第壱歩・大災害+21Days 其の壱
えらく間が空いてしまい、誠に申し訳ありませぬ。次話の投稿は、もう少し早く出来るよう、頑張ります。
評価して下さる皆様方、毎度おおきにさんです。お目汚しではございますが、これからも宜しくお付き合い下さいませ。筆者、三跪九拝。
次話との兼ね合いで、サブタイトルを一部変更致しました。重ねて申し訳ございません。
色々と訂正致しました(2014.8.18)。
更に加筆修正致しました(2014.12.15)。
<赤封火狐の砦>の出丸の敷地面積は、かなり広い。
高校生球児の誰もが憧れる球場に換算すれば、凡そ二個分に相当する。
出丸の規模と比較すれば、無駄なほどに広目なのには、理由があった。
馬場を兼ねているからである。
しかも、冒険者が騎獣として使うのは、普通の馬だけでは無い。
<召喚術師>をメイン職に持つ者、ペット職と呼ばれる<竜使い>や<調教師>をサブ職に持つ者、特定のレイドやクエストを達成した時に召喚用特殊アイテムを入手した者。
何らかの手段で、モンスターを召喚し使役出来る冒険者は意外と多く、使役される多くのモンスター達には、結構な割合で大型種がいる。
<八脚馬><鷲獅子><ロック鳥><召喚巨兵>、更にワイヴァーンの翼竜種等々。
『エルダーテイル』が未だゲームであった頃、<スザクモンの鬼祭り>の時期にパソコンのモニターに映る出丸の光景と言えば、何処を見ても召喚されたモンスターだらけ。
<スザクモンの鬼祭り>は、一部のプレイヤー達の間において別名、“フシミ動物園祭り”と呼ばれているほどであった。
幅のある空掘りが巡らされた中に、高さ五メートルほどに盛り上げられた、人工台地があった。
人工台地は、急勾配の石垣で補強され、頑強な城壁で守られている。
二重になっている城壁の内側には、召喚モンスター用に整備された広大な馬場があり、その最奥に専用通路で砦と直結した、堡塁という三階建ての無骨な建造物が、申し訳程度に建てられている。
例えるならば、険峻な山裾にあるグラウンドだけがやたらと広い小学校、といった風情の軍事施設であった。
その日の午前中、時間にすれば大体九時頃。
砦の前衛を担う出丸のグラウンドに、バルフォーと防人兵団の幹部数名が、常には着衣しない正式軍装で集まっていた。
全員が同じ方向、南西のやや明るい空を見上げている。
「もうちょい、お待ち下さい」
念話を終えたレオ丸が、バルフォーと同じ空へ首を向けながら告げた。
レオ丸の傍には、ナカルナードとトリニータもいる。
やがて、灰白色の空に複数の点が現れ、見る見る大きくなり、その形が少しずつ明瞭になってくる。
最初に、鈍重な巨体が一つ、姿をはっきりとさせた。
二本の触覚を生やした、魚のような面構え。長く伸びた首を、背から広げた蝙蝠状の翼の羽ばたきに合わせて、不器用に上下させている。胴体は鮮やかとは言い難い緑色。北欧サーバはロンデニウムでの、特殊クエストでしか契約を結ぶ事が出来ないモンスター、<蛇馬魚鬼竜>である。
その周囲で編隊を組んでいるのは、一頭のグリフォンと三羽のロック鳥。
更に後続として、五頭の<飛翔天馬>、<魔神の絨毯>が五枚。
それらが出丸の上空に差し掛かるや、次々に着陸態勢に入った。
グラウンドの中央に、ジャバウォックが土煙を立てながら、不器用に着地する。
三種の騎獣が続々と降り立ち、最後に絨毯が静かに接地した。
「懐かしい光景やなぁ」
「おぅ! 久々の“動物園祭り”や!」
小躍りしそうなレオ丸の感嘆に、ナカルナードの声も弾む。
バルフォーは厳しい表情を変えないが、砦の幹部達は見慣れないモンスター達の出現に、動揺を隠せない。
「全員下乗! 整列せよ!」
グリフォンの背から、軽やかに飛び降りたミスハの口から号令を飛び、下乗した冒険者達が機敏な動きで、二列に並んだ。
「駆け足!」
モンスターやカーペットをそのままに、ミスハを先頭にした冒険者の一団が、ナカルナードの前に横並びで整列する。
「ミナミの街冒険者協同組合合同調査団先遣隊二十八名、到着致しました!」
ミスハの挙措に合わせて、全員が背筋を伸ばし直立不動で立つ。
「御苦労! 休め!」
ナカルナードの言葉に、トリニータも混ざった先遣隊メンバーは後ろ手を組み、軍隊式の休めの姿勢を取った。
伊達に大所帯の頭を張ってへんなぁ、とレオ丸は端から感心して見やる。
一呼吸置き、ナカルナードは静かに訓示を始めた。
「改めて言うまでもないが、俺達は此処に、ピクニックしに来たんやない。
ミナミを代表して、戦いに来たんや。
確実な勝利を手にするためにな!
絶対の勝利者になるためには、全員判っているやろうが、入念な準備が必要や。
此れから俺らは、その準備のために、此の出丸を拠点とさせてもらう」
選抜メンバーに選ばれた誇りを胸に、上気した表情で「応!」と声を合わせる冒険者達。
「此処に居てはるのは、この<赤封火狐の砦>の砦将にして、尊敬すべき<大地人>のバルフォー=トゥルーデ閣下だ。
全員、気を付け! 礼!」
上気した表情が戸惑いの顔に一変するも、ナカルナードの迫力に押されて、慌てて姿勢を正し一礼する冒険者達。
同じく頭を下げたレオ丸は、しかめっ面を装いつつ苦笑を堪える。
“ランダー”って何やねん? 、と思いながら。
握り締めた右手の拳をミスリル製の鎧に覆われた胸に当て、ゆっくりとバルフォーが答礼する。
「冒険者の方々の礼節、痛み入る。
紹介の通り、此の砦を指揮するバルフォーだ。
我々、<赤封火狐の砦>駐留のウェストランデ皇国常備軍第一防人兵団は、先に取り交わした協定に従い、ミナミの街より来訪されたる冒険者の方々に対し、この出丸を提供し支援を給する事を約する。
良き隣人、善き協力者として、今後益々の良きお付き合いを願う」
バルフォーの言葉に、正対したナカルナードが深々と頭を下げる。
「此方こそ、宜しく頼みます!」
「「「宜しく、お願いします!!」」」
冒険者達の唱和に、バルフォーは大きく笑みを浮かべた。
最初は不安気だった砦の幹部達も、冒険者達の節度ある姿勢に、いつしか穏やかな表情を見せている。
「砦将閣下、おおきに」
「では、我々はこれで失礼させて戴くとする」
レオ丸へ目礼してから、改めて冒険者達に一礼すると、バルフォーは幹部達を引き連れ堡塁へと去って行った。
頭を垂れてそれを送ったナカルナードは、上体を起こすや向き直り、背筋に力を容れて仁王立ちとなる。
「<大地人>と俺らは、此処では完全に対等の存在や。
<冒険者>の俺らよりレベルもスペックも低いから言うて、侮ったり嘲たりしたら、絶対に許さへんからな!
彼らは俺らと違い、実際の“戦争”に慣れてる本当の、“戦さ人”やからな。
絶対に礼節を忘れんなよ! エエな、判ったなッ!!」
「「「はい!!」」」
「よっしゃ! ……もう一人、皆に紹介するモンが居る。おっさん!」
「誰が、おっさんやッ!」
レオ丸は素早くジャンプするなり、懐から取り出したWCの二文字が記されたスリッパで、一段高い位置にあるナカルナードの頭を、しばく。
スパーン! という小気味いい音に、先遣隊メンバーの大多数が目を丸くした。
ミナミの街で最も巨大なギルドのマスターを務め、最強の<守護戦士>と誰もが認める人物の頭を遠慮なしに叩く、風采の上がらない見かけの男。
ほとんどの冒険者達は、信じられない光景を見た思いであった。
一人笑うのは、ミスハだけである。
「……それよりや、ナカルナード」
「……何やねん?」
手を引っ張ってしゃがませたナカルナードの耳に、レオ丸が囁く。
「<大地人>って、一体何やねん?」
「おっさんが昨日言うた通り、あの砦将は只者やあらへん。
他の将校や兵士達も侮れん存在や。
そんな人らには特別な呼び方をせんと失礼や、って思うただけや」
「それが、<大地人>かいな?」
「せや、一晩考えたわ!」
「そうか、お前のしょっぱくて残念な頭が啓蒙されて、ワシは嬉しい。
節穴のドングリ眼から、ウロコかタラコがボタボタ落ちたっちゅう訳やな?」
「……喧嘩売ってんか、コラ! 上等やないけ!」
「アホやなぁ、ワシがお前に喧嘩なんぞ売るはず無いやん。
ワシは金持ちにしか、喧嘩を売らん主義や。
どぅーゆーあんだーすたんど? 判ったか、脳ミソ素寒貧?」
「……よっしゃ、十年ローンを組んでも、この喧嘩買うたろやないけ!」
「宜しいですか?」
凶暴な笑顔で言い合いをする二人の鼓膜に、尚一層凶暴でありながら絶対零度よりも冷え切った声が、深々と突き刺さる。
胸倉を掴まれたレオ丸と、掴んだナカルナードの首が綺麗に揃って、後ろを振り向く。
所在無げに立ち尽くす冒険者達を背景に、両手を腰に当てたミスハが笑みを浮かべていた。
目は笑っておらず、凶悪としか言いようのない般若面の如き笑顔で。
表情を凍りつかせた<守護戦士>と<召喚術師>は、真っ赤にしていた顔色を真っ青に変え、額から尋常ではない量の冷や汗を滝のように流した。
「ええっとやなぁ、……まぁ、なんだ、これが、そのあの、俺らの特別顧問に就任してもらう奴や」
「……まぁ、そんな感じで御紹介に与かりました、西武蔵坊レオ丸と申します。
初めての人には、初めまして。そやない人には、また宜しゅうに」
おずおずと立ち上がったナカルナードが、ぼそぼそと紹介する。
宙に吊り上げられたままの状態で、レオ丸は気まずそうに会釈した。
少し後。
先遣隊隊員である二十六名の冒険者達が、地面に腰を下ろしていた。
未だ青ざめたままのナカルナードを真ん中に、堡塁を背にして横並びに屹立する先遣隊幹部達。
「では、するべき準備について話す」
当たり前のようにミスハが前へ進み出て、口を開いた。
「先ずは、我々の拠点となる堡塁の整備。
次に、砦周辺の監視体制の確立と、資源となりうる物の発見と採取。
最後に、<ヘイアンの呪禁都>への強行偵察」
ミスハは、厳しい表情で隊員達を睨めつけながら、説明を続ける。
「堡塁の整備とは、住環境の改善も含む。使い勝手が良いように施設全般をリフォームし、不足を感じる部分は即座に新規設備で増強する。
例えば、シャワールームや武具の修理工房。ポーションの製剤所も必要だろう。
担当するのは、<大工><機工師><木工職人>のサブ職を持つ者十名。
これら十名の者は、“営繕班”として任に当たってもらう。
リーダーは、太刀駒!」
ナカルナードの右隣に立つ、<甲殻機動隊>で筆頭補佐を務めるドワーフの<施療神官>が、丸太の如き太い手を挙げ力強く頷く。
「監視体制の確立とは、我々が直に周辺を観察し、防衛体制に不備が生じないようにする事。
又、周辺地域には素材アイテムとなりうるモンスター、植物や鉱石物の存在が確認されている。
兵站の事を考慮すれば、この周辺で採集できる物は余す事なく手に入れられるのが、一番望ましい。
担当するのは、<辺境巡視><鍛冶屋><調剤師><採取人>のサブ職を持つ者十名。
これら十名の者は、“探索班”として任に当たってもらう。
リーダーは、レモン・ジンガー!」
<森呪遣い>らしく皮鎧にマントを羽織ったハーフアルブの美女が、ナカルナードの左隣で優雅に頭を下げる。
「<ヘイアンの呪禁都>への強行偵察に関しては、特別申す事はない。
我々の記憶にある、ゲームの時の状態と差異の有無を、直接行って力尽くで確認するだけの事だ。
幸いにして、此の砦に集積されていた過去データを、特別顧問のレオ丸法師が既に精査されたとの事。
全く未知の場所に行く訳ではないが、油断して良い場所でもない事を心得よ。
残る六名の者に、“偵察班”としての任に当たってもらう。
リーダーには、隊長自らが就かれる。
そして補佐として私と、特別顧問が同行する。以上だ!」
「御苦労、副長」
ミスハが下がり、前に踏み出したナカルナードが殊更厳しく言う。
「今回のメンバーは<甲殻機動隊><トリアノン・シュヴァリエ><壬生狼><ハウリング>、そしてソロプレイヤーから選抜された混成部隊や。
気の合う奴も初対面同士も、ごちゃ混ぜになっとる。
如何にお互いの特性を融合させる事が出来るかが、我々の新たなる試みの成否に繋がるんは、言わんでも認識しとるやろう。
改めて覚悟を決めろよ!
今、俺らが居てる<エルダー・テイル>の世界は、ぬるま湯のような日本とは全く違う世界や!
いつまでも“ゲームプレイヤー”感覚で居ったら、とんでもない目に遭うぞ!
此の世界に居る限りは、此の世界のルールに従うしかない!
泣き言なんぞ、言うだけ無駄やからな!
しかもや、もしかしたら俺らが知らんルールも、有るかも知れんしな?
図太く賢く生き抜くために必要なんは、知識と度胸と仲間や!
以上の事、キッチリと肝に銘じとけよ!」
隊員達は直立不動の姿勢になり、大声で返事をする。
その声に、恐れや忌避の色は欠片もなかった。
「ワシからも、ちょっと補足させてな」
威風堂々としたナカルナードの脇から、レオ丸がひょいと顔を出す。
「此の世界に来てから、既にパーティー戦闘を経験したモンも居てるやろうけど、レイドを経験したモンはほとんど居らへんやろう?
せやからね、此の出丸で過ごす間に砦の兵隊さん達から、集団戦闘の仕方ってヤツを学んどいて欲しいねん。
その旨は既に砦将さんにも、ミナミの方にも了承を得てるよってに。
誰もが、パーティーリーダーのつもりで、その訓練を受けといて欲しい。
もし自分が属するパーティーのリーダーが、自分よりも先に復活部屋送りになったら、どないする?
目の前の溢れかえったモンスター共に、ちょっとタンマ! は効かへんで。
それに、リーダーとしての意識を持ってパーティー行動をすれば、常に最善の行動を最短の手順で出来るようになるしな。
勉強しといて、損はおまへんで。
砦の兵隊さん達は本物の軍人さんやから、ワシら中身は一般人の冒険者が頭でしか判ってへん事を、ちゃんと体ででも理解してはる。
有意義な事を、ぎょーさん教えてもらおうや!
せやけど、タダで教えてもらうんは、実に申し訳ないこっちゃ。
此方からお返し出来るモンで、授業料の代金としようや。
ワシらが<冒険者>として身に着けた事、<冒険者>だからこそ出来る事を、反対に御教授するんや。
人に何かを教えるっちゅー行為はな、自分が物事をちゃーんとを理解してるかどうかってのを見直す行為でもあるやん?
自分のためになる事が、相手のためになる事になり、それが更に多くの人々のためになる。
“売り良し、買い良し、世間良し”。所謂、“三方良し”ってヤツやな。
楽しく楽して生き抜くために必要なんは、手間を惜しまず苦労を厭わず、目配りを忘れず時間を大事にする事や。
以上、補足説明終わり。御清聴、おおきにさんだっせ♪」
隊員達は、理解を示すように深く頷いた。
「各自、リーダーの下に集合!」
ナカルナードとミスハが前に進み出ると、太刀駒とレモン・ジンガーは左右へと離れて立つ。
隊員達は機敏な動きで、三つのグループに分かれた。
「では、レオ丸法師。特別顧問として、早速にもレクチャーをお願いします」
「えっ?」
グループから取り残されたレオ丸は、ミスハの振りに素で返してしまう。
「先ずは、堡塁を案内して下さい。次に、砦の構造と防人兵団について詳しく教えて下さい。そして、此の周辺の地勢や特徴の説明をお願いします。
最後に、<ヘイアンの呪禁都>に関しての注意事項をお話し下さい」
「りょーかい!」
先遣隊に選ばれた三十人の冒険者の顔を見回し、レオ丸は懐から取り出した煙管を咥え、ニヤリと笑った。
そして、大袈裟な仕草で恭しく一礼する。
「ほな、皆さん。御指名を戴きましたんで、そのように。
恐怖と殺戮の世界、フシミ&ヘイアン・ツアーズへ、ようこそ!」
ナカルナードに続き、ミスハとレモン・ジンガーを再登場させました。
ついでに、<大地人>発言を、肯定的に捉えてみました。
処で、甲子園球場二個分は、東京ドームだと1.8個分に相当するようですが、ニュースでよく使われるこの比較方法、私には今一つピンときません。
なんかデカイんやろうなぁ、くらいの感じでいつも聞き流してますので(苦笑)。




