第参歩・大災害+47Days 其の伍
ちょいと短めですが、キリがよいので。
「もう大丈夫だよー」
ユストゥス氏が、エラく暢気な声を出しよったけど、ホンマに信用してもエエんかいな?
何の警戒もなく無防備に顔上げたら……。
猪の生首を頭に乗せた彼が、腰布一丁で踊ってるかもしれへんやんか?
そう考えるだけで、ゾッとしてまうわ。
もし、そーやったら。
ワシかて対抗上、急いで“泥男”の御面を作って被って、腰蓑一丁で踊らなアカンやん?
それが、男のロマンやん?
そんなロマンは、不燃ゴミと一緒に捨ててしまえ! って意見もあるかもしれん。
全く、世知辛い世の中やねぇ。
そないにカリカリして生きてたら、心がガリガリになってしまうで?
うん。何か心に響くエエ話をしたな。
それは、さておき。
相変わらずファッキンガイズは、“あー”って言うとる。
ユストゥス君の声が聞こえてへんのやろか?
……耳塞いどるんやもん、聞こえるはずないわな…………。
しゃあない。
此処はワシが男気見せて、……腰蓑一丁で踊ったろう!
唱える文句は勿論、“ミオライトミハママス”や!
「……あー、もっと初心者にやさしくしてくれんかな? モロに聞いたったわ」
覚悟を決めたワシは、徐に重々しい態度で、緊張しつつ頭を上げた。
なんてこった!
ユストゥス氏は、猪の生首を頭に乗せて腰布一丁で踊ってなど、してへんかった!
何て、予想ガイ!
もしかしたらと思うて、一丁前な覚悟を決めたったいうのに……。
ワシの覚悟を返せぇ~~~!
くっそぅ! 心臓をバクバクさせて損したわ。
所謂、骨折りゾーンの草臥れ儲けってヤツか。
つまり、<歩く骸骨>を倒して僅かな金貨を得るっていう、アレやわ。
「あ」
ワシの顔色を見て、ユストゥス氏が実に間抜けな声を上げよった。
何や、そないに憔悴し切った表情でもしてたか、ワシ?
ん?
ちょい、待てや!?
何や? その、“あ”は?
「“あ”? 今自分“あ”って言うたな!! さては忘れとったんやろ、ワシがおんの!! 」
唐突に耳を塞いで、聞こえんフリして、何を“あー”って言い出しとんねん!
「今!? 今自分が言うかッ!? 聞こえんフリせんとキッチリキリキリ答えんかい!!」
「くはは」
「笑って、許して♪ ってごまかされんわい!! しかもワシの方やないやろ!!」
「……はー、本場のノリツッコミ、流石ですね」
「いやーそれほどでも……ってちゃうわ!!」
ったく、さっきから完全に梯子外されとる。ホンマかなわんわ。なんなん、コイツは。
ホンマこないな、ごっつぅ難儀な奴を此の世に送り出した親の、産んだ子供の顔が見てみたいわ!
それは誰か? 答えは、コイツや。
名は、ユストゥス。通称、<道化師>。
アキバでは結構な精鋭主義の戦闘系ギルド<シルバーソード>の、黒幕の一人。
いや、正確に言えば、その内の一人、やったやな。
はっきり言うたら、<シルバーソード>にいた頃は無名やないけど、誰もが知っとる有名人ではあらへんし、パッとした印象もあらへん。
巷では、な?
エルヴィン君が派手っちぃ戦術大好き人間に対して、ユストゥス氏はその真逆の戦術を主に選択し実行する奴や。
一言で言うたら、“地味”で“堅実”や。
……訂正。二言で言うたら、“地味”で“堅実”で“用意周到”や。
……え~~~、三言で言うたら、ってもうエエねん!
実戦現場では、相当に評価が分かれていたみたいや。
教えてくれたんは、エンちゃんやったかな?
十年選手以上の、所謂エエ歳こいたダメ人間達は、軒並みに優と不可の評価をつけたらしい。
ゲーム歴が十年未満の促成栽培達の採点は、普通やと。
せやから、参謀としての評価は、水戸黄門クラス。
所謂、優・良・不可なし可っ可っ可っ! ってヤツやな。
巷の評価、そこだけ言うたら、ユストゥス氏の方が狐将軍みたいやな?
せやけど、違うやろ、ユストゥス氏?
自分は、名将で雄牛やろ?
それよりも、や。
「あはははは」
「くっくっくっく」
「さ、もう一献」
乳飲み子やのうて、……血呑みっ娘達も置いといて。
ウチの、最終兵器家政婦の沈黙が気になる。
「あ、あの……タエKさ」
「あの手際! まさしく昨日今日で身についた物ではございません! そして串打ちはまさに肉の筋をきちんと捉え、最大限に食感を演出できる打ち方!
うふ、うふふふふふ……」
え~~~~~っと、どうしよう。
タエKさんの、殺る気スイッチが入ってしもうた……。
中身のヤバさが、表にダダ漏れしとるがな。
こんな時は、冷却水をバケツに汲んで、頭だけ沈めるんやったけ?
それとも、ブレーカーをバットでかっ飛ばしたらエエんやったっけ?
って考えとったら。
比喩的表現をするとや、縄張りを荒らそうとしている外敵を見つけた狼のような眼を、ユストゥス氏がしよった。
何やろう、嫌な予感以外の何物でもない予感が、ワシの脳天で煌く。
「うん? <家事幽霊>?
へー、なんかいろんな従者契約しているんですね、レオ丸殿。
で、なんで彼女やる気になっているんです?
え、料理対決?
……やめときましょうよ、勝つの私ですし」
火に重油を打っ込みよった。
いやいやいやいや、召喚してから大分経つで?
今頃になってボケられても、ワシはツッコミしたらへんで?
「……絶対に負けられない戦いが、今ここにあるっ!!」
ほんで、何でタエKさんがボケるねん?
契約主としての責任上、ツッコミしたらなアカンやん、ワシ!
「なんで自分、今回はっきり分かることばっかしゃっべとるん!? しかもそれ、数年前の“標語”やで!!」
「くはは、面白いっ!!」
比喩的表現でも何でもなく。
ユストゥス氏、犬歯が少し伸びてきてへんか?
「<家事幽霊>の名に賭けて!!」
「飲食店複数店舗のオーナーのメンツを賭けて!!」
「「盟約に誓って!!」」
「何や自分ら!! 息ぴったしやないかっ!!
しかもオーナー!? 勝ち組か!? 勝ち組なんか!!
それに今更やけど今回ワシが全編ツッコミかい!! 同情するで普段この立ち位置の子!!」
あ~~~、サービスサービス♪ なんかするんやなかったかな?
タエKさんを呼び出さん方が良かったんかな。
大人しく隅っこで、配給された聖餅でも貪り喰ってた方がマシやったんかなぁ……。
今の心象風景を比喩的に表現するにゃらば、地獄の門の上に腰掛けて、とある日光の猿軍団みたいにサロマ湖よりも深く反省……を、してたら。
「あああああのあののあのね!!」
「いやいやいやいやべ、べべべ別に、別にだよっ!!」
再び、天啓が降りて来よった。
どっかで少年と少女が、イチャイチャしてラブラブしとるイメージが、音声付で具体的な感じで。
何とも甘酸っぱいそれは、人生でもずっとソロ暮らしをしてきた、ワシの仄暗い部分を甚く刺激しくさりよった!
どうせワシは、苦酸っぱい駄目駄目ボッチやわい!
「なんかいちゃついとる!! 分かった、今のはワシにも分かった!!」
「あのガキ、帰ったらちゃんと説教だ!!」
何だか判らんけど、ユストゥス氏もワシの叫びに同調しよる。
どうやら彼の叫びは、タエKさんにとっての好機になったらしい。
「おほほほほ、この場はいただきですわ!!」
「あくっそ、流石“主”と“従者”、上手い気の散らせ方だっ!!」
何ですと? そいつは、濡れ衣やでユストゥス氏。
勝手にビッチャビチャな衣装を、着せんといてくれるか?
風邪引いてしまうやんけ!
「くっ!! その言い!! あくまでこちらを“下”と見ますのね!?」
「当然!! こちらは料理の専門、そっちは家事の専門!! 他ならともかく、料理で負けてたまるかっ」
「その意気やよしっ!!」
悲しい時ぃ~~~に、自分以外の誰かが人目を憚らずに悲しみを露わにし、号泣しているのを見てしまうと、自分はその人よりも悲しいはずなのに涙が出てこなくなってしまう事がある。
……今のワシが、そんな感じや。
氷点下ちょっと前くらいの妙に冷めた気持ちになり、改めて冷静に周りを見渡すと、や。
焚き火の前では、ヒートアップする一方の料理対決。
その近くでは酒盛りって名の、がぶ飲み女子会。……一人は、鮮血やけどね。
ちょいと離れた所では、未だに耳を塞いだまんまの野太い野郎声合唱団が、発声練習をしながら現実から全力で逃走中。
皆が皆、てんでんバラバラな事をしとる、一枚の情景。
どっかで見た事あんなぁ、こんな感じのん?
……ああ、…………ホガースか。
William Hogarth。十八世紀、ロココ時代の英国画壇を代表する画家。版画家。
当時の世相を痛烈に風刺した連作絵画で知られ、『当世風の結婚』シリーズが著名。他にも版画連作の『娼婦一代』『放蕩息子一代』など。市民階級に人気を博し、風刺画の父とも呼ばれた。
やたらパグが好きで、愛犬の名前はトランプ。
何処で見たかは忘れたけど、画面中央に描かれた二つのテーブルの周囲に群れ集う仰山の人々が、纏まりなく思い思いの行動を自分勝手好き勝手にしとる、実に猥雑な一枚の絵。
細部まで緻密に描写されているが故に、その無茶苦茶さが際立ち、鑑賞すればするほどに呆れてしまう名画、いや迷画。
ワシの眼前で繰り広げられている群集戯画は、LIVEであるだけに余計に、それ以上に混沌とした光景に見えてまう。
「……なんやねん、この絵。ホガースでも描かへんで?」
乳飲み子に、匙で掬ったジンを飲ませてへんだけ、マシやけどな?
ボンヤリしながら、そんなどうでもエエ事を考えとる間に
どーやら料理が出来上がったらしい。
猪の肉の串焼きだけやなく、様々な料理を前にして、ユストゥス氏とタエKさんが河原でドツキ合った後の不良みたいに、ガッチリと固い握手をしとった。
「……いやまさか、あそこで香草を散らすとは。あれのおかげで肉の臭みが消え、香りが際立った」
「……いえ、塩の振り加減など、後の仕上がりを見通したうえでなければタイミングを逸します。まさに秀逸の一言ですわ」
何だか分かり合ったみたいやけど、その観点がよう分からん。
まぁワシかて、元の現実では自炊族やさかい、言わんとしとる事は判らん事はないんやけど、所詮は素人の雑な料理や。
プロの料理人とプロの<家事幽霊>が立っとる高みは、指を咥えて見上げるしかねぇやな。
プロの<家事幽霊>って、何やねんソレ?
まぁ此処で、味がしてうまけりゃエエ、って言うのは良くないんやろなー。
そんくらいの事は流石に、理解出来る。
うっかりと口を滑らして言うてもうたら、もう一品、料理が追加されるに違いない。
……ワシの、活け造りが、な?
大体、味がする調理法かてテンプルサイドのユウタくんから、……いや、ヤエザクラのお嬢ちゃんから、教えてもろうたようなモンやし。
自らの創意工夫でどないかしたんと違うし、其処までのド厚かましい“贅沢”を言うたらアカンわな。
せやけどまぁ、少なくともワシ以外の面々はそれ以前から知っているためやろか、“遠慮”ってモンがあらへんわな。
あいや、“仲間”としても、何やろうな……。
ワシは、ソロを選んだ。
彼らは、ギルドを選んだ。
ま、それだけのこっちゃな。
それに、や。
こっちゃは“家族”やからなー。あんま“家長”のゆーこと聞いてくれへんけど?
何人がワシん事を“家長”やと認めてくれとるんか、国勢調査した方がエエかもな?
…………誰も居らんかったら、どうしよう?
ちょいと不安やけど、まぁ……そんくらいの方がエエんかもな。
親方日の丸みたいな頼られ方されても、か弱い乙女なワシには支えきれんし、亭主元気でくらいの立場の方が丁度エエんかもなぁ。
やれ、どっこいしょ、と。
食前の一服をしながら、ちょいと彼らとワシの相違点を考えてみよか。
ワシは手直にあった石に腰を下ろして、咥えた<彩雲の煙管>から五色の煙を静かに吸い込んで、溜息を混ぜながら長く吹かした。
寂しいとか思うんは、少しちゃう。
それは“家族”と“友人”の違いと、同じやんなぁ。
“家族”って何やろか?
“家族”は、“夫婦”とも“親子”とも違う特殊な枠組み、人間関係やわな。
“夫婦”は、婚姻関係がないと成立せぇへん。
“親子”は、血縁の有無に関わらず、戸籍がなきゃ成立せぇへん。
処が“家族”は、そういった手続きを経なくても、成立させる事が出来よる。
そういった意味では“家族”と“友人”は、よう似とる。
よう似とるけど、繋がり方、言い換えたら“絆”の種類が違う。
此れは、簡潔に説明するんは、実に難しい。
かと言って、冗長な説明では真意がどっかに流れて行ってしまう。
縦軸と横軸の違い、と言うべき何かね?
いや、それも例えとして何か違うなぁ……。
ふと、足元を見ていた視線を上げたら。
ユストゥス氏とタエKさんが、料理に関する知識を共有しつつも、持論を振り翳して叩きつけ合っとる。
イアハート嬢とイカム……訂正訂正禁句禁句、葉月嬢が、アマミYさんと、本日何回目かの乾杯をしてはる。
野太い野郎声合唱団は、ようやっと発声練習を止めて、今度は椅子取りゲームに興じとる。車座に上も下もないやろうに。
男って、幾つになっても、ガキやなぁ。
女って、年齢に関係なく大人やなぁ。……まぁ、偶には例外も居るけどな。
そんな和気藹々の場から、少し距離を置いた処で、ワシは煙草を吹かしとる。
吐き出してるんは煙やのうて、カラフルな水蒸気の塊やけど、煙草を嫌う人間にはそんな理屈は通じひんさかいに、一応は社会人の礼儀として離れたけど。
ある意味……コレが、ワシと彼らの“差”かもしれんなぁ。
近いようでいて、遠い位置。
似ているようで質が違う、“家族”と“友人”の意味合い。
別に、あっちが上で、こっちが下っちゅう事は、ないんやろうけど。
どーにも、気後れみたいなんを、感じてしまうねぇ。
ロマトリスで下手打ってやらかして、上手い事やれなんだ事が、重たい痼りになっとるんかね?
どうも思考の結果が弱きやし、マイナスベクトルになっとるなぁ。
“事実というものは存在しない。存在するのは解釈だけである。”ってのは、ニーチェ大先生の言葉やったなぁ。
気持ちが下向きな時は、空を見上げて深呼吸せなな。
“暗さが最も増す時に、人々は星を見る。”ってエマソン大先生も言うてはるし。
折角、元の現実では眺める事が出来ひん、綺羅とした満天の星空があるんや。
足元ばっか見てたら、大事なモンを見逃してしまうわな。
美しく雄大な星空を見上げて、吸うた息を吐き出そうとした時。
「レオ丸殿、温かいうちにどうぞ」
「旦那様、ユストゥス様の仰る通りですわ、先ずは私のものからどうぞ」
新しく“友人”になれるかもしれへん男と、十年以上もつき合って来た“家族”から、ワシの心で塒を巻いとる鬱屈を吹き飛ばすような、あっけらからんとした声がかけられた。
考え過ぎ、何やろな。……ワシの悪い癖やな?
ワシが勝手に拵えた“差”を、あっさりと埋めてくれるような発言に。
ワシは、色々なモノを含ませた煙を吐き出し、言葉を作り上げさせてもろうた。
「ほいほい、すぐ行きまっさ」
大好きやけど、目標にはしたくないグラッドストン御大の言葉を借りたら。
“大きな過ちを多く犯さないうちは、どんな人間でも偉人や善人にはなれない。”やな。
つまり、まだまだワシは、偉人にも善人にもなられへんってこっちゃ。
偉大なるに成るための道は、自分で塞いでしもうたけどな。
“私は自分が死ぬ覚悟ならある。しかし、私に人を殺す覚悟をさせる大義はどこにもない。”ってガンジー御大は言うてはるけど。
ワシは、“自分が死ぬ覚悟”を未だ持ってへんのに、“人を殺す覚悟”だけは成り行きとは言え持ってしもうたからな。
何とまぁ、厚かましいこっちゃ、難儀なこっちゃ。
せめて死ぬ寸前までには、善人の端くれにはなりたいもんやけど。
そいつも高望みかもなぁ。
地に生きる者は、地に足がついた生き方をせなアカンし、せなしゃあない。
星々の住まう世界から自分を俯瞰して見てみたら、実に矮小な存在やね?
吹けば飛ぶような、プラッチック製の将棋の駒みたいに。
そう思ったら。
重いかと思っていた腰は、結構あっさりと上がりよった。
大阪人の発音は、プラスチックではなく、プラッチックにて。
誤表記では、ありんせんよ。