第零歩・大災害+4Days 其の参
加筆訂正を致しました(2014.08.17)。
更に、加筆修正を致しました(2014.11.16)。
[ 汝ノ所業、万死ニ値ス ]
突然、サターン広場に無機質な声が響き渡った。
黒い光球が、広場に集う冒険者達の直ぐ頭上の宙に発生し、それを突き破るようにして無骨な全身鎧が出現する。
それは、プレイヤータウンの治安維持を司る存在、<衛士>だった。
[ 刑ヲ執行ス。死シテ償ウベシ ]
瀕死の状態異常で倒れ臥すレオ丸に、再び凶刃を振り下ろそうとしていた<武士>は、抵抗する間もなく<衛士>が抜き放った巨大な剣に、問答無用で一刀両断される。
鎌倉時代初期かと見間違うような鍬形兜から、全身を隙なく包む黒縅の具足の真下まで、斬り割かれた<武士>。
誰もが身動き出来ないままに、惨劇は収束した。
職務を果たした<衛士>が、熔けるように宙に消えるのと同じくして、<武士>の二つに断ち割られた死体も、光の粒となり消え失せた。
残されたのは、HPがレッドゾーンに達したレオ丸を抱えて恐慌をきたすメデューサのナオMと、狂ったように鳴き声を上げ翼を羽ばたかせるハーピーのカフカS。
ナカルナードをはじめとした<ハウリング>の面々は呆然と立ち尽くし、広場にいた他の冒険者達も彫像のように動きを止めている。
「……医者は、どこだ?」
レオ丸の決死のボケは、誰にも受け止められずに霧消した。
「メディック! ……やない! <施療神官 >は、いねェのかッ!」
「はい! 居ます!」
我に返ったナカルナードの怒声に、慌てて手を上げるアンディーツ。
「おう! そういやそうだったな! さっさと治しやがれ!」
どやしつけられたアンディーツは、街中では起きるはずが無い突発事にまだ混乱しているのか、幾度かの<ヒール>で済む処を、詠唱時間の長い<リザレクション>を選択し発動させる。
柔らかな光に包まれながら、レオ丸は小さくぼやいた。
「……因果応報ってヤツなんかね、コレは?」
数分後、再びざわめきを取り戻した、サターン広場。
その広場のシンボルである、オブジェの前にて。
過剰な回復魔法で即座に全快したレオ丸は、何とも珍妙な格好で地べたに座り込んでいた。
ナオMの蛇身でグルグル巻きにされ、更にその上から、カフカSの大きな翼に包まれている。
召喚従者達の連携による、完璧過ぎる防御体制だ。
端からすれば、イチャラブ状態にも見え、魔物に食われる寸前の姿にも見える。
その前で、体育座りをする<ハウリング>の三人は、何とも微妙で生温かな表情をしていた。
だがレオ丸は、そんな事は気にも留めず、凶行の被害者になりかけた事など無かったかのような口調で、話を再開する。
「さてさて御一同、さっきの続きやけどな。……ここで話すよりも、別の場所で話をしたいんやわ」
離れた処で念話をしていたナカルナードが、戻るなりドッカと腰を下ろす。
「うちのギルド本部に行くか? <アッパーノース>まで行かなならんが」
「いや、そろそろ夜やし、明日にしたいわ。何や色々あり過ぎて疲れたし、今日はとっとと帰るわ」
「まぁ、こっちは別に構へんが」
「ほいで、その話す場所やけどな……」
レオ丸は首を巡らせて、南の方を向く。
「ミナミの外でしたいんやが、<南の朱大門>に日の出の頃で、どうやろか?」
「了解や」
「アンディーツ君と、え~~、イガワン君と金四郎君か。自分らも一緒に頼むわ」
「OKす」
「合点で」
「アイアイサー」
アンディーツと共に、<武闘家>のイガワンと<妖術師>の金四郎が即答する。
「ちょい、キツイ話になるやもしれんが、宜しく頼むわな」
一斉に立ち上がり、軽く頭を下げる<ハウリング>の面々。
独り頭を下げなかったナカルナードが、レオ丸を見下ろして言った。
「ああ、そうや。大神殿の近くにおった団員に連絡したら、さっきの阿呆は復活の寝台で膝を抱えて自失したまんま、ピクリとも動かへんらしいわ。
取り合えず、二度と変な事をせェへんように、監視下に置くさけ」
「おおきに、有難うさん」
「んで、斬られた理由は何やねん? 心当たりがあるんやったら、教えてんか?」
「……あんまり言いたないなぁ」
「何やと、コラ! 言わへんのやったら大神殿からあの阿呆引き摺って来て、もっぺん辻斬りさせんぞ!」
「オッケーりょーかい、話しましょ」
レオ丸は居直ったように胸を張り、あっさり自白する。
「この前、あいつを<PK>しました!」
「はぁッ!?」
「さっきのんは、その仕返しやと思う」
アンディーツが得心して言った。
「それで、因果応報なんすね?」
レオ丸は、てへっと小首を傾げる。
「なんじゃそりゃ!」
ナカルナードは天を仰いで嘆息した。
「ほんで、何でPKしたんや!?」
「その理由も含めて、明日ちゃんと話すわ。スマンが、今日ん処は堪忍して」
陰の差したレオ丸の表情に、ナカルナードは仕方が無いと首を振る。
「しゃあない、今日は勘弁したろ。その代わり、明日はきっちりと話してもらうさかい覚悟しとけや、おっさん!」
「ホンマ御免やで! それと、おっさんやのうて……」
去って行くナカルナード達の背中に、尻窄みとなるレオ丸の抗議。
改めて深々と頭を下げ、レオ丸は彼らを見送った。
「さてと……」
相変わらず警戒音を発しながら抱き締め続けるナオMと、羽毛を逆立てて険しい顔つきのカフカSに、レオ丸は感謝の笑顔を向ける。
「ワシらも行こか」
<ロウワーサウス>の外れにある、所有者の居ない廃墟の一つ。
元は低層マンションとおぼしき建物を、レオ丸は<大災害>初日からずっと住居として、無断使用している。
街中にある宿を利用するメリットが、感じられなかったからだ。
<大災害>が発生する以前ならば、ログアウトの際の安全地帯として、ギルド会館内にホールを所持していない冒険者達の誰しもが、宿屋を利用していた。
勿論、レオ丸もだ。
しかし、ログアウトが出来なくなった、<大災害>後の現在。
現実の意識と感覚の儘で、宿屋を利用する事に利点はあるのか?
レオ丸は、此の世界に囚われてしまった初日から、疑問に思った。
戦闘職に比べれば、体力無しでフニャフニャの魔法職ではあるが、現実世界とは比べ物にならないほど頑強な体である。
故に、野宿をしても風邪を引く心配は無い。
仮に引いたとしても、回復魔法をかけてもらうか魔法薬を飲みさえすれば、簡単に治癒するだろう。
そもそも、風邪を含めた所謂病気に、罹患するかどうかさえ怪しい。
そして、宿屋の利用する他の利点はと言えば、食事だ。
されど空腹を満たす以外は、絶望的な不味さと味気なさに食事状況が支配されているのは、宿屋でも同じである。
更に論えば、ミナミの街に風呂付の宿は、存在しない。
飯は不味く、風呂も無しの宿屋に、果たして宿代を払う価値があるのか?
安全が確保されるという点も、細心の注意を払いさえすれば、宿でも廃墟でも何ら変わりはない。
ならば、放棄された建物を適当に選び、呼び出した召喚モンスター達に警戒をしてもらいながら、夜露を凌ぐ方が合理的だ。
そうレオ丸は、判断したのだ。
無駄金を払う余裕は、今のレオ丸にはないのである。
そんな金があるんやったら、どっかの出店で便利アイテムか消耗品でも購入した方が、よっぽどマシやわ。
レオ丸が、その建物を選んだ理由は、地下に大きな空間がある事が一つ。
元は地下駐車場だったのだろう、パーティ単位での戦闘訓練をしても問題の無さそうな広さがある。
勿論、巨大なモンスターのねぐらとしても、十分な広さが。
「今日はホンマに、お疲れさんでした」
扉の無い入り口を前にして、レオ丸は二匹の召喚モンスターに礼を言った。
「自分らの御蔭で、今日も無事に……無事ではなかったけど、まぁ何とかどーにか過ごせました」
「先程はお役に立てず、申し訳ありませんでした!」
そう言うや、ナオMはいきなり地に這い蹲った。折り曲げられた蛇身が、悔しげに身悶えする。
カフカSも跪き、羽を広げて地に平伏した。
二匹の契約従者による突然の謝罪ポーズに、呆気に取られたレオ丸の口から、煙管がポロッと地に落ちて転がる。
「ですが!」
ナオMはガバッと身を起こすや、勢いよく<イシュタルの遮光眼鏡>を外し、契約主へと投げ渡すように返却した。
「もし雪辱の機会がありますならば、必ずや御奉公申し上げます! この邪眼持ちの名に掛けまして!!」
妖しい光を湛えだす、ナオMの双眸。
その背後で、顔を上げたカフカSが大きく鋭く一鳴きする。
「御主人様のために其の一、オーッ!!」
片手と片翼を天へ高々と勢いよく突き上げ、勇ましい雄叫びを上げるメデューサとハーピー。
「……それは、おおきに。そやけど街中では、穏便にな?」
石化のバッドステータスを受けそうになり、慌てて目を逸らしたレオ丸は、宥めるようなニュアンスで手を上下させた。
「ともあれ、今日はホンマに有難う! 又、次回も宜しゅうに」
レオ丸は両手を広げ、宙に二つの魔法円を描く。
「ほな、今日ん処はお疲れさん!」
ナオMとカフカSは蒼い光に包まれ、瞬時に魔法円へと吸い込まれて消えた。
後に残されたのは、地面に転がる<彩雲の煙管>と、掌に載せられた<イシュタルの遮光眼鏡>。
それらの片方を咥え、もう片方を<マリョーナの魔法の鞄>に仕舞い直す。
五色の煙を吐き出しながら、レオ丸は廃墟にもたれて腕組みをした。
「……どこで、土下座なんか覚えたんや?」
ゲーム時代には片鱗も無かった契約従達の、実に個性的な言動の数々に、レオ丸は沈思黙考に耽る。
どのくらいそうしていたのか。
気がつけば、キラキラと瞬く満天の星空の真ん中で、青白く冴えた光を湛えた月が、静謐に輝いていた。
「おおっと、こらアカン。明日は又早いのに」
レオ丸は、よっこらしょと身を起し歩き出そうとしたが、二歩目を踏み出した処で足が縺れ、躓きそうになる。
廃墟の壁に手をつき、体勢を整えようとして足元に目をやる、レオ丸。
たっぷりとした衣装の上からでも、はっきりと判るくらいに足が震えていた。
「ははは……、今頃ブルって来たんかい……」
改めてもたれるように背を壁につけるが、ズルズルと滑る。
腰を抜かした如く、だらしなく尻餅をつくレオ丸。
「まぁ、そらそうか。……殺されかけたんやもん……なぁ」
唇に煙管を貼りつけたまま吐き出した五色の煙が、ゆるゆると地を這い広がって薄れて行く。
レオ丸は俯き、膝と膝の間に顎を埋め、先日の事を思い返して溜息をついた。
そして、自分が無自覚で引き起こした事が悪因となり、今日の悪果となって我が身に襲いかかって来た事を、自戒する。
「……あん時は、未だにプレイヤーの感覚やってんなぁ……。
今の現実は既にコレや! って事に気づいとらなんだんやわ。
空想の世界での遊びやねんし、其処に命の尊厳なんざあらへん、って思うてたんかもしれへんや、な。
阿呆やなぁ、ワシ。
あん時に何で、気づかへんかったんや?
……いや、気づいてたで。……認めたくなかっただけや。
今の現実から眼を逸らして、お気楽なままで過ごしたかっただけやわな。
せやけど、そうも行かんわ。
直視せんと、此れからはやってられんわ。
例え逃げたとしても、何処にも逃げ場はあらへんねんし。
自分の足でしっかり立って、ちゃんと歩かんと、な。
のんべんだらりと毎日を過ごす事は許されへんのが、今の現実やし。
こんな処でヘタリ込んで、足元の小石を数えていたとて、救われへん。
自分で自分を支えて助けな、誰も助けてくれまへんで、レオ丸君よ!
それに。
自分の都合を誰かに押しつけたいんなら、先ずは自分から行動せな。
考えろ、考えろ、考えろ。
考えて行動しろ、行動しながら考えろ。
時間は悠久やけど、無限やないで。
人生にリキャスト・タイムはあるけど、リセットはあらへんで!」
漸く身を起したレオ丸は、煙管を懐に仕舞いながら地下へと続く階段を、力強い歩調で足早に降って行く。
「遅うなって、ゴメンな~~」
地下室の床を踏みしめた感触が、妙に柔らかい事に違和感を覚えた瞬間。 レオ丸は足を上にして、軽々と宙へ持ち上げられた。
天井付近をふわふわと幾つも漂う、<蒼き鬼火>。
その密かな灯りに照らされて、部屋が真っ白い何かで埋め尽くされている事に、ようよう気付くレオ丸。
「お帰りなさいませ、旦那様。お食事になされますか?」
シルクの衣擦れのように美しい声が、レオ丸の耳をくすぐった。
上半身は妖艶な女性、下半身は恐ろしく巨大な黒蜘蛛。
今日の留守番役だった<煉獄の毒蜘蛛>のミチコKが、薄闇からスルスルと静かに現れ、妖しく微笑みながら出迎える。
「それとも、お食事に、なられますか?」
微笑むミチコKは、口元から鋭い牙をズラリと覗かせた。
鋼よりも強靭な<カンダタの糸>に絡め取られたレオ丸は、滝のような汗を言い訳と共に垂れ流す。
ウィル・オー・ウィスプ達が怯えたように身を小さくし、群れて一つの固まりとなりながら、天井の片隅へと避難した。
濃密な闇に包まれ閉ざされる、廃墟の地下室。
視界ゼロの空間で、逆様に宙吊り状態のにされているレオ丸に、背後から死刑宣告にも似た言葉が囁かれる。
「言い訳は、食事の後になされませ。ねぇ、旦那様?」
その晩、<ロウワーサウス>の外れで。
誰の耳にも届かない断末魔が、か細く糸を引き、ゆっくり静かに消えた。
こゆき先生の御作『西風の旅団』での<衛士>の登場シーンが、あまりにも格好良くて、インスパイアさせて戴きました。アニメも折り返し。毎週土曜日夕方はテレビの前から動けません。