第参歩・大災害+47Days 其の壱
お待たせ致しました。
活動報告で恥を晒し倒しましたように、心理面と思考が瞑想致しました結果、こんなに間が空いてしまいました。
当初予定よりも、二週間遅れです。
重ね重ねお詫び申し上げますと共に、皆様の御支えに感謝申し上げまする。
反吐塗れに陥る直前で、レオ丸とナカルナードの酒盛りは強制終了となる。
ダブルノックダウン状態の<冒険者>二人を尻目に、<家事幽霊>は乱れた場を片付け始め、<吸血鬼妃>は周辺警戒という名の深夜の散歩に出掛けた。
時が過ぎ。
へべれけ、というバッドステータスからレオ丸が漸く脱し、酩酊から覚醒したのは翌日の昼を幾分か過ぎた頃。
ナカルナードは既に、<ハウリング>の団員達の手により回収されていた。
襟元から聞こえるアマミYの寝息を聞きながら、ぼんやりと空を見上げるレオ丸。
太陽が燦々と輝く青空に、たゆたう僅かな白い雲。
レオ丸の遙か頭上、見渡す限り全面に、穏やかな初夏の空が広がっている。
小鳥の番が仲睦まじく、レオ丸の視界を横切って行った。
「お目覚めですか? じぇじぇじぇのじぇ~~~♪」
ゴミ一つない地面を竹箒で掃き清めながら、タエKが契約主をかける。
レオ丸は、治まったはずの頭の鈍痛に、再び襲われ顔を顰めた。
暫く苦悶の表情を浮かべた後に、フラつきつつも腰を上げる。
「……さて、此れらをどないするかやなぁ」
「最近、旦那様の反応が冷たい……」
「あんなぁ、タエKさん」
「何でございましょう、旦那様?」
「二日酔いのおっさんに、余り期待せんといてや?」
「合点でぃ」
「ほな、遺品整理を……、お片づけをするとしよか……」
「……合点承知ノ介です」
“漂泊を続ける者”達の遺物に、金貨などの動産の類が一切残されていないのは恐らく、ヴァンサンに呼び出された際に一緒に持っていったからであろう。
宿地に残されているのは、各個人の私的所有物、共同使用していたと思われる生活用品や生活必需品、共有財産である食料品や交易品などなど。
それらは全て、ひと抱えほどの木箱に納められ、積み上げられている。
レオ丸はその日、頭と心で疼く鈍い痛みに苛まれながら、改めて木箱を開封し、一定のルールに従い仕分けをし直した。
作業はタエKの手を借りても、遅々として進まず、目途がついたのは月が煌々と地を照らす深夜を過ぎた時分に。
手間取った理由には、東西に点在している幾人かの友人達に、念話をしていた所為でもある。
夜食もそこそこに、レオ丸は解体せずにいた幕舎に潜り込み、せめて肉体の疲れだけでも解消しようと体を横たえた。
アマミYに見守られ、タエKの膝を枕に眼を閉じるも、悔恨と怨嗟が心を締め上げ、自省と自責の念からなる鈍痛がこめかみに響く。
見殺しにしてしまった事と、人を殺した事のどちらを、悔いているのか?
自分に課した禁忌を、破らせる結果をもたらした相手と、率先して破った自分のどちらを、怨みに思っているのか?
やらなかった事と、犯した事のどちらを、省みているのか?
命を奪われ二度と復活する事のない者達からの責難と、命を奪われようと決して死する事のない自分からの呵責のどちらへ、弁明をせねばならぬのか?
レオ丸は、昏い渦に飲まれたような心地で、無理矢理に眼を閉じた。
すると、タエKが穏やかな声で、故国に伝わる子守唄を歌い出す。
歌詞の一番を歌い終え、間奏なしで二番を歌い出した途端、タエKの声が急に熱を帯び出した。
タエKの、声の熱量が増大する毎に、身振り手振りが加わえられてくる。
遂に立ち上がったタエKは、大袈裟に両手を広げながら明後日の方向へと絶唱し、拳を二つ共に突き上げ四番の歌詞を歌い切った。
派手な音を立てて、地に後頭部を打ちつけた契約主へ、会心の笑みを浮かべて見せる契約従者。
明かりのない暗闇の中で瓶底眼鏡を、どうやってかは不明だがキラリと光らせたタエKを、先ほどまでとは違う頭痛を感じながら、レオ丸は見上げる。
「故郷に伝わる伝統的なララバイです♪」
「『コサックの子守唄』、やったっけ?」
「Да!」
「“刃”とか“銃”とか、物騒な単語を並べ立てといてからに、“ねんねんころり”って言われても、寝れるかいな……」
「Ураааааааа!」
「ならば、わっちが」
レオ丸の傍で、アマミYが衣擦れの音さえコソリともさせずに、ゆらりと立ち上がり導入部分を語るように奏でた。
故国の伝説的英雄の名を歌い出しに、歌劇のプリマドンナのような佇まいで、アップテンポの曲調を軽やかに紡ぐ。
その曲名の原題は『Dragostea Din Tei』。
日本で配信された洋楽としては、史上初の百万ダウンロードを達成した、余りにも有名な空耳ソングである。
「……君らはワシを、寝かせたいんか寝かせたないんか、どっちや?」
心身ともに疲れ果てたレオ丸は、そのまま気を失うように眠りについた。
払暁、朝日の強い陽光が幕舎内を明るく照らす。
昨日までの心労を、幾分かは“自覚”という心的消化器官にて解消させたレオ丸は、幕舎から這い出して大きく深呼吸した。
小鳥らの うたはきこえず
空は今日 はなだ色らし、
倦んじてし 人のこころを
諫めする なにものもなし。
レオ丸の脳裏に、中原中也の詩の一節が浮かび流れる。
「God's in his heaven. All's right with the world……、ってか?」
それは、カナダの田舎で生まれた育った赤毛の少女が、物語の最後で呟いた言葉。
原典は英国詩人の著作だが、今では世界的に有名なアニメに登場する特務機関のシンボルマークの言葉として、最もよく知られている。
半分に切られた葉っぱの下に添えられた、英文として。
「さて、と……」
先に起き出し、陽の光を全身に満遍なく浴びていたタエKに、レオ丸は右手を上げてお早うと告げる。
朝日の中でも快活な<家事幽霊>は、満面の笑みで一礼した。
レオ丸はそれを受け、何ともシュールな気分になりながら、<ダザネックの魔法の鞄>に手を入れ、蒲鉾板サイズの木片を三枚、<大師の自在墨筆>を取り出す。
地に正座をし深くゆっくりと深呼吸を重ねた後、左手に重ね持つ木片の一枚目に、筆先を落とした。
<俗名 カレッジ・ベリー之霊位 追善菩提>。
レオ丸は、そう記して一息入れた。続けて二枚目、三枚目と。
<俗名 ヴァンサン・ビアン之霊位 追善菩提>。
<“漂泊を続ける者”之一切諸精霊抜苦与楽超生浄土>。
<大師の自在墨筆>を仕舞い、レオ丸は墨痕鮮やかな三枚の木片を、タエKに託す。
「したらば、……始めよか」
レオ丸は両の掌を音高く打ち鳴らすと、気合をいれるように両の頬を二度叩き、此の数日間の寝泊り場所であった幕舎に手をかけた。
「♪ ア~~アヨ~イトナ~~~、ヨ~~イトコ、ヨ~~イトコイ、セ~~~ ♪」
タエKが、木遣り節のようなモノを歌い出す。
力の抜ける掛け声に励まされながら、レオ丸は一刻ほどで幕舎を解体し、布と木材と荒縄とに分別した。
軽くストレッチをしてから、懐から取り出した<彩雲の煙管>を咥え、一服をつける。
吐き出された五色の煙が僅かな風に翻弄され、何処へかと消えて行った。
グルリと首を廻らせて凝りを解すと、レオ丸は昨日仕分けした木箱の山を見詰める。
木箱は、二つの山に大別されていた。
大きい方の山は、食料品や交易品を詰めた物である。
後ほど、警護軍の一部を連れてやって来るミスハに、引き渡す予定であった。
<冒険者>達の間で必要とする物を間引いてから、ロマトリスの黄金書府の<大地人>達に、見舞金の一環として供出する事になっている。
小さい方の山は、“漂泊を続ける者”達の個人的所有物や生活用品、生活必需品の類が詰めた物であった。
言わば、ジーンやカレッジ達の生活の臭いと、長くて短い人生の記憶の塊だ。
その辺りに置き去りにして朽ちるに任せてよい物ではなく、かといって一山幾らで売り飛ばしてよい物でもない。
ある意味、最も処分に困る物である。
「御焚き上げ、するしかねぇやな」
レオ丸は、煙管をパシンと額に打ちつけて、独り言ちた。
「それでは、法師。確かに受け取らせて戴きます」
一昨日までは、夜会巻きのようにカッチリとした髪型をしていたはずの、ミスハ。
だが今日は、以前と同じように纏め髪を解いている。
燎原を覆う火のように裾野を広げた、真っ赤なソバージュを揺らしながら、ミスハは直立状態で深々と一礼した。
レオ丸は、ぼんやりとした顔つきで返事もせず、無言のまま突っ立っている。
「法師、如何なされましたか?」
「…………」
「法師?」
「……やね」
「はい?」
「改めて思うわ……、別嬪さんやね、ミスハさん」
「な、何を、き、急に、仰られるのですか、ほ、法師ッ!!」
あたふたと挙動不審な様子になるミスハを、レオ丸は小首を傾げて見やった。
「何をって、素直にそう思うただけやん。
……こないに綺麗な人を、汚さんで良かった……ってな」
「……ッ!!」
レオ丸の口から零れた無感情な言葉に、顔を強張らせるミスハ。
「ホンマに、綺麗なままで、良かった……」
俯き、血で汚してしまった自分の両手を見詰め、レオ丸は呟く。
「法師!!」
一足飛びで距離を縮め、噛みつかんばかりの勢いで怒鳴るミスハに、レオ丸は呆気に取られた顔を見せる。
警護軍から分派されて来た冒険者達は、乗車して来た馬車への荷物の積み込み作業の手を止め、何事かと成り行きを見詰めた。
野次馬と化した<ハウリング>団員達の、遠慮のない視線の束を物ともせず、ミスハはレオ丸の両手を握り締め、引き寄せる。
頭一つ分ほどの身長差があるため、ミスハの胸に抱きかかえられる形となったレオ丸は、身動ぎもせずに為すがままであった。
「法師。貴方の罪過は、許されます。私が許します。
貴方が黙したままですので、真実は判りかねますが、推測は出来ます。
貴方は、為さなければならぬ事を、臆する事なく為された。
悔いる事はあったとしても、悩まれる事はありません。
最良の手段では、なかったかもしれません、貴方の為さった事は。
ですが、出来得る限りの、最適の手段を実行為されたのでしょう。
其れが問題ですか? 罪深い事ですか?
貴方を糾弾する事は容易でしょう。
ですが、本当に貴方を糾弾する事が出来るのは、恐らく貴方だけです。
故に私は、糾弾ではなく、救済の手を貴方に差し伸べます。
誰が何と言おうと、私は貴方を許します。
もし仮に、貴方が抱えた罪過で地獄へ堕される時、来たりなば……」
ミスハは、レオ丸の耳元で、吐息と共に宣言する。
「私が寄り添い、……露払いをして差し上げます」
不意にミスハの腕の中で、レオ丸の体が痙攣したように微かに震え、その襟元が僅かに膨れ上がった。
「馴れ馴れしいでありんすな、冒険者」
膨れ上がった襟元の奥で、黒々とした闇が蠢き、冴え冴えとした声を発する。
「……主殿に、常に寄り添い侍り、御身を助け給うは我ら、“眷属”の大切な御役目でありんす。
ポッと出の雌の分際のくせに、誠にもって甚だ僭越でありんす。
去ね。
絆を持たぬ、慮外者めが。
推参者は、さっさと消えるでありんす」
ミスハは、レオ丸を抱き締める腕に、更に強く力を込めた。
「……モンスター如きが生意気な。所詮は下賎な下僕であろうが。
真の“家族”に成れぬ存在でありながら、<冒険者>の間の事に口を挟むとは、何と烏滸がましい。
何が絆だ、笑わせる。
私が法師に奉げた誓い、……契りの前では塵芥でしかないわ」
「ようも、ほざいたものでありんすな、浅ましき肉塊が」
「仮初めの心しか持たぬ、“零と一”が何をぬかす」
「はい、そこまで!」
漸くにして意識が再起動したレオ丸が、ミスハの胸から脱し身を起す。
「おおきにな、二人とも」
レオ丸は、ソッと手を伸ばして<淨玻璃眼鏡>を外し、外気に晒した直の瞳でミスハと視線を交えた。
「おおきに。ミスハさん、有難うな。
謝る相手は誰一人として残ってへんけど、感謝の念を捧げられる対象の、実に尊き御人が此処に居てくれてはる。
それだけで。
ワシの心は楽になれる。誠に有り難い、ホンマに有り難い。
アマミYさん、おおきにやで。
自分が、自分ら皆が居てくれるさかいに、ワシは気侭な生活をいつまでもずっと、謳歌し続ける事が出来る。
それだけで。
ワシの気持ちは自由になれる。誠に嬉しい、ホンマに嬉しい。
ミスハさんも、アマミYさんも、“眷属”の皆も。
ワシにとっては、掛け替えのない、大事な存在やわ。
どっちが居てへんでも、誰もが欠けてもろうても、困る。
ワシには、自分らは同列の、大事な存在やねんから」
地に着かんばかりに深々と頭を下げる、レオ丸。
しばしそのままにしてから、徐に頭を上げようとしたタイミングで。
レオ丸の耳に、二種類の深い溜息が届いた。
装着し直した<淨玻璃眼鏡>に映るミスハの表情は、腹立たしそうでいながら、呆れたような、嬉しそうな、実に複雑なものに。
「主殿はほんに、………でありんすな」
襟元から、安堵とも遺憾とも取れる声が吐息と共に発せられ、レオ丸を腐した。
「全くです。でもまぁ、………である方が、法師らしいです」
苦笑いを浮かべたミスハは、一礼すると踵を返す。
打って変わって厳しい声で号令すると、冒険者達は慌てて出立の準備を整えた。
未練がましく振り返る事なく、ミスハは<ハウリング>の面々を追い立てるようにして、あっさりと宿地を後にする。
“漂泊を続ける者”の遺品の大半を満載した馬車を、腕組みをし首を捻りながら見送るレオ丸。
結局、一人と一体が口にした“朴念仁”という辛辣で愛情溢れる単語は、レオ丸の耳には届かなかった。
さて、早速。原作に記載されております通りに、金沢市の表記を今回より、“オーロパルーデ”から“ロマトリスの黄金書府”に変更しました。
原作における不整合、不条理にも思える数々の疑問点。
活動報告を利用致しまして、リアル<せ学会>討議をさせて戴いた結果の上に、同志諸兄の御二方との個人的な往復書簡にて、“吹っ切れた”ではなく、腑に落ちました。ほぼ、納得でやんす。
いちぼ好きです様改め、最近いちぼ食べられていませんよ…… 様。
或未品様改めず、或未品様。
お宅ら、チョーかしこ過ぎるわ♪