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第弐歩・大災害+33Days 其の陸

樹里嬢をいじくり倒し過ぎたかも、しれません。

淡海いさな様と、『ハチマンの宮司』ファンの方には、深くお詫び致します。

色々と訂正致しました。(2014.08.19)

更に加筆修正致しました。(2015.02.20)

 巣へと戻る鳥達の鳴き声が上から降ってくる中、山の裾野に沿ってレオ丸は早足で歩いた。

 沈みかけた夕日で赤く染まるレオ丸を見ながら、アグニは少し後ろを長い足でゆっくりと歩く。


「この辺かな」


 不意に空を見上げると、レオ丸は立ち止まった。

 山裾に寝そべるようにして転がっている幾つもの石の内、一番大きな石の前で。


「アグニ君も、ステータス画面の方位磁石で確認してくれるかな、此処が正しく此のお山の東に位置する地点なんかを?」

「は、はい!」


 画面の片隅には、ジャイロ機能を示す小さな十字型のアイコンがある。

 先が尖った十字型の一端にのみ、Nの文字が付いている。

 今、そのNの字は正しく右へと90度、倒れていた。


「はい、確かに真東です」

「オッケー、ほな始めよか」


 レオ丸は左の袖を捲くり、ひょろい腕に填めた幾つかの数珠の中から、銀色の数珠を抜き取る。


「こいつはな、<破邪の数珠>ってアイテムや。状態異常に対しての耐性を、補助してくれるねん。

 溺れる者が掴む、藁の束くらいには役に立つ、かもしれんモンやねんわ。

 せやけど今は、こいつの機能よりも名前の方に意味があんねん」

「名前、にですか?」

「せや。名前の由来(フレーバー・テキスト)に意味があんねん。

 いや其れでは、正確な表現ではないなぁ」


 眉根に皺を寄せながら、レオ丸は<破邪の数珠>を弄んだ。


「そもそも、香りづけの文章(フレーバー・テキスト)って何やろうか?」

解説文(フレーバー・テキスト)ですか? ……それは、そのぅ、名前の通りなんじゃないんですか?」

「Yes、ビンゴ! アグニ君の言う通り、“名前の通り”や。

 じゃあ、何故にフレーバー・テキストは存在するのか?

 って事をツラツラと考えさせられる事態に遭遇したんや、ワシ。

 遂、さっきの事やねんけどね。

 自分が背負って運んでくれてた、あの爺さん。

 詳細は言われへんけど、あの爺さんが其の“フレーバー・テキスト”そのもの、言うならば“生きる伝説(フレーバー・テキスト)”やねんわさ。

 ……此の世の中のありとあらゆる事象には全て、意味がある。

 つまりな、フレーバー・テキストそのものにも、意味があるって事やとワシは思うねん、って言うか何となく確信してしもうてんわ。

 ……確信させられたって感じやけどね、強制的にな?

 って訳で、一丁このアイテムのフレーバー・テキストにも、頑張ってもらおうかと思っている処やねん。

 因みにコイツのフレーバー・テキストは、次の通りや。

 “その銀色は翳り無く、曇り無し。その銀色は、無窮の天にて唯一にして、絶対の支配者である夜の女王の瞳に相似たり。夜の女王は無慈悲にして、一切の邪計を許さず、一切の邪術を打ち払うなり。夜の女王は無慈悲なれど、時に涙を流し給う。涙が結実すれば、そは忽ち銀陰の珠と化すなり”、ってな。

 さて次は、捧げ物に相応しい物は、と。何かエエのんはないかいな、と」


 <破邪の数珠>を口に咥えながら、レオ丸は鞍袋と<マリョーナの魔法の鞄>に手を突っ込む。

 そして何かを探り当て、取り出した。


<生命樹の木片(セフィロト・ピース)>、みっけ!」


 数珠を左手で受けたレオ丸は、逢魔時間近の僅かな明かりの中で、名刺ほどの大きさの木っ端をアグニに見せる。


「こいつは、ロンデニウムのグレート・コレクションズ地下にあるダンジョンで手に入れたアイテムでな、削って飲むとHPとMPの回復にボーナスが付くねん。

 ホンマなら此処で費やすには惜しい気もするけど、他にエエのが無いんやからしゃあないね」


 レオ丸は、飄々とした口振りで言いながら<破邪の数珠>に手を掛け、珠を五つばかり掴み無造作に引き千切る。

 繋ぐ糸が切れ、全てがばらけるかと思われた<破邪の数珠>は、引き千切られたレオ丸の手中の珠のみを残して、再び繋がる。

 続けて懐から、“東方を守護するは、青龍。その本性は木行なり”と書き込んだ<大学者の覚書>だけを取り出し、それで<破邪の数珠>から千切り取った五個の銀色の珠と、<生命樹の木片>を丁寧に包み込む。

 小さな紙包みを捧げるように両手で持つと、レオ丸はアグニに歯を見せて笑いかけた。


「さて、アグニ君。ワシは両手が塞がっているさかいに、御免やけど、その一番大きな石をちょいと持ち上げてくれるかな」

「コレですか?」


 さして力をいれた様子もなく、アグニは簡単に石を持ち上げた。


「サンキューなり」


 レオ丸は、石が除けられた窪みへと身を屈め、少しだけ土を掘り返してから紙包みを埋け込む。


「ほな、石を置き直して頂戴な」


 アグニが石を元に戻すと、レオ丸は其の石に向かい合掌した。


「“東方を守護するは、青龍。その本性は木行なり”。

 謹んで言上す、当地御領神域を哀愍護念し給え」


 抑揚をつけ朗々と詠ずる、レオ丸。

 その詠唱は、何がしかを揺り動かす切欠となり、それに反応した石の下が淡く慎ましやかな青色の輝きを放ち、間もなく消える。


「よし、OK。次は南の方角やね」



 真南に移動する、レオ丸とアグニ。

 レオ丸は左腕に巻いた<火蜥蜴の如意念珠>と、右手に持った<破邪の数珠>から、それぞれ五個の珠を千切り取り、紙包みを作った。

 アグニが持ち上げる石の下に埋け込み、合掌する。


「“南方を守護するは、朱雀。その本性は火行なり”。

 謹んで言上す、当地御領神域を哀愍護念し給え」


 石下が赤色に淡く輝き、静かに消える。



 次は真西に移動する、レオ丸とアグニ。

 レオ丸は鞍袋の底で眠っていた<エルダー・テイル>二十周年記念1000G金貨と、右手に持った<破邪の数珠>から五個の珠を千切り取り、紙包みを作った。

 アグニが持ち上げる石の下に埋け込み、合掌する。


「“西方を守護するは、白虎。その本性は金行なり”。

 謹んで言上す、当地御領神域を哀愍護念し給え」


 石下が白色に淡く輝き、静かに消える。



 最後に、真北へと移動する、レオ丸とアグニ。

 レオ丸は左腕に巻いた<水妖の如意念珠>と、右手に持った<破邪の数珠>から、それぞれ五個の珠を千切り取り、紙包みを作った。

 アグニが持ち上げる石の下に埋け込み、合掌する。


「“北方を守護するは、玄武。その本性は水行なり”。

 謹んで言上す、当地御領神域を哀愍護念し給え」


 石下が黒色に淡く輝き、静かに消えた。



 <お社の山>を守護する結界を張るための、下準備を概ね完了させたレオ丸は、アグニを先に行かせる。

 ゆっくりと山道を登り、隠れ潜んでいたアマミYに指示を出すと、鳥居を通過し早足に石段を駆け上った。

 茅の輪を潜って玉砂利を踏み、再び本殿前へと戻ろうとした処で、ぼんやりと突っ立っていたアグニに進路を妨害される。

 <武闘家>の青年はとても心配そうな、不安な顔をしていた。

 何だろうと、レオ丸はアグニの脇から前をそっと覗く。


「う~~~……」


 本殿の縁に正座し、何も書かれていない真っ白な<大学者の覚書>を前にして、<大師の自在墨筆>を宙にかまえたまま、樹里は顔を真っ赤にして唸っていた。


「え~~~っと、樹里殿」


 レオ丸は樹里へと、恐る恐る近寄る。

 ゆらりと、レオ丸の声へと振り向く樹里。

 本殿内と境内に備えられた常夜燈が自動的に点灯し、周辺を明るく照らす中、何故か其処だけが陰鬱に暗い。

 逢魔時は早過ぎ去り、夜の帳が訪れた<お社の山>の本殿に座す、涙目の般若。

 思わず絹を裂くような悲鳴を上げかけたレオ丸は、寸での処で踏み止まる。


「私、字の形が、儘ならぬ、人なんです」

「ああ、そうなん」

「書こうと、思っても、綺麗な字が生まれて、こないんです」

「へぇ、そうなん」

「私を、馬鹿に、してますよね?」

「ほぉ、そうな……いやいや、そんな事はないで、樹里殿。

 人には得意な事もあれば、不得意な事もある。

 苦手な事が一つや二つある人なんざ浮き世には、五万と居るで!」


 慌てて樹里に寄り添い、その逆立ち始めたように見える射干玉の黒髪を、幼子をあやすように優しく撫で付けるレオ丸。


「ワシかて、字は上手くない。習字を勉強したんは、中学校の授業が最後や」

「嘘です! 先ほどは、達筆であられたではないですか!」

「せや、上手く書けてたやろ? だってワシが書いたんやないもん!」

「どういう事……ですか?」


 少し落ち着いた樹里が、レオ丸を濡れた目で見た。

 その艶めいた仕草にドキッとしながら、レオ丸は手を下ろして身を引く。


「その筆な、誰でも綺麗な字が書ける、魔法の筆やねん。もし疑うなら、フレーバー・テキストを読んでみ」


 樹里が手元の、<大師の自在墨筆>に目を凝らすと、視界に文章が現れた。


 “世に言う名人巧者は、筆を選ばぬものなりと言うが、逆しまの道理もまた此れあり。世に優れたる文房四宝は、使うるただ者を名人へと昇華させるなり。汝、此の世に優れたる筆を取らば即ち、名人となるなり”


「な? せやさかいに、安心して筆を使いなはれ」

「ですが……」


 先ほどまで真っ赤だった樹里の顔が、今度は血の気が引き青白くなっていく。


「私は、<神祇官>ですけど、本物の神職ではありません。

 ……ですから、祝詞だなんて……とても、とても……」


 崩れそうになる樹里の姿に、アグニの場違いに明るい声が被さる。


「あれ? この前の、ラッキーの儀式の時に」

「落慶、あるいは落成、な」


 レオ丸は、間髪入れずにアグニの間違いを訂正した。


「ええっと、其のラッケー? とか言う儀式の最中に、トイレットペーパーみたいなのを広げて」

「巻紙、あるいは奉書、な」

「その巻き髪だか、何だかを広げて、難しい日本語を読んでたじゃないですか?」


 がっくりと肩を落とした樹里は、俯いてそっと吐息を漏らす。


「あれはね、アグニ君。<開山許可証>の文面と、添えられていたフレーバー・テキストを読み上げていただけなの」

「そうなんか、樹里殿は神職とは違うんや。てっきり物忌か忌子……は今時の話と違うからっと……、大学で専門の課程を履修して、正階か明階の位を持っているもんだとばかり」

「いいえ、京都の国立大学で、普通に法学部を卒業しました」

「さ、才女鰻 by ねくさす!」


 レオ丸は、両手でそれぞれ狐の顔を作り、妙な言葉とポーズで驚きを表現する。


「因みにワシは、漢字で書いたらおフランスな大学を平々凡々な成績で、どうにか何とか卒業ですわ、ざまーみろ!

 ざまーないなぁ、我が身の不明に思いを致すとな、とほほ。

 それは、さておき。ちょいと聞くけど、樹里殿や」

「あのー、レオ丸さん。私の事を“殿”つけで呼ぶのを、そろそろ止めて戴けませんでしょうか?」

「え、何でなん?」

「何だか、レオ丸さんにそう呼ばれるのが申し訳ないような、それでいて小馬鹿にされているような感じで」

「小馬鹿に何かしてへんけど、そう言うなら変えまひょう。

 ほいでや、樹里どんや」

「……やっぱり、馬鹿にしてるでしょう!」

「な~~~んてな! さてさて其れで、樹里さんにちょいと聞くけどな。

 祝詞や願文って見たり読んだりした事ないか?

 少なくとも、足利氏決起の主意を(したた)めた奉納願文を知ってたやんか?」

「あれは、偶々です。ドラマも子供ながらに、好きで毎週見てましたし……」

「よ~~~っく、思い出してみ。祝詞って単語を、頭に強く思い描きながら!」


 樹里は眉根を寄せて、天を睨む。


「……あれ!? 思い出せる!?」


 息を詰めてハラハラとしながら樹里を見守っていたアグニは、その言葉に深い安堵の息を吐き出す。

 レオ丸は後ろ手に組みながら、うんうんと何度も頷いた。


「やっぱり、せやったか! ワシが睨んだ通り、樹里さんもメモ帳機能を余計な事に活用してた口やな」

「メモ帳機能……、ああ、そう言えば!」

「何かねぇ、こっちに来てからワシも皆さんも、やたらめったらと記憶力が向上したような気がしててんな。

 ほんで、何でやろうと考えたらばや、恐らくはメモ帳機能がワシらの記憶に関するバックアップをしてくれてんのやなかろうかと、思い至った訳や。

 きっと樹里さんも、メモ帳機能に色んな事を、例えば<神祇官>絡みで神さんや神事に関するアレやコレを、書き込んでたんと違う?」

「仰る通りです。自分で考え工夫した事や、仲間達と情報交換用をして知り得た事、イベントやクエストの内容、其の攻略方法などなどを一緒くたにして、色々な事を打ち込みしていました」

「じゃあ、これで万事解決問題なし、雨でも風でも大丈夫やね。

 それじゃあ、さあさあバッチリ、ガシッとギュインな感じの祝詞を一つ、書いておくんなさい」

「判りました!」

「ほんで、さっき渡したメモに書いた内容を、忘れんように混ぜて練り込んでな」


 袖を捲り上げた樹里は、先ほどまで(とぐろ)を巻いていた暗雲を吹き飛ばしたような、実にさっぱりとした晴れの顔つきで、筆を取り直す。

 今泣いた烏がもう笑った状態の現金過ぎる樹里の其の姿に、レオ丸とアグニは視線を合わせながら苦笑いを浮かべた。


「さてと、ワシも作業を続けよか、と。

 ……此処で呼び出したらどうなるか、ビミョーなトコやが、彼女は聖獣の範囲やから多分オッケーやろう!

 もしアカンかっても、それはそれ。此処の結界に脱帽ってヤツか?

 したらば!

 天蓬天蓬急急如律令 勅勅勅! チーリンLさん、剛力招来超力招来!」


 レオ丸が剣印を結び宙に描いた魔法円が、鮮やかな黄色に染まり光った。


「Laissez votre plaisir!」


 キラキラと輝く光の輪から、二角四足の獣が一頭、宙を駆け跳ねて現れる。


「Je peux faire, Mon maître」


 姿形は鹿に、顔は龍に似て、牛の尾と馬の蹄を持ち、長くはないが枝分かれした角を生やした、ポニーほどの大きさ。全身の体毛は黄色いが、背毛のみ五色に彩られていた。


「ああ、良かった! 無事にお越しやしてサンキューな、チーリン・Lさん。

 さて呼び出したのは他でもない、自分にしかお願いできない事があるんやわ」


 境内の灯りに照らされ、全身を仄かに輝かせている<麒麟>は、可愛らしく小首を傾げる。


「突然で御免やけど、その頭の角を一本頂戴!」


 レオ丸は合掌して、お願いをした。


「角は力の源やし、新しいのが生えてくるのは時間がかかるし、それまでの間は不自由な事やけども……」

「Attendez un instant, s'il vous plaît」


 チーリンLの全身が、眩く光を放つ。

 レオ丸とアグニは咄嗟に手を上げて、視界を焼くような鋭い光を避けた。


「Merci pour votre patience」


 暫くして視力が回復したレオ丸は、発光を終えて地に伏すチーリンLの鼻先に、一本の角が転がっている事に気がついた。


「おおきに、ありがとうな。ゆっくりと、虚空でお休みよし」


 屈みこんで鬣を二度三度と撫でてから、レオ丸は帰還の魔法円を作る。


「……さて、ほな最後の一仕事や」


 レオ丸は右手で麒麟が残した角を拾い上げると、左手で懐から残る一枚の<大学者の覚書>を取り出し、それで麒麟の角を覆った。

 更に、左手に填めた数珠の中から黄色の数珠を外し、<大学者の覚書>が角から剥がれぬようにグルグルと巻きつける。

 出来上がった物を両手で天へと捧げながら、レオ丸は満天の星空の下、冴えた月光を全身に浴びつつ文言を唱えた。


「“中央にて万物を護するは、麒麟。その本性は土行なり”。

 謹んで言上す、当地御領神域を哀愍護念し給え」


 黄色の数珠、<土精の如意念珠>がレオ丸の手の中で激しく輝く。

 レオ丸が奉げ持つ全てが、黄色く眩い光に包み込まれ、静かに治まる。


「出来た!」


 樹里の歓喜の声が、本殿で上がった。


「ナイス・タイミングやね?」


 レオ丸の笑顔に、訳の判らぬままアグニも、爽やかな笑顔を返す。


「ほな早速、儀式の仕上げと行こか!」


 両手で奉げ物へと変質した角を掲げたまま、本殿へと歩み進むレオ丸の後を、アグニは次の展開が待ちきれないといった面持ちで、いそいそと従った。


「樹里さん、お疲れさんでした」


 書き終えたばかりの、墨痕鮮やかな祝詞をドヤ顔で広げ誇示する樹里に、レオ丸は何度も頷きながら労う。


「さぁ、樹里さん。もう後、一仕事、大事なお役目を、ヨロシク!」



「高天原に神留坐す」


 烏帽子・水干・指貫袴と、神祇官としての威儀装束を調えた樹里の声が、切妻造の本殿内に玲々と響き渡る。

 御神前には白木の三宝が三つ、お供えされていた。

 一つには塩と真水、一つには白米と玄米、後の一つには<大学者の覚書>と奉げ物である麒麟の角。

 依代として樹里が壇に祀る鏡が、常夜燈の灯りを仄かに反射させている。

 鏡の前には、御幣と一振りの直刀、そして<神水晶の鏑矢(クリスタル・コメット)>が置かれていた。


「諸々の枉事罪穢を祓ひ賜え」


 本殿の外、縁側には正座をするレオ丸を中心として、右には胡坐を掻いて神妙な面持ちのアグニ、左には閉じて立てた『年輪の書』にもたれかかりながら、目を輝かせているジェレド=ガン。


「清め賜えと申す事の由を」


 レオ丸は手を合わせ、深く頭を下げていた。


「更に謹んで言上す。此処に謹んで恐み、勧請願ひ賜う。

 東方鎮護には木の神、鎮め奉る。

 南方鎮護には火の神、鎮め奉る。

 西方鎮護には金の神、鎮め奉る。

 北方鎮護には水の神、鎮め奉る。

 中央鎮護には土神、聖獣をして、御前に倶会し奉る。

 願わくば聖獣四神合一して、信心足りぬ猛き者、神域侵す五月蝿なす者、揃えて打ち払い賜え」


 樹里が、ゆっくりと幣串を振るう。

 幣串に縛り付けられた御幣が、しゃらしゃらと音を立て、柄の尻に取り付けられた小さな神楽鈴が、和して澄み切った音を鳴らした。


「恐み恐みも白し奉る」


 祭司が静々と頭を下げ、祈願主が毬栗頭を更に深く下げ、背筋を伸ばした青年と腰の曲がった老人とが慌てて頭を下げる。


 捧げ物の麒麟の角が、またもや黄色い輝き光を周囲へ放射した。

 放たれた光が一筋、依代の鏡に当たる。

 依代の鏡は黄色く輝いてから、青くなり、赤くなり、白くなり、黒くなり、再び黄色く輝き、全ての色を消した透明な光を発した。

 頭を下げたままの四人には、それが見えないでいる。

 透明な光は太くなり、広くなり、全てを包み込んだ。


 ヴン! という耳鳴りが、四人の鼓膜を揺らす。

 その途端、<お社の山>の空気が、完全に入れ替わった。



 虫の声が周辺の草むらから、微かに聞こえる。

 時刻は多分、真夜中の頃。

 レオ丸は、<お社の山>の麓に建てられた社務所に笠をかけるように枝を大きく張った古木の、その巨体を支えるように蟠る根に腰掛けていた。

 青白く降り注ぐ月の光を、ゴーグル越しに浴びながら。

 背には、<吸血鬼妃(エルジェベト)>のアマミYが寄り添っている。


「ほうほう、なるほど。レベルアップに励んでんねや、エンちゃんは」

「バリ頑張っちょりますばい!」

「ほんで、どない? レベル91には、手が届きそうなん?」

「でたん頑張っちゅうけど、そげん上手くはいかんばい……」

「ま、気長に頑張りよし。くれぐれも無理したらアカンで」

「わかっちょうちゃ。レオ丸兄やん方は、今なんしようと?」

「ワシか? ワシは琵琶湖の近くで、終日のたりのたりかな、やわ」

「滋賀県に居るとね?」

「せや。プラプラと毎日楽しく過ごしてる、と自分に言い聞かせながら、な」

「毎日毎日、そうつき回っとるとね」

「な~~~んか面白い事ないかいな? ってな。御蔭さんで、未だに退屈はしとらんなぁ」


 静かに寄り添っていたアマミYが、不意に体を起こした。

「主殿」と、背中をつつく。


「あ、スマン。御免やけどエンちゃん。ちょいとお客さんやわ。また連絡するし、そっちも何かあったら連絡頂戴な。何も無くても暇な時に、連絡してな。ほな、今日はこのへんで!」

「レオ丸兄やん、さっち忙しかね。早うこっちにきない」

「ま、その内にな。ほな、お休み!」

「たのんますけんね!」


 アキバに居る、<黒剣騎士団>の主戦力メンバーであるエンクルマとの念話を切り上げると、レオ丸は振り返って社務所の方を見た。

 烏帽子を脱ぎ、元の掛水干に似た布鎧に着替えた樹里が、明るく照らす月明かりの下、近づいて来る。


「今日は色々と、お疲れさんでした」


 レオ丸は、懐から<彩雲の煙管>を取り出して咥え、ぷはぁっと五色の煙を吐き出した。


「レオ丸さんこそ、お疲れ様でした。それと……」


 樹里は、ぴょこんと可愛らしく頭を下げる。


「御見苦しい姿をお見せしまして、申し訳ありませんでした」


 細く煙を吹き出してから、レオ丸は口元を綻ばせた。


「まぁ、エエんちゃう。この世に完璧人間なんておらへんのやし、ワシかて大概、間抜けな醜態を晒したしなぁ?」

「……でしたね」


 ふふっと笑みを漏らした樹里は、レオ丸に寄り添うアマミYに目を留める。


「そちらは、レオ丸さんの従者ですか?」

「せや」

「さようでありんす。主殿の、夜の慰み者でありんす」


 わざとらしくアマミYは、よよよっと泣き真似をした。


「違うで! そんなんと違うで! ちょっとは考えたりもしたけど、そんなんとは違うで!」


 慌てふためき立ち上がったレオ丸は、手を一つ打ち鳴らし両手で帰還の魔法円を作る。


「てんご言う人は、御家にお帰り!」


 アマミYは、妖艶な笑みにチロッと見せた舌を添えて、虚空へと消え失せた。


「違うからね!」

「ええ、判っていますとも」


 涼しい顔をした樹里は、額に汗するレオ丸の弁明を受け流すと、その近くの根に腰を下ろす。


「大地人の御老体は、本に突っ伏したままお眠りになられましたので、薄手の布団をかけておきました」

「おおきに、樹里さん。アグニくんは?」

「その隣で大の字になって、夢の中です」

「エエ夢を見てくれたら、エエがなぁ」

「ほんとに」


 途切れた会話を、虫の音が埋める。さやさやと夜風が、草の穂を揺らしていた。


「レオ丸さん」

「な、何やろか?」


 纏う雰囲気と口調が改まった樹里に、レオ丸が何事かと身構える。


「お尋ねしたい事があるんですが?」

「何かな? ボーリングのアベレージなら、今は120くらいやで」

「そんな事は聞いてません」

「ほな、ワシのスリーサイズか?」

「そんな事は聞きたくもありません! 真面目な話です!」

「あ、真面目な話か」

「……お尋ねしたいのは、レオ丸さんが仕掛けられた結界、魔法の事です」

「ああ、そんな事か」


 大きく口を開き、大きな煙の輪を吐き出すと、レオ丸はゆっくりと樹里の傍に腰を落とした。


「ほんで、どういった事が聞きたいん?」

<召喚術師(サモナー)>で<学者>でしかない貴方が、何故に魔法を使い熟せておられるのですか?」

「使い熟して……いるんかなぁ? どうやろうなぁ?

 映りの悪いブラウン管を叩いて直すくらいの、力技やけどなぁ」


 口を細めて、小さい煙の輪を幾つも吐き出してから、レオ丸はゆっくりと言葉を五色の煙と共に吐き出す。


「“Any sufficiently advanced technology is indistinguishable from magic.”

 “十分高度に発達した科学は魔法と区別が付かない”

 ガリレオ・ガリレイが、異端審問裁判の最中に言うた台詞やったかな?」

「へぇ?」

「嘘です。アーサー・C・クラークです。御免なさい。睨まんといて下さいな、癖になるから♪

 さて、今日もチラッと言うたけどね。ワシは魔法ってモノを“法則”と理解したんやわ。

 エントロピー増大とか、エルルギー保存とか、オームとか、作用反作用とか万有引力とかと同じカテゴリーとして、な。

 ほんで、法則ってのは素人でも、理屈さえ判れば真の理解を得ていなくとも、好き勝手に利用が出来るやん。

 “法則”は“方程式”と訳してもエエし、“仕組み”や“ルール”と訳してもエエ。

 ある一定の決められた枠組の中で、どんな事が禁止されているのか?

 ある一定の決められた枠組の中で、どれだけ好き放題の事が出来るのか?

 後は、……想像力の問題かなぁ?」

「はぁ、なるほど」

「此処で気をつけなアカンのは、自分で枠組みを設定したらアカンって事やね」

「NO FATE。……運命は決まっていない、自ら切り開くモノである、ですねぇ」

「昔のエライ人達は、エエ言葉を残してはんで。

 例えば、お釈迦さん。

 “瞑想あるところ知恵あり、瞑想無きところ知恵無し。何が貴方を前に進ませ、何が貴方を滞らせるのかを、よく知りなさい”、とか」


 レオ丸は両手を支えにしながら、遥かな天空を見つめる。

 釣られて、樹里も綺羅星を見上げた。


「“夜空の星には人を見上げさせ、別世界へと思いを馳せさせる力がある”

 って言うたのは、プラトン。

 せやけど、何事も焦らず地道に一歩ずつ。

 “山を移さば小石から”と、孔子はんも言うるし」

「クルド民族の諺に、“自分に向かって返って来る矢を、放ってはならない”と、ありましたね」

「せやね、何事をするにしても、ようよう考えてやらなアカンね。

 “後悔先に立たず”とも言うしな。

 せやけど、やってみん事には、良きにつけ悪しきにつけ結果を得られへんしな。

 まぁ、やる前にクヨクヨするより、やってからアタフタする方が、心には負担が少のうてエエわ」


 二人が見上げる先の月は穏やかに輝き、金銀砂子を撒き散らしたような夜空を星が一つ、一筋の弧を大きく描いて流れ去って行った。

佐竹三郎さんの御作『残念職と呼ばないで。(仮)』にて絶惨残念中、もとい絶賛活躍中のエンクルマ氏と、ようやくにして念話ながら競演させて戴きました。佐竹さんには感謝を。……築豊弁、間違ってなかろうか? ちっくと心配でやんす。

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