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第弐歩・大災害+33Days 其の伍

まだまだ、続きます。

<ミスハ問題>の解決は、先送りしております。

色々と訂正致しました。(2014.08.19)

更に加筆修正致しました。(2015.02.20)

「レオ丸学士、そいつは本当ですかね?」

「ああ、赤羽修士。つい先日、その仕組みと法則に気がついたんや」

「説明してもらえますか?」

「長い長い話になるけど、エエか?」

「……掻い摘んでもらえると有難いですが」

「そやね、手っ取り早く言うと、<妖精王の紙>かそれと同等の高品質の用紙に、魔力を持っているか魔力を込められる筆記具かインクで、魔法の方程式を理路整然と書き記す、それだけや」

「なるほど。……レオ丸さんは、それがお出来になると?」

「はいな、道具も揃ってるし、バッチリやで♪」

「それじゃあ、もう一つのお願いって何ですか?」


 本殿の縁にジェレド=ガンを放置したアグニが、長身を器用に折り畳んでレオ丸の傍にしゃがみ込む。


「そやねぇ、それは間接的に、自分にも関わる事やわ」

「え、俺? いや、僕にですか?」

「自分、礼儀正しい子やねぇ。そのまま、真っ直ぐに育ちや、……って、充分に育ってるか。

 それはさておき、や。

 ワシのもう一つのお願いを言わせてもらう前に、ちょいと聞くけど。

 アグニ君は、何で此処に居るん?」

「それは……」

「色々あって、今は私の協力者として、此処に滞在してくれているんです」

「なるほど。ほな、赤羽修士は? 自分はミナミが拠点なんと違うん?」

「俺は、樹里君が此処が概ね出来上がったから見においでって言うから、そのお招きにあずかって来ただけですよ」

「成果の確認か。……ほんで、ギルドの転居先としては、バッチリやったか?」


 レオ丸の言葉に、三人は申し合わせたように押し黙った。


「先日、ミナミの街で<ウメシン・ダンジョン・トライアル>ってのが開催されたんは、知ってるやろ?

 アレを企画したんは、ワシやねんけどな。

 何で、あないな企画を立てたかっちゅーとやな、理由は幾つかあんねん。

 一番大きな公の理由は、ミナミの街を穏やかにしたい、ってヤツや。

 ほんで、秘密の理由は、赤羽修士みたいな旧知の顔を一堂に会して、旧交を温めたかってん。

 懐かしい顔をちらほらみかけて、正味ホッとしたわ。皆、元気そうやったし。

 せやけど、ミナミにおるはずの自分の姿は、見えへんかった。

 身長約ニメートルのドワーフなんて、見逃す方が無理やもんなぁ。

 どないしたんやろう? ミナミに居らへんのかな? って思うてたわ。

 まさか、そないな小さい体で頑張っているとは、思わなんだ。

 赤羽修士の拘り、ポリシーってぇのんまでは、計算外やったわ!

 恐らくどっかに隠れて、小さい体に慣れるための特訓でもしてたんやろ?」


 レオ丸に水を向けられ、黙りこくっていた三人は、それぞれ違う表情で苦笑いを浮かべる。


「ほな、何処に隠れてたんか? 多分、心を許せる場所やろう。

 例えば仲良くしているギルドに匿ってもらうとか、な。

 そのギルドが、アグニ君の所属しているギルド、<「名誉」と「火」と「水」>なんやろ?」

「何故、そう思うんですか、レオ丸さん?」

「そりゃ、ギルドの名前が物語っているからやん。如何にも、物語・童話コレクターの赤羽修士が好みそうな名前やもん。

 多分そのギルドの創設に、赤羽修士が関わっているんと違うか?

 ほんで、今は其処の外部相談役みたいなポジションに、就任してるんと違う?」

「正解です」


 参りましたという風に、玄翁が両手を挙げる。


「レオ丸学士のおっしゃる通りです」

「あ、やっぱりせやったか? ああ、良かった。こんだけベラベラ並べ立てて、外れてましたやったら、赤っ恥もエエとこやもんな。

 ほな、これからくっちゃべる推理も、恐らく正解やろうな。

 さて、樹里殿」

「何でしょう?」

「ジブショー廃砦からずっと、ワシに警戒心を持ってますやろ?」

「ええ、まぁ、否定はしません」

「うん、それは当然やと思う。胡散臭いもんなぁ。やたらおっきいハーピーを放し飼いにしてたんやから。まぁ、それもそれとして。

 ワシが、<Plant hwyaden>の名前を出した時に、そんな事は関係ないって、言わへんかったやろ?

 つまり、ワシが<Plant hwyaden>の一員として此処を偵察に来た、あるいは此処まで示威的行動をしに来た、って思ったんと違うか?」

「……その通りです」


 樹里は、下唇を少し噛んだ。


「……ですが、その疑念は晴れました。もしそうならば、こんな風に明け透けな行動を取るはずがありませんから。

 少なくとも、私が聞いている範囲の<Plant hwyaden>のメンバーは、一部を除いたら、お子ちゃま集団か馬鹿ばっかりのようでした。

 その除外したほんの一部の面子は、イコマかイセか、麗港シクシエーレでの積極的活動、あるいは暗躍で忙しいようですし」

「……良かった。少なくとも、ワシは樹里殿に馬鹿やと思われてへん事が判って、ホッとしたわ」

「変な人、だとは思いますけど」

「……なぁなぁ、赤羽修士」

「何です、レオ丸学士」

「変な人の定義ってな、普通の人が思いもつかへん事をする人の事、やんか?

 普通ならば考えつかない、神社を造営している樹里殿も、充分に変な人のカテゴリーに入るとワシは思うねん。

 そんな変な人に、変な人って言われてしもうた……」

「そりゃあ、アレですよ。変な人に変な人って言う方が、変な人ってヤツでは?」

「なるほどなぁ」

「すいませんでした! レオ丸さんは、変な人じゃありません!

 これで、良いですかッ!?」


 童女のように口を尖らせた樹里を見て、男三人は忍び笑いを漏らす。


「んん! さて、話を続けんで。

 しかし、流石は樹里殿やね。きちんと情報収集と分析を怠ってへんねんから。

 ほいでや、ワシに疑念を持ったって言う事は、既に樹里殿の身近な処で<Plant hwyaden>による実害が及んでるんと、違うんかな?

 じゃあ、何処に実害が出たか? って考えたら、一つしかないわな。

 <「名誉」と「火」と「水」>」に、余計な茶々が入ったんやろう。

 其処まで考えたら、此処が造営された理由も変わってくる。

 樹里殿が此処にお社を建てようって最初に思ったんは、別の理由なんやろう。

 現実的な生々しいモンやのうて、もっと純粋な動機なんやろう。

 処が、ぎっちょん。

 <Plant hwyaden>の行動が顕在化した今となっては、避難民の受け入れ先としての機能を持たせなアカン。

 此の御領神域に張られた結界が、十全過ぎる機能を持っている事。

 麓の“社務所”が、宮司の住まいとしては、頑丈過ぎるように見えた事。

 <大災害>から僅か一ヶ月ほどの間で、ここまでの準備が整えられている事。

 自分らが、過度なほどに警戒心を持っていた事。

 その割には、ミナミに拠点を構えたままの、<Plant hwyaden>の活動を直荷に見聞きしとる赤羽修士が、ワシに警戒心を持ってへんかった事。

 ワシが推理の元にした材料は、以上や。

 赤羽修士は誰かから、……まぁ十中八九はゼルデュス学士から、ワシが<Plant hwyaden>の一派でない事を聞いてたんやろ?」

「十日前に勧誘されましたよ、<Plant hwyaden>に入会しろって、ね。

 お子様方の安全を守りたいなら、とも。

 そして、レオ丸学士のように根無し草を気取っていると、無自覚な屯田兵の集団作業の最中に、刈り取られてしまいますよ、ともね」

「そりゃまた、実に判り易い強制やなぁ。

 ……中小ギルドの吸収合併を示唆したんはワシやけど、ドナドナの大合唱をBGMにした強制執行までは、言うてへんで。

 ……あんにゃろ、またワシの提案を悪用しやがったな……」

「……麓の住まいも、最初は小さな草庵だったんですけどね、建材に余裕がありましたので一昨日に急遽、リフォームしました。

 ハチマンの大工の棟梁には、無理をして戴いて」

「藁や木造よりもレンガの方が強いのは、子豚達も証明してるしな。

 ミナミのオオカミさん達は、自分らの様子を見る限り、かなり息巻いているさかい肺活量もありそうやね」

「煮込む鍋までは用意出来ませんでしたが、進入経路の煙突もありませんので、当座は大丈夫かと」

「当座は、な」


 額に皺を寄せて溜息をつく、樹里と玄翁。アグニも頬杖をついている。


「さて、そこでやねん。……ワシが、<Plant hwyaden>からの余計な干渉を全て断ち切ったる、と言ったらどうする?」

「そーですねー。出来るもんなら、お願いしたいですねー」

「おお! 清々しいくらいに、棒読みな物言いやな、樹里殿は。

 100%とは、よう言わんけど。

 99%の確立ならば、此処の自主独立と<「名誉」と「火」と「水」>を含めた自分らの安息、それらを勝ち取る事が出来るで、今のワシやったら」

「それは本当ですかね、レオ丸学士?」

「Yes,I can! や、赤羽修士。但し、条件がある」

「条件?」

「自分らにも、安全を勝ち取るために、身銭を切って欲しいねん。

 “身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ”の心意気でな」

「何を賭けろ、と?」

「此処の安全保障に関する権限を、一旦ワシに預けて欲しいんや」

「此処を差し出せと!」


 一挙動で立ち上がった樹里は、腰を下ろしたままのレオ丸に、上から噛み付かんばかりの姿勢になる。

 青筋を立てた樹里を見上げるレオ丸は、眉一つ動かさずに話し続けた。


「そーやなくてね、代表者も地権者も樹里殿のままでエエねん。

 ただ、<Plant hwyaden>と交渉する権限だけを、ワシに与えて欲しいねん」

「交渉権限……ですか?」

「せや。交渉の場には当然、自分らも立ち会ってもらうさかいに。

 ほんで、交渉の結果如何が気に食わなかったら、全てまるっとワシの所為にして、切り捨ててくれたら宜しい」

「何だか、美味過ぎる話ですね。……それならば、確かに私達に損は無い。

 ですけど、レオ丸さんにはそれで、どんなメリットがあると言うんです?」

「あるよ♪ 今、此処でばらす気はないけどな!」

「……あの大地人の爺さんかい、レオ丸学士?」

「ビンゴ!」

「だが今は、名前も正体も明かせない、と」

「ダブル・ビンゴ!」

「ふうん、なるほどねぇ。……樹里君、こいつは一考に値するかもだぜ」

「そうですねぇ。……私達に“損”がないっていうのが、腑に落ちないんですが」

「ほな、腑に落ちるように言い直そう。……あの爺さんは、な」


 レオ丸が指差す先。本殿の縁では、ジェレド=ガンが開いた『年輪の書』に顔を埋めるようにして、思索に耽っている。


「あの爺さんはな、大地人でありながらトンデモキャラやねん。

 偶然の成り行きで保護したんはエエけど、正直持て余してんねん。

 かと言って、其処彼処に預けてエエ存在やない。

 考えあぐねた結果、<Plant hwyaden>に、其処で恐らくは実務全般を一手に握っているゼルデュスって奴に、一切合財を押し付けようと思うたんやわ。

 処が、や。

 タダで渡すとな、今の樹里殿みたいに何か裏があるんちゃうかと、痛くもない腹を弄られた上に麻酔無しで開腹手術をされかねへん。

 まぁ、タダでくれてやるほど、ワシも御人好しやないしな。

 ほんなら、向こうがどうにか納得してくれるような代価を得るための、代償として渡すんが一番エエかな、と。

 つまり、もう一つのお願いってぇのは、ワシの勝手な事情を解決するために、此処と自分らを利用させて下さい! ってそういう事やねんわ。

 実に不純で、身勝手なお願いやねん」

「そーいう事ですか。……確かに、不純なお願いですねぇ」


 腰に手を当てて、樹里は鼻を鳴らす。


「それで?

 あの御老体は、此処と私達の安全の代償になりうるほどの人なんですか?」

「答えはYesや。ワシがゼルデュスの立場なら、絶対に欲しい存在やわ」

「NO FATE、ですか……」

「運命のルーレットは自分で回さなきゃ、かな。……樹里君、どうする? 俺は君の決断に従うぜ」

「僕も、玄翁(クロ)さんと同じく、樹里さんに一任します」


 樹里は、しなやかな腕を組み、熟考する。

 レオ丸を見る。本殿を見る。ジェレド=ガンを見る。玄翁を見る。アグニを見る。もう一度、レオ丸を見てから本殿を見た。

 そして。

 何かを決断したような足取りで一歩前へ進み、二拝二拍手一拝する、樹里。

 やおら背に負った<百合若神託弓>を取り、腰の矢筒から一本の<天翔る霊箭>を抜き取ると徐に番え、鏃を天に向ける。


「……右八幡菩薩者、王城之鎮護、我家之廟神也、……為利民、為救世、被成綸旨之間、随勅命所挙義兵也、然間占江州蒲生郡、立白旗於楊木本、彼木之本、有一之社……」


 樹里が小声で唱えるのは、足利高氏が挙兵の際に篠村八幡宮へ献じた願文を、引用したものであった。

 記憶と照合したレオ丸は深く首を折りながら、赤羽修士とアグニ君には何の事やらさっぱり判らんやろうな、と笑みを零す。


「南無八幡大菩薩ッ!!」


 一声の気合と共に放たれた、<天翔る霊箭>はひょうと風を切り、天の果てへと、一筋の軌跡を描き飛んで行った。

 足利直義が天の果てへと射放った、決起奉賀の一番矢のように。

 暫くその消えた先を見ていた樹里は、<百合若神託弓>を背に戻し、立ったままでレオ丸に一礼する。


「一時ではありますが、当方の命運、レオ丸さんに託します」

「謹んで、承り候。神祇官殿の宸襟を安んじるため、尽力奉る」


 改めて頭を垂れたレオ丸の頭の中で、鈴の音が鳴り響く。


「さすれば、是より早速に」


 レオ丸は立ち上がると、指で宙を軽く叩き念話を繋げた。


「や、御免ね、ミスハさん。今、こっちから掛けようとしてた処やねん」

「本当ですか? また、ばっくれようとしてたんでは?」

「そないな事するかいな」

「それで……」

「それでやな!」


 レオ丸は、態と出した大声でミスハの問いかけを制する。


「ミスハさんに御願いの儀あり、やねんけど」

「お願い?」

「せや、御願いや。ミスハさんを窓口、って言うか仲介役になってもうてな、ミナミの執政官を気取っとるゼルデュスに、会いたいねん」

「……それは、どういう事でしょう? 直にお話しなされば良いのでは?

 お友達なのでしょう、法師とゼルデュスとは?」

「ああ、ゼルデュス学士とは友達や。

 せやけど、<Plant hwyaden>のゼルデュスとは、……赤の他人やわ」

「……なるほど。それで、私にどうして欲しいんですか?」

「明日の午前中、凡そ十時頃にワシが居る所まで来い! って伝えて欲しいねん」

「“来て欲しい”ではなく、“来い!”ですか?」

「せや、“編纂作業の用あり”と言えば、通じるさかいに。

 今言うた時間指定で、な」

「何故、私に頼むんです?」

「ミスハさんとは、今後共に親しくお付き合いを願いたいからやん♪」

「おやまぁ、こんな形で告白されるとは思ってもみませんでした」

「そやねぇ、ホンマにそうやったらワシも嬉しいんやけど。

 残念ながら“恋”やのうて、“故意”の話や。誠に無粋で御免やで?」

「いえ、私も法師とは個人的な絆を深めたいと思っていますので」

「相思相愛やな、ワシら」

「そうなれるかどうかは、法師次第ですが?」

「ま、それなりに努力するわさ」


 レオ丸は、ミスハに現在地を伝える。


「ほな、頼んだで、ミスハさん」

「了解しました、ではまた」

「はいな♪」


 念話を終え、樹里達にチェシャ猫じみた笑いを見せる、レオ丸。


「ほな、皆さん方にも早速、身銭を切ってもらいまひょか?」

「何をすれば宜しいんですか?」


 泣いたり笑ったり真剣になったり不真面目になったりと、纏う雰囲気をコロコロ変えるレオ丸に、樹里は諦めたような吐息を漏らす。


「先ずは、アグニ君!」

「はい! レオ丸先生!」

「先生!?」


 アグニの返事に、玄翁が(むせ)た。


「だって、色んな事を一杯知ってるんですもん。まるで塾の先生みたいで」

「じゃあ俺は?」

玄翁(クロ)さんは、う~~~んと年の離れたお兄さんかな。あるいは、親戚のオジサン」

「……私は?」

「う~~~んと、いえ、少し、ちょっとだけ、年の離れたお姉さんかな?」


 樹里の眼光に、アグニは最近身につけたばかりの処世術で対応する。


「女性はいつまで経っても、女性やねぇ、いや、御免なさい。そないに冷えた眼差しで睨まんといて、堪忍して。

 さて、アグニ君。自分には、説得をお願いしたい」

「説得って、誰をですか?」

「<「名誉」と「火」と「水」>のギルマスと仲間達をや。

 直ぐに引越しの準備をして、ギルドホールを引き払い、全員で此処に来て欲しい、出来れば明日の朝までには、ってな」

「ええ! そんな急な!」

「ほいで、赤羽修士」

「お、おう」

「自分には今直ぐにミナミまで戻って、<「名誉」と「火」と「水」>の尻を叩いて、此処まで引率して来て欲しい」

<帰還呪文(コール・オブ・ホーム)>ですか。あれって結構、心が疲れるんですよ」

「何なら自分が後生大事にしている、<白鳥姫の小袿(オデット・スーツ)>で大空を、汚れなき翼を羽ばたかせて飛んでってくれてもエエけど?」


 玄翁は、苦虫を噛み潰した顔をしてから、渋々と頷いた。


「白鳥に化身して空を舞うドワーフ、ってのは結構笑えるけどなぁ?」

「それは、俺のポリシーに反します」

「ほな、前は急げ。機先を制した者の勝ちやねん、今回の戦いは。

 先の先やないと……」

「後の先では、<「名誉」と「火」と「水」>が人質に取られかねん、と。

 了解しました。さっさと帰りますよ」

「自分一人では荷が重いやろうから、ワシの昔からの知己のカズ彦って奴を、助っ人としてデリバリーしとくし。

 <壬生狼>の頭を張っとるカズ彦君は、ミナミで一番信用出来る、頼れる奴やから安心しといてや♪」


 <帰還呪文(コール・オブ・ホーム)>を唱えた玄翁が、光に包まれる。


「さて、と」


 玄翁を見送ったレオ丸は、フレンドリストを宙に開き、カズ彦の名前を叩いた。

 コール音二回で、通話状態になる。


「もしもし、カズ彦君。一瞥以来やね!」

「レオ丸さん! 何処でどうしていたんですか!?」

「やぁ、心配かけて御免ね! さて、それで早速用件やねんけどな」

「……相変わらず、唯我独尊ですねぇ」

「そやねぇ、我という存在のワシも、我という存在のカズ彦君も、他の何処かの誰かさん達も皆等しく、尊いもんな。

 そんでやね。

 其の尊い存在である多数の“我”達を、カズ彦君の御力で以って救い助けたってもらいたいねんわ、余す事なく」

「どういう事でしょうか? 詳しく教えて下さいませんか?」

「そっちにな、<「名誉」と「火」と「水」>ってギルドがあるんやけどな」

「<「名誉」と「火」と「水」>、ですか。

 ……おい、誰か!

 <「名誉」と「火」と「水」>ってギルドを知っている者はいるか!?

 ……ふむ、ほう、なるほど。ご苦労、職務に戻れ。

 失礼しました。中高生で構成されているギルド、ですね。ギルマスはメリサンド。構成員は十二名」

「……よう知ってんねぇ、カズ彦君?」

「ええ、まぁ。ゼルデュスから資料が回って来ましたので」

「ああ、……<ウメシン・トライアル>の時に作ってたヤツか。

 まぁ、その事はエエわ。資料があるなら説明の手間が省けるし。

 さて、カズ彦君。自分に、クエストを依頼したい」

「クエスト、ですか」

「せや。其の<「名誉」と「火」と「水」>のメンバー全員の引越し作業の手伝いを、して欲しいねん」

「引越し作業ですか……。予定は、いつなんです?」

「今」

「え?」

「せやから、今、やねんさ」

「冗談でしょう?」

「あっはっはっは、ワシが冗談を好きじゃないのは、知っているやろ?」

「冗談が嫌いなレオ丸さんがもし居たら、そいつは偽者です」

「でもホンマに、今やねん」

「詳しく話してもらえませんか?」


 レオ丸は、カズ彦が納得のいくように、言葉を選びながら説明した。


「……って、訳でな。スマンけど、ちょいと人手を貸して欲しいねん」

「はぁ~~~っ! ……判りました。

 荷造りが済むまでの間、ギルドホール周辺での警戒。

 ギルド会館を出てからそちらへ到着するまでの間、道中警護。

 以上の二点ですね、依頼は?」

「出来たら追加でお願いしたい事があるねんけど、……それはまぁ後で」

「了解しました。何とか要員を選定して、早速にも配備します」

「ほいで、報酬やねんけどなぁ」

「報酬? レオ丸さんの依頼なら無報酬でも良いですが」

「そういう訳にはいかんやろ。けどなぁ、何がエエんか悩み処やねん。

 金貨を渡しても、大して使い道が無いし、アイテムって言ってもなぁ?」

「そうですねぇ。……報酬が戴けるなら、欲しいものが一つだけあります」

「ほ? それは何ぞね?」

「“信義”です」

「“信義”かぁ……、こりゃまた重たいモンを要求すんなぁ」

「それを報酬にして戴けるならば、万全の備えで対処させてもらいますよ?」

「判った、了解や。

 カズ彦君の誠意に答えられるように、信義を捧げさせてもらおう」

「では、此方は早速にクエスト達成の準備をさせて戴きます」

「したらば、宜しく!」


 レオ丸が念話を終えるのと時同じくして、アグニも念話を終える。


「姫様に大分ごねられましたが、何とか納得してもらえました。

 玄翁(クロ)さんが到着し次第、二人でギルメン全員に指示して、引越し作業をするそうです」


 アグニがホッと息を吐き、額の汗を拭う。


「こっちの予定に、無理矢理付き合せて御免な」

「まぁ、先の予定が前倒しになっただけですから」

「遅かれ早かれって事か。……ほな、次の作業に移りまひょか」


 <マリョーナの鞍袋>に手を入れ、<大学者ノート>と<大師の自在墨筆>と、数枚のA4サイズほどの紙を取り出す、レオ丸。

 それらを抱えて本殿へと歩み寄り、縁の端を机代わりにして、レオ丸は<大学者ノート>を開き白いページに<大師の自在墨筆>の筆先を落とした。

“東方を守護するは、青龍。その本性は木行なり”と記すと、そのページを<大学者ノート>から丁寧に切り離す。

 “南方を守護するは、朱雀。その本性は火行なり”。

 “西方を守護するは、白虎。その本性は金行なり”。

 “北方を守護するは、玄武。その本性は水行なり”。

 “中央にて万物を護するは、麒麟。その本性は土行なり”。

 都合計五種類の文言を書き上げ、丁寧に切り離すレオ丸。

 レオ丸は、切り離されて<大学者の覚書>とアイテム名を変えた五枚のページを、懐に突っ込んだ。

 そして、別に無地のページを五枚切り取るや、<大学者ノート>を閉じて鞍袋へと収納し直す。

 レオ丸は次に、普通の紙へと何がしかを書き始めた。

 直ぐ傍にて、鎮座するジェレド=ガンが興味深げに見ている事を気にせず、レオ丸は一気呵成に書ききる。


「さて、樹里殿。ワシはこれから、当山御領神域を護持する結界を張るための呪いを施すさかいに、樹里殿には此の文言を加えた祝詞を、当社を護持するための言祝ぎの願文って形式でもエエから、早速にも書き上げて欲しいねん」


 レオ丸はメモ書きを記した紙と五枚の<大学者の覚書>、<大師の自在墨筆>をセットにして樹里へと渡す。


「あの~~~、私が書くんですか?」

「そりゃあ祝詞は、そこの宮司さんが(したた)めるもんやろ」


 樹里は口をへの字に曲げ、低く唸りながら嫌々受け取った。


「ほな、アグニ君。行こか」

「えっ、僕もですか?」

「当たり前やん。ワシが可笑しな事をせんよう、確りと見張らな」


 ニカッと笑うと、レオ丸は本殿に正対し恭しく一礼してから、下山するべく茅の輪へと足早に向かった。

 本殿と樹里にそれぞれ一礼すると、アグニは小走りでその後に続く。


「う~~~……」


 習字があまり得意ではない樹里は、願文作成セットを手にしたまま唸り続けた。

淡海いさな様には、誠に申し訳無く、謹んでお詫び申し上げます。

御作の『京魚堂箚記』からも引用させて戴きました。

御不快のようであれば、謹んで削除訂正させて戴きます。

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