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第弐歩・大災害+34Days 其の参

レオ丸が、佐竹三郎様の『残念職と呼ばないで(仮)。』に再度、出張中です。

トホホ親父は、今も以前も……、やる事に変わり無しです。

THE首尾一貫♪ ブレた人生にブレは無し!

ちょいと、文章を是正しました。更に色々と訂正致しました。(2014.08.19)

更に加筆修正致しました(2015.02.21)

 閉ざされ、僅かな灯りしかない室内に座する者達は、登場した新たな参加者を思い思いの目で注視する。

 樹里とアグニと、老人を別室から連行してきた玄翁の三人は、これからの展開に興味津々な様子で。

 不気味な雰囲気と息苦しさに、未だ慣れないでいるメリサンドは、恐々と。

 <大災害>直後に、レオ丸の変わり者具合の一端に触れた事のあるイントロンは、事の推移を楽しむかのように。

 ギルド幹部からの命令で、渋々やって来て着座しているテイルザーンは、全く興味なさそうに。

 白い頭巾で顔を隠したままのミファ=ツールは、くぐもった笑いを侮った風に漏らしながら。

 ゼルデュスは、より一層眼を細めた。


「どないしたん、ゼルデュス。山椒太夫みたいに慳貪な顔してからに?」

「……この人物は、誰なんですか?」

「ステータスで確認したんやろ? 事情があって隠棲生活していた大地人の老学者、アタドン=エマノンさんや」

「アタドン=エマノン? ふん! “NODATA=NONAME”だなんて、よくもまぁ安直な設定を施されたもんだ。

 ……私を馬鹿にするためだけに、そんな名前にしたんでしょう!?」

「まぁまぁ、落ち着きぃや。自分だけやなく、世の全てを小馬鹿にしただけやん。

 それ以上に、慌てて命名したから、面白ない名前にしてしもうたんやけどな」


 ゼルデュスの様相を静かに見つめていた大地人の老人は、背後に立つレオ丸を白く濁った眼差しで見上げる。


「この者かの、我輩に研究の場を与えてくれる者とは?」

「さいだす。あんさんほどには目も昏く濁ってまへんけど、それも時間の問題ですやろな。……将来有望な人材でっしゃやろ?」

「ふむ。少なくとも纏う陰影は、我輩を矮小化させたような感じかの」

「そいつは、良かった。同病相憐れむ仲なら、上手い事いきまっしゃろ。

 暗黒な導師を自認してはるなら、この暗黒な大宰相を不肖の弟子にしはって、捻じ曲げて捻じ曲げて、螺旋を描く真っ直ぐな性根にしたって、おくんなさいな」

「それで!!」


 ダンッ! と机を叩き、ゼルデュスが椅子を蹴倒して立ち上がった。


「その人物は、誰、なんですかッ!!」

「さて、誰でしょう?」


 赤黒く染まった顔の、見開かれて血走ったゼルデュスの眼を、レオ丸はゴーグル越しに見る。

 鬼火の淡い光に照らし染められた、レオ丸の口元が蒼黒く、緩んだ。


「正解は、……ウェブで! って言いたいけれど、そんな便利なアイテムは此の世界には何処にもあらへんし、仕方ないよなぁ。

 まぁ、もうちょいやと思うんで待って頂戴な」


 睨み合う、レオ丸とゼルデュス。

 間に挟まれた老人は、愉快そうな面持ちで両者を見比べる。

 他の者達は黙り込んで、中央のテーブルに居る三人を交互に見詰めた。

 息苦しい沈黙は、暫く続く。

 先に痺れをきらしたのは、ゼルデュスであった。


「それで? 後どれだけ待てば教えてくれるんですかねぇ、その正解とやらは?」

「そやねぇ。腕時計かタイマーがあれば、こないに待たさんで済むんやけどな。

 例えば此れが、ワシが主人公の物語やったらな、ワシが“誰やと、思う?”って言うた瞬間に、自動的に正解が発表されるんやけどなぁ。

 現実は、そう上手い事いかへんね?」


 相変わらず室内に漂う息苦しく気まずい雰囲気に、レオ丸が軽口を叩いた端から全て瞬時に雲散霧消する。


「……場繋ぎに、一曲歌おか? では、失礼して。♪どーこの誰だか知ーらないけんど、だーれもが誰だか、知ーって♪ おぅっと!!」


 レオ丸が、テンポをずらして歌い出したその瞬間、それは起こった。

 老人の体が、青く光り出したのだ。

 ウィル・オー・ウィスプの放つ蒼い光とは違う、青い光に包まれ仰け反る老人。


「AGAGAGAGAGAGA……」


 苦しそうに卓上を掻き毟る両手、泡状の涎を垂れ流す口、天井へと突き出されてのたうち暴れる舌。

 突然の出来事に、ゼルデュスの腰が引けた。

 他の者も、光ながら悶える老人の姿に慄いている。

 レオ丸は独り、困ったような表情をしていた。


「GUGHE!!」


 一際仰け反った老人の口から、黒い塊がひょこっと顔を出す。


「えーんがちょ! ……ワシが思うてたんと、何か違うなぁ?」


 黒い塊は細いながらも、モコモコとした煙であった。それが、蛇のように鎌首をもたげて現出する。


「うーん、残念。……もうちょいスマートな感じで、何ともいかした小粋な演出になるかと、思うてんけどなぁ」


 レオ丸が、その黒い煙の頭を片手で握り締めるや、一気に引き抜いた。

 ズルズルと引きずり出された黒い煙は、あっという間にレオ丸の手元でクルクルと球状へと纏められる。


「何事も、思ったようにはいかへんね」


 バレーボール大に巻き取られた黒い煙を、レオ丸は些かの躊躇いも持たず両手で叩き潰した。まるで羽虫でも潰すかのように。


「“主は、[人間は、努力をする限り、迷うものだ]、と答え賜うなり”

 ってのは、『ファウスト』からの引用やけど。

 ま、これからも迷うためにも、努力しよか! ってのは、前提が可笑しいかな?

 自分は、どう思う? 本末が転倒しまくってるかな?」


 ゼルデュスは、答えなかった。卓上に突っ伏し荒く呼吸している、大地人の老人に目が釘付けになり、答えられずにいる。

 他の者達もまた、ゼルデュス同様に老人を無言で見詰めていた。


「ちっ! 無視かい! まぁ、エエわ。そ~れでは皆さん、お待たせしました~♪」


 吐き出した五色の煙を指先で弄びながら、レオ丸は歌うように言う。


「爺さんの正体は、何を隠そう尻隠そう<ミラルレイクの大賢者>かっこ先代かっこ閉じるでお馴染みの、ジェレド=ガンさんです!

 伝説の人物は、チュパカブラやツチノコと違い、実在していました!

 パンパカパーン! 今週のハイライトでした! はい、拍手!」


 独りで高らかに拍手をするも、凍りついたような室内の雰囲気に、レオ丸は寂しそうに手を下ろした。


「皆、ノリが悪いなぁ……」


 ミファ=ツールも椅子を蹴倒し、立ち上がる。

 床に転がる時に椅子が立てた大きな音で、レオ丸の呟きは誰の耳にも届かなかった。


「大……賢者……だと!?」


 ジェレド=ガンと同じ大地人である女性の武人は、ヨロヨロと中央のテーブルに近づく。

 後一歩という処で、レオ丸の手が彼女の歩みを妨げた。


「はい! 其処まで!」


 レオ丸が煙管をピコピコと動かしながら、ミファ=ツールの前に上体を傾ける。


「あんさんの声を聞くと、何だか心がザワザワとするんやけど、今は其の辺の棚の上へでも置いとこか。

 ほな、交渉を続けんで。

 あんさんも、ゼルデュスも、阿呆みたいに立ってんと、椅子にお座りよし。

 立ち話やと、腰が痛くなんで?

 ……って言うても、ワシの椅子は爺さんが使っているか」


 顎を掻いて困り顔のレオ丸の元に、左側から椅子が差し出された。


「済みません、レオ丸先生。ウチのギルマスが少し気分を悪くしているので、退出させてくれませんか?」


 レオ丸が大袈裟に、額をぴしゃりと叩く。


「スマン! ワシの考え足らずやった! 堪忍やで!」


 頭を下げて詫びた後、レオ丸はメリサンドとアグニに退出を促す。


「後はオジサンとオバ……オネーサンに任せて、外の空気を吸うておいで」


 樹里が発する痛いほどの視線を感じながら、レオ丸は覚束ない足取りで部屋を出る二人を見送った。

 扉が再び、閉じられる。


「ほな、赤羽修士も座って頂戴な。

 今からは自分が、<「名誉」と「火」と「水」>の代表代行格で参加って事で、何卒ヨロシコ頼むぜよ。……ゼルデュスもOK?」


 呆然としながら無意識で頷くゼルデュスは、起こした椅子に腰を落とした。

 イントロンが起こした椅子に、ミファ=ツールも力無く座り込む。


「ほいで、どうやろうか、ゼルデュス? 此の爺さんを熨斗つけてプレゼントするさかいに、代価になりまへんやろか?」

「いつ……何処で……」

「時は最近、処は秘密。某日某所でゲットして、アブラカタブラと……」


 言い澱んだレオ丸が、玄翁の方に顔を向けた。


「チチンプイプイ、の方が好感度アップになるかな?」

「どっちでも、いいでしょう、其処は!」


 玄翁が溜息を吐き出し、何故か樹里まで首を横に振っている。


「仔細省略って訳で、ワシの所有する動産として、此処に居てはるねん。

 ……詳しい事は、譲渡手続きが終了してから、本人にでも尋ねたらどうや?」

「此の御方は、誰のモノでも無い! 我々、大地人の至宝というべきお方だ!」


 激高したミファ=ツールが再び立ち上がり、腰に挿した軍用サーベルの柄に手をかけた。


「ゼルデュス! こんな茶番は終了だ! 後は力尽くで解決すれば良い!」


 ミファ=ツールが鞘走らせ銀光を放つと同時に、其方へと顔を向けたレオ丸が、ポカリと口を丸く開く。

 その口腔内で、魔法円が妖しい輝きを放った。

 暗い室内でさえハッキリと見える濃密な漆黒の霧が、塊となりレオ丸の口からドッと溢れ出して膨らむや、今しも斬りかかろうとしていたミファ=ツールをスッポリと包み込む。

 人一人を呑み込んだ黒い霧は、床で激しく蠢き蟠った。


「主殿」


 不意に、黒い霧の一部が伸び上がる。

 その先にはベールで顔を半分隠し、隠していない口元に冷笑を浮かべた、女性の生首が生まれた出た。


「如何致せば良いでありんす?」

「アマミYさん、御免やけど其のまま隅で控えといて頂戴な。

 あ、……出来るだけ穏便にな、ほんで出来たら殺さんといてね?

 背の高い、肩幅広いおねーちゃんは、此の世の至宝やからさ♪」


 予備動作なしで召喚された、エルジェベトの唇が一層薄く、細く釣り上がる。

 その笑みの残像を残して、黒い霧は一瞬で室内の闇へと同化した。


「入室前に武装解除せぇへんかったのは、こっちのミスかなぁ?

 ゼルデュスの見解は、如何ですかいな?」

「……こちらの、ミスです……」


 搾り出されたゼルデュスの声が、責任の所在を明確にする。


「自分らの武装解除はするだけ無駄やし、理性的にお話が出来ると思うてたからスルーしてたけど、彼女の方には配慮してても良かったかもなぁ。

 いやはや吃驚仰天でした!!」


 椅子の背もたれに体を預けたレオ丸が、暢気に五色の煙を吹いた。


「ほんで、どないや?」


 ほぼ失神の状態から漸く脱し、口元を拭いながらゼルデュスに昏い目を向ける、ジェレド=ガン。


「……了解しました。宜しいでしょう」


 疲れたような仕草でゼルデュスが眼鏡を外し、目尻を揉みながら大きく息を吐いて、背もたれに身を預けた。


「そちらの樹里嬢が、当地神域の主権者である事。

 彼女に滞在を承認された者達が、彼女に従事協力する事に、一切の異議を申し立てない事。

 此方の活動に対し、一切の妨害工作をしない事。

 以上の条件を、<Plant hwyaden>の名において承認致します」

「神領、あるいは社領とも言うけど。それは、なんぼほど貰える?」

「……ハチマンの町を、承認致します」

「ゾーン一個とは、天下の<Plant hwyaden>も案外、(しわ)いなぁ?」

「ヒコネの町も、……承認します」

「オクテイトも付けてくれたら、更に豪華な粗品がオマケで付くけどね?」

「オマケとは、何です?」

「余剰の<大学者ノート>を、一冊進呈」

「……良いでしょう、呑みましょう!」

「ほな、決まりやね♪」


 腰に装備した魔法鞄から、必要なアイテムをいそいそと取り出すレオ丸。

 卓上に広げた<大学者ノート>の空白ページに、<大師の自在墨筆>で何やら絵を描き出した。


「♪三~千~世界の~鴉を殺し~、主と朝寝が~してみたい~♪」


 陰気なトーンで都都逸を口遊み、筆を走らせるレオ丸。

 一見無邪気にも見えるその姿を見ながら、ゼルデュスは少し落ち着いた様子で、以前から抱えていた疑問をぶつけた。


「レオ丸学士は何故いつも、蟷螂の斧たらんとなされているんですか?」

「何でやろねぇ、……多分やけど、集団に群れて個を失くすんが嫌なんやろうな」

「マイノリティーよりは、マジョリティーの方が生き易いでしょうが?」

「そら生き易いはなぁ、何せ、責任所在が不明瞭になるしなぁ。

 そやけど、ホンマにそれで生きてると言えるかな、ゼルデュス学士?」

「自我さえあれば、何処でも生きていられるでしょう」

「自我が、保たれるんであれば、な。

 そやけど、マジョリティーに属した瞬間に自我は消滅し、“我”は“我々”になるやんか。

 “皆、言うてる”とか、“世の中の、社会の総意”とかってさ。

 ニュースを見ている時に、いつも疑問やってんわ。

 マスコミが偉そうに宣ったり、政治家や評論家が伝家の宝刀のように叫び倒しとる“社会”とか、“国民”とかって一体、何処の国の誰の事なんやろうってな。

 ワシは、いつも複数の意見と答えを持っていたい人間なんでな、その時に選択した意見が“社会”や“国民”の意見と違った場合、ワシは“非国民”なんやろか?

 “国民”でいるために意見を変えなアカンのか? ってね」

「ですが、常に意見を集約し、大勢が何となく納得出来る統一見解を大まかに提示するのが、日本的文化と言えるんではないでしょうか?」

「十七条の一番目、“一に曰く、(やわらぎ)を以て貴しと為し、(さか)ふること無きを宗とせよ”か。

 その通り! 日本人ならばいつ如何なる時も、“和”やら“チームワーク”やらを、大事にせなアカン!

 ワシも日本人やから、“和”を大事に思っている。

 ……自分達が思っている以上にやで、ホンマ」

「それならば、尚更」

「そやから尚更、群れには属さへんねん。

 ワシは常に天邪鬼で、群れの中では必ず異分子的で、“忤ふる”存在やからな。

 気に食わない事があれば、“和”も“チームワーク”も平気で乱すし、遠慮なしでぶっ壊すで?

 それになぁ、どっかのギルドに属するんは<ポンポンペインズ>で、マジで懲り懲りしたんやわ。

 ワシには、<大英知図書館学士院>や<せ学会>、<幻獣の結社>やら<モフモフ同盟>みたいな、オフ会主体の弛い連帯に属するくらいで、丁度エエわ」

「でもギルドに属さず、独りぼっちのソロプレイヤーが為せる事など、高が知れているでしょう?」

「そうでもないで? 世の中には独りでないと、出来ひん事も仰山あるで?」

「孤高のレジスタンス、ってヤツですか」

「そないに格好エエもんでもないけどなぁ……、いっつも泥水啜って這い蹲ってばっかしやしなぁ。

 でもまぁ、レジスタンスってな、仲間が出来てからするもんやないで。

 先ずは、独りで始めるもんや。……それにな、独りやからって舐めんなよ。

 自分らよりも、ワシ独りが知っている事が沢山あるでェ♪」

「ほほう?」

「自分達<Plant hwyaden>の知っている事が、ワシの知っている事と、拮抗するか凌駕するまでは、ワシは絶対に負けへんよってにな」

「ふむ……」

「果たして<Plant hwyaden>が、ワシ独りを打倒するまでに、被害はどんくらい出るやろな?

 果たしてそれに自分達は、特にウェストランデのお貴族さん達は、何処まで耐えきれるかいなぁ?」


 さて出来た、とレオ丸は筆を置いた。


「ゼルデュス学士、それと<Plant hwyaden>のゼルデュスに、お尋ねする。

 これが何かを、当然ながら知っているよな?」

「宝印神符。本宮の牛王宝印とは、……また、古風な物を」

「そいつぁ良かった! 知っていなけりゃ意味の無いもんやからねぇ……」


 レオ丸が描き上げたのは、二枚の絵画のような物である。

 それぞれに、八十八羽のカラスのイラストが一面に散りばめられていた。

 二ページ共に丁寧に切り取ると、レオ丸は裏返し、再び筆を取る。



『 一つ、<ハチマンの新宮>及びその神域の主権は、樹里・グリーンフィンガース氏が所有する。

  一つ、主権者たる樹里・グリーンフィンガース氏が宮司を勤める当社神域に、滞在を承認された者達が、彼女に従事協力する事に、何人たりとて一切の異議を申し立てる事は出来ない。

 一つ、<ハチマンの新宮>が携わる活動に対し、何人たりとて一切の妨害は許されない。

 一つ、ハチマンの町、並びに隣接ゾーンであるヒコネの町、オクテイトの町は全て、<ハチマンの新宮>の神領となり、今後はその活動を支援する。

 右、相守可条々。

<Plant hwyaden>並びにゼルデュスは是を尊重し、その権利を侵犯せぬ事を誓約するものなり 』


『 一つ、<ミラルレイクの大賢者>たるジェレド=ガンは、この起請文が正式に発効して以降より、<Plant hwyaden>に属する。

  一つ、ジェレド=ガンが<Plant hwyaden>に属する事に関して、何人も異議を申し立てる事は出来ない。

  一つ、ゼルデュスに格別の用が生じた際には、西武蔵坊レオ丸は万難を排除して一致協力する。

  一つ、西武蔵坊レオ丸は所有するアイテムである<大学者ノート>を一冊、任意で選び、ゼルデュスに所有権を委譲する。


 右、相守可条々。

 西武蔵坊レオ丸は尊重し、侵犯せぬ事を誓約するものなり 』



 同じ文面を一字一句狂いなく書き終えたレオ丸は、二枚共にゼルデュスへと提示した。


「さて、問題が無ければ、署名と血判を宜しく」


 鬼火に蒼く照らされた二枚の起請文を、じっくりと読み終えたゼルデュスは腕組をし、小さく鼻を鳴らし軽く頷く。

 徐にポケットへと手を入れ、ペンを取り出し署名しようとした。


「ちょいと待った!」


 レオ丸は、ニンマリとしながらその行為を制止する。


「<契約者のペン>で、書いてくれるか。……持って来ているやろ?」


 ゼルデュスは、手にしていた普通のペンを卓上に放り出し、溜息をついて懐に手を差し入れ、一本のアイテムを取り出した。

 <契約者のペン>は、レオ丸の持つ<大師の自在墨筆>と同じく、書き記した文字に魔力を付加する事が出来るアイテムである。更に特筆すべき事として、何がしかの書類に署名をした場合、その書類の内容を記名者に“呪縛(ギアス)”として強制させる能力がある。

 別名、<ファウストのペン>。

 以前にゼルデュスが西欧サーバの、<金印勅書の自由都市>にて入手した、一部のマニア達の間では垂涎のアイテムでもあった。


「これで、良いですか?」


 <契約者のペン>で自分の名前を二枚それぞれに署名し、僅かに噛み切った左手の薬指をその名前の上に押し付ける。


「はい、OK。ほなワシも、そのペンで署名させてもらうわな」


 ペンを受け取ると、ゼルデュスと同じように署名し、血判を押すレオ丸。


「いやぁ、一遍でエエから使うてみたかってん♪」


 楽しそうなレオ丸から返却されたペンを懐に仕舞うと、ゼルデュスは敗北した者の如く首を振った。


「ではでは、契約書を仕上げましょか!」


 薬指から滴る血の雫を<大師の自在墨筆>の筆先に吸わせると、レオ丸は表に返した二枚の起請文の中央に、朱印を正しく描く。

 完成! と、レオ丸が呟いた瞬間、描かれたばかりの二つの朱印が鮮やかに紅く輝き、静かに治まった。


「これで契約は成立。一枚はそっちに、もう一枚はと……」


 手元に残した起請文を右手に取ると、レオ丸は立ち上がり、左方へと向き直る。


「樹里さん、どうぞお受け取りを。而して後に、奉納下さいませ」


 恭しく捧げられた起請文を、同じく立ち上がった樹里が一歩踏み出し、足を揃えて両手で受納した。

 卒業式みたいだな、と玄翁は場違いな感想を抱きながら、一連の事を見届ける。


「ああ、そや。……アマミYさん、もう直ぐエンドロールやさかいに、こっちへ戻っておいで」


 部屋の片隅から湧き出た漆黒の霧が、レオ丸の襟元に吸い込まれて消えた。


「タエKさん。暗幕外して、窓開けよ!」

「承りました、旦那様」


 突然、室内が真っ白い陽光に満たされる。

 小さいながらも開け放たれた窓から差し込む明るさは、闇の色に慣れ過ぎた者達の眼には暴力的過ぎた。

 光度調整が自動的に働く<淨玻璃眼鏡(モーリオン・ゴーグル)>をかけたレオ丸だけが、一人爽やかな顔でのびのびと深呼吸をする。


「ああ、息苦しくて適わんかった! 外の空気はホンマに美味しいなぁ!

 ねぇ、皆さん……?」


 にこやかなレオ丸の口調は、室内の惨状に尻すぼみとなる。

 受け取った起請文に突っ伏し身悶えする、樹里。

 椅子から転がり落ち、両手で顔を押さえながら悶絶する、玄翁。

 ゼルデュスも、ジェレド=ガンも、テイルザーンも、イントロンも、両手で顔を覆い苦悶している。

 部屋の片隅では、白覆面をしたままのミファ=ツールがぐったりと横たわり、タエKが窓から外した暗幕で頬被りをして控えていた。


「あ、しもた! ウィル・オー・ウィスプ達を、消し飛ばしてしもた!

 あの子らは、陽光に弱いのに!

 ……可哀想な事をしてしもうたなぁ。御免やで!」


 謝る相手が違うだろう! と、室内の者達は心の中で総ツッコミをした。



 難しい顔をしながら腕組みをするテイルザーンの後を、大きな本を抱えたジェレド=ガンが歩き、ニヒルな笑みを浮かべたイントロンが、ミファ=ツールに肩を貸しながら更にその後を進む。

 最後に社務所から表へと踏み出したレオ丸は、大きく伸びをして、首をコキコキと鳴らす。


「ああ、疲れた!」

「……それは、こっちの台詞ですよ、レオ丸学士」


 レオ丸の左側、少し前を歩くゼルデュスは、呆れたように苦情を漏らす。


「“編纂作業の用あり”の言葉に釣られて、勝つための準備も碌にせず、ホイホイと出て来た私が馬鹿でした」

「己の立場に過信したのが、うぬの負けよ、ってな」


 ゼルデュスの横を大股で歩く玄翁が、せせら笑った。


「物事を、勝ち負けで判断してたんじゃ、未だ未だやと思うけどなぁ、ワシは。

 “禍福は糾える縄の如し”やし、“満つれば欠けるの例えあり”、やでな。

 ……さて、それはそれとして」


 レオ丸は左に折れ、煙管を懐に仕舞いながら、社務所の傍へと進路を取る。

 古木の根に腰を下ろして休息を取り、血色を取り戻しているメリサンドと、傍で佇み心配そうな表情を解いていないアグニ。

 二人の元へと歩み寄ったレオ丸は、膝の前で両手を合わせて深々と頭を下げた。


「嫌なモノを見せ、嫌な目に遭わせて、本当に御免!」

「本当ですよ!」


 アグニが初めて、レオ丸に対し声を荒げる。


「何てモノを見せるんですか! 幾ら先生でも、やって良い事と……」

「宜しいですわ。謝罪を受け入れます」


 メリサンドのほっそりとした手がアグニの大きな手を掴み、レオ丸への非難を制止した。


「子供には出来ない、大人の戦い方を勉強させて戴きましたし」


 優雅に身を起こしたメリサンドが、レオ丸の耳元で囁く。


「それで、私達を守って下さいましたのでしょ? 悪党の仮面を付けてまで」


 頭を上げたレオ丸は、目尻を下げて顎を掻いた。


「仰せの通りにて候。……女の子も、やはり女性やねぇ。ホンマ、怖いわ」

「あら、“弱き者よ、汝の名は女なり”ですわよ? 怖いだなんて、ねぇ」


 レオ丸は手を目一杯伸ばして、高い所にあるアグニの両肩を、力を込めて励ますように掴んだ。


「“女の言う事は下らねぇ、けんど、そいつを聴かねぇ男は正気でねぇ”」

「え? そうなんですか?」

「セルバンテス大先生の言葉は世の真理やで、アグニ君。……頑張れよ!」

「はぁ、まぁ、頑張ります!」

「じゃあ早速に、頑張ってくれ」


 アグニの肩から外した手を、<マリョーナの鞍袋>に入れて何かを探し当て、摘み出すレオ丸。


「はい、<紅い蒼玉(クリムゾン・サファイア)>。ロンデニウムでの拾い物や」

「???」


 いきなり手渡された、小石ほどの大きさの珍品の宝石に、アグニは澄んだ瞳を白黒とさせる。


「ちょいと、買い物を頼むわ」

「……何を買ってくれば良いんでしょうか?」

「口は広めやけど、底はそれほど深くない、頑丈な水瓶を一つ買うてきて欲しい。

 売り物でなければ腕の良さげな職人に、大至急に作ってもろうて。

 材質は焼き物でも、石でも構わへんから。木製だけはアカンで、よほどの材質を選ばへんと、野ざらしでは長持ちせぇへんしな。

 お釣は、<「名誉」と「火」と「水」>の皆で好きに使ってくれたらエエし」

「剛毅な御駄賃ですこと」


 メリサンドが一瞬、物欲しげな目をしたが、自戒するかのように首を一振りして、アグニを促す。


「皆を呼んできて、アグニ。ハチマンか、あるいはヒコネまで、皆で一緒に買い物へと行きましょう!」


 アグニが小走りに社務所へ消え、入れ替わりに、昨夜と同じ威儀装束姿に着替えた樹里が出て来た。


「それでは、奉納して参ります」


 綺麗に三つ折され、奉書紙に包まれた起請文を載せた白木の三宝を奉持したまま、樹里はレオ丸達に姿勢正しく一礼して、<ハチマンの新宮>が座す<お社の山>へ静々と進む。


「綺麗ですわ、樹里御姉様」

「ホンマやねぇ……」


 瞳をキラキラとさせながら、山道をゆっくり登る樹里を見送るメリサンド。

 その横顔を見守るレオ丸の表情は、実に微妙な色であった。


「私にも、拝観させて戴けませんかね?」

「そいつは、無理やな」


 背後に立ったゼルデュスの希望を、レオ丸は振り返りもせずに撥ねつける。


「何故です?」

「信心無き者は、一切不入の地やから。……そういう風に設定したったからな」

「新しい呪術式でも施されましたか」

「応ともさ! ……何をどうやったか教えて欲しいか、ゼルデュス学士?」

「……結構です! これ以上、何から何まで貴方に教えて貰いたくはありません!」

「……ほな、違う事を教えたろう」


 懐から取り出した煙管を咥え直す、レオ丸。


「一万回死ぬ事が出来たら、この<エルダー・テイル>の世界から、抜け出す事が出来る」


 レオ丸が、さらりと口にしたその一言が宙を漂い、辿り着いた<冒険者>達の耳へと、吸い込まれて行った。

 吸い込まれた言葉が<冒険者>達の脳へと達した途端、全ての時間が停止する。

 シーン、とした静寂が暫く続いた後。


「本当ですの!?」


 最初にその沈黙から脱したのは、メリサンド。


「ホンマなんか、法師!?」


 次に叫んだのは、テイルザーン。

 ゼルデュスは凍りついたまま、無言で一個の彫像と化した。

 イントロンは呆然とし脱力する。未だ力が回復していないミファ=ツールは、支えを失い地に崩れた。

 俄かに正気を失い取り乱し、狂騒する<冒険者>達を面白そうに観察する、ジェレド=ガン。

 玄翁が、覚束ない足取りでレオ丸に近づき、その手を握る。


「帰れるのか、本当に?」


 握られていない方の手で煙管を持ち、大きく五色の煙を吹きながらレオ丸は、重々しく言った。


「うっそぴょーん」


 レオ丸の手を離した玄翁は、ゆっくりと後ろ向きに五メートルほど下がる。

 そして、軽く助走をつけて放たれた、玄翁渾身の回転旋風脚が、レオ丸の後頭部に炸裂した。



「あれ、どうかしたんですか?」


 <「名誉」と「火」と「水」>の仲間を連れて社務所を出たアグニは、僅かな間に変わってしまった風景に首を傾げる。


 地に伏したレオ丸の顔を、忌々しげな顔をして踏みつけている、ゼルデュス。

 地に伏したレオ丸の右手を、忌々しげな顔をして踏みつけている、メリサンド。

 地に伏したレオ丸の左手を、忌々しげな顔をして踏みつけている、イントロン。

 地に伏したレオ丸の腹を、忌々しげな顔をして踏みつけている、テイルザーン。

 地に伏したレオ丸の両足に、忌々しげな顔をして四の字固めを掛けている、玄翁。


 点目になった<冒険者>の少年少女達が放つ、大量のクエスチョンマーク。

 そんな彼らの遥か上空を、一羽の鳥が暢気に囀りながら飛んで行った。

 滋賀県編である<第弐歩>も後、一回か二回です。

 レオ丸には、まだ此処で、もう少し頑張ってもらいます。

 シロエや<三日月同盟>が仕掛ける大作戦が、アキバの街頭にて開始されるまで、タイムリミットは24時間をきっちゃいました。

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