界(セルデシア)(ルール)か、何処に居るのか定かでない運営側にでも、訊いてんか?

 そいつを此の世で一番知りたいんが、何を隠そう、此のワシやねんから!」


 其の時。

 何処かで、ヒュン!、という軽い音が鳴る。

 空気が切り裂かれた微かな音が、レオ丸の耳に届いた。


「ひでぶ!」


 突然、レオ丸の額に激痛が走った。

 筋肉隆々な巨漢に、不意打ちのデコピンをされたような衝撃。

 其の衝撃に耐え切れず思わず仰け反るも、頭部の背後は堅固な壁。


「あべし!?」


 額と後頭部を時間差で襲った激痛に、悶えのたうつレオ丸。

 我慢出来ぬ強烈な痛みに、言葉にならぬ悪態をつきつつ頭を抱える。

 自分を不意打ち攻撃をした“何か”に、一言物申そうと立ち上がった瞬間、レオ丸は廻廊に転がる其れに、気づいた。

 鶏の卵サイズの闇よりも深い色で黒光りする、一個の石。

 此処に来て以来、初めて見る曇りなき“黒色”であった。

 恐る恐るといった風に、レオ丸は右手で其れを摘み上げ、天上のより降り注ぎ続ける光の雨に翳し、無意識で学者スキル<学術鑑定>を発動させる。


 <大斎の卵(エオストレ)


 其の名称を網膜に焼きつけたレオ丸の口元が、にへらと緩んだ。


「『西遊記』とは、荒唐無稽な物語である。

 其の所以は、石の卵から一匹の猿が生まれて来る段にて、明確に示されている。

 “石”は、何も生み出さないが故に即ち、“不毛の象徴”である。

 だが其の“石”であるモノが、“卵”となり一匹の猿を産んだ。

 つまり、此の物語は絵空事ですよ、と作者は述べているのである」


 随分前に仕入れた知識が、レオ丸の口から無意識にダラダラと零れ出す。


「……って事は、今ワシが居る此の世界(セルデシア)は、隅から隅までずずずいっと全部、作り物の幻想、夢幻(ゆめまぼろし)の如きなり、……って事でオッケーなんか?」


 レオ丸が虚空へと虚ろに問いかければ、諾と言わんばかりに四方八方で重い音や軽い音が連鎖して鳴った。

 再び容赦なく襲い来る、全方位からの集中砲火。

 避ける暇も、逃げる間もない。

 鶉の卵サイズの石が、額と頬と首と両肩と左手を抉った。

 鶏の卵サイズの石が、胸と両腿と両膝に痛撃を与える。

 留めの一撃は、腹に直撃した駝鳥の卵サイズの石であった。

 滅多打ちと強烈なボディーブローに、キラキラとした何かを口から吹きながら翻筋斗(もんどり)打ち、あわや昏倒寸前となるレオ丸。


「……所謂……一つの、リアル体験……『殉教者ステファノ』か……よ……」


 一瞬にして、たん瘤と青痣と打ち身だらけの満身創痍に。

 パラメーターは、レッドゾーンの半ばまで一気に削られる。

 投石刑に処せられたレオ丸は、垂れる鼻血も顎から滴る胃液も拭わず、フラフラとしながら、廻廊に這い蹲った。

 力の入らぬ覚束ない動きで懸命に、床に散らばる黒く輝く石を両手で掻き集める。


「<冒険者>や……なかったら……マジで……死んどるで……ワシ……」


 悉く拾い集めた十二個の黒い石を大事そうに胸に抱き、崩れるように仰臥。

 本当ならば、直ぐにでも回復ポーションを一気飲みしたい処だが、それ以上に逸る想いがレオ丸を別の事へと突き動かしていた。


「皆、元気そうで何より……やね?」


 レオ丸が、傷だらけの顔に優しく綻ばせた瞬間、十二個の卵状の石は一斉に爆ぜて実体を失い、ありえぬ色の光に転変するる。

 目にも鮮やかな黒い光の群れは、歌うように絡み合い、縺れ合いながら舞い踊り、やがて一体となって宙に螺旋を描いた。

 天上では<霊性(スピリット)>が、光の粒子の雨を降らせる金色の渦を巻いている。

 眼前では、レオ丸の“家族”達が人の背丈ほどの、黒い螺旋をなしていた。

 二度と見る事が出来ない、美しい光景に陶然とするレオ丸。

 廻廊に仰臥したまま、金の綺麗と黒の華麗の両方を掴み取ろうとするかの如く、右手を真っ直ぐ宙へと伸ばす。


「お帰りなさい」


 たっぷりと墨汁を含ませた見えぬ筆の穂先が、宙に秀麗な墨痕を残すかのように黒い螺旋は大きく撓り、目一杯に広げられた“家長”の掌へと身を躍らせ、一瞬で消え失せた。


「なるほど、なるほど。……実に興味深いモノを見せて戴きました。

 <冒険者>という種族とは、何と不可思議な種族なのでしょう。

 揺るがせられぬ世の(ことわり)を、いとも容易く覆してしまうのですから」

「そない手放しで褒めたとて、もう屁ェくらいしか出せまへんで?

 此れ以上の出血大サービスは、勘弁しとくんなはれ」


 レオ丸はゆっくりと身を起し、手拭いで顔をザッと拭い清め、回復ポーションを続けざまに二本飲み干して、覚醒を促すように首を何度も振る。


「冒険者の体って、やっぱ便利やな。……よう出来とるわ」


 漸く人心地がつき、パラメーターがレッドゾーンから脱している事を確認してから、やおら立ち上がった。


「ボッコボコにされても、栄養ドリンクと僅かな休息だけで治るんやから。

 まるでギャグ漫画の登場人物並みやわな。

 まぁ、痛覚だけは、我慢するしかないのが玉に瑕やけどね?」


 背筋を伸ばし、顎を上げて、レオ丸はセキエンを視野の中心に見据える。

 口の端を微かに引き攣らせながら、左手を腰にピッタリと沿わせ、右手を胸の前で折り曲げて恭しく一礼した。


「さてさて、と。

 もう一つばかし野暮用を果させてもらいましたらば、御邪魔虫はとっとと退散させて戴きますわな。

 突然押しかけた上に厚かましくも時間を拝借し、誠に申し訳ない事で」

「ほほぅ。此れはまた殊勝なる言葉にて。

 名残惜しい気も致しまするが、そもそもそなたは慮外の者。

 此れ以上此処に居座られては、公正にして整然たる流れに障りが出るやもしれぬ。

 早々に、退出戴くのが宜しいでしょうなぁ」

「せやけどね、そーしたいんは山々やねんけどね」


 レオ丸は腕組をしながら、上段にて陽炎のように立つセキエンを睨め上げる。


「御世話さんどした、ほなサイナラ! とは、直ぐには出来まへんねん。

 此処から、掬い取ってやらなアカン子が、まだ一人居りましてな……」

「ほぅ?」

「本来ならば、此処に来る予定も、来なアカン理屈もない子ですねんわ。

 それが、いらん事しぃがいらん事をしよったがために、此の浄土に良く似た冥府魔道の地獄へと堕とされてしまいよったんですわ」

「ふぅむ。……その者は、そなたの家族なのでありましょうや?」

「家族……予備軍ですわ。

 生前、其の子と指切り拳万って約束しましてん。

 必ず迎えに行ったるさかいに、待っとってな! ってね。

 ……せやけど、なぁ?」


 振り返り、グルリと斯界を半周して見渡す、レオ丸。

 とある経典にて語られる、青色青光(しょうしきしょうこう)黄色黄光(おうしきおうこう)赤色赤光(しゃくしきしゃっこう)白色白光(びゃくしきびゃっこう)に彩られた大空洞の水面下に、溜息を吐く。

 青色を含む寒色系だけでも、群青色、藍錆色、青竹色、薄墨色、瑠璃色、青磁色、露草色、淡青色、納戸色、根岸色、松葉色、海松色、石盤色、桔梗色、深緑色、暗緑色、灰緑色、利休色、萌黄色、萌葱色、若草色、山葵色、常磐色、木賊色、黄緑色、淡緑色、千草色、牡蠣色、紫苑色、新橋色、山鳩色、竜胆色、更にそれ以上の濃淡明暗様々な色が散見する。

 果たして、どの色の石が求め捜す石の卵、“漂白を続ける者(イェニシェ)”の娘ジーン=ベリーの魂が変じた<大斎の卵(エオストレ)>なのか?

 レオ丸の脳裏で、“干草の山から一本の針を探す”という警句が明滅する。


「巨大なネオジム磁石でもありゃ、干草の山が十トン以上あったとて、さして時間はかからへんけどなぁ?」


 試練と呼んでも差し支えのない労苦を想像し、腰砕けとなり蹲るレオ丸。

 賽の河原で、コイン・タワーを積み上げる方が楽かもしれへん、と項垂れた。


「本来は居てはならぬ存在、でありましょうや?

 ふぅむ。

 ……されば其れとは、斯様なモノでありましょうや?」


 出し抜けに、セキエンが虚空へフラリと手を伸ばした途端、最善まで何もなかった空間に真っ黒な穴が生まれた。

 当たり前のように、その穴に右手を入れ何かを掴み出す。

 セキエンが左手で軽く祓うと、虚空に現出した黒い穴は現れた時と同じように、前触れもなく消えた。

 だがセキエンの右の掌には、不可思議な色彩の石の卵が四つばかし、消えずに残されている。

 よく見ればそれらには、元は一塊だと思われる歪な断面があった。

 数学図形の一種であるジュリア集合にも見える、柔らかで複雑な白い曲線に彩られた、漆黒の石。

 あるいは逆に、汚れなき素地に悪しき穢れが染みついているのかもしれない。

 何れにせよ単色ではない、無残にも四片に砕けた握り拳大の石が、其処にあった。


「そなたが此処へ迷い込まれる前に、定められし法に逆らいし<霊性(スピリット)>が幾つも混じっていたのですよ。

 此の世の事、全ての事は須らく、正しき秩序に則らねばなりませぬ。

 そは、不文律と申すのでありましょう。

 例え、明々白々なる成文律ではなかろうとも、世の(ことわり)とは現に存在し続けているものでありましょう。

 故に、些かの歪みもなき厳然たる慣例に依りて、それらは全て正しき流れへと峻別致しました。

 さりながら。

 唯一此れのみが(ことわり)に服せず、抗い続けたのです。

 捨て置けば更なる障りとなるやも知れませぬのでなぁ。

 致し方なく、斯様なる仕儀と相成りました。

 もしや此れも。

 そなたに関わる、捜したるモノなのでありましょうや?」


 レオ丸は、セキエンの言葉を聞き流しながら、その掌に載せられたモノを凝視する。

 やがて僅かな唇の隙間から、哀切と慈愛に満ちた言葉をそっと述べた。


「待たせてゴメンやで。スマンかったなぁ。元気にしてたか?」


 朗らかな高音と拗ねたような低音が、同期して奏でられる。

 石に描かれた模様が激しく波打ち、重厚な脈動を発した。

 待つほどもなく。

 不平と不満と喜悦とを均等に混ぜたような唸りを上げ、四つに割れた石がレオ丸の元へと来襲する。

 その展開を既に予想していたレオ丸は、咄嗟に身構え、発止と両手を合わせた。


「あわびゅッ!」


 見事な射線を宙に描き、砕けた四片の石塊は全てレオ丸の鳩尾を、容赦なく抉る。

 武道の嗜みは全て漫画と映画でのみ済ませていたド素人には、至近距離からの飛来物を確保する術などあるはずもないのは、言わずもがな。

 レオ丸は少し宙に浮いてから、再び廻廊に沈んだ。


「其れは此処では受け入れられませぬ故に、そなたに託すと致しましょう。

 何卒、良しなに御計らいなされるよう」


 身に食い込んだ石塊を、レオ丸は左右の掌に二つずつ握り締める。

 苦悶の呻きを食い縛った歯の隙間から漏らしつつも、二度と手放さぬように。

 すると、両の握り拳の隙間から黄昏色の光が漏れ出し、瞬時に消えた。

 慌てて掌を広げも、名状し難い文様の石は既に、淡雪の如く霧消している。


「御用は此れにて、御済みになられましたでしょうや?」


 セキエンは、歌うように問いかけた。

 祈りを奉げる司祭の如く、両手を大きく広げながら。

 レオ丸は、無言で頷き返す。

 如何にも不思議そうに、両手を降り注ぐ光の雨に透かして見ながら。


「されば、早々に御引取りなされるが宜しいでしょう。

 此処は始まりし時より変わる事なく、止まりながら流れ続けるが必定の地。

 始まりし時には存在せず、止まる事なく流れぬ者が常しなえに居るべき場所ではありませぬのでなぁ。

 去りませい、<冒険者(よそもの)>よ。永遠に生きて死ぬ者よ。

 此処は、そなたが転変すべき所に非ず」


 何処からともなく鳴り渡る、涼しげで冴えた金属音。

 その音が一際甲高く鳴らされた瞬間、無様に屈むレオ丸の足下が変化する。

 虚無の如き黒い穴が、大きな口を開けた。


(うつつ)の世界へと、疾く帰りませい」



 気がついた時。

 レオ丸は其処に、立っていた。

 薄暗い空間は、まるで何処かの遺跡の中のようだったが、何故だか懐かしいものに感じられる。


「ああ、ダンジョンの中か!」


 方形に整形された石材で出来上がった天井、床、そして壁。

 冷やりとした石壁を撫で擦り、ペタペタと幾度も掌で叩きながら、レオ丸は何度も何度も満足気に頷く。

 セルデシアの裏側から、表面の世界へと帰還出来た事を十二分に確認してから、壁に手をつき悄然と肩を落とすレオ丸。


「で、……此処は、何処やねん?」


 僅かに湿り気を帯びた、余り体には良くなさそうな黴臭くて、生臭い空気。

 天上に嵌め込まれた小さな蓄光石が、薄ぼんやりと照らしているために暗中模索状態に陥らずに済んではいるが、手元暗がりである事に変わりはない。

 レオ丸が今居る場所は、どうやら通路のようであった。

 いつの間にか手慣れてしまった行動の、現状確認作業を行えば、簡潔にして端的な名称が視界に表示される。


 <ナゴヤ闘技場 地下通路>


 <淨玻璃眼鏡(モーリオン・ゴーグル)>越しに目を見張り、改めて周囲を確認するレオ丸。

 未だ濡れそぼち体に纏わりつく、布鎧の<中将蓮糸織翡色地衣>を面倒くさそうに捌きつつ、<彩雲の煙管>を咥えて大きく吸い込む。

 いつものように、場所を弁えず暢気に一服しようとしたレオ丸の背後で、何かが黴臭く生臭い空気を揺らした。

 両手を突き上げて軽く伸びをしながら、肺が空になるほど煙を吐き出しつつ、レオ丸が振り返ると其処には、凶暴な殺意が凶器を振り翳している。


 <彷徨う鎧(リビング・アーマー)


 ステータス画面には、Lv.75、パーティランク(1)と表示さたダンジョンでは御馴染みのモンスターは、無言でロングソードを振り下ろした。

 突然のエンカウントに、レオ丸は召喚呪文を発する余裕すらなく、心の中で“家族”の名前を叫ぶ事しか出来ない。

 金属と金属とが、激しくぶつかる音がした。


「一番! アンW! 剣舞を披露します!!」


 思わず瞑ってしまった眼をソッと開けると、リビング・アーマーの凶刃はレオ丸の頭上で六本の円月刀により、確りと受け止められている。

 ポカンと開いたレオ丸の口から溢れ出た煙は、常の五色ではなく、闇よりも暗い色をしていた。

 レオ丸の時間が、僅かに停止する。


「やれやれ、全く。……でありんすねぇ、主殿は」


 以前と何ら変わりのない、甘くて厳しい物言い。

 薄れずに蟠ったままの煙が、レオ丸の視線の先で肥大化し人の形に変幻する。

 懐かしき容貌が、如何にも残念そうに艶やかな唇を歪ませた。

 レオ丸の背後からは、豊かで引き締まった頼もしき肉体がズルリと現れ出て、リビング・アーマーを武器ごと跳ね飛ばす。


「主殿。……ただいま、でありんす」


 身にピッタリとした漆黒のロングドレス姿と、過剰なほどの装飾品を身につけた褐色のボディーが、レオ丸を庇いつつ敵の前に立ちはだかった。


「下がり居れ、意思すら持たぬ下郎めが!

 我らが主に害意を向けた事、寸毫も許す事能わず。

 ……主殿。

 此処は我らに任せて、大人しく其処で良い子にしているでありんすよ?」


 アマミYは、鋭く長い牙を剥きながら、艶然と微笑んだ。

次話はちょいと先になりまする。

サボっていました、<第弐歩>及び<第参歩>の加筆修正を先にさせて戴きたく存じますので。

何卒、御寛恕下さいませ(平身低頭)。

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