第壱歩・大災害+21Days 其の弐
色々と訂正致しました(2014.8.18)。
更に加筆修正致しました(2014.12.15)。
堡塁は、大きな石を隙間なく積み上げた上に、瀝青で分厚く糊塗されており、堅牢無比な造りになっている。
五百人の兵士が篭る事を前提として築城されてはいるものの、部屋数はそれほど多くない。
当然ながら、防御力が最重要視される施設であるため、居住性は最低限度になされていた。
窓も少なく昼間でさえ真っ暗な内部は、<マジック・トーチ>や<バグズ・ライト>を使用しなければ、歩く事も覚束ない。
レオ丸は<蒼き鬼火>を頭上に舞わせながら、見るべき物がほとんどない堡塁を、足早に隅々まで案内して回る。
案内される先遣隊メンバーは、信用出来ない胡乱な案内人にダンジョン内部を連れ回されている、そんな気分で後に従った。
三階にある、窓が多く比較的明るい大部屋に到達してから、レオ丸はようやく足を止めた。
「ま、ざっとこんな感じ。残念なくらい倉庫みたいな部屋ばっかりや。
シャワールームは、一階にある扉のない二つの部屋やろな。
排水溝があったさかい……多分。
トイレは、各階の隅にある一番小さい部屋やわ。
んで、見てもろうた通り、家具らしき物も備品らしき物も何もかも、全く何も用意されてまへん。
つまり必要な物は全部、自分で用意しなアカンって事やね。
処で、皆の中で<スザクモンの鬼祭り>に参戦した事のある人は?」
息苦しさから開放され、やれやれといった感じで腰を下ろし、床に足を投げ出していた先遣隊メンバーの約半数が、気だるそうに手を挙げる。
「なるほど。ほな、知ってる人は思い出しながら、聞いてな。
此の部屋の直ぐ外にある通路を使えば、向こうに建ってる砦の三階部分に行く事が出来る。
ほんで砦の四階の奥の方にな、<ギルド会館>の<銀行>と同じ役割をしている兵站部門、主計課ってのがあんねん。
まぁ、所謂“ATM”やわ。
其処を使うたら二十四時間好きな時に、自分の資産やアイテムを引き出す事が出来るよってに。
何でそーなっとるんか、何て事はワシに聞くなよ。
ワシかて知らんからな。
したらば、宿所にする部屋のカスタマイズは各自適当に♪」
「了解しました。部屋割りは後にして、先にすべき事はトイレとシャワールームの整備。男性用と女性用で分ける事ですね」
ミスハが顎に手をやり、ナカルナードに目で合図する。
「営繕班! 早速、作業を開始してくれ。
俺らが、特に女性陣が使い易いように、頼む」
「うぃっす、了解!」
大きく返事をすると、伸びをしながら腰を上げる、太刀駒。
営繕班の面々を促して、徐に部屋を出て行った。
「さて、と。資料を用意したさかいに、ちょっと目を通してくれるかな?
営繕班にも後で渡すけど、探索班と偵察班の皆には、先に熟読しといて欲しい」
レオ丸は、腰に装備した<マリョーナの鞍袋>から、一抱えほどの紙束を取り出した。
ミスハとレモン・ジンガーが受け取り、部屋に残った全員に配布する。
それは、『<ヘイアンの呪禁都>及びその周辺に関する基礎情報』と表題された、ニ十ページ一綴りの資料であった。
「前半はフシミ幻野ヶ原と隣接ゾーンについてで、後半は<ヘイアンの呪禁都>に関してや。
簡略な地図、遭遇する可能性のあるモンスターの種類、採取できる素材アイテムなんかも、砦の文書庫の資料で判明した事は、全て整理して書き記させてもろうた。
ついでにワシの記憶と、友人達から聞き取り調査した内容も、付記しといた。
但し、や。
心して聞いといて欲しいんやけど、な。
この資料は、あくまでも過去の事象を並べ立てただけのモンや。
<大災害>以降の事は、何一つ記してない。
多分やけど。
実地調査をしたら、<ヘイアンの呪禁都>も他のゾーンも、資料内容との差異が沢山あるとワシは思っとる。
……いや、確信しとると言ってもエエわ」
「根拠でもあるんか?」
ナカルナードの疑念に、レオ丸は先日遭遇した新種の<歩行樹>について、詳細に説明した。
ゼルデュスに対した時とは違い、包み隠さず知りうる全ての情報を開示する。
「証拠として提示出来る現物が何一つないんやから、ワシの言を信用してもらうしかないねんけどな?」
レオ丸は鞍袋から更に、二畳サイズの手書きの地図を取り出し、床に広げた。
それを取り囲んで覗き込む、ナカルナード達。
咥えていた煙管を右手に持ち、レオ丸は地図下方の一点を指し示す。
「ご覧の通り、<ヘイアンの呪禁都>を中心とした、近隣ゾーンを含む地図や。
今、ワシらが居るんは此処。<赤封火狐の砦>やね。
ほんで此処を出て、フシミ幻野ヶ原を北上すれば、マウントエスト・ゾーンや。
その狭間には、<トリバネ古戦場>がある。
<骸骨騎士>や<死体戦士>なんかにやたらと遭遇する、エンガチョな場所やわ。
<ヘイアンの呪禁都>のあるエンシェントキャピタル・ゾーンへ最短距離で行くなら、其処を強行突破するしかない。
無事に突っ切れたら、キョウを守護する魔法障壁にして、<ヘイアンの呪禁都>をどうにか封じ込めている南の結界支点、<護国大聖堂>で漸く一休み出来る。
生モンと戦うんが嫌なら、ヤマシナ・エリアを大きく迂回して、ブランリヴィエール大道からマルタ条路を進むしかあらへんけど、そのルートかて決して安全パイや無い。
ルート上にあるナンゼン崩楼門、シュヴァルツタール廃寺、カンム崇拝社殿址。
どこもかしこも、幽体系のモンスターがウヨウヨしとる、鬱陶しい所や。
<彷徨う悪霊>程度ならまだしも、最悪の場合は<死霊王>が出よる」
レオ丸は、地図の中央まで動かした煙管を、右へ大きくずらす。
「ヤマシナ・エリアの東隣は、皆さんご存知の<ニオの水海>。|<神聖北嶺(モン・サン=ノール)>とその下にある<送霊紋山>も含めて、薬草類や鉱石等の貴重な素材アイテムがゴロゴロしとる一帯やね。
そして、ヤマトの西半分の経済を握りこんどる大地人の商人貴族達の根拠地、黄金と欲望の渦巻くオーディアの街。
表通りの広場で連日開かれているバザーに行けば、一般的な商品がほとんど何でも購入出来る。
ほんで此処の裏の顔は、<ニオの水海>を実質支配しとる海賊共の本拠地でもあるねんわ。
ゼゼの略奪市場に行けば、掘り出し物のアイテムが見つかる事もあったりする。
パチモンも多いから、鑑定に自信がなきゃ騙されて、金貨の無駄遣いをしてまうのが玉に瑕やけど」
腰を叩きながら立ち上がると、レオ丸は煙管を咥え一服。
「処で、ちょっと皆の意見を聞かせて欲しい事が、あんねんけど」
地図に注がれていた視線が、レオ丸に集中する。
「ずっと前から、疑問に思ってた事があるんやけどな。
ダンジョンに居るモンスターって、何でダンジョンから出てけぇへんのやろか?」
唐突過ぎる問題提起に、クエスチョン・マークが乱舞する室内。
「漠然とし過ぎてます。もう少し展開して下さい」
全員を代表して、ミスハが発言した。
「<緑子鬼>にしろ、<蜥蜴人>にしろ、<動く骸骨>にしろ、他のモンスター共にしろな。
ダンジョンだろうが青空の下の牧草地帯だろうが、何処ででも遭遇するやん。
それに例えば、<スザクモンの鬼祭り>。
イベント発生の際に<ヘイアンの呪禁都>は、常には<人喰い鬼>やアンデッド共をバッカバッカと阿呆みたいに、ダンジョンから吐き出しよるやん。
まるでフィーバーしたパチンコ台みたいに、な。
ほんで巷に溢れ出したモンスター共は、普段なら安全地帯とされている場所まで襲撃しに来よるやん。
あいつらの居場所は、ダンジョンの中だけに限定される事はない。
と言う事は、や。
モンスターの棲息地域に本来は、境界線なんぞ存在しないって事やんか?
それこそ山から町に下りて来て、我がもの顔で走り回る猪や猿みたいに。
でも、普段は決められた場所にのみ、出て来よるやん。
頑ななまでに、特定の場所のみに。
ほんなら、その法則って何々やろか?
どんなルールに縛られて、行動しとるんやろか?
そしてワシが一番疑問に思ってるんは、そのルールは今も有効なんやろか?」
五色の煙を吐き出しながら、レオ丸は首を捻る。
「<ノウアスフィアの開墾>が導入されて、全ては一変してしもうた。
ワシらのリアルも、セルデシアの世界も、何もかも全てがや。
ワシら<冒険者>が以前と違う行動をしてるんと同じく、<大地人>も以前とは違う行動をしてはる。
ほな、モンスターも以前とは違う行動をするんやなかろうかな?」
「例えば、どんな行動をすると思うんですか、小父様は?」
身長も衣装の丈もミニサイズの、カラフルな<施療神官>が元気よく手を挙げて、可愛らしい声で質問した。
「お…………小父様!?」
言われた事のない呼称に意表を突かれ、素っ頓狂な声を出すレオ丸。
ナカルナードとミスハも、他の冒険者達も目が点になる。
「ボク、何か変な事言った?」
きゃぴるーん、と効果音が聞こえてきそうな仕草で、ぷっくりとした頬に人差し指を当てて小首を傾げる美少女に、レオ丸は動揺しつつ視線を彷徨わせた。
ナカルナードと視線が合うと、助けを求めて目で問いかける。
どうしよう?、と。
頼れるはずの昔馴染みは、歯を剥き出して無言で答える。
知るかボケ!、と。
天を仰いで嘆息し、今までの人生で相対した事のない存在に、レオ丸はどうにか言葉を紡ぐ。
「え、え~~っと、質問に対して質問で返すけど、……自分はどう思う?」
「自分じゃないよ、てとら、だよ!!
キング・オブ・アイドルと呼んでくれても良いよ!」
再び、レオ丸の視線が彷徨った。何故か、絶体絶命のピンチに陥った気になる。
大至急、誰か助けてくれ、旧人類のワシには対処不能や、と。
助けは直ぐに、現れた。
恐慌状態のレオ丸を睨みつけながら、ミスハが寒々とした口調で言った。
「出現数が飛躍的に増える。異種族同士で共闘する。過去に現れた記録のない場所に出没する。
以上の事が考えられると、私は思いますが。……法師の見解は如何ですか?」
感謝の念を込めてミスハに目礼し、大きく深呼吸をするレオ丸。
助かった気がせぇへんけど?、と思いながら。
「ミスハさんの言う通り、やろうな。
更に付け加えるならば、今まで見た事のない種や、ゲーム時代のレベル限界値を遙かにオーバーしたモンスターが現れる。
拡張パックの導入により、ワシら<冒険者>は到達レベルの上限が90から100に引き上げられたやん。
ワシらの仕様がバージョンアップされるんやから、モンスターかて能力が向上されると考えた方がエエんと違うかな?
つまり、レベル91以上のモンスターと、必ず何処かで遭遇するって事や。
それが旧来種の上位型か、はたまた未知の新種になるかは、遭遇してみん事には判らへんけどな」
レオ丸の言葉に室内は静まり返り、ナカルナードでさえも真剣な表情で考え込む。
「<ノウアスフィア>って単語は混成語の一つでな、綴りは<NOOSPHERE>。
“知識集積”の比喩として使われてる、近年の造語やわな。
ウェブの発達により様々な情報が集積されると、この集積された情報が何らかの知的進化を遂げるんちゃうか? って予測・希望した際に使われる比喩的表現、……やったかな?
知的進化が一体何々かは、正直な処は判らへん。
ワシは、こんぴーたー学者やないもん。
そやけど、進化ってぇのは“生物の形質が、時間経過と世代交代により変化していく現象”やんか。
<冒険者>や<大地人>の意識や行動が、<モンスター>の生態や性質が、或いはセルデシアの世界が、<エルダー・テイル>そのものが今までとは全く違うモンに変化するって事やないかな?」
寂として声の無い空間に、レオ丸の独白だけが唯々響く。
「広場でナカルナードたいちょー(笑)が言うてたように、全員が改めて肝に銘じなアカンと思う。
これは既にゲームや無い。
遊んで気が済んだら、ログアウトして終わりにもならへん。
ワシらは暢気なゲームプレイヤーや無い。
殺されても、リセットされへん。
どうやったら現実の日本に帰れるかも、今ん処は判らへん。
食うモンは味気ないし、飲みモンは全て水っぽい。
それでもワシらは、今此の瞬間を生きていかなならん。
いつかは帰れる日を夢見て、な。
絶望的状況かもしれへんけど、希望がない訳やない。
一番の希望は、一人ぼっちやないって事や、とワシは思う。
少なくともヤマトには三万人からの<冒険者>が居るし、セルデシア世界全体やともっと居るわな。
<大地人>とも意思の疎通を図れば、更に御友達の輪が広がる。
一人で出来る事はたかが知れとるけど、三人寄れば文殊の知恵や。
百人寄れば、千人寄れば、もっと凄い事が出来るかもしれへん。
そやけど、希望も目標も持たず努力を怠れば、烏合の衆に成り下がる。
百家争鳴も過ぎれば、百害あって一利無しや。
どうすれば、自分を守れる?
どうやれば、誰かを助けられる?
どうしたら、夢や目標を現実に変えられる?
先ずは、考えよう!
そして、前へ進む努力をしよう!」
「そやな、先ずは行動せな!
例え壁にぶつかっても、俺がダンジョンでやったみたいに、ぶっ壊して進んだらエエんや!」
「……いや、其処は考えようや」
勇んで立ち上がったナカルナードに、レオ丸は冷静にツッコミを入れる。
「考えてたら時間が勿体無いやんけ、人生当たって砕けろ! とちゃうんか!?」
「そらまぁ、侘しい脳ミソのお前やったら、考えるんは休憩タイムと同意語かもしれんけど……」
「何やと、コラ!!」
「当たっても砕けへんのは、総身に知恵が回りかねるお前だけやと、エエ加減気付かんかい!」
「よう言うた! 今度は容赦せぇへんぞ、おっさん!!」
「望む処じゃボケナス!!」
殺伐とした空気が高まり、二人の戦意が解き放たれようとした、正にその瞬間。
「ボクの為に争わないで!」
両手を胸の前で握り締め、しなを作って立ち上がったてとらが、全ての空気をぶち壊しにした。
「取り敢えず、水周りの工事は終了しやした……ぜ?」
営繕班を率いて大部屋に戻って来た太刀駒は、室内を見渡して首を傾げた。
一人を除き全員が、床に突っ伏して倒れ込んでいる。
「一体全体、……何があったんだ?」
「ボク、判んない♪」
てへぺろ、と可愛らしくポーズを決めて、てとらは太刀駒にウインクした。
第7巻に登場致しましたボクっ娘(?)てとら、を出演させてみました。
出演させてみて思ったのですが、実に扱いに困るキャラでした(苦笑)。
レオ丸とナカルナードとの掛け合いは書いていて楽しく、ついつい書き過ぎてしまうので、逆の意味で扱いに苦慮します。
<ノウアスフィア>についての記述は、Wikipediaの説明文を丸々流用させて戴きました。
第8巻にて橙乃ままれ先生が著述されます、モンスターに関する内容が気になる今日この頃です。