第参歩・大災害+35Days 其の壱
第二部、<NOT SMART TREK>篇の開幕です。
訳すれば、「賢くない、骨の折れる長い旅」。はてさて?
色々と訂正致しました(2014.08.19)。
更に加筆修正致しました(2015.03.30)。
セルデシア、其れは<冒険者>に供された最高の開拓地である。
其処には、プレイヤーだった者達の想像を絶する新しい魔法、新しいモンスターが待ち受けているに違いない。
此れは、数多居る<冒険者>達の試みの一つとして、いつ果てるとも知れぬ調査旅行に旅立った、西武蔵坊レオ丸の興味と怠惰に満ちた物語、……の、ようなモノである。
「……って、カッコつけるんやなかったわ」
レオ丸は、<ハチマンの新宮>を後にして一里と進まぬ内に、|<死神の仔馬(サン=サーンス・ポニー)>を下馬し、虚空へと帰還させた。
理由は、二つ。
鐙を付けていなかったために体が安定せず、乗り心地が最悪だった事。
鞍を載せていなかったため、白骨の仔馬の突起の多い骨格が、臀部と尾骶骨へ与える激痛に我慢出来なくなった事だった。
路傍の石に片足ずつ乗せてストレッチをし、少しだけ考えてから一つ頷く。
「アマミYさん。御免やけど、乗せて?」
従者契約主の何とも情けない声に、呆れたような安心したような吐息を漏らすと、アマミYは両手を水平に伸ばす。
足元から黒い霧が高く沸き立ち、其の全身を広く大きく覆い隠した。
レオ丸は軽く頭を下げて謝意を示し、背中を向けるなり大きく手を叩いてから、右手を上へ左手を下にして、それぞれの指先で小さく円を描く。
上向きの指が宙に描いた円が蒼い光輪となり、下向きの指が宙に描いた円が藍色の光輪となった。
「はい、またヨロシコ♪」
蒼い光輪に、夜道を照らす照明代わりの<蒼き鬼火>が吸い込まれる。
藍色の光輪が、地に落ちた途端に大きく広がり、それに触れた護衛役の<動く骸骨>を次々と呑み込み消していった。
「早う、背へ乗りなんし」
アマミYの声にレオ丸が振り返ると、其処に鎮座するのは一匹の巨大な蝙蝠。
ふっくらとした丸い胴体から広げた両翼の長さは、およそ八メートル。
見方によっては愛嬌のある顔には、長く太い牙が上下に四本生えている。
レオ丸は煙管を懐に仕舞ってから、黒く柔らかな背に飛びつき両手をその肩辺りへ回し、幼子のようにしがみついた。
「主殿」
「ん? どないしたん?」
「何故に、軍馬を使われなかったのでありんす?」
「あ…………、忘れてた」
「まったく、主殿はほんに……」
「ほんに……、何や?」
レオ丸の問いに涼やかな笑い声のみで答えながら、蝙蝠形態の<吸血鬼妃>は力強く大きく羽ばたき、軽やかに星の瞬く夜空へと。
主従が選んだ進路は、北北東。
一先ずの目的地は、“北領廻廊”の中央の要にして最大の都市、ロマトリスの黄金書府。
現実世界での、金沢であった。
金を始めとする様々な貴金属や文字通りレアな鉱石を採掘出来る黄金の島、サドの海洋街への唯一の玄関口である、カシワザキ雷鳴街。
サドより運ばれ、其処に集積された財宝や貴重な鉱物資源は、二本の廻廊によりイースタルとウェストランデの中枢へと輸出される。
片方は、イースタルの盟主たるマイハマへと続く、“冠閲廻廊”。
そしてもう片方が、ニオの水海の直上に位置する港町ツヌガへと到る、弧状列島ヤマト北辺唯一の公道にして重要な交易路である、北領廻廊であった。
ロマトリスの黄金書府は、ヤマトの東西を繋ぐ中継都市として繁栄する一方で、別の発展をも遂げる。
北領廻廊を往来する冒険者や大地人がもたらす、様々な情報や各地域の文物により、技術・芸術・学術・医術・武術・魔術の六術が爛熟し、数え切れないほどの文化を蓄積していったのだ。
故に彼の街は、“華雅の北都”や“百万極”とも呼称される。
闇よりも黒い巨大な蝙蝠の背で一晩を明かしたレオ丸は、夜明け少し前の時分に漸く地面へと降り立った。
正しくは崩れ落ちた、だったが。
「う~~~、あ~~~~~、流石に夜っぴぃては……、キツイなぁ……。
斬られたんが原因のトラウマ以外に、空を飛ぶんもタイガーホースになってもうたんかなぁ?
遠因は……、フィラメンツ竹林圏でのアレか……なぁ?」
「主殿」
地面に大の字になり気分回復を図るレオ丸。
そんな弱りきった契約主に、トラウマの要因を与えたかもしれない契約従者の、アマミYが剣呑な響きのする声で呼びかけた。
「ん? どないしたん?」
寝転がったままのレオ丸は、懐から取り出した煙管を咥え、明後日の方に眼を逸らせながら五色の煙を吐き出す。
「わっちは、空腹でありんす」
「奇遇やなぁ、ワシも嘔吐きが治まったら、何や小腹が空いてきたわ」
ブワッという音がした後に、いつもの黒いドレス姿に変幻したアマミYが、ゆっくりとレオ丸に圧し掛かる。
妖しげな蠢きでレオ丸の顔と頭とを這う、黒いレース生地の手袋に覆われた細い指先。
「シチュエーションとしてはメッチャ嬉しいのに、肝がドンドンと冷えてくるのが不思議やな?
頭の天辺に立てられたフラグに、“瀕死”って書いてあるような気がするのは気の所為か、ねぇ?
さて……そんな処で、アマミYさん」
「何でありんす?」
「貴方の御口は、何故そんなに大きいん?」
「それは、獲物を捉まえたからでありんす」
「それじゃあ、御口の牙が何故そんなに伸びてるん?」
「それは……」
アマミYの口が一際大きく開き、牙が更に鋭く伸びた。
「これから、獲物を、戴くからで、ありんす」
「Oh My Buddha!」
レオ丸の引き攣れた悲鳴は、濃紺色の地平線の彼方が白々としてくるまで、細く長く響いた。
ゴトンゴトンというリズミカルな音と共に、一定間隔で振動が起こる。
その低く響く音と振動と、もう一つの別の要素が、レオ丸の意識に働きかけ強制的な目覚めを促した。
レオ丸は、微かに唸りを上げながら、覚醒への誘いに抵抗するべく寝返りを打とうとした。
「む~~~」
別の唸り声が、レオ丸の身動ぎを阻む。
「ん~~~、……何やぁ……提督様やでぇ、ワシぃ……?」
意識が回復したレオ丸は一旦、全身の力を抜いて弛緩させてから、丹田に力を入れて勢いよく上体だけ起こした。
「む~~~」
レオ丸の両膝を尻に敷いて跨っている幼い女の子が、微笑ましい唸り声を上げながら其処に居る。
「え~~~っと、……はろー・こんぴゅーたー?
や、なくて……お嬢ちゃんは、誰や?」
真っ白い貫頭衣の下に、真っ白い簡素な長袖長ズボンの衣装を着て、柔らかな光沢の金髪を禿の長さに綺麗に切り揃え、口を真一文字に結んで唸り続けている一人の童女。
そんな彼女の、可愛らしくも真剣な紅茶色の瞳を見ながら、レオ丸は気を失うまでの来し方を回想する。
レオ丸が、ロマトリスの黄金書府を目指したのは、様々な分野の古文書・希覯本・奇書・偽書・秘伝書、禁断の書が集積されているからであった。
ミナミの街を後にした際に、出来るだけゆっくりじっくりと進めば、此のセルデシアから脱出するためのヒントが見つかるかもしれない、とレオ丸は考え行動に移したが、現在までの処、このセルデシアで生き残るための術を、幾つか見つけただけである。
こんな事では、もし足元にヒントが転がっていても、気付かずに見過ごしてしまうかもしれず、下手をすれば野の草花にするように、気付かぬ内にそのヒントを踏み躙ってしまうのでは?
玄翁と共に、ニオの水海に釣り糸を垂れていた時、レオ丸の心中にそんな思いが去来した。
そして、“調理”の秘密に気がついた時、その思いはより強固なモノとなる。
此のままでは、駄目だ。
ヒントを見つけるための、手段を手に入れなければいけない、と。
では、誰が其の手段を持っているのだろうか?
レオ丸の頭の中に、答えはあった。
この世界の本来の住人は、大地人だ。
ならば、大地人が蓄積した情報の中に、必ず何かがきっとある。
手段も、もしかしたらヒントも。
久々に“味のする美味しい料理”に舌鼓を打ち、年少の新しい友人達と、以前からの友人と共に、楽しく時を過ごしながら、頭の片隅の冷え切った処で、レオ丸は夜の内に旅立つ事を決めた。
善は急げ、である。
ウェストランデの領域内で、最も知識に秀でており、情報が自然と集積されている場所は四ヶ所。
執政家の治めるキョウと、ミナミの影響を受け易いイコマと、斎宮家の本拠地であるイセと、独立独歩の気風を保つロマトリスの黄金書府。
樹里やアグニと歓談しながら、レオ丸は悩むまでもなく、次の行き先を決めた。
“百万極”の中に、当たりを探そう、と。
だが、ハチマンからロマトリスの黄金書府まで一足飛びに移動するには、些か時間が足りなさ過ぎた。
次善の選択としてテンピオ・サン=グランデ村、現実の加賀へと目的地を変更。
夜明けが間近となったため止むを得ず、レオ丸主従はテンピオ・サン=グランデ村とチェルキオ=コッリーナ村のほぼ中間地点の、北領廻廊の道端に無事の着地を果たす。
もっとも着地後は、無事では済まなかったが。
「ひとつめ!」
衣装と同じくらい色白の右人差し指を、ビシッという効果音つきで伸ばし、童女が言い放った。
「はい?」
ぼんやりと回想に耽っていたレオ丸は、童女の突飛な発言にキョトンとする。
突きつけられた、可愛らしく小さな指先を見詰めるレオ丸の眉根が、困惑状態を表した。
レオ丸は暫く無言で考え、無意識の動作で顔に手を遣り、ある物に触れた途端、彼女の言動が何を意味するのかを理解する。
「お嬢ちゃん、コイツはやな。一つ目やなくて、ゴーグルやで……」
「ひとつめ!」
童女に交渉の余地は無く、聞く耳もないようであった。
四六時中かけ続けている、太目のカチューシャに形状が似通った黒い視覚補助器、<淨玻璃眼鏡>。
仕方なくレオ丸は、それを外してみせる。
「ほら、一つ目と違うやろ?」
「む~~~、ふたつめ!」
何だか不満げな様子で頬を膨らませた少女は、再びレオ丸の顔を指差した。
ふと悪戯心が働いたレオ丸は、外したゴーグルを額にかける。
「みつめ♪」
ふにゃっと、童女が破顔一笑した。
「気づかれましたかな?」
寝起きの、やや惚けた頭で出来得る最大の努力でもって、童女に愉楽を提供したレオ丸は、背後からの呼びかけに振り向く。
童女と同じ髪型で、同じような衣装を身に着けた老人が、手綱を握っていた。
改めてレオ丸は、今の状況を確認する。
右方の遥か先に聳える山は、富士山・立山と共に日本三霊山の一つである、白山をモデルとした、精霊山。
精霊の場、であると同時に<翼持つ者たち>にとっての聖域でもあり、人気のあるレイドコンテンツの一つ、<死霊が原>の舞台として有名な山であった。
ヤマトの地にて、大変に貴重なロック鳥の卵を手に入れようとするならば、一番可能性がある場所としても知られている。
下を見れば、神代の時代の遺物とされている、アスファルトとコンクリートで舗装された大きな街道、現在では見る影もなく荒れ果てている北領廻廊。
潅木や雑草が至る所に裂け目を作って生い茂り、街道の端には瓦礫や倒木が散在していた。
細かく蛇行しなければ進む事も儘ならない此の街道を、頑丈な車輪を軋ませて進んでいる一頭立ての荷馬車。
薄曇りにより朝日に陰りがあるものの、幌が畳まれているために広く視界が確保出来る。
レオ丸が乗せられている馬車の前には、先行する別の馬車があった。
違いは、荷の代わりに台車に乗っっている、十人ほどの乗客。
老若男女、全員が同じ髪型で、同じような衣装を身に着けている。
自分の尻の下に目を遣れば、大型の木箱が敷き詰められ、その上に布袋が積まれていた。
「ワシは、一体?」
「主殿は、拾われたんでありんす」
突然にレオ丸の襟元から聞こえてきた、妙に艶々とした響きの女性の声に、童女はビクッとして身を硬くした。
「拾われた、ってか?」
童女は、更に其の声と会話を始めたレオ丸を、警戒するように窺がう。
「左様でありんす。道端で無様に寝耽る主殿に、此の御仁が哀れを催されたんでありんすよ」
「寝てたんと、ちゃうで! 自分の、アマミYさんの所為やんか!」
「言い訳は見苦しいでありんすよ、主殿」
端から見れば、声色を使い分けての一人芝居をしているようにしか見えないレオ丸の顔を、童女が三度指差した。
「みぐるしい!」
額にゴーグルをかけたままのレオ丸の眼が、点になる。
指を差したまま、何となく自慢そうに小鼻を膨らませた童女。
「みぐりしい!」
「これこれ、ジーン=ベリー。“賓”殿に失礼を言うでない」
御者台に座る老人が、穏やかな声で童女を諭す。
童女は、口を噤んで手を下ろし、反省したように項垂れた。
「え~~~っと、整理すると……」
「情けない姿で行き倒れていた主殿を」
「強欲な従者に襲われて倒れ伏していた、か弱き主人であるワシを!」
「ゴミでも拾うかのように」
「仁愛の心で以って、お助け下さった、と!」
老人は、レオ丸主従の遣り取りに、枯れた声で笑った。
「実に面白き“賓”殿よの」
「いや、そないに褒めんでも」
「何処に、賞賛の響きがありんしたのかえ、主殿?」
「みぐりしい?」
窺がうように見上げる童女に、レオ丸は態と渋面を見せてから振り返り、老人に頭を下げる。
「ともあれ、お助け戴き誠に感謝。おおきにさん、どした」
「あのような処で野宿とはのぅ。<冒険者>とは、もっと用心深いと思っておったが、“賓”殿は中々に豪胆なお方とみえる」
「いやまぁ、色々と事情がありまして……」
「まぁ、無事で宜しかった。……処で先ほどから聞こえる、女性は?」
「ワシの契約従者の、モンスターですねん」
「ほほぅ、モンスターとな」
「無体な主殿にいつも慰み者にされておる、哀れな存在でありんす」
よよよ、と泣き崩れた風の声を出すアマミYに、レオ丸はゴーグルを掛け直して溜息をついた。
「どっちが、や……っちゅうねん」
ステータス画面を展開して、HPとMPのパラメータ確認したレオ丸は、上半身だけ居住まいを正す。
「見ず知らず間柄にも関わりませず、忝くも御慈悲を賜り誠に恐悦至極。
挨拶が遅れまして、申し訳ございません。ワシは……」
KWEE GAAAAAAAA!
「ロック鳥だ!」
空から聞こえる耳障りな鳴き声に、先行する馬車から悲鳴が上がった。
レオ丸が、鳴き声のした右手上方の空を睨む。
視界に映る大きさはカラスほど。
だがそれは、比較対象のない空中に居るために遠近感が狂っていたからだ。
サブ職<学者>のスキル、<学術鑑定>を発動させたレオ丸は、此方へと近づくに連れて巨大化してくる凶暴な其の姿を、冷静に鑑定する。
名称は、<ロック鳥>。レベルは、86。
パーティーランクだが、HPは準レイドエネミー並み。
単体行動中、周囲に仲間の姿は無し。
魔法攻撃は無し。
強大な翼が巻き起こす中距離攻撃<暴虐の風>と、嘴や爪による近接攻撃は、要注意。
魔法耐性は中レベル。
御者役の技量が良いため馬車が暴走しそうな様子はないが、既に落ち着きを失くしていた二頭の牽引馬は、嘶き怯え立ち止まった。
路面状態が悪い所為もあり、これでは進退が儘ならない。
「おっきい、とりさん」
動きを止めてしまった馬車の上で、状況を全く理解出来ていない童女は、ロック鳥を指差しながら口を大きく開けていた。
苦笑と微笑を同時に浮かべたレオ丸は、両手で彼女を少し持ち上げ、自分の足の上から横へと退かせる。
「ちょいと、おっちゃん頑張るさかいに、此処で大人しゅうしといてな」
童女の円らな瞳に頷きかけ、レオ丸はヨッコイショと荷物の上に立ち上がるや、懐に手を入れて<多頭竜の牙>を一掴み取り出し、路面へと広範囲に満遍なく撒き散らした。
次いで右手の袖を捲くり、幾重にも巻きつけた<化の百八数珠>を外し、両手の中指に引っ掛けて手を合わせから、ゆっくりと広げる。
「さてと其れでは……奉請精霊入道場、天蓬天蓬急急如律令 勅勅勅!
一軍ベンチメンバーズ、全員出場!!」
レオ丸の叫びに呼応して、北領廻廊のヒビだらけの路面に蒼と黒の光が走り、巨大な魔法円を刻んだ。
二台の馬車を内円に納めた魔法円の、外円部分が一際輝き、二十五体の異形を一斉に吐き出す。
吐き出されたのは、通常のスケルトンよりも約二倍の体格を持つ、レオ丸謹製の<竜牙兵>であった。
鮮やかな水色の金属製の全身鎧、筆記体で「L」の一字が刻まれた兜、咆哮する獅子の横顔が描かれた胸当てと、揃いの真新しい防具を装着したその姿は、美しくもあり恐ろしくもある。
「バッターズ! “護法円陣”!」
右手に長剣を持った十五体の竜牙兵が、二台の馬車を取り囲み、左手に装着した盾を掲げた。
「ブルペンズ! “攻撃準備”!」
長槍のみを携えた残りの十体の竜牙兵が、槍の穂先で狙いを点ける。
<化の百八数珠>を再び右手に巻き直すや、レオ丸は<マリョーナの鞍袋>に左手を入れながら、襟元へと声をかけた。
「アマミYさん、牽制球をお願いするわ」
「わっちには、大した事は出来ぬでありんすよ」
溜息の後、レオ丸の襟元から一塊の黒い霧が沸き立ち、錐のような形状で一直線に飛び、至近へと迫るロック鳥の眼前に襲いかかる。
GAAAAAA!!
目元を掠めた黒い錐状の塊に、ロック鳥の進撃が鈍った。
鞍袋から、一つのアイテムを取り出したレオ丸は、其れを口に咥えるなり高らかに吹き鳴らす。
ぴるぴるぴるぴるぴる~~~。
緊張感の欠片も感じさせない其のアイテムの名は、<鳥刺し男の魔笛>。
子供が片手でも握り込めるサイズの、魔法の警笛である。
能力は、手持ちの武器に追加ダメージを付加するものだが、効果対象は名称の通り鳥型モンスターにのみ。
追加ダメージとは、攻撃対象にダメージを与えなければ発生しないが、僅かでも与える事が出来れば必ず発生する。
謂わば、ナイフに毒薬を塗布するようなモノであった。
竜牙兵達が構える十本の槍の穂先が、赤黒い光を放つ。
「アマミYさん、“視界封鎖”!」
縦横に動き回りロック鳥の気を引いていた黒い塊が、渦を巻いて巨怪鳥の視界を覆い隠した。
「“攻撃開始”!!」
レオ丸の号令一下、竜牙兵達が槍を一斉に投擲する。
狙い過たず、禍々しい十本の凶器がロック鳥へと殺到し、首を翼を腹を貫いた。
KWEEEEEEEEE!
首の一振りでアマミYを追い払うと、手負いとなったロック鳥はレオ丸達の頭上を一旦は飛び過ぎる。
だが、暫く進んでから苦しげに旋回をし、再度の襲撃体勢を取った。
「天蓬天蓬急急如律令 勅勅勅! ナオMさん、御出勤!」
投擲を終えた竜牙兵達の前衛に、一瞬にして<蛇目鬼女>が現出し、腰の矢筒から三本の鋼鉄の矢を掴み取る。
背負っていた強弓を手にし、掴み取った矢を三本共に番えた。
ぴるぴるぴるぴるぴる~~~、と気の抜けた笛音が辺りに鳴り渡り、三つの鏃が赤黒く染まる。
GAAAAAAAAAAAAAAAA!!
槍の刺さる十ヶ所の傷口から血を流しつつ、ロック鳥が大きく翼を広げ、嘴を裂けんばかりに開いた。
「“一撃必殺”!!」
ナオMの眼が妖しく激しく輝き、<石化の魔眼>を発動させる。
釘で打ち付けられたかのように、空中に固定されたロック鳥の開かれた嘴へ、三本の鋼鉄の矢が同時に吸い込まれた。
「天蓬天蓬急急如律令 勅勅勅! ミキMさん、来て頂戴!!!」
HPの半分以上を、ごっそりと削り取られたロック鳥の頭上に、地上に描かれた以上の大きさの魔法円が現れ、オーロラの如きエメラルド色の光を発する。
そして。
ロック鳥よりも巨大な影が、現れた。
万有引力の法則に逆らう事なく、巨大な影はロック鳥を巻き込み、墜落する。
「どーして、こんな処に呼び出すかなぁ?」
<海魔竜魚>のミキMは、不機嫌そのものの顔と声で、レオ丸に抗議した。
いくら下半身が、シーラカンスを髣髴とさせる脚部のようなヒレが六本も生えていたとしても、やはり水棲モンスターに地上は居心地が悪いらしい。
腕組みをしながら、下半身を身動ぎさせている内に、プチッ! という音がした。
「……そ、粗相した訳じゃないからね!」
青く艶やかな波打つ長髪を振り乱しながら、ミキMは両手を振り上げて叫ぶ。
判っている、と手の仕草だけで宥めたレオ丸は、徐に振り返った。
「さて、皆さん」
あっという間にロック鳥を撃破したレオ丸は、寂として声のない大地人達を視界に納め、両手を真っ直ぐに揃えて斜めにしたポーズを取りつつ、言い放つ。
「これがホントの、ケートー策!」
沈黙が深刻なレベルに達し、天使は通り過ぎる際に唾を吐いた。
「ええっと、今のはケートーと継投を掛けたジョークで、継投とは……」
「御仁は」
耐え難い沈黙を、何とか誤魔化そうとしたレオ丸の発言に、御者台に座る老人の言葉が被る。
「御霊共を綾なし給える、“賓”殿であったか……」
「まぁ、そんなトコですわ」
レオ丸は咳払いをし、荷台に突っ立ったままで、軽く会釈した。
「今更ですが、名乗りを一つ。お控えなすって、……下さらなくとも結構です。
遅ればせの仁義、失礼さんでござんす。手前、生国と発します処、生まれも育ちもミナミの街にござんす。渡世上故あって、ギルドに属さぬ風来坊を気取る駆け出しのソロにありまして、生命の議いちいち後世に発します。仁義失礼さんです。
姓は西武蔵坊、名はレオ丸。人呼んで、<幻獣の主>のレオ丸と発します。西に行きましても東に行きましても、とかく土地土地のお兄ぃさん、お姐ぇさんにご厄介かけがちなる横着者でござんす。向後万端引き立って、宜しくお頼み申します」
ロック鳥を撃破した時のように、寸刻で自己紹介を終えるレオ丸。
一迅の風が、路面を吹き抜け砂塵を伴い消え去る。
「え~~~っと……」
リアクション・ゼロに戸惑うレオ丸の袖を、ちょいちょいと引く者が居た。
レオ丸が視線を移すと、其処には童女が小首を傾げている。
「み……、たまなし? たま、なしなの?」
「左様でありんす」
音も立てずに荷台へと降り立ち、人型に変幻したアマミYが腰を屈めながら、童女の言葉を追認するように軽く頷き、口元を顰めた。
「主殿は、ほんに根性無しの、玉無し野郎でありんす」
契約従者の爆弾発言が、静まり返った北領廻廊に行き渡るのと同じくして、契約主の顔が朱に染まる。
「違うわッ!!」
レオ丸は、両手を振り回し猛烈な抗議を始めたが、其れはミキMの豪快な笑い声に掻き消され、誰の耳にも届かず仕舞いであった。
当方の近辺には、織姫様を御祭神とする日本で唯一の神社があります。
牽牛石があり、天野川と、逢合橋と、鵲橋と、砂子坂があります。
今日は、新暦の七夕でした。
……リアルでもソロの当方にとっては、同じ節句でも人日や重陽の方が切実でんなぁ、トホホ(苦笑)。