第参歩・大災害+45Days 其の壱
久々に、彼の登場です。
誤字を訂正致しました(2014.09.10)。
更に加筆修正致しました(2015.04.01)。
夜が明けた。
だが、ロマトリスの黄金書府にとって、それは明朗な朝ではない。
昨夜からずっと降り続いている雨で、全てが濡れそぼっている。
完全に消し炭と化した、ヴァンサンの館もまた同様に。
未だ熱を持つ残骸が雨に打たれ、僅かに蒸気を上げていた。
高温で焙られ、融解しガラス状になった煉瓦や石片。
焼け残った木切れは、元は柱か梁だったのだろう。
それら、ヴァンサンの館だった瓦礫の上で。
街の警察機構でもある伯爵配下の衛兵が、火災原因を調査していた。
尖塔の自衛組織を構成している武術の青華尖塔に属する者達が、生存者の有無を確認している。
双方がいがみ合い、怒声を浴びせ合いながら。
作業は些かも捗る事なく、時間だけが無為に過ぎていった。
「骨でも拾えりゃ、御の字やろうけど……」
火災現場から、少し離れた場所でレオ丸は、そう呟く。
「遺留品、証拠物件は地下にも残っていませんでしたし、ね」
集合住宅の庇を借りて雨宿りをしながら、ミスハがレオ丸の隣で同じく呟いた。
昨夜、雨が降り出した直後の事。
レオ丸達は一旦、宿地へと戻った。
そして<冒険者>として、どう行動すべきかを話し合う。
土がかけられ、強制的に鎮火させられた焚き火跡の傍に立つ幕舎の中。
<吸血鬼妃><家事幽霊><蛇目鬼女>と、三種のモンスターに見守られながら。
ミナミの街を実質的に掌握しているギルド、<Plant hwyaden>の指導部たる<十席会議>の指揮系統の一つから、ミスハが受けた指示は“ロマトリスの黄金書府の現状調査及び情報収集”である。
<大地人>同士の揉め事に首を突っ込んで良い、という許可は出ていない。
逡巡するミスハに、レオ丸は人として実に宜しくない笑顔を見せた。
「<大地人>について調べて来い! って言われたんやろ? ほな、エエやん?
せやし、ちょいと手伝って頂戴な」
タエKとナオMを虚空へ帰し、新たにマサミNを召喚する、レオ丸。
MPに関する補助要員の<金瞳黒猫>を頭に乗せ、アマミYを襟元から服装内に収納すると、レオ丸はミスハを促し“都心地区”へと舞い戻る。
街の裏通りに至り、マンホールの蓋を開けるや、地下水道へと侵入した。
ミスハは、ロマトリスの黄金書府に到着して直ぐに、此処に潜入している。
其の一度の潜入で、地下迷宮の如き水路の凡そを把握していた<暗殺者>を案内人にして、<召喚術師>は地上を後にした。
危なっかしい足取りのレオ丸を気遣いながら、危なげない歩みで先行するミスハ。
僅かずつだが徐々に水量が増していく水路に設けられた、ささやかな点検用通路を目的地目指して慎重に進む冒険者二人。
ランタン代わりに召喚された<蒼き鬼火>が、仄かに照らす街の地下世界。
蟲の類や鼠などが視界の端をウロチョロとするが、腰にぶら提げられたアイテムが醸し出す成分に掃われ、全て何処かへと遁走していく。
アイテムの名称は、<金鵄鳥の携帯香炉>。其れは、蟲嫌いのプレイヤー必須のアイテムである。
全ての事象がゲームだった頃。
<F.O.E>が臨場感を出すためにとして、画面モードに“ハイパー・リアル・モード”を選択肢として付加した事があった。
アタルヴァ社本社が各サーバから、<エルダー・テイル>発売十周年の企画を募り、その第一弾として六番目のアップデート時に導入された、新システム。
キャッチーな事が大好きな<F.O.E>は、いち早くそれを実装する。
其の新システムが如何なるものか、如何なる事態を引き起こすのかを検証する前に。
名前に惹かれ、モードを切り替えてダンジョンに挑んだゲームプレイヤー達は、ヤマト・サーバで三千人に及んだ。
そして其のモニターに映し出された、“必要以上にリアルな世界”を観た者達の九割九分以上が悲鳴を上げ、更に一部の者は卒倒し救急車出動の大騒ぎが彼方此方で起こったとか。
行き過ぎたサービス精神は、多数の女性プレイヤーを失う結果になる。
慌てた運営側は、装備制限や移動付加などの全てのマイナス要因を排除した特殊アイテムを追加作成し、全プレイヤーに無料配布した。
其れこそが蟲除け鼠除けアイテムの、<金鵄鳥の携帯香炉>である。
但し、蟲型モンスター相手には勿論の事、効果がない。
鬼火で視界を確保し、豚の顔に似た厚みの少ないアイテムで、具現化した嫌悪感と言ってもよい地下の住人共を排除しつつ、二人の冒険者はゆっくりと進み、目的地付近に到達した。
モクモクと蒸気が立ち込め、熱せられた空気が一帯を圧している。
ヴァンサンの館を包み込んだ劫火は、地下にまで及んでいた。
顔を見合わせ、両手を少し挙げて肩を竦めたレオ丸とミスハは、溜息をついてヤレヤレと首を振る。
何も回収出来ない場所に用はない、と二人の冒険者は宿地へと撤収した。
正確には、其の場へ固執しようとしたレオ丸の首根っこを掴んで、ミスハが些か強引に撤収させたのであったが。
そして、陽が昇る少し前の時間。
短い眠りに耽っていたミスハの頭の中に、目覚まし時計のベルに似た不快な音がリンリンと響き渡る。
それは、<Plant hwyaden>からの念話であった。
「法師、起きて下さい」
動物園のバックヤードで惰眠を貪る、アザラシのような寝方をしていたレオ丸は、肩を揺するミスハの右手を抱き込んで、更に深い眠りへと落ちようとする。
「法師。……ちょん斬りますよ?」
握られそうになったレオ丸は、一気に覚醒するや直立不動の姿勢で起立した。
まるで、バネ仕掛けの人形の如き動きで。
「グッド・モーニング・ベトナム・レディ・サー!」
「……起きたなら、寝言みたいな事は言わないで下さい。それよりも……」
ミスハは、眉根を美しく寄せて、報告する。
「今し方、インティクスから念話連絡がありました。
キョウを発した使節団が、ミナミが出した警護軍を伴い、本日の午前中には此処に到着するとの事です。
私は、“警護軍の指揮官に調査結果を報告せよ、但し指揮下に入るに及ばず”、との事でした。
“フリーハンドで勝手に動け、だが私の指示に従え”って事ですね」
「ふうん。ほな、勝手に動かさしてもらおか、今日も今日とて」
「御意のままに」
「あ、自分の立場の事を第一優先に考えて、インティクスの指示に従いながら、ワシのお願い事を聞いて頂戴ませませ。
したらば、ミスハさん。本日も何卒一つ、宜しゅうに♪」
「難しいオーダーですが、委細調えます」
「ほな、もっかい地下に潜ろうか!」
「それは、駄目です!」
「ええ!? 何でやッ!?」
「あんな所に潜り込んだら、二度と地上に出て来ないでしょうが!」
「そんな事ないで! ……自信はないし断言出来ひんけど、多分大丈夫なんじゃないかなぁって思える日がいつか其の内に来る事もあれば良いなと考える事もあるんじゃないかなぁ!」
「…………」
「ね、ちょっとだけ」
「……法師が仰る“ちょっと”って、どのくらいです?」
「大体、地球七周半くらい」
「…………」
「一光年に比べたら、一秒なんて一瞬やん!」
「……比較対象がそもそも間違いですし、行動原理が余りにも刹那的過ぎます」
「ええ~~~っ!! 幻の古代遺跡やねんで!」
ロマトリスの黄金書府という街は、公式文書にすら名を留めぬ一人の神官が発見した古代遺跡の上に建築された都市であった。
<黄金書府>とは、ヤマトの至る処から集積される書物により生み出された財、つまり知識の宝庫である事に所以する。
古今東西ありとあらゆる書物の山脈と、今は忘れ去られてしまった膨大な古文書の山脈が、眩い輝きを放つ都市。
其の直下に眠ると噂される金色の大書庫遺跡には、未発掘の知識が大量に埋蔵されているとされている。
昨夜、ヴァンサンの館の地下で二人が眼にしたのは、其の大書庫遺跡の一部と思しきモノであった。
思わぬ発見に狂喜乱舞するレオ丸を、最初は優しげな眼差しで見詰めていたミスハ。
だが其のこめかみに、怒りのマークがクッキリと刻印されるのに然程時間は要しなかった。
五分が二倍になり、更に三倍になろうとしても、レオ丸の狂喜乱舞は止まらない。
喜怒哀楽の内、前から二番目の感情のみで構成されたミスハは、強硬手段に打って出た。
其れに対し、後ろから二番目の感情を爆発させて泣き喚き、駄々を捏ね捲くり暴れるレオ丸。
仕方なく、ミスハは最終手段を講じる事に。
首根っこを掴まれ、締め落とされる事で、レオ丸は其の場から恙なく撤去されたのであった。
昨夜のような面倒な事態に再び巻き込まれる事は、二度と御免のミスハである。
「駄目、と言ったら絶対に、駄目です!」
修羅の炎を背負い仁王立ちする<暗殺者>の剣幕に、<召喚術師>は無駄な抵抗を幾度も試み、そして挫けた。
「……おっけー、りょーかい。全ての事が、須らく解決してからにするわ、な。
まぁ、考えてみたら……考えるまでもなく、己の楽しみ事に現を抜かしてる場合やないし、なぁ。
したらば、火事場跡の野次馬に紛れて、態々キョウから来るという使者達のアホ面でも、拝みに行こか?」
冷えた干し肉を齧り、簡単に朝食を済ませたレオ丸とミスハは、“内灘地区”の雑踏を抜けて“鼓楼閣門”を通過した。
火災現場、レオ丸達だけが知っている情報に基づけば放火事件現場、その周りには雨天にも関わらず、昨夜同様に野次馬達が群れ集っている。
腕時計でもあれば良いのだが、<エルダー・テイル>にそのような便利なアイテムは現在の処、存在していない。
<大災害>発生以前ならば時計機能が、ステータス画面の片隅に表示されていた。
しかし<大災害>以降、その箇所はブラックアウトしている。
ステータス画面に表示される時計らしき機能は、リキャスト・タイムを示す砂時計形のアイコンの横に刻まれる、カウントダウン・タイマーのみだ。
現在、ほとんどの<冒険者>達は、時間は全て空を見上げて体感で計るという、実に原始的な方法に頼っていた。
もしくは、<大地人>に依存している。
“鼓楼閣門”から、ドーンドーンという重低音が響いて来た。
レオ丸が指折り数え、両の掌が拳を握り締めた処で、鳴り止んだ。
十時を伝える、ロマトリスの黄金書府の時報太鼓だった。
「まだ、来ェへんねェ」
「無駄に大人数で行動しているからでしょう」
「警護“軍”か……。これ見よがしの武力による、威圧か。
チンピラが、刺青や拳銃をチラつかせて、虚勢を張るみたいなもんやな」
「……問題があるとすれば、拳銃が暴発するのが、拳銃自身の意思に任されているって事でしょうか」
「チンピラが、見境なくして引き金引くんと、どっちが早いかやね?」
レオ丸の頭の上で、マサミNが退屈そうに、大欠伸をする。
釣られて欠伸を漏らしたレオ丸は、腕組みをして俯いた。
(Q1)ジーンとカレッジ、“漂泊を続ける者”の人達は何処へ行き、何処へ連れ去られたのか?
(Q2)ヴァンサンは何故に、堕天の魔導帝シラミネの事績を記した古書を所持していたのか?
(Q3)先日、宿地近郊の森に出現した、<万魔獣>は何処から現れて何処へ消えたのか?
全ての設問の解答は一つしかない、とレオ丸は既に考えている。
“賢老院議堂”でのヴァンサンの主張を、聞いた後となっては、だ。
ヴァンサンは、シラミネが過去に“やらかした事”を、今一度再現しようとしとる。
それは、間違いないやろう。
あの化けモンは、復活させた外道な魔法が生み出したんやろな。
ほんで、“漂泊を続ける者”の人達。
カレッジ殿や、ジーンは、……多分きっと既に……。
「法師、如何なされましたか?」
「……ミスハさん。受け入れがたい現実が、もう直ぐ自分の眼の前に実現するかもしれへん、って思った時。
自分やったら……どないする?」
「それは、観念的な質問ですか?」
「俗な質問、って捉えてくれてもエエで」
「私ならば、受け入れがたい現実は、存在しなくてよい現実ですので、力尽くで打破するように努力しますね。
……元の現実では、そう容易くは努力が実らず、何度も夜中に叫びたくなり……、偶に叫んだりしていましたが」
「せやね。嫌な現実を嫌々でも受け入れなアカン時もあるけど、出来得るならば打破せんとアカンわな。
そのために、人は智慧を絞るんやもん、な。
ほな、もう一問。
その打破すべき嫌な現実が、行方不明になっとる時は、どうしたらエエ?」
「そうですね……、ちょっとお待ちを。……ふむ、……ほう、……了解。
失礼しました、法師。間もなく、チンピ……もとい、使節団が到着するようです。
申し訳ありませんが、彼らを出迎えなければいけませんので、仕度のために中座させて戴きます。
……出来ますれば、法師には今暫く、此処に居て戴きたく」
「エエよん。どうぞ、勤めを果たして来ておくれよし」
「では、御言葉に甘えまして」
その一言を発し終える前に、ミスハはレオ丸の隣から姿を消す。
「……なんで<F.O.E>は、|<暗殺者>を、<忍者>って翻訳せェへんかったんやろ?
<海賊>は、<武士>に変換されてんのに?
お二人さんの見解は、如何に?」
レオ丸の問いかけに、マサミNは大欠伸を返し、アマミYは襟元から寝息で答えた。
“鼓楼閣門”から、ガーンガーンという濁った金属音が鳴り響いて来た。
それは、時刻を知らせるモノではなく、街全体に注意を喚起するための、警報の喚鐘が叩かれた音である。
焼け落ちたヴァンサンの館跡に群れ集っていた人々が、一斉に首を巡らした。
大通りに面している火災現場からは、距離があるとはいえロマトリスの黄金書府の正面門が大きく、はっきりと見える。
“北領廻廊”の中継地点として重要な此の街の入り口は、終日開放されている。
防備の要である正門は、日の出と共に開門し、日没と共に閉門するのが通例である。
陽の光のない夜間は、日中とは比べ物にならぬほど凶暴なモンスターなどの、外敵の脅威から城壁内部の安全を期すため、必ず閉門する。
だがロマトリスの黄金書府は、終始その正面門を開け放っていた。
それは、外敵何するものぞという、世間に対する自信の表れである。
傲岸不遜と言い換えてもよい、開け放たれたままの“鼓楼閣門”の向こうに、何かが微かに見えた。
<淨玻璃眼鏡>の遠視機能が作動し、レオ丸の視界に補正がかかる。
最初に見えたのは、立派な幟と旗であった。
二人の旗役がそれぞれ捧げ持つ、長さ六メートルほどの長大なポール。
風が少しでも吹けば、旗は厳めしく幟は勇ましく翻るのだろうが、今は生憎の雨天。
どちらも雨水を吸い込み、だらしなく縒れた状態となっている。
鐘の音に日常を打ち砕かれた街の人々が、次々に住居の窓から顔を出し、扉を開けて表通りへと溢れ出して来た。
次第次第にざわめきが大きくなり、不安の色が濃くなってくる。
街の実力者の館が消失し、只でさえ落ち着きをなくしているロマトリスの黄金書府。
そんな状況下に現れた、キョウからの使節団。
不安にならない方が不思議であった。
レオ丸は人混みの背後から、背伸びをしながら彼方を遠望していたが、どんどんと増えていく人の波に、溜息をついて膝を曲げる。
腰を浮かせた体育座りをし、膝の上に顎を乗せて、思いに耽りだした。
ヴァンサンが、シラミネの外道な魔法の復活を図ろうとする理由は、明白やと思う。
状況証拠すらほとんどない、実に論拠が薄弱で、穴だらけの推理やけど。
理由は二つ。
<冒険者>に屈しない力を手に入れるため。
執政公爵家に頭を下げず、此の街の自尊や自由を守るため。
ほな、その方法は?
シラミネの逝かれた方法を踏襲するならば、“人体実験”以外あらへんわな。
人間を触媒か苗床にして、モンスターの能力を自家薬籠中の物とする、ために。
ほな、誰で“実験”する?
身内でするんは、最後の最後。事前に用意した“実験台 ”が居らんようなってからやな。
ひもじくなってから、己の足を食う蛸みたいに。
……戦時中なら、捕虜やな。けど、今は幸いにして、戦時中やない。似たようなモンかもしれへんけど表面上は、平和や。捕虜なんぞ居らへん。
自国民を使う? 無理やな。もしバレたら、袋叩きにされてまう。
「神聖皇国ウェストランデ、執政公爵家の上意であるッ!!
キョウより預かり来る錦旗、征幟、御成~~~り~~~ッ!!」
おやおや、威勢のエエこっちゃ。
権威を背にした大声ってェのは、いつ聞いても騒音にしか聞こえへんな。
ま、今はどうでもエエわ、それよりも、や。
捕虜は居らんし、自国民も使われへん。ほな、どないする?
……他所モン、しか居らんわな。
ヴァンサンが手ェ出しやすい、他所モンって言うたら、“漂泊を続ける者”か。
有名なメタ的発言を引用すりゃ、“人生はドラマだ”か。
メタ的発言を引用せんでも、此の世界って元々は“物語”や。
ワシら<冒険者>って立場からの、視点やけどな。
さて、ジーンやカレッジ殿が、この“物語”の主役やったらば、……まだ死んだりせずに生きてるやろう!
せやけど、此の現在進行形の、実にいけ好かん“物語”の主役を務めとんのが、ワシかヴァンサンやったら?
……生きてへんやろうなぁ。
少なくとも、ワシが知っとる沢山の、殺伐とした“物語”では、そうなっとる。
奇跡的に生き残ってました! ってハッピーエンドもない事はないけど。
世の中には、主人公もヒロインも誰も彼もが撃ち殺されて、悪が栄えて目出度くなしで終わるマカロニウェスタン式の物語も、あるからな。
うん、最悪の事態を想定しとこ。
……やっぱ悲しい、よな。涙は出ェへんけど。
此れも一種の職業病やし、なぁ。
親が死んだ時も泣けへんかったし、友達が死んだ時も涙が出ェへんかったしなぁ。
今更、泣けって言われても、……悲しみの涙腺なんぞ、既になくしとるし。
人は必ず、死ぬ。
此の絶対の真理からは、生きとし生ける者は、誰一人逃れられへん。
もう、嫌になるくらいに理解しとる、絶対的真理。
そんなワシが、不老不死の存在、<冒険者>やで。
こんな笑い話あるか?
ワシが主役の物語は、絶対にブラックコメディに違いないわ。
はい、決定! って、……何や、エライ静かやな?
「おぅ!! おっさん!!」
先ほどまでのざわめきが消え去り、静まり返った雰囲気を吹き飛ばす、聞きなれ過ぎてはいるが久々に聞く、胴間声がレオ丸の鼓膜を震わせる。
しゃがみ込んだままのレオ丸の上に、威圧するかのように影が落ちていた。
全く陽が差していないにも関わらず、その影は闇のように黒々としている。
「なんぼ言うたら判るねん、あんぽんたん? ワシは、おっさんと違う!」
よっこいしょと、レオ丸は大儀そうに腰を上げた。
「相変わらず、どーでもエエ事を太平楽に考えとったんか、おっさん?
いつまで経っても、頭ン中がお花畑で、エエのぅ!!
そろそろ、除草剤でも撒いて、現実ってブルドーザーで造成したろか?」
「貧乏蔓みたいなネーちゃんに簀巻きにされた、あばら家みたいな御粗末な脳味噌しとるくせに、まぁ偉そうにワシに説教垂れよってか?」
建築機械じみたゴツゴツとした特殊金属製の全身鎧と、盛り上がった筋肉を纏った巨漢と、法衣もどきの頼りない布鎧を着た、柔そうな中年太りの男が、対等の立場で睨み合う。
深と静まり返る、ロマトリスの黄金書府の大通り。
先に視線を逸らしたのは、巨漢の方であった。
「勇んで<ヘイアンの呪禁都>からトンズラこいた割には、未だにこんな処で油売っとったんかい……」
「しゃあないやんけ、……ワシ、足が短いんやから」
息を止めて、二人の<冒険者>の舌戦を見詰めていた観衆達は、一様に安堵の息を吐き出す。
「ほんで? お前が警護軍の指揮官ってか、ナカルナード?」
「おぅ、そうや。同盟相手から懇願されたさかい、渋々やけどな」
「嘘つけ! 尻の毛を毟られついでに、寝間の睦言で御願いされたくせに?」
巨漢の<冒険者>、ナカルナードは憮然として沈黙した。
「何や、大正解か?」
「うっさいわッ!! 惚れた女の言う事聞いて、何が悪いんじゃ!?」
「別に悪いとは、言うてへん。それも人生やし、な」
「それよりも、や。おっさん、ついて来いや」
「何処へや? 天竺まで連れてってくれるんか、猪悟能?」
「何で俺がブタやねん!!」
「ほな、恐妻家の牛魔王か? 別に、どっちでもエエわ。話の先を言えや?」
「勝手に人の話を圧し折ったくせに。まぁ、エエわ。エエからついて来いや。
下らん御芝居の特等席に、案内したるさかいに、な?」
街の群集たちに背を向けながら、ナカルナードはレオ丸の顔を覗きこんだ。
レオ丸の眼に、無機質な<淨玻璃眼鏡>に偉丈夫の顔が映り込む」。
<ハウリング>と言う巨大な戦闘系ギルドの団長を務める、自信に満ち溢れた漢の顔。
“剛勇無双”という二つ名に相応しい、力漲る勇猛な男の顔。
親と逸れて心細くなり今にも泣き出しそうな、幼子みたいな顔。
それらが綯い交ぜとなった、複雑な表情のナカルナードの顔。
「ふん、しゃあないなぁ。折角のお誘いや、茶番劇に付き合うたろ」
マサミNの尻尾が、ペシペシとレオ丸の後頭部を叩く。
レオ丸は、心の棚の奥底に絶交宣言を一旦仕舞うと、ナカルナードの腰をポンと叩きながら、ニヤリと笑った。
ちょいと、レオ丸の独白シーンがダラダラと、冗長に過ぎたやも。
書こうと思っていた処まで、書ききれませんでした。反省反省。
A・クリスティー風に言うと、不愉快で小さな大阪人、なレオ丸は、口から先に生まれてきているもので(苦笑)。




