第参歩・大災害+44Days
誠に貴重な御助言を頂戴し、当方がルール違反をしていた箇所を削除し、訂正致しましたものを、再度投稿させて戴きます。
今度は、大丈夫だと思うのですが……、如何でしょうか?
加筆修正致しました(2015.03.31)。
“是は斎宮家御今上陛下、御上洛より以前の話なり。
執持役祐筆クロード=カンレン、是を綴る
一つ、神聖皇国左右分かちの事
さる程に、神聖皇国ウェストランデを司るは、二都なり。
左府の都、執政公爵家が威令に降る。諸貴臣諸群官諸武門手に付け、権勢益々盛んにして、ヘイアンに居城なり。
執政公爵家に三権奉行是あり。シンライ筆頭侯爵、シンゼイ大官監、ロクハラ武衛大将、此の三人、奉公衆なり。
右禁の都、斎宮御簾家が御下知に随ふ。
イセの居城に御今上陛下は御座せらるるも、諸貴臣諸群官諸武門姿無く、御前に侍る者僅かばかりなり。 云々”
レオ丸は、約二日をかけて黒い冊子を、紙の束へと書き写し解読した。
本来の、正しい横書きの文章に。
“漂泊を続ける者”の所持品から紙束を拝借し、一字一句違えぬように細心の注意を払いながら、手鏡を用いて書写する。
アマミYがヴァンサンの執務室から盗んできた、無書名の黒い冊子。
それは貴重な古書であった。
仮に書名を刻むとするならば、『クロード=カンレン卿手記』。
だが、その内容は『堕天の魔導帝シラミネ公記』、であった。
イセに逼塞させられていたシラミネ帝が、如何に不遇の身であったのか。
御生母大后が薨去された事が、シラミネ帝の心にどれだけの苦痛を与えたのか。
その後、シラミネ帝が如何に魔術へと、傾倒していったのか。
シラミネ帝の懇願により集められた、妖しげな異能の者達の事について。
上洛を果たしたシラミネ帝が命じ実行された、<中之京禁城>成敗事件の概要。
<中之京禁城>内の封印廠が開放され、長きに渡り封じられていた様々な文物の詳細な一覧。
シラミネ帝がそれらの中から、<六傾姫>が所持していた魔導書を発見した事。
そして、シラミネ帝による壮大な実験が、始まった事。
城内でシラミネ帝に仕える者達の姿が、毎日少しずつ消えていき、その数が五分の二に至った処で古書の文字は尽きていた。
レオ丸は筆写し終えた紙束と、原本の黒い冊子を<マリョーナの鞍袋>に突っ込むように収納した。
<淨玻璃眼鏡>を外し、目頭を揉みながら覚束ない足取りで幕舎を離れる、レオ丸。
気がつけば時刻は既に、夜である。
レオ丸が、裸眼で仰ぎ見れば今日も、曇り。星影も月明かりも、浴びる事が出来ないほどに、ぶ厚く夜空を覆い尽くしていた。
宿地を吹き抜けて行く海風は、さやさやと僅かに濡れた空気を運んで来る。
冷え切ったレオ丸の心より、それは少しだけ温かかった。
「夕食……には遅いので、夜食が間もなく出来ますので、しばしお待ちを」
焚き火の番をしていたタエKが、契約主を気遣うような仕草で、干し肉に加工された雌鹿の腿肉を串に刺し、炎に当てる。
瓜実顔の四分の一を隠す瓶底眼鏡が、今の夜空みたいに曇っていた。
恐らく、見間違いではないだろう。
そう思いながら、レオ丸は<淨玻璃眼鏡>をかけ直す。
「そないに、ヒドイ顔しとるか、ワシ?」
「そうですね。……ジャック・トランスの方が、よほど健康的に見えます」
「輝いてまへんか、今のワシは?」
「フランス語風に言えば、“ド・ンヨリ”ですね」
「ドン・ペリみたいな高級感も、おまへんか……」
「ウィ・ムシュー」
干し肉と共に焚き火に当たりながら、レオ丸は背を丸めて座り込んだ。
此の二日の間、寝食をまともに取らず、只管に筆写作業に没頭していたレオ丸。
漂い出す肉の脂の臭いに、乾いていた口中に唾が湧き出すのを、久々に感じた。
レオ丸は、モソモソと夜食を済ませると、デザートの林檎を一口齧る。
ウサギさんの形にカットされた林檎に、タエKの心遣いを感じるレオ丸。
焚き火の、踊る炎を<淨玻璃眼鏡>に映しながら、レオ丸は低い声で歌い出す。
それは、人生に起きる憤怒と悲哀を羅列した後に、
“人生ってそんなに悪いモノじゃないから、前向きに生きようぜ”
と、語りかける内容である。
紙煙草を咥え、火を点すレオ丸。
一筋の煙がどんよりと曇る光のない夜空へと、立ち昇った。
レオ丸が曲名であるサビの部分を歌うと、隣に腰を下ろしたタエKが、闇に消えていく白い煙を見上げながら、口笛で伴奏を明るく添える。
夜風に乗り、何処かへと去っていく、沈んだ歌声と流麗な口笛の音。
“人生には喜悦と歓楽もあるんだから、泰然自若と受け入れようぜ”
そう歌い上げ、口笛を吹くタエKを見詰める、レオ丸。
不意にその背後から、アルトの音域が続きを歌う。
気がつけば、ミスハが其処に居た。
レオ丸は口の端を綻ばせ、両手を広げて起立すると、天を仰いで声を張り上げた。
ミスハが歌い、タエKが口笛を奏し、レオ丸の高めの音階のバスが重なる。
“人生の終演の時には、笑顔をみせようぜ。死だって悪いもんじゃないぜ”
<家事幽霊>が、口笛を高らかに吹き鳴らし、<暗殺者>も、口笛を一際美しく吹き鳴らした。
“人生最後に見せる笑顔は、君のためだけの、とっておきさ”
レオ丸とミスハが、視線を交え、笑みを分かち合い、サビを合唱する。
契約従者の奏で続ける口笛をBGMに、二人の冒険者は同じフレーズを幾度も幾度も、繰り返し歌い続けた。
宿地に響き渡っていた、歌声が次第に小さくなりいつしか止む。
すると、草むらから虫達の合唱が流れ出した。
「……よう知っとったな、ミスハさん。こんな昔の歌を?」
「CMで聞いた事があるだけですよ。……曲名までは知りません」
「今、何度もリフレインしてたんが、曲名やわ」
レオ丸は、ある傑作映画のタイトルを、ミスハに伝える。
「物語の最後、主人公が死へと向かわされる時にな、歌われるんやわ。
処刑場を舞台に沸き起こる、大合唱。……実に、シュールで面白いで♪」
「……現実に戻れたら、是非、観てみたいですね」
ミスハの呟きに、レオ丸はドスンと腰を落とす。
「そやね、此処にはVHSもVCDも、8mmすら無いもんな」
「其処は、DVDかブルーレイでしょう?」
ミスハのツッコミに温かみが戻った事を確認するや、ちびた煙草を焚き火に放り込んで、安堵の吐息をそっと漏らすレオ丸。
「それにしても、……タネ明かしをされてしまえば、“魔法”も大した事はありませんね」
「そーかな?」
レオ丸は、<彩雲の煙管>を取り出して咥えた。
「誰もが気付かずに持っとったタネを、只のタネではなく“魔法のタネ”だと気付き、正しい使い方を理解し、誰もが気付かなかった方法で実践する。
此れって、大した“魔法”やと思うでワシは、ホンマに」
タエKが用意したウサギの林檎を、凛とした笑顔で咀嚼しているミスハの横顔を、レオ丸は静かに見遣る。
「なるほど、仰る通りですね。……それでは、今日の探索の報告を」
「その前に!」
ウサギの林檎を食べ尽くしたミスハの口を、レオ丸は右手を挙げて制した。
「一昨日の晩に聞きそびれたし、今聞いとかんと忘れてしまいそうやし、何卒教えて聞かせて頂戴な。
……ホンマは此処に、何しに来たん?」
「それは、申しましたでしょう。“御前をはなれず”……」
「“御言葉に背かず”とも言うてくれたやん。ほな、教えて?」
ミスハは長い足を大きく伸ばし、大きく息を吐き出す。
「御意のままに。包み隠さず、御伝え申し上げます」
五色の煙を焚き火にくべながら、レオ丸は傾聴の姿勢を取った。
「私が此処に来た理由は、後に述べると致します。
理由は<Plant hwyaden>の現状を、先に御伝えしてからの方が理解してもらい易いと、思うからです。
先日、法師が<Plant hwyaden>に、リボンをかけて<ミラルレイクの大賢者>をプレゼントして下さいましたでしょう?」
「命冥加過ぎる、<元賢者>のクソ爺なぁ。……まだ元気に生きてたんやなぁ……意外としぶとい奴やなぁ」
「それは、勿論。……毎日毎晩、ゼルデュスと部屋に篭って、何やらコソコソとしています」
「……ふぅん。池袋に集まるお嬢さん方からしたら、実に萌えるシチュエーションやな?
差し詰め、耄碌爺が攻めで、陰険眼鏡が受け、やろね」
ミスハは嘔吐する仕草をし、実に判り易く異議を唱える。
「想像してしまったじゃないですか! もう、最悪!!
言ったのが法師じゃなかったら、ドテッ腹にトンネルを空けて、リニアを開通させてましたよ!
……それは、さておき。続けます。
ジェレド=ガンを迎え入れ、ゼルデュスが尋問……ではなく、事情聴取を行いました。
固有名詞がコロコロと言い換えられたり、話の時系列が前後したり、と結構苦労したようですけど、どうにかこうにか整理すると、色々と面白い事が判明したようです。
私は、その全容を聞いていませんので、それが何かを説明出来ませんが。
……ゼルデュスとインティクスが協議した結果、執政公爵家を筆頭とするウェストランデの枢要、つまりキョウを構成する者達を大きく揺り動かす事が出来るだけの情報が含まれていた、と。
それは、イセに対しても同様だそうです。
濡羽の体だけでは、主要な数人に影響力を与える事は出来ても、全体に作用するものではありませんので。
執政公爵家も、斎宮家も、昔ならいざ知らず、今の両家は分厚い一枚板ではなく、広く儚い薄氷みたいな状態ですから。
一門の誰かが見境なく、強く大きく発言すれば、その主張でパリン! と四分五裂してしまう有様で。
処が、いとも容易く思いがけない形で、巨大な鏝で巨大なお好み焼きを一気に引っ繰り返す事が出来るような、実に様々な情報を入手出来てしまったようです」
「へェ~~~」
「法師。他人事のみたいに、合いの手を入れられましたが、全て法師がもたらした結果ですよ?」
「いや、まぁ、確かに、そやけど。プレゼントしたカメラで記念写真を撮ろうが、盗撮して捕まろうが其れはそっちの話で、こっちの話やないし。
秘密の写真を撮って、それを脅迫のネタにする事までは、想像の範囲外やしなぁ」
「本当に、想像の範囲外でしたか?」
「……嬉しくない喜ばしくない未来としては、想像せん事もなかったけど。
あの爺が何処まで物知りで、どんだけ記憶が鮮明なんかは、正直読めへんかった」
「まぁ、良いです。法師も、全知全能じゃありませんものね」
「全治三日の軽症くらいなもんで。何事につけ、警鐘を鳴らし続ける事は出来まへんよってに♪」
「ふん! それで、インティクスは濡羽と共に、執政公爵家を揺り動かしました。
ですが……、問題が一つありました」
「問題なぁ。……世の中で、凡そ起こり得る問題は、異性とのドロドロか、因縁怨念でのイザコザか。……金銭絡みのアレコレかね?」
「流石は法師。大正解です。後で御褒美を進呈致しましょう!
お金の、予算の、軍用金の問題です。
先立つモノがなければ、何も出来ませんのでね」
「“金がないのは、首がないのと同じや!”って言うしねェ」
「はい。それで、執政公爵家に自発的に動いてもらうための資金を、調達する事と相成りました」
「ああ……、そんでウェストランデの御金蔵たる、オーディアと睦み合おうとしてんのか?」
「よく御存知で。相変わらず耳聡いですね、法師は?」
「其処はそれ、蛇の道はHeavyやからね」
「一度、法師のフレンドリストを、じっくりと見てみたいものですね」
「見れるもんなら、覗き見してみ。壽限無の名前よりも長いさかいに。
ほんで? 交渉の結果はどうやったん?
オーディアの欲塗れ貴族達……納屋衆たら言う輩の事や、多分きっと、
“タダでは用立てしまへん。ウチ等になんぞ、得な事がおまんのか?
得する算段を示してくれるか、ウチ等の条件を呑んでくれなんだら、粗悪金貨一枚とて御貸ししまへんよってに”、って言われたんとちゃうん?」
「……よく、御存知で……」
「歴史小説や時代劇で、実にお馴染みの台詞やん。テレビばっかやのうて、活字の本も仰山読まなアカンで、ミスハさん?」
「司馬遼先生や、池波先生のはチラホラと読みましたが……」
「藤沢大先生や白石大先生、古川・笹沢・羽山・中村・遠藤の諸大先生、忘れちゃいけない、永井大先生。
上梓あそばされてる御作には、悪徳商人や、がめつい武士や大名が、しょっちゅう出てくるしなぁ。
陳御大や宮城谷大先生、駒田大先生の中国古典・歴史物を読んだら、掃いて捨てるほどにウジャウジャと。
塩野御大の御著作は、智慧と見識の宝庫やし。
実体験で得る知識と同じくらいに、活字で得る知識も大事やで?」
「なるほど。昔も今も、以前の現実も今の現実も、欲に塗れた者の欲求は、常に変わらず同じですか」
「せや、どいつもこいつも、人間だもの。
……異論を言う奴も居るけれども、一応“人間”の自称<冒険者>も、誰しも皆同じやわさ。
それで? オーディアは何を要求して来たん?」
ミスハは、少し言い澱む。
<冒険者>達が沈黙を保つ間、微かに爆ぜる焚き火が、虫達と会話をしていた。
「ホンで?」
レオ丸が五色の煙を吹き上げ、暗い夜風を鮮やかに彩る。
「ロマトリスの黄金書府」
「ほほぅ……」
吐息と共にミスハが回答し、レオ丸は平静を装い受け入れた。
「オーディアは、ロマトリスの黄金書府を、正しくはロマトリスの黄金書府の経済権益を全て寄越せ、と要求して来ました」
「なるほど、なぁ。……自分で言うといて何やけど、ホンマがめついヤツらやなぁ、オーディアのヤツらは!」
「確かにロマトリスの黄金書府の、此処の莫大な経済権益を手に入れれるならば、オーディアに損は発生せず、反対にボロ儲けのウハウハです。
執政公爵家が立ち上がるための資金を、かなりの金額ではあるでしょうがオーディアの懐を考えれば微々たるモノでしょう、其れを提供するだけで執政公爵家と<Plant hwyaden>に恩を高値で売りつける事も、出来るのですから」
「正に、濡れ手で粟、ってか?」
「正しく、そうです。<Plant hwyaden>の、いえ、濡羽の目的とインティクスの計画に、首輪と鎖が填められました」
「どっちか言うたら、差し押さえの札を貼られた、って処かな?
ざまァ見ろ! って言いたいけど、言うた端からしっぺ返しを喰らいそうやな。
少なくとも、ウェストランデ圏内でウロウロしている、ワシら<冒険者>全てに影響する話やもんなぁ。
更に何れは、ヤマト全体に波及する問題やしな。
でも、その内に……きっと。
徳政令を施行するか、力尽くの踏み倒しで、知らん顔をするんやろな」
「<冒険者>を縛る鎖など、<大地人>は所持していませんからね。
取り敢えず暫くの間、首につけられた鈴は、そのままにしておくとの事。
それで。
オーディアとの交渉の結果を、執政公爵家は“是”としました。
そして、<Plant hwyaden>は“了”と回答しました。
……そんなこんながありまして、私は今、此処に居るのです」
「情報工作、……諜報工作担当官の、裏の番長が前線指揮かいな?」
「裏番呼ばわりは、止めて下さい。外聞の悪い呼び方は!」
「ほな、他の部分は全面的に承認って事で、オッケーやね?」
「ええ、まぁ……」
焚き火の明るさから顔を背けるように、俯くミスハ。
レオ丸は、いつ雨が降り出しても可笑しくないほどの、暗い夜空を仰ぎ見る。
「そんで……独りで来たん? それとも誰だかと連れ立って来たん?」
「執政公爵家配下の、<ウズマサ衆>と一緒にです」
「狐尾族の大地人で編成された、“御庭番衆”か」
「彼らは、執政公爵家の命を受けて。私は、インティクスの指示を受けて」
「うん? 指揮系統は別個なんか?」
「はい、仰るとおりです。私が受けた指示は、ロマトリスの黄金書府の現状を把握するための、情報収集です」
「<ウズマサ衆>に出した、執政公爵家の命令は何なん?」
「“執政公爵家に異議・異見ある者の排除”です」
「……」
「執政公爵家にとって此の街の、ロマトリスの黄金書府の有り様は、苦々しいモノだったようです。
威令に従わない。威儀に沿わない。自主、自由に過ぎるんだそうです。
故に、今回の事を良い機会だとして、ロマトリスの黄金書府から一切合財、全てを取り上げるつもりです。
その上で、お金はオーディアに、それ以外は全て自分達の手中に、と」
「“奇貨、居くべし”、か。執政公爵家も、中々な商人やねェ。
……って事は、ワシも考えて、最善の手を打たんと、な」
「そう言えば、法師は何かに取り憑かれたように、一心不乱に書き物をなさっておられましたが。
“最善の手”とは、それと係わり合う事でしょうか?」
レオ丸は、まるで煙幕を張るように、盛大に五色の煙を吐き出した。
「今は、言えへん。……例え相手が金婚式を迎える連れ合いでも、舌を切られた雀や烏が相手やとしても。
……誰も居らへん森の中の葦に向かって叫んだりもせェへし。
何れその内、話す事もあるかもしれへんが、少なくとも今は言われへん。
御免やけどな、所謂一つの乙女の秘密ってヤツやねんわ、さ」
「乙女の秘密、……ですって?」
「せや。胡散臭くて陰気な野郎に纏わる、おっさんが独り抱えた、な」
「ふぅ。……分かりました。今は聞きません。訊かないでおきます」
「おおきにさんどっせ。……それにしても、ワシが此処に居るって、よう判ったね、ミスハさん?」
「一途な乙女の感、ってヤツです!」
「……カズ彦くんの心遣い、か」
「正解です……」
その時。
ロマトリスの黄金書府の正面門の向こう、“都心地区”の方角から、危急を告げる悲鳴のような音が、夜の静寂に響き渡る。
“鼓楼閣門”に備えられている、警鐘が乱打されているようだ。
「ミスハさん。<ウズマサ衆>に下された命令を、もう一遍言うて!」
「“執政公爵家に異議・異見ある者の、排除”です」
「タエKさん! 焚き火を消しといて頂戴。ほんで、ナオMさんを連れ戻して、一緒に留守番をしとって頂戴。頼んだで!!」
レオ丸は、脱兎の如く駆け出した。
ミスハが、速度を落とし気味に、歩調を合わせて付き従う。
二人の<冒険者>は、<大地人>だけが住まう場所へと、夜風を引き裂いて走った。
生まれてから死ぬまでの間ずっと、思うように生きられなかった、ある男の一生を描いた映画。
レオ丸は意識せずに、その作品の終了間際の台詞を呟いていた。
要約すれば、次のようになる。
“人生なんて色即是空さ。クヨクヨしてても、仕方ないぜ?”
無表情のまま、念仏でも唱えるような口調で呟く、レオ丸の前で。
館が、燃えている。
現場を取り巻き、呆然としている街の<大地人>の、群集の目の前で。
轟々と音を立てて、館が燃えている。
<大地人>の魔術師達が、魔法の水流を浴びせ、召喚した<水妖>達が群がり身を投じているが。
それらを全て跳ね除けながら、館が燃えている。
天高く、劫火を噴き上げている館。
其れを大きく取り巻き、炎に照らされ立ち尽くす、ロマトリスの黄金書府の住人達。
距離を置いた街角の陰で、レオ丸達も其の光景を見ていた。
無意識に、サブ職<学者>のスキル<学術鑑定>を作動させる、レオ丸。
色濃く真っ赤に燃える赤子のような姿が、火のついた泣き声のような咆哮を上げている、そんな感じのモノが視界に大写しとなる。
燃え盛りうねる炎の中で、それは小刻みに蠕動していた。
<禍愚土の産声石>。
レオ丸の視界に、表示がされる鑑定結果。
使用すると、半径十メートルの範囲にある物を全て焼き尽くす、危険極まりないアイテムである。
発動させた際の対象物が、完全に灰になるまでは、如何なる魔法でも消火する事が出来ないアイテムであった。
しかも、最初に焼き尽くすのは、アイテムを作動させた人物。
俗に言う、“自爆アイテム”なのだった。
「インティクスが、<ウズマサ衆>に何かを託したのを知っていましたが……」
「……って事は此の結果は、インティクスの計算通り、なんやろね。
執政公爵家は此れで、貴重な戦力を消失した。大事な手練を幾人か」
「確かに……」
「その代わりに、<Plant hwyaden>の価格が、幾らか値上がりしたやろう」
「……」
「マッチポンプ……は、意味が違うか」
「主殿」
レオ丸の背後で蟠った影が、人型になる。
「アマミYさん、お疲れさん。無事で良かった、わ」
対象の監視活動に従事させていた、契約従者の変わりない姿に、レオ丸は安堵の息を漏らし、その手を握る。
「自分が此処に居るって事は?」
「左様で、ありんす」
ミスハが現れた直後、宿地での変化を察知し森から戻って来たアマミYに対し、レオ丸は即座に御願いと依頼を告げた。
「此の女性は、ワシの大切な友人の一人やさかいに、よう覚えとってな。
ほんで、彼女、名前はミスハさんやけど、彼女には大事なお勤めを頼むつもりやねん。
アマミYさん。自分には、ワシが出来ひん事をしてもらいたい。
翳に隠れながら、ある人物を監視しといて欲しい。
朝から、夜中まで、ずっと。……何卒、宜しく頼むわな。
ミスハさん。
彼女は、ワシの大事な“契約従者”の一人の、アマミYさんや。
案じよう宜しく、頼むわな。
ほんで、ミスハさんに、一つ手伝って欲しい事があんねん。
ある人物の、居宅を隅々まで調べて欲しいんや。屋根裏か地下か、隠されている場所があるかどうかを。
隠されている場所があれば、其処に何が隠されているのかを、調べて欲しい。
御二人共、何卒宜しく頼みます」
そして、レオ丸は一人と一体に、ある人物の名前を告げた。
「あそこには、屋根裏も地下室も、隠し部屋もありましたが、法師が望んでおられたようなモノは、禁じられた魔導書の類も、“漂泊を続ける者”とか言う人々の痕跡もありませんでした。
虚言ではなく、包み隠さず真実として、報告申し上げます」
ミスハの言葉が、レオ丸の鼓膜に吸い込まれ消える。
二人の<冒険者>と、アマミYの視線の先で。
ヴァンサン=ビアンの贅を尽くした壮麗な館が、一際派手に火の粉を上げた後、轟音と共に崩壊する。
そして。
堪え切れなくなったように、天が泣き出した。
降り頻る雨に打たれて、レオ丸の頭が垂れる。
力なく垂れ下がったレオ丸の左手を、ミスハの右手が包み込んだ。
アマミYの左手を、レオ丸の右手が力強く握り締める。
雨は止む事なく、ロマトリスの黄金書府に降り続けた。
FORCE様、拙作を御助け戴き、誠に忝く改めて御礼申し上げます。
自助、もしくは自省を今後も忘れず、此れからも投稿させて戴きます。
一人ぼっちの創作活動で無い事を、勉強させて戴きました。
此の感謝の気持ちは、形を変えて幅広く反映させて戴きたく存じます。
ただただ只管に、感謝の一言です。有難うございました!