第参歩・大災害+45Days 其の肆
いちぼ好きです様の御話に、触発されました。
水煙管様のご許可を頂戴致し、ナーサリー様の御名前を拝借(あるいは寸借)致しました。
いちぼ好きです様、ユーリアス氏の御名前を延長レンタルさせて戴いております。
……何だか、準レギュラーみたいな扱いを致しており、併せて申し訳ないです。
加筆修正致しました(2015.04.01)。
午前中に比べれば、降り頻る雨は勢いをなくしていた。
雨粒も霧雨の一歩手前ぐらいの、小振りなものに。
替わりに、風が少し強めに吹き始めている。
<淨玻璃眼鏡>は撥水性にも優れているが、それでもレオ丸の視界は快適とは言い難かった。
「ワイパーが欲しいくらいやな。……アヤカOちゃん、大丈夫かい?」
「明鏡止水。心眼で飛んでおります故、問題はなきかと」
「……それって、計器式飛行って言いたいん?」
「全く然り」
「何処に、どんな計器があるんか、知らんけど。
……まぁ、墜落せェへんのやったら、何でもエエわ……」
スフィンクスの鬣に顔を埋め、レオ丸は身を縮こまらせる。
レオ丸主従は、水煙の尾を引きながら、大きく力強く天翔けた。
向かう先は“内灘地区”の外れ、人為的に切り開かれた広場である。
ミスハに教えられるまでもなく、空から見下ろせば<万魔獣>が何処へと移動したのかは、一目瞭然であった。
入り口とは違う場所に、修復するよりは建て替えた方が早そうなほどの、大穴が開けられた“賢老院議堂”。
元は壁であった石材が散乱した場所から、バケツで撒いたような血溜まりが転々と、“都心地区”の大通りに残されている。
血溜まりは、“鼓楼閣門”の支柱に大きな染みをつけてから“内灘地区”へと伸び、多くの商店を薙ぎ倒し踏みつけ、蹂躙の限りをなした後に宿地のある方へと、続いていた。
延々と残された、ドロリとした流血跡。
止む事のない雨は、それらを綺麗に洗い流す事は出来ないでいた。
雨中を飛び続けるレオ丸主従。
飛沫を立てながら、力強く羽ばたいていたスフィンクスが徐に、両翼の角度を変えた。
ゆっくりと螺旋を描くように、アヤカOは宿地へと着地を図る。
「主様。到着致しましたゆえ」
「……おおきに」
レオ丸は、アヤカOの背から転げ落ちるようにして、大地に膝をついた。
俯いたまま二度、大きく深呼吸をする。
吸い込んだ湿気た空気で肺を満たし、直ぐ様それを吐き出すと、レオ丸は意を決して顔を上げた。
両足に意識して力を入れ、立ち上がり歩き出す。
その行く手を、突っ立っている十四名の冒険者達の背が、横並びで塞いでいた。
「……御免やけど、ちょっと通してくれるか?」
彼らに対し、レオ丸はいつもの調子で、軽く声をかける。
その心算であった。
だが発せられた、その声は予想以上に低く、冷え冷えと凍てつきヒビ割れたモノとなり、<ハウリング>の面々の鼓膜から侵入し、心胆を鷲掴みにする。
まるで冥府から轟く死者の如きレオ丸の声に、十四名の冒険者は竦み上がり、文字通りに飛び上がった。
そして、表情を凍らせた<ハウリング>の団員達は、葦の海のように一挙動で大きく二手に分かれる。
恐れ戦く冒険者達が作った間を、モーゼのような威厳を持たない冒険者が、力みも緊張感すら身に纏わず、ゆっくりと歩いた。
レオ丸の進む先に現れたのは、油断する事なく愛用の凶器を構えた、ミスハの美しくも獰猛な背中。
「ギリギリセーフです、法師」
ミスハの隣に並んだレオ丸は、軽く会釈した。
自らの腰に伸びたミスハの手が、レオ丸の背後に回る。
自らの背後に回されたミスハの手に、レオ丸の左手が触れた。
「有難うさん」
レオ丸は更に一歩、そしてもう一歩と進み、その存在の手前で立ち止まる。
<万魔獣>は膝を屈し、地に伏していた。
真っ白であった毛並みは、至る処が血に塗れている。
巨体の全身は煤け、焼け焦げ、裂傷を負い、雨に打たれて濡れそぼっていた。
槍が刺さったままの片目は潰れ、右の前肢は付け根から半ば千切れている。
ステータス確認をするまでもなく、巨獣は死に瀕していた。
だが、未だ心が荒れ狂っているのか、威嚇の唸り声を発している。
「可愛らしかったのに、……ぶちゃいくに……されてしもうたなぁ……」
レオ丸は恐れる事なく、止めていた足を前へと再び動かした。
額に六芒星の痣を刻んだ、<万魔獣>が最後の力を振り絞るように、巨大な顎門を僅かに開く。
ズラリと並んでいたはずの、凶暴な牙の半数ほどが失われている。
「法師ッ!!」
「動きなッ!!」
悲鳴のようなミスハの叫びに、レオ丸は鋭く楔を入れた。
人一人くらいは簡単に潰せそうな舌が、洞窟のような口腔内で引き攣れる。
絶え絶えとした生臭い息が、微風になりレオ丸の頬を撫でた。
唾液と吐血の飛沫が流れ出て、大地を濡らす。
ZHAAAAABODHAAAAAAAAA……
濁った声が、<万魔獣>の喉から搾り出された。
右手を伸ばしたレオ丸は、その鼻面を優しく撫で摩る。
「辛かったなぁ……。苦しかったなぁ……。可哀想になぁ……」
レオ丸の左手が、閃いた。
「助けてやれんで、御免なぁ……」
ミスハの武器である<蓮華弁手裏剣>が一本、巨獣の口腔内に突き立てられる。
それを握り締めたレオ丸の左手に、一層の力が込められた。
「<エナジー・ウェポン>、……<火炎>。<メイジハウリング>」
レオ丸は、ありったけのMPを、<蓮華弁手裏剣>に注ぎ込む。
眩い光が生まれ、炎を顕現させた。
ステータス画面に表示されていた、有るか無しか程度のパンデモニウム・ビーストのHP残量が、一瞬にしてゼロになる。
か細い吐息を残し、巨獣は実体を喪失した。
視界を圧していた巨大な姿が消え、換わりに無数の光の粒子が溢れ出す。
「堪忍なぁ……」
光の粒子は柔らかく渦を巻き、レオ丸を包み込んだ。
“亜人の<魂>やモンスターの<霊>は、何処に行きますのん?”
レオ丸の脳裏に、自らが問いかけた言葉が不意に蘇る。
問われた者は、ある場所を静かに指差し、回答とした。
光の粒子は名残りを惜しむように、幾度も幾度もレオ丸の体を中心に渦を巻く。
やがて。
天へと伸び上がった光の粒子のうねりは、遙か彼方を目指し消えて行った。
レオ丸の問いかけに、カレッジが指し示した、精霊山へと。
「……直ぐに迎えに行ったるさかいにな、……其れまでは何処へも行かんと、ゆっくりとお休みしときやぁ……」
光の粒子が全て消え去った直後、虚空から大量の金貨が出現し、無粋な音を立てて大地に山を作る。
無機質な金属と無機質な金属がぶつかり合い、甲高い音と鈍い音を喚き散らした。
うず高く積み重なる金貨を見ながら、虚ろな声で鎮魂の歌を口遊む、レオ丸。
そのフレーズに合わせるように、虚空から出現した金貨の最後の一枚が、山をなした金貨の頂に当たり、フラフラと転がりながら稜線を伝った。
裾野から地に降り、まるで意思があるかのようにコロコロと転がり、レオ丸の足に当たりパタリと倒れた。
低く澄んだ声で歌い続けるレオ丸は、腰を屈めてそれを拾い上げる。
大きく歪んだ、一枚の金貨。
レオ丸の、右の掌の上で、それは微かに温もりを持っていた。
「法師……」
気がつけば、ミスハが傍に立っている。
「おおきにさんでした」
レオ丸は柄の方を向けて、<蓮華弁手裏剣>を持ち主へと返却した。
「一つ、宜しいでしょうか?」
「ん? ドロップ品の配分か? ワシは此の一枚だけでエエし」
「いえ、そうではなくて……」
「どないしたん?」
「……仏僧の御身が、何故に『Amazing Grace』なんです?」
「……しゃあないやん。こんな処で『地蔵和讃』を歌うてみ、雰囲気ぶち壊しやん?」
「まぁ……確かに」
「<セロ弾き>のナーサリー君が居てくれてたら、もっと気の利いた曲を奏でてくれたやろうなぁ。
ほんで、ユーリアス君が居てくれてたら、その旋律に合わせて、もっとエエ声で歌い上げてくれたんやろうけど。
<物語愛好家>と<歌う軍師>の、格好エエ二つ名デュオによるセッションや、畜生めが!
大金を払うても、聞きたいトコやねぇ。
彼らは東か西かの何処かに居って、ワシは北辺の此処に居る。
こればっかしは、どないもならへん事やわ。
此れからも、どうもならへん事が続くやろうさ。
願う希望や、叶えたい夢は五万とあるけど、泣き言いうて血反吐を吐き倒す日々が此れからも、暫くは続くんやろうなぁ……。
それでも、命がある限り。
生きているワシらは、進み続けなアカンやん。
後ろばっか振り返っていても、下ばっか向いていても、仕方あらへんやん?
しっかりと前を向いて、頭を上げな、な」
その言葉の通りに、レオ丸は空を見上げる。
ミスハも、視線を空へと向けた。
十四名の<ハウリング>の団員達も、様々な想いを胸に抱え、頭を上げる。
漸くにして、雨が降り止んだ。
天を厚く閉ざしていた雲が、上空を吹く風の勢いに負け、散り散りとなり始めた夕暮れの頃。
静寂が支配する宿地に、レオ丸は只独りで居る。
ミスハは、<Plant hwyaden>が派遣したお目付け役としての、他の十四名の冒険者達は警護軍としての、それぞれの任務へと戻っていた。
彼らは全員で、壊滅的打撃を受けたロマトリスの黄金書府の後始末に、<冒険者>の立場で<大地人>の事柄に直接介入し、奔走しなければならない。
“都心地区”へと帰還するミスハ達を最敬礼で見送った後、レオ丸はスフィンクスを虚空へと返した。
そして。
“漂泊を続ける者”達が残した沢山の荷物を、ぼんやりと眺める。
時の流れを忘れるほどに眺めた後、手近な木箱に腰を下ろし、懐から取り出した<彩雲の煙管>を咥えた。
山奥の炭焼き小屋の如く、煙を燻らせ続けるレオ丸の耳に、何処からか何かの鳴き声が聞こえて来る。
それは、空腹を訴えるレオ丸の腹の虫の、シュプレヒコールであった。
「生きている限り、どんな状況でも、やっぱ腹は減るんやねぇ。
当たり前の真理に、ひっさびさに気がついたわ……」
レオ丸は、咥えていた<彩雲の煙管>で宙にクルリと魔法円を描き、<家事幽霊>を虚空から招き寄せた。
呼び出されたタエKは、いつもと変わらぬ割烹着姿のまま、レオ丸が吐き出していた五色の煙を、まるで新体操のリボンの如くに操る。
華麗なスピンとステップを披露してから、滑らかな身のこなしで優雅に着地し、美少女な戦士っぽいポーズを決めた。
分厚い瓶底眼鏡が怪しく煌めき、口の端がニタリと吊り上がる。
「鈍器で殴って、御仕置きよ!」
「…………」
「…………てへぺろ」
「……ワシの、感傷を、返してくれるか?」
一陣の風が、一人と一体の足元を吹き抜け、明後日の方へと過ぎて行った。
白けた空気をものともせず、鉄面皮の契約従者は何事もなかったかのように、契約主へと恭しく一礼し、小首を傾げる。
「お呼びですかい、おやびん?」
「何処の誰が、“おやびん”や! ワシは、いつからゴリラな芋になったんや?
……何や阿呆らしゅうなってきた。悩むんが馬鹿らしぃなってきたわ……。
今の気分を文字で書いたら、おーあーるぜっと、ってな感じか?
ま、それはさておいて。御免やけど、晩飯の用意をヨロシコ」
「おやびん、合点でい!」
「はいはい、ヨロシコ……」
燃え盛る焚き火の、直ぐ傍で。
“漂白を続ける者”達と囲んだ質素な晩餐にて給された、オートミールのような一皿を思い出しながら、レオ丸はタエK謹製の白粥(塩味)を食し、早々に夕飯を切り上げる。
「タエKさんが居てくれるからエエけど。独りやったら、食欲を手放してたやろね?」
「わっちも居るでありんすよ、主殿」
レオ丸の襟元から、闇よりも黒い霧が湧き出し、人型に変じた。
「わっちも、腹ペコでありんす」
「わふぁふぃはふぁいふぉーふゅふぇふゅ」
幾分痩せ出した月の光を浴びながら、二本の牙を剥き出しにして微笑む、アマミY。
その足元に蹲りながら、口一杯に干し肉を頬張る、タエK。
御馳走様、と手を合わせたレオ丸は、平常運転の二体の契約従者を見て、穏やかな笑顔を見せる。
「自分らが<眷属>で、ホンマに良かったわ」
凡そ、深夜を迎えた頃。
レオ丸は、意識不明状態から覚醒した。
「……ホンマに、良かったんか?」
レオ丸は天を仰ぎ、腕組みをしながら思案する。
契約主を、昏倒させるほどに遠慮なく血液を吸い上げて、体力と精神力を目一杯に削り取った<吸血鬼妃>は、実に満足気な様子で過ごしていた。
しどけなく木箱に持たれ、微睡の淵にいる。
先ほどまでレオ丸に膝枕を提供していた<家事幽霊>は、長い爪楊枝で口の中を掃除していた。
「ホンマに……、良かったんか、ねぇ?」
見えない誰かに相談するレオ丸の耳に、遠くで幽かに草っ原を踏み締める音が届く。
即座にアマミYが身を起こし、タエKが爪楊枝を吹き出して立ち上がった。
「よう、おっさん。……起きてるか?」
ザリザリと金属製のブーツの底で、雑草を踏み締めながら宿地に現れたのは、<ハウリング>の団長であるレオ丸の顔馴染み。
ミナミとキョウが派遣した一団の、警護軍指揮官でもある、その巨漢。
レオ丸は、心の棚の奥底に仕舞い込んでいた、絶交宣言を取り出そうとして、止める。
ナカルナードの表情が、今にも泣き出しそうなモノだったからだ。
「おっさん言うな、スカタンめが。何ちゅう顔をしとんねん」
足を投げ出し、へたり込んだままのレオ丸は、自分の隣の場所をポンポンと叩く。
歓迎する雰囲気を纏っていない、二体の契約従者を迂回するように大股で歩き、レオ丸の示した隣へドッカと腰を下ろし、ナカルナードは胡坐を掻いた。
パチパチと、焚き火が火の粉を舞い上げる。
「此の一月半の間、ホンマに色々とあったなぁ」
「ああ、目まぐるしい一月半やった」
「ワシは楽しくも、苦しい日々やったわ」
「俺は、……苦しいだけやった」
「せやったんか?」
「ああ、しんどうて、しんどうて、堪らんかった」
「せやったんか……」
「何で皆、俺を頼るねん? 俺に、縋るねん?」
「そら、ギルマスしとんねんから、しゃあないやろが」
「俺かて……俺の事で一杯一杯なんや。他の奴らの事なんざ、知った事かッ!!」
焚き火が大きく爆ぜ、一際高く火の粉を舞い上げた。
「……せやから、甘えさせてくれる相手に、お前もしがみついたって訳か?」
レオ丸は、煙管を咥えたまま徐に立ち上がり、腰を軽く叩く。
<淨玻璃眼鏡>を外し、懐に仕舞った。
「幾つになっても甘えん坊さんやのう、お前は。
三十路の独身公務員が、何を寝惚けた事言うとんねん。
エエ歳こいて、アホかお前は?
……と言うても詮ないか。
男って生き物は、いつまで経ってもガキんちょのまんま、やからな。
甘えたいし、駄々捏ねたいし、好き勝手にしたいし。
……前に、お前がワシに言うたように、ワシにはお前を非難する資格は、ないのかもしれへんな?
だがな。
非難したり、糾弾したりするのに、資格なんざいらへんねんで。
必要なんはな……」
屈み込み、ナカルナードの目を真正面から覗き込む、レオ丸。
「覚悟、だけや」
レオ丸は、咥えていた<彩雲の煙管>を右手に持ち、自らの首を切り落とすような仕草で二度三度と、打ち当てる。
「反論を物ともせず、時には物理的な反撃にも屈せず、己の言質に責任を持ち、堂々と自分の由とする処を述べる。
会話の、対話の、言葉の世界で生きてるワシは、とっくの昔にその覚悟を持っとる。
……それ故に、語れん事もある。
“心の闇”の一言で片付けた事が、それや。
思うにやけど、……濡羽って娘も大きな“心の闇”を抱え取るんと、違うか?
インティクスって娘も、恐らくな。
さて、ナカルナード。
お前はソレと向き合い、時には受け止め、一緒に抱え込んでやる、そんな覚悟はあるんやろうな?」
ナカルナードは俯き、自分の足元を見詰めた。
「甘えた事をぬかしとる暇があったら、さっさと覚悟を決めんかい!!」
レオ丸は煙管を咥え直し、五色の煙を天へと吹き上げる。
「惚れた腫れただけで、グダグダしとったら、あっさり捨てられんぞ。
一緒に地獄まで堕ちる覚悟のない奴は、あっという間にゴミ箱行きやぞ。
それに、な。
そんなクズみたいな奴は、ワシの敵でもない。
何なら今直ぐに改名するか、ザコルナードに?」
顔を真っ赤にして、ナカルナードが口を真一文字に引き締め、決然と頭を上げた。
「……うん、エエ顔や。桃太郎に退治される寸前の赤鬼みたいで、実に結構!」
レオ丸はニヤニヤと笑いながら、積み上げられた木箱の山の一つに歩み寄ると、一番上に乗せてあった木箱を下ろし、蓋を開ける。
緩衝材に包まれた、何本もの一升瓶サイズの酒瓶が、その中に横たえられていた。
不透明な緑色のガラス瓶を、レオ丸は一本だけ取り出す。
それは、“漂泊を続ける者”の者達が交易品として、何処かへと運ぼうとしていた物だ。
受け継ぐ者の居なくなった遺品の一つに、レオ丸は手を付ける。
「遺産泥棒みたいで気が引けるけど、……ま、勘弁してもらおっか。
ほな、ナカルナードさんよ。……覚悟デビューの乾杯といこか?」
レオ丸が焚き火の傍に腰を下ろすと、タエKがすかさず茶碗を二個、差し出した。
「味は相変わらず水みたいやけど、アルコール度数だけは結構キツイわ。
ま、……時化た面した野郎二人で呑むには、丁度エエやろ?」
レオ丸の傍に胡坐を掻き直し、タエKから茶碗を受け取ったナカルナードは、何かを思い出した表情で少し、首を傾げる。
「……下戸やったんと違うんか、おっさん?」
「おっさん、言うな。……ああ、せや。相変わらずワシは、アルコールが苦手なまんまやで」
「呑んでも大丈夫なんか?」
「元の現実やったら、呑まれへんかもしれへんな。
処が、や。
ワシらは、<冒険者>やん? あっちでは下戸体質でも、こっちではどうやら違うようやねんわさ。
エエんか悪いんかは判らんけど、体質が変わってもうとるやんか?
折角、呑める体になったんや。此れは呑まな、損やんけ!!」
ナカルナードの茶碗に、レオ丸はドボドボとアルコール水を注いだ。
レオ丸は、タエKの酌で茶碗を満たす。
「ワシは此れからも、自分の由で勝手をする。
お前と、お前の想い人達を敵に回し、血みどろちんがいの争いをしようとも」
「俺はミナミに残る。彼女の想いを支え、俺を頼る者共を護る。
例え地獄に堕ちて、血反吐を吐きながら、地べたを這い蹲ろうとも。
おっさんと果てる事なく、殺し合いをしようとも、な」
二人の冒険者は、それ以降は無言で、只ひたすらに呑み続けた。
泥酔、という状態異常に陥るまで。
へべれけな契約主と、ベロベロのその友人が晒す、余りにも情けない醜態。
やれやれと、首を振ったアマミYは、タエKと顔を見合わせる。
「ほんに主殿は、……<冒険者>とは、馬鹿でありんすね?」
「酒は呑んでも、呑まれるな?」
「そういう事でありんす」
モンスター達の溜息と、冒険者達の呻き声が満ちる広場の上で、雲間から覗く月は煌々と輝き続けた。
レオ丸の攻撃は成立するのか?
疑問に思いながら、描写致しました。
「あ、それ違うで!」と、思われました御方は、是非とも御指摘下さいませ。
金沢慕情編は、後一回の予定です。