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第弐歩・大災害+23Days 其の弐

ちょいと時間が掛かりました。掛けた分、長くなってしまいました。

尚、“魔法陣”と“魔方陣”は違うものです。違いはウィキペディアで調べて戴くのが一番判りやすいかと存じます。

色々と訂正致しました。(2014.08.18)

更に少しだけ加筆修正致しました。(2015.02.17)

 ペシャンコになった小さな堂宇の上にある、割れた岩を二つとも除去すると、得意気に胸を張り右手を天へと突き上げる、キルケーのアキN。


「ほらな、やっぱワシの勘は正しかった! ヴィクトリー!」


 暫くの間、勝利のポーズで余韻に浸るも、直ぐ我に返り腰を屈めた。

 バラバラに砕けた屋根瓦や石壁、元は柱か梁であったと思われる圧し折れた木片、それら散乱している破片も細かく拾い、脇へと積み上げる。

 時間をかけ丁寧に全ての残骸を除けると、露になった地面には子供用プールサイズほどの魔法陣が、はっきりと描かれていた。

 描く際に、魔法による特殊なコーティングがなされていたのだろうか、地に刻まれた線も魔法文字も傷一つ付いていない。

 アキNは魔法陣の外側に膝をつき、丹念に描かれた図形を観察する。


「予想通りにありやしたな、<妖精の輪(フェアリー・リング)>が」


 そう独り言ちたレオ丸の脳裏に、数年前の事が去来する。



 <セルデシア>の矛盾点の数々を、如何に合理的で友好的に解釈出来るかを競う、<せ学会>。

 その定例オフ会の席上において、画期的な報告がなされた。

 正確には、会員メンバーの一人が “画期的”だと、<妖精の輪>に関する研究成果を発表したのだ。


 <妖精の輪>とは、<エルダー・テイル>におけるゾーン間を移動する際に、冒険者が利用するテレポート装置である。

 目的地点は、五分毎の五十六時間周期で、行き先がランダムに変更される。


 因みにゲーム時代と違う現在は、月齢の二十八日周期に加え、一時間毎の変更で、六百七十二通りの行き先が存在している。


 そして、出発地の<妖精の輪>と到着地の<妖精の輪>は設置環境が全く違う為に、到着地の<妖精の輪>に入り直しても出発地の<妖精の輪>に帰還出来るとは限らない。

 月の運行の影響を受けて目的地を変更する方式のテレポート装置である為、月が出ている間だけに限っても各地の<妖精の輪>同士の接続は、膨大な組み合わせとなる。

 もし、行き先を自分達でコントロール出来れば、どれだけ楽に冒険出来るだろうか?

 <エルダー・テイル>に参加する、全ての冒険者が共通して一度は考える事だった。


 その<妖精の輪>を、起動させる魔方陣に刻まれた呪文を、解読したというものである。

 定例オフ会の会場として、貸し切りにされた小さな喫茶店にどよめきが走った。

 呪文が解読され、<妖精の輪>の解明が進めば、<エルダー・テイル>に革命を起こせるかもしれない。

 期待に胸膨らむ<せ学会>会員達を前に、発表者は不敵な笑みを浮かべた。


 “遠の昔 見ゆる 不変の 時の実を 何時か 止める 獣の息吹 葉を揺らす 苦悶す 夢も 亡き 友の許に 夜も 自由の後 自戒の徴 言うべきか”


 朗々と発せられた発表者のその言葉の羅列に、レオ丸を含む全ての聴衆が首を傾げる。

 二十席に満たない小さな喫茶店のフロアを、姿の見えない天使が通った。

 シンと静まり返った店内に、形の無い疑問符が乱舞する。

 ニヤニヤと笑みを浮かべて、黙り込む聴衆を見ていた発表者は、大きな咳払いで沈黙を破るや驚くべき言葉を言い放った。

 今の文章に意味は無い、と。

 静寂から一転し、店内に怒号が渦巻き満ち溢れた。

 期待していたものと違う内容に、唯一人沈黙を保つレオ丸以外のオフ会参加者全員が、非難の言葉を発表者に浴びせかける。

 その非難の嵐は、三分後に突然止んだ。

 不意にレオ丸が立ち上がり、パーンと手を叩いて十五名の聴衆を一瞬で黙らせたからだ。

 話を続けるように促された発表者は、レオ丸に感謝の意を述べた後、再び平穏が訪れた店内にて発表者が澱み無く説明を再開した。


 曰く、先ほどの意味の無い文章は、“ユピテル魔方陣”と呼ばれる数字の配列を、元にしたものであると。

 ユピテル魔方陣あるいは木星魔方陣とは、西洋の数秘術というものの中で語られる特殊な数列配置図の事を言う。

   ⑯ ③ ② ⑬

   ⑤ ⑩ ⑪ ⑧

   ⑨ ⑥ ⑦ ⑫

   ④ ⑮ ⑭ ①

 4×4の枠内に配された縦横斜めの各数列が、それぞれ“34”の和になるように仕組まれているものだ。

 その配置された数字に相応するように文章を練り上げ、でっち上げたものである、と。


“|遠(10)の|昔(6) 見ゆる|(3) |不変(2)の |時(10)の|実(3)を”

“|何時(5)か |止(10)める |獣(10)の息吹(1) |葉(8)を揺らす”

“苦悶(9)す |夢幻(6) |亡(7)き |友(10)の許|に(2)”

“|夜(4)も |自由(10)の|後(5) |自戒(10)の|徴(4) |言う(1)べきか”


 因みに、A・デューラーという画家の『メランコリア1』という銅版画に記された、魔方陣を元にしたと付け加える。

 今のは前置きであると言い、本題を開陳する発表者。

 発表者自らが実際に利用した、沢山の<妖精の輪>に刻まれた文言と使用時の移動先。

 多くの協力者から報告された、使用した<妖精の輪>に刻まれた文言と使用時の移動先。

 それら千を超える情報を集約し研究検討した結果、<妖精の輪>には五種類もある事が判明。


 例えば3×3の魔方陣、つまり①~⑨の数字を配列した図を元にした<妖精の輪>は、起動する魔法陣に一文字から九文字の、九種類の文言が刻み込まれている。

 その刻み込まれた九種類の文言は、一つの文になってはいるものの、意味の無い文章である場合と意味の有る文章になっている場合があった。

 文章の意味の有無に、差異があるのかと比較調査してみたが、差異は存在していない。

 九種類の数字を、ONEからNINEの英単語で表記しても、ICHIからKYUのローマ字で表記しても、AからAAAAAAAAAと表しても、それとなく意味を込めたでっち上げの単語の羅列で表現しても、もっと単純に1から9と表しても、差異もなく問題も発生しない。

 何がしかの形で数字を表せば、魔方陣としての意味を持つ。


 結論は、魔方陣を構成する数字の総数が<妖精の輪>の距離に比例する、という事だった。


 3×3ならば、<ハーフガイア・プロジェクト>により実際の地球の半分しかない<セルデシア>世界において、直径100km圏内の移動を可能にする。

 4×4ならば直径500km圏内、5×5ならば直径1000km圏内、6×6ならば直径5000km圏内。

 9×9ならば直径10000km圏内、つまり|<エルダー・テイルの地球(セルデシア)>の裏側まで移動出来るのだ。

 世界各地のプレイヤータウン及び、大地人の人口の多い地域、大掛かりなクエストや特殊イベントが設定されているゾーンには、9×9の魔方陣が魔法陣に組み込まれた<妖精の輪>が存在する。

 反対に、報告例を元に推察すれば、冒険者があまり訪れる事のないゾーンには、近距離しか移動出来ない魔方陣が魔法陣に組み込まれた<妖精の輪>が存在する。

 未だ、行き先を恣意的に決定して使用する事は出来ないし、その道筋すら発見するには至っていない。

 しかし凡そ、“どのくらいの範囲内に移動させられるのか?”に関しては判明したと、発表者は説明を締め括る。

 

 喫茶店は再び、静寂に支配された。

 発表者の説明が、聴衆全員の脳内に行き渡り、理解された頃。

 今度は、ブーイングではなく賞賛と拍手の嵐が巻き起こった。

 立ち上がったままで説明を聞いていたレオ丸は、一際大きな喝采を贈り発表者を讃える。

 面目を施した発表者は、<第29回・せアカデミー大賞>に選出され、その日のオフ会は閉会した。

 帰宅する者達を送り出した後、残ったメンバーは河岸を居酒屋に変え、新たな参加者達を迎え入れて定例宴会に突入する。

 その宴席にて、<妖精の輪>に関しては今後も継続して更なる調査を重ねる事と、<せ学会>の全会員がその調査に協力する事が満場一致で決せられた。

 知的好奇心が満たされた昼と、和気藹々とした楽しい夜を過ごしたレオ丸。

 翌日、二日酔いで終日苦しむ事になったのは、余計なオマケであったが。


「……アイツは今も、<妖精の輪>の研究を続けているんやろか?」


 高校時代からの親友でゲーム仲間の、タイガー丸。

 タイガー丸が主催し、レオ丸が唯一属したギルド、<ポンポンペインズ>の仲間達。

 タイガー丸と共に遊んだカナミやカズ彦達、<放蕩者の茶会(デボーチェリ・ティーパーティー)>の初期メンバー。

 <ポンポンペインズ>を引き継いだ、ナカルナード。

 ひょんな事から加わった、オフ会主体の<大英知図書館学士院>で友誼を結んだ、ゼルデュス。

 <モフモフ同盟>、<僕のパジェロ!友の会>、<野獣の結社>、そして<せ学会>の全会員。

 交友の輪はミナミやアキバに留まらず、ヤマト以外の他国サーバにも広がっている。

 レオ丸のフレンドリストには、コレクター気質のなせる業により、膨大な名前が登録されていた。


 レオ丸が最初に念話で連絡したのは、<大災害>が発生した翌日の昼、相手はナカルナード。

 お互いの無事を確認し、後日会う事を約束して早々に話を切り上げる。

 ボッチのレオ丸と違い、大所帯のトップを勤めるナカルナードにはする事が山ほどあったからだ。

 夜になってから念話で話した相手は、ゼルデュス。

 ソロプレイヤー同士の気安さ故に、時間を忘れて情報交換をし合った。

 念話終了後、改めて長々と表示されるフレンドリストを確認している際に、レオ丸は一つの事実に今更ながら気付く。

 一覧に表示される知己達の名前が、白く光って表示されている者と、無色の者。

 <ノウアスフィアの開墾>導入時にログインしていたか、していなかったかの違いである事は、即座に理解した。

 つまり、名前が光っている者は、<大災害>に巻き込まれ弧状列島ヤマトに放り出された者達だ。

 海外サーバで知遇を得た者達の名前は、無色のままである。

 <エルダー・テイル>はゲームの頃から、サーバが違う地域とは念話が出来ないと設定されているからだ。

 だが、どう考えても勘定が合わない。

 絶対にログインしていて今回の事態に遭遇したはずの数名の名前が、白い光で表示されていないのだ。

 例えば、カナミがそうである。大学時代からのゲーム仲間である、<せ学会>会員もそうだ。

 答えは直ぐに、導き出された。

 彼らは、セルデシアの何処かに居るが、ヤマトには居ないのだ。

 <妖精の輪>について画期的な見解を述べた、一つ年下の発表者の名前もブラックアウト状態、音信不通リストの一員である。

 イギリス転勤が決まり、<せ学会>有志による送別会の際に、ネッシーを捕まえてくると嘯いていた笑顔が忘れられない。

 彼はきっと北欧サーバでも、<妖精の輪>の探求を楽しみ、好奇心の赴くままに色んな事をやっているんだろう。


「ロンドン……ロンデニウムで元気にしとるとエエなぁ」


 もしくは、とレオ丸は考える。

 <妖精の輪>を完全に解明し、既にヤマトに戻って来てはいるものの、何がしかの理由で相手のフレンドリストから此方の名前が削除されたかや、な。

 先日、ミナミの街角でカズ彦に話した事を今一度、脳裏でなぞるレオ丸。

 重々理解している事であるのに、レオ丸はフレンドリストのチェックを就寝前の日課としていた。


「同じギルドに所属してる同士やったら、ギルドサーチ機能が働いてくれるから、海外サーバに居ても名前がリストに表示されるんやけどなぁ。

 ワシもアイツもお嬢さんも、どいつもこいつも揃いも揃って、ソロソロソロと来たもんだ。

 文明の利器に慣れきった身には、何とも不便で気を揉む世界やわ」 


 レオ丸のフレンドリストは、今も増え続けている。

 アンディーツを初めとする<ハウリング>の面子達。

 ミスハ、イントロン、檸檬亭邪Qら、レオ丸の気まぐれに付き合ってくれた、ギルマス達。

 <ウメシン・ダンジョン・トライアル>の運営に関わってくれた、有志達。

 <スザクモンの鬼祭り>対策の為に、志願者の中から選抜された、先遣隊隊員達。

 羅列される<大災害>以降に知り合い友人となった者達の名前を、レオ丸は掛け替えの無い宝物を見るように毎晩眺めていた。

 唯一つの、名前を除いては。

 ミナミの街を離れた夜に初めて顔を合わせ、一方的に嫌われて即座に別れた相手。

 ツル目に属する水鳥の名を持つ、メイド服のエルフ。


「……どうしたもんかねぇ?」

「ほんで、どないしますのん、旦那さん(だんさん)?」

「へ?」


 <首無し馬(コシュタバワー)>の背に荷物のように担がれていたレオ丸は、アキNの声で我に返った。

 アキNを直接操作して瓦礫除去作業をしていたはずなのに、どれだけ長い間考え事をしていたのか、気が付けば<幻獣憑依(ソウル・ポゼッション)>が自然解除されている。

 鮮血よりも真っ赤な瞳で、レオ丸の顔を無邪気に覗き込むアキN。

 レオ丸は、その肩に手を伸ばして支えにし、勢いを付けて下馬した。

 

「どないするかを決めるために、もう一度確認しとこか!」


 山道の途上で、馬車と共に立ち尽くすボーン・ゴーレム。

 其処から少し離れた草むらに、コシュタバワーの鬣を撫でながら生首を小脇に抱えて佇む、ユイA。

 それらをチラリと見て、地面に膝をつきながら自分と同じ目線で首を傾げるアキNに笑いかけ、<妖精の輪>に歩み寄り腰を下ろすレオ丸。

 今度は直接、自分の目で精査を始める。


「アイツの言葉が正しけりゃ、コイツは100km圏内用のはずやわな……」


 地面に刻み込まれた、直径約50cmの内円と約2mの外円の、二重の円で表された魔法陣。

 よく見れば内円を挟むように、縦横それぞれ二本の線が引かれている。

 <妖精の輪>を起動させる魔法陣は、3×3の九つの不揃いな升目で構成された、歪な魔方陣となっていた。

 升目にはローマ数字で小さく、右列が上から“Ⅷ”“Ⅲ”“Ⅳ”、左列が上から“Ⅵ”“Ⅶ”“Ⅱ”。

 中央列は升目の中央だけ空白となっており、上が“Ⅰ”で下が“Ⅸ”。

 これが“サトゥルヌスの魔方陣”で間違いないのならば、空白の枡目には“Ⅴ”が入るはずである。

 目を凝らせば、升目には全て飾り文字で“Mm”の二文字が、ローマ数字の後に添えられていた。

 レオ丸の頭の中で、木魚の連打音が鳴り響き、やがて甲高い鉦の音が一つ鳴る。

 何処かの頓知坊主みたいに、レオ丸の中で何かが閃いた。


「よっしゃ! 判った!」


 立ち上がるなり左の掌に右手の甲を打ちつけ、反動で跳ね上がった右手で拳を握り人差し指一本だけを伸ばす。


「旦那さん(だんさん)、その仕草で披露する推理は、大概間違うてまっせ?」


 頭がフケだらけの探偵にいつも遣り込められる警察官の、お馴染みのポーズを取ったレオ丸は、アキNのツッコミを聞き流した。


「ワシの灰色の脳細胞が正しければ……」

「脳細胞は普通、ピンク色と違いますのん? 灰色やったらホルマリン漬けだっせ?」

「ともかく! ワシの推理が正しければ、や!」


 レオ丸は、癇癪を起こした子供のように、咥えようと取り出した煙管を足元に叩き付けた。


「この<妖精の輪>は、未だに現役のはずや!」

「別に引退してるとは、誰も言うてまへんで?」


 駄々っ子を慰める近所のお姉さんのような微笑を湛え、優しく摘み上げた煙管をそっと主人に差し出す、アキN。

 受け取った煙管を咥えて一服、続けてもう一服。

 気を静めたレオ丸は上を向いて、ぽわぁ~っとエクトプラズムのような煙の塊を吐いた。

 五色の煙が、ゆっくりと昇り、じわじわと広がり、薄暗い雲の色に溶け込んで形を失くす。


「何処に飛ばされるかは、行ってみん事には判らへんけど……」


 腕を組み、今日幾度目かの思索の海に没入しかけたレオ丸の耳に、ユイAの歌声が届く。


「♪ 進めや進め諸共に 玉ちる劔拔き連れて 死ぬる覺悟で進むべし ♪」

「……何で自分は、『抜刀隊』なんか知ってるんや? 君はホンマに北欧サーバの出身か?

 まぁ、『兵士の歌』やら『神よアイルランドを守り給え』を歌われても困るけど。

 それはそれとして。

 死ぬ覚悟で突撃するんはエエけど、ホンマに死んだらどうもならんしな。

 ここら辺は境界線が曖昧やから、復活するんがミナミの大神殿になるんか、<赤封火狐の砦(ファイアフォックス・キープ)>の小玄室になるんか、ビミョーやな。

 ……死なない準備を、死ぬ覚悟でするしかないのは、死ぬほど面倒臭いけど!

 <幻獣憑依(ソウル・ポゼッション)>のリキャスト・タイムを待ってたら日が暮れるし。

 日が暮れてから行き先不明の旅には出たないし、此処で夜明かしすんのも嫌やしな」


 ボーン・ゴーレムに手を振って合図を送り、レオ丸は此方へと呼び寄せる。

 物言わぬ巨大な白骨は、馬車を引きながら近づいて来た。

 <妖精の輪>の傍で留めると、馬車へと身を潜らせるレオ丸。

 金貨の詰まった布袋を投げ落とし、<スノーマンの保冷箱>を抱えて降ろす。

 偵察班からの餞別である他の物品は、既に<マリョーナの鞍袋>に詰めてあるので、これで馬車の中は空となった。


「さて、と。……後は人選か」


 鈴を転がすような美しい声で、軍歌を延々と歌い続ける<首無し騎士(デュラハン)>のユイA。

 <スノーマンの保冷箱>に顔を近づけ、クンクンと臭いを嗅いでいる<喰人魔女(キルケー)>のアキN。

 無言で立ち尽くし、微動だにしない<白骨の巨兵(ボーン・ゴーレム)>。


「どいつもこいつも、却下やな」


 五色の煙を溜息で吐き出したレオ丸は、煙管を懐に仕舞うや手を伸ばし、拍手を一つ打ってから頭上で大きな円を形作る。


「二人ともお疲れさん! また宜しゅうな!」


 ユイAは歌いながら、アキNは盛大に腹の虫を鳴らしながら、あっという間にレオ丸が作った帰還の魔法円に吸い込まれて消えた。


「別命あるまで、君は此処でステイや」


 ボーン・ゴーレムに待機命令を出すと、レオ丸はMPゲージを確認した。


「大分減つれるけど、しゃあないわな。都合の悪い現実には、目を瞑ろう」


 再び手を一つ打ち鳴らしたレオ丸は、両手で改めて円を作る。


「天蓬天蓬急急如律令 勅勅勅! 御出座召され、アマミYさん。早よお越しよし、アンWちゃん!」


 レオ丸の作る魔法円から飛び出す、黒い翳と褐色の影。

 宙で渦巻いた黒い翳は、着地するなり人型へと実体化する。


「御用の時だけ便利に呼び出すとは、連れない主殿よの」


 <吸血鬼妃(エルジェベト)>のアマミYは、黒いベールの下から覗く整った唇を皮肉げに歪めた。

 その横では褐色の影が、六本の腕を器用にくねらせ軽やかにステップを踏む。


「一番、アンW! 踊ります!」


 <暗黒天女(カーリー)>のアンWが、緩やかなBGMを口ずさみながらハワイアンを舞い出した。


「……平常運転、有難う……」


 レオ丸は崩れそうになる膝に力を入れて、そう言った。口の中だけで、ワシの決死の覚悟を台無しにすな! と叫びながら。


「さて、アマミYさん。いつも通りにワシの中に入って頂戴な。……噛みつきは無しやで。

 MPが回復したら、ちゃんと提供するから。

 ほんで、アンWちゃん。……アンWちゃん! 踊るん止めてワシの話を聞いてんか!

 アンWちゃんは其処の箱、<スノーマンの保冷箱>と現金袋を持ってんか」


 アマミYは不満そうに口を尖らせるも、直ぐにシックなドレス姿を黒い霧と変化させる。

 黒い霧は音も立てずに伸び上がり、レオ丸の襟元へと吸い込まれるように消えた。

 アンWは不満そうに口を尖らせて、ぶうぶう文句を言いつつ、爪先だけでリズムを取りながら箱を二本の腕で持ち上げ、一本の腕で袋を握り、残る三本の手だけで踊りを続ける。


「ほな、アンWちゃん。ワシを抱えてくれるか?」


 残念そうにだらんと下がった、三本の腕。その内の二本がレオ丸の首根っこを摘み、腰を抱えた。


「……契約主の扱いに対して色々と言いたいけど、まぁエエわ。今は何も言わんとこ。

 では次に、右に二歩、前に三歩、小幅で歩いて頂戴な」


 腕一本だけをヒラヒラとさせながら、三種類の荷物を持ったアンWが<妖精の輪>へと踏み込む。


「……やっぱり全自動式にはなってへんかったか。全ての数字がちゃんと刻まれてたら、踏み込んだ瞬間に勝手に作動するんやろうけどな。

 自分で動かさんとあきまへんか? 自爆装置のボタンを自分で押すんは、嫌やねんけどなぁ。

 あ、アンWちゃん。ちょっとだけ下がって、はい、其処でストップ!」


 アンWの足元を見ていたレオ丸が、煙管を使い指示を出す。


「両足の踵をくっ付けて、爪先を少し開いて。リズムを取らんと、じっとさせて。

 ……後で好きなだけ踊らせて上げるから、ちょっとの間だけ動かんといてや、手ぇもやで!」


 レオ丸は、漸く大人しくなったアンWに苦笑いしてから、徐に表情を引き締めた。

 ゲーム時代には、<妖精の輪>に足を着けたら即座に光り出した、<妖精の輪>を起動させるキーワード。

 それは、魔法円の外縁にはっきりと記されている。

 アメリカ文学史に名を刻んだ児童文学作家の著作を原作とする、ミュージカル映画の劇中歌の曲名であり、歌い出しの一行目でもある文言。

 苦心して思い出す努力さえ必要とせず、改めて見直す必要もないその文言を、レオ丸は緊張しながら言葉として発した。


「 Somewhere over the rainbow 」


 次の瞬間。

 Vの字型に揃えられたアンWの足の下、魔法陣の内円だけが紫色の光を放つ。

 次いで、その周縁外側が藍色に輝き、更にその周縁外側が青色に、緑色に、黄色に、橙色にと、年輪のように次々と輝く光の輪を広げていく。

 魔法陣の外枠が赤色に輝いた時、地に刻まれた全ての文字が火花を発し、魔法陣全体が真っ白に輝いた。

 レオ丸達を中心にした世界を、眩しく包み込む白い光の渦。

 そして光が治まった後。

 馬車に繋がれたボーン・ゴーレムの傍らには、僅かに火花を発する無人の<妖精の輪>があるだけであった。



「……で、此処は何処や?」


 レオ丸は、アンWに抱きかかえられたままで、周りをキョロキョロと見渡す。

 高い天井はドーム状になっており、柱一つない大空間はローマのパンテオンを連想させた。

 違いは、天井に明り取りの開口部が無い事、床も壁もローマン・コンクリートではなく大理石が使われている事か。

 壁全体が柔らかく暖かな光を仄かに放ち、空間内に影らしい影は存在していない。

 視界に展開させた画面の端で、現在地を示す欄が<NO DATA>と明滅していた。


「……<妖精の輪>の魔法陣に刻まれていた“Mm”、つまり1000mが嘘偽りでなきゃ、|<神聖北嶺(モン・サン=ノール)>の何処かのはずやねんけどな?」

「間違っておらぬよ、初めての“客人(まれびと)”よ」


 向こうの壁際に、一つの人影が現れた。

 アンWが荷物を全て床に降ろし、腰に挿した六本の剣の柄に手を添える。

 着地したレオ丸の襟元から黒い霧が湧き出し、鋭い爪を伸ばして戦闘モードを取る淑女の姿になった。

 二体の契約従者に守られたレオ丸は、平然を装いながら手にした煙管を咥える。

 深く一服し、五色の煙を細く吐き出すと、レオ丸は静かに問い掛けた。


「あんたは、誰や?」

「人に名前を問うならば、先ずは自分から名乗るのが礼儀ではあるまいか、<永遠を生きる者(イモータル)>よ」

「そりゃ確かに道理やな。……そやけど時と場合によるわ」

「ほう?」

“世の中(セルデシア)”には、名を名乗った瞬間に仕掛けられる“呪い(カース)”があるさかいな」

「なるほどのぅ。<冒険者>の身分は、伊達では無いと言うことかの?」

「いやいや、伊達や酔狂で<冒険者>をやってんで」


 レオ丸と対話を続ける人影は、壁際から部屋の中央まで静かに歩み進んだ。

 淡い光に全方位から照らされたその者から、一切の影が取り払われる。


「声からして爺さんやと思うとったが、姿かたちも爺さんやったな」

「……確かに、<大地人>としては多くの時間を重ねたが、おぬしよりは若造だと思うがの?」

「ホンマにそうか、見かけが豪いファンキーなエルフの爺さん?

 年齢詐称する奴も、見掛けと中身の年齢が一致せん奴も、今の世の中には嫌になるほど仰山居るで?」

「百歳までは数えたが、その後は数えておらんがの」

「ワシは現実で不惑とちょっと、リアルでは二百なんぼになるんかな?」

「若くて古き者、という事かの?」

「ヤングアダルト、と言って欲しいな! せやけど、ピーターパン症候群とは違うで?」

「幾ら年月を重ねても、性根が育たぬ者は何処にでも居るものよ」

「それは、褒め言葉と受け取ってもエエん?」

「悪口罵詈を浴びて喜ぶ嗜好の持ち主ならば、無上の褒賞かもしれんの?」


 ステータス確認が出来るまでに近づいて来た老人が、快活に笑った。

 眼前の老人の名前を認めたレオ丸の口が、半開きになる。

 ポロッと落ちた煙管が床に当たり、カラカラと音を立てた。


「……嘘やろ? ワシの記憶が確かならば、アンタはとっくに死んどるはずやで?」

「残念ながら、未だに死の深淵を覗き、無に帰した経験は無いがの」

「……って事は、“幽霊”か! マジかよ!」


 愕然としたレオ丸は、崩れるように膝をつき、四つん這いになった。


「こっちに来て、ラッキー! って思うた一番は、幽霊も怪奇現象も存在せぇへん事やったのに!

 登場するのんは、<亡霊(ファントム)>にしても<彷徨う悪霊(スペクター)>にしても、全部倒せる“モンスター”ばっかりやん! って喜んでたのに……、騙された!!」

「……早合点するでない、愚かなる者よ。汝は我輩の、何を見たのかの?」

「へ!?」


 俯けていた顔を上げ、老人のステータスを今一度、確認するレオ丸。

 やがて何事も無かったように立ち上がり、見えない埃を膝から払って、拾い上げた煙管を咥え直すと、レオ丸はやれやれと首を振る。


「死んでへんのなら、死んでへんと言わな」

「言うたが聞こえなんだかの?」


 急に背筋を伸ばしたレオ丸は、恭しく腰を折り頭を下げた。


「重ねての失礼にお詫びを申し上げますわな、消え去りし大賢者殿」

「詫びるのなら、煙管を吸うのを止め、護衛の戦意を治めるのが、先ではないのかの?」


 ジェレド=ガンは顔の皺を更に深くするが、瞳だけは笑っていなかった。

いちぼ好きですさんが御作の『ある毒使いの死』(http://ncode.syosetu.com/n3984cb/)にてリンクを張って下さいました。誠に感謝です。

<エルダー・テイル>が喫煙者にとって過ごし易い世界であるのは、実に有難い事です。

佐竹三郎さんの御苦労、お察し申し上げます。私も何度、「キョーッ!!」と月に吼えた事か。

『残念職と呼ばないで。(仮)』(http://ncode.syosetu.com/n3624ca/)の続きも楽しみ致しており候。

次話投稿は来月になるやもしれません。毎度お騒がせ致しまする。

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