第弐歩・大災害+34Days 其の弐
今回は、『ある毒使いの死』から、テイルザーン氏に御出演戴きました。
とは言え、名前の紹介だけですが(苦笑)。
少しだけ手を入れました。更に色々と訂正致しました。(2014.08.19)
更に加筆修正致しました(2015.02.21)
「お早うございます、レオ丸さん」
カズ彦が、着地したグリフォンから飛び降りるなり、隙のないしなやかな動作でスッと立ち一礼する。
「お早うさん、カズ彦君。無理言うて御免な、ホンマにおおきに」
<大災害>以来、ずっと着たきり雀であった<中将蓮糸織翡色地衣>を脱ぎ、製作級の衣装である<蝉羽の作務衣>に着替えていたレオ丸も、背を丸めてお辞儀を返した。
「そちらには、初めましてだな。<壬生狼>の頭をしている、カズ彦だ。
短い間だが、宜しく頼む」
「こ、此方こそ初めまして、宜しく御願い致します。
私は当地にて宮司を務めております、樹里・グリーンフィンガースと申します。
此の度は御面倒をおかけしまして、誠に申し訳ありません」
「お早うございます! 初めまして、アグニと言います。
仲間達がお世話になりました事、御礼申し上げます。有難うございました!」
樹里と、特にアグニの挨拶を受けたカズ彦は、精悍な顔に何とも面映そうな笑みを浮かべる。
「俺は大した事はしてないさ。そこに控え居られる、レオ丸さんに言われた事を、ちょっとしただけさ。
さて、御依頼の通りに、無事にお届けさせて戴きましたよ」
カズ彦達が振り返るその先に、五枚のマジックカーペットと二頭のペガサスが降り立った。
残る三頭のペガサスは、地上擦れ擦れまで近づくや騎乗者を一人ずつ降ろし、再び空へと舞い上がる。上空高くにてゆっくりと大きな輪を描き、警戒態勢を取る。
一羽の白鳥が、ノタノタと宙を藻掻くように羽ばたきながら、その輪を貫いて現れ、力尽きたように舞い降りた。
マジックカーペットから離れた冒険者達の中で、豪奢なドレス風の布鎧で粧し込んだハーフアルブの女性が、ぐったりとしている白鳥を優しく抱き上げる。
何処かの保険会社のCMみたいやな、とレオ丸は思ったが首を一振りして、その思い違いを捨てて現実を見つめ直す。
あれは家鴨やし、アレの中身はアレやん、と。
「御要請に従い、参上致しました」
白鳥を抱きかかえたままで、お姫様のような彼女は腰を低くして衣装のフレアーを少し摘み、優雅な仕草で一礼した。
午前の陽光を浴びてピカピカ輝く全身鎧姿の<守護戦士>や、如何にも魔法使いのような衣装の<妖術師>、大きな羽飾りを挿した鍔広帽子を被る<盗剣士>など、十名の<「名誉」と「火」と「水」>所属メンバーが揃って、樹里に向かい頭を下げる。
「あ、ああ、うん。良く来てくれたね、姫ちゃんも、皆も」
慌てた感じで樹里が笑顔を浮かべると、<「名誉」と「火」と「水」>のギルドマスター、<付与術師>のメリサンドがぷくりと頬を膨らませた。
「もう! 樹里御姉様! 姫ちゃんは止めて下さい!」
「あ、そうだね。御免なさい、メリサンド。
改めて言うよ、本当によく来てくれた、歓迎するよ」
樹里が前へ一歩踏み出すと、その胸へメリサンドが飛び込むように駆け寄る。
宮司装束の男装の麗人に身を委ねる、物語に出て来るような可愛らしいお姫様。
その何とも珍妙なカップルの間で、白鳥の目が脂下がる。
<彩雲の煙管>が斜めに脂下がり、腕組をしながらレオ丸は、ギリギリと歯を鳴らした。
「エライ役得やなぁ、小さいおじさん」
「人を都市伝説みたいに言うな、ネクロマンサー!」
白鳥がクワッと言い返す。続いて身を捩り、メリサンドの腕から飛び降りると、翼を上へと広げて重ね、片足立ちでクルクルと回り出す。
何処からともなく、チャイコフスキー作曲の『情景』が鳴り響いた。
オルゴールのような高い金属音と、虹色の粒子と金色の光に包まれる白鳥。
一瞬の後、白鳥は背の低いドワーフ、玄翁へと姿を変幻した。
その場に居た、見てはならない変身シーンを見てしまった者達の表情が、一様にどんよりと曇る。
「安心しろ、一番ウンザリしているのは、俺だから……」
脱ぎ捨てた<白鳥姫の小袿>を片手にかけた玄翁は、見る人が見れば、世をはかなんで今にも毒杯を呷りそうな顔をしていた。
「……定員オーバーだから、急ぎだから、空を飛んでの高速移動だから、必要にかられたから、……だからな。
俺が、着たくて、着たんじゃ、ないからな! ……だから、忘れろ!!」
「出立前に、物陰で、変身なされていた理由が、よく判りました」
口元をハンカチで押さえて一言一言、息を吸いながら言ったメリサンドが、玄翁から眼を逸らしてレオ丸を見つめる。
「それで貴方が、今回の仕掛け人の、ネクロマンサーさんなんですの?」
「そうやけど、……違うで」
「……意味が判りませんわ」
煙管を口から外し、短い髪を掻き廻すレオ丸。
「確かに、こっちの都合優先で自分らを急かして夜逃げさせたんは、ワシやけど。
せやけどワシは、ネクロマンサーやない、<幻獣の主>やで」
「話が違いますわね?」
ハンカチを仕舞ったメリサンドが、顎に右手の人差し指を当てて、可愛らしく小首を傾げた。
「あのー、レオ丸さん」
苦笑と失笑との間の笑みを口の端に貼り付けたカズ彦が、何とも申し訳なさそうな声を出す。
「もしかしたら、お気づきじゃあなかったんですか?」
「へ? 何をや?」
「所謂、二つ名ってヤツですよ」
「二つ名? 二つ名ってアレか? “ブラスター”とか“飛ばし屋”とか“エンジェル”とか“かみそり”とかって、アレか?」
「今時の若者には通じないネタは、止めましょうよ」
「ほな、“赤き疾風”とか、“突貫”とか、“勝負師”とか、“闇風”とか、ってヤツ?」
「ええ、まぁ」
「ほんで、ワシが?」
「……“ネクロマンサー”です」
「何でや!!」
「自覚ないんかい!」
死にそうだった表情を一変させた玄翁が、素でツッコミを入れた。
「<吸血鬼妃>やデュラハンを矢鱈と連れ回して、スケルトンやら<亡霊>やらをホイホイと召喚しまくって、何を今更な事を言ってんだ、レオ丸学士さんよう!」
羞恥心メーターが振り切れた反動なのか、いつもより饒舌な玄翁が、八つ当たりの標的と定めたレオ丸を嬲る。
反論をしようとするも、舌が縺れて言葉を発する事が出来ないレオ丸。
そんな彼に止めを刺したのは、身内による後背からの一撃であった。
「旦那様、お部屋のお支度が整いましたよ!」
社務所の扉が開き顔を覗かせた、割烹着姿に姉さん被りをした<家事幽霊>のタエKが、両手を口元に添えて声を張る。
「純然たる証拠が、問答無用な状態で呼んでますぜ、レオ丸学士?」
愕然という音を立てながら、レオ丸は地に倒れ臥しかけた。
両掌と両膝で体躯をギリギリで支えるも、“YOU LOSE”という見えない巨大文字が、その背に重く圧し掛かる。
少しずつ煤け、白色化していくその憐れな姿に、玄翁と樹里は肩を竦めた。
次いで、抱き合い握手を交わして再会を喜び合うアグニ達、<「名誉」と「火」と「水」>のメンバーに声をかけ、先ずは一息入れようと誘う。
マジックカーペットを巻き取り、担ぎ上げた彼らは社務所へと移動した。
「それで、……レオ丸さん。こんな時になんなんですが、請求書です」
配下に散開しての周辺警戒を指示すると、カズ彦は痛ましい者を見る目で腰を落とし、袂から一枚の紙を取り出し提示する。
そこには、“<魔神の絨毯>、五枚の代金として”と記されていた。
「彼ら<「名誉」と「火」と「水」>は、空路移動の手段を所持していませんでしたのでね。
ウチにも余剰アイテムがありませんでしたし、仕方なく急遽<黒頭巾>に連絡して融通して戴いたんです」
ミナミの街で、最も規模の大きい生産系ギルドの名を上げた、カズ彦。
「最近また、脱出組が頻繁に現れるようになりましてね、移動アイテムが高騰しつつあるんですよ。
これでもまだ、比較的に良心的な値段なんですけど、ね」
それでも、記されたかなりな高額の数字に、レオ丸の眼が裏返る。
「今回の引越しは、レオ丸さんの都合が大きいようですし、<|「名誉」と「火」と「水」(こどもたち)>に請求する訳にはいかないでしょ?」
ドシャッと音を立てて、レオ丸は崩壊した。
再合成・再起動をしたものの、午前中から膝を抱えて黄昏るレオ丸。
隣で胡坐を掻くカズ彦は、上空警戒をしている<壬生狼>メンバーへ、言葉少なに念話で指示を出している。
「それで、昨夜に言っておられた“追加で頼みたい事”とは何ですか?」
「……全てを破壊し、跡形もなくして欲しい」
「はい?」
やおら立ち上がったレオ丸は、どす黒いオーラを解き放ちながら叫んだ。
「我に、不名誉で不吉な二つ名を捧げた全ての者共に、災いあれ! 呪いあれ! 幸いから横棒を一本抜き給え! 七難八苦を与え給え! 奈落行きの青春18切符を片道分だけ与え給え!
Ph’nglui mglw’nafh Cthulhu R’lyeh wgah’nagl fhtagn!!」
嫌な色の心のコスモを抱き締めるレオ丸を見て、カズ彦は安堵の息を吐く。
「気が済みましたか、レオ丸さん?」
「空高く掲げるは、未知を照らす大蛇の煌めき! エデンの園の巳さんを見習い、これからもワシは欲望欲求を追及する、求道者と成り給うものなり!」
「何が言いたいのかさっぱり判りませんが、元気になられて良かった! のかな?
……まぁ、いいか。それで?」
「それでや、カズ彦君! 全てを吹き飛ばして欲しいんや、コレで!」
大事な手提げ金庫でもある<ダザネックの魔法の鞄>から、少し大きめで鎖付きのハート型イヤリングに見える物を取り出す、レオ丸。
「……見覚えがあるような。……何でしたっけ、コレは?」
渡されたアイテムを陽に翳す、カズ彦。
「<灼熱国の巨人の心臓>。鎖を引き抜いたら、五秒で大爆発を起こすユニーク・アイテム。
破壊力はそれ一つで、|C-4(プラスチック爆薬)の3.5kg相当やったかな。
大体、二十センチの鉄製H鋼を一撃で切断出来るくらいの、威力やわ」
「な、何て物を渡すんですか!?」
「それを持って、|<神聖北嶺(モン・サン=ノール)>の山道に行ってな……」
レオ丸は声を潜めながら、<ヘイアンの呪禁城>近辺でナカルナード達と別れてから今に到るまでの事を、端的に説明した。
「そやさかい、な。その山道にある<妖精の輪>を破壊して来て欲しいねんわ。
出来れば、ゼルデュスが此処から立ち去るまでに、速やかに。
悪用される心配よりも、俺なら問題なく利用出来ると勘違いした奴や、うっかり間違って正解に辿り着いてしもうた奴が飛ばされて、帰って来られなくなる事の方が、案じられるねん。
空き地に転がっている遺棄された冷蔵庫や、存在すら忘れられた蓋の無い古井戸みたいなモンやからね、あの<妖精の輪>は……」
「了解しました。……もしかしたら、<大地人>が嵌まるかもしれませんしね」
「それに、まぁ。……大爆発って男の子のロマンやからな。
カズ彦君も、浮世の憂さを払うのに丁度エエかもね。
……その痩けた頬に、多少の張りと艶が戻るかもしれへんで?」
「苦み走った感じで、以前よりも男前になったかな? と思っているんですけどね」
「そうかなぁ? 敗戦間際のガーランド少将みたいな顔してるで、自分」
「ダイヤモンド剣付柏葉騎士十字章でも、授与してくれますか?」
「<がんばりましたシール>のパチモンやったら、持ってるけど。いるか?」
戯言の応酬で、レオ丸とカズ彦の眼の奥にあった懊悩が、少し薄れる。
「より詳しい話は、また改めて。……盗聴されへんように、念話でするわな」
「了解です。ゼルデュスが来る前に、ちょっと行って来ますよ。
留守中の事は、……コスモス! ちょっと来てくれ!」
社務所の近くで歩哨をしていた、二十歳前後に見える女性の<施療神官>が揃いで着ている陣羽織の裾を翻し、駆けて来た。
「お呼びでしょうか、局長!」
カチューシャのような鉢金で前髪を押さえているために、やたらと御でこが強調されている<壬生狼>所属の冒険者が、カズ彦の前で直立不動の姿勢を取る。
「レオ丸さん。こいつは、新規隊員ながら見所がある奴でして、現在は三番隊組長兼副長助勤です。
おい、挨拶しろ。此方が今回のクエストを<壬生狼>に発注なされたクライアントの、ねく……んん、西武蔵坊レオ丸さん、だ」
「初めまして! <壬生狼>のコスモスです。新参者ではありますが、精一杯に勤めを果たさせて戴きますので、宜しく願い上げます!」
「初めまして! <召喚術師>で、<ビーストテイマー>の! シャイで小粋でウィットでウェットな、西武蔵坊レオ丸です。
決して、ネクロマンサーではありません! エエ、違いますとも!!
絶対違うで!!! ワシは認めへんからな!!!
最初にワシを、そんな風に評した奴は誰や、ゴルァッ!!
蓑踊りとノコギリ引きをくれてやらぁ!! 責任者出て来んか~~~い!!」
いきなり明後日の方向へ吼えて噛みつくレオ丸に、コスモスはビクッとなりカズ彦へと身を寄せた。
「大丈夫なんですか、此の人?」
「ああ、……<大災害>の心的外傷が妙な形で、可哀想な方向に出ているだけだ、気にするな。
それよりも、俺はこれから別要件にて暫時留守にする。
俺が戻って来るまでの間、警戒並びに警備指揮権を委任する。
己を信じて遺漏無きように、励め。
不慮の事態、判断に迷う時は、レオ丸さんの指示に従え。
此の方の言葉は、俺の言葉だ。……宜しいですね、レオ丸さん?」
「はいな、OK♪」
振り返ったレオ丸は、にこやかに頷く。
その満面の笑みに、コスモスは不気味な何かを見たような目をしながら、コクコクと首を上下させた。
「よ、よろ、宜しくお願いしまひゅ!」
「あ、噛んだ」
レオ丸は安心させるように、胡乱な仕草で両手をくねらせる。
「まぁまぁ、落ち着いて。息を三回吸って、十回吐いてみ。ほら、息苦しいやろ?
窒息死するより、此の世でしんどい事は無いから、大丈夫やで」
「……コスモス、訂正する。此の人の言葉は、俺の言葉と違う時がある。
その辺の見極めは、自分の判断に任せる。より一層、己を信じて、励め」
与えられた餌にがっついていたグリフォンを招き寄せると、カズ彦は一挙動で颯爽と跨り、手を振りながら空の住人となった。
西南西の空へと消えて行く一人と一頭とを見送ると、レオ丸はコスモスに向き直り、ズボンで軽く拭いた手を差し出す。
「改めて宜しく、コスモスさん。名前の通り“純真”そうな“少女”には、厳しい世界での日々やけど、世知辛い現実に帰還するためのモラトリアムやと思うて、お互いに辛抱しような」
「少女と呼ばれるのは気恥ずかしいですが、そう言って貰えるのは嬉しいです。
改めて宜しくお願いします」
「ほな、お近づきの第一歩として、“電話番号”の交換しとこか。
今なら何と、“カズ彦君の百の秘密、恥ずかしい話つき”やで?」
「是非お願いします!」
互いにフレンドリストの登録をし合うと、手に持ちっ放しになっていた<彩雲の煙管>を咥え直し、五色の煙を漏らしながらレオ丸はニヤニヤした。
「ニーチェ大先生の言葉を借りれば、“愛または憎しみと共演しない時、女は凡庸な役者だ”。
コスモスさんは、その凡庸な役者でなくて何よりやね」
「“世界は全てお芝居だ。男と女、とりどりに、全て役者に過ぎぬのだ”、に準拠すれば私は勿論の事、レオ丸さんも役者の一人ですよ?」
「イエェス! 『As You Like It』ってか。
ほな、今がその出番で、引っ込むのは許されへんってこっちゃね」
チェシャ猫笑いを収めず、レオ丸は南の空に眼を凝らす。
「さて、新しい演者共のお出ましや。シナリオ無しのアドリブ劇の開幕やねぇ」
遠目にも、その巨大さを感じる三つの黒い点が、青空を汚す染みのようにレオ丸には見えた。
「さて、コスモスさん。お仲間さん達に、通達を宜しく。
専守を旨とせよ。微かなりとても、敵意と取られかねない行為は、全面的に禁ずる。距離を置いて只管、監視に専念せよ。以上」
大きな声を出し、念話と同時並行で<壬生狼>のメンバーに指示を出すコスモスの傍らで、レオ丸も念話を繋ぐ。
「樹里さん。お客さんが来ましたで。お出迎えの準備を宜しく。
会見部屋の前にて、メリサンド嬢とアグニ君と共に待機で。
赤羽修士は、<「名誉」と「火」と「水」>のメンバーと共に、大部屋に移動。爺さんも、そっちへ搬入しといて頂戴な。委細宜しくねん♪」
一服つけて、一息いれてから、レオ丸は共演者へと念話を飛ばした。
「時間的に微妙やけど、お早うさん、ゼルデュス。今日は色々と宜しくな!
そんで、騎乗している<鋼尾翼竜>達は、ニオの水海の近くの開けた処にでも着陸させて留めといてな。
少なくとも、近隣に住んではる大地人の皆さん方が、不安を掻き立てたりせえへんように、配慮して頂戴な。くれぐれも頼んまっせ!」
ハチマンの町を中心としたゾーンの外れにある、<お社の山>の麓に建てられた、屋根の大きい二階建ての煉瓦造りの館である社務所。
その一階奥にある一室の扉の前にて、ゼルデュスと他三名の随伴者を伴ったレオ丸は、樹里達の迎えを受ける。
それまで沈黙を保っていたレオ丸が、ニヤリと笑い樹里達に一礼すると、楽しそうに口を開いた。
「樹里さん、御両人、お待たせしました。お客さんを御案内させて戴きました」
双方が無言で会釈するのを横目に、交渉用にセッティングした部屋の戸を開ける、レオ丸。
開かれた戸口の向こうは、真っ暗闇であった。
夜目が利く者ならば、元々小さい窓が二つ共に閉ざされ、更に暗幕で覆われているのが判るだろう。
無造作に一歩、踏み出したレオ丸は、いつの間にか取り出していた<鬼火打ちの石>を、三回打ち鳴らした。
召喚された三体の<蒼き鬼火>が、光のない室内をぼんやりと蒼く照らす。
闇が少しだけ弱められた室内には、少しずつ隙間を空けて、三卓のテーブルが置かれていた。
外側の二卓には、椅子が三脚ずつ用意されているが、中央の一卓には向かい合わせで椅子が一脚ずつのみである。
「ようこそ、いらっしゃいました。どうぞお席へと、御案内致します」
部屋の最も暗い角から心寂しげに表れた、古き良き日本の伝統的家政婦さん姿のタエKが、虚ろな表情で元気良く入室を即す。
「そんな処に居らんと、早うお入りやす」
真ん中のテーブルの片方の椅子に腰掛けたレオ丸が、入り口で固まっている者達に手招きをした。
期せずして、顔を引き攣らせた樹里達と、眉間と口元に皺を寄せたゼルデュス達が、同時に手を差し出し、相手側に先の入室を促す。
テーブル上で揺れ動く、ウィル・オー・ウィスプに蒼く照らされたレオ丸が、大きく口を横にした三日月型に開いた。
闇を呑んだような真っ黒な口腔の中で、白っぽい舌先が怪しく動く。
「さぁさぁ、楽しく歓談しよか」
宙で指を遊ばせながら、レオ丸は仄かに蒼い闇の中から、誘いをかけた。
レオ丸の前に座ったゼルデュスは、落ち着かない様子を隠そうともせずに、テーブルに両肘をついていた。
部屋の、奥側のテーブルにはミナミの街から来た者達が座り、入り口に近い側のテーブルには樹里達が座っている。
扉は既に閉じられており、部屋の照明は各テーブル上で揺れるウィル・オー・ウィスプのみである。
「それでは皆さん、御多忙中にも関わらず御参集賜り、誠に感謝申し上げます。
僭越ながら、本日の交渉を一切合切取り仕切らせて戴きます、西武蔵坊レオ丸だと思います。いえ、そうです。
まぁ色々ありまして、此方側の窓口担当を勤めさせて戴きますので、何卒宜しくお引き摺り廻して下さいませ」
椅子から立ち上がったレオ丸が、向かいに座るゼルデュスに右手の平を少し差し出した。
「其方の方が、あちら側からの交渉役の、ゼルデュスです。
元はワシと同じくソロ活動をしていたけど、ミナミの街を牛耳るってよりは併呑しようと企む、現在赤丸急成長中で肥大化中のギルド、<Plant hwyaden>に遂出来心で先日に入会されまして、瞬く間に伸し上り、現在は書記長として辣腕を振るい、手練手管を弄しておられます」
やる気のない拍手をお座成りにすると、右隣のテーブルに近寄るレオ丸。
「続きまして、此方のテーブル。
元<甲殻機動隊>のギルマスで、現在は<Plant hwyaden>にギルメンの半数を率いて身を投じ、ゼルデュス配下の実働部隊の指揮官として暗躍されている、イントロン君。
<Plant hwyaden>と同盟関係にある、ミナミで一番荒事に慣れているギルド<ハウリング>から交渉の、っていうか主にワシとゼルデュスの監視任務のため派遣されました、テイルザーン君。
そして、<冒険者>の中に唯一の<大地人>が居られます。
ウェストランデを支配する貴族共から派遣されて来た、白人至上主義者団体っぽい覆面を被っておられる、女性の武人さん。
お名前はミファ=ツールさんですが、ステータス画面に表示される名前に軽くノイズが走るので、恐らくは偽名なのでしょう。
故に此の場では、オブザーバー的立場と埒外の存在なので、特に詮索しません。肩書きも全て含めて、ね。
ゼルデュスも<口伝>の会得には、まだまだ時間がかかるようやね♪」
悔しげに口元を歪めるゼルデュスを、心と顔でせせら笑いながらレオ丸は、左手へと移動する。
「それでは、此方のテーブル。
神々しくも畏くも、当地に神域を設定なされて護持しようと尽力なされている、宮司の樹里・グリーンフィンガース嬢。
此処、真新しい聖域の主権者にして、ワシの雇い主であらせられます。
その隣にて、可憐な花のようにお座りになられて居られます、見目麗しき御令嬢が、メリサンド嬢。
ミナミの街を本拠としていた、とあるギルドのマスターさんであります。
近頃猛威を振るう、Pから始まる横暴なギルドの所業に耐えかねて、お仲間皆さん方と此方へお静かに引越しあそばされました。
最後の、実に澄んだ瞳の持ち主の彼は、彼女の神域と彼女のギルドの両方に属し、懸命に支えようとしている青少年、名前はアグニ君です。
以上、紹介終わり。御清聴、誠に感謝!」
レオ丸は再び自席に着き、ニヤニヤしながら煙管を咥える。
「それで、レオ丸学士。“編纂作業の用”との事ですが、一体どんな重要案件なんでしょうか?」
「おお、珍しく単刀直入やねぇ、ゼルデュス」
「“喧嘩を売りたい”ですか?」
「声が震えてんで、どないしたん? 大丈夫か? 飲んだら楽になれる薬上げよか?
随分前に中国サーバで入手した、<鴆鳥>の羽を煎じたヤツやけど、って冗談はさておき。
“喧嘩を売る”? まさかアギラやあらへんし。“喧嘩屋”でもないワシが、そんなんするかいな。……生っ粋の平和主義者やねんで、ワシ」
「では、……どういった御用件で?」
「そやねぇ、遠回しの説明と近道の説明の、どっちで聞きたい?」
「私も、ぼっちの根無し草と違い、“御多忙中”ですのでね。手短に話して下さい」
「ほな中間の、普通の説明でするわな。
其処に居はる樹里さんがな、ゲーム時代に挑戦したクエストで、<開山許可証>ってのをゲットしはったんが、そもそもの発端やねん。
普通ならクエスト達成時に提示される褒賞三種の内、秘宝級の防具<僧都の法衣>を選ぶもんやねんけどな、奇特な彼女は大枚の金貨を選ぶ事もせずに、<開山許可証>を選びはったんやわ。
ほんでな、<開山許可証>の効果は何かと言うとやな、土地の購入が容易に出来るってヤツやねんわ」
衣擦れの音さえ立てずに、各人の前に水入りのグラスを配り歩く、タエK。
慣れぬ者の何人かは、小さい悲鳴を上げたりしていたが、レオ丸は気にする事もなく一息で飲み干し、御代りを要求する。
「ただの購入許可証とは、違うで。今のワシらには、銀行や地主相手に交渉すれば、ミナミの街中でも、瀬戸内の小島でも変えるかもしれへんが、それでも買えへん土地がある。
そう決められてる、やな。
処が此の証文があれば、普通では買えへんような、“霊場”や“神域”って属性のついた土地を、イセ斎宮家の“お墨付き”と御威光で購入出来るんやな」
糸のように細められている、ゼルデュスの眼が僅かに開き、樹里を射抜いた。
細い眼鏡越しに発せられた冷えた眼差しを、樹里は冴えた瞳で受け止める。
「ああ、そやけど。既に此処を購入するために使用された後やさかい、今更、停止も変更も出来ひんけどな。
取り上げた処で、再使用は出来ひんからな。
つまり、一時的に自分らだけは、ギルドホールと同じように進入制限を解除されているから、此処に居る事が出来るんやわ。
ほいでや、彼女、樹里さん曰く。
“此の神域を、か弱き手弱女の細腕のみで護持する事は、誠に以って心許ない”との事でな。
以前から友誼を結んでいた、メリサンド嬢とそのギルドに、神域維持と護持のための協力を依頼したんやね。
つまり、メリサンド嬢のギルドも、今では此処の一部として完全に、組み込まれてしもうてるんやな」
御代りした水を一口飲むと、レオ丸は卓上にグラスを戻し、ゼルデュスの眼をじっくりと覗き込んだ。
「さて、ここからが本題やわ。
<Plant hwyaden>の実務一切を取り仕切る、ゼルデュスにお尋ねする」
「何でしょうか?」
グラスの水を半分ほども呷り、襟元に指を入れて少し隙間を作りながら、ゼルデュスはレオ丸のゴーグルを見返す。
「此処の安全保障を、何ぼでなら売ってくれる?」
ゼルデュスは、口を噤んだ。
やがて、喉だけで笑い、少し咳き込みながら声だけで笑う。
「おやおや、レオ丸学士。また、他人様のお頼み事ですか?」
「言われてみたら、そうやねぇ」
「何とまぁ、人の良い事だ。偶には、“お前の肩で車輪を支えよ”とでも、言われたらどうです?」
「貧弱な中年太りの親父が、ヘラクレスみたいな事を言うてみ、滑稽譚以外の何物でもないで」
「別に貴方がしゃしゃり出て、余計な事をせずとも、彼女らが揃って<Plant hwyaden>に加入なされたら、万事解決じゃないのでは?」
「アリストテレスの言う、“全体は部分の総和に勝る”に反発する人は、結構多いんやけどなぁ」
「ニーチェは言っていますよ、“神は死んだ”ってね。
死んだ神を祭る事に、どんな意味があるんです?」
「論旨を掏り替えたらアカンで、ゼルデュス。
“神は死んだ”ってぇのは、“ルサンチマン”が出発点やろうが。
ルサンチマン、つまり“社会的弱者が強者を恨み妬む感情”ってのを言い換えれば、“可哀想な私達は救われる権利がある”って奴やん。
自分で自分を弱者やと思ってへん人の中では、“神は死ん”でへんで」
「ですが、弱者こそ救済されるというのは、貴方が現実にて属する宗派の教えではないのですか?」
「それも話が違う。ウチから分派しはった他宗では“悪人正機”とも言うけどや。
この場合の“悪人”ってぇのは、日常使う“悪人”って単語とは意味が違う。
一切の他からの助力を断り、自助力のみで事を成し遂げる人が、“善人”。
互助や共助を受けながらも、自助力を惜しまない人が“悪人”や。
ウチでも他所でも、全く何も努力しない“弱者”まで、完全に救済出来るとは言うてへんで。
ニーチェが嫌った“弱者”って、神か何かに救いを求める事のみ大事にして、自らの生きる努力や労力を放棄した人の事やんか。
自らを“弱者”と言う者は、“現実を否定する、心の歪んだ弱き者”やん。
少なくとも彼女らは、自分の事を“弱者”やとは思うてへんで。
ましてや“共同体”が“個人”よりも恒常的に価値が高いとも、何かに隷属して生きる事を求めている訳でも、あらへん」
「ですが、その“共同体”を彼女達は、新たに作ろうとしているのでは?」
「依存するための“共同体”ではなく、自主共存するための“共同体”を、な。
果たして、<Plant hwyaden>は他者と共存する意思を持った、“自主”や“自由”を容認するような、懐の深いギルドなんか?」
「それは、個人個人の見解によるのでは?」
「苦しそうやな、ゼルデュス。誤魔化したらアカンで。
ワシが知っている事を集約すれば、……集約せんでも自明の理やんか?
外から見ていたら、自分ら<Plant hwyaden>って、まるで“蟲毒の壷”やで」
「ほう?」
「まだ直接会うた事がないさかい、確実な事は言えへんけどや。
自分らが仰ぎ奉る、濡羽って親玉が巫術師なんやろね。
ほんで自分らも含めて、自ら其処に群がり集まる<冒険者>って毒虫達。
中には、身分のある<大地人>って名前の毒虫も居るんやろうさ。
そいつらが、自分らが、なんぼ壷の中で共食いしようが腐ろうが、そんなんそっちの勝手や。
但しな、そっちの勝手な都合に、こっちを巻き込むなって話をしてるんやん。
ワシも、彼女達も、他にも何人もの人らや、日々の生活を大事に思う“弱者”ではない弱き者達に、手を出さんといて欲しい。
ホンマなら、暴力には暴力で抵抗するんが一番楽やねんけどな。
序でに言えば、喫水線ギリギリに浮かんだ平和主義者やん、ワシ?
平和を堅持出来るんならば、人を殺す事を罪とは思わへんし、核兵器の発射ボタンを押す事も躊躇わへんで。
せやけど“聖戦”を叫んだ瞬間に、“奮励すべき努力”を怠る、イカレポンチのテロリストに堕ちてしまうやん?
そうなってしもうたら、<|Plant hwyaden>の同族になってしまうし、同じ土俵でデスマッチをしなアカンやん?
せやから、それ以外の道を模索しようとしとるんや。
蛮族の流儀とは違い、文明人らしく暴力以外の方法で解決する事を、切に熱望している訳やね。
それで、解決するために、代価を支払おうって言ってるんやわ」
そう言うや、レオ丸は扉の方へと顔を向ける。
「赤羽修士。ほんなら、連れて来てくれるか?」
ノックもなく扉が開き、巨大な本を後生大事に抱えた大地人の老人を押し出すようにして、玄翁が入室した。
素早く扉を閉めるや、玄翁は老人をレオ丸に引渡し、少し下がって樹里を守護するように傍へ屹立する。
立ち上がり、椅子を老人へと明け渡したレオ丸は、勿体つけた動きで老人を座らせた椅子の背後に回った。
その背もたれに肘をつきながら、咥えた煙管を上下させる。
「さて、紹介しよう。安全保障の、代価さんやわ」
格好良い“二つ名”の例として、ルーグ・ヴァーミリオン氏、櫛八玉嬢、ユウ氏、銀薙氏の二つ名を引用させて戴きました。
相馬将宗様、ヤマネ様、いちぼ好きです様、或未品様。皆様方には感謝申し上げます。特に或未品様には承諾無く使用させて戴きました事、謹んでお詫び申し上げます。御不快の際には、訂正削除させて戴きます。
御先達様方並びに同志諸兄の主人公や、登場人物達は皆さん格好良くてイイなぁ! まぁ、私には格好良いキャラは書けませんし、ハンサムマン属性は十光年先にありますので、今更どうにもならんのですが……。
思考や助平さでも、ユストゥス氏には勝てないし。愉快さでは、エンクルマ氏の方が数段上だし……。
むぅ、レオ丸の勝っている処ってなんだ?
もしかして、レオ丸の旅の目的って、自分探しと良かった探しか!?