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第弐歩・大災害+33Days 其の弐

涙はあばよで、勇気は宜しくです!

色々と訂正致しました。(2014.08.18)

更に加筆修正致しました。(2015.02.19)

 “人間のなすあらゆることは、初めから完全無欠ということはあり得ない。はじめは取るに足らない欠陥に思えたものから、時が経つにつれ障害が芽生えてくる。それゆえ、法律であれ制度であれ、現状に合うような手直しが、常に必要になってくるのである”


 <大災害>に巻き込まれる少し前にネットで見かけた、都市国家フィレンツェの外交官にして偉大なる政治思想家の名言がひと紡ぎ、レオ丸の脳裏に天啓のように浮かび上がった。


「せやな。マキャベリ御大の言うた通り、何もかもが最初から完璧、とはいかへんわなぁ。

 ……今更こんな事で挫けてても、しゃあない。

 目の前の坂道は、どれだけ急峻でも駆け上らな!

 例え灰になろうとも、天空を飛翔する火の鳥のように!」


 子供の頃に大好きだったアニメの主題歌を捩って、自分に言い聞かせるレオ丸。

 思い悩んでクヨクヨしても詮無しと、両手でパンパンと頬を叩いた。


「先ずは、精一杯の小細工を。失敗しても、その時はその時。

 いっちょブワッと、後の祭りを踊ればエエわいな!

 ……そやけど、一回見ただけの文章をよう覚えていたな、ワシ?」


 何かモヤッとしたモノを感じながら、レオ丸は<マリョーナの鞍袋>に手を突っ込みゴソゴソと掻き回してから、<大学者ノート>を一冊と<大師の自在墨筆>を取り出す。

 タイトルの付けられていない、まっさらなノートを開いて筆を構えた。


「さて、何をどう書くんが一番効果的やろか? 効果的、効果的に……」


 筆を構えたまま暫し姿勢がフリーズするレオ丸。

 しかし、思考は音を立てて高速回転していた。


「文字の書き方を変えたら、どうやろか? 例えば強調ゴシックとか、利剣名号の字体とか?

 まぁ、試してみよか。

 ほんで、先ず決めなアカンのは、名前やな!

 さてさて如何にも相応しい名前は……と」


 レオ丸は一瞬だけニヤリと嗤い、真っ白なページに思いついた名前をサラサラと澱む事なく書きつける。

 書き付け終わるや否や、ポカンと口を開けて硬直してしまった。


「……何で、こないな事が出来るねん、ワシ?」


 “アタドン=エマノン”と、白いページに記された墨痕鮮やかな利剣名号の字体。

 利剣名号ではあり得ないカタカナである事も併せて、己の行いにレオ丸は戦慄を覚える。


「何で書けたんや、ワシ?」


 フワッと、緩やかに空気が動いた。

 いつの間にか地に降り立っていたカフカSが背後から近づき、路傍の石仏のように微動だにしないレオ丸を、肩口から不思議そうな表情で覗き込む。

 ピュルルリ~、と鳴く声がレオ丸の意識を現実に引き戻した。


「おお、カフカSちゃん。……ゆっくり楽しんだかいな?」


 明るく楽しげなハーピーの声に、一瞬で心が和むレオ丸。


「今、ちょっと大事な事をしてるさかいに、もうちょいゆっくりとしとってな」


 ピュリ~、と明るく返事をしたカフカSは、再び蒼天高く舞い上がった。


「……二つ同時に考えるんは無理やし、この何とも言えん違和感については、宿題としよう。

 さてほな、設定をどうするかやが、コレが一番肝心やし。

 一丁気合いれて、ブワッってな具合にでっち上げよか!」


 考え考えし、つっかえつっかえしながら、レオ丸は真剣な表情で文字を書き連ねていく。

 太陽がほんの少しだけ動き中天に達する頃、<大学者ノート>の白いページは墨字で埋められていた。


「<学者>のスキルを使わなんだら、嘘八百でも何でも書けるもんやなぁ……。

 せやけどスキルを使うてへんから、果たして効力を発するかどうか疑問やけどな。

 ま、<大学者ノート>のチート……インキチ能力と字体に、期待しよか?」


 レオ丸は、書き込みを終えたページを丁寧に千切り取ると、<大学者ノート>と<大師の自在墨筆>を仕舞い直す。

 千切り取った瞬間に<大学者の覚書>へ名称が自動変更された紙片を、慎重な手つきでクルクルと細く丸め、更に小さく折り畳んだ。

 レオ丸は咥えたままであった<彩雲の煙管>を手に取り、火皿に詰めようとするも直ぐに其の手を止める。


「やっぱり、ちと厳しいか。ほんなら代わりになるモンはあるかいな? と」


 苦笑いしつつ煙管を咥え直し、紙片を左手に持ちながら反対の手を<マリョーナの鞍袋>に突っ込み、暫く中をまさぐった。


「此れなんか、どうやろ?」


 取り出して陽に翳したアイテムは、<火盗人の柄香炉(プロメテウス・ハンディーセンサー)>という。

 水中だろうが真空だろうが、決して消える事ない火種を有するアイテムである。

 <アクロポリスの大神領>にて入手して以来、コレといった使い道が見つからず鞄に放り込んでいたアイテムの一つ。

 理由は、種火が必要なら<火蜥蜴(サラマンダー)>で事が済むからだった。

 続けて、<ダザネックの魔法の鞄>から、<シノダ葛の若葉>の濃縮パウダーを容れている小さな袋を取り出す。

 腰を浮かせたレオ丸は、石塊の上に<火盗人の柄香炉>を置き蓋を開け、赤々とした火種の上に小さく畳んだ<大学者の覚書>と、<シノダ葛の若葉>の濃縮パウダーを一撮み容れるや蓋をする。


「大賢者はん」

「方策が見つかったのかの?」


 切り株に座り、膝の上に広げた『年輪の書』の余白に書き込んだメモ書きを相手に思索に耽っていたジェレド=ガンは、レオ丸の呼びかけに頭を挙げた。


「はいな♪」


 レオ丸は、左手に持った柄香炉を相手の方へ突き出し、右手で刀印を結び宙に刻み込むようにして円相を描く。

 伸ばされた人差し指と中指を額に当てた後、素早く柄香炉の蓋を開け、刀印で立ち昇る煙を弾き飛ばした。


「オーム・マ・ニ・ペ・メ・フーム、天蓬天蓬急急如律令 勅勅勅!」


 柄香炉から弾かれた一筋の青い煙は、レオ丸が観音六字咒真言を低い声で唱え終えるやいなや、黒く色を変え蛇のようにうねりながら宙を進み、ジェレド=ガンへと絡みつく。


「な、何をするか、慮外者め!」


 膝から『年輪の書』を落として立ち上がって怒鳴る、ジェレド=ガンの口元へと辿り着いた煙の先は、少し鎌首を擡げると、一気にその喉元へと潜り込んで行った。


「安心しなはれ。死にはせぇへんから……計算上は多分……もしもチアノーゼが出て死んでしもうたら……すんません。

 どうにか自力で、成仏しとくんなはれ。神の無慈悲に御縋りしてな」


 黒く蠢く煙に、喉を塞がれ体を締め上げられた、ジェレド=ガンの肌の色が紫がかり、ビクンビクンと全身が痙攣する。

 やがて。

 前触れもなく、煙が四散し消滅した。

 濁った白目を見開いていたジェレド=ガンは、糸が切れた操り人形のように跪き、激しく咳き込み出す。


「大丈夫でっか?」

「大丈夫なはずなかろうが、このたわけ者が!」


 申し訳なさそうに軽く頭を下げると、レオ丸はジェレド=ガンの背後に回り背を摩る。


「処で、改めてお尋ねしますけど、あんさんのお名前は何でしたかいな?」

「ゲホッ……何を今更……」


 喉をヒューヒューとさせながら、苦しげに口を開くジェレド=ガン。


「我輩の名は、“アタドン=エマノン”じゃ!」


 そう答えたジェレド=ガンの表情が、一瞬にして凍りつく。


「成功♪」


 何となくの思いつきが結実し、予想以上の結果をもたらした事に喜びが隠しきれずに、派手な仕草で指を鳴らす。

 レオ丸が、先ほど<大学者の覚書>に書き連ねた文言は、次のようなものであった。


 “アタドン=エマノン(ATADON=EMANON)。

 この紙を燃やした煙を吸い込んだ者は、元の素性を名乗る事は出来なくなり、仮初めの名前でしか名乗れなくなる。

 その名は、アタドン=エマノンである。

 アタドン=エマノンとは、隠棲せし<学者>である。その経験値は、高からず低からず。

 これは、呪い(カース)である。西武蔵坊レオ丸が生み出せし呪い(カース)なり。

 されど未熟故に、呪い(カース)の効力はこの世界の、二十四時間の間だけである。

 危惧するなかれ、憂慮するなかれ。

 呪い(カース)と言えども、時の流れには抗えぬものなり。”


 レオ丸の視界に映るジェレド=ガンのステータスは、以前とは違うものになっていた。


 < 名前 / アタドン=エマノン >< 大地人 >

 < 種族 / エルフ >< 性別 / 男 >

 < 職業 / 隠遁の学者 >< Lv.25 >


「さて、どないだす。新しい魔法を身をもって体験した、感想は?」


 跪いたまま目を見開き、大きく口を開けて一個の彫像と化したように、身動ぎしないジェレド=ガン。

 其の姿を見下ろしながらすっくと立つと、レオ丸は口の中で呟く。


「どうやら小手先の誤魔化し、には成功出来たようや。……後は、取引材料、か」


 腕組みをして考えるレオ丸もまた、一体の立像と化す。

 やがて、陽が中天の位置から少し下った。


「下手の考え休むに似たり、やな」


 腕組みを解いたレオ丸は頭を掻き毟ると、太陽に向かって大きく煙を吐いた。


「仕方ないな。……軍師君にアドバイスを請うか」


 跪いたままブツブツと何事か呟き始めたジェレド=ガンから、目を離さないようにしながら石塊に座り直したレオ丸は、空中にフレンドリストを開く。

 指先を動かし、長い長いそのリストから一つの名前を探し出し、軽くタッチした。

 五回目のコール音の後、通話相手がハキハキとした声を発する。


「どうも、レオ丸理事! 先日はお世話になり、誠に有難うございました!」

「どう致しまして、ユーリアス君。その後は、どないや?」

「御蔭様で、ポンコツのギルマスがスクラップにならずに済み、どうにか平常運転が再開出来てます」


 レオ丸の耳に“誰がポンコツだ!”とユーリアスの声に被って、中年男の声が聞こえる。


「元気になって、何よりやね?」

「その節は、本当に助かりました。御恩は一生忘れませんので!」



 其れは、<大災害>発生から二日目の事。

 レオ丸にとっては、混乱から立ち直りミナミとその周辺を探索し、<PK>されかけて<PK>を仕返した、その当日である。

 這う這うの体でサターン広場まで帰って来たレオ丸は、ギルド会館へと入り銀行窓口へ向かう。

 翌日に使う予定のアイテムを引き出し、さっさとねぐらに戻ろうとしたレオ丸は出口直前で突然、有無を言う間もなく拉致された。

 右手を<守護戦士(ガーディアン)>に、左手を<武闘家(モンク)>に、それぞれ抱え込まれ軽い宙吊り状態。

 背後の<暗殺者(アサシン)>に背を押され、空を掻くように歩かされる。

 先導する<妖術師(ソーサラー)>は振り返る事もなく、無言のまま足早に通路を進んだ。

 余りの出来事に、頭が麻痺し思考停止寸前のレオ丸はそれでも、前を行く妖術師のステータスを確認し呼びかける。


「<グレンディット・リゾネス>が、ぼっちのワシに何のようなん?

 レイクス君よ、……良ければ教えてんか?」


 妖術師は、振り向きもせずに一つの扉の前で立ち止まり、ノック無しで扉を開けた。


「レオ丸理事! 失礼の段、誠に申し訳ありません!」


 開けられた扉の向こう側で、一人の<吟遊詩人(バード)>が直角に体を曲げ、頭を下げていた。

 <グレンディット・リゾネス>のギルドホールに運び込まれたレオ丸は、抱えられたそのままで室内に設えられたソファーに腰掛けさせられる。

 両手を解放するや、守護戦士と武闘家は扉を閉めた暗殺者と供に、部屋の隅へ神妙な面持ちで控え立つ。

 状況が今一つ理解出来ないままのレオ丸は、未だに頭を下げたままの吟遊詩人を見て、疑念を呈した。


「え~~~っと、それで……ユーリアス君、説明してや」


 レオ丸の声に頭を挙げたユーリアスは、傍らに立つレイクスに手だけで合図を送り、再び頭を下げた。


「無礼を働き誠に申し訳ありません。本来ならば先に念話で連絡をさせて戴き、アポを取りましてから当方へとお越し戴くのが筋なのは、重々承知致しておりますが、危急の事態に付き一切の手続きを省き、このような形になりました事、謹んでお詫び申し上げます!」


 一息で謝罪の言葉を述べたユーリアスを、呆気に取られた表情で見るレオ丸。


「ああ、まぁ、何や。……何だか判らんけど、この何だか判らん状況下にワシらは居るんやし、智慧者の自分でさえ慌てふためくんは、しゃあない。

 謝罪は受け入れるから、何でワシを拉致ったか教えてや、な?」


 レオ丸の言葉に漸く頭を挙げたユーリアスは、ホッと一息ついて表情を少し緩める。


「恥を晒しますが、……実は当ギルド、<グレンディット・リゾネス>が崩壊の危機にありまして」

「はぁ、……ありゃまぁ。……そりゃあ、大変だ」


 つい他人事のような感想を漏らす、レオ丸。

 だが、室内に居る誰もがそれに抗議を口にしない。確かに、レオ丸には他人事なのだから。


「それで、本職であるレオ丸理事に、お言葉を頂戴出来ればと思いまして、此方まで御足労を願いました」


 レオ丸の頭上に、見えない巨大な疑問符が浮かんだ。

 何かを言おうとしてから口を閉ざし、腕組みをするレオ丸。

 ユーリアスの真剣な目を見据えながら、沈思黙考を始めた。


 本職? お言葉? 彼はワシに何をさせようと、しとるんや?

 無駄を省くんが得意な彼が、こんな時に無駄な事をワシにさせるはずがない。

 ってぇ事は、確実にワシが出来る事を、頼もうとしてるんやな。


「よっしゃ、エエよ!」


 僅かなシンキング・タイムで結論を出したレオ丸は、年若の友人に快諾の旨をはっきりと告げた。


「何だか判らんけど、状況をマルッと理解したわ!

 <冒険者>が<冒険者>に発注する、クエストなんやなコレは?」

「御協力に感謝申し上げます!!」


 ユーリアスと共に、守護戦士と武闘家と暗殺者も、揃って頭を下げる。

 席を外していたレイクスが、戻って来たのは丁度そのタイミングだった。

 静かにユーリアスに近づいて、耳打ちする。

 其れを聞き終えてから、ゆっくりと頭を挙げるとレオ丸に向かい改めて、お願いを口にした。


「それでは早速で申し訳ありませんが、隣室へお越し願いたく存じ上げます」


 恭しく指し示された手に従い、レオ丸は徐に腰を上げて歩き出す。

 隣の部屋は、大きな食堂のようであった。

 二十人を超す人数が座っても余りある縦長のテーブルが二列、用意されている。

 そのテーブルには固まり、あるいは散けて、十人ほどのギルドメンバーが席に着いていた。

 ぐったりと椅子の背もたれに体を預ける者、机に足を投げ出している者、机に突っ伏して頻りに溜息をつく者。

 一番前の席でしどけなく、と言うよりもだらしなく足を広げているのは、妙齢の麗しき乙女の<森呪遣い(ドルイド)>だ。

 梳られていない長い金髪はくすみ、雪の如き白い肌が病的なものに見える。

 陰鬱以外の何物でもない、実に重苦しい空気が室内を押し潰していた。


 ああ、なるほど。此れは所謂……アレやな。


 レオ丸は、職務柄よく知るその空気の質に、敏感に反応した。

 空いている後ろの方に着席したユーリアスに、レオ丸は目で問い掛ける。

 身近な人が、事故か何かで突然亡くなり、呆然とし虚脱し、理不尽な事態に対応出来ず、苛立ちと無力感でどうしようもなくなっている、そんなお通夜と一緒やな? と。

 レオ丸の顔を見るユーリアスの口元が、緩んだり引き締まったりと微妙な動きをする。


 確かにコレは、本職のワシが出張るんが、正解やな。


「ちょいとお時間頂戴しまっせ」


 そう言うとレオ丸は、手を大きく一つ打ち鳴らした。

 突然現れた謎の人物の挙動に、席に着く全員の視線が集中する。

 全員の注目を集める事に成功したレオ丸は、何の前触れもなく歌い出した。

 其れは、ある特撮シリーズの一作目の主題歌。

 特定の世代にとっては胸の奥底に響く、熱い其の曲。

 職務柄鍛えられている肺活量と、<冒険者>ならではの強化された体の喉と腹筋を使い、レオ丸はアカペラで熱唱した。

 ワンコーラスを歌い終わった時、室内に死んだ魚と同じ眼をしている者は、誰一人として居なかった。

 レオ丸は、ニヤニヤしながら部屋をぐるりと見回すと、軽く一礼する。


「<グレンディット・リゾネス>の皆さん、初めまして!」


 ニヤニヤ笑いを止め、レオ丸は少しだけ真面目な顔つきで語り出した。


「ワシは、ぼっちプレイヤーをしとります、西武蔵坊レオ丸と申す者にて候。

 其処に居られるユーリアス君に頼まれまして、厚かましくも畏み畏みしながら、特別講師として参上仕りました。

 文句がある人は、後で彼に言うて下さいな。ワシは残念ながら、抗議を聞く耳を持ってまへんよってに。

 さてさて、と。

 皆さん、大変な事になりましたな。

 災難っちゅうか、災厄っちゅうか、災害っちゅうか……。

 そやね、災害に巻き込まれた状態ですわな、ワシら。

 超弩級の災害に巻き込まれた気分は、どないだすか?

 エエはず、おまへんわな。最悪以外の何もんでも、おまへんわな?

 それで、皆さん。

 此処で何してますのん?

 さっきワシが歌った歌、皆さんも御存知ですやろ?

 まぁ、此処には女性メンバーも居てはるようやから、まるまる当てはめるんはジェンダー問題に抵触するかもしれへんけど、今はちょっと勘弁して下さいな。

 さて、歌詞の冒頭の“男”の部分を“冒険者”に変えて、それぞれ頭ん中で歌ってみて下さい。

 ……宜しいか?

 ワシは此処に居てますけど、皆さんみたいに立ち止まっては、いてまへんで。

 傍目には一進一退に見えるかもしれへんけれども、少なくとも毎日一歩か二歩かは踏み出してますわ。

 流石に昨日はワシかて、どないもならへんかった。

 終日メソメソ、クヨクヨしていましたわ。

 せやけどな、それで何か変わったか? 改善されたか? っていうたら何も変わりまへんでしたわ。

 ほな、泣いててもしゃあおまへんやん?

 吃驚するような高性能な体を手に入れて、現実では絶対に無理やった“魔法”が使えるんやで?

 何をぼんやり、ぼさっとしてますのん?

 ……ワシは今日、あちらこちらの<大地人>の集落を回って、<大地人>とお話をして来ましてん。

 知ってはりますか? <大地人>って、<人間>ですねんで?

 ワシらと同じように、朝起きて、夜には寝て、働いて、遊んで、飯食って、風呂にも入りますんやで!

 恐らく屁もこくし、香水つけてお洒落する人もおりますやろ。

 <NPC>って無機質なプログラムやないで!

 立派な<人間>だっせ!!

 しかも、日々の生活の中で、<モンスター>に怯えながらも、元気に笑って、真っ当に生きてはるんやで!

 ワシら<冒険者>やのに、此処で、此の街で引き篭もって、どうしますのん?

 ワシは<冒険者>やから、現実に帰れるまでは毎日、冒険して暮らしますわ。

 今日一日、ワシは現実では絶対に体験したない体験をしましてん。

 それが何かは、言いまへん。

 ワシだけの、冒険の結果やしね。

 まぁ少なくとも、冒険をしようとしない自称<冒険者>には、絶対に話すつもりはおまへん。

 此の世界には、多くの謎がありますわな。

 それこそ、道を歩けば、未知に当たるってくらいに?

 あ、此処は鼻で笑うトコだっせ。

 それは兎も角。

 そもそも言うなればや、ワシら<冒険者>自身が謎の塊や。

 せやけど、よっく頭をひねって考えてみれば、何の不思議もあらへんのや。

 もしかしたら、此の事態もそうかもしれへん。

 そう思えたら直ぐに、表に出なはれ! <冒険者>の皆さん!

 但し、慌てんように。

 確りと遺漏なく準備を整えて、仲間の顔をちゃんと見てからやで?

 会社や学校はないけど、ギルドがありますやん。

 パソコンやモバイルはないけど、剣と魔法がおますやん。

 しかも、世界最高の動物園や自然保護区に行っても、絶対に見られへんモンスターが、そこら中に跳梁跋扈してますねんで?

 楽しまな! 遊ばな! 最初で最後の、最大のチャンスですねんで、今は!

 怪我したら痛くて死にそうにもなるけど、死んだら死んだで別に其処で終わりやないし。

 <大神殿>で蘇って、死ぬ羽目になった理由を倒したらエエ。

 リセットは出来ひんけど、必ず“挽回”出来る世界やねんで、此処は!

 そやけど、まぁ気負わんように。

 何事も、慌てたらあきまへん。……必ず失敗しますよってにな。

 先ずは落ち着いて、ボチボチと行こか。

 そんくらいの気持ちで、皆さん、案じよう御気張りやす。

 ほな、御清聴おおきに♪」


 レオ丸は、長々としたしゃべりを終えると一寸だけ頭を下げ、すたこらサッサと部屋を、<グレンディット・リゾネス>のギルドホールを後にした。

 立ち上がったユーリアスが深々と一礼するのを、視界の端に留めながら。

 ギルド会館を飛び出し(ねぐら)へと急ぐレオ丸は、明日からの事を思い憂えて背中を丸めた。

 ミナミの街中で無用な騒ぎを起こさぬようにと、街への入場門で虚空へと返していた契約従者のモンスター達。

 明日からは出かける時に必ず、四六時中連れて歩こうとレオ丸は心に決めた。

 二度と、拉致られないように。



「あ、それよりも、ちょいとお時間を頂戴したいんやけど、大丈夫かな?」

「大丈夫です。此方も今、休憩タイムですので」

「今、お出掛け中なん?」

「はい! 今はギルド全員のリハビリの真っ最中でして、他出中です」

「ほほぅ、そりゃまた結構! んで、今は何処に居るん?」

「ムコーラ水宮社のゾーンです」

「ムコーラって、西宮か。……って事は、ブヨブヨの<吸血蛭子(ヴァンパイア・ワーム)>が、ウヨウヨいる処やん!

 ようそんな、エンガチョなトコに行ってんなぁ!?」

「……見た目はグロくてエグいですけど、レベルはそんなに高くありませんから」

「後ろから嘔吐く声が聞こえてくるんは、気のせいか?」

「エエ、レオ丸理事の幻聴です。……処で其方は?」

「ワシは今、ニオの水海を見下ろしながら、のんびりと煙管で一服している最中やねんわ。

 それはさておき、本題や。ちょいと、お智慧を拝借したいんやけど、な?」

「私でお役に立てるなら」

「悪賢くて陰険な奴と、交渉しなアカンねんわ。

 交渉内容は、此方が抱え込んだ核爆弾並みに危険なのを、安全に引き渡すってヤツやねん。

 あれから色々あってな、取り扱い要注意な人物の監視監督を、相手側に押しつけたろう、って思うてんねん」

「……何をやらかしておられるんですか、レオ丸理事は?」

「まぁ、其処はそれ。人生色々って事で」

「“人間、いたるところに青山あり”とは言いますけど、墓穴を自分で堀り捲くってどうするんです?」

「ホンマに油断出来ひんねェ、セルデシア世界は」

「はぁ……まぁ、良いです。それで、どんな成果を望んでおられるんですか、レオ丸理事は?」

「取り敢えずは、この超危険人物を手放して、縁切りして清々したい。

 旅の供にするには、面倒やし鬱陶しいし、な。

 せやけど、コレを押しつけても大丈夫そうな相手が、悪巧みが大好きな奴しかおらへんねん。

 押しつけた後、そいつがコレをどう扱うかは大体判んねんけど。

 判らへんのがね、其の陰険野郎がワシに対しての、対応の変化やねんわ。

 現状、そいつのワシへの対応は、距離を置いてそれと無なく注視する程度やねんけどな。

 ワシがそいつに素敵なプレゼントをする事によって、距離が近くならへんかが心配やねん」

「そうですねぇ……、あやふやな情報だけでは何とも言えませんが……」


 ユーリアスの沈黙は、レオ丸が煙管を二口吸う間続いた。


「距離を置きたいのなら、何か緩衝材を挟む事ですね。共通の知人か、全くの他人を。

 其れと、相手に素敵なプレゼントを渡すのならば、代替として負い目を受け取るんは、どうでしょう?」

「緩衝材は、理解した。確かにエエ手やわ。

 緩衝材にしてしまう人物には、迷惑以外の何物でもないけどな。

 ……んで、負い目ってどういうこっちゃ? 展開してくれるか?」

「其の危険人物は、相手に取っては素敵なプレゼントに、なるんでしょ?

 という事は、相手はレオ丸理事に対して、負い目を抱える事になります。

 負い目を抱えた人間は、負い目を提供した側に対して、必ず過干渉して来ます」

「ほうほう」

「其れならば、相手に与えたのと同じ程度の負い目を、レオ丸理事が相手から受理すればイーブン状態、つまり現状の距離感を維持出来るのでは?」

「なるほど! 流石は軍師君! 相変わらず頼りになるわ!」

「いえいえ、それほどでも。私もレオ丸理事に、負い目を抱えていますから」

「それはもうエエやん。済んだ事やし」

「そうはいきませんよ」

「ほんなら、ワシが相手から貰う負い目も、考えてくれへん?」

「其処までは、流石に無理です。交渉相手も交渉材料も、判らないんですから。

 ……何となく想像は出来ますけどね、交渉相手だけは」

「うん、多分正解やわ」

「ならば、交渉材料のプレゼントが誰かを、教えてはくれませんか?」

「……教えたいんは山々やけど、自分と自分の仲間を火達磨にするか、塩の柱にしてしまうから、教えるんは止めとくわ」

「了解しました、聞かないでおきます。

 ……では他に、私に何か出来る事はありますか?」

「そやねぇ、そしたら二つばかし、お願い出来るかな?」

「幾つでも良いですけど、何でしょうか?」

「一つはね、ミナミの街でワシに関して、何か適当な噂を定期的に流しといて欲しいんや。

 内容は全部お任せで。ポジティブ、ネガティブ、硬軟織り交ぜてで」

「“妨害片(チャフ)”ですね、了解しました。後一つは、何ですか?」

「何か違和感を感じたら、教えて欲しい」

「違和感とは?」

「自分がする行動とか、誰かの言動とか、周辺での奇妙に思えた事やわ。

 ……例えばやけど、自分、現実の時よりも記憶力が良くなったとは思わへんか?」

「そうですか、ね?」

「……まぁ、何か感じたら、教えて頂戴な」

「委細、承りました」

「ほんなら、今日は此の辺で」

「はい、お声をかけて戴いて嬉しかったです」

「ギルマスや、皆さんに宜しくね!」

「レオ丸理事こそ、御自愛下さいませ」

「有難う! ユーリアス君こそ、命懸けで無茶せんようにな」

「もう行方不明にならないで下さいね!」


 念話を終えたレオ丸は、やれやれと首を振った。


「気にかけてくれる人が居るっちゅうのは、ホンマに有難いこっちゃ。

 ソロプレイが出来るんも、沢山の人の助けがあればこそ、やね?」


 レオ丸の視線の先では、ブツブツと呟きながら『年輪の書』の余白に、よれよれのローブから取り出したペンで、一心不乱に何事かを書き込み続けているジェレド=ガンの姿が。

 頬杖をつきつつ其れを見つめるレオ丸は、再び思案し始める。


「……負い目なぁ、何を貰うたら一番エエかなぁ……」

『ある毒使いの死』19.<冴えたやり方>(http://ncode.syosetu.com/n3984cb/29/)内の科白から天啓を受けまして、エピソードをでっち上げてしまいました。

久々にレオ丸に長口上を語らせました。

いちぼ好きですさん、勝手に話を作っちゃいましてすみません。

レオ丸の科白が『ある毒使いの死』と微妙に違うのは、人の記憶は適当に整理されるものだと、筆者が理解しているせいです。

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