第弐歩・大災害+33Days 其の伍
まだまだ、続きます。
<ミスハ問題>の解決は、先送りしております。
色々と訂正致しました。(2014.08.19)
更に加筆修正致しました。(2015.02.20)
「レオ丸学士、そいつは本当ですかね?」
「ああ、赤羽修士。つい先日、その仕組みと法則に気がついたんや」
「説明してもらえますか?」
「長い長い話になるけど、エエか?」
「……掻い摘んでもらえると有難いですが」
「そやね、手っ取り早く言うと、<妖精王の紙>かそれと同等の高品質の用紙に、魔力を持っているか魔力を込められる筆記具かインクで、魔法の方程式を理路整然と書き記す、それだけや」
「なるほど。……レオ丸さんは、それがお出来になると?」
「はいな、道具も揃ってるし、バッチリやで♪」
「それじゃあ、もう一つのお願いって何ですか?」
本殿の縁にジェレド=ガンを放置したアグニが、長身を器用に折り畳んでレオ丸の傍にしゃがみ込む。
「そやねぇ、それは間接的に、自分にも関わる事やわ」
「え、俺? いや、僕にですか?」
「自分、礼儀正しい子やねぇ。そのまま、真っ直ぐに育ちや、……って、充分に育ってるか。
それはさておき、や。
ワシのもう一つのお願いを言わせてもらう前に、ちょいと聞くけど。
アグニ君は、何で此処に居るん?」
「それは……」
「色々あって、今は私の協力者として、此処に滞在してくれているんです」
「なるほど。ほな、赤羽修士は? 自分はミナミが拠点なんと違うん?」
「俺は、樹里君が此処が概ね出来上がったから見においでって言うから、そのお招きにあずかって来ただけですよ」
「成果の確認か。……ほんで、ギルドの転居先としては、バッチリやったか?」
レオ丸の言葉に、三人は申し合わせたように押し黙った。
「先日、ミナミの街で<ウメシン・ダンジョン・トライアル>ってのが開催されたんは、知ってるやろ?
アレを企画したんは、ワシやねんけどな。
何で、あないな企画を立てたかっちゅーとやな、理由は幾つかあんねん。
一番大きな公の理由は、ミナミの街を穏やかにしたい、ってヤツや。
ほんで、秘密の理由は、赤羽修士みたいな旧知の顔を一堂に会して、旧交を温めたかってん。
懐かしい顔をちらほらみかけて、正味ホッとしたわ。皆、元気そうやったし。
せやけど、ミナミにおるはずの自分の姿は、見えへんかった。
身長約ニメートルのドワーフなんて、見逃す方が無理やもんなぁ。
どないしたんやろう? ミナミに居らへんのかな? って思うてたわ。
まさか、そないな小さい体で頑張っているとは、思わなんだ。
赤羽修士の拘り、ポリシーってぇのんまでは、計算外やったわ!
恐らくどっかに隠れて、小さい体に慣れるための特訓でもしてたんやろ?」
レオ丸に水を向けられ、黙りこくっていた三人は、それぞれ違う表情で苦笑いを浮かべる。
「ほな、何処に隠れてたんか? 多分、心を許せる場所やろう。
例えば仲良くしているギルドに匿ってもらうとか、な。
そのギルドが、アグニ君の所属しているギルド、<「名誉」と「火」と「水」>なんやろ?」
「何故、そう思うんですか、レオ丸さん?」
「そりゃ、ギルドの名前が物語っているからやん。如何にも、物語・童話コレクターの赤羽修士が好みそうな名前やもん。
多分そのギルドの創設に、赤羽修士が関わっているんと違うか?
ほんで、今は其処の外部相談役みたいなポジションに、就任してるんと違う?」
「正解です」
参りましたという風に、玄翁が両手を挙げる。
「レオ丸学士のおっしゃる通りです」
「あ、やっぱりせやったか? ああ、良かった。こんだけベラベラ並べ立てて、外れてましたやったら、赤っ恥もエエとこやもんな。
ほな、これからくっちゃべる推理も、恐らく正解やろうな。
さて、樹里殿」
「何でしょう?」
「ジブショー廃砦からずっと、ワシに警戒心を持ってますやろ?」
「ええ、まぁ、否定はしません」
「うん、それは当然やと思う。胡散臭いもんなぁ。やたらおっきいハーピーを放し飼いにしてたんやから。まぁ、それもそれとして。
ワシが、<Plant hwyaden>の名前を出した時に、そんな事は関係ないって、言わへんかったやろ?
つまり、ワシが<Plant hwyaden>の一員として此処を偵察に来た、あるいは此処まで示威的行動をしに来た、って思ったんと違うか?」
「……その通りです」
樹里は、下唇を少し噛んだ。
「……ですが、その疑念は晴れました。もしそうならば、こんな風に明け透けな行動を取るはずがありませんから。
少なくとも、私が聞いている範囲の<Plant hwyaden>のメンバーは、一部を除いたら、お子ちゃま集団か馬鹿ばっかりのようでした。
その除外したほんの一部の面子は、イコマかイセか、麗港シクシエーレでの積極的活動、あるいは暗躍で忙しいようですし」
「……良かった。少なくとも、ワシは樹里殿に馬鹿やと思われてへん事が判って、ホッとしたわ」
「変な人、だとは思いますけど」
「……なぁなぁ、赤羽修士」
「何です、レオ丸学士」
「変な人の定義ってな、普通の人が思いもつかへん事をする人の事、やんか?
普通ならば考えつかない、神社を造営している樹里殿も、充分に変な人のカテゴリーに入るとワシは思うねん。
そんな変な人に、変な人って言われてしもうた……」
「そりゃあ、アレですよ。変な人に変な人って言う方が、変な人ってヤツでは?」
「なるほどなぁ」
「すいませんでした! レオ丸さんは、変な人じゃありません!
これで、良いですかッ!?」
童女のように口を尖らせた樹里を見て、男三人は忍び笑いを漏らす。
「んん! さて、話を続けんで。
しかし、流石は樹里殿やね。きちんと情報収集と分析を怠ってへんねんから。
ほいでや、ワシに疑念を持ったって言う事は、既に樹里殿の身近な処で<Plant hwyaden>による実害が及んでるんと、違うんかな?
じゃあ、何処に実害が出たか? って考えたら、一つしかないわな。
<「名誉」と「火」と「水」>」に、余計な茶々が入ったんやろう。
其処まで考えたら、此処が造営された理由も変わってくる。
樹里殿が此処にお社を建てようって最初に思ったんは、別の理由なんやろう。
現実的な生々しいモンやのうて、もっと純粋な動機なんやろう。
処が、ぎっちょん。
<Plant hwyaden>の行動が顕在化した今となっては、避難民の受け入れ先としての機能を持たせなアカン。
此の御領神域に張られた結界が、十全過ぎる機能を持っている事。
麓の“社務所”が、宮司の住まいとしては、頑丈過ぎるように見えた事。
<大災害>から僅か一ヶ月ほどの間で、ここまでの準備が整えられている事。
自分らが、過度なほどに警戒心を持っていた事。
その割には、ミナミに拠点を構えたままの、<Plant hwyaden>の活動を直荷に見聞きしとる赤羽修士が、ワシに警戒心を持ってへんかった事。
ワシが推理の元にした材料は、以上や。
赤羽修士は誰かから、……まぁ十中八九はゼルデュス学士から、ワシが<Plant hwyaden>の一派でない事を聞いてたんやろ?」
「十日前に勧誘されましたよ、<Plant hwyaden>に入会しろって、ね。
お子様方の安全を守りたいなら、とも。
そして、レオ丸学士のように根無し草を気取っていると、無自覚な屯田兵の集団作業の最中に、刈り取られてしまいますよ、ともね」
「そりゃまた、実に判り易い強制やなぁ。
……中小ギルドの吸収合併を示唆したんはワシやけど、ドナドナの大合唱をBGMにした強制執行までは、言うてへんで。
……あんにゃろ、またワシの提案を悪用しやがったな……」
「……麓の住まいも、最初は小さな草庵だったんですけどね、建材に余裕がありましたので一昨日に急遽、リフォームしました。
ハチマンの大工の棟梁には、無理をして戴いて」
「藁や木造よりもレンガの方が強いのは、子豚達も証明してるしな。
ミナミのオオカミさん達は、自分らの様子を見る限り、かなり息巻いているさかい肺活量もありそうやね」
「煮込む鍋までは用意出来ませんでしたが、進入経路の煙突もありませんので、当座は大丈夫かと」
「当座は、な」
額に皺を寄せて溜息をつく、樹里と玄翁。アグニも頬杖をついている。
「さて、そこでやねん。……ワシが、<Plant hwyaden>からの余計な干渉を全て断ち切ったる、と言ったらどうする?」
「そーですねー。出来るもんなら、お願いしたいですねー」
「おお! 清々しいくらいに、棒読みな物言いやな、樹里殿は。
100%とは、よう言わんけど。
99%の確立ならば、此処の自主独立と<「名誉」と「火」と「水」>を含めた自分らの安息、それらを勝ち取る事が出来るで、今のワシやったら」
「それは本当ですかね、レオ丸学士?」
「Yes,I can! や、赤羽修士。但し、条件がある」
「条件?」
「自分らにも、安全を勝ち取るために、身銭を切って欲しいねん。
“身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ”の心意気でな」
「何を賭けろ、と?」
「此処の安全保障に関する権限を、一旦ワシに預けて欲しいんや」
「此処を差し出せと!」
一挙動で立ち上がった樹里は、腰を下ろしたままのレオ丸に、上から噛み付かんばかりの姿勢になる。
青筋を立てた樹里を見上げるレオ丸は、眉一つ動かさずに話し続けた。
「そーやなくてね、代表者も地権者も樹里殿のままでエエねん。
ただ、<Plant hwyaden>と交渉する権限だけを、ワシに与えて欲しいねん」
「交渉権限……ですか?」
「せや。交渉の場には当然、自分らも立ち会ってもらうさかいに。
ほんで、交渉の結果如何が気に食わなかったら、全てまるっとワシの所為にして、切り捨ててくれたら宜しい」
「何だか、美味過ぎる話ですね。……それならば、確かに私達に損は無い。
ですけど、レオ丸さんにはそれで、どんなメリットがあると言うんです?」
「あるよ♪ 今、此処でばらす気はないけどな!」
「……あの大地人の爺さんかい、レオ丸学士?」
「ビンゴ!」
「だが今は、名前も正体も明かせない、と」
「ダブル・ビンゴ!」
「ふうん、なるほどねぇ。……樹里君、こいつは一考に値するかもだぜ」
「そうですねぇ。……私達に“損”がないっていうのが、腑に落ちないんですが」
「ほな、腑に落ちるように言い直そう。……あの爺さんは、な」
レオ丸が指差す先。本殿の縁では、ジェレド=ガンが開いた『年輪の書』に顔を埋めるようにして、思索に耽っている。
「あの爺さんはな、大地人でありながらトンデモキャラやねん。
偶然の成り行きで保護したんはエエけど、正直持て余してんねん。
かと言って、其処彼処に預けてエエ存在やない。
考えあぐねた結果、<Plant hwyaden>に、其処で恐らくは実務全般を一手に握っているゼルデュスって奴に、一切合財を押し付けようと思うたんやわ。
処が、や。
タダで渡すとな、今の樹里殿みたいに何か裏があるんちゃうかと、痛くもない腹を弄られた上に麻酔無しで開腹手術をされかねへん。
まぁ、タダでくれてやるほど、ワシも御人好しやないしな。
ほんなら、向こうがどうにか納得してくれるような代価を得るための、代償として渡すんが一番エエかな、と。
つまり、もう一つのお願いってぇのは、ワシの勝手な事情を解決するために、此処と自分らを利用させて下さい! ってそういう事やねんわ。
実に不純で、身勝手なお願いやねん」
「そーいう事ですか。……確かに、不純なお願いですねぇ」
腰に手を当てて、樹里は鼻を鳴らす。
「それで?
あの御老体は、此処と私達の安全の代償になりうるほどの人なんですか?」
「答えはYesや。ワシがゼルデュスの立場なら、絶対に欲しい存在やわ」
「NO FATE、ですか……」
「運命のルーレットは自分で回さなきゃ、かな。……樹里君、どうする? 俺は君の決断に従うぜ」
「僕も、玄翁さんと同じく、樹里さんに一任します」
樹里は、しなやかな腕を組み、熟考する。
レオ丸を見る。本殿を見る。ジェレド=ガンを見る。玄翁を見る。アグニを見る。もう一度、レオ丸を見てから本殿を見た。
そして。
何かを決断したような足取りで一歩前へ進み、二拝二拍手一拝する、樹里。
やおら背に負った<百合若神託弓>を取り、腰の矢筒から一本の<天翔る霊箭>を抜き取ると徐に番え、鏃を天に向ける。
「……右八幡菩薩者、王城之鎮護、我家之廟神也、……為利民、為救世、被成綸旨之間、随勅命所挙義兵也、然間占江州蒲生郡、立白旗於楊木本、彼木之本、有一之社……」
樹里が小声で唱えるのは、足利高氏が挙兵の際に篠村八幡宮へ献じた願文を、引用したものであった。
記憶と照合したレオ丸は深く首を折りながら、赤羽修士とアグニ君には何の事やらさっぱり判らんやろうな、と笑みを零す。
「南無八幡大菩薩ッ!!」
一声の気合と共に放たれた、<天翔る霊箭>はひょうと風を切り、天の果てへと、一筋の軌跡を描き飛んで行った。
足利直義が天の果てへと射放った、決起奉賀の一番矢のように。
暫くその消えた先を見ていた樹里は、<百合若神託弓>を背に戻し、立ったままでレオ丸に一礼する。
「一時ではありますが、当方の命運、レオ丸さんに託します」
「謹んで、承り候。神祇官殿の宸襟を安んじるため、尽力奉る」
改めて頭を垂れたレオ丸の頭の中で、鈴の音が鳴り響く。
「さすれば、是より早速に」
レオ丸は立ち上がると、指で宙を軽く叩き念話を繋げた。
「や、御免ね、ミスハさん。今、こっちから掛けようとしてた処やねん」
「本当ですか? また、ばっくれようとしてたんでは?」
「そないな事するかいな」
「それで……」
「それでやな!」
レオ丸は、態と出した大声でミスハの問いかけを制する。
「ミスハさんに御願いの儀あり、やねんけど」
「お願い?」
「せや、御願いや。ミスハさんを窓口、って言うか仲介役になってもうてな、ミナミの執政官を気取っとるゼルデュスに、会いたいねん」
「……それは、どういう事でしょう? 直にお話しなされば良いのでは?
お友達なのでしょう、法師とゼルデュスとは?」
「ああ、ゼルデュス学士とは友達や。
せやけど、<Plant hwyaden>のゼルデュスとは、……赤の他人やわ」
「……なるほど。それで、私にどうして欲しいんですか?」
「明日の午前中、凡そ十時頃にワシが居る所まで来い! って伝えて欲しいねん」
「“来て欲しい”ではなく、“来い!”ですか?」
「せや、“編纂作業の用あり”と言えば、通じるさかいに。
今言うた時間指定で、な」
「何故、私に頼むんです?」
「ミスハさんとは、今後共に親しくお付き合いを願いたいからやん♪」
「おやまぁ、こんな形で告白されるとは思ってもみませんでした」
「そやねぇ、ホンマにそうやったらワシも嬉しいんやけど。
残念ながら“恋”やのうて、“故意”の話や。誠に無粋で御免やで?」
「いえ、私も法師とは個人的な絆を深めたいと思っていますので」
「相思相愛やな、ワシら」
「そうなれるかどうかは、法師次第ですが?」
「ま、それなりに努力するわさ」
レオ丸は、ミスハに現在地を伝える。
「ほな、頼んだで、ミスハさん」
「了解しました、ではまた」
「はいな♪」
念話を終え、樹里達にチェシャ猫じみた笑いを見せる、レオ丸。
「ほな、皆さん方にも早速、身銭を切ってもらいまひょか?」
「何をすれば宜しいんですか?」
泣いたり笑ったり真剣になったり不真面目になったりと、纏う雰囲気をコロコロ変えるレオ丸に、樹里は諦めたような吐息を漏らす。
「先ずは、アグニ君!」
「はい! レオ丸先生!」
「先生!?」
アグニの返事に、玄翁が咽た。
「だって、色んな事を一杯知ってるんですもん。まるで塾の先生みたいで」
「じゃあ俺は?」
「玄翁さんは、う~~~んと年の離れたお兄さんかな。あるいは、親戚のオジサン」
「……私は?」
「う~~~んと、いえ、少し、ちょっとだけ、年の離れたお姉さんかな?」
樹里の眼光に、アグニは最近身につけたばかりの処世術で対応する。
「女性はいつまで経っても、女性やねぇ、いや、御免なさい。そないに冷えた眼差しで睨まんといて、堪忍して。
さて、アグニ君。自分には、説得をお願いしたい」
「説得って、誰をですか?」
「<「名誉」と「火」と「水」>のギルマスと仲間達をや。
直ぐに引越しの準備をして、ギルドホールを引き払い、全員で此処に来て欲しい、出来れば明日の朝までには、ってな」
「ええ! そんな急な!」
「ほいで、赤羽修士」
「お、おう」
「自分には今直ぐにミナミまで戻って、<「名誉」と「火」と「水」>の尻を叩いて、此処まで引率して来て欲しい」
「<帰還呪文>ですか。あれって結構、心が疲れるんですよ」
「何なら自分が後生大事にしている、<白鳥姫の小袿>で大空を、汚れなき翼を羽ばたかせて飛んでってくれてもエエけど?」
玄翁は、苦虫を噛み潰した顔をしてから、渋々と頷いた。
「白鳥に化身して空を舞うドワーフ、ってのは結構笑えるけどなぁ?」
「それは、俺のポリシーに反します」
「ほな、前は急げ。機先を制した者の勝ちやねん、今回の戦いは。
先の先やないと……」
「後の先では、<「名誉」と「火」と「水」>が人質に取られかねん、と。
了解しました。さっさと帰りますよ」
「自分一人では荷が重いやろうから、ワシの昔からの知己のカズ彦って奴を、助っ人としてデリバリーしとくし。
<壬生狼>の頭を張っとるカズ彦君は、ミナミで一番信用出来る、頼れる奴やから安心しといてや♪」
<帰還呪文>を唱えた玄翁が、光に包まれる。
「さて、と」
玄翁を見送ったレオ丸は、フレンドリストを宙に開き、カズ彦の名前を叩いた。
コール音二回で、通話状態になる。
「もしもし、カズ彦君。一瞥以来やね!」
「レオ丸さん! 何処でどうしていたんですか!?」
「やぁ、心配かけて御免ね! さて、それで早速用件やねんけどな」
「……相変わらず、唯我独尊ですねぇ」
「そやねぇ、我という存在のワシも、我という存在のカズ彦君も、他の何処かの誰かさん達も皆等しく、尊いもんな。
そんでやね。
其の尊い存在である多数の“我”達を、カズ彦君の御力で以って救い助けたってもらいたいねんわ、余す事なく」
「どういう事でしょうか? 詳しく教えて下さいませんか?」
「そっちにな、<「名誉」と「火」と「水」>ってギルドがあるんやけどな」
「<「名誉」と「火」と「水」>、ですか。
……おい、誰か!
<「名誉」と「火」と「水」>ってギルドを知っている者はいるか!?
……ふむ、ほう、なるほど。ご苦労、職務に戻れ。
失礼しました。中高生で構成されているギルド、ですね。ギルマスはメリサンド。構成員は十二名」
「……よう知ってんねぇ、カズ彦君?」
「ええ、まぁ。ゼルデュスから資料が回って来ましたので」
「ああ、……<ウメシン・トライアル>の時に作ってたヤツか。
まぁ、その事はエエわ。資料があるなら説明の手間が省けるし。
さて、カズ彦君。自分に、クエストを依頼したい」
「クエスト、ですか」
「せや。其の<「名誉」と「火」と「水」>のメンバー全員の引越し作業の手伝いを、して欲しいねん」
「引越し作業ですか……。予定は、いつなんです?」
「今」
「え?」
「せやから、今、やねんさ」
「冗談でしょう?」
「あっはっはっは、ワシが冗談を好きじゃないのは、知っているやろ?」
「冗談が嫌いなレオ丸さんがもし居たら、そいつは偽者です」
「でもホンマに、今やねん」
「詳しく話してもらえませんか?」
レオ丸は、カズ彦が納得のいくように、言葉を選びながら説明した。
「……って、訳でな。スマンけど、ちょいと人手を貸して欲しいねん」
「はぁ~~~っ! ……判りました。
荷造りが済むまでの間、ギルドホール周辺での警戒。
ギルド会館を出てからそちらへ到着するまでの間、道中警護。
以上の二点ですね、依頼は?」
「出来たら追加でお願いしたい事があるねんけど、……それはまぁ後で」
「了解しました。何とか要員を選定して、早速にも配備します」
「ほいで、報酬やねんけどなぁ」
「報酬? レオ丸さんの依頼なら無報酬でも良いですが」
「そういう訳にはいかんやろ。けどなぁ、何がエエんか悩み処やねん。
金貨を渡しても、大して使い道が無いし、アイテムって言ってもなぁ?」
「そうですねぇ。……報酬が戴けるなら、欲しいものが一つだけあります」
「ほ? それは何ぞね?」
「“信義”です」
「“信義”かぁ……、こりゃまた重たいモンを要求すんなぁ」
「それを報酬にして戴けるならば、万全の備えで対処させてもらいますよ?」
「判った、了解や。
カズ彦君の誠意に答えられるように、信義を捧げさせてもらおう」
「では、此方は早速にクエスト達成の準備をさせて戴きます」
「したらば、宜しく!」
レオ丸が念話を終えるのと時同じくして、アグニも念話を終える。
「姫様に大分ごねられましたが、何とか納得してもらえました。
玄翁さんが到着し次第、二人でギルメン全員に指示して、引越し作業をするそうです」
アグニがホッと息を吐き、額の汗を拭う。
「こっちの予定に、無理矢理付き合せて御免な」
「まぁ、先の予定が前倒しになっただけですから」
「遅かれ早かれって事か。……ほな、次の作業に移りまひょか」
<マリョーナの鞍袋>に手を入れ、<大学者ノート>と<大師の自在墨筆>と、数枚のA4サイズほどの紙を取り出す、レオ丸。
それらを抱えて本殿へと歩み寄り、縁の端を机代わりにして、レオ丸は<大学者ノート>を開き白いページに<大師の自在墨筆>の筆先を落とした。
“東方を守護するは、青龍。その本性は木行なり”と記すと、そのページを<大学者ノート>から丁寧に切り離す。
“南方を守護するは、朱雀。その本性は火行なり”。
“西方を守護するは、白虎。その本性は金行なり”。
“北方を守護するは、玄武。その本性は水行なり”。
“中央にて万物を護するは、麒麟。その本性は土行なり”。
都合計五種類の文言を書き上げ、丁寧に切り離すレオ丸。
レオ丸は、切り離されて<大学者の覚書>とアイテム名を変えた五枚のページを、懐に突っ込んだ。
そして、別に無地のページを五枚切り取るや、<大学者ノート>を閉じて鞍袋へと収納し直す。
レオ丸は次に、普通の紙へと何がしかを書き始めた。
直ぐ傍にて、鎮座するジェレド=ガンが興味深げに見ている事を気にせず、レオ丸は一気呵成に書ききる。
「さて、樹里殿。ワシはこれから、当山御領神域を護持する結界を張るための呪いを施すさかいに、樹里殿には此の文言を加えた祝詞を、当社を護持するための言祝ぎの願文って形式でもエエから、早速にも書き上げて欲しいねん」
レオ丸はメモ書きを記した紙と五枚の<大学者の覚書>、<大師の自在墨筆>をセットにして樹里へと渡す。
「あの~~~、私が書くんですか?」
「そりゃあ祝詞は、そこの宮司さんが認めるもんやろ」
樹里は口をへの字に曲げ、低く唸りながら嫌々受け取った。
「ほな、アグニ君。行こか」
「えっ、僕もですか?」
「当たり前やん。ワシが可笑しな事をせんよう、確りと見張らな」
ニカッと笑うと、レオ丸は本殿に正対し恭しく一礼してから、下山するべく茅の輪へと足早に向かった。
本殿と樹里にそれぞれ一礼すると、アグニは小走りでその後に続く。
「う~~~……」
習字があまり得意ではない樹里は、願文作成セットを手にしたまま唸り続けた。
淡海いさな様には、誠に申し訳無く、謹んでお詫び申し上げます。
御作の『京魚堂箚記』からも引用させて戴きました。
御不快のようであれば、謹んで削除訂正させて戴きます。