第弐歩・大災害+33Days 其の参
頑張って書き上げました。まだまだ続きを書きたいのですが、来月半ばまではちょいと一休みします。
色々と訂正致しました。(2014.08.18)
更に加筆修正致しました。(2015.02.19)
ふと手元を見たレオ丸は、<火盗人の柄香炉>を握り締めたままである事に気づく。
混入物を全て燃焼させ尽くした火種の上には、灰すら残っていなかった。
鼻から五色の煙を漏らしつつ、蓋を閉めて鞍袋に収納すると、三方ヶ原の合戦後に描かれた家康の肖像画と同じポーズで考え込む。
目の前には、切り株を文机代わりにして『年輪の書』の余白に、せっせと何かを書きつけている着古したローブ姿の老人が一人。
レオ丸はその姿を見ている内に、何となく古代ギリシャの賢人の末路を思い出した。
「私の円を踏むな!(μή μου τούς κύκλους τάραττε)」
そう言って死んだ、稀代の数学者にして物理学者で発明家で技術者で天文学者。
名前は、アルキメデス。
紀元前212年。第二次ポエニ戦争の最中、マルクス・クラウディウス・マルッケルスが率いるローマ軍が攻め落としたシラクサにて、死去。
死因は、ローマ軍兵士の不注意による誤殺。享年は75歳と伝えられている。
だが、死ぬ前に言ったとされる科白は証拠が何もなく、著述家プルタルコスの著作にも記載がない事は、余り知られていない事実だ。
その墓石は、球面に外接する円柱を象っていたとされる。
“アルキメデスの末路”と思っただけで、レオ丸の脳内にズラズラッと情報が羅列された。
「何で、そないに細かく覚えているんや、ワシ? ……薀蓄小説の登場人物も真っ青やな?」
交渉の仕方について考えようとしていたレオ丸は、どうしても“宿題”が気になり考えを纏める事が出来ず、諦めて“宿題”へと頭を切り替えた。
考えていく間に、一つの仮説がレオ丸の中に浮かぶ。
「もしかして、……“メモ帳”機能、の所為か?」
現実世界でのレオ丸は、所謂“書痴”で“書籍蒐集家”を自負していた。
口癖は、「本屋に三日行かないと、死んでまうやん?」だ。
物語好きであるのと同時に、雑学情報が大好物な人間でもある。
目を通した本には必ず、小さな折り目がなされていた。
気になる情報がやたらと多い本は、折り目の所為で厚さが元の二倍になる事もしばしば。
その癖は、パソコンを扱う際には別の形となる。
文書作成機能を使い、コピー&ペーストで膨大な量の情報を蓄積していた。
<エルダー・テイル>を始めて以降、ゲームに関する情報も同じ方法を使っていたが、別のソフトをわざわざ起動させるのが煩わしくなり、ゲーム画面の片隅表示されているアイコンをクリックしては小さなウインドウを開き、処理していた。
その溜め込んだ雑学情報を最も有効的に活用していたのは、ゲーム中のチャット時である。
重宝するために、レオ丸は種々雑多な情報を更に追加し、書き込んだ。
書き込んでしまえば、詳細は忘れてもメモ帳内を検索すれば事が済む。
いつしか、ゲームには全く関係しない情報まで含まれた、雑学大全と化したメモ帳機能。
機能を利用してから十年が過ぎた頃、レオ丸は情報を整理する事を諦めたが、情報を溜め込む事は止めずに続けた。
そして途中で休んだ時期も含めて、ゲーム暦が二十年が過ぎた今日、メモ帳には無限の知識という名の宇宙が広がっていた。
「どうでもエエ事まで書き込み捲くったからなぁ。宇宙って言うよりブラックホールやろな」
<エルダー・テイル>のユーザー達は、誰しもがメモ帳機能を利用している。
ダンジョンやクエスト、レイド・コンテンツのクリアには、絶対に必要な機能だから。
ギルドを仕切る者達や作戦参謀と頼られる者達は皆、他の一般プレイヤーよりもメモ帳が分厚いのだろう、とレオ丸は思う。
「せやけど、知識と智慧は、違うモンやからなぁ。ワシも知識に振り回されるんから、早う脱皮せんとアカンねぇ」
知識とは基礎。智慧とは応用。それは車の両輪である。片輪だけでは、いつまでも走行出来ない。いずれ、転倒し命取りとなる。
「まぁワシみたいに偏重し過ぎた奴は、そうそう居らんやろうけどな!
それに此処まで偏重したら、一輪車として疾走出来らぁな♪」
現実世界では思い出す事も難しい五年も十年も前の事を、詳細に簡単に思い出す事が出来るのは、今のステータス画面には表示されないメモ帳機能が何処かで生きていて、実在しない第二の脳として、情報を再生するバックアップ的な存在になってくれているのだろう。
レオ丸は立てた仮説を点検し、取り敢えずそれで一旦、宿題にけりを着ける。
細く長く吐き出された、五色の煙がゆっくりと天へ。
その頭上を不意に大きな影が覆い、ピィーッ! という鋭い鳴き声が降ってくる。
五色の煙を吹き飛ばし土埃を盛大に巻き上げながら、カフカSが速度を落とさず強引に着陸し、その黒く大きな翼でレオ丸を背後から包み込んだ。
「どないしたん、カフカSちゃん!?」
契約主の毬栗頭に頬を摺り寄せながら、前方へと鋭い視線を送り続けるハーピー。
レオ丸達の居る小山の頂から、南の方へと下る山道の見えぬ先が、俄かに騒がしくなった。
しかし、僅かに茂った山紫陽花の繁みが遮蔽物となり、何が近づいて来たのかレオ丸には判別出来ない。
「……だから、大丈夫だって!」
「…………」
「……落ち着いて……を仕舞えって!」
カフカSに頬ずりをされながら、レオ丸は首を少しだけ傾げた。
ガサガサと、繁みが揺れて直ぐに静まる。
「And, They all lived happily ever after(そして皆はいつまでも幸せに暮らしましたとさ)」
静まった繁みが突然、英語を発した。
「……With a few exception(少数の例外を除いてね)」
脊椎反射のように、レオ丸が英語で返す。
再び静まり返るジブショー廃砦の頂。
少し間を置いて、何かに気づいたレオ丸が口を開いた。
「Heigh-ho!」
「Heigh-ho!」
レオ丸の声に遅れる事無く、繁みが返答する。
繁みの返答に、レオ丸は抑揚をつけて答えた。
「♪ Sing a song of sixpence, A pocket full of rye; ♪」
小柄で太い人影がぴょんと、繁みから飛び出して来る。
その姿を見た瞬間、カフカSの翼から飛び出し両手を広げる、レオ丸。
スキップしながら口笛を吹き、人影もまた両手を広げた。
「♪ Four and twenty blackbirds, Baked in a pie. ♪」
高々と上げられた小柄で太い人物の右手を、レオ丸は同じ右手で掴む。
互い違いの方向を向きながらクルクルと回転し歌い続ける。
「♪ When the pie was opened, The birds began to sing;
Was not that a dainty dish, To set before the king ?
The king was in his counting-house, Counting out his money;
The queen was in the parlour, Eating bread and honey.
The maid was in the garden, Hanging out the clothes,
There came a little blackbird, And snapped off her nose.
♪」
歌い終わるなり動きを止め、向き合って互いの両手を掴み大声を上げる、二人。
「「A Pocket Full of Rye!!!」」
そして離れて、お互いを指差し笑い合う。
一頻り笑声を上げた後、小柄で太い人物は飛び出して来た繁みへ手を振った。
「な! 言った通りだろ? 大丈夫だったろ?」
繁みがかさりと揺れ、男物の神祇官装束を身に纏った人物が、姿を現す。
手には質の良い、恐らくは幻想級と思われる大弓を携えている。
心なしか少し肩を落とした<神祇官>は、呆れたような疲れた声で答えた。
「ええ、まぁ。赤羽君と……その御仁が、大丈夫でないと、理解しました」
<神祇官>の隣に現れた長身の若い<武闘家>は、目を白黒させている。
「何故に、樹里君?」
赤羽と呼ばれたドワーフは、さも心外だという顔をした。
その隣にぼんやりと立ち煙管を燻らせながら、レオ丸は突如姿を見せた顔馴染みと、二人の見知らぬ冒険者のステータスを確認する。
< 名前 / 赤羽玄翁 >< 所属ギルド / 無所属 >
< 種族 / ドワーフ >< 性別 / 男 >
< メイン職 / 盗剣士 >< Lv.90 >
< 名前 / 樹里・グリーンフィンガース >< 所属ギルド / 無所属 >
< 種族 / ヒューマン >< 性別 / 女 >
< メイン職 / 神祇官 >< Lv.90 >
< 名前 / アグニ >< 所属ギルド / 「名誉」と「火」と「水」 >
< 種族 / ヒューマン >< 性別 / 男 >
< メイン職 / 武闘家 >< Lv.90 >
「処で、……赤羽修士よ」
レオ丸の低く出された声に、玄翁は振り返る。
「君、エライ小そうなったなぁ?」
「俺のポリシーに文句があるんですか?」
「いや、別に文句はないけどや。……身長は50%オフやのに、髭だけ増量してるんが、何か面白うてな。
顔つきだけは現実同様、パンツの中までむさ苦しいままなんやね?」
「そう言うレオ丸学士だって、現実と同じく抹香臭くて胡散臭いまんまじゃないですか?」
「一端の聖者のようなものっぽい、尊き方から来た感じなワシに対し、何て言い草!」
「こちとらチャキチャキの近江っ子でい!
文句があるならブラックバスの熟れ鮨みたいに、熟成させっぞ!」
睨み合う、背が高くない<召喚術師>と背の低い<盗剣士>。
「ちょっと、待て。先ほどの友好的過ぎる雰囲気は……」
女性にしては背の高い樹里が、二人の間に割って入ろうとした其の途端。
険突き合わせていたはずのレオ丸と玄翁が、樹里を中心にしてクルクルと、軽やかにステップを踏んで周り出す。
「♪ Here we go round the mulberry bush
The mulberry bush,
the mulberry bush
Here we go round the mulberry bush
So early in the morning ♪」
レオ丸と玄翁の愉快な歌声はユニゾンし、下草を踏み散らす弾むステップはハーモニーを奏でる。
額に手を当てた樹里が、面倒臭そうに首を振った。
「……アグニ君、帰ろっか」
その声を合図にピタリと動きを止める、陽気で可笑しな息の合った二人組。
「It's a joke!」と、レオ丸が言った。
「Yes! It's a joke!」と、玄翁も言った。
ピュルルル~~~と、カフカSが鳴いた。
「誰か、アスピリン持ってない?」と、樹里は嘆いた。
少し後。
浮世離れしたジブショー廃砦ゾーンの小山から、冒険者達は年老いた大地人を担いで、地に足の着いた下界へと歩き出していた。
先頭を行くのは、項垂れた様子の樹里。
続いて、煙管を咥えたレオ丸と、頭の後ろで手を組んだ玄翁。
殿を、『年輪の書』を抱え込んで独り言を呟き続けるジェレド=ガンを背負った、アグニ。
下山するに当たり、カフカSは既に虚空へと帰還させられていた。
「なぁなぁ、赤羽修士よ」
「はいはい、レオ丸学士」
「神祇官のお嬢さんが、エライお疲れな感じやけど、どないしたんや?」
「そりゃあ、疲れもしてますよ、何せ大事業の真っ最中ですもん」
「大事業? そりゃまた何ぞね?」
「奇特な事に、神社を造営中してるんですよ!」
「神社を造営!? そりゃまた何で?」
「夢でお告げがあったんですと!」
「夢でお告げ! どっかの辻で寝ぼけたんと違うん?」
少し早歩きをしたレオ丸は、樹里の前に回り込み、重々しい口調で諭した。
「お嬢さん、野宿するなら場所を選びや?」
「違うわッ!!」
清楚な外見からは想像も出来ない怒声を上げた樹里は、携えていた大弓を構えてレオ丸を至近から狙う。
「道端で寝てないし、辻占もしてない! 疲れてるのは全部、貴方達の所為です!!」
柳眉を吊り上げた樹里は、ギリギリと幻想級の武器<百合若神託弓>の弓弦を引いた。
「眉間を峰射ちにしますから、其処にお直り下さい!
そもそも貴方は誰なんですか!?
造営事業が一山越えて、嗚呼やれやれと一息いれて、久々の狩りでも楽しもうかと思っていたのに!
絶対にモンスターの出ないはずの、安全地帯であるゾーンにモンスターが出た!
そう騒いで慌てふためいて、ヒコネから猫人族の長が駆け込んで来たんで、赤羽君とアグニ君を連れて駆けつけてみれば、大山鳴動して変な冒険者と奇妙な召喚契約獣と、心此処にあらずの大地人の老人が一匹ずつ!
しかも、その変な冒険者は、赤羽君と歌えや舞えやの大騒ぎ!
そろそろ、我慢の限界です!
私の堪忍袋の緒が切れる前に、正式に名乗りを上げて下さいませんか!?」
こめかみに青筋を立てた樹里へ、レオ丸は直立不動に姿勢を正し、スッと腰を落とす。
「初めて御意を得ます、神祇官の樹里・フィンガース殿。
拙僧は、西武蔵坊レオ丸と申します。
故あってミナミの街から独り旅に出ました、一介の<召喚術師>にて候。
旅の途中、ひょんな事から其処の大地人の御老体と出会い、保護した処。
先行きを難渋し、思案の真っ最中でございました。
その際、当方の考えたらずの所業にて、いとやんごとなき御身の宸襟を騒がせ奉りました事、深く陳謝申し上げます」
片膝を地につき、両の拳で上体を支え、恭しく頭を垂れてレオ丸は口上を陳べた。
豹変したその態度に、目を丸くする樹里とアグニ。
独り笑うのは、玄翁である。
「尚そちらに、ちんちくりんでまします赤羽玄翁修士とは、現実世界での知己にて候」
「誰がちんちくりんだ!」
立ち上がり、汚れてもいない膝を軽く払うと、レオ丸は煙管を咥えたままニカッと笑った。
「ワシらはオフ会主体の、<大英知図書館学士院>ってサークルのメンバーでしてな……」
<大英知図書館学士院>は年間読書量が三百冊を超えなければ入会出来ない、間口の狭く実に排他的なサークルである。
メンバーは日本全国に散らばり、年齢も二十代から五十代まで幅広いものであった。
入会者は最初、“書生”の肩書きで呼ばれる。
その後、昇格試験をクリアすれば、“修士”号を得て、更なる試験に合格すれば“学士”と呼称される。
学士位は別名、“ROR”。
蔵書量が一万冊を超えた者のみに与えられる称号であった。
現在その位階を持つ者は、十三名。
蔵書量が、三万冊を超えるまでは大体数えていたレオ丸は、九番目にRORの位階を授けられ、<幻獣辞典>の名称も併せて命名されていた。
因みに、ゼルデュスは十一番目に昇進し、<悪魔の辞典>と命名されている。
魔王DAナンテ、という名の冒険者が居た。
アキバをホームグラウンドとするギルド、<フラワー&スネーク>のギルドマスターであり、RORの位階は第七番目に取得している。
名乗る称号は本人たっての希望により、<大性典>と決定された。
現実世界では、芦屋の豪邸にて家事手伝いの身に甘んじる、二十代後半のお嬢様の彼女。
但し、普通のお嬢様ではなかった。
好んで蒐集していたのは、主にポルノ書籍である。
中学生の時に『わが秘密の生涯』を読んで覚醒し、性愛文学を買い漁り、読み耽っていた。
女子大生の時には、有り余るお小遣いを注ぎ込んで、ポルノ小説・エロ本・ビニ本を集めに集め、その後は18禁漫画やジュブナイルポルノ、BLにまで手を広げる。
両親の嘆きをよそに、彼女の蔵書量は飛躍の一歩を遂げ、遂には六甲にある別邸が丸々、書庫となってしまった。
ある時、そんな彼女を心配した勇気ある友人の一人が、強引に合コンへと連れ出す。
その合コンの席に、力ずくで参加していたのが、赤羽玄翁であった。
顔を合わせた瞬間、二人は理解し合う。
こいつは自分と同じ人種だ、と。
最も両人共に、有名な大型書店で一万円以上を買わなければ貰えない布袋を両手に下げていたのだから、傍目に見てもバレバレだったが。
しかも共通する趣味にゲーム、それも<エルダー・テイル>がある事が判明するや、その後の展開は速かった。
玄翁は彼女の誘いで、即座に<大英知図書館学士院>へ入会し、みるみる内に頭角を現す。
半年とかからず修士に昇進したが、其処からは雌伏の期間が続いた。
そして満を持して今年、RORへの昇格が叶う時が遂に到来する。
推薦人は勿論、魔王DAナンテ。審査役は、レオ丸であった。
昇格試験と言っても、それほど難しいものでは無い。
審査役に自分の蔵書を披露し、自分の愛する本について熱く語るだけであった。
レオ丸が玄翁の資格審査をしたのが、二ヶ月前の事である。
「……ってな訳で、ワシは彼の偏愛に甚く感銘を受けてやな、試験は軽くクリア、絶対に合格させなアカンと思いましたんや。
ほんで、<ノウアスフィアの開墾>翌日に設定していたオフ会で昇格を承認して、その後に叙任式をロンデニウムのグレート・コレクションズでする予定やってんけどね」
「……こんな事態になり、未だ俺は修士のままって事さ、樹里君」
「……大半はどうでもいい説明でしたが、少なくとも貴方達二人が、肝胆相照らす仲だってのは理解しました。
赤羽君と同じ穴の狢……本の虫でしたか。それで……」
長々と聞かされた丁寧な説明に、樹里は草臥れた仕草から絹糸のような髪を掻き揚げ、詰問を続けようとした。
だが。
「そーいや、赤羽修士」
「何ですか、レオ丸学士」
「マオちゃんは今、ウェンの大地に居るんやろうねぇ?」
「マオーちゃんの事だから、心配する事はないだろうけど」
「まさか突然、ブルーフィルムが私を呼んでいる! って叫び出すとは思わなんだわ」
「叫んだ当日に、関空から飛んで行くとは」
「無事に帰って来てくれるとエエけど?」
「心配ですか?」
「そりゃあ、なぁ。……無修正の御土産、期待しといて! って言うてたし」
「それはそれは……」
うひひひ、と下品に笑うレオ丸と玄翁。
その二人の見合す顔と顔の僅かな間を、製作級の矢弾<天翔る霊箭>が一筋の軌跡を描き飛んで行った。
「そ・れ・で! ……何故こんな処に、居られたんですか!?」
気がつけば追い越され、仲間内の話に興じていた二人に対し、樹里は新たな矢を番えて冷徹に問い質す。
「もしかして、赤羽君。そちらのレオ丸さんとやらと、示し合わせて何かを企んでるのかしら?」
「それは誤解だ、樹里君!」
鏃を向けられた玄翁は、慌てたように手を振った。如何にも心外だという表情で。
「俺は、樹里君達と此処に来るまで、レオ丸学士が此処に居る事を知らなかった!」
「では何故、不意打ちを止めたの?」
「それは、……空を舞うハーピーを見たからさ! 先の昇格試験の際に、レオ丸学士とダラダラくっちゃべっていた時に、召喚契約獣の話になり、自慢されたからさ!
ヤマトでは類を見ない、特殊なモンスターを沢山抱えているってな!
その内の一匹が、卵から孵して育てた、やたらとデカイ黒いハーピーだってな!」
必死に弁明をする玄翁から、腕組みしながら小首を傾げ煙管を吹かしているレオ丸へと、樹里は視線を突き立てる。
「ああ、そう言う事か!」
鏃を向け直されたレオ丸は、暢気な声を上げ、手を一つ打った。
「え~~~っとね、樹里さん。
もしかしたらワシを<Plant hwyaden>の尖兵かも? って疑ってんのかな?
もし、そうなら誤解やで。
どっちか言うたらワシは、<Plant hwyaden>の方針には異議を唱える派、やで」
打ち合わせた手を両方共に、そのまま頭より上に上げて掌を見せる、レオ丸。
「此処に着たのは、ホンマに偶然。ましてや、ちっちゃいオジサンが居るなんて!
こっちも吃驚仰天している最中やねんで?」
「ちっちゃいオジサン言うな、腹ペコライオン! アンドロクレスの抜いた棘を、もっぺん足に刺すぞ!」
「何おう! ちっちゃな町のちっちゃな家に住むちっちゃなオジサンのくせに!
さっさと骨を返しやがれ!」
樹里の事をほったらかしにして、訳の判らない応酬を始めるレオ丸と玄翁。
「……判りました。何かの形で、赤心を証明してくれるのならば、二人を信用しましょう」
えらく投げ遣りな物言いで、矢を番えたままの樹里は二人に、無罪証明を促した。
「証明……ねぇ?」
しゃがみ込んだレオ丸は、腰を屈めただけの玄翁と、何やらひそひそ話をする。
やがて二人は、ジャンケンを始めた。
決着は直ぐの事、Vサインを高々と天に掲げる玄翁と、開いた掌を痙攣させ苦悶するレオ丸。
諦めたように溜息を吐き出すと、レオ丸はヨロヨロと立ち上がり、魔法の鞄から一個の果物を取り出す。
「それでは樹里君、張り切って!」
どうぞどうぞのポーズを取る玄翁の横で、一個の林檎を頭に乗せたレオ丸が、何とも形容しがたい渋い顔をしていた。
「あはははははは!」
古典的な喜劇にも似た一連の出来事に、堪らず遂に大声で笑い出したのは、ずっと傍観者の立場で居たアグニである。
樹里も漸く<百合若神託弓>を下ろし、微かに微笑んだ。
「残念な事ではありますが、二人の赤心、認めて上げましょう」
明らかにホッとした表情を見せる、レオ丸と玄翁。
しかし、続けて発せられた樹里の言葉に慄然としてから、しょぼんと肩を落とした。
「あ・く・ま・で・も、暫定ですが!」
淡海いさなさん御作の『ハチマンの宮司』から、主役三人をお借り致しました。
アグニ君の所属ギルド、赤羽玄翁氏の諸設定、樹里嬢の言動は全て、私の勝手な妄想と創作です。
淡海いさなさんから、ご意見ご指摘がございましたら即座に、訂正あるいは削除させて戴きます。