表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
58/138

第参歩・大災害+45Days 其の肆

 いちぼ好きです様の御話に、触発されました。

 水煙管様のご許可を頂戴致し、ナーサリー様の御名前を拝借(あるいは寸借)致しました。

 いちぼ好きです様、ユーリアス氏の御名前を延長レンタルさせて戴いております。

 ……何だか、準レギュラーみたいな扱いを致しており、併せて申し訳ないです。

 加筆修正致しました(2015.04.01)。

 午前中に比べれば、降り頻る雨は勢いをなくしていた。

 雨粒も霧雨の一歩手前ぐらいの、小振りなものに。

 替わりに、風が少し強めに吹き始めている。

 <淨玻璃眼鏡(モーリオン・ゴーグル)>は撥水性にも優れているが、それでもレオ丸の視界は快適とは言い難かった。


「ワイパーが欲しいくらいやな。……アヤカOちゃん、大丈夫かい?」

「明鏡止水。心眼で飛んでおります故、問題はなきかと」

「……それって、計器式飛行って言いたいん?」

「全く然り」

「何処に、どんな計器があるんか、知らんけど。

 ……まぁ、墜落せェへんのやったら、何でもエエわ……」


 スフィンクスの鬣に顔を埋め、レオ丸は身を縮こまらせる。

 レオ丸主従は、水煙の尾を引きながら、大きく力強く天翔けた。

 向かう先は“内灘地区(ラグーナ)”の外れ、人為的に切り開かれた広場である。

 ミスハに教えられるまでもなく、空から見下ろせば<万魔獣(パンデモニウム・ビースト)>が何処へと移動したのかは、一目瞭然であった。

 入り口とは違う場所に、修復するよりは建て替えた方が早そうなほどの、大穴が開けられた“賢老院議堂”。

 元は壁であった石材が散乱した場所から、バケツで撒いたような血溜まりが転々と、“都心地区(チェントロ)”の大通りに残されている。

 血溜まりは、“鼓楼閣門(ポルタ・グランカッセ)”の支柱に大きな染みをつけてから“内灘地区(ラグーナ)”へと伸び、多くの商店を薙ぎ倒し踏みつけ、蹂躙の限りをなした後に宿地のある方へと、続いていた。

 延々と残された、ドロリとした流血跡。

 止む事のない雨は、それらを綺麗に洗い流す事は出来ないでいた。


 雨中を飛び続けるレオ丸主従。

 飛沫を立てながら、力強く羽ばたいていたスフィンクスが徐に、両翼の角度を変えた。

 ゆっくりと螺旋を描くように、アヤカOは宿地へと着地を図る。


「主様。到着致しましたゆえ」

「……おおきに」


 レオ丸は、アヤカOの背から転げ落ちるようにして、大地に膝をついた。

 俯いたまま二度、大きく深呼吸をする。

 吸い込んだ湿気た空気で肺を満たし、直ぐ様それを吐き出すと、レオ丸は意を決して顔を上げた。

 両足に意識して力を入れ、立ち上がり歩き出す。

 その行く手を、突っ立っている十四名の冒険者達の背が、横並びで塞いでいた。


「……御免やけど、ちょっと通してくれるか?」


 彼らに対し、レオ丸はいつもの調子で、軽く声をかける。

 その心算であった。

 だが発せられた、その声は予想以上に低く、冷え冷えと凍てつきヒビ割れたモノとなり、<ハウリング>の面々の鼓膜から侵入し、心胆を鷲掴みにする。

 まるで冥府から轟く死者の如きレオ丸の声に、十四名の冒険者は竦み上がり、文字通りに飛び上がった。

 そして、表情を凍らせた<ハウリング>の団員達は、葦の海のように一挙動で大きく二手に分かれる。

 恐れ戦く冒険者達が作った間を、モーゼのような威厳を持たない冒険者が、力みも緊張感すら身に纏わず、ゆっくりと歩いた。

 レオ丸の進む先に現れたのは、油断する事なく愛用の凶器を構えた、ミスハの美しくも獰猛な背中。


「ギリギリセーフです、法師」


 ミスハの隣に並んだレオ丸は、軽く会釈した。

 自らの腰に伸びたミスハの手が、レオ丸の背後に回る。

 自らの背後に回されたミスハの手に、レオ丸の左手が触れた。


「有難うさん」


 レオ丸は更に一歩、そしてもう一歩と進み、その存在の手前で立ち止まる。



 <万魔獣(パンデモニウム・ビースト)>は膝を屈し、地に伏していた。

 真っ白であった毛並みは、至る処が血に(まみ)れている。

 巨体の全身は煤け、焼け焦げ、裂傷を負い、雨に打たれて濡れそぼっていた。

 槍が刺さったままの片目は潰れ、右の前肢は付け根から半ば千切れている。

 ステータス確認をするまでもなく、巨獣は死に瀕していた。

 だが、未だ心が荒れ狂っているのか、威嚇の唸り声を発している。


「可愛らしかったのに、……ぶちゃいくに……されてしもうたなぁ……」


 レオ丸は恐れる事なく、止めていた足を前へと再び動かした。

 額に六芒星の痣を刻んだ、<万魔獣(パンデモニウム・ビースト)>が最後の力を振り絞るように、巨大な顎門(あぎと)を僅かに開く。

 ズラリと並んでいたはずの、凶暴な牙の半数ほどが失われている。


「法師ッ!!」

「動きなッ!!」


 悲鳴のようなミスハの叫びに、レオ丸は鋭く楔を入れた。

 人一人くらいは簡単に潰せそうな舌が、洞窟のような口腔内で引き攣れる。

 絶え絶えとした生臭い息が、微風になりレオ丸の頬を撫でた。

 唾液と吐血の飛沫が流れ出て、大地を濡らす。


 ZHAAAAABODHAAAAAAAAA……


 濁った声が、<万魔獣(パンデモニウム・ビースト)>の喉から搾り出された。

 右手を伸ばしたレオ丸は、その鼻面を優しく撫で摩る。


「辛かったなぁ……。苦しかったなぁ……。可哀想になぁ……」


 レオ丸の左手が、閃いた。


「助けてやれんで、御免なぁ……」


 ミスハの武器である<蓮華弁手裏剣(ロータス・ナイフ)>が一本、巨獣の口腔内に突き立てられる。

 それを握り締めたレオ丸の左手に、一層の力が込められた。


「<エナジー・ウェポン>、……<火炎(ファイア)>。<メイジハウリング>」


 レオ丸は、ありったけのMPを、<蓮華弁手裏剣(ロータス・ナイフ)>に注ぎ込む。

 眩い光が生まれ、炎を顕現させた。

 ステータス画面に表示されていた、有るか無しか程度のパンデモニウム・ビーストのHP残量が、一瞬にしてゼロになる。

 か細い吐息を残し、巨獣は実体を喪失した。

 視界を圧していた巨大な姿が消え、換わりに無数の光の粒子が溢れ出す。


「堪忍なぁ……」


 光の粒子は柔らかく渦を巻き、レオ丸を包み込んだ。


 “亜人の<魂>やモンスターの<霊>は、何処に行きますのん?”


 レオ丸の脳裏に、自らが問いかけた言葉が不意に蘇る。

 問われた者は、ある場所を静かに指差し、回答とした。


 光の粒子は名残りを惜しむように、幾度も幾度もレオ丸の体を中心に渦を巻く。

 やがて。

 天へと伸び上がった光の粒子のうねりは、遙か彼方を目指し消えて行った。

 レオ丸の問いかけに、カレッジが指し示した、精霊山へと。


「……直ぐに迎えに行ったるさかいにな、……其れまでは何処へも行かんと、ゆっくりとお休みしときやぁ……」


 光の粒子が全て消え去った直後、虚空から大量の金貨が出現し、無粋な音を立てて大地に山を作る。

 無機質な金属と無機質な金属がぶつかり合い、甲高い音と鈍い音を喚き散らした。

 うず高く積み重なる金貨を見ながら、虚ろな声で鎮魂の歌を口遊む、レオ丸。

 そのフレーズに合わせるように、虚空から出現した金貨の最後の一枚が、山をなした金貨の頂に当たり、フラフラと転がりながら稜線を伝った。

 裾野から地に降り、まるで意思があるかのようにコロコロと転がり、レオ丸の足に当たりパタリと倒れた。

 低く澄んだ声で歌い続けるレオ丸は、腰を屈めてそれを拾い上げる。

 大きく歪んだ、一枚の金貨。

 レオ丸の、右の掌の上で、それは微かに温もりを持っていた。


「法師……」


 気がつけば、ミスハが傍に立っている。


「おおきにさんでした」


 レオ丸は柄の方を向けて、<蓮華弁手裏剣(ロータス・ナイフ)>を持ち主へと返却した。


「一つ、宜しいでしょうか?」

「ん? ドロップ品の配分か? ワシは此の一枚だけでエエし」

「いえ、そうではなくて……」

「どないしたん?」

「……仏僧の御身が、何故に『Amazing Grace』なんです?」

「……しゃあないやん。こんな処で『地蔵和讃』を歌うてみ、雰囲気ぶち壊しやん?」

「まぁ……確かに」

「<セロ弾き>のナーサリー君が居てくれてたら、もっと気の利いた曲を奏でてくれたやろうなぁ。

 ほんで、ユーリアス君が居てくれてたら、その旋律に合わせて、もっとエエ声で歌い上げてくれたんやろうけど。

 <物語愛好家(テイルマニア)>と<歌う軍師>の、格好エエ二つ名デュオによるセッションや、畜生めが!

 大金を払うても、聞きたいトコやねぇ。

 彼らは東か西かの何処かに居って、ワシは北辺の此処に居る。

 こればっかしは、どないもならへん事やわ。

 此れからも、どうもならへん事が続くやろうさ。

 願う希望や、叶えたい夢は五万とあるけど、泣き言いうて血反吐を吐き倒す日々が此れからも、暫くは続くんやろうなぁ……。

 それでも、命がある限り。

 生きているワシらは、進み続けなアカンやん。

 後ろばっか振り返っていても、下ばっか向いていても、仕方あらへんやん?

 しっかりと前を向いて、頭を上げな、な」


 その言葉の通りに、レオ丸は空を見上げる。

 ミスハも、視線を空へと向けた。

 十四名の<ハウリング>の団員達も、様々な想いを胸に抱え、頭を上げる。


 漸くにして、雨が降り止んだ。



 天を厚く閉ざしていた雲が、上空を吹く風の勢いに負け、散り散りとなり始めた夕暮れの頃。

 静寂が支配する宿地に、レオ丸は只独りで居る。

 ミスハは、<Plant hwyaden>が派遣したお目付け役としての、他の十四名の冒険者達は警護軍としての、それぞれの任務へと戻っていた。

 彼らは全員で、壊滅的打撃を受けたロマトリスの黄金書府の後始末に、<冒険者>の立場で<大地人>の事柄に直接介入し、奔走しなければならない。

 “都心地区(チェントロ)”へと帰還するミスハ達を最敬礼で見送った後、レオ丸はスフィンクスを虚空へと返した。

 そして。

 “漂泊を続ける者(イェニシェ)”達が残した沢山の荷物を、ぼんやりと眺める。

 時の流れを忘れるほどに眺めた後、手近な木箱に腰を下ろし、懐から取り出した<彩雲の煙管>を咥えた。

 山奥の炭焼き小屋の如く、煙を燻らせ続けるレオ丸の耳に、何処からか何かの鳴き声が聞こえて来る。

 それは、空腹を訴えるレオ丸の腹の虫の、シュプレヒコールであった。


「生きている限り、どんな状況でも、やっぱ腹は減るんやねぇ。

 当たり前の真理に、ひっさびさに気がついたわ……」


 レオ丸は、咥えていた<彩雲の煙管>で宙にクルリと魔法円を描き、<家事幽霊(シルキー)>を虚空から招き寄せた。

 呼び出されたタエKは、いつもと変わらぬ割烹着姿のまま、レオ丸が吐き出していた五色の煙を、まるで新体操のリボンの如くに操る。

 華麗なスピンとステップを披露してから、滑らかな身のこなしで優雅に着地し、美少女な戦士っぽいポーズを決めた。

 分厚い瓶底眼鏡が怪しく煌めき、口の端がニタリと吊り上がる。


「鈍器で殴って、御仕置きよ!」

「…………」

「…………てへぺろ」

「……ワシの、感傷を、返してくれるか?」


 一陣の風が、一人と一体の足元を吹き抜け、明後日の方へと過ぎて行った。

 白けた空気をものともせず、鉄面皮の契約従者は何事もなかったかのように、契約主へと恭しく一礼し、小首を傾げる。


「お呼びですかい、おやびん?」

「何処の誰が、“おやびん”や! ワシは、いつからゴリラな芋になったんや?

 ……何や阿呆らしゅうなってきた。悩むんが馬鹿らしぃなってきたわ……。

 今の気分を文字で書いたら、おーあーるぜっと、ってな感じか?

 ま、それはさておいて。御免やけど、晩飯の用意をヨロシコ」

「おやびん、合点でい!」

「はいはい、ヨロシコ……」



 燃え盛る焚き火の、直ぐ傍で。

 “漂白を続ける者(イェニシェ)”達と囲んだ質素な晩餐にて給された、オートミールのような一皿を思い出しながら、レオ丸はタエK謹製の白粥(塩味)を食し、早々に夕飯を切り上げる。


「タエKさんが居てくれるからエエけど。独りやったら、食欲を手放してたやろね?」

「わっちも居るでありんすよ、主殿」


 レオ丸の襟元から、闇よりも黒い霧が湧き出し、人型に変じた。


「わっちも、腹ペコでありんす」

「わふぁふぃはふぁいふぉーふゅふぇふゅ」


 幾分痩せ出した月の光を浴びながら、二本の牙を剥き出しにして微笑む、アマミY。

 その足元に蹲りながら、口一杯に干し肉を頬張る、タエK。

 御馳走様、と手を合わせたレオ丸は、平常運転の二体の契約従者を見て、穏やかな笑顔を見せる。


「自分らが<眷属(ファミリア)>で、ホンマに良かったわ」



 凡そ、深夜を迎えた頃。

 レオ丸は、意識不明状態から覚醒した。


「……ホンマに、良かったんか?」


 レオ丸は天を仰ぎ、腕組みをしながら思案する。

 契約主を、昏倒させるほどに遠慮なく血液を吸い上げて、体力と精神力を目一杯に削り取った<吸血鬼妃(エルジェベト)>は、実に満足気な様子で過ごしていた。

 しどけなく木箱に持たれ、微睡(まどろみ)の淵にいる。

 先ほどまでレオ丸に膝枕を提供していた<家事幽霊(シルキー)>は、長い爪楊枝で口の中を掃除していた。


「ホンマに……、良かったんか、ねぇ?」


 見えない誰かに相談するレオ丸の耳に、遠くで幽かに草っ原を踏み締める音が届く。

 即座にアマミYが身を起こし、タエKが爪楊枝を吹き出して立ち上がった。


「よう、おっさん。……起きてるか?」


 ザリザリと金属製のブーツの底で、雑草を踏み締めながら宿地に現れたのは、<ハウリング>の団長であるレオ丸の顔馴染み。

 ミナミとキョウが派遣した一団の、警護軍指揮官でもある、その巨漢。

 レオ丸は、心の棚の奥底に仕舞い込んでいた、絶交宣言を取り出そうとして、止める。

 ナカルナードの表情が、今にも泣き出しそうなモノだったからだ。


「おっさん言うな、スカタンめが。何ちゅう顔をしとんねん」


 足を投げ出し、へたり込んだままのレオ丸は、自分の隣の場所をポンポンと叩く。

 歓迎する雰囲気を纏っていない、二体の契約従者を迂回するように大股で歩き、レオ丸の示した隣へドッカと腰を下ろし、ナカルナードは胡坐を掻いた。

 パチパチと、焚き火が火の粉を舞い上げる。


「此の一月半の間、ホンマに色々とあったなぁ」

「ああ、目まぐるしい一月半やった」

「ワシは楽しくも、苦しい日々やったわ」

「俺は、……苦しいだけやった」

「せやったんか?」

「ああ、しんどうて、しんどうて、堪らんかった」

「せやったんか……」

「何で皆、俺を頼るねん? 俺に、縋るねん?」

「そら、ギルマスしとんねんから、しゃあないやろが」

「俺かて……俺の事で一杯一杯なんや。他の奴らの事なんざ、知った事かッ!!」


 焚き火が大きく爆ぜ、一際高く火の粉を舞い上げた。


「……せやから、甘えさせてくれる相手に、お前もしがみついたって訳か?」


 レオ丸は、煙管を咥えたまま徐に立ち上がり、腰を軽く叩く。

 <淨玻璃眼鏡(モーリオン・ゴーグル)>を外し、懐に仕舞った。


「幾つになっても甘えん坊さんやのう、お前は。

 三十路の独身(バチェラー)公務員が、何を寝惚けた事言うとんねん。

 エエ歳こいて、アホかお前は?

 ……と言うても詮ないか。

 男って生き物は、いつまで経ってもガキんちょのまんま、やからな。

 甘えたいし、駄々捏ねたいし、好き勝手にしたいし。

 ……前に、お前がワシに言うたように、ワシにはお前を非難する資格は、ないのかもしれへんな?

 だがな。

 非難したり、糾弾したりするのに、資格なんざいらへんねんで。

 必要なんはな……」


 屈み込み、ナカルナードの目を真正面から覗き込む、レオ丸。


「覚悟、だけや」


 レオ丸は、咥えていた<彩雲の煙管>を右手に持ち、自らの首を切り落とすような仕草で二度三度と、打ち当てる。


「反論を物ともせず、時には物理的な反撃にも屈せず、己の言質に責任を持ち、堂々と自分の由とする処を述べる。

 会話の、対話の、言葉の世界で生きてるワシは、とっくの昔にその覚悟を持っとる。

 ……それ故に、語れん事もある。

 “心の闇”の一言で片付けた事が、それや。

 思うにやけど、……濡羽って娘も(おっ)きな“心の闇”を抱え取るんと、違うか?

 インティクスって娘も、恐らくな。

 さて、ナカルナード。

 お前はソレと向き合い、時には受け止め、一緒に抱え込んでやる、そんな覚悟はあるんやろうな?」


 ナカルナードは俯き、自分の足元を見詰めた。


「甘えた事をぬかしとる暇があったら、さっさと覚悟を決めんかい!!」


 レオ丸は煙管を咥え直し、五色の煙を天へと吹き上げる。


「惚れた腫れただけで、グダグダしとったら、あっさり捨てられんぞ。

 一緒に地獄まで堕ちる覚悟のない奴は、あっという間にゴミ箱行きやぞ。

 それに、な。

 そんなクズみたいな奴は、ワシの敵でもない。

 何なら今直ぐに改名するか、ザコルナードに?」


 顔を真っ赤にして、ナカルナードが口を真一文字に引き締め、決然と頭を上げた。


「……うん、エエ顔や。桃太郎に退治される寸前の赤鬼みたいで、実に結構!」


 レオ丸はニヤニヤと笑いながら、積み上げられた木箱の山の一つに歩み寄ると、一番上に乗せてあった木箱を下ろし、蓋を開ける。

 緩衝材に包まれた、何本もの一升瓶サイズの酒瓶が、その中に横たえられていた。

 不透明な緑色のガラス瓶を、レオ丸は一本だけ取り出す。

 それは、“漂泊を続ける者(イェニシェ)”の者達が交易品として、何処かへと運ぼうとしていた物だ。

 受け継ぐ者の居なくなった遺品の一つに、レオ丸は手を付ける。


「遺産泥棒みたいで気が引けるけど、……ま、勘弁してもらおっか。

 ほな、ナカルナードさんよ。……覚悟デビューの乾杯といこか?」


 レオ丸が焚き火の傍に腰を下ろすと、タエKがすかさず茶碗を二個、差し出した。


「味は相変わらず水みたいやけど、アルコール度数だけは結構キツイわ。

 ま、……時化た面した野郎二人で呑むには、丁度エエやろ?」


 レオ丸の傍に胡坐を掻き直し、タエKから茶碗を受け取ったナカルナードは、何かを思い出した表情で少し、首を傾げる。


「……下戸やったんと違うんか、おっさん?」

「おっさん、言うな。……ああ、せや。相変わらずワシは、アルコールが苦手なまんまやで」

「呑んでも大丈夫なんか?」

「元の現実やったら、呑まれへんかもしれへんな。

 処が、や。

 ワシらは、<冒険者>やん? あっちでは下戸体質でも、こっちではどうやら違うようやねんわさ。

 エエんか悪いんかは判らんけど、体質が変わってもうとるやんか?

 折角、呑める体になったんや。此れは呑まな、損やんけ!!」


 ナカルナードの茶碗に、レオ丸はドボドボとアルコール水を注いだ。

 レオ丸は、タエKの酌で茶碗を満たす。


「ワシは此れからも、自分の由で勝手をする。

 お前と、お前の想い人達を敵に回し、血みどろちんがいの争いをしようとも」

「俺はミナミに残る。彼女の想いを支え、俺を頼る者共を護る。

 例え地獄に堕ちて、血反吐を吐きながら、地べたを這い蹲ろうとも。

 おっさんと果てる事なく、殺し合いをしようとも、な」


 二人の冒険者は、それ以降は無言で、只ひたすらに呑み続けた。

 泥酔、という状態異常(バッドステータス)に陥るまで。

 へべれけな契約主と、ベロベロのその友人が晒す、余りにも情けない醜態。

 やれやれと、首を振ったアマミYは、タエKと顔を見合わせる。


「ほんに主殿は、……<冒険者>とは、馬鹿でありんすね?」

「酒は呑んでも、呑まれるな?」

「そういう事でありんす」


 モンスター達の溜息と、冒険者達の呻き声が満ちる広場の上で、雲間から覗く月は煌々と輝き続けた。

 レオ丸の攻撃は成立するのか?

 疑問に思いながら、描写致しました。

 「あ、それ違うで!」と、思われました御方は、是非とも御指摘下さいませ。

 金沢慕情編は、後一回の予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ