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第弐歩・大災害+34Days 其の壱

今回も、特別出演を頂戴致しました。誠に有難く存じます。

色々と訂正致しました。(2014.08.19)

更に加筆修正致しました。(2015.02.20)

「……ですが、事をなしてから周章狼狽するのも、心にくるモノがありますよ。

 結構キツイものですね」


 目を細めて流れ星を見送った樹里が、ポツリと言う。


「儀式を勤めさせて戴いてから言うのも、どうかとはおもいますけれど。

 思いつきで創めた、“なんちゃって神社”の“なんちゃって宮司”のままで、本当に良いのだろうか、と」

「“なんちゃって”、でエエんちゃう」


 レオ丸が燻らせる五色の煙が、ゆるゆると立ち昇る。


「樹里さんが“なんちゃって神祇官”ならば、ワシかて“なんちゃって<召喚術師(サモナー)>”の“なんちゃって学者”やねんしなぁ。

 ……そもそもワシらプレイヤーは全員、“なんちゃって”の但し書きかタグがついたまんまの、<冒険者>やねんから」


 煙管を咥えるレオ丸の口が、への字に曲がった。


「そういや先日、ミナミの街でド厚かましく、口幅ったい事を言うたなぁ」

「……何があったんですか?」

「友人に頼まれてね、とあるギルドの尻を思いっ切り蹴飛ばしたってん。

 “あんたら、<冒険者>なんやったらグズグズとしとらんと、胸のエンジンに火を点けんかい!”ってね。

 何とまぁ益体もなく、偉そうな事を大上段から言うたもんやわ!

 思い出すだに恥かしい、ごっつ格好悪いなぁ、もう!」


 月明かりに照らされたレオ丸は、頭の天辺まで赤面する。


「“なんちゃって”で冒険者やってる分際で。……確かに、やらかしたら恥ずかしいてしゃあないね」

「“恥の多い生涯を送って”来ています、ですか?」

「あんたは“人間失格”やって言われへんよう、生きて来たつもりやけどね。

 けどまぁ、“恥知らず”よりは、“恥の多い生涯”の方がマシやなぁ」

「レオ丸さんって、順応能力が高いんですね?」


 樹里の感心したような声に、レオ丸は苦笑いを浮かべた。


「そうかな? ただ、出来る限り“あるがまま”で生きるんが一番エエって思ってるだけやねん。

 ほんでまぁ、命が尽きる瞬間に“まぁまぁ良う頑張ったわな”って思って、死んだ後に見送ってくれる人らに“エエ人生を全うしはったねぇ”って言ってもらえたらサイコー! やね」

「ああ、それは良い人生ですね。……レオ丸さんが亡くなられる時は、事前に教えて下さいね。菊の花束を持って駆けつけますから!」

「そいつぁ、難しいなぁ! って言うか、縁起でもない事言わんといてや!」


 真面目な顔で互いを見つめた後、レオ丸と樹里は屈託のない笑声を上げる。


「ま、“あるがまま”に“なんちゃって”を積み重ねて、“これでイイのだ!”って言えるように明日も、ってもう今日か、……今日も頑張りましょう♪」

「そうですね、頑張って下さい。私達の明日のために!」

「はいな、頑張りまっさ」

「そろそろ、私も休みます」

「ワシは、久々の月光浴を楽しむわ」

「そうですか」

「“月影の至らぬ里は無けれども、眺むる人の心にぞすむ”ってのは、ウチの宗旨の元祖さんが詠んだ歌やねんけどね。

 月影とは、お月さんの光の事やけど、仏さんの慈悲の心の事を隠喩してんねん。

 仏さんは常に慈悲の心を振り撒いてはるけど、それは気づいた人の心にしか届きまへんねん、って事やね。

 ……まぁ、人によっては“仏さんの慈悲”が“神さんの恩寵”に変わるやろうし、“親心”や“友情”“献身”にも変わるやろう。

 現実世界(リアル)でも、現在世界(セルデシア)でも、どっちの世の中でも“欲望”や“暴力”が満ち溢れているけど、“慈悲”や“無私”かて目には見えへんけど溢れ返っている。

 さて、ワシらは一体どっちの方に、より気づくんやろうね……」


 優雅に立ち上がった樹里がゆっくりと、深々と一礼してしてから歩み去る。

 軽く手を振り見送ったレオ丸は、染み染みと味わいながら五色の煙を、ゆっくりと吐き出した。



 地平線の向こうから、ゆるゆると陽が顔を出す。

 朝ぼらけと共に、短い睡眠から覚醒したレオ丸は、もたれかかっていた古木の根から身を起こし、大きく背伸びをしながら深呼吸をした。

 少しだけ冷えた朝の空気が、全身に行き渡るのを感じながら軽く体を捻り、ストレッチをする。


「猫は九生ありて容易に死ぬ事無し。されど、その猫を容易に殺すもの、そは好奇心なり。

 せやけど、<冒険者>には無限の生るが故に容易に死ぬ事無し。

 ってな訳で、今日も元気に好奇心剥き出しで、情報収集に励みましょう!」


 レオ丸は、天に突き上げた手をそのまま滑らせ、フレンドリストを展開した。


「先ずは、こいつっと」


 軽やかなコール音が、レオ丸の脳裏に鳴り響く。

 五回が十回になり、十五回目を数えた処で念話を掛けるのを中断した。


「ナカルナードの野郎、まだ寝てやがんのかな!

 それとも何か所要中で、出られへんのかな?

 それとも、他の理由か? まさか仕事で忙しいとか?

 ふん! まぁエエか。ほな次は誰にしようかな?」


 レオ丸は次に、ミナミの街ではかなり名の知られた人物を選んだ。


「アンタは一体、何やってんだッ!」


 その相手は直ぐに出たが、声を発する前にいきなり大声で怒鳴られ、首を竦めるレオ丸。

 早朝からの念話ゆえに当然の事と受け止め、ひたすら謝罪を重ねる。

 だが、相手側からの激しい抗議は、朝早くからの礼を失した念話に対するものではなかった。

 <ハウリング>と、ナカルナードに関する事柄について攻められ、レオ丸は目を白黒とさせる。


「アンタに言うのは筋違いなのは、よく判っているけどよ。

 敢えて言わせてもらうぜ。

 兄貴分ならば、舎弟共の躾ぐらいちゃんとしとけよ!」


 意味が判らずに教えを請うと、相手はこの十日ばかりの間にミナミで起こった事を、微に入り細を穿った説明をしてくれる。

 それはレオ丸としては、最悪の事象へと到る道を暗示させる内容であった。

 <ウメシン・ダンジョン・トライアル>の時に、レッド・ジンガーをサポートしながら寄せ集めのパーティーを五位入賞させた実力者の言葉に、レオ丸はひたすら頭が下がり項垂れる。

 元は大規模戦闘で名を馳せたギルドを率い、ギルドを解散させた後は別キャラで活動の場を転々と変えながらも、信念は変えなかった彼の言葉は、実に重いものであった。

 初心者の育成もこなした事のある彼からの情報は、そういった方面での経験値が少ないレオ丸には有益であり、自らの無力さを思い知らされるものとなる。


「まぁ、勝手放題に言わせてもらって済まなかったな。

 アンタにはアンタの事情も都合もあるだろうし、アンタがミナミの街にもたらしてくれた恩恵には、正直感謝している。

 俺も随分、楽しませてもらったしな!

 だが、詰めが甘すぎたよ。

 もうちょい、事前の調査をしていたら、違った結果になったかも? だぜ。

 もしかしたら、俺だけが余計に、危機感を持っているだけなのかもしれん。

 それでもだ、俺は断言するが、……あの女は駄目だ!

 俺が以前に嘗めさせられた苦汁も、大概だったが。

 今回は、苦いだけじゃなく、腐敗臭と毒悪が混じってやがる。しかも、甚大な被害が出そうなほど、伝染性と感染力のオマケ付きでだ。

 人によっては、致死量を簡単にオーバーするだろうよ。

 オーバーしなけりゃ、麻痺して常習者になるのかもな。

 あの女は、とんでもねぇ毒姫、魔薬姫だぜ。その辺の“姫ちゃん”キャラとは比べモンにならねぇぜ。

 俺は当分、ミナミをばっくれるつもりだ。罹患するのもアホらしいしな。 表舞台じゃない処で精々、パンデミックを防ぐ活動をさせてもらうつもりだ。

 ……と言っても、何から手をつけていいのやら。

 兎も角、アンタも気をつけろよ!」


 明るく美しい朝日を浴びながら、暗く寂しい翳を心に宿して、レオ丸は陰鬱な顔で念話を終えた。

 最前まで満々と湛えられていた意気が、あっという間に枯渇しかけている。


「ワシ、しくじってしもうたみたいやなぁ……」


 古木に助けを求めるように、その根元へ腰を落とし寄りかかるレオ丸。


「ミスハさんが言うた通り……やったなぁ。

 一人で旅に出るって事は、残す者達を全て見捨てるって事になる。

 無責任、此処に極まれりって事なんか、それとも……」


 レオ丸は立膝に、顔を埋める。


「彼女らの事を見縊っていたって事なんやろうなぁ。

 ゼルデュスの事は判っていたけど。

 ミスハさんの事といい、……予想してたよりも展開が速いなぁ。

 打ち切りが決まった週刊連載漫画、の如しやな。

 流石は<エルダー・テイル>と<大災害>のコンボ。

 心へのダメージが、半端ないほど強烈やねぇ?」


 顔を上げ、咥えた煙管から五色の煙が、頼りなく昇って消滅していった。

 レオ丸の時間が、しばし止まる。


「……まぁ、なってもうた事は、今更どうにもならんわな。

 己で望んで、風の吹くまま気の向くままに、転蓬しとるんやし。

 ほんじゃあ、どうしよっかなぁ?

 まぁ取り敢えずは、本人に聞くのが一番か……」


 なけなしの意気を掻き集め、レオ丸は再び念話を試みた。

 今度は三回目のコールで、無事に繋がる。


「もしもし」

「おぅ、おっさんか。……元気そうやな」

「そういうお前は、濁った声をしとんなぁ。……風邪でも引いたんか?」

<冒険者(グレーター)>が風邪引くかいや、<大地人(ランダー)>やあるまいし」

「ほ、それなら結構。処で……ワシに何か言いたい事は、ないか?」

「特にあらへん……事もないが」

「何や? 言うてみ?」

「おっさんに斬りかかった阿呆を、逃がしてしもうた」

「ああ、そんな奴もおったなぁ。あれから色々あって、すっかり忘れてたわ」

「こっちも色々あってな、監視が行き届かなくなってしもうてな。気がついたら、居らなんだ」

「まぁ、そらしゃあないな。アイツの事はこっちの事情で、どう考えてもそっちの事情やないもんな。

 今まで迷惑かけて、済まなんだな」

「まぁ、こっちが勝手にしてた事やから。……ほんで、おっさんは、これからどないすんねん?」

「ワシか? ワシはなぁ取り敢えず、一宿の恩を返すために、しょぼいタイマンをしなならんねん」

「ゼルデュスと、か?」

「お前も、耳聡くなったみたいやな? 誰かさんが寝物語に囁いてくれたか?」

「そんな処や。……おっさん程やないけどな」

「残念な事にワシは、昨夜も淋しく独り寝や。ほっといてんか。

 まぁほんで、お前は今回の事に関しては、傍観者の立場かいな?」

「ウチからも、随行員を出す事になっとる」

「ほぉ、護衛か? 監視か?」

「両方や」

「流石はヤッハーブ君や、な。抜かりなく支えてくれる補佐は、大事にしろよ」

「そうやな。……アイツ次第やけどな」

「分裂した<甲殻機動隊>やら何やらを飲み込んで、えらく規模を拡大したみたいやけど、昔ながらの仲間が減ったみたいやなぁ?」

「こっちも色々あったんや。

 ……まぁ、去りたい言う奴を引き止めるんも、アホらしいしな。

 そこまでこっちも、暇やないわ」

「まぁ、確かに。<ハウリング>の事情まで、こっちが関知する事やないし。

 外野が口を挟む事でもないわな。せやけど、……一言だけ言わせろや」

「何や?」

「……タイガー丸の顔に、泥を塗る事だけはすんなや?」

「……こっちに居らん人の事まで、考えてる余裕は無いな!」

「さよか」

「ああ、そや。……おっさんもそうや、こっちとそっちでは、事情が違うんや」

「なるほどなぁ。お前も色々考えてるんか! それなら、……それでエエわ」

「いつまでも俺を、頭の悪いガキ扱いせんといてくれるか」

「……とち狂った大人にでも、成長したんか?」

「おっさんかて、真っ当な大人と言えるんかいッ!?」


 レオ丸は、五色の煙の漂う先を見上げ、一つ咳をした。


「お互い様って言いたいんか?」

「ああ、そうや」

「ほな今は、痛み訳って事にしといたろ。せやけどな、お前の成す事全ては、きっちり見てるさかいな」

「そないに、おっさんには協力者が居るんかい?」

「ワシが見てるとは、言うてへんで。

 天が見とるし、何よりも、お前自身がお前を見とるやろうが」

「……」

「毎朝、毎晩、鏡を見ろよ。お前を、お前が見てるからな」


 ほなまた、と言ってレオ丸は念話を打ち切った。

 煙が苦く感じられ、煙管を懐に仕舞ったレオ丸は頬杖をつく。


「“男にして、女の誘惑より恙無く身を脱するは、誠に此の世の唯一つの奇蹟たるべし”、ってのは誰の台詞やったかなぁ……」


 レオ丸は『千一夜物語』の一節を口にしながら、溜息を吐く。


「……女は、怖いねぇ」

「怖いですか?」

「うわああああああああっ!!」


 不意打ちで背後からかけられた声に、レオ丸は反射的に飛び上がり、そのまま前転をする。

 ゴロゴロと無様に転がる、その何とも間抜けな姿に、樹里が溜息混じりで不平を口にした。


「そんなに驚かなくても、いいじゃないですか!」


 数メートルほど転がってから立ち上がり、両足を揃えて万歳し、Y字姿勢のポーズを決めるレオ丸。


「10.00! ああ、吃驚した!」


 レオ丸は振り返り、頭をガリガリと掻いた。


「どっから聞いてたん、樹里さん?」

「タイガー丸の顔……辺りからです。盗み聞きをしまして、済みません」

「あ、エエってエエって。気にせんといて! ワシと樹里さんとの仲やん?」

「……どんな仲だと言うんです?」

「それよりも、樹里さん!!」

「はい! 何でしょう!?」


 レオ丸が両手を揃えて、恭しく一礼した。


「お早うございます」

「お? お……お早うございます」

「親しき仲にも礼儀ありってね♪」

「ああ、そうですね。それで、朝食はどうされますか?

 大した御もてなしは出来ませんけど」

「お気遣い戴き、感謝感激。おおきにね。せやけど、ワシにはこれがあるから」


 <ダザネックの魔法の鞄>から取り出した林檎を、そっと頭に乗せるレオ丸。


「もうちょい、念話で駄弁っているから、こっちは御構い無しでエエよん。 ……御免やけど、謎の爺さんには、何か適当にお願い致しまする」

「了解しました」

「そんで、赤羽修士の方からは、何か言うてきた?」

「まだですが、……何か連絡があれば、お知らせ致します」

「おおきに、宜しく!」


 レオ丸がひらひらと手を振ると、樹里も軽く会釈するや社務所へと小走りで去って行った。


「さぁて、再開しよか」


 着込む幻想級の布鎧、<中将蓮糸織翡色地衣>の袂で林檎を軽く擦って一齧りすると、レオ丸はフレンドリストを開く。


「アキバの状況を、もうちょい知りたいな、と。出来ればソロでエエ人は居らんかな、と」


 滑らせていたレオ丸の指が、一人の名前の上で止まった。


「ユウタ君! 君に決めた!」


 その名前を軽く叩くと<無所属>の文字が消え去り、所属ギルドを表示する欄に<太陽の軌跡(サン・ロード)>の名前が現れる。

 五回目のコール音が鳴り終える前に、相手は早朝にも関わらず、実に爽やかな声を発した。


「お早うございます、レオ丸和尚さん。ご無沙汰です、お元気でしたか?」



 それは、<大災害>が発生するよりも、一ヶ月ほど前の事だった。

 <書庫塔の林>で、アヤカOとユイAをお供にしながら、久々の秘術書漁りをしていた時に、相手の方から声をかけて来たのである。


「おお~~~っ! <獅子女(スフィンクス)>と<首無し騎士(デュラハン)>だぁ!!」


 正確には、声をかけて来たのはヤエザクラという名の、小柄な<妖術師(ソーサラー)>だったが。

 蜂蜜色のフワフワした髪の下で、円らな瞳を輝かせながら、レオ丸がモニター越しにそう感じただけの事だが、話しかけてきたハーフアルブの女の子に、レオ丸は呆気に取られた。


「物怖じせん子やねぇ、お嬢ちゃんは。最近にしては珍しいタイプやな?」

「ぶ~、お嬢ちゃんじゃなくて、お嬢さんだもん」

「ありゃ、そいつは失礼、御免やで」

「モフモフさせてくれたら、許してあげても良いよ?」

「ワシ、そないに毛深い方やないけど、エエかいな?」

「あ~~~ッ! セクハラな人だ! ユウタ君、殺っちゃってイイよ!」


 落ち着いた紫色を基調としたローブを翻した小柄な<妖術師>は、背が高くガッシリとした体型をした<武闘家(モンク)>の青年の背後に隠れる。


「あっはっはっは。お騒がせして済みません」


 短めの髪を軽く掻きながら、<武闘家>は優しそうな声で場を取り成した。


 その後、雑談を交えながら情報交換をしたり、情報交換をしている最中に<緑小鬼(ゴブリン)>の集団による襲撃を受けたり、即座に臨時パーティーを組んで撃滅したりと、実に慌しい邂逅ではあったが、レオ丸としては中々に楽しい時間を過ごす。

 次回はミナミで遊ぶ約束をして、その日は終了。

 約束は、一週間後に果たされた。

 トランスポートゲートで合流して直ぐに、<黄金廃城(ゴールデン・キャッスル)>に赴く三人。

 僅か一時間ほどのプレイではあったが、内容は盛沢山であった。

 ヤエが、内部のダンジョンに溢れる金銀財宝に目が眩み、要らぬ事をしてはモンスターを招き寄せる。

 レオ丸とユウタがその対処に追われ、どうにかこうにか撃退するの繰り返しであった。

 山ほどのお土産を抱えウキウキのヤエが、ユウタとレオ丸に礼を言うものの、気は漫ろ。

 うっかりと別の冒険者達の、闘争の場に踏み込んでしまう。

 それは、<キングダム>と<ハーティー・ロード>のメンバー達が、今まさに<PvP(対人戦)>を開始しようとしていたタイミングであった。

 水を注された双方の冒険者達から逃げ回る羽目になり、這う這うの体でミナミに帰還を果たす三人組。

 何とも締まらぬ結果に、失笑しながら臨時パーティーは解散した。

 最もレオ丸は、その後暫くの間、ミナミでは身を低くして過ごさねばならなくなったが。



「やっほー、久し振り。そちらは、……特にお嬢さんの方は、恙ないかい?」

「ええ、僕もヤエも元気にしています」

「そっかー恙ないんかぁ、そりゃ残ね……もとい!

 そーいや、ユウタ君。自分、ギルドに属したんやねぇ」

「はい。こっちに来てからまぁ色々ありまして、ヤエの友人をギルマスに据えて、何とか居場所を創りました」

「ああ、そいつは素晴らしい! ソロでフラフラしているワシとは違い、堅実にやっているようで何よりだわ」

「レオ丸和尚さんは、何処かのギルドに所属されたりはしないんですか?」

「うん、今んトコはな。独りの方が気楽に、なり過ぎてしもうたわ。

 処でユウタ君は、今は何処を活動拠点にしてるん? やっぱり、アキバなん?」

「いえ、今はテンプルサイド……吉祥寺を拠点にしています。そちらは、相変わらずミナミですか?」

「いやぁ残念ながら、ミナミからトンズラこいて放浪中やわ。

 気侭な浮き草生活を、絶賛満喫している最中やねん」

「そうですか、そちらも色々とあったようですね」


 誠実さと洒脱さの両方を兼ね備えるユウタとの会話は、レオ丸の心に僅かに残ったささくれを宥めてくれた。

 その誠実さに応えるように、レオ丸はミナミの街の現状を知り得る限り、詳細に説明する。


「……ってな訳でな、よほど危急の事情が無い限りは、ミナミには極力関わらん方が賢明やと思うわ、ホンマ」

「貴重な情報、有難うございます。そちらも、かなり深刻な状況なんですね」

「そちらも、って事はアキバも似たようなもんなんか?」

「多少、状況は違いますが」


 ユウタが語るアキバの街は、無法地帯とまでは言わないが、それに近い状態であった。


「敢えて言うならば、“脱法”地帯ですかね」


 大手戦闘系ギルド同士の軋轢と、生き残りを図る中小ギルドの小狡い立ち回りにより、不遇を託つ零細ギルドとソロプレイヤー達。

 そして一番の被害者は、低レベルの冒険者達と、暴威に怯える大地人達である。


「幸いにして僕達は、強くて愉快なギルマスの献身的努力と、笑顔を忘れないギルメンそれぞれの自助力で、どうにか平穏を保つ事が出来ていますが」

「良かったなぁ、ホンマに!

 そんで、その強くて愉快なギルマスって、どなたさんなん?

 良ければ教えて頂戴な」

「それはですね……“ユウタ君、朝御飯だよ”、ああ、彼女の、ヤエの友達の櫛八玉さんという方です。

 “ねぇねぇ、誰とお話してるの? 早く来ないと、食いしん坊のクシが全部平らげちゃうよ!”“ちょ、待て! こらッ、ヤエ! 人聞きの悪い事を言うんじゃない!”、って事です。

 あ、ちょっと待って、ヤエ、クシさん。

 今、レオ丸和尚さんと、お話し中だから。“ええ~~~、インチキ坊主な<死霊術師(ネクロマンサー)>と! 生きてたんだぁ!?”、あの、ヤエ、聞こえるから、もっと静かに……」

「聞こえてんで。……ユウタ君、即座に訂正して欲しい。

 ワシは<ネクロマンサー>やない! <幻獣の主(ビーストテイマー)>や!」

「ええッ!? 訂正って、其処ですか!?」

「せや、ワシのアイデンティティーに関わる問題やからな!」

「“どうせまた、<ネクロマンサー>違う! とか言ってるんでしょ。それより、今朝はスクランブルエッグに、カリカリに焼いたベーコンだよ。不器用なクシが、唯一不器用でない調理の腕で作ったんだよ。冷めると美味しくなくなるよ”“不器用、言うな!”」

「何か忙しいようやし、時間も時間やし、今日はこの辺にしとこか」

「済みません、何かバタバタしまして」

「ほな、また連絡するわな」

「はい、了解です。レオ丸和尚さんも御壮健で! “ぼーさん、お元気で~~~♪”“ぼーさんって誰?”」

「そちらも、達者で! お嬢さんには、くれぐれも夜露死苦! ってな」


 念話を切ったレオ丸は、齧りかけの林檎を食べ終え、腕を組んで首を捻る。


「……調理の腕で作った、って何や?」


 完全に昇りきった太陽の日差しに背を向けると、レオ丸は脳内にある思索の道を散歩し始めた。



「レオ丸さん! 赤羽君達が、先ほど無事にミナミを出たそうです!」


 その声に、レオ丸が思索の道から現実へと呼び戻されたのは、凡そ十五分後。

 社務所から手を振る樹里に手を振り返すと、レオ丸は両手を大きく一つ打ち鳴らして、気合を入れ直した。


「さて、クヨクヨすんのも、ツラツラ悩むんも、一旦中止やで、レオ丸君!

 現実主義で行かな、どないもなりまへんで! 先ずは何をするんや、レオ丸君?」


 早足で社務所に近づき、レオ丸は樹里にお願いをする。


「樹里さん、御免やけど。植木鉢か、それに使ってもエエような器を一つもらえへんかいな?」

「丼茶碗で宜しければ、提供出来ますけど。……こんな時に、何をなされるお積りなんですか?」

「今日の交渉を成功に導くためにね、お花をちょいと咲かせたいねん」


 レオ丸に、悪そうな笑顔を見せられた樹里は、少し引き攣った笑みを返した。



 それから更に一時間ほど後の事。時計があれば、朝九時丁度に。

 遥か南西の空に、幾つもの点が微かに見え始めた。

 土いじりを済ませたレオ丸は、樹里とアグニの後ろから、ゴーグルを凝らしてその方を見遣る。

 先頭を天翔るは、<鷲獅子(グリフォン)>に跨る浪人風の青年。

 纏った陣羽織をはためかせるカズ彦の背後には、五枚の<魔神の絨毯(マジックカーペット)>に分乗する十一人の冒険者達。

 恐らくは、<「名誉」と「火」と「水」>のメンバーだろう。

 更にそれらを囲むように布陣するのは、カズ彦と同じ陣羽織を纏う冒険者達が二人ずつ騎乗する、五頭の<飛翔天馬(ペガサス)>。

 少し遅れて、必死に羽ばたく一羽の白鳥の姿を見とめ、レオ丸は脇腹と口元がヒクヒクとする。


「どうにか、<Plant hwyaden>の機先を、制する事が出来たようやね」

「間に合いましたか?」

「余裕でセーフ。スタンディング・ダブルってヤツやね、樹里さん」

「ああ、良かった、ホッとした」

「自分が上手い事、ギルマスさんを説き伏せてくれたからやで、アグニ君」

「いえ、僕よりも玄翁(クロ)さんの力の方が、大きいと思います」

「つまり、皆さんの連携プレイにより、チャンスが作れたって事やね」

「後はレオ丸さんの、奮闘にかかっているって事ですね?」

「ガツンと一発、かまして下さいね、レオ丸先生!」

「ライパチ君に過剰な期待をしたらアカンで、チームメイトの御両人さん」


 レオ丸は、懐から<彩雲の煙管>を取り出し咥えると、大きく口を開けて五色の煙幕を張った。


「せやけど、相手の嫌がる処目掛けて、イレギュラーバウンドの打球を叩きつけられるよう、精一杯に必死こいて努力をさせてもらうわ。

 ……後はゼルデュスが、その打球をどう処理するかや、な?」

ヤマネ様、当方の我侭を快くお許し戴き、且つ、詳細な情報を御提供賜りました事、誠に忝く、深く感謝申し上げます。

レオ丸と、『辺境の街にて』(http://ncode.syosetu.com/n3210u/)の御両人との実際の絡みは拙著、

『特装版・エルダー・テイルの過ごし方 -ウェストランデでのアレやコレ-』

 <第ゼロ歩・大災害マイナスほにゃらら 其の壱>

 http://ncode.syosetu.com/n7384cg/1/ を、御参照下さいますれば、誠に幸甚にて。

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