第弐歩・大災害+23Days 其の壱
新章スタートです。以前、12体と書きましたが、wikiを確かめたら召喚術師が契約できるモンスターの上限は16体でした。
色々と訂正致しました(2014.08.18)。
更に加筆修正致しました(2015.02.16)
「♪ でゅ~ら でゅ~ら でゅ~ら でゅ~ら~ら~~~♪」
山道に流麗と響く、歌詞には意味のないスキャット。
人のモノとは思えぬ其の歌声を聞く聴衆は、此の場ではただ独りのみ。
有難いような、そうでもないような、何とも複雑な気分の聴衆は抱いた感慨を端的に述べる。
「……歌上手いなぁ、ユイAちゃん」
「お褒めに預かり、サンキューでーす!」
「色んな意味で泣けてきたわ……」
軍用馬車の御者台に座るレオ丸は、どんよりとした空模様を見上げた。
旅路に付き物の高揚感が、どんどん萎んでいく。
目線を下げれば、疲れを知らぬ<白骨の巨兵>が、骨盤に巻かれた引き綱で力強く馬車を牽引していた。
ゆっくりと馬車が進む山道は、|<神聖北嶺(モン・サン=ノール)>の峰へと続いている。
荒れた砂利道を、ボーン・ゴーレムが一歩また一歩と踏みしめる毎に、耳障りな四重奏がレオ丸の鼓膜を震わす。
砂利と砂利が軋む音。骨と骨とが擦れる音。馬車の車輪が砂利を砕く音。左右に広がる鬱蒼とした茂みから、正体不明な何かの鳴き声。
何処か遠くで落雷でもあったのか、ドーンという音までも更に加味された。
それらをBGMに、御者台に置かれた小さなクッションの上にしっかりと固定された、<首無し騎士>のユイAの生首が、涼しげな声で哀切漂うメロディを奏でる。
因みに、生首以外の部位は、馬車と併走していた。
ユイAの刻むリズムに合わせて、足取りも軽い<首無し馬>。
影よりも黒いその愛馬に跨る、闇の如き黒色の甲冑を着た騎士は、チアリーデイングのバトンのように、ロングソードを振り回していた。
こめかみを揉み解し、気を取り直そうと煙管を吹かすレオ丸。
「……早まったかなぁ、この旅…………」
「続いて吟じましょう! ♪ 鞭声粛々~~~夜河を過る~~~ ♪」
御者台に座るレオ丸は、耳と心に蓋をする事にした。
昨日、<赤封火狐の砦>の出丸へと戻る先遣隊偵察班に別れを告げた後、レオ丸はそのまま<銀照大聖堂>の“地図の間”を一夜の宿とした。
落日前に、<麒麟>のチーリンLを宙に描いた魔法円に返し、替わりのモンスターを召喚する。
夜目が利き、ボーン・ゴーレムと共に見張り番が出来そうな契約従者を、二体。
一体はレオ丸の横で、ファンキーな選曲を素敵な声で歌い上げる、即席ラジカセと化したユイA。
もう一体は、無事に夜明けを迎えて直ぐに、山道を先行しての索敵行動に従事していた。
「旦那さん(だんさん)、おっさん、ゴロゾー!」
その、もう一体の召喚モンスターが大声を張り上げながら、道の遥か向こうに姿を見せた。
手綱を操りながら、無の境地を極めようとしていたレオ丸は、心の琴線を引き千切るような呼びかけに、瞬時に我に返る。
立ち上がるや、額に血管を浮き上がらせながら怒鳴り返した。
「誰が、おっさんや! ほんで、ゴロゾーって誰やねん!?」
大袈裟に両手を振り上げ、地を蹴立ててやって来た薄絹を纏っただけの女怪が、煙管を振り上げたレオ丸の姿に立ち竦む。
「嫌やな、旦那さん。軽い冗談ですがな」
馬車の直ぐ傍まで来ると、科をしながらオホホと笑う、契約従者。
「……言葉に出来ない、この感情をどうしてくれよう?」
「まぁまぁ。人生色々ありまんがな」
「<大災害>からこの方、色々あり過ぎやでホンマ。一ヶ月前と比べたら総天然色の日々やわ」
「ハイカラな毎日で宜しいがな」
「身が灰になって、心が空になりそうな、な。……ほんで、なんぞあったんか、アキNさん?」
「そうですがな、旦那さん! エライこってすで!」
<喰人魔女>のアキNが、御者台に立ち上がったままのレオ丸を見下ろしながら、両手を広げて注進に及ぶ。
「この先が、行き止まりになってましたで!」
「行き止まり?」
「さいでんがな!」
「この道は、ヤマシナからヒエイ聖印大寺院に赴く為の、唯一の道のはずやん?
行き止まりやなんて、そんなはずはないやろう」
「それが、行き止まりになってましたんや!」
「何でや!?」
更に大きく、両手を広げて報告するアキN。
「こんな馬鹿でーっかい岩が、道を塞いでましたんや!」
有志による、ギリシャ殴り込み旅行の最中。
レオ丸は仲間と共に、<アクロポリスの大神領>にあるエラス半島から約五十km隔たった海上に浮かぶ小島、サーウンダイヴァ島に立ち寄った。
其処で想定外のイベントに巻き込まれた際、<人食い鬼>の上位亜種であるキルケーに遭遇し、従者契約を結ぶ事に。
オーガは、通常ならば人と同じぐらいの体長である。猫背で筋肉質。単独行動を好み、武器の扱いはさほど得意ではない。防具も使わない、腕力勝負のモンスターだ。
しかし、レベルが上がると体が大きくなり、妖術を使えるようになる。
レオ丸が従者契約を交わしたアキNは、その妖術使いとなった高レベルのオーガであった。
見掛けは溌剌とした健康美人タイプ。シャープな容貌は、清楚に見えない事もない。
但し、肌は青緑色、くすんだ褐色のザンバラ髪、血のように紅い眼、鋭く伸びた爪と犬歯。そして大柄過ぎるサイズが、魅力を大幅に減じていた。
「こらエライこっちゃ、どないしよ? せやけどウチに出来る事なんか高がしれとるし。ほら、旦那さんも御存知の通り、ウチって非力ですやん? どないしようか考えましてんけど、ウチの頭じゃ考えてもしゃあおませんやん。ほんで、イケズな岩蹴飛ばして、あ~あと思うて、ほんでお知らせしよと思うて来ましてんや!」
更に魅力を減点する、微妙に胡散臭い大阪弁を捲くし立てるアキN。
脱力したレオ丸は、ドスンと腰を落とした。
珍しく空気を読んだユイAが、口を噤み隣を見上げる。
「どないしまひょ、旦那さん?」
三メートルを超えた辺りから見下ろす紅い瞳は、楽しげにキラキラとしていた。
レオ丸は顎に手を当てしばし黙考し、やがて煙管を前に突き出す。
「取り合えず、その行き止まりまで案内してや」
「喜んで! ヒンデンブルク号に乗船したつもりで、ウチにお任せあれ!」
「……安心出来る要素が何処にあるんか、教えてくれるか?」
クルクルと楽しげに円舞し、スキップしつつ先導するキルケー。
生首はメロディーを口遊み、体はリズミカルに首無し馬を闊歩させる、デュラハン。
ノシノシと馬車を引きながら、無言で歩むボーン・ゴーレム。
御者台で煙管を咥え直し、ぼんやりとそれらを眺めるレオ丸。
「……やっぱ自己診断より、岡目八目の方が正しいんかね?」
ユイAの生首が歌う、イタリアにある有名な火山の名前が編み込まれた唱歌を聴きながら、レオ丸は五色の煙と共に独白した。
「<幻獣の主>を名乗る割には、ワシの契約従者は見た目がアンデッドな娘らが多いもんなぁ。
もっと、幻獣系なモンスターの従者を増やさな、沽券に関わるっちゅうか、アイデンティティー・クライシスに陥りそうやな?
<死霊術師>と嘲り罵られへんように、如何にも幻獣って感じのを、なぁ……」
召喚契約を結んだモンスター達を、頭の中で並べるレオ丸。
<蛇目鬼女>、<誘歌妖鳥>、<煉獄の毒蜘蛛>、<家事幽霊>、<金瞳黒猫>、<獅子女>、<吸血鬼妃>、<海魔竜魚>、<暗黒天女>、<麒麟>などなど。
そして今、傍に居るデュラハンとキルケー。
圧倒的に、モフモフ指数が足りない事を自覚する、レオ丸。
「と、なると……ニオの水海でクエストに挑戦するしか、ないかな?」
レオ丸は以前、ニオの水海にて開催された、ある特殊なクエストに挑んだ事がある。
『ニオの水海モフモフ王国』。
関西では有名な、とあるテーマパークとのタイアップ・クエスト。
その時に従者契約を結んだモンスターが、ハーピーのカフカSだった。
「そやけど、あのクエストが未だに存在してるんやろか? 行ってみんと判らんなぁ」
首を折り背中を丸め、物思いに耽るレオ丸。
「着きましたで!!」
耳を劈くようなアキNの大声に、慌てて首を上げるレオ丸。
其処は、登り道が一旦途切れた、山の中腹であった。
階段で例えれば、踊り場のような所。
手綱を引いてボーン・ゴーレムを停め、御者台から降りたレオ丸は足場の悪い砂利道を慎重に歩き、アキNの横に並ぶ。
「んで? アキNさんの言うた、道を塞ぐ馬鹿でーっかい岩って、何処にあるんや?」
レオ丸の視界を塞ぐのは、山道脇の茂みの背後にある森林と、キルケーの巨体だけだった。
路上には、遮る物が何一つ存在していない。
「ですから、行き止まりになってました、って言いましたやん」
悪びれた風もなく、アキNが嘯く。
「確かに、言うてたなぁ。……処で、“人の嫌がる事をしよう”ってどういう意味か知ってる?」
「“率先して人に嫌がらせをしよう!”に決まってますやん。カナミ大姐が、そう言うてましたで」
不意に、レオ丸の脳裏に古い記憶が蘇る。
バージョンアップの度に、<エルダー・テイル>は様々なパラメーターを付加していたが、同じように同人の趣味人達が様々な遊びを加味させていた。
其の内の一つに、“契約従者との相性を診断してみよう♪”というモノがあった。
それを試した際、レオ丸と従者達との相性は概ね最高値を示している。
だが其の診断機能は、当事者同士以外でも診断出来た。
ギリシャ殴り込み旅行の最中、新規契約をしたばかりのキルケーは契約主のレオ丸よりも、同行者のカナミとの方が相性が良かったのである。
ゲーム中のペロポネソス半島では契約主独自の指示よりも、カナミ発信契約主経由の指示の方が反応が良かったような気がしていた、レオ丸だ。
飼い犬は、飼い主に似る。
しかし調教師の言う事を、一番に聞く。
ふと余計な事まで思い出したレオ丸は、大きく深呼吸して吸い込んだ空気を、全て溜息として吐き出した。
「いらんとこまで、似よってからに……。そーいや、岩を蹴った、とも言うてたよな?」
「はいな、言いましたで」
「蹴ったら、岩はどないなったん?」
「あっちに転がって行きましたんや」
アキNが逞しい腕を伸ばして指差す先は、前方の少し山肌を下った所。
視線の高さが違うレオ丸には、見えない辺りだった。
煙管を咥えた口をへの字にして、ゆっくりと歩を進める。
「……さっき、ドーンという音がしたけど、何処っかに落ちた雷と違うかったんやな……」
「見事に壊れてまっしゃろ? アレを見てウチは、あ~あと思いましてん」
「壊したんは、誰や?」
「誰でっしゃろなぁ?」
「爺さんの名を鼻に掛けて! ……犯人はアンタや!」
レオ丸は、アキNをビシッと指差した。
「え? 誰ですのん? 犯人は何処に居てますん?」
アキNは、誰も居ない後ろを振り返る。
お約束のボケに、レオ丸はガックリと膝に手を付いた。
その姿勢で暫く固まった後、再び盛大な溜息を吐き出し、大儀そうに背を伸ばした。
面倒くさそうな顔で首を振り、改めてアキNが指し示した方を見遣る。
前方およそ五十メートル。
山道から少し外れた茂みの薄い所に、小さな堂宇が、あった。
今は、散乱する木片と石塊と化し、ほとんど原型を留めていない。
堂宇があった場所には、巨大な岩塊が真っ二つに割れて転がっていた。
「……山中越えからドライブウェイに入って、行程の半分を過ぎた辺りやな、元の比叡山やったら。
あそこらに、何か重要な建物ってあったっけか?」
しゃがみ込み、腰の<マリョーナの鞍袋>から取り出した地図を広げ、精査する。
精査するまでも無く、地図に記された|<神聖北嶺(モン・サン=ノール)>一帯は、ほぼ空白だった。
重要な施設や注意すべき箇所は、数えるほどしか設定されていない。
ヒエイ聖印大寺院とは、<西の円塔>、<東の根源塔>、<横の三元大塔>、<教宝殿>の四聖堂の総称であり、それらは頂上を囲むように配置されていた。
後は二、三の注意地点があるだけ。
頂上へと至る山道は、小刻みにグネグネとした線で書き込まれている。
レオ丸は、空白の中でのたうつミミズのようなその線を、山裾の方から指で辿った。
現在地と思われる処で指を止めるが、近くには何一つ記されていない。
「現実世界やとケーブル電車の駅がある辺りやねぇ、あそこは……」
地図を仕舞っても立とうとしないレオ丸の隣に、アキNも腰を下ろしおずおずと尋ねた。
「旦那さん、怒ってはる?」
蹲踞の姿勢のまま、煙管を燻らせるレオ丸。
「んにゃ、怒ってへんから安心し。諸行無常諸法無我、形あるもんはいつかは壊れるし……」
「さいでんなぁ、経年劣化での自然倒壊は、どないしようもおまへんなぁ」
「……壊れたんと壊したんでは、全然違うで? アレは、自分が壊したんやで?」
「そんな事もおましたなぁ。若気の至りでしたなぁ~」
「アキNさん、ちょっと其処にお座り」
「座ってますで?」
「胡坐やない! 女の子は又開いて座らない! 正座しなはれ!」
ゆらりと立ち上がったレオ丸の厳しい目線が、慌てて正座するアキNの顔を正面から捉える。
正当な従者契約主として、レオ丸は被契約モンスターに懇々と説教を始めた。
その説教は、ユイAが喉を嗄らす事なく374番まである唱歌を、日光のくだりを歌い上げるまで続いた。
頭に血が上り、人としてあるべき行いを長々と説いていたレオ丸は、ふと我に返る。
モンスターに対して、ワシは一体何をベラベラと言っているんやろう? と。
気づけば、痺れた脚を摩るアキNが、涙目になっていた。
「え~っと、御免な! 偉そうに説教してしもうて!」
アキNの手を取り、立ち上がらせるレオ丸。膝に付いた砂利を掃ってやり、手拭いを渡す。
渡された手拭いで、涙を拭い、顔を拭き、首筋と脇下を軽く撫でた後、音を立てて鼻をかむアキN。
「旦那さん、おおきに!」
「ワシよりおっさんか、君は?」
返された手拭いを顔を顰めて懐に収め、軽く溜息を吐くと、レオ丸は大岩に押し潰された堂宇を指差した。
「ほな、あそこまで行こか?」
契約主にニヤリと笑いかけられ、アキNはキョトンとした顔をし、ユイAも訝しげな表情になる。
「ワシの勘やけどな、あそこには何かがあるで、きっとな!」
ボチボチとミナミの街で、濡羽の暗躍が表面化する時分にて。
どのように書くかを考えながらになりますので、新規次話の投稿は少し時間が掛かるかと存じます。