第零歩・大災害+5Days 其の壱
加筆訂正致しました(2014.08.17)。
更に加筆修正致しました(2014.11.16)。
人影もまばらな、早朝の<南の朱大門>。
ミナミの街から東を見れば、向こうに連なるカツラギ山系。その端から太陽が顔を見せ始めた。
眩しい朝焼けに背を向けたレオ丸は、顎も外れんばかりな大欠伸をする。
ミチコKをどうにか宥めるのに、結局一晩かかった為にほとんど眠れず、昨日の疲れも澱のように残っていた。
冒険者の体でなければ、寝不足で倒れていても可笑しくはない。
レオ丸の、少し浮腫んだ頬を清風が軽く撫でた。
欠伸の序でに大きく深呼吸をすれば、排気ガス臭くない透明な空気が、レオ丸の胸一杯に満たされる。
澄んだ酸素が、全身に染み渡るのを体感する、レオ丸。
緩み出した両頬を、再び風が優しく撫でた。
「単なる空気であったとしても、美味しいモンやっぱ美味しいなぁ。
気持ちが、ホッコリとするねぇ、なぁミチコKさん?」
レオ丸が隣を振り返ると。
機嫌を直した<煉獄の毒蜘蛛>が手にした小さな花束に寄って来る羽虫を素早く摘み、朝食にしていた。
無言のまま差し出された一匹の蝶々を、レオ丸は嫌々しながら遠慮する。
そんな暢気な様子の一人と一体を、麗らかな陽光が明るく照らす。
爽やかな風がそよぐ初夏ともなれば、朝日が昇るのも早い。
ナカルナード達が姿を見せたのは、日の出の頃と言うには些か時間が過ぎた頃であった。
「悪りぃ、悪りぃ、待たせたな、おっさん!」
全く悪気の無い顔で、ナカルナードが手を振る。
「「「お待たせして、すんません!」」」
アンディーツとイガワンと金四郎の三人は、深々と頭を下げた。
「朝っぱらから、おっさん言うな! 朝っぱらからむさ苦しい面しくさってからに。
そのボサ髭だけ残して、眉毛から何から全部剃毛したろか、コラッ!」
「昨日は死にかけてたくせに、今日は朝から元気やのう、おっさん!」
「おう! ワシはいつでもビンビンやわ!」
「何がビンビンやねん?」
「ナニに決まって……って、朝から何を言わすねん!」
いつもの遣り取りの後。ところで、とレオ丸はナカルナード達の後ろに並ぶ五人の冒険者に首を傾げる。
「あの後、ギルドに戻ってからヤッハーブに話したらや…」
「初めまして。<ハウリング>で副団長やらしてもろてます、ヤッハーブです」
ヒョロっとした軽装備の<吟遊詩人>が、ナカルナードの背後から一歩前に出るや、右手を回し左手を腰に当てて、恭しく頭を下げる。
「団長から話を聞いたら、何や面白そうな感じやったんでついて来ました。
断り無しで、すんません。
ほんで、これはもしかしたらウチらだけで聞いたらアカン話かもしれんと思うたんで、他所にも声をかけさせて戴きましてん。
事後承諾で、重ねてすんません」
その言葉に、レオ丸を包んでいた怠惰な空気が、瞬時に吹き飛ぶ。
<ハウリング>が、ヤマト・サーバの中において、大手ギルドの一つであり続けている理由が解り、自然と口元が緩んだ。
「エエて、エエて。人数増えるんは、大歓迎や。ほんで、残りの面子は? って……、あらッ!?」
「ご無沙汰してます、レオ丸さん」
「カズ彦君! ひっさし振りやなぁ!」
屈強な腕を、目の粗い刺し子の和服から伸ばし、姿勢正しく一礼するカズ彦。
「今は、どないしてるん?」
「<狼士組>ってギルドの頭をしてます」
「そっかぁ。今日は宜しゅうな!」
残りの三人も、続けて挨拶をする。
「<甲殻機動隊>ギルマスのイントロンです、宜しく」
「<グランドルミネ>の座長をしてます、檸檬亭邪Qです。邪Qと呼んで下さい」
「<トリアノン・シュヴァリエ>司令長のミスハです。本日が有意義であることを期待しています」
カズ彦は、鷹を思わす鋭い瞳とぼさぼさ髪の、野趣あふれる面差しをした三十代前半の青年。この八人の中ではレオ丸の次に年長者だ。
腰に差した幻想級の太刀を見れば、かなりの腕前の剣士と見えるが、メイン職は<暗殺者>である。
昔馴染みであることもそうだが、美形揃いの〈エルダーテイル〉において、ややむさ苦しい外見である事と若くない事が、レオ丸にとっては実に親近感の湧く存在だった。
イントロンは、ナカルナードと同じ<守護戦士>だが、装いは正反対の美しい曲線を描く青い鎧を着た、理知的な顔立ちのエルフである。
細マッチョの長身で、使いこまれたシールドと長大な方天戟を背負っており、長い茶髪をポニーテイルにしていた。
檸檬亭邪Qは、水玉模様の宗匠頭巾風の布兜と、スパンコールが散りばめられたピンク色のの羽織袴に似た布鎧姿の、<森呪遣い>だ。
帯に手挟んでいる朱扇は1m以上あり、恐らく魔法発動時のロッドと杖状武器を兼ねているのだろう。目尻と眉尻が下がった、柔和で愛嬌のある顔をしている。
ペットなのか、懐から召喚従者の<歩行キノコ>が一匹、顔を覗かせていた。
因みに、彼が率いる<グランドルミネ>は、サブ職が<ちんどん屋>でなければ加入出来ないという、鉄の掟を持つ酔狂な集団である。
ミスハは、少し険のある顔立ちをした長身美人で、所謂“女傑”タイプであった。
長くはない髪を収める鉄鉢から、身に纏う皮鎧、手っ甲脚絆に至るまで全て鈍く輝く黒尽くめ。
実にスタンダードな<暗殺者>らしいスタイルなのに、何故か履物だけは真っ赤なピンヒールである。
カズ彦よりも鋭く怜悧な眼つきと相俟って、その手の嗜好を持つ人なら即座にその足元に跪くに違いない。
まぁ、ワシには被虐趣味は無いから関係ないけどな、とレオ丸は心で呟く。
でも……ちょっとくらいなら、踏まれてもエエかな? とも。
何かを察知したのか、ミチコKが牙を剥きながら笑顔を作った。
「なーんも考えてへんで! それより、ボチボチ行こか!」
レオ丸は、見えない旗を振りながら、誘いの手つきで先に歩き出す。
「ほんで、おっさん! 何処まで行くねん?」
「おっさん言うな! カズ彦君にも失礼やろが!」
「え? 俺ですか?」
「三十歳超えたら、皆おっさんやんけ」
「……そうか、俺もおっさんなんだ……」
「ほ~らみてみ、カズ彦君のピュアなハートが傷ついた!」
「それで、どちらに案内して下さるんですか?」
関西人特有の戯言の応酬を、氷の刃が叩き斬る。
冷たく見下ろすミスハの視線に、レオ丸は口を引き締めた。
「ミスハさん、この先に何があるか知ってる?」
「やや東に進んでいるのですから、……ヒラノキレ庄でしょう。
確か、大地人の集落が二つあったのではありませんか?」
「半分正解」
「他に、何があると言うんですか?」
「でっかいのんが、あんで」
「……行った事がありませんので、見当もつきませんが」
「そうやろうなぁ。特にクエストもない、捨てられたような地帯やし。
ゲームん時は設定だけで、実際には行かれへん所やったしな。
イントロン君達は、どや?」
「いや、僕も知りませんね。<大災害>からこちら、ギルドのことに懸かりきりでしたから」
「ウチもそうですわ。エエとこ、ギルメンの初心者の子を連れて、ユニバーサルに行ったくらいでして」
そう言えばと、カズ彦が口を開く。
「リアルでしたら、……霊園がありましたね」
「残り半分正解やで、カズ彦君♪」
レオ丸は、口元に薄く笑いを浮かべた。
その笑顔に、カズ彦はキナ臭いを微かに感じる。
「俺達に、一体何を見せるつもりなんですか?」
「そやなぁ……、何気ない風景にある、仰天の事実かなぁ?」
「??? 何ですか、それは?」
「まぁそれは、目的地に着いてからのお楽しみや!
いや……お楽しみって言うたら、不謹慎かもねぇ?」
なだらかな道程を、ゆるゆると歩くこと小半時ほど。
一行は、その場所に到着した。
風が風を叩く厳しい音が、頭上を過ぎて行く。
「さて、御一同」
立ち並ぶ無数の墓標を背景にして、レオ丸は両手を広げて解答を告げる。
「これが、大正解」
初めて見せられた風景に、言葉を失い立ち尽くす、ナカルナード達。
「<大地人>ってな……」
レオ丸は、盛り土も真新しい一つの墓の前に両膝を着き、ミチコKから受け取った小さな花束を供えて、手を合わせる。
「死ぬんやで」
少し離れた場所で、レオ丸達は輪をになって腰を下ろした。
気の利くヤッハーブが、背嚢から取り出した蜜柑を全員に配る。
「一昨日に、選抜隊でキシュウ地方まで遊びに行きまして、そのお土産ですわ」
ヤッハーブは、ギルドの演習行軍を“遊び”と言ってのけた。
それを聞いた四人のギルドマスター達は、それぞれ違う感想を漏らす。
「<粘菌王の森>での山岳戦闘か、そいつは大変だな」
「ゾンビ化した<梟熊>が、わんさか出ますしね」
「<人型茸>に不意打ち食らった時は、ビビるよりも笑ったなぁ」
「<樹妖>だらけのゾーンとか、クマノ大社の周辺は、多種多様なモンスターの発生地帯ですからね。
以前は経験値アップを目的に、部下を連れてよく行きました」
「どいつもこいつも片っ端から団長が蹴散らしてくれるんで、僕らは楽してましたけどね」
「まぁ、それでもお疲れさんやったな。習熟訓練しにあそこへ行くとは、さすがは<ハウリング>やね。
蜜柑おおきに、御馳走さんでした。美味しかったわ!」
どっこいしょ、と立ち上がるレオ丸。
「ほな、そろそろと。
皆を此処に案内した理由を、話させてもらうわな。
そやけど、本題に入る前に前置きからするさかい、堪忍して聞いてな。
さて、と。
<大災害>当日、ワシは日が暮れるまで呆然としとった。ミナミの街を右往左往する事さえ出来ずに、只管ずっとその場で腰を抜かしてた。
自分らも、必要最低限の行動しか出来ひんかったやろ?
エエ処、ギルドの仲間達に念話を飛ばして、皆を集めてあーでもないこーでもないと、ウダウダしてたんと違うか?
にひ。
やっぱ、そうか。そら、そーやろなぁ。
まぁほんで、ワシは独りで自失状態やったんや。
我に返ってようよう頭ん中を整理したんは、夜中になってからや。
取り敢えず、従者契約しとる“眷属”を召喚してみたり。
ほしたら、ホンマにモンスターが眼の前に現れて、ちびりそうになったり。
もう、テンヤワンヤやったわ。
そんなこんなで、初日を過ごしてたら、もう二日目の朝やった。
眠い眼を擦りながら、不味い飯を食ってた時にな、思ってん。
ふっと、な。
そーいや、アベノ庄の辺りって、どうなってんのやろ? ってな。
現実世界では地元みたいなもんやし、モンスターとの遭遇戦が起こり難い、ほぼ安全地帯なんは判っとったしな。
ほな、探索や! って即行動してん。
大地人の村を覗いたり、畑仕事をしてる大地人と話をしたり、あっちこっちフラフラとウロウロと、な。
ほんで、ナガイ庄で陸上競技場……やなくて闘技場の遺跡を見物した後に、このヒラノキレ庄に来てんけどな……」
少し口を噤む、レオ丸。
ナカルナード達が耳を傾けてくれていることを確認し、言葉を続ける。
「多分昼過ぎくらい、やったと思う。近くで悲鳴が聞こえたんや。
何やろ思うて、辺りを見回したらな、エライもんを見てしもうてん。
……“殺人”や」
「何や、<PK>か」
ナカルナードが、詰まらなさそうに口を挟んだ。
「<PK>とは、違う。……人殺し、や!」
レオ丸が、苦いものを吐き出すように言った。
訝しげな九つの顔。やがて、その内の八つが何かに気づき、表情を変えた。
相変わらず変化が無いのは、ナカルナードだけだ。
「それって、もしかして?」
ある可能性に思い至った邪Qに、暗い表情のレオ丸は眉間に深く皺を刻み頷く。
「そや、自分らの想像した通り、や。
<冒険者>が、<大地人>を、殺しとってん……」
沙伊さん、すみません。フライングしてしまいました。誠に申し訳ありません。平に御容赦を。
年内に後一回くらいは投稿したいな、と考えておりまする。