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第参歩・大災害+45Days 其の弐

 <遠見の鏡>は、FORCE様が創造なされました、アイテムです。

 御作の『Rander Power(仮)』に登場致しまする。http://ncode.syosetu.com/n2732cf/

 使用を許可下さいましたFORCE様に、感謝を申し上げます。

 加筆修正致しました(2015.04.01)。

 レオ丸が座しているのは、“賢老院議堂”の議会室、二階傍聴席中央の最前列である。

 議堂内に入る際に咎められたため、頭に乗せていた<金瞳黒猫(グルマルキン)>は虚空へと返されていた。

 レオ丸の襟元に潜む<吸血鬼妃(エルジェベト)>は、咎められる事はなく至極暢気に熟睡中。

 右隣には、ナカルナードが床に転がせた<人外王の大剣(ベルセルク・クレイモア)>の上に、足を投げ出している。

 背後にはフルレイドに相当する人数の、<ハウリング>の団員達が思い思いの、誠にだらしない姿勢で腰かけていた。

 頭が頭なら手下も手下や、とレオ丸は内心呆れながら、彼らの顔を眺める。

 其処に、レオ丸存じよりの顔は、一つとしてなかった。

 “ジェネラル”ルーグとの一連の会話を思い出したレオ丸は肩を竦め、ざわざわと落ち着きのない階下に視線を落とす。


「神聖皇国ウェストランデの御徴(みしるし)、錦旗掲揚!!」


 不意に、過剰な緊張感を帯びて発せられた、儀典官の裏返った声。

 議会室に居る者達が口を噤み、背筋を伸ばし起立した。

 二階と三階の傍聴席を余す事なく占める<大地人>達も、姿勢を正し立ち上がる。

 レオ丸達、<冒険者>の一団も渋々と腰を上げた。

 議長席の背後の壁に、スルスルとウェストランデの象徴が掲げられる。


「一同拝礼!!」


 全員が一斉に、不揃いな姿勢で錦旗に頭を下げた。

 階下より重々しく静かに響いて来る、扉の開かれる音。


「御使者様、御添え役様方、御成~~~り~~~!!」


 議会室内にて、待ち受けていた者達全員が起立したま礼を尽くす中、大仰な仕草でキョウからの使節団が入場して来る。

 先頭を歩くのは、鶴のように痩せた背ばかりが高い男。

 金色を基調とした豪勢な衣装に身を包んだ、マルフォア侯爵だった。

 続いて二人の貴族が、豪奢な模様が金糸銀糸で織られた綾錦で覆われている、小さな神輿のような物を担いで現れる。

 親棒の前を担いでいるのは、顔も体もでっぷりと肥えた、マルローズ卿。

 後ろを担いでいるのが、白粘土を捏ね上げたような顔の、マルヴェス卿。

 その後を随行する十名余りの吏僚達は、事務能力のみで選ばれた下級貴族達だ。

 最後尾を、厳めしい将官用軍服を凛々しく着こなした、赤毛の女性が歩く。

 油断なく周囲に視線を走らせてから、二階席に居るレオ丸にソッと目配せを送る其の顔は、紛れもなくミスハであった。

 どうやら、現在は執政侯爵家配下鳳簾供奉府に属する、<大地人>の将官であるミズファ=トゥルーデに扮しているらしい。

 身辺警護と近接監視を兼ねた、特別任務についているようだ。

 だが、ミスハの瞳に楽しみの色を認めたレオ丸は、扉が閉じられる音を聞きながら、違う感慨を抱く。

 遊んでんな、彼女。コスプレの延長としか、思うてへんやろ? と。

 議会室一階の中央に設えられた円環状テーブルを回り込み、使節団一行は上座になる議長席の元、豪華な衣装を貧相な体に纏ったロマトリスの黄金書府の領主たる、ヤンヌ伯爵が待ち受ける場所へと進んだ。


「退くが良い」


 鷲鼻に小さな眼鏡をかけたマルフォア侯爵が、本日の議長役である橙色の外衣(トーガ)を体に巻きつけた芸術家然とした老人を、甲高い声で議長席から追い払う。

 副使の二人が、担いでいた神輿のような物を議長席の上に据えた。

 でっぷりとした指で、おずおずと綾錦を取り払う、マルローズ。

 生っ白い指で、神輿もどきの屋根に相当する部分を取り外す、マルヴェス。

 四面の壁が、軽い音を立てて外側へ倒れ、中身が現れる。

 其処には、精緻な装飾が施された枠に填められた横長の楕円形の鏡、があった。


 <遠見の鏡>。


 <学術鑑定>スキルを発動させたレオ丸の視界の中に、そのアイテム名がクッキリと表示される。

 本来はイベントなどで連絡を受ける時に使用される物。

 その存在は、<冒険者>にほとんど知られておらず、<大地人>専用の、それも特権階級のみが使用するアイテムであった。

 勿論そのレシピは、現在までの処<冒険者>の手に一切渡った事がない。

 同一サーバ内において、<大地人>同士が連絡を取り合うための、重要なアイテムだ。

 <冒険者>の念話が旧式の携帯電話ならば、<遠見の鏡>は<大地人>専用のテレビ電話というべきものである。

 情報でしか知らないアイテムの登場に、興味津々となるレオ丸。


「恐れ多くも、執政公爵殿下御自ら、直の御言葉(おんことのは)を賜る。全員、謹んで拝し承るべし」


 秀でた額をてからせたマルフォア侯爵の言葉に、議会室内の全ての<大地人>達と、<大地人>に成り済ませたミスハが更に一層、頭を下げる。

 <ハウリング>の団員達も、雰囲気に呑まれたのか低頭したままだ。

 マルフォア侯爵の言葉に反し、頭を上げたのは二人の<冒険者>のみ。

 レオ丸は公然と、ナカルナードは傲然と。

 事の推移を見詰める、二対の視線が注がれる先は議長席の上。

 その議長席に据えられた、議会室内を映しこんでいた鏡面が突如、瞬間的な光を眩く強く発した。

 次いで光を消した鏡面は、薄暗い闇と朧気な人影を映し出す。


「臣民に宣ず。ロマトリスの黄金書府の伏しよう、誠に殊勝なり。

 由って献言を受け入れ、余はヤンヌの、領主たる一切の権限を収納する」


 朧な人影の宣旨に、議会室内に戦慄が走った。


「余は、健気なるヤンヌの請願に対し、応えて宣ず。

 ヤンヌよ。……汝に、ロマトリスの黄金書府後見役を命じるものなり。

 新たに任ずる政務官を補佐し、御国に尽くすべし。

 マルローズよ、汝を新生ロマトリスの黄金書府の政務官に任ずる。

 僭越なる賢老院とやらを排し、速やかに全権を掌握せよ。

 マルヴェスよ、汝を新生ロマトリスの黄金書府の大蔵別当の職に任ずる。

 マルローズを補佐として、須らく遺漏なきよう勤めを果たせ。

 マルフォアよ、以上の事どもを全て監督し、委細滞りなく済むように計らえ」


 年齢不詳の、平坦な声が途切れると同時に、鏡面がブラックアウトする。

 機能を止めた<遠見の鏡>は、やがて最前の如く議会室内を映し出した。


「宣旨は下された。謹聴せよ、北辺の(ひな)者共よ。御上意である。

 キョウが与えたる(いにしえ)よりの恩寵は、現時点を以って停止(ちょうじ)となる」


 議会室内に怒号が、全く巻き起こらなかった。

 混乱と困惑が支配する空気のみが、醸成される。

 理由は、使節団と共にキョウよりやって来た、警護軍の存在にあった。

 ナカルナードが率いる、高レベル・プレイヤーのみで構成された、<ハウリング>の九十六名からなる選抜メンバー達。

 議会室内部に、ナカルナードを含めた二十四名の<冒険者>が居る。

 そして外には、“賢老院議堂”を取り囲むように、七十二名の<冒険者>が居た。

 圧倒的な武力による、示威的な脅迫行為。

 紫華尖塔に属する魔術師達は、<大地人>としては傑出したレベルである。

 青華尖塔に属する武術家達もまた、<大地人>としては高レベルであった。

 だが、平均レベルが80オーバーの警護軍からすれば、それらのレベルは半分に達するかどうかでしかない。

 敵うはずもない、強大な相手に内と外から威圧されては、嘆きの声すら上げられないでいたのだ。

 壁際に立つミスハは俯き、肩だけで笑っている。

 果たしてそれは、誰に対しての笑いなのか? と、レオ丸は思う。

 怠惰に積み重ねた歴史に胡坐を掻いた、強者気取りのマルフォア達か。

 己の浅学非才を思い知らされ、張りぼての権威に屈しようとしている、“華雅の北都”の住人達か。

 高スペックな戦闘力を持ちながら、その実は戦闘のド素人集団でしかない、<冒険者>達か。

 恐らく、その全てだろうと、レオ丸は結論づけた。


「異議は認めん。速やかに、全ての鍵を差し出すべし」

「いいや、異議を発する!」


 再び階下から扉が力強く開かれる音がし、マルフォア侯爵の居丈高な発言を何者かが否定する。

 レオ丸は手摺から身を乗り出し、一階を覗き込んだ。

 飛び降りるのかと、勘違いしたナカルナードの右手が、その襟元を慌てて掴む。


「キョウの(みことのり)など、私は認めん!!」


 大声ではないが威厳を伴う壮年の声が、議会室内に反響した。

 大理石で埋められた床を、音高く踵を打ちつけながら歩く、その男。

 纏っている、紫地に赤糸で様々な図形を刺繍したストールが翻り、リボンで束ねられた少し長めの金髪が跳ねている。

 淡い菫色のローブを着た者達を十数名も引き連れて、一人の大地人の魔術師が議会室に颯爽と現れた。

 壁に凭れかかっていたミスハが、ゆらりと力を抜いた体勢を取る。


「痴れ者め。殿下の宣旨に逆らうか!」

「ヴァンサン……ビアン卿……」


 マルフォア侯爵の叱責に、ヤンヌ伯爵の呟きが重なる。


「“百万極”を支える同輩達よ、何故に理不尽に沈黙を保つのか!?

 何故に、高が<冒険者>如きに、臆するのか!?

 荒涼たる北辺に栄華を咲かせた矜持を、何故に示さぬ!?」


 ヴァンサンは円環状のテーブルに達すると、議会室内の上座に居並ぶキョウの使節団を敢然と見上げ、睨みつけた。


「領主の責を放棄した、ヤンヌ伯爵に問う。腹蔵なく真摯に答えよ!

 汝は何故に、キョウに膝を屈し、地に額を擦りつけたのか!?」


 ヤンヌ伯爵が、疲れたような仕草で一歩前に進み、ヴァンサンと対峙する。


「不思議か? 疑問に思うてか、ヴァンサンよ?

 ……ならば、答えよう。

 長きに渡り、領主という身分のまま、私はお主らに支配されてきた。

 その支配者が、お主らから、キョウに変わるだけだ。

 本来の形に戻るだけで、私の立場には、何の変わりもない。

 立場が変わるのは、お主らだ。

 今まで、随分と長い間、支配して来たのだ。

 此れからは、随分と長い間、……支配されるが良かろうて」


 石壁に己の爪で呪詛を刻むように、ヤンヌはゆっくりと言った。

 前回の臨時議会の時とは違い、静まり返った議会室の隅々まで、その弱々しくか細い声がはっきりと伝わる。

 搾り出された、血を吐くような元領主の発言は、室内に怨嗟の色を塗り込めた。

 寂とした議会室に、漠として見えない嵐が渦を巻いたように、レオ丸は感じる。


 「詰まらんお芝居が、ちょっとは面白(おもろ)くなりよったな」


 ナカルナードがレオ丸の耳元で、シシシとせせら笑う。

 <大地人>の誰しもが口を噤む中、低い笑い声が発せられた。

 それは、やがて高らかなものとなる。

 肩どころか全身を震わせている、ヴァンサンの笑声であった。


「笑止!! そのような繰言に、誰が付き合ってやるものかッ!!」


 右手に持つ魔法棒杖(マジックロッド)を頭上に掲げ、床へと打ち突ける。

 するとヴァンサンの足元に、鮮やかに輝きながら現出する魔法円。

 そして、何かに合図を送るように、左手を前へと伸ばした。

 ヴァンサンの背後に群れる、淡い菫色のローブを着た者達が横並びになる。

 真ん中の二人が、一歩前に進み出た。

 一人は大人の身長だが、もう一人は幼子の背の高さしかない。

 二階から見下ろしているレオ丸の、眉間に寄せられた皺が深くなり、引き締められた口元から、ギリギリと歯軋りが漏れる。


「おい、おっさん。どないしてん?」


 誰の目にも明らかな程の怒気を湛えたレオ丸に、ナカルナードが疑問を呈す。

 団長達の不審な姿に、<ハウリング>の団員達が顔を見合わせた、その時。

 列を離れた二人以外の、淡い菫色のローブを着た者達が天井を見上げて、何かの詠唱を上げ始めた。

 高い声、低い声が入り混じった詠唱は、緩やかな旋律となり、次第に人の発する声から乖離していく。

 まるで、夜啼鳥の鳴き声のように変化する。

      

 warble,warble,warble,warble,warble,warble,warble,warble


 ヴァンサンの右後ろに立ち尽くしていた、淡い菫色のローブが膨れ上がった。

 ヴァンサンの左後ろに立ち尽くしていた、小柄な淡い菫色のローブも膨れ上がる。


 HOWWWWWWWWWWL!!

 HOWWWWWWWWWWL!!


 膨れ上がった二着のローブが、内側から弾け飛び、平均的なコンテナほどの大きさの頭を持つ、二頭の巨大な獣が宙に踊り出た。

 ブルドーザーの可動土工板のような顎門(あぎと)が二つ、上座へと襲いかかる。

 議長席に落ちてきた巨大な顎門は、<遠見の鏡>諸共にマルフォア侯爵とマルローズを呑み込み、閉じられた。

 議長席の下に落ちてきた巨大な顎門は、ヤンヌ伯爵と近くに居た数名の者達を、その凶悪な牙で噛み砕く。


 <万魔獣(パンデモニウム・ビースト)


 レオ丸達、全ての冒険者達の視界に、突如出現したモンスターの名前が表示される。


「何じゃ、ありゃあ!!」


 ナカルナードの叫び声が、不意の惨劇に凍りついた議会室の時間を、溶かした。

 悲鳴を上げ逃げ惑う、各尖塔に属する者達。

 瞬時の判断で動いたミスハが、偶々近くに居た者の手を引っ張る。

 ミスハの咄嗟の働きにより、議長席の元から身を剥がされたマルヴェスが、情けない声を上げて床を這う。

 使節団の他の者達は、ある者は這い蹲りながら逃げ出そうとし、ある者は腰を抜かして意識を手放し、ある者はパンデモニウム・ビーストの爪に掻かれて絶命した。

 足に縋ろうとするマルヴェスを蹴飛ばしたミスハは、腰に下げた得物の長脇差<薔薇十字丸>を抜き放つ。

 レベルは90、レイドランクはx1のモンスター二頭を相手にするには、全く心許ない武器。

 しかも、HPやMPはステータス画面で確認したとて、“UNKNOWN”としか表示されない。

 DATA/UNKNOWNという無情な表示を見れば、どのような能力を持っているのかさえ判らなかった。


「団長! 外にも出ました!」

「ふん!」


 外部との通信担当の報告に、ナカルナードは大きく鼻を鳴らす。


「名称、外見、レベル全て同じ。但し、ランクはパーティーx6。五匹です!」

「伝令!! トータス★ツトム、セシルダー、風呂之敏、アゴ克、男前アキラの各分隊で邀撃(タイマン)かましたれ!! 浪・不二太は遊撃担当や!!」

「了解! 指示、送ります!!」

「俺らは、アイツらを攻撃(ぼてくりこかす)で!!」

「「「合ッ点ッ!!!」」」

「……おっさんは此処で、俺が主演のアクション大活劇を、指でも咥えて見物でもしとけや」


 <人外王の大剣(ベルセルク・クレイモア)>を軽々と肩に担いだナカルナードが、レオ丸に不敵な笑みを見せた。

 そして、一挙動で手摺を飛び越え、階下へと飛び降りる。

 やけくそ的な喊声を上げながら、二十三名の<ハウリング>団員が次々に宙へと躍り出て行った。

 両手が白くなるほどに手摺を握り締めたレオ丸は、彼らの勇姿を独り見送る。


 “賢老院議堂”内で、<ハウリング>による大規模戦闘(フルレイド)戦が開始された。


 背後からの攻撃に、二頭のパンデモニウム・ビーストが振り返る。

 咥えていた使節団の一員を呑み込んだ一頭が、天井を見上げて雄叫びを上げた。

 その顎の下に、五芒星のような痣が見える。

 咥えていた儀典官を吐き出したもう一頭は、前がかりの姿勢で低く唸った。

 その額中央に、六芒星のような痣が見える。


「やっぱ、……最悪の事態……か」


 レオ丸は、血が滲むほどに下唇を噛み締めた。

 何かを堪えるように、震えながら俯く。

 しかし、一拍の間を置いて上げられたレオ丸の顔は、少しだけさっぱりとしていた。


「ほなワシも、一緒に奈落へと落ちよ、か」


 呼び動作なしで、手摺を乗り越えるレオ丸。

 その耳に、ミスハの甲張(かんば)り声が届く。


「エクスターミネイション!!」


 それは<暗殺者(アサシン)>の特技の一つ、“処刑(エクスターミネイション)”という名に相応しい一撃必殺の大技であった。

 だが、致命傷には至らない。

 反対に、伸び上がったミスハの胴が、顎の前へと無防備に晒された。

 レオ丸は着地の寸前、何かの塊の直撃を受け、一階の床で無様に転がる。

 椅子や小さな文机を巻き込みながら、倒れ伏すレオ丸。


「何やいな?」


 衝撃を受けて痛む胸を、レオ丸は右手で摩る。

 その掌が、何か粘着性を持つ液体で、べっとりと濡れた。

 血塗れの右手をボンヤリと見てから、レオ丸は膝の上の重みを確認する。

 口から一筋の血を垂らしている、傷一つない綺麗な顔をしたミスハの、上半身だけが其処にあった。

 胸から下が、薙ぎ取られて消失している。

 音もなく、裂けた胸元の一部が淡い光を発した。

 その光がやがて、残存するミスハの上半身全体を包み込む。


 HOWWWWWWWWWWL!!


 六芒星の痣に、<薔薇十字丸>を突き立てられたパンデモニウム・ビーストが、悲迫る雄叫びを上げた。

 その雄叫びは、レオ丸の心の中の大切な何かに、一つのヒビを入れる。

 決して小さくはない、ヒビ割れる音を感じたレオ丸の視線の先で、苦痛に藻掻く凶獣が荒れ狂っていた。

 群がる冒険者の攻撃から身を避け、嫌々をするように首を振り、重大なダメージを与えた凶刃を払い抜く。

 乾いた音を立てて、秘宝級の長脇差が床を転がり、レオ丸の傍へと滑って来た。


「やれやれ、酷い目に遭いました」


 愛用の武器を握り締めて、ミスハが上体を起こす。

 次いで、レオ丸を振り返り、はにかんだ表情を見せる。


「法師が下さったアイテムで命拾い、……戦線離脱をせずに済みます」


 “漂泊を続ける者(イェニシェ)”の宿地へ、ミスハが初めて訪れたその夜に、レオ丸は探索の依頼をすると共に、一つのアイテムを提供していた。

 <黙阿弥の護符>という、使い捨てのアイテム。

 それは一切の致命的ダメージを、完全無効化が出来るという物。

 だが、発動後にペナルティーが発生する代物。

 被ダメージを完全無効化してからの二十四時間、使用者のHP総量の最高値が半減するのだ。

 ミスハは、今より丸一日が過ぎるまで、半分のHPで過ごさなければならない。

 例え再度の負傷でHPを使い果たし、大神殿で復活を果たしたとしても、ペナルティーは除去されないのだ。


「出来れば、もう少し使い易いアイテムならば、尚良かったんですけど」

「堪忍な、ミスハさん。ワシのポケットは便利な四次元やなく、何とも不便なガラクタ倉庫に繋がっとんねんわ」


 ヒビ割れた声で答えるレオ丸に、立ち上がったミスハが手を差し出す。


「では、戦線に復帰します」


 得物を握り直したミスハの手を、レオ丸は掴んだまま離さなかった。


「法師?」

「ミスハさんに、御願いがあんねん」

「……何でしょう?」

「あいつらを、排除して欲しい」


 レオ丸は、議会室の下手の壁際で呪文を唱え続けている、淡い菫色のローブを着た大地人達へと、顎をしゃくる。


「パンデモニウム・ビーストを操っとんのは、あいつらや。

 今この瞬間から、ミスハさんはワシが手にしとる、一個の凶器になってんか。

 其処に、ミスハさんの意思は介在せェへん。

 其処にあるんは、ワシの明確な意思だけや。

 もし仮に、あいつらの生命を絶つ事になったとしても、それはミスハさんが背負う過失やあらへんさかいに。

 全ては、意思の、殺意の発現元である、ワシの責任や。

 だから頼む、ミスハさん。

 あいつらを排除して、<万魔獣(かれら)>をちょっとでも、楽にしたって欲しい」


 ミスハは、<淨玻璃眼鏡(モーリオン・ゴーグル)>越しにレオ丸の眼を見た。


「それは、……御願いで宜しいんですか、法師?」

「……命令や、ミスハさん。あいつらを排除せェ」

「御意のままに」

「ワシは、……事態の元凶の処へ行ってくるわ」

「それは一体?」

「ほな、後は宜しく任せたで」


 襤褸切れと化した鳳簾供奉府の将官制服を脱ぎ捨て、いつもの鈍く輝く黒尽くめの忍び装束姿となったミスハは、疑問を収めて恭しく一礼する。

 彼女の向こうでは、ナカルナードが大剣を振るい、雷声を張り上げていた。

 <ハウリング>団長の指示に従い、配下の者達が必死の形相で体勢を整え、戦術を組み立てながら巨獣の顎門と戦っている。


「天蓬天蓬急急如律令 勅勅勅! アヤカOちゃん、うぇーるかむ!」


 気の抜ける台詞と共に、宙に描かれた魔法円。

 其処から飛び出した<獅子女ス(フィンクス)>の背に跨ると、レオ丸は決意と愛惜を湛えた笑みを零す。


「いざ、鎌倉! ……もとい、あっちへ!」


 契約主が指差す方へと、力強く駆け出すスフィンクス。

 大きく開かれた、重厚な扉の向こうへ。

 逃げ惑う大地人を跳ね飛ばし、消えて行くレオ丸と契約従者。

 それを、苦笑いしながら見送ったミスハは、得物の<薔薇十字丸>を軽く一振りして血糊を飛ばす。


「そう言えば、……家を焼かれた男は、何処に行ったんでしょうね?」


 warble,warble,warble,warble,warble,warble,warble


 虚ろな顔で詠唱をし続ける者達を、小首を傾げながら睨みつける、ミスハ。


「まぁ、それはそれとして。……ちゃっちゃと片付けましょうか」


 鈍く輝く手っ甲に覆われている、ミスハの右手。

 その手が握り締める凶刃が、鮮やかに鋭く輝いた。

 もう少し血生臭い描写が出来れば、もう少し臨場感が出せたのでしょうが、此れが私の精一杯です。むぅ、精進が足りんなぁ(苦笑)。

 『+45Days』は、もう少し続きまする。もう少し、お付き合い下さいませ。

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