第参歩・大災害+35Days 其の参
エンちゃんに再登場を願いました。もう一人の人物にも。
佐竹様に、筑豊弁に誤り無しとの御言葉を頂戴しました♪
ってな訳で、今回も加筆訂正致しました。更に訂正致しました(2014.08.29)。
更に加筆修正致しました(2015.03.31)。
<エルダー・テイル>が、未だゲームであった時。
舞台世界であるセルデシアには、“空き地”あるいは“野っ原”、“マージン”や“ブランク”とも称される場所が数多く存在した。
“二分の一世界”とはいえ、世界を丸々一つ設計しプレイヤーに提供するのであるから、完全なモノを最初から設定するのは土台無理というものだ。
幾度かの追加設定により、セルデシアは少しずつ整えられていったが、それでも行き届かない場所が多数存在する。
例えば、サハラ砂漠。
広大な砂漠を、細かく幾つものブロックに区切り、其の全ての箇所にイベントやクエストを用意するのは、アタルヴァ社にとって益なく労のみ多き作業となる。
シベリヤの針葉樹地帯や、太平洋及び大西洋もまた然り。
ピンポイントでならば、ヒラノキレ庄。
大地人の集落が二つあると設定だけはなされていたが、進もうとすれば“通過しました”というメッセージが画面に表示され、その先にある別のゾーンへと運ばれてしまう、所謂“ワープ・ゾーン”となっていた。
イベントもクエストも発生せず、モンスターやNPCも登場しないし、入り口が即出口という、単に設定だけのゾーンやエリアでしかなかったのだ。
だが、それらセルデシアの彼方此方に点在する、何も存在しない場所の中には、何かが存在していても良さそうな場所が、多々あった。
主な場所を上げれば、次のような場所である。
米国だと、アラバマ州のマーシャル宇宙飛行センター、ニューメキシコ州のロスアラモス国立研究所など。
露国だと軍事的拠点がある、エカテリンブルクやアルハンゲリスクなど。
中国だと、山西省にあった八路軍文化園、吉林省にあった建国神廟など。
欧州だと、イギリスのキャドバリーワールド、ハンブルクのドイツ電子シンクロトロン、フランスのシテ・デュ・トランなど。
レオ丸は、そういった場所を<未実装地帯>と、仮称していた。
「我ら、プレイヤーの遊び場たるセルデシア世界には、詳細な設定がなされていないが故に、遊びに行けない土地が何十何百とある。
また、其処へ行けるのにも関わらず、何もイベントが発生しない土地もある。
“遭遇”の設定がなされていないが故に、モンスターやNPCが現れる事もない。
只の、何もない、ゾーンやエリアである。
だが果たして、其処には本当に何も、存在しないのか?
現実的に考えるならば、政治的・宗教的な理由や、版権が足枷となっているのだろう。
だが非現実的に、<エルダー・テイル>的に、セルデシアの世界観で捉えてみたらどうだろうか、と考えてみた。
例えば、カミオカンデ。
巷間、あまりにも有名でネタにし易い場所なのに、<未実装地帯>として設定されている場所の一つだ。
それでは其の理由を、勘繰ってみようと思う。
勘繰る上で鍵となるのは直ぐ傍にある、<精霊山>だろう。
其処が関係しているのではないか、と。
精霊山は、現実世界では白山になる。富士・箱根と並ぶ日本三名山の一つにして、霊山である。
白山信仰があり、死者の魂が寄り集う山として古来より崇拝の対象である。
<エルダー・テイル>において、崇拝の対象とされている山は、神の領域の霊峰フジ、竜の聖域のヤマトアルプス、そして精霊山である。
精霊の場であり<翼持つ者たち>の聖域でもある、精霊山。
死霊王がらみのクエストが存在する事から考えても、近隣一体に無用な土地が存在するとは考えにくい。
カミオカンデが存在するはずの場所に、何も存在しないという事由に、精霊山が関係しているとすれば、其の内容は何か?
そう更に勘繰れば、死霊王のクエストの発端である、精霊山の地下エネルギー絡みではなかろうか?
カミオカンデという研究施設の特殊性を鑑みて、私は次のような推論を立てる。
精霊山と其の周辺の地下には、クエストで語られている以上の巨大なエネルギーが集積されているのではないか? と。
では、もし其処に巨大なエネルギーがあるとして、其処に集積されている理由は如何なるものなのか?
公式設定によれば、霊峰フジが大地人の魂を司る場所とある。
然らば公式設定にて未だ言及されていない、ヤマトアルプスと精霊山は、何を司っているのだろうか?
考えられる答えは、二つ。
大地人以外の全ての生き物、つまり動植物全般の魂を司っている。
大地人や動植物全般以外の、亜人やモンスター達の魂を司っている。
どちらかが、どちらかの役割をはたしているのだろう。 云々」
未だ全ての事がゲームであった時代、レオ丸が<せ学会>発足間もない頃に発表した小論文、『未実装地帯に関する一考察』。
其の内容は、<述べる地理賞>と仲間からの賞賛をレオ丸にもたらし、理事の面目を施すものであった。
「……嘘から出た真実、なんかね?」
「何がですか、御主人様?」
「うん、いやな……。瓢箪山から駒川中野、っちゅーたらエエんかねぇ?
どんどん上書きされてく情報に、正直なトコ頭がパンクしそうやな、ってな」
折り畳んだ手拭いを乗せたレオ丸の丸刈り頭を、篤と観察するナオM。
湯煙の中、無数の毒蛇の頭髪が、ワシャワシャと大きくうねった。
「こんな感じですか?」
「うん、そんな感じでは、ないなぁ……」
ロマトリスの黄金書府への途上、“漂泊を続ける者”とレオ丸の一行はテンピオ・サン=グランデ村に立ち寄る。
大事な役割である、交易をするためであった。
だが其れは、レオ丸には関係のない事である。
凡そに決めた出立時間に、村の出口にて合流する事を約束し、荷馬車とジーン達に一旦別れを告げたレオ丸は、村の外れを目指し駆け足となった。
村の外に出るや、藪に潜ませていた契約従者に声をかけ、全力疾走。
テンピオ・サン=グランデ村は、ヤマトの到る所で見受けられるステロタイプの村であったが、他の似たような村にはない特徴を備えていた。
其の領内に、数え切れないほどの源泉を抱える、温泉郷という特徴を。
村の北東の郊外、北領廻廊を横切り流れるサン=グランデ水路の傍に、やや温めの源泉を見つけたレオ丸は、衣装を脱ぐのももどかしく、ご機嫌な入浴タイムを心ゆくまで堪能する。
カレッジの話では、<大災害>前までは、それなりに湯治客が訪れ賑わっていたというが、今はレオ丸主従の貸し切り状態であった。
ゴーグルを外して見る長閑な景色に、レオ丸は不思議な感慨を覚える。
東南東の彼方に広がる針葉樹林と、その向こうに屹立する神奈備型の山。
それだけならば、日本にも在りがちな風景である。
だが対面側で腰から下の、蛇身だけ湯浴みするメデューサの上気した顔を見れば、完全なるファンタジーの世界。
此処が<エルダー・テイル>の世界ではなく、何処かのテーマパークではないかという不思議な感覚に、レオ丸は囚われた。
「そう、まじまじと見詰められますのは、恥ずかしいです……」
モジモジと身をくねらせるナオMに、レオ丸はハッと我に返る。
レオ丸は、掬った湯で叩くように顔を洗い、温泉から上がった。
「“人久しといえども百年には過ぎず、其の間の事は但一睡の夢ぞかし”
“ 老兎寒蟾泣天色 雲楼半開壁斜白
玉輪軋露湿団光 鸞珮相逢桂香陌
黄塵清水三山下 更変千年如走馬
遙望斉州九點煙 一泓海水杯中瀉 ”
……百年だろうが千年だろうが、時間の流れに変わりはないし、
“色即是空空即是色”
有るものは無いし、無いものは有りよるし。
……今更、考えてもしゃあないか。
遥か先の“何でや?”を考えるには、材料が足りなさ過ぎるんやしなぁ。
取り敢えずは、目の前の疑問に向き合おか……」
素肌を風に晒し仁王立ちをしながら、精霊山を睨むレオ丸。
湯から上がったナオMが、軽く畳まれていた<中将蓮糸織翡色地衣>を契約主の肩にかけた。
「御主人様、風邪を召されますよ」
「……取り敢えずは、服でも着よか……」
広くはないサン=グランデ水路の川幅を跨ぐ橋の向こう端、其処へ刻限前に到着したレオ丸は煙管を吹かし、物思いに耽っていた。
カレッジはんが語った“漂泊を続ける者”の伝承と、ワシの記憶している“漂泊を続ける者”の歴史の差異は、何やろか?
『ワールドガイド』に記されていた端書程度の記述には、
〔ヤマトの北の海岸線沿いを移動し続ける民。(中略)東西交流の一端を担う存在で、あくまでも設定上の存在で、クエストやイベントには一切関係が無い〕、となっていたわな。
せやけど、カレッジはんの語る伝承では、
〔“銀の代の民”を祖として、二氏族系統の計七支族に別れ、その内の一氏族系統の三支族は、大陸のどっかに消えた。
ヤマトに残った一氏族系統の四支族の内で、西部の北の海岸沿いを移動し続けるんは、クーン支族のみ。他の三支族については、現在は交流はなく離散後の詳細は不明。
そして、クエストやイベントとの関連性は皆目不明やけど、設定上だけの存在やなくて現に実在する人達である〕、と。
記憶っちゅーか、“メモ帳”への書き写しに誤謬があったとか、そもそも『ワールドガイド』の記載に間違いがあるだけならば、問題はあらへんけど。
……いや、それはそれで問題か。
ワシら<冒険者>が抱えている記憶が、当てにならへんって事になるし、な。
ま、それは別問題として、今は置いとこ。
さてさて、もし双方の語る設定と伝承に、誤りがないとしたら……。
「考えられる可能性は、三つ!」
レオ丸は右手を突き出し、親指と人差し指だけを折り、残りを伸ばす。
「一つ目の可能性。このセルデシアが、ワシら<冒険者>が知っているセルデシアとは違う、別世界か別次元のセルデシアである。所謂、同姓同名別住所ってヤツ」
中指を折った。
「二つ目の可能性。ワシら<冒険者>が知っているセルデシアが、違うセルデシアに変容しようとしている。所謂、高校デビューってヤツ」
薬指を折った。
「三つ目の可能性。ワシら<冒険者>が、セルデシアって世界を知らなさ過ぎただけなのかも。所謂、群盲象を評す、あるいは木を見て森を見ずってヤツかな?
ナオMさんは、どう思う? どの可能性が、一番高いと思う?」
「そう言われましても、私は一介の<蛇目鬼女>ですので……」
「そらそーやわね。ワシかて一介の<冒険者>やし、さっぱり判らへん。
公式設定に存在しないモノが、何で存在するんやろうねぇ?
まぁ、精霊山の役割については、実地に探索すれば答えは判るやろうけど」
小指を折ってからパッと広げた右手を懐に入れ、紙巻煙草を取り出し咥えたレオ丸が、申し訳なさそうに項垂れるナオMに笑いかける。
左の袖を捲くり上げ、剥き出した二の腕に巻く赤い数珠から、珠を一つだけ取り外した。
豆粒ほどの小さな珠を、曲げた右手の人差し指に挟んで固定し、親指で擦る。
弾かれた親指の先に小さな炎が生まれ、煙草の先っぽを点した。
「てぃんだーふぃんがー♪」
レオ丸が、赤い小さな珠を左手に押し当てると、<火蜥蜴の如意念珠>はそれを受け入れ、再び一部として同化させる。
「煙管もエエけど、やっぱ煙草やなぁ!」
白い煙をゆっくりと吐き出したレオ丸は、無茶振りに答えられず肩を落とす従者の背中を、優しく叩いた。
「空は青いし煙草は美味い! 悩みは多いし前途は果てしないけど、まぁどないかなるやろう! ……多分きっと、その内絶対にな?」
大きく伸びをしてから背を丸め、取り出した煙管の火皿にちびた煙草を捻じ込み、余す事なく吸い尽くすレオ丸。
「どないかするためには、……また誰かの御智慧を、拝借すっかね?」
「御主人様」
「はいな?」
「お越しになられました」
橋向こうの村の方から、荷馬車の車輪が刻むガタンガタンというリズムが、レオ丸の耳に届いた。
合流した一行は、テンピオ・サン=グランデ村とオーロパルーデとの中間に位置する、北領廻廊の難所の一つであるアタカセキの森に差し掛かる。
「“上空警戒”!」
注意を喚起したレオ丸が、<鳥刺し男の魔笛>を高らかに吹き鳴らした。
カレッジが手綱を握る荷馬車の台車にはナオMが一体で、もう一台の荷馬車では四人の者達が弓を構え、上空へと狙いをつける。
ぴるぴるぴるぴる~~~、と脱力感を誘う笛の音が、それらの番えられた鏃を赤黒く染めていく。
左右は鬱蒼とした樹林に囲まれているが、北領廻廊の上方は大きく開けていた。
その天辺を円を描くように飛び交う、十数羽の猛禽類型モンスター。
アタカセキの森は、<亡霊鷲>の棲息地であった。
くすんだ灰色の大型鳥類は、“空飛ぶローブ”の別名通りに四枚の翼を器用に羽ばたかせ、長く伸びた尾羽を振り乱して乱舞している。
四翼竜のカンギュラプトル・ヤンギって、あんな感じやったんかな? と、レオ丸は頭の片隅の暢気な部分で思った。
KWEEEEEEEEEEEE!
一羽の最も大きな個体が、レオ丸達の鼓膜をつんざくような鳴き声を上げた。
「“攻撃開始”!」
指揮棒代わりの<彩雲の煙管>を、頭上高く振り翳すレオ丸。
急降下を始めたファントム・イーグル達を、<イシュタルの遮光眼鏡>を外したメデューサが睨みつけ、<石化の邪眼>を発動させる。
二台の荷馬車から放たれた矢が、動きを鈍らせ強張った猛禽類達を、大きな的を狙うが如く面白いように射抜いていった。
その様を感心して見ていたレオ丸は、思わず拍手をする。
すごいすごい、とジーンも紅葉のような手で盛んに叩いた。
「ヴィルヴェルヴィントも真っ青やな」
連べ撃ちの的となり射落とされ、四枚の翼をバタつかせ地で藻掻くファントム・イーグルに、アマミY変じる黒い霧が襲いかかり、片っ端から止めを刺していく。
夜間と比べ日中は、半分ほどの戦闘力しか発揮し得ないアマミYだが、ゴブリン程度のレベルしかないモンスターに対してならば、充分にオーバーキルの対応が出来た。
レオ丸達一行が、アタカセキの森を抜けようとする頃には、上空を舞うモノ達の影は皆無となる。
「これで全部でありんす、主殿」
「はい、お疲れさん」
ドロップされた金貨を全て回収してきたアマミYが、荷台にそれを吐き出し、レオ丸の襟元へと帰宅した。
「おつかれー」
ジーンが、足元に積み上げられた金貨に双眸を輝かせながら、上の空で労う。
小さな手で掴めるだけの金貨を掴み、愛くるしい笑みを浮かべて頬ずりする童女の、美しい金色の頭髪をガシッとレオ丸の手が攫んだ。
「自分にはあげへんで」
「しぶちん!」
目に涙を湛え無言で強訴するジーンに、レオ丸は溜息をつき、序でに五色の煙を大袈裟に漏らした。
「……一枚だけやで」
「御主人様も、泣く子と地頭には勝てないようですね?」
「地頭なら、ぼてくりこかしても心痛まんけど、泣く子には……お手上げやわ」
「“賓”殿。孫が申し訳ない事を」
「まぁどっちゃにしても、半分は御宅さんらの取り分でっさかいな」
欣喜雀躍するジーンが昼の陽光に照らしている一枚を除き、残りをざっくりと二等分したレオ丸は、苦笑いしながら荷台に余っていた空の布袋二つに分け容れた。
一つをナオMに預け、もう一つを抱えながら御者台に移動し、カレッジの横に腰を下ろす。
「これでロマトリスの黄金書府までの間に、難儀な場所はおまへんわな?」
「そうですな。ハンディン水路を越せば指呼の距離。後、一里半ほどです」
煙管を吹かしながら、魔法鞄から取り出した『私家版・エルダー・テイルの歩き方』に<大師の自在墨筆>で何やら書き込みを始めたレオ丸に、カレッジは前を向いたままで問いかけた。
「“賓”殿は、彼の街にて何をなされようと、考えておいでですのかな?」
「そーでんなぁ……」
「立ち入った質問でしたら、申し訳ない。お答えになられずとも」
「いや、隠すような事はおまへんねん。
……実際、何が出来るんかが皆目見当がつかず、五里霧中ですねんわ。
そやし、二重の意味で脚下照顧の手掛かりが見つからへんかと……」
「どういった手掛かりをお探しですのかな?」
「大雑把に言えば、歴史と魔法に関して、でんなぁ」
「でしたら、ヴァンサン卿をお訪ねになられるのが宜しいでしょう」
「ヴァンサン卿?」
「ええ。ロマトリスの黄金書府を運営する賢老院議員のお一人で、紫華尖塔を代表する立場のお方です」
「……すんません。紫華尖塔って何ですのん?」
「おお、これは失礼。説明が足りませんでしたな」
ロマトリスの黄金書府繁栄の象徴であり、技・芸・学・医・武・魔の六術の最高府である六色の、先の尖った円柱状の塔。
技術の象徴たる赤華尖塔、芸術の象徴たる橙華尖塔、学術の象徴たる黄華尖塔、医術の象徴たる緑華尖塔、武術の象徴たる青華尖塔、そして魔術の象徴たる紫華尖塔。
神聖皇国ウェストランデの政権中枢たる執政公爵家が公認する、ロマトリスの黄金書府の統治者は、ヤンヌ伯爵家である。
しかし、実際に街の全てを運営しているのは、六術の最高府より選出された十八名の議員で構成される、賢老院であった。
ヤンヌ伯爵家は対外的なお飾りでしかなく、全ての実権は賢老院に取り上げられてしまっている。
ヴァンサン卿とは、紫華尖塔から選出された賢老院席次第八位の議員で、魔法学の大家だった。
滔々と語るカレッジが、最後に付け加える。
「ヴァンサン卿は、ロマトリスの黄金書府における我ら“漂泊を続ける者”の庇護者でして、何くれとなく目をかけて戴いております」
「なるほど」
「良ければ、紹介させて戴いても」
「うーむ」
目標へと到る近道を示されたが、レオ丸は即答を避けた。
「主殿?」
襟元からのアマミYの声に、レオ丸は口から煙管を外しカレッジの横顔に、ペコリと頭を下げる。
「折角の申し出ですけど。……すんまへん、今は遠慮しときますわ」
「ほう。何故、と聞いても宜しいですかな?」
「答えを知りたきゃ、先ず自分で調べろ。調べて判らなかったら、知恵者に調べ方を聞け、最初から答えを教えてもらうな。……ってのが、ウチの家訓ですねん。
先ずは街の図書館にでも行って、地道に自分で調べてみますわ」
「さようですか。ではもし御自分で努力なされて、それで判らなければ知恵者を紹介させて戴きましょう。其の時は、どうぞ遠慮なくお頼り下さい。
我らは暫く、大体十日間くらいは街に滞在致しておりますので」
「おおきに! そん時は何卒宜しく頼みます」
荷馬車の一行は、ハンディン水路を問題なく越え、ロマトリスの黄金書府まで後半里ほどの地点まで進み、停止した。
「ほな、ワシらは此処ら辺で失礼しまっさ」
大きな布袋と小さいが重い布袋を抱えたメデューサと共に、レオ丸は荷台から降りる。
「街まで御一緒なされなくて、宜しいのですか?」
「ばいばい?」
「せや、一旦ばいばい、な。カレッジ殿“漂泊を続ける者”の皆さん、同行させて戴いて誠に感謝」
「我らは、街の北の外れにある内灘地区におりますので、どうぞそちらへも足をお運び下さいませ」
「きてね?」
「是非是非♪ 後日改めて、御挨拶に寄せてもらいます!」
レオ丸とナオMは再会を約して、大きく手を振った。
ジーンも、金貨を握り締めていない方の手をブンブンと振り、別の荷馬車に乗る者達も笑顔で手を振る。
北へと向かって緩やかなカーブを描く北領廻廊を、荷馬車はガタンガタンと音を立てて、ゆっくりと進み音だけを残して姿を消した。
「さてと……」
大きく伸びをしながら、レオ丸は空を仰ぎ深呼吸する。
中天を過ぎた太陽が西の方、遥か彼方に見えるヤマトアルプスへと緩やかに落ちかかっていた。
現在の時刻は、午後三時を幾分過ぎた頃だろうか。
「夕暮れになるまで、此処ら辺で待機や」
「何故ですか、御主人様?」
「ミナミと違うから、ナオMさんを連れて入るんは無理やしな。
せめて、アマミYさんを連れて行かんと、心許ないし。
だもんで、日没と共にコソッと入ろうかな、と」
「最後はやはり、わっちが一番の頼りでありんすか、主殿?」
「マァ、ソーイウコトカナー」
「棒読みでも、嬉しいでありんすよ」
襟元と会話をしながら道端の防護壁を飛び越え、日陰へと腰を下ろすレオ丸。
「御免やけど、ちょっと午睡を楽しむさかいに。ナオMさん、見張りを宜しく♪」
契約主の後を追い、防護壁を越えてきたナオMは胸を張り、右手を突き出し親指をビシッと立てた。
「了解しました御主人様! 例え七人の天使がラッパを吹こうとも、全て射落として差し上げまする!」
「……いや、それはどーかと。ま、エエか。ほな、お休み」
「下半身も人身でありましたならば、街中でも堂々と御身を御守り出来ますのに……。無念です」
「いや、ワシはナオMさんのニョロニョロした下半身も、大好きやで♪」
契約主に褒められ照れるナオMの、少しひんやりとした肌触りの蛇身を掻き抱き、レオ丸は横になる。
熟睡までのカウントダウンが、残り5となった其の時。
Ting a ling♪ Ting a ling♪
レオ丸の頭の中に、軽い鈴の音が響き渡った。
「うん? 誰やいな? ……ありゃ、エンちゃんかいな」
眠気に支配されかかった虚ろな意識で、念話を繋げるために宙を指で叩く。
「はい、もしもし?」
「レオ丸兄さん! 大変です! 事件です!」
「…………?」
「聞いて居られますか、レオ丸兄さん! 大変な事が起こりました!」
「…………?」
「ハンバーガーを御存じですよね? ハンバーガーを!! しっかりとしたバンズに挟まれた、しゃきしゃきのレタスと瑞々しいスライストマト、そして肉の味がするジューシーなハンバーグ! ほど良く甘いソースと、ピリリと辛い唐辛子のベストマッチング!! どうしましょう、レオ丸兄さん!! ブラックローズティーを御存じですかッ!? お茶ですよ、お茶!! 何とお茶の香りと味わいがある、お茶なんですよ!!! どうしましょう、レオ丸兄さんッ!!??」
「…………自分がどーしたんや、エンちゃん?」
「何がですか、レオ丸兄さん!!」
「言葉使いが可笑しいで、自分。どうかしたんか?」
「どうかしますよ! してますよ!! 湿気たダンボール風味じゃないんですよ! 本物の味がする、本物のハンバーガーとティーが売られていたんです!!」
取り乱し過ぎて、いつもの築豊弁ではなく何故か標準語で捲くし立てるエンクルマとの遣り取りで、漸く覚醒したレオ丸の頭が高速で動き出した。
「ちょいと聞くけど、エンちゃん。今、売られていたって、言うたよな?」
「はい、そうです!」
「何処の誰が、何処で売り出したんや?」
「<三日月同盟>という中規模ギルドが、アキバの街に屋台を出して売り出したんです!」
「<三日月同盟>、<三日月同盟>、…………ああ、マリエールちゃんがギルマスしているトコか!」
「そうです、その<三日月同盟>です!」
「マリエールちゃんって、確か、カナミお嬢さんから乱暴と横暴と破天荒を抜いたような、賑やかな娘さんやったなぁ……。
補佐役の娘さんは、ヘンリエッタ……やったかなぁ? ワシの記憶に間違いがなきゃ、有能な女秘書ムホホ、みたいな眼鏡っ娘やったよなぁ。
どっちも、何かを企んで躊躇なく実行するタイプとは、ちゃうよなぁ……」
「レオ丸兄やん、一人でブツブツ言いよって、どげんしたっちゃね?」
「お、ようやっと言葉が戻ったか」
「だけん、アキバはちゃっちゃくちゃら大騒ぎになっちゅーとや」
「エンちゃん、すまん。標準語に戻してくれるか?」
「なして? ……まぁ、そう言われるのなら」
「うっわぁ、やっぱ違和感あんなぁ!」
「せからしかね! どげんすっとが良かとね!」
「すまんすまん、堪忍な。ほんで、他にも店は出てたんか?」
「いいえ、出ちゃしよらんでした。<軽食販売クレセントムーン>の屋台だけんごとあるです」
「ほな……他のギルドやプレイヤーは、“調理した料理”を発表したりしてへんのやな。ふーむ、どういうこっちゃ、これは?
<三日月同盟>って、リスクを冒してまで冒険するようなギルドやないよな。
そやのに、リスクを冒したって事は、それ以上のメリットがあるからやんな。
そのメリットって何や? 下手こいたら、纏めてPKの対象になんで。
って事は、それなりの準備、あらゆるリスクに対応できる準備をして、実行しているって事か。……こいつは、面白いなぁ♪」
「レオ丸兄やんさん?」
「おおきに、エンちゃん! エエこと教えてくれたなぁ!!」
「へ?」
「どうやら、アキバの街で何か良からぬ素敵で素晴らしい作戦が、始まったみたいやないかいなぁ!
何処の誰がマリエールちゃん達を巻き込んで、実施させたかは知らんけどや!
せやけど、コレは実に全く以って、実に大事な計画やわ!」
「はぁ……」
「ほんならワシからも、エンちゃんに大事な事を教えたろ。
取り敢えず、暫くは静観しとき。勿論、店で買い食いするんは、OKやで。
ほんで、自分らの親分に意見具申してな、<三日月同盟>を監視下に置くんや。
監視下に置くだけで、絶対に手ェ出したらアカンで。
どっちか言うたら、遠巻きに保護したり。
……どっかの阿呆が、<三日月同盟>に暴力で計画を邪魔したり、横取りしたりせェへんように、案じよう護ったり。
そうしたら、暫くは美味しいモンに困る事は、あらへんさかいにな。
ほんでな、自分らが影ながら護っとったらな、恐らく直ぐに<三日月同盟>は次の行動を起こすはずや。
……食いモンは、次の何かをするための撒き餌やと思うし」
「レオ丸兄やんさん。ちょっと待っちゃって! 一遍に色々言われても儂、覚えきれん……」
「平常運転、おおきに。ちょい聞くけど、今、自分は一人で居るんか?」
「横にヴィーやん、……ヴィシャスが居ると」
「そいつは、信用出来る奴か?」
「信用出来るかって訊かれたら、そげんは信用出来ん、ばってんバリ頼りにしちょうとです。〔ドッチダカ、はっきりシロ!〕 ヴィーやん、なんばすっとや!!」
脳内に、ゴスッ!! という鈍い殴打音が響き、レオ丸は思わず首を竦める。
「……大丈夫か、エンちゃん? 配線は直ったか?」
「レオ丸兄やんさんも、ひどかね!」
「おおぅ、大丈夫そうやね。ほな、エンちゃん。さっき言った事を、リピートするさかいに横の、ヴィシャスって彼に口頭で伝えてくれるか?」
「うう、頭がてれーっとしよう」
「安心するんや、エンちゃん。紀元前も紀元後も、五十六億七千万年後もエンちゃんの頭は、てれーっとしたまんまや。ほな、繰り返すで……」
先ほどの言葉を再度口にする、レオ丸の脳内に反響する、訥々と復唱していくエンクルマの声。
何だか拷問みたいやな、とレオ丸は思ったが、自分から言い出した事なので止めようがない。仕方なく、意識の中で耳を塞いで続ける事に。
「ほんでな、自分らの出番はな、撒き餌が充分にアキバの隅々へと浸透してからやと思うわ。
今、アキバで人数を一番抱えてんのは、何処のギルドや?」
レオ丸の問いかけに、ヴィシャスとエンクルマが答える。
「〔人数ダケナラ<海洋機構>、戦力ナラ<D.D.D>〕人数だけなら<海洋機構>、戦力なら<D.D.D>」
「……ふむ。生産系の方が、戦闘系を上回っているんか、人数では……。
ほな多分、人数の確保からやろな、作戦としたら。
アキバの過半数近くを味方に引き込んで、戦闘系の脅威に対抗出来る立場を確定させてから、提携の提案を持ちかけるんかな?
まぁ、どっちゃにしろ作戦を立案した奴が、どんな奴か次第やな。
……エンちゃん、ヴィシャス君。君らに御願いや。
<三日月同盟>にやたらと出入りしとる外部の、ギルメン以外の奴。
あるいは、最近になって<三日月同盟>に入団した奴。
どっちかの立場の奴が、今回の美味しいモンをアキバに提供した黒幕やわ。
そいつが誰かを、探るんや。
そんでな、調べがついたらな、自分らの親分さんに真っ先に報告しいや。
伊達に親分さんをしてへんのやろうから、正しく判断してくれるやろう。
黒幕が、ミナミの魔女二人みたいに悪い事を考える奴なら、問答無用で潰すやろうし、良からぬ何かを企む奴なら、状況を見極めてから行動をするやろうし。
兎も角は、広く浅く所々深く情報を収集して、知見者に分析してもらい、責任者に判断してもろうたらエエわ。
但し、全部人任せにしたらアカンで。
例え判らんでも、自分なりに分析して判断しいや。
其れをせェへんかったら、下された判断が正しいかどうか、判らんようになってまうでな。
間違った判断に従って、間違った行動をした責任は、間違った判断をした奴にあるけど、間違った行動をした奴にも同じくあるからな!」
レオ丸は続けて、<大災害>以降の行動とミナミの情勢を、語れる範囲で赤裸々に話す。
グダグダな状況の改善を図るために、数人の友人と新たな仲間に提案して<ウメシン・ダンジョン・トライアル>を企画し、実行した事。
結果としては、ミナミの街に一定の秩序をもたらす事に成功した事。
だがその過程で、邪魔になるギルドを一つ、意図的に潰した事。
大地人の将軍との間に、協約を結ぶ事に成功した事。
しかしそれら全ての結果が、悪意か別の野望かを持つ者達に奪われ、別の用途に利用されてしまった事。
ミナミの街が、どうも碌でもない方向に進みつつある事。
滋賀県内に、ミナミの影響が及ばない独立地帯を造る作業に協力した事。
現在は、ロマトリスの黄金書府に向かって行動中である事。
彼の街では、此の世界を理解するために様々な調査を企図している事。
“メモ帳”機能が、記憶媒体として重要な役割をしているだろう事。
様々な事を話したレオ丸だが、ジェレド=ガンに関する事と、サブ職に関する事だけは理由があって態と話さなかった。
ジェレド=ガンに関しては、<ミラルレイクの賢者>が実在し現にミナミに居る事が、無用な荒波を起こし大きな影響を及ぼすだろう事を恐れたため。
サブ職に関しては、その能力が持つ大きな可能性が、現在のアキバで進行している事象についての背景になっている事を、理解していたためである。
併せて、テンプルサイドに関する情報も封印した。
「とまぁ、ワシの方はそんな感じや」
「…………」
「どないしたんや、エンちゃん?」
「レオ丸兄やん。儂ん頭じゃ理解しきらんで、でぼちんがほげそうごたる」
ドスンッ!! という何かが倒壊する音が、レオ丸の頭の中に響く。
「おいおい、エンちゃん!!」
エンクルマからの返答はなく、念話は自動切断されてしまっていた。
「う~む、ちょこっとしゃべり過ぎたかな?
情報の過剰摂取は、栄養過多と一緒で危険なんやねぇ……」
「主殿」
「うん? どないしたんやアマミYさん」
「もう夕暮れでありんす」
「おや、まぁ……」
レオ丸は煙管を咥え、五色の煙を暮れ泥む空へと細く吐き出す。
ゆらゆらと茜色の空気の中へと、立ち昇り消える煙を見ながら、レオ丸は独り言ちた。
「昼寝、しそびれたやん」
ようやっと、クレセントバーガーが発売されました。
<第零歩>+10Days其の弐でも書きましたが、レオ丸と<記録の地平線>メンバーとの間に、面識はほとんどありません。辛うじて、にゃん太班長だけです。名前だけなら、アカツキも含め双方共に知っているんでしょうが。