第壱歩・大災害+13Days 其の陸
加筆訂正致しました(2014.8.18)。
更に加筆修正致しました(2014.12.5)。
レオ丸の返答に、バルフォーは豪快な笑い声を上げた。
「実に愉快な御仁だな、レオ丸殿は。儂は別に腐したのではない。汝の主人であるその人の、気質を褒めておるのだよ、御婦人。
……そのように、あからさまな敵意を向けられても困るな」
尖った牙を剥き出しにし、長く伸ばした鋭い爪を隠そうともしない、アマミY。
僅かに体を動かして、ぶつかり合う視線上にその身を入れたレオ丸は、背にしたアマミYへ振り向かずに穏やかな口調で囁く。
「まだ、敵対してへんねんから、落ち着きよし」
その言葉を聞いて、バルフォーは楽しそうな顔をし、ゼルデュスも笑みを浮かべる。
マサミNは伸びをすると、床を蹴って跳び上がり、定位置のレオ丸の頭上へと音も無く着地した。
いつものように、ぐでっと凭れかかるが、油断無くバルフォーを見つめる。
レオ丸は襟元を正し、姿勢を崩さないまま会釈した。
「ウチの連れが失礼を致しました。何卒御容赦を」
「良い良い。主人が侮辱されたとなれば、従者が熱り立つのは当然だ」
バルフォーの面白がるような声音に、レオ丸は再び会釈する。
「その者は、レオ丸殿の警護役なのであろう?」
「エエ、そうです。既に化けの皮が剥がれてますんで、紹介させてもらいます。
<高位吸血鬼>の一種、<吸血鬼妃>で、名はアマミY。
猫は、<金瞳黒猫>のマサミN。
どちらも、ワシの大事な大事な、契約従者ですねん。
ユーレッド大陸の西方出身なんで、ヤマトの方々には馴染みが無いと思いますけど、宜しくお引き回しの程をお願い致します」
簡単に紹介を終えると、アマミYは牙と爪を引っ込めて居住まいを正し、マサミNはだらしなく尻尾を振って、バルフォーに礼をする。
「戦う者が、臆病である事は、とても大事な事だ。臆病であれば、戦いに挑む前に周到な準備をする。そして確実に勝てる戦いしかしない。
但しだ、レオ丸殿。臆病も過ぎれば、勝ち目と引き際を見誤る事となる。
老兵の繰言と思わずに、聞いておいて欲しい。
……まぁ貴殿は既に良く、理解されておられるようだが?」
「歴戦の勇士のお言葉、改めて深く肝に銘じます。御助言に感謝を」
「無事に、互いの紹介がなされた処で……」
場の雰囲気が落ち着いたのを見計らったのか、ゼルデュスが声を発した。
「さて、そろそろ私は、失礼させて戴きます」
「ありゃりゃ、もう帰るん、ゼルデュス学士? ……それとも、どっかに行くん?」
「大人しくミナミに戻りますよ。寄り道をするかもしれませんが……」
「また色々と、御教授を願いたいものだ。いつでも儂を訪ねてくれ」
バルフォーの逞しく、古傷が模様をなしている腕を握る、ゼルデュス。
続けて、レオ丸の傷一つ無い肉の薄い手と、握手を交わす。
「お別れの前に一言、言わせてな」
「何でしょう?」
薄く微笑むゼルデュスに、レオ丸は真顔で言葉を紡ぐ。
「ワシらが元居た世界には、大雑把に言って三つの考え方がある。
生前の行いを、どう捉えるかの違いでな?
悪行を、絶対に許さない思想。
つまり悪行を犯し、悪人と認定された者は、未来永劫許される事はない。
条件付きで、悪行を許す思想。
つまり悪行を犯しても、それを告悔・懺悔・悔悛すれば、罪は許される。
無条件で、悪行を許す思想。
但し、死後の話やけどな。特例を除き、死者に生前の罪を問う事はない。
さて其処で、や。
伝統的にワシら日本人の思想は、三つ目の思想や。
つまり、生前に悪行三昧の生活をしとっても、死んだら無条件でほぼ許してもらえる、って言う思想やわな。
死者の魂は永遠不滅やさかい、大人しいしとってもらわな、生者は安心して生活出来ひん、と無意識に考えるのが、ワシら日本人や。
そやから、鎮魂の儀式で以て丁重に葬り、死者の生前の罪を問わへんようにするんや。
絶対に、寝た子を起こさへんように、な。
処が、やが。
此のセルデシアでは、<冒険者>は不死の存在や。
ワシらには、“生前”も“死後”もあらへん、あるんは“永続”だけや。
永遠に続く生の中に於いて、犯した罪過は許されるのか?
許してもらうために必要不可欠な“禊”は、果たして如何にすべきか?
ゼルデュス学士の、……見解や如何に?」
「……現時点では、答えられません」
「まぁ老婆心で言うならば、日頃の行いだけはホンマ気ぃつけんと、な?」
「御忠告、胸に留めましょう。地獄に堕ちるも堕ちないも自分次第、ですからね」
「ま、お互いに、な」
行儀良くお辞儀をすると、ゼルデュスはテラスの隅へと移動した。
「ではまた、その内に」
床に描かれた紋様の中央で、踵を三回打ち鳴らすゼルデュス。
鮮やかな光に包まれて、その姿が消えた。
「え~っと、……砦将閣下。あの紋様は、何ですのん?」
「あれは、一階層への直通転移陣だ」
「消防署のポールか!」
「“しょうぼうしょ”とは何だ、レオ丸殿?」
「こっちの世界で言うたら、“火消し”ですわ」
「ほう、火消しか。確かに、火消しの詰所には、物見櫓から地上へと素早く降りるためのロープがあるな」
不意に、レオ丸の顔に影が差す。
見上げれば、クリスタル製の天井の向こうで、大きく翼を広げて暗澹としている天空へと舞い上がる一頭の<鷲獅子>。
その背に跨るゼルデュスが右手を振り、マントを翻して南の空へ向く。
「マジなんか、ブラフなんか、それともおちょくっとるだけなんか。
ゼルデュス学士の行動は、相変わらず即断出来んなぁ?」
暗雲が垂れ込める大空を、現実ならば奈良県の方角へと消えて行くグリフォンを見送り、レオ丸は苦笑いした。
「さて、砦将閣下。ワシに、どないな御用がありますのん?」
表情を改めたレオ丸は、同じ方を見つめるバルフォーに問いかける。
「ゼルデュス殿から聞いたが、貴殿は腕の良い<死霊術師>だそうだな」
「それについては、全力で否定しますけど!」
「違うのか?」
「……そう見られてもしゃあない、とは思っとります」
「ふむ、どういう事情かは判らぬが、まぁ良い。
そちらにも、事情があるのだろうからな。
儂からの用とは、貴殿が蓄えられた力量と経験を、儂を含め此処の兵達に僅かでも良いから、分け与えて欲しいのだ。
勿論、タダでとは言わん。
貴殿の望むものを、最大限の誠意で以て対価として支払おう。
この砦を宰領する者として、伏して願い上げる!」
頭を下げるバルフォーの深刻な様子に、レオ丸は黙り込む。
「これは、危急の事なのだ」
ふと気付けば、テラスに居る全ての兵士が、レオ丸に頭を下げている。
「ええっと、……そちらの事情を、お伺いしても宜しいか?」
徒事では無い雰囲気に、レオ丸は慌てて訊ねた。
「恥ずかしい話なのだがな、我々は先日、この砦に着任したばかりなのだ」
「へ?」
「前任の砦将が、キョウの上つ方々の不興を買ってな、左遷されてしまったのだ。
長期に渡り守備に就いていた、砦に居た全ての兵士達と共に、な」
「それは、なんとも……」
「元々儂らは全員、オワリに駐留していた兵団なのだ」
「それって、<オワリ金鯱軍団>と違いますのん?」
「ああ、そうだ。……いや、そうだったと言うべきだな」
「そらまた、遠路お疲れさんで」
「我々は命令一下、何処へでも赴く。それが軍人の有るべき姿だからな。
そして、与えられた使命に、全力で取り組まなければならぬ。
だが、此処に着任したのはよいものの、十全な引継ぎが出来なかった。
前任者は居らず、代わりにいたのは、命令書を預かった執政公爵家派遣の文官と警護の者が数名のみ。
そ奴らも、命令書を渡すやさっさとヨシノに帰りよった。
過去の記録や報告書は、整理もされずに文書庫に乱雑に積み上がったまま。
儂らは実に困った状態に、置かれてしまった。
儂らは此処で、何をすべきなのか?」
「それは、上の方に問い合わせるなり、何なりしはったら?」
「執政公爵家の方よりは、“規定に従い、所要の措置を取るべし”の、有り難いとは言い難い一言だけを、頂戴した。
更に言えば現状の処、前任者とは連絡を取り辛い状況にある」
「……どっかで聞いたような話やなぁ」
「ゼルデュス殿との会話の中で、儂はつい窮状を漏らしてしまった。
すると、“直ぐにナカツカサ島へ迎えの使者を出せば、お望みの人物に会えるはず”だと言うではないか」
「それが、……ワシでっか?」
「実に恥も外聞も無い話だ。だが我々軍人は、悲観主義でも楽観主義でも無く、現実主義者で無ければ任務遂行は出来ない。最後の一兵まで、戦場に立ち続ける為にも、な」
「そりゃまぁ、そうでんな」
苦虫を噛み潰したような顔のバルフォーに、同情を禁じえないレオ丸。
「ゼルデュス殿に聞けば、貴殿は<ヘイアンの呪禁都>にも詳しいとの事。
しかも<ネクロマンサー>だと言うではないか。
であるならば、忌まわしき地より湧き出し、我らが守るべき地を汚す<幽鬼>共にも、造詣が深いのであろう?
儂らにとっては、実に得がたい存在なのだ、レオ丸殿は」
バルフォーは、再びレオ丸に頭を垂れる。
「どうか、儂らに御教授賜りたい」
「それは、砦の総意と受け取って宜しいのん?」
「「「然り!」」」
此の場に居る全ての兵士が、同意した。
「上の方に、お伺いをせんでもエエんでっか?」
「“所要の措置”を取るだけだ。……上の方の、命令通りにな!」
バルフォーが髭面を歪め、歯を剥き出して笑う。
レオ丸は顎に手を当て、しばし熟考するも、溜息を一つし姿勢を正した。
「了解致しました。砦将閣下のお役に立てるなら、喜んでお力になりまひょ」
「おお、有り難い。レオ丸殿、感謝する!!」
「そやけど、ワシも記憶が曖昧な処がありますねん。
<ヘイアンの呪禁都>に突入したんは、随分前の事やし。
だもんで、レクチャーを引き受けるに当って、此方からも要望がおます」
「何なりと申されよ」
「先ず、文書庫に有る全ての書類に、目を通させてもらえまへんやろか?」
「難しい要望だな。貴殿だけで入室するのは立場上、許可する事は出来ん。
だが、やむを得ぬ事態が発生する事もあろう。
例えば、あってはならない事ではあるが、兵士達が書類を整理する際に、偶然にも<冒険者>が入り込んでしまった、だとかな」
「そうでんな。何せこの砦は部屋が幾つもあるから、慣れない<冒険者>が迷子になって、控え室と間違って入り込む事も、あるかもしれまへんな?」
レオ丸とバルフォーは互いに、悪戯っ子のように目を見合わせた。
「それと対価ですけど、な。……馬車を一台、所望したいんですわ」
「それは、何故か?」
「ある程度此処での仕事が済んだ後に、<ヘイアンの呪禁都>を実地調査って名目で強行偵察をしたいなぁ、って思いますねん。
その際に、寝泊り用にしたいんですわ」
「なるほど。……そう言えば、軍備品の馬車が一台、壊れる予定があったかな?」
バルフォーは、兵士の一人に目配せする。
「はい! 残念ながら十五台ある内の一台が、まもなく廃棄期限を迎える予定です。
頑丈な造りですので、実に残念な事ではありますが!」
兵士は、実にわざとらしく敬礼しながら、返答した。
「だ、そうだ。廃棄品を後生大事に置いておくほど、この砦は広く無い」
「ほな、捨てられた物を拾うても、誰も文句言いまへんわな?」
「そういう事だな」
「まぁ、直ぐに捨てんでも宜しいわ。先にしなアカン事が、おますさかいに」
頭から下ろしたマサミNを胸に抱きかかえたレオ丸は、バルフォーの裁可に深々と頭を下げ感謝の意を示す。
その後ろに控えるアマミYも、契約主に倣い恭しく一礼した。
「まだるっこしい遣り取りだっチャ」
マサミNはそう言うと、大きく欠伸をした。
次回は、レオ丸が砦に到着してから数日後の話になる、予定です。
13Days、が予定よりも長くなってしまいました。反省仕切り。