第壱歩・大災害+13Days 其の弐
今は名前だけの巨椋池。もし今もあれば、どんな風景なのかな?と思います。
加筆訂正致しました(2014.8.18)。
更に加筆修正致しました(2014.11.30)。
体を撓らせていた、何とも微妙な未知は、あっさりと倒れ伏した。
コシュタバワーが後脚で蹴り飛ばし、上体を起こしたスフィンクスが前脚でダメージを与え、デュラハンが振り向き様に斬りつける。
光の粒が消えた跡には、僅かな金貨が転がっているだけで、ドロップアイテムは無かった。
「ヴィクトリーです!」
首の無い愛馬から降りたユイAは、首を抱えていない方の手で、アヤカOとハイタッチをする。
「未知、しょぼ!」
呆気ない結果に、レオ丸は心の奥底から、そう言った。
「……でも、まぁ、記念すべき不可思議第一号であるのに、変わりはないか」
『私家版・魔獣亜人大百科』の白紙のページを開き、取り出した<大師の自在墨筆>で、<学術鑑定>した結果を書き込んでいく。
<学術鑑定>は、視界に対象のデータを詳細に表示してくれ、尚且ついつでも好きな時に思い出そうとするだけで何度でも再表示してくれる、実に有難いスキルだ。
他のサブ職と比較して、<学者>というサブ職の特筆すべき点は、格段に記憶力が優れている事である。
研究する為に記憶した事柄ならば全て、例え数年前に視界を掠めた程度のモノであろうとも、思い出そうとすれば即座に記憶を再現できる。
<学者>にとっての記憶とは、記録と同義語であった。
但し、ゲームであった頃は、何一つ利点と感じなかったスキルである。
何故ならば、プレイヤーがゲーム情報をキチンと整理し管理していれば良いだけの話だからだ。
だが、ステータス画面を呼び出しても、メモ帳が存在しない現状では違う。
ゲームがリアルになり、<学者>は漸く<学者>としての存在意義を見出す事が出来るように。
レオ丸は今、<学者>である事を満喫していた。
鑑定結果を余す事無く書き記したレオ丸は、続けて同じく学者スキルの<精密真写>を使い、緻密なイラストを余白に描き添える。
<精密真写>スキルは、サブ職<筆写師>や<画家>が持つスキルと似たようなモノであるが、大きな違いがある。
<筆写師>とは、文字を筆記し多岐に渡る全ての文書を作成する事に、特化した職種である。
そのスキルは、想像の趣くままに、存在しない事柄まで筆写する事が出来る。
<画家>とは、その名称の通り、絵を描く事だけを極めた職種である。
最初は簡単な素描程度だが、レベルが上がる毎に油絵や水彩画、漫画、水墨画等から精密な設計図まで、ありとあらゆる絵を描く事が出来るようになる。描く内容は、写実的なデッサンから妄想・空想の産物まで全て。
一方、<学者>とは、ただ只管に興味の対象を研究し、研究内容を記録する職種である。
実在する事柄から想定出来る範囲内の事は、研究の一環と規定され記録を残す事が出来るが、明らかな空想や妄想を扱う事が出来ず、記録に残す事も出来ない。それが、欠点と言えば欠点であった。
「主殿」
竹林の其処彼処から湧き出した小さな黒い影が集まり、一つのシルエットを形作る。
「お絵描きの時間は、終わりでありんす。この辺りは、トレント種の縄張りでありんす。
此処へ集まり来る十数体のトレント種に、取り囲まれるまでの猶予は無きようでありんす」
顔の半分をベールで隠し、黒い手袋をした喪服の如きドレスの淑女が、冴え冴えとした声で報告した。
「そいつぁ、困ったな」
『私家版・魔獣亜人大百科』を鞍袋に収納すると、膝の土を払い、立ち上がるレオ丸。
「ほな、アヤカOちゃん、ユイAちゃん。一旦お帰りよし!」
レオ丸が軽く手を打ち鳴らし、両の掌で小さな円を一つ作る。
小さな円は、白く輝く渦を伴っていた。
「御意にて」
「シーユーアゲインです!」
二体のモンスターは、小さな円に吸い込まれて消えた。
「さて、アマミYさん。……逃げよか♪」
「主殿は、意気地無しでありんすねぇ」
「平和主義者、なんでな」
アマミYは、鋭い二本の牙を剥き出して哂うと、瞬く間にその姿を黒い旋風へと変えた。
そして躊躇無くレオ丸を呑み込むや、高速回転しながら宙に舞い上がる。
野太い悲鳴を効果音にして、その場を飛び去る黒い旋風。
直後の事。
バンブートレントがわらわらと竹林から現れたが、其処には回収され損ねた金貨が転がっているだけであった。
「うべぇ~~~っ」
密集した竹のトンネルを抜け、光が射す所で急停止した黒い旋風は、着地するなり消滅した。
放り出されたレオ丸は、そのまま地面に蹲り、青い顔色で嘔吐く。
人型に戻ったアマミYは、溜息をつき肩を竦め、お手上げポーズで首を振る。
「主殿は、軟弱でありんすね」
「脱水機に入れられて空飛んだら、誰でもこうなるわい!」
「それよりも、主殿」
「ゲームん時は便利や思うて多用してたけど、この移動方法は考え直さなアカンな……」
「主殿?」
「え? 何んや?」
「わっちは此れより先、役立たずでありんす」
レオ丸が顔を上げると、ゴーグル越しに今までとは違う風景が見えた。
透明度とは無縁の濁った水面が、粘ついた小波を立てている。
広々とした湖沼ゾーン、オグラ冠水帯。
水面から突き出た幾つかの小島を、アーチ状の石橋が繋いでいるが、橋脚だけしか残っていない箇所が目立つ。
目の前の岸辺から次の小島へと渡る架橋も、例外では無く橋桁だけである。
フィラメンツ竹林圏の尽きた出口で、ケイハン街道も尽きていた。
「“吸血鬼種は、橋を渡るか、ボート等を使わない限り、流水を渡れない”。デフォルト設定やね」
「左様でありんす」
「したらば、どうしよか。……怪鳥で空を飛ぶんは、ミナミでしたし、空の旅は当分願い下げやし。地を駆けるんも、足元が不安定やし。
……グズグズしてたら、バンブートレントが群れなして来よるし、な」
ステータス画面で自分のMP残量を確認したレオ丸は、新たなモンスターを召喚する事にした。
「天蓬天蓬急急如律令 勅勅勅! ミキMさん、来て頂戴!」
一際大きく描かれた魔法円が、レオ丸の手元を離れ、青緑色の水面に吸い込まれる。
何かを察したアマミYは、黒い霧状に姿を変え、レオ丸の襟元へと吸い込まれるように消えた。
次の瞬間、鮮やかなエメラルド色の光の柱が、派手な爆音を伴い天に聳え立つ。
濁った水を周囲に撒き散らした光の柱は、間も無く弾けて消失。
そして、<丘巨人>に勝るとも劣らぬ巨大な姿が、幾重もの波紋の中に現れた。
上半身は、腹部から胸部まで煌く鱗に覆われた、青く艶やかな波打つ長髪の美しい女性。
下半身は、脚のようなヒレを左右合わせて六本も生やした、シーラカンスのようなずんぐりとした魚体。
<海魔竜魚>のミキMは腰に手を当て、召喚主に文句をつけた。
「出来ればもっと水深がある所で、呼び出して欲しいんだけど!」
「……そやね。次から、そうするわ」
頭から爪先まで泥塗れのレオ丸は、浅瀬に乗り上げた鯨の如き有様のミキMを見上げて、反省の弁を述べる。
レオ丸の襟元から、アマミYの溜息が聞こえた。
「ほんに残念な、主殿でありんす」
取り合えず<水精霊>を召喚し、体を綺麗に洗い流すレオ丸。
側で見ていたアマミYは、慈悲に満ちた笑みを浮かべてから、頼まれもしないのに脱水機の役割を買って出た。
再び、吐き気を堪えてしゃがみ込む、レオ丸。
ミキMは、醜態を晒す従者契約主を軽々と摘み上げた。
「男の子なら、酸いも甘いも全部飲み込む!」
体育会系精神のミキMに、気持ちまで干乾びたレオ丸は、力無く指先を沖へと向ける。
指差す先には、赤い色をしたこのゾーンで最も大きな島があった。
「いざ、あっちの方へ……うぷ、出航……」
ケートーはレオ丸を摘み上げたまま、のたのたとヒレで泥水を掻き分け、島へと針路を取る。
ぶら下げられて風に当たったのが良かったのか、じきに吐き気は去った。
改めて冒険者の頑強な体に、レオ丸はしみじみと感謝する。
気を取り直し、『私家版・エルダーテイルの歩き方』を鞍袋から引き出した。
「ここって確か、<水棲緑鬼>の巣やったよな?」
ページを捲るが記載が見つからず、首を捻るレオ丸。
「記入漏れか……」
「不安でありんすか、主殿?」
「いや、別に。自分らが居てるしな」
レオ丸は、いつの間にやら自分の襟元へと身を潜めていたアマミYの声に、捻ったままの首を振る。
「処で、主殿」
「ん? どないしたん?」
「空腹でありんす」
「そーいや、お昼時やな」
「調度良い所に、噛み易そうな首筋がありんす」
「それは、……どういう意味かいな?」
「こういう意味でありんす」
首筋に走る激烈な痛みと共に、視界に浮かぶHPとMPのパラメーターが減少していく。
胸の鼓動がドキドキと音を立て、目先が渦に呑まれたようにクラクラしてくるレオ丸。
一方、ミキMはといえば、ある程度の水深を得てからは嬉々としてスピードを上げ、久々の水泳を楽しんでいた。
目的の島へと肉薄する頃、レオ丸の意識は朦朧から混濁へと移行していた。
「着いたよ!」
オグラ冠水帯を真上から見ると、6時55分5秒を指すアナログ時計に、よく例えられる。
長針の先はキョウ及びヘイアン方面へ、短針の先はミナミの方へ。
それぞれへと至る架橋ルートは既に崩れ果て、ズタズタに寸断されていた。
唯一形が保たれているのは、秒針に当たるルート、中心点であるナカツカサ島とヤマシナ・エリアを繋ぐ架橋群だけである。
しかし、実際のオグラ冠水帯は凹凸のある横長の楕円形で、架橋が交差するナカツカサ島は、中心より少し左へと寄った位置にある。
ミキMは、その島の岸辺に干乾びかけたレオ丸を、そっと横たえ合掌した。
「惜しい主人を……」
「まだ、死んでへんよ!」
直径百メートルほどのナカツカサ島は、盛り上がった形をしており、岸辺をぐるりと鳥居に似た物で三重に囲まれている。
起き上がったレオ丸が抗議した場所は、サファギン等の水棲モンスターから島を防備する、鳥居に似た退魔バリケードの手前であった。
口をへの字に結んだレオ丸は、そのバリケードに恐る恐る手を伸ばす。
反応は、特に無かった。
しばし思案するレオ丸。
「ミキMさんや。ちょっとこれに触ってみてくれへん?」
怖がる風も無くバリケードに触る、ミキM。
突然、レオ丸の視界が、赤黒く染まった。
派手な音を立てて、ミキMの手元で火花が破裂する。
「バリケードの退魔フィールドは、問題無く稼動中か」
ミキMは声にならない悲鳴を上げて、岸辺から飛び退き、水中に身を隠した。
「御免やで、ミキMさん!」
バリケードは、<ヘイアンの呪禁都>を封印するシステムの一環である。
封印のシステムが生きている限り、島へ上陸しようとするモンスターだけを完全に排除する。
そして、<冒険者>と<大地人>に対しては、如何なる阻害も与えない。
「これも大事な実証実験なんや、堪忍してや~~~」
レオ丸はバリケードの隙間を擦り抜け、島の頂上へと登り出した。
ミキMの怒りの拳が降る前にと、『私家版・エルダーテイルの歩き方』を小脇に抱え、一目散に駆け足で。
頂上部は、架橋の分岐点が石畳の広場のようになっており、美しく意匠が施された高い屋根に覆われている。
広場の真ん中に腰を下ろしたレオ丸は、メニューから御粥を選び出し、無理からに飲み込んで腹を満たす。
口直しにと、鞄から取り出したリンゴを齧り、漸く人心地を付ける。
「……早く、美味しい料理が、食べたいなぁ」
不意に、ミキMが水音も大きく浮上した。
両手に掴んだ獲物を、目線が同じ高さになったレオ丸に、見せびらかす。
掲げられた左右の手の中で、サファギンが数匹ずつ、逃げようともがいていた。
大漁に機嫌を直し、汚水に塗れながらも美しく破顔一笑するミキM。
「食べる?」
レオ丸は土下座をして、許しを請うた。
その耳に、遠慮の無い咀嚼音と、耳を塞ぎたくなるような断末魔が届く。
ウンザリした顔のレオ丸は、ランチタイムを楽しむミキMに背を向けた。
「うう……、さぶいぼ立つわ」
「食事は、なま物が一番でありんすよ?」
「なま物やのうて生物やん、アレ。……それよりも、アマミYさん。ちょいと其処へお座り」
「何でありんすか?」
レオ丸の襟元から黒い霧が湧き出し、横座りするアマミYの姿となった。
鞄を探り、若草色のブローチを一つ取り出すや、レオ丸は差し出す。
「これを、着けておくれよし」
渡されたブローチを、アマミYは胸元に留めた。
「うんうん。黒地のドレスに、よう似合うとる」
嬉しそうに頷くと、レオ丸は懐から取り出した煙管に、袂から出した小袋の中身を一摘み入れた。
次いで、両手の指を組み合わせて印を結び、文言を唱える。
「我此処に請願す。汝良く解脱し給え。急急如律令直直直!」
大量に吐き出された五色の煙は、アマミYを巻くように渦を描き、ブローチへと全て吸い込まれる。
淡く輝き出したブローチを見ながら、レオ丸は煙管を燻らせ至極満足気に笑った。
「そのブローチ、ワシが許可するまでは何があろうと絶対に、外したらアカンで。約束してな。
さてと、……ちょいと昼寝させてもらうわな」
レオ丸は、アマミYの膝を枕に、横になる。
「誰か来たら、起こしてな♪」
そして、太陽が中天から下り始めて暫し後。
言いつけ通りにアマミYが起こすまで、レオ丸は惰眠を貪った。
サブ職、<学者>って何が出来るんだろう?って暇があれば考えます。
早くTRPGのルールブックが出ないかな?
あっても良さそうな<画家>が無いのは多分、<筆写師>に集約されているからなんでしょうね。
と、以前書きましたが、TRPGリプレイ(祝!発売)にサブ職の一覧が記載されており、やはり、<画家>はありました…。