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第参歩・大災害+45Days 其の参

 レオ丸に喋らせ過ぎた結果、今話で“回答編”が終わらせられませんでした。

 +45Daysは、今少し続きます。

 うわーん、コラボ企画に追いつかないよう!

 加筆修正致しました(2015.04.01)。

 出口へと、“賢老院議堂”の外へと。

 学者達が、芸術家達が、技術者達が、職人達が、医者達が、武術家達が、様々な職能の大地人達が、パニックに陥ったまま遁走していた。

 年齢も性別も肩書きも関係なく、我先に前へ前へと、押し合い圧し合いをしながら。

 死にたくない、喰われたくない。

 誰しもが、そう思いながら必死の形相で、恐怖の場から逃れようとしていた。


「こりゃアカンね、アヤカOちゃん」

「誠に。智者学者にあらず、学者智者にあらず」

「此の有様を見たら、老子の言う事は正しいなぁ」


 議会室を勇んで飛び出したレオ丸主従は、人の波に行く手を阻まれ、揃って困り顔をしていた。

 幸いにして、“賢老院議堂”の廻廊は天井が高かったために宙へと飛び上がり、人の波に飲まれずに済んでいる。

 どうしたものかと、アヤカOの背に跨ったまま思案するレオ丸。

 首を捻りながら、ふと上を見上げた。

 採光のための、大きな透明硝子(クリスタルグラス)が填め込まれている。


「アヤカOちゃん。あっちから行こか?」

「御意にて」


 背の翼を力強く羽ばたかせたスフィンクスは、一直線に天井部へと舞い上がった。

 硬質の破砕音と共に、大地人の社会では希少な一枚板の、畳み三畳ほどのガラスが粉々に砕け散る。

 それらを煌きに変えながら、空中へと飛び出すレオ丸主従。

 何気なく下を見れば、雨と共に降り頻るガラス片から逃げ惑う、六色の衣装を着けた人々が居た。


「怪我しなや」


 他人事のように言い捨てると、レオ丸はアヤカOの耳元に口を寄せる。


「あの塔に向かって頂戴な」

「御意にて」

「アマミYさん、起きてる?」


 レオ丸は、自らの襟元へと声をかけた。


「御馳走の芳しき薫りに包まれて、惰眠に耽られるほど出来た人間じゃありんせん」

「……あんさん、今も人間やったっけ?」

「言葉の綾でありんすよ、主殿」

「“人間というものは、結局は消化器と生殖器とから成り立っているのだ”」

「ルミ・ド・グールモンの、『随想』の一節やったけな?

 実に身も蓋も無い、合いの手をおおきに、アヤカOちゃん。

 ワシは、シュタインタールの『ことばの起源』で語られてる、“人間は言語によってのみ人間である”方が好きやけどね。

 それは、さておき。

 アマミYさん。ヴァンサンの部屋が何階か、覚えてる?」

「確か、……両手足の指を全て足して首の数だけ引いた、階でありんした」

「十九階か」

「左様でありんす?」

「何で疑問形やねん。まぁ、エエわ。取り敢えず、行こか」


 紫華尖塔へと、空より接近するスフィンクス。

 足下から聞こえて来るのは、修羅達と畜生達による闘諍の音。

 発せられる、幾つもの技の名や呪文。

 気合の掛け声、化鳥のような奇声、轟く咆哮。

 呻きと悲鳴が端々に混じり、何かが砕かれる破壊音が上がる。

 血煙と死臭が奏でる、苦痛に満ちた諧調(ハーモニー)

 だが、レオ丸の耳に、その調べは聞こえない。

 レオ丸の鼓膜で繰り返されるのは、議会室内で聞いた六芒星の痣を額につけた<万魔獣(パンデモニウム・ビースト)>の、悲迫る雄叫びのみ。


 紫華尖塔を中心に、ぐるりと旋回するスフィンクス。

 強度を維持するためなのか、各階層に窓は一つずつしかない。

 それが少しずつ、ずらされながら配されていた。

 レオ丸は、下から指折り数えて十九階の窓を捜す。

 目当ての窓は、閉ざされている分厚そうなカーテンのために、室内の様子は全く窺い知れない。


「ふむ。……ま、当たって砕きゃ何とかなるか」

「不入虎穴、不得虎子」

「精々、御気張りなんす」


 レオ丸主従は、緊張感の欠片もない会話をしつつ、緩みだした雨のカーテンを掻き分けて上昇した。

 そして、急降下をしながら、紫華尖塔へと強行突入する。



 加速度をつけて、スフィンクスが飛び込んだ先は、大量の書物と雑多な物品が山と積み上げられていた。

 ガラスの破片を撒き散らし、大量の埃と騒音を巻き上げ、重厚な書架を二つばかり押し倒してから、漸く勢いが止まる。

 アヤカOの背から放り出されたレオ丸は、ゴロゴロと床を転がった後、何事もなかったように立ち上がった。

 <中将蓮糸織翡色地衣>の襟元を整え、有るか無きかの頭髪を綺麗に撫でつけ、背筋を伸ばし居住まいを正す。


「お邪魔しまっせ」


 その部屋の主に対し、レオ丸は目線を切らぬまま、慇懃に腰を折った。


「<冒険者>とは、本当に無作法極まりない、実に不快な存在だな」


 キングサイズのベッドを思わせる巨大な執務机の上は、書類と書物と、一瞥では判断つきかねる物で埋め尽くされている。

 レオ丸を非難する声は、その向こう側から発せられた。


「あんさんの言い方を流用させてもらえば、<冒険者(ワシら)>は禽獣みたいなモンやろうが。

 日光のお猿さん達以下やねんから、礼儀云々で非難されても困るなぁ」

「ニッコーとは、何だ? 相変わらず、理解不能な物言いをする。

 野で蛮、卑で賤な分際で、私に意見をするとは、何ともはや。

 ……まぁ良いだろう。野卑には野卑の主張があるのだろうから、それに耳を貸すのも士大夫の役目というもの。

 だが、暫く待ってもらおうか。

 ……今、大切な作業をしている最中なのでな」

「ワシも暇やないさけ、早うしてや」


 紙の上を羽ペンが走るカリカリという音を聞きながら、レオ丸は口を閉ざし室内を改めて検分する。

 執務机の上の僅かな灯り以外に、部屋を明るくする照明器具は何一つなかった。

 外界との間を遮っていた、分厚いカーテンは引き裂かれて無残な有様となっていたが、黒い雨雲が天を完全に覆っており、外部からの明かりも望めない。

 <淨玻璃眼鏡(モーリオン・ゴーグル)>の暗視機能により、レオ丸には何ら不都合は生じていなかったが。

 陰鬱として暗い部屋の中、レオ丸は足元に転がった書物を一冊手に取り、パラパラとページを捲る。

 『“六傾姫(ルークインジェ)”伝承疑義』という書名の、その本。

 中々に興味をそそられ、思わず熟読してしまうレオ丸。


「主殿?」

「ワシ、今、読書中やねん」

「主殿!」

「何やいな?」


 襟元から湧き出た黒い霧の塊が、契約主の意識を現実に引き戻す。

 書物から顔を上げたレオ丸の眼前に、いつの間にか豪奢な身形の男が立っていた。


「それで? 許可を得ずに乱入して来て、私に何か用事か?」


 偉丈夫に分類される体格の魔術師、ヴァンサン・ビアンが挑みかかるように、<冒険者>を上から見下ろす。

 背の高くないレオ丸は、口元を歪めながら<大地人>を()め上げた。


「用事? ああ、あるで」


 開いていた書物を音を立てて閉じ、人型に変じたアマミYに手渡すと、レオ丸は後ろ手に組んで歩き出す。


「ちょいと教えて欲しいんやけど、何で……“漂泊を続ける者(イェニシェ)”を生贄の対象としたんや?」

「ふむ。それは……」

「ああ、先に言うとくけどや。後腐れのない、手頃で丁度良かったから……みたいな、詰まらん答えやったら、……即座に殺すからな」

「それも、理由の一つだ。些細な理由だがね。

 我らロマトリスの黄金書府の、街を維持し保全し続ける立場の者は、郷土に住む者達を護らなければならぬ」

「そんなん当たり前や。そのために、権力って玩具を与えられとんやから」

「故に、護るために必要な算段を講じた、だけだが」

“漂泊を続ける者(イェニシェ)”は、……護るべき対象と違うんか?」

「郷土に住む、と申したが聞こえなかったのか?

 “漂泊を続ける者(イェニシェ)”は、長き歴史において、ずっと“漂泊を続ける者(イェニシェ)”であった。

 恐らくは此れからも、“漂泊を続ける者(イェニシェ)”であり続けるだろう。

 未来永劫に、彷徨い続ける存在だ。

 郷土を持たず、只管に世間を放浪し続ける。決して、ロマトリスの黄金書府の一員ではないし、我が護るべき対象ではあり得ない」

「カレッジ殿の話では、お前が、庇護者やったはずやが?」

「ふむ、確かに便宜は図ってやっていた。奴らが、我らの街に入城し、行動する事を認めてやっていたが。

 別に、保護していた訳ではない。管理をしていた、だけだ」

「牧羊犬のように、ってか?」

「違うな。稀にやって来る渡り鳥に庭木を一時、貸してやっていただけだ」

「ほう?」

「間借りさせてやっていたのだ、家賃を徴収するのに問題があるかね?」

「……問題大アリやろうが」

「立場による、見解の違いかな? だが此れは、<大地人(われわれ)>の間の事柄で、<冒険者(よそもの)>が口を出して良い話ではない」

「……」

「それでは、些細ではない理由を、教えてやろう。

 “漂泊を続ける者(イェニシェ)”は、実験体としては誠に得難い者達であった」

「どういう意味や?」


 行ったり来たりをしていた足を止め、再びヴァンサンを睨め上げるレオ丸。


「厳密に言えば、……彼らは、<大地人>では、無い」

「ほな、何やねん? 亜人か? それとも元々、モンスターやとでも言うんか?」

「違う。……奴らは、<アルヴ>だ」

「は? <アルヴ>やて?」

「そうだ。純粋ではないが、<ハーフアルヴ>ほど血が薄まっている訳でもない。

 故に、<人間>ではない。

 つまり私は、<人殺し>の主犯でもない。

 亜人やモンスターを殺す<冒険者>を、罪に問う者は居らぬ。

 同じように、<人間>ではない存在を排除したとて、何の問題がある?

 奴らは実に良い、<素材>であった。御蔭で研究が随分と捗った。

 奴らには、<人間>を代表して感謝を奉げよう」

「研究って、何のや?」


 執務机に腰を預け、立てかけられたヴァンサンの<魔法棒杖(マジックロッド)>を観察しながら、レオ丸は低い声で問い質す。


<森羅転変(ワールド・フラクション)>を人為的に起すには、どうすれば良いのか?

 凡そ三百年前に、<化け物(アルヴ)>の<六傾姫(ルークインジェ)>達により為され、此の世に<化け物(あじん)>が溢れ出た。

 その六十年後、理由は不明ながら<森羅転変(ワールド・フラクション)>が再び起こり、<新たな化け物(ぼうけんしゃ)>が現れた。

 そしてまた、<森羅転変(ワールド・フラクション)>が起こった。

 誰が起したのか、それとも人為的ではない他の理由でか?

 それは此れからの研究で判るだろう。

 さて、過去に於いては<森羅転変(ワールド・フラクション)>が起こる度に、我ら<人間>が住む麗しき<世界(セルデシア)>に、<化け物>が無数に湧き出し、我が物顔で“捕食者”面をしてのさばりおった。

 何故、そのような人ではない輩共に、我らの土地を供せねばならぬのだ?

 出来得るならば、此の手で<森羅転変(ワールド・フラクション)>を起し、全ての<化け物(モンスター)>を此の世界より駆逐し、全ての<化け物(ぼうけんしゃ)>を此の世界より一掃したい。

 されど、研究は端緒についたばかりだ。結果を手にするまでは、まだまだ時間がかかるだろう。

 だが、<化け物>共の跳梁跋扈は、許し難い。

 其処で、研究を中断し、既に得られていた成果を転用する事にしたのだ。

 <化け物>共を駆除するのに、<化け物>を使う。

 今日の実験が、その総仕上げみたいなものだった。

 まさか、<化け物>を殲滅する前に、<裏切り者>共を排除せねばならぬとは、想像だにしていなかったがね」

「なるほど……」


 レオ丸自身が驚くほどに、己が発した声は冷えていた。


「お前の言い分は、よう判った。……確かに頷ける事も、同意出来る事もある。

 其れは、否定せぇへん。……事実やからな。

 <大地人>の皆々様は、被害者や。至極御尤もにな。

 被害に遭いそうになったら、自衛として防衛的行為をするのは、当前やろな。

 “捕食者”面なぁ。……食物連鎖の頂点に立つ“捕食者”。

 三百五十年前に、此のセルデシアに君臨する四種類の“捕食者”が喰い合いを始めた。

 その際に、<人間>と<エルフ>と<ドワーフ>が生き残りを画策して手を結び、<アルヴ>を脱落させた。

 五十年後、脱落させられた<アルヴ>の生き残りが逆襲を企てて、新たな“捕食者”である<亜人>共を何処かより招請した。

 ほんで、更なる“捕食者”として、<冒険者(ワシら)>が登場する。

 それから既に、二百四十年。

 <亜人>も<冒険者>も、既に此の世界において、“捕食者”としての地位をとっくに確立しとる。

 生態系を狂わした“外来生物”の立場で、偉そうに言うんも何やけど、まぁ言わせてもらうで。

 “捕食者”を害為すモノとして絶滅に追い込むんは、果たして正当なる行いと言えるんかなぁ?

 生態系を破壊する、悪行かもしれへんで?

 故にワシは、お前の行為を、絶対的に正しい、とは思わへん。

 以上が、理性的に述べる理由や。……それよりも……」


 割れた窓から微かに聞こえて来る、悲迫る雄叫び。

 傍に立てかけられていた、ヴァンサンの<魔法棒杖(マジックロッド)>を手にしたレオ丸はそれを振り上げ、執務机に激しく打ちつける。

 乾いた音を立てて、<魔法棒杖(マジックロッド)>は真っ二つに圧し折れた。

 半分がレオ丸の手に残り、もう半分が暗い部屋の、より濃密な暗がりの何処かへと消え失せる。


「感情的に、ワシは、お前を、絶対に許さへん」



 ドカドカと、廊下の方から地響きのような足音がした。

 聴覚が優れているアヤカOの耳には、カッカッという神経質そうなヒールの靴音が、騒がしい足音の合間に混じっている事を聞き分ける。

 倒れた書架の上で、やおら身を起すスフィンクス。

 普段は青白いはずの頬を何となく上気させた<吸血鬼妃(エルジェベト)>も、閉ざされたままの扉の方へと顔を向けた。

 喧しい足音が、不意に鳴り止むと同時に、今度は扉の向こう側がノックというには激しいほど乱打される。

 其れもまた突然、止まった。

 ガキンッ!! という音が立ち、扉が外側から断ち割られる。

 高級な重い木材で作られた扉が、歪に四分割されて床に落ちた。


「おっさん!! 此処で……一体……」

「よぉ! ナカルナード♪」


 入り口の向こう、廊下で立ち尽くすゴツゴツとした全身鎧姿の巨漢に、レオ丸はヘラヘラとした声で答える。


「……何……しとん……ねん……」

「見て判らんか?」


 レオ丸は突き立てていた、<魔法棒杖(マジックロッド)>を軽い動作で引き抜いた。

 粘ついた噴出音と共に、飛沫が飛び散る。

 明かりの乏しい部屋の中でも判別出来るほどに、それは赤過ぎる液体だった。

 浴びた返り血で、顔と体の大半を真っ赤に染めながら、レオ丸は静かに告げる。


「人を、殺しとんのや」


 室内の黒を背景に、血飛沫で赤く染まったレオ丸は、優しく微笑んだ。

 言葉を失い、ナカルナードは凍りついた。


「何故です?」


 微動だにせず彫像と化した<守護戦士(ガーディアン)>の傍らから、<暗殺者(アサシン)>が滑るように現れる。


「法師の持つ凶器は、私のはず。……それなのに、何故に私ではなく、法師の自らの手が、血に(まみ)れているのです?」


 目を見開き、驚愕の色を隠さないミスハの問いかけに、レオ丸の口元が少しだけ窄められ、そっと吐息が吐き出された。


「動機は、何やろね? ……説得力のある解説も、出来ん事はないけど。

 そんなんやと自分らは、全然納得出来ひんやろ?

 せやし、取り敢えず今は“心の闇”って便利な言葉で、納得しといてんか?

 ……それよりも、ミスハさん。現状報告を」

「はい!!」


 直立不動の姿勢をとったミスハが、軽く頭を下げ、緊張した口調になる。


「御下命の通り、魔術師達を無力化しました。

 法師の申された如く、効果は直ぐ様に現れました。

 二頭のモンスターが、共に動きが鈍くなりました。

 五芒星の痣を持つ方を、撃滅。大量の金貨に、換金致しました。

 ですが、もう一頭を取り逃がしました。

 申し訳ありません。

 現在は、ナカルナードを除く二十三名中、戦闘を継続出来る十四名で、攻撃対象を捕捉すべく追尾中です。

 外の戦闘も此方が優勢。程なく殲滅出来るかと、存じます」

「無力化は、どないな感じで?」

「全員、斬り捨てても宜しかったのですが、向後の憂いとなるやも知れず、仕方なく峰打ちにて無力化致しました」

「誰一人……斬り殺してへんのやな?」

「御意」

「……ああ、良かった。自分まで、ミスハさんまで冥府魔道に落とさんで。

 偉そうに指示はしたけどや、

 可愛らしい別嬪さんにエライ事を命令してしもた!

 ……ってな、滅茶苦茶後悔してた処やってんわ。

 自分の手が、血(まみ)れにならんで、ホンマに良かった!」


 レオ丸は己の手を見ながら、安堵の溜息をついた。


「尤も、……逃亡を図った化け物の歯牙にかけられて、大半がミンチになりましたが」

「ありゃ、まぁ。……自業自得、天罰覿面やね?

 ほな、ミスハさん。新たな命令を下すで」

「はい」

「逃亡した<万魔獣(パンデモニウム・ビースト)>を捕捉し、保全をしたってんか。

 ワシが現場に、行くまでの間、ずっとや。

 <ハウリング>の奴らが対象を攻撃しようとしていたら……、<ハウリング>の方を排除して欲しい。

 六芒星の痣したんは、……ワシが引導を渡すさかいに。……出来るか?」

「仰せのままに」

「但し! ミスハさんの安全が、優先順位の第一番目や。

 此のロマトリスの黄金書府において、自分が死に戻りするんは、絶対に許さへん」

「……御意」

「ほな、ヨロシコ」


 ミスハは、深々と頭を下げるや、瞬時に姿を消す。

 扉を断ち割った、斬撃の姿勢のままで固まっているナカルナードに、レオ丸は引き締めていた表情を緩めた。


「さて、ナカルナード」

「お……おっさん……」

「おっさん言うな」

「何でや! 何で、おっさんが、人殺しをすんのやッ!!」

「言うたやろが、“心の闇”やって。……恥ずかしい事、二回も言わせんなや」


 レオ丸は、右手に握り締めたままの<魔法棒杖(マジックロッド)>だった物をしげしげと見詰めてから、床へと投げ捨てる。

 折れた部分が真っ赤に染まった凶器は、カランカランと軽い音を立てて、先の半分と同じように何処かへと消え失せた。

 それが合図となったのか、レオ丸の足元から光の粒が大量に生まれ、虚空へと吸い込まれるように消えて行く。


「ワシが何でコイツを、ヴァンサンを殺したのか?

 其れは、ワシ自身のみが理解出来る理由でや。それ以外、理由はあらへん。

 お前が理解出来る断罪の動機を、述べる事は簡単に出来る。

 せやけど、それはワシが納得して遣らかした結果とは、違うもんや。

 判らへんやろ?

 お前が知ってる通り、本来の職務柄、ワシは“殺人行為”を忌み嫌っとる。

 如何なる理由があろうとも、人が人を害して、殺してエエはずあらへん。

 それと同時に。

 ワシは、死刑制度の存続に賛成や。

 人の生存権を奪った奴に、生存権なんざ必要あらへん、とワシは思うとる。

 身勝手な理由で人の命を奪った奴の命を、身勝手な理由で奪ってやった。

 結果だけを言うたら、動機や理由は大体そんな感じや。

 さ、此の話は、此れで仕舞い。此れ以上は、聞くな。

 それよりも、ナカルナード。

 お前の考える<冒険者>の本分、あるいはポリシーって何や?」

「……」

「“正義の味方”ってスタンスは、今も変わらへんか?」

「そ……それは……」

「答えろッ!! 中西左月ッ!!」


 レオ丸の大喝一声に、現実での名前を呼び捨てられたナカルナードは、先ほどまでの動揺を振り払い、<人外王の大剣(ベルセルク・クレイモア)>の切っ先を床に突き立て、背筋を伸ばした。


「当たり前や! 強きは弱きを護る責がある。

 <冒険者(グレーター)>は<大地人(ランダー)>より強い。

 せやさかい、強き<冒険者(グレーター)>は、正義の味方としての気概を持って、弱き<大地人(ランダー)>を護らんとアカン。……今まで通りに」

「此れからも、か?」

「ああ、此れからも、や!」

「なら、結構。……ほな、“正義の味方”のお前に、告げる」

「何や?」


 血糊が全て自動的に拭い去られ、元の生っ白い顔色に戻ったレオ丸が、翳りに埋め尽くされた室内を背景に、ニタリと笑う。


「ワシは此の塔を、影も形も残らんほどに、破壊する。

 特に、此の部屋は徹底的に、燃やす。

 今から、体感時間で十分ほど遣るさかいに、此の塔に居残っているかもしれへん大地人を全員、速やかに退去させろや」

「何でや?」

「何でか? 人に聞く前に自分で考えろや! ……と言った処で、無理やわな?

 考える材料が、あらへんのやさかい、なぁ。

 ほな、ざっくりと理由を言うわな。

 此の部屋は、此の部屋で行われていた事は、今のワシよりも危険やねん。

 その危険な“禁じられた遊び”に、此の塔は完全に冒されとる。

 せやから、燃やす。完璧に、破壊する。……判ったか?」

「あ、……ああ」

「ほな、去ね」

「せ……せやけど……」

「ワシに、殺されたいんかッ!? さっさと行かんかいッ!!」


 ドタドタと喧しい音を立てて、()けつ(まろ)びつナカルナードは去って行った。


「ある調査によるとな、映画史上最も人を殺した俳優は、トータルで369人もの敵を殺した、シュワルツェネッガー氏らしいねんわ。

 一作の映画で言えば、若山富三郎大先生の150人やねんて。

 ナカルナードが頑張ってくれなんだら、ワシは御大二人を抜いてまうやん。

 嫌やわ~~~、そんなん。勘弁して欲しいで、マジで」


 レオ丸は、ヴァンサンが使っていた執務机に回り込み、その上を覗き込んだ。

 執務机に広げられた様々な書類、書きつけたメモ類を精査し始める。

 生前の研究成果を、謂わば悪行の数々を書き散らし、整然と纏めた物。

 魔法に関する第一級の資料であり、悪魔が飽食したレシピであった。


「主殿?」

「ん?」

「エーガとは、何でありんす?」

「……御免やで。今は上手く、説明出来ひんわ」

「そは、活動写真と言い、自動幻画とも申す物にて。“κίνηση(kinein)”とも呼ばれ、意味は“動く”なり」

「わっちには、さっぱり理解出来んせん」

「まこと然り」

「世の中には、理解し難い事があるって事で、今は理解しといてな」


 レオ丸は、一通り目を通した書類を躊躇いもなく引き裂き、ヴァンサンの残した文字群を紙吹雪に変える。

 次に、積み上げられた書物のタイトルに指と視線を走らせ、此れはと気になった本を抜き出し、素早くページを捲った。

 <学者>のスキル、<千眼瞬読>をフル活動させるレオ丸。


「主殿」

「今、読書中やから、質問はもうちょい待ってんか?」

「そろそろ、時間でありんす」

「後、五分」

「ぬ・し・ど・の」


 パタンと本を閉じたレオ丸は、がっくりと首を折る。


「勿体ないなぁ~~~。此れ、全部、燃やすんか……」

「言い出しっぺは、主殿じゃあありんせんか?」

「せやねんけどなぁ~~~」

「“言号令如汗,汗出而不反者也”、“武士に二言なし”」

「ワシ、皇帝でも<武士(サムライ)>でもないんやけど……」


 レオ丸は幾度も首を振り、盛大に溜息を吐き出すと、<ダザネックの魔法の鞄>に手を入れて中を漁る。

 やがて、少し大きめで鎖付きのハート型イヤリングに見えるアイテムを、慎重な手つきで三つ取り出した。


「なけなしの、<灼熱国の巨人の心臓(ムスペルヘイム・ボム)>。

 書に生き、書に死す。そう誓いを立てたワシが、焚書をするとはなぁ。

 今日一日だけで、何個の禁忌を犯すねん、ワシは……」


 何とも情けない気持ちに、今しも押し潰されそうになるレオ丸の頭の中に、場違いに涼しげな鈴の音が鳴る。


「法師。御下命の通りに致しました。ですが、そう長くは保持出来ません。

 出来るだけ早く、宿地までお越し願えませんか?」


 ミスハの声は、念話を通しても切迫したものであった。


「後五分、保たせといて。出来るだけ急ぐさかいに」


 アマミYに合図を送ると、レオ丸はアヤカOに駆け寄り、その背に跨る。


「いいわね、行くわよ!」


 黒い霧に姿を変え、契約主の襟元に入り込んだ<吸血鬼妃(エルジェベト)>は、呆れたような声を出した。


「また、玉無しに成られたんでありんすか、主殿は?」

「違う! 此れまでも此れからも、そんな事態も改造も、ワシはせぇへん!

 ……所謂一つの、様式美で言うてるだけや!」


 三つ纏めて握り締めた<灼熱国の巨人の心臓(ムスペルヘイム・ボム)>から、三本の鎖を纏めて引き抜き、部屋の中央辺りへ放り投げる、レオ丸。


「アヤカOちゃん、GO! GO! GO!」


 契約主を乗せたスフィンクスは、床に散らばった書物などを蹴散らし、大きく破損した窓から勇躍、大空へと舞い上がった。

 一回二回と、広げられた翼が羽ばたいた、その瞬間。

 ヴァンサンが執務をしていた部屋の中央付近で、紅蓮の光が激しく閃く。

 同時に起こった爆発は、3.5kg相当のプラスチック爆薬、三つ分。

 紅蓮の光は即座に紅蓮の炎となり、爆音や爆風よりも先に室内を(あまね)く席巻し、胸部に穴を開けたアカデミックドレスに似た衣装や豪奢なストール、被る者のなくなった紫色の帽子をも呑み込み、全てを灰に変える。

 続けて天井が吹き飛び、床が灼熱の溶岩と化した。


 紫華尖塔の十九階部分が、光と炎に包まれ、石壁の破片を周囲に撒き散らす。

 そして。

 十九階から上層階の全て、尖った先端の頂点までが、火炎の中に消え失せた。

 次いで。

 十九階から下の部分が、黒い煙を上げながら徐々に、火炎に上から喰われて行く。

 早回しの映像に映された、火を戴く蝋燭のように、その姿を低く低くした。

 三百六十度全方位に撒き散らされる、火山弾のような燃え上がる石壁の欠片。

 四tトラックと同じくらいの大きさの、パンデモニウム・ビーストと戦っていた冒険者達は、頭上から降り注ぐ灼熱の雨を避けるため、一斉に退避する。

 地獄の劫火もかくやという火炎から、命拾いをした大地人達が、蜘蛛の子を散らすように逃げ惑った。

 一際大きな火の塊が落ち、全てを噛み砕く顎門(あぎと)を持つ巨獣の、その場に生き残っていた最後の一匹を、押し潰す。

 <ハウリング>の精鋭達で構成された警護軍の、六色の鮮やかな衣装を纏った大地人達の、それ以外の色彩の服を着た大地人達の、彼らの眼前で。

 紫華尖塔は、全てを焼き尽くす火炎と共に、地に沈んだ。

 活発に活動する、火山口の如き有様となって。

 噴き上げる黒煙がロマトリスの黄金書府の空を覆い、火の礫がロマトリスの黄金書府に降り注ぐ。

 “華雅の北都”の中央に小さな火炎地獄が誕生し、“百万極”と讃えられた栄華が無惨にも灰燼と化した。

 其の瞬間を目撃させられた、全ての<冒険者>と<大地人>は、灰や塵を受け入れた黒い小雨に打たれながら、只々呆然としている。

 それらに一人背を向けながら、遙か彼方を睨むように見詰める、ナカルナード。

 視線の先には、天翔るスフィンクスが一頭。


「証拠隠滅するにも……程があるやろ、おっさん」


 余りにも豪快な方法で、全ての犯罪と犯行現場を隠蔽したレオ丸を、ナカルナードは苦笑いを浮かべて見送った。

 さて、今回の話。

 随分と前、少なくとも春の終わり頃には、何れは書きたいなと思っていた話です。

 “殺人”を忌み嫌うレオ丸は、如何なる動機・理由があれば、“殺人”を犯すのか?

 暴力に対し言葉ではなく、暴力で返すという行為は、当初からの目論見でした。

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