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第弐歩・大災害+34Days 其の肆

幾つかの事を、無事に回収致しました。……出来てますよね?

色々と訂正致しました。(2014.08.19)

更に加筆修正致しました。(2015.02.22)

「ホンマおおきに、コスモスさん! マジで助かったわ」

「いえ……、私も踏み躙りたかったんですが、割り込むスペースがありませんでしたので、仕方なく助けました」

「……ああ、そうなんや……」


 ほんの少しだけ、済まなさそうな顔をしているコスモスの額から目を逸らすと、レオ丸はしょんぼりと肩を落とす。

 周囲には、忌々しげな顔をしたままの五人。

 やや離れた所で、何が一体どうなったのかと現在の状況が理解出来ずにキョトンとしたままの、<「名誉」と「火」と「水」>のメンバー達。

 ギルドの仲間達と肩を並べながら、一人だけ心配そうな表情をしているアグニ。

 様々なスタンスの冒険者達とは一線を画し、ただ只管に面白がっているジェレド=ガン。

 それらの者達、全ての視線を一身に浴びるレオ丸は、奇跡的に手放さなかった<彩雲の煙管>を口に戻し、五色の煙を漏らしながら体育座りで空を見上げる。

 恐らくはニオの水海へと向かっているのだろう。

 雲一つない蒼穹を、数羽の水鳥が視界の端から端へと横切って行った。


「“江碧鳥愈白 山青花欲然 今春看又過 何日是帰年”、ってかぁ……」


 衆人環視に晒される中、レオ丸は徐に立ち上がり、取り巻く者達の顔を薄笑いを浮かべて、ぐるりと見返した。


「“一万回死んだら、元の現実に戻れる”、やで? 冷静になって考えてみ?

 そんなんある訳ないやん。

 大体そんな偉業、どうやったら達成出来るって言うねん?」


 手を後ろに組み、いつものように行ったり来たりしながら歩き出す、レオ丸。


「ワシらが<エルダー・テイル>に取り込まれてから一ヶ月ちょい。

 今日で、三十と四日目やな。

 って事はやで、初日から今日まで毎日三百回近くの“自殺”をしなアカンねんで、もし達成したアホがホンマに居ったとしたら、や?

 一時間に約十二回の、五分に一回の、“自殺”をしなアカンねんで、平均したら」


 レオ丸の言葉に冒険者達の、特にレオ丸に狼藉を働いた五人の表情が一変する。


「そんな非現実的な事が、出来ると思うか?

 しかも、や。

 ……もし仮にやで、“自殺”を積み重ねた結果、ホンマに現実へと戻れた奴が居ったとしてもや、……此の世界に未だ取り残されているワシらに、どうやったらそいつが現実へと無事に生還出来た事が判るねん?

 もしかしたら、此の世界からも完全消滅しただけ、かもしれへんやん?」


 五人とコスモスの表情が、ばつが悪いものに変化した。

 モジモジとし出す者も居る。


「それと、一番肝心な点やから、よう考えて聞いといてな。

 もし、一万回も“自殺”の苦しみを味わった人間がやで、現実世界に戻れたとしてもや、それってホンマに“無事の生還”を果たしたと、言えるんかな?

 仮の、アバターの体やとしても、感じる苦痛は本物やんか?

 ワシは未だに大神殿送り、“死に戻り”を経験してへんから知らんけど、“殺される苦しみ”って結構キツイんやろ?

 背中をバッサリと斬られた経験から言わせてもらうと、致命傷を負うと心にも凄いダメージを食らうし、PTがSDになってまうやんか?

 実はワシかて、表には出さへんけど、ものすっごいトラウマになってんねんで?

 普段は、それをパンツの中に隠しているさかい、気づかへんやろうけど」


 足を止めたレオ丸は煙管を手に持ち、指示棒のように振り回した。


「幾度も“自殺”を繰り返すって事は、“命の尊厳”を繰り返し踏み躙って、反古にし倒してるって事やん。

 そんな事を成し遂げた奴が、現実に戻って以前と変わらぬ元通りの生活に、ホンマに戻れると思うか?」


 再び煙管を咥え、再び行きつ戻りつを始める、レオ丸。


「更に、恐ろしい事を言わさせてもうらうで。

 此処に居る自分ら五人は、ワシの知っている限り、実に冷静で理知的な人らや。

 そんな自分らでさえ、ワシのほざいた戯言で魂消て、狼狽してしまうんや。

 ……ヤマトに居る三万人全員が、セルデシアに散らばっとるもっと多くの冒険者が、説明を受けて後に“な~んや冗談か!”って言うやろか?

 どうしても帰りたいって、切実に思うてんのは皆一緒でも、その度合いは一人一人で全く違うやろ?

 家族も友達も居ない天涯孤独な奴と、愛する家族や恋人と離れ離れになっとる奴とでは、天地の差があるやろうなぁ。

 どうしても帰りたいって切実に思い過ぎている奴が、こんな戯言を真に受けてしもうたら、どうなってまうやろか?

 ……下手したら、自爆テロだか集団自殺だかを毎日毎分、あっちこっちで遣り捲くるんと違うか?」


 足を止め、天を仰いだレオ丸は、五色の煙を細く吐き出した。


「健気な猫でさえ、百万回頑張れたんや、俺も一万回なら頑張れる!

 もし、そんな阿呆が巷に溢れたら、どうなる?

 “生物的不可測危機”の<歩く死体(ゾンビ)>と化した、死ぬ事を生理的欲求としだした死に続ける冒険者達が、わんさと巷に溢れてしもうたら?

 ……<エルダー・テイル>の崩壊やで。

 セルデシア世界全体が、不毛の地になるで」


 頤を戻し、取り巻く冒険者達の顔を、レオ丸は一つ一つ見る。


「じゃあ、どうするか? ……どうしたらエエかな、アグニ君?」


 いきなりの無茶振りに、アグニは腕組みをしてから、恐る恐る口を開いた。


「希望を、失わずに、生きる」


 その答えを聞いた途端、レオ丸は満面の笑みを浮かべて、盛大に拍手を送る。


「素晴らしい! 素晴らしいですよ、あれんびー……やなくて、アグニ君!!

 その通り! 彼が今、言うた通りに、希望を持って毎日あくせくする事や!!

 帰還するためにジタバタする事も大事やけど、今の現実を拒絶せずに右往左往する事はもっともっと大事!

 <六傾姫(ルークインジェ)>ニモマケズ、怪物ヤ亜人ニモマケズ、<大災害>ニモクッセズ、日々健気ニ生キル大地人ノヨウナ、サウイフモノニ、ワタシハナリタイ、の心構えを持って生きて行かんと、な!」


 レオ丸は、小さく拍手をし続けた。玄翁とメリサンドも、拍手をアグニに送る。


「それよりも、そもそも」


 賞賛され照れるアグニに、優しく微笑みかけてから、レオ丸は言葉を続けた。


「こっちの世界がパチモンの仮想空間で、元の世界が本物の実在世界であるって、ホンマにそうなんかな?」

「そりゃ、そうだろう?」

「ほほう? 赤羽修士、それをどうやって証明するん?」

「だって、<冒険者(プレイヤー)>は全員、元の現実の記憶を持っているじゃないですか!」

「無意識下で共有している、広範な幻想かもしれへんで、その記憶は?」

「そんな馬鹿な!」

「そやね、そんな馬鹿な事は無いわな。せやけど、そう考えて行動する奴も、これからは出て来るかもしれへんねェ?

 何せ“この世界(エルダー・テイル)”ではワシらよりも、<大地人>の人らの方が地に足がついた現実的存在やねんからなぁ。

 “壷中の天”に取り込まれたつもりで、実は“胡蝶の夢”なんかも知れへんでって、問いかけやがな。

 ……壷中で、思い出した。ゼルデュス学士に質問やけどな」

「何ですか?」

「自分らを<Plant hwyaden>って壷に放り込んで、シェイクしている巫術師さんやけど」

「濡羽が何か?」

「彼女が巫術で叶えようとしている望みって、“お家に帰りたい”でエエんやな?」

「ええ、まぁ」

「踵を三回打ちつけてもアカンかったから、巫蠱に期待をかけたんやろうなぁ。

 ほな、……自ら望んで壷の中に飛び込んだ、自分とか、イントロン君とか、阿呆のナカルナードとか、その他大勢の輩の望みも同じでエエんか?」

「ええ」

「そのためには、全員が一致協力した方が、正しく早く達成出来ると?」

「はい」

「ホンマにそう思うか? インティクスって娘も、ホンマにそれを望んで行動してるんやろか?」

「………………」

「色々考え、検討する事が多そうやね?」

「レオ丸さんが、色々と考え過ぎなだけじゃないんですか?」

「おおっと、一本取られた! って、樹里さんお帰りやす。

 首尾よく献じなされましたかいな?」

「はい、無事に務め終えました」


 レオ丸が安堵の吐息を吐こうとしたタイミングで、それは起こった。

 アメリカの漫画であれば、Zap Zap Zapと表現される炸裂音が、<お社の山>の山裾で鳴り響く。

 それは正に、晴天の霹靂。

 瞬間的に発せられた青い放電光に目が眩まされる、冒険者達とジェレド=ガン。

 ゴーグルの御蔭で難を逃れていたレオ丸が、煙管を懐に仕舞いながらブラブラと、現場へ歩き出した。


「大丈夫かいな、ミスハさん?」


 決まりが悪い顔で倒れているミスハに、レオ丸は会心の笑みを浮かべながら手を差し出す。

 全身の至る所から白い煙を薄く立ち昇らせながら、ミスハはレオ丸の右手をしっかと握り立ち上がった。


「ワシの実証実験の成果を、身を以って証明してくれて、おおきに!」

「………よくも、酷い目に遭わせて下さいましたね、法師?」

「それは、……自分が悪いんとちゃう?

 無断で他所様の地所に、不法侵入しようとしたんやから。

 まぁ、安い勉強料で得た自業自得の結果ってヤツやん?」

「確かに、それはそうですが」

「もしも文句があるのなら、自分に軽い気持ちで雑な命令を下した奴に、どうぞ。

 さて、ゼルデュス。こういう事やけど、良かったら自分も挑戦するか?」

「……いいえ、結構です。済まない、ミスハ。私が浅はかだった」

「……いいえ、法師の事を甘くみていたのは、私も同じですから」

「さて、引き分けで勝負が決した処で、皆さんに御紹介しましょう。

 樹里さん、赤羽修士、<「名誉」と「火」と「水」>の御一同さん。

 良い感じで、ベリーレアの焼け具合に仕上がった、額から冷や汗も滴るイイ女。

 <Plant hwyaden>で情報工作の現場担当官をしておられる、ミスハさんです。

 朝起きた時に、枕が足元に転がっていたり、夜道を歩いている時に背筋がブルッとしたら、それらは全て彼女の仕業ですから、安心してな♪」

「私は妖怪ですか! ……ミスハです。今の無様な姿は是非とも忘れて下さいね」


 ミスハが乱れた前髪を掻き揚げながら、挨拶する。

 添えられた凄惨な笑みに、樹里達は慌てて会釈を返した。


「ほな、ボチボチお開きの時間かな、ゼルデュス?」

「そうですね、そろそろお(いとま)させて戴きます」


 ゼルデュスは腰の魔法鞄から、厚さが半分になっている<大学者ノート>を取り出し掲げる。


「お土産も戴きましたし。……完本ならば、尚一層嬉しかったんですがね」

「お兄ちゃんのお古を使うのが、弟の義務やんか?」

「兄ですって!? 兄ならば兄らしく年少の……、そうですね、年長者は理不尽な行いをしても、許される存在ですからね、何をやっても許される……」

「エライ歯切れが悪いなぁ、何ぞ心当たりでもあったかんかな?

 まぁワシは一人っ子やから、その感覚は判らへんけどな。

 それに、同じ弟を持つんやったら、自分やナカルナードよりはエンちゃん、エンクルマの方が何万倍もエエわ。自分ら、可愛くないし、目上を目上と思わへんし。

 長幼の順って言葉を、脳下垂体にレーザーメスで刻み込んだろか?」

「上、上足らざれば、下、下足らず」

「ひっでぇー! ワシが一体、自分らに何をしたって言うねん!?」


 白い目でゼルデュスがレオ丸を見る。レオ丸は吹けない口笛を吹きながら、目を逸らした。

 逸らした先には、ミスハ達の白い目が待ち構えている。


「Oh! It’s a 四面楚歌。虞や虞や、我汝を如何にせん……」


 あくまでも空惚けようとするレオ丸を無視して、ゼルデュスは少し考え込んだ。


「ふむ、エンクルマ……。“黒剣の一番槍”ですか。

 彼とは随分と、親しそうですね?」

「ああ、そうや! “人畜無害”やなくて“人外無骨”の二つ名も持っている、……エンちゃんのくせに二つ名を、……格好の良い二つ名を持っているとは生意気な! ……は、さておいて。

 彼を自分らとを比べたら、そりゃあ通天閣十年分くらいは可愛いしな!」

「比較の基準が、さっぱり判りませんが。……アキバの事は、彼からは何か聞いていますか?」

「うんにゃ、全然聞いてへんで」

「本当に?」

「おお、天地身命に誓って。何なら原始天尊と天空神テュールにも誓うたろう!」

「それなら、良いのですが」

「追加で、テスカトリポカとマルドゥクと、アトン神にも誓うで?」

「信奉していない神々に誓約されても、私には何の得もありませんから」

「そいつぁ、良かった!

 ……それよりも、其処でグッタリとしている、ミファ=ツールさんって、一体何処の何方さんなんや?」

「そうでした。肝心な事を忘れていました」


 膝をついたイントロンが支え直す、大地人の女性武人が被っている白い覆面を、ゼルデュスが勿体をつける事無く取り去る。


「レオ丸学士が友好を深められました、<赤封火狐の砦(ファイアフォックス・キープ)>の砦将閣下の姪御さんです」


 覆面を取り払われた途端、レオ丸が展開するステータス確認画面に、彼女の本当の名前が表示される。


< 名前 / ミズファ=トゥルーデ >< 大地人 >

< 種族 / ヒューマン >< 性別 / 女 >

< メイン職 / 暗殺者 >< Lv.39 >


 獰猛な人食い虎に良く似た雰囲気が、乱れた赤毛も艶めかしく美しい風貌を台無しにしていた。

 その顔を見たレオ丸は、豆鉄砲で蜂の巣にされた鳩のような顔をして、傍らに立つミスハを見上げる。

 獰猛な人食い虎に良く似た雰囲気で、軽く整えられた赤毛も美しく艶めかしい風貌が、其処にあった。

 ミスハは、して遣ったりと先ほどまでのレオ丸のように、微笑んだ。


「私の双子のお姉さんで、妹……のような者です、よ」


 間抜けた顔で口が半開きのレオ丸の肩に、そっと手を置くミスハ。


「高校時代に、“貴方にそっくりなキャラが居るよ!”って言われたのが、私が<エルダー・テイル>を始めた切欠だったんです。

 ……実際にはPVにだけ登場する、モブキャラでしかなかったのは御愛嬌ですが。

 まぁそれでも、自分に良く似たキャラが活躍するって嬉しいじゃないですか!

 私がアバターを作成するに当たって、私自身をモデルにして、更にPVのモブキャラを参考にしたのは当然の事ですよね?

 画面内で躍動する私は、実に格好良く、素敵でした。

 去年の事ですが、<F.O.E>から私宛に一通のメールが届きました。

 送信相手は、<F.O.E>でキャラデザを担当されている内の一人でした。

 “自分が昔に描いたキャラが、動き戦う姿を見て、いつも感動しております。

 来年に発売予定の新規拡張パックに、貴方のアバターでもある私のキャラを、今一度復活させたいのですが?”といった内容でした。

 今度はモブキャラではなく、名のあるキャラクターとして設定し直したいと。

 私は、自分が取り上げられて、他人のモノになってしまうのかと思い、考えるまでもなく拒否しました。

 すると新たなメールには、“貴方のアバターと外見と設定が、そっくりのNPCを作成したい”、と記されてありました。

 “貴方だけがその存在を知っている、特別なNPCです”と。

 それならば、と私は承諾の旨を返信しました」


 ミスハは長い一人語りに、面映そうな微笑みを添える。


「そして、一人楽しみにしていた新規拡張パック、<ノウアスフィアの開墾>が導入されました。

 ですが、続けて起こったのは、<大災害>。

 私も勿論、混乱し周章狼狽しました。

 立ち直ってからは直ぐに、巻き込まれていたギルメン達を呼び集め、自己防衛の手段を講じました。

 理由は二つ。自分達の身を守るために。もう一つは、何処かに居る“双子の姉妹”を捜すために。

 法師が発案されましたヒラノキレ庄見学に参加したのも、<ウメシン・ダンジョン>の企画に協力したのも、<赤封火狐の(ファイアフォックス・キープ)>に乗り込んだのも、使えそうな弱小ギルドを併呑したのも全て、その二つの理由に根ざした行動でしかありません。

 色々と積極的に動いた結果、自己防衛の理由は果たされました。

 “PK”もモンスターも、もう怖くはありません。

 私に対して牙を剥く存在には、それ相応の報いを与えるだけの力は、どうにか身につけましたから。

 後は、もう一つの理由を叶えるために、行動あるのみ。

 実はそちらの方が、難題でしたが。

 何処かに居る、名前も知れぬ、私に良く似た存在。

 ……処が驚く事に、その解決の糸口が目の前にありました。

 正確には、解決の糸口が、私に答えを提示してくれたんです」


 レオ丸の肩に乗せられたミスハの手に、力が強く込められた。


「十日前の事です。砦に居た私に、バルフォー閣下が仰られたんです。

 “貴殿は、儂の姪に良く似ているが他人の空似、偶然の一致かな?”とね。

 私は直ぐに尋ね返しました。その女性が何処に居るのか? と。

 その女性、ミズファ=トゥルーデは幼少の頃から花よりも剣に興味を持ち育ち、若くして騎士団に所属し軍功を重ね、今ではナゴヤ闘技場を統括する部門の長をしている、との事でした。

 一先ず安堵を得ましたが、場所が場所です。

 危険地帯の近くに、彼女を置いておきたくない。

 ……私は、未だ見ぬ彼女を保護するために、どうすれば良いかと考えました。

 考えた結果、<Plant hwyaden>にギルドを引き連れて加入し、一定の足場を確保するのと同時に、濡羽に働きかけてウェストランデの権力者達を揺り動かし、彼女を僻地から中央へと召還させるように命令を出させました。

 バルフォー閣下も、姪御さんのためならばと尽力して下さいましたので、事は容易に進みました。

 私が此処に居るのは、彼女と出会い、迎え入れるためでもあります。

 まさか、二人揃って無様な姿を晒すとは、思いもしませんでしたけどね」


 ミスハの手に、更に力が込められる。


「……ふと、考えてみれば。レオ丸法師の御蔭ですよね?

 私がミナミにて、一定の立場と力を備える事が出来たのも。

 その立場と力を完全に確定出来る場である、<Plant hwyaden>が強固な存在になるための御膳立てをしてくれたのも。

 “姉妹”を捜す手掛かりを与えてくれた、重要人物と逢わせてくれたのも。

 捜し出した“姉妹”とこんなに劇的で見っともない再会を、させてくれたのも」


 ミスハが姿勢を低くして、レオ丸一人に聞こえるように、そっと囁いた。


「私が今あるのは全て、貴方の御蔭です。この御恩は一生忘れません。

 <Plant hwyaden>のミスハで居る時は無理ですが、<冒険者>で居る時の私は、貴方に身も心も全て捧げさせて戴きますわ。

 “情報”という“玩具”を扱う面白さを、教えてもくれましたし。

 ……御前を離れず、御言葉に背かず、忠誠を誓うと誓約致します。

 全ては法師の、……御心のままに」


 レオ丸からスッと離れたミスハは、イントロンの手を払い除けるや、ミズファ=トゥルーデを抱えるようにして支え立つ。


「では、私達はこれで。行きましょうか、“姉妹”?」

「……誰が貴様の“姉妹”か!」

「偉そうな口利きは、自力で立つ者だけが使える特権なのよ、我が妹よ。

 偉そうにしたいなら、自力で歩いたらどうかしら、お姉ちゃん?」


 未だに自力では歩く事も侭ならぬ、獰猛な人食い虎に良く似た雰囲気の赤毛美女に肩を貸しながら、獰猛な人食い虎に良く似た雰囲気の赤毛美女は力強く大地を踏み締め、その場から立ち去った。

 二人二役の即興芝居を見せられたレオ丸の口は、相変わらずポカンと半開きのままである。

 その耳に、ゼルデュスの耳障りな低い笑いが届く。


「貴方の、その間抜け面を見られただけでも、此処に来た甲斐がありました」


 嫌味な笑い声に、レオ丸は漸く正気を取り戻した。


「ようもまぁ、手の込んだ仕掛けをしたもんやね、ゼルデュス?」

「貴方ほどじゃあ、ありませんが?

 私がした事と言えば、漸く任地を離任しイコマへの帰途についた彼女と、此処で合流するように取り計らい、偽装する魔法を仕込んだ覆面を着けさせた、それだけですよ。

 <ミラルレイクの賢者>を捕獲したり、それを高値で我々<Plant hwyaden>に売りつけたり、私が未だ至らぬ偽装の魔法を披露したり、ゲーム時代には存在しなかった広範囲な結界魔法を張り巡らせたり、と。

 貴方と私、どちらが手の込んだ、より無茶な事をしたんでしょうか?」

「それは、個人個人の見解によるんとちゃうか?」

「百人にアンケートすれば、百一人が私の意見に賛同してくれますよ」

「一人増えたんが気になるが、……そんなもんかねぇ」

「世の中って、そんなモノですよ」

「まぁ、今はそうしとこか。……爺さんも達者で暮らしてな」

「中々に得難い体験であった事よの、人を人と思わぬ者よ。汝の御蔭で、寿命がかなり縮んだわ」

「何言うてますのん、とっくの昔に“余生(アディショナル・タイム)”に突入してるクセに」

「身を以って魔法を理解する、良き体験であった事よの」

「そりゃあ良かった。命冥加でしたな」


 では、とゼルデュスが一礼し、ジェレド=ガンと連れ立ちながら背を向ける。

 イントロンがそれに続き、苦笑いを残した。

 テイルザーンが背を向けようとした時、レオ丸が歩み寄り、その手を掴んだ。


「別れる前に名刺交換、フレンドリストの登録をしとこや、テイルザーン君」


 胡乱で批判的な色と、賞賛と共感の色を綯い交ぜにした眼で、テイルザーンがそれに応じる。


「ナカルナードのアホンダラをほったらかしにしてしもうた、ワシが言うのもなんやけど、よう聞いてな。

 チャールズ・エルトンって生態学者さんが、言い出した概念やけどな。

 “健全な動植物社会が成り立つにはためには、<生物学的な多様性の維持>が必要”なんやて。

 レイチェル・カーソンって生物学者さんも、同じ事を言うてはる。

 画一的な、均一性のある社会は、そもそも不自然なんやとさ。

 其処に一度、病原菌が発生すれば、全てが冒され死に絶えるさかいな。

 バランスの取れた環境ってぇヤツは、実に様々なモノの相関関係により成り立つもんやねんて。

 思想や意見、意思もまた、同じやとワシは思う。

 ナカルナードを未だ見捨てずに居てくれんは、ホンマに有難い、感謝する。

 せやけど、自分の意思や意見が淘汰されへんように、細心の注意を払ってな。

 アイツの道はアイツが決めるし、それでどうなろうが全てアイツの責任や。

 アイツに、支えるだけの価値があるなら、支えたって欲しい。

 もし……支える価値がないと判断したら、即座に離れてや。

 人に蔓延った“毒”は、直ぐに近くの人に伝染するからな。

 所謂、“腐ったモチの方程式”ってヤツやな。

 モチを腐らせる黴は、実に始末の悪い“猛毒”やからな。

 ワシは、……ワシが遣りたい事が、アイツと違うかったから、離れた。

 それに対しては、罪悪感も何も無い。ワシはワシ、アイツはアイツやからな。

 結果、どうやらアイツは“毒”に冒され始め、ワシは此処で皆に足蹴にされた。

 どちらが正解なんか、ワシには判らへんし、アイツにも判らへんやろう。

 ワシは此の世界に居る間、ずっとその答えを考え続けるわ。

 何れ現実へと帰還出来たら、そん時はそん時で自己検証をするわ。

 自分も、自分の判断が維持出来るように、多様性の一つで居られ続けるように、己を偽る事なく誠心誠意、励んでな」

「肝に銘じときますわ、レオ丸法師の御言葉」

「その内に落ち着いたら、皆でダラッと集まり、ダラダラと過ごしたいねぇ。

 ……そん時に、ナカルナード達も居ったら、サイコーやね?」

「ホンマに、そうですね……」


 少し寂しそうに、それでいて何かが吹っ切れたような明るい顔で、テイルザーンは手を振ると、小走りで駆けて行った。


「流石はレオ丸さん。偶には良い事も、偶には言いますよね」

「おお! カズ彦君! いつの間に!」

「エルトンとか言う学者さんの名前が出た辺りからですが、何か?」

「ああ、そう。……って、さっき“偶に”って二回も言うたやろ!」

「ええ、それが何か?」

「一回で充分やんか、文法的に!」

「……“偶に”自体は否定しないんですね」

「いっつもエエ事言うてたら、それは普遍化、常態化ってヤツやん。

 それはもう普通の言葉であって、“良い事を言う”ではあらへんもん」

「また、捻くれた事を」

「ワシは自分と、1260度見方が違うだけやん。捻くれているやなんて、大袈裟な」

「三回転半ってまた、アクセルジャンプですか?」

「“氷上の奇行師”って、呼んでくれてもエエよ?」

「何ですかそれは」

「“ネクロマンサー”って二つ名よりは、よっぽどマシやろがッ!」


 明後日の方向を見上げて、罵詈雑言を並べ立て叫び出すレオ丸。


「“ネクロマンサー”でも大概やのに、“ネクロフィリア”とは何事や!?

 笑い事でもあらへん、 大事(おおごと)や!!

 誰が死体としたい! って言うた! 人権主義者のワシは、死体が死んでるってだけで差別したりはせぇへんけどな!

 それでも死体は無いやろう! 幽霊ならOKやけどな!

 ワシは粘着性な気質やないけど、蛇より執念深いからな!

 うぉにょれ、覚えとけよ、ヘルメスちゃん!

 枕を高くして毎晩寝れるとは思うなよ! 三日に一度は寝違えるように、毎朝毎晩思い出した時に気が向いたら、呪いの儀式をしたるからな! 面倒臭いからせぇへんけど!

 我に、小物臭い遣られキャラっぽい名前を奉った者共の背中の、一番手が届かへん処に、何度も何度も蚊が食いますように!

 ビラコチャ神よ、我が願いを受け止め給え!」


 握り締めた両の拳を天に突き上げ、バンガオー! と留めに叫び、荒れた呼吸を吐き出すレオ丸の肩を、カズ彦が優しく叩いた。


「ドンマイ、レオ丸さん」

「おう! おおきに! って、エラく人気(ひとけ)が減ったなぁ?」


 憐れなモノを見るような目をしている、樹里と玄翁。

 慰めるように肩を叩いてくれている、カズ彦。

 一抱えの荷物を背負わされたまま、翼を休め欠伸をしている、グリフォン。

 レオ丸の傍に残っている者は、それで全員であった。


「アグニ君達は? コスモスさん達は? 何処に行ったんや、皆?」

「<「名誉」と「火」と「水」>の面子は、買い物に行ったよ。……いや、行かせたよ」

「レオ丸さんの御言葉が、あまりにその教育上、青少年達には宜しくないもので」

「コスモス達には、それに随行させました。買い物が終了したら、ミナミに|帰投(RTB)するように、伝えてあります。

 ……ああ、そうだ。コスモスから、レオ丸さんに伝言です。

 “世の中、侭ならない事ばかりで大変でしょうが、頑張って下さい”ですって。

 若い娘にモテモテですね、レオ丸さん?」

「やはり、これも人徳やろなぁ」

「何が人徳だ、悪たれ坊主」

「言うたな、マイクロチップ」


 睨み合うレオ丸と玄翁を、カズ彦が呆れ顔で分ける。


「それよりも! ……レオ丸さん、交渉は首尾よく纏まりましたか?」

「バッチリやで! やはり守備がようないと、試合には勝てんね!」

「それなら、良かった」

「ほんで、カズ彦君。そっちの方は、上手い事やってくれた?」

「ええ、まぁ……」

「何か拙い事でもあったんか?」

「馬車は離れた所に移動させて、放置しました。忌無芳一に念話で命令しましたんで、今頃は回収してくれているでしょう。

 <狂骨の欠片(マッド・ボーン)>も荷台に載せときましたんで、それも一緒に。

 それよりも、レオ丸さん!」


 レオ丸の正面に立ったカズ彦は、その両肩をがっしりと握り締めた。


「何て物を、渡してくれたんですかッ!」

「え?」

「爆発自体は、おっしゃられた通りの規模でした。ええ、爆発自体は。

 ……問題は、その後です」

「ふむ?」

<妖精の輪(フェアリー・リング)>があった所は今、溶岩の沼になっています」

「そいつぁ、また……流石は<灼熱国の巨人の心臓(ムスペルヘイム・ボム)>やね♪」

「やね♪ じゃあないでしょう、全く! 兎に角、依頼は無事に終了しました」

「おおきに、有難う!」

「それと、もう一つ。お祝いにプレゼントを持って着ましたよ」


 レオ丸から離れたカズ彦が、グリフォンの背中の荷物を下ろし、荷を開く。


「覚えていますか、レオ丸さん。コレの事を?」


 カズ彦が両手に掲げたのは二つの、ゴツゴツとした手彫り感溢れる招き猫、のようなモノであった。


「……ああ! <大風の支配者の石像(ロードゲイル・ガーゴイル)>か! 懐かしいなぁ」

「皆で潜った<ムセイオン学院>の地下ダンジョン、懐かしいですねぇ」

「ホンマになぁ。……カナミのお嬢さんのガラクタ集めには、ほとほと呆れたなぁ」

「それは、レオ丸さんも同罪でしょうが」


 苦笑いを浮かべるカズ彦から、二体の石像を受け取るレオ丸。

 これもどうぞ、と一枚の札も渡された。


「そっかそっか、そやったなぁ。お嬢さんのコレクションを押し付けられ……管理させられていたんやったなぁ、カズ彦君は」

「銀行口座の目録を見る度に、うんざりしていますよ」

「そやけど、勝手に貰ってエエんかな?」

「別に良いでしょう。って言うか、カナミがコレクションし出した切欠は、レオ丸さん貴方なんですから、少しは責任を分担して下さいよ」

「了解。いざとなったら、ワシが怒られるわな」


 二人は、共犯者としての笑みを交わす。


「それでは、また何処かで会いましょう」


 そう言ってカズ彦は、太陽が中天へと到った大空へと、グリフォンに跨り去って行った。


「気持ちの良い人でしたね、カズ彦さんは」

「やろう? カズ彦君は、実にエエ青年やで。……最近は心労も多そうなんが、心配やが」

「気持ちの良くない奴らだったな、<Plant hwyaden>は!」

「そやねぇ。……理性とか良識とかが働いてくれるなら、少しはマシになるんやけどな、ミナミも」

「取り敢えずは、一件落着ですかね?」


 石像を足元に置いて懐に札を仕舞い、序で<彩雲の煙管>を取り出し美味そうに吸うレオ丸に、樹里が一輪の花をはにかみながら差し出す。


拈華微笑(ねんげびしょう)でしたっけ」


 レオ丸は一瞬戸惑った顔をし、直ぐにふやけさせた。

 野に咲いていた花を嬉しそうに受け取ると、襟元へと挿す。


「レオ丸さんの御心遣いは、正しく理解し頂戴しています。本当に、本当に有難うございました」


 樹里は、はにかみを悪戯っ子のような笑みに変化させた。


「レオ丸さん、確かに貴方は素晴らしい……“ネクロマンサー”ですよ♪」


 <ハチマンの新宮>が座す<お社の山>の麓から、レオ丸の絶叫が玄翁の爆笑を纏わせて、遥か天空へと響けとばかりに轟き渡った。

 発覚以来の懸案事項でありました、<ミスハ問題>。

 このような解決方法で処理しましたが、如何でしたでしょうか?

 島村不二郎様には、改めて感謝を。ありがちな回答で、申し訳ないです。誠に力足らずにて。

 佐竹三郎様。再び御作のエンちゃんの名をお借りしました。

 ヘルメスに対しては、含むものはありませんよ。身も心も疚しいもの無く、ツルペタにて(苦笑)。


 さて、後一つの事を回収するためだけに、<+34Days>は後一回続きます。

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