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第漆歩・大災害+129Days 其の弐

 お待たせ致しました(平身低頭)。

 最近の私の頭は室町時代に大分支配されとりますが、忘れていた訳ジャナイノデスヨー。

 いつ頃からか、ネットや読書で得た、興味の湧いた情報を織り込まなければ話が紡げなくなったのですよ、ホンマ私も困りものでして、御免なさい。

 “人の行く 裏に道あり 花の山 いずれを行くも 散らぬ間に行け”


 ってのは、利休居士が残した言葉やそーやけど、相場師達の間でも大事にされとる格言なんやとか。

 利休居士が言いたかったんは、“誰もが行く道を一緒に行っとったら、ゆっくりと花を楽しまれへんで”ってな事。

 処が相場師の手にかかると、“人と同じ事しとったらアカン、人とは逆の事をせな」ってなりよる。

 どっちにしても、自分の望みを叶えたいなら独自の道を進みなはれ、って事なんやろう。

 ……まぁ少なくとも、ホンマに裏道を行け!って意味やないやろう。

 処がギッチョン。

 今のワシらは“此の世界(セルデシア)”の裏道を、テクテクと歩いとった。

 まさかまさかの展開にポカンとした気分やったのは最初だけで、十分も歩きゃあ珍しい風景にも慣れてくる。

 元の現実にかて此処と似たような奇妙な自然風景は幾らでもあるし、こっちに来てからは奇天烈な光景ばっかし見とるさかいに。

 其れはワシだけやのーて、他の者も一緒みたいやな。

 様子が違うんは、先頭をユラユラと進む供贄のモンだけや。

 ……ふと思ったが。

 供贄の一族って、如何なる種族なんやろうか?

 ステータスをチェックしても、


 < 名前 / 霜亦 >< 管理者(アドミニストレーター) >

 < 種族 / ハーフアルヴ >< 性別 / 男 >

 <供贄一族>< Lv.50 >

 <HP / 4150><MP / 4997>


 としか表示されへんし。

 視認出来る範囲のデータを信用するにゃらば、供贄一族ってのは<大地人>とは別個の種族や。

 ああ、そーゆーたら。

 “此の世界(セルデシア)”の伝承における歴史の始め、とはゆーても<神代>と呼ばれる時代よりもずっと後の、今から約三百五十年前。

 <ヒューマン><アルヴ><エルフ><ドワーフ>の四種族が誕生し、色々あって<アルヴ>が早々に滅ぼされよった。

 んで五十年後、六傾姫(ルークインジェ)が起こした大乱の際に<亜人>がわんさと発生して、<猫人族><狼牙族><狐尾族><法儀族>と<古来種>が誕生したそうな。

 <ハーフアルヴ>も此の時点で既に居ったに違いないわな。

 ワシら<冒険者>なる部外者が登場するんが今から二百四十年ほど前やさかいに、其れ以前の凡そ百十年の間に、“此の世界(セルデシア)”の現存人種は全て出揃ったって事。

 元の現実の地球史やと、初期人類のアウストラロピテクスが登場したんは約四百万年前から二百万年前。

 アウストラロピテクス属から分化して別属となったホモ・サピエンスが登場したんが、約四十万年前から二十五万年前。

 現生する唯一の人類の祖先とならはったホモ・サピエンス・サピエンスがアフリカを起点に世界へ広がり、ネアンデルタール人やホモ・エレクトスなんかを押し退け始めたんが、今からざっと六万年前。

 ……ワシらが学生の頃はホモ・エレクトスやのーて、ピテカントロプス・エレクトスで習ったけど。

 其れはさておき。

 人類は大自然の過酷な環境の中、何万年、何十万年、何百万年って年月を、偶然に偶然が重なった結果を得られる事で、今に至る歴史を積み重ねて来たんやが。

 “此の世界(セルデシア)”じゃ、其れがたったの百十年ほど。

 どんだけ歴史が値崩れしとんねん?

 電電公社が民営化した時の株価と、百円均一商品を一緒に並べた感があるぞなもし。

 しかも、元の現実には化石と痕跡があるさかいに何百万年ってな歴史的価値に、ちゃんと裏づけがあるんやけど。

 “此の世界(セルデシア)”にゃ化石が存在してへんし、痕跡なんかも“神代”と呼ばれた時代だろうくらいのざっくりとしたもんしかあらへん。

 <歩く骸骨(スケルトン)>系統を鑑定したとて、なーんも判らへんやろうし。

 せやさかいに。

 ワシら<冒険者>や<大地人>にも存在する“此の世界(セルデシア)”の現存人類種の<ヒューマン>と、絶滅人類種の<アルヴ>の間に生まれた<ハーフアルヴ>って人類種がいつから存在するんかは知らへん。

 <ハーフアルヴ>が存在するのに、何で<ハーフエルフ>や<ハーフドワーフ>が居らへんのかも判らへん。

 序でにゆーたら、<エルフ>と<ドワーフ>の間に子供が出来るんか、とか。

 <冒険者>の<ヒューマン>と、<大地人>の<ヒューマン>との差は、厳密にゆーたらどないな違いがあるんか、とか。

 善なる人類種と、悪なる<亜人>との間に子供は出来るんやろーか、とか。

 例えば元の現実には、異類婚姻譚が東西を問わずに昔から沢山あったりする。

 吸血鬼と人間の間に生まれる<ダンピール>とか、フランス伝承の『メリュジーヌ』とか、中国の『白蛇伝』とか、日本の“葛の葉伝説”とか“蛤女房”とか“雪女”とか。

 人と人外が結びついて子を為す話が元の現実にあるんやったら、“此の世界(セルデシア)”にもあっても可笑しかなかろーて。

 処が、“此の世界(セルデシア)”にゃ異種婚姻の結果が<ハーフアルヴ>しか居らへん。

 異種族間やと、遺伝的に子孫が作れない仕組みになってるんやろうか、“此の世界(セルデシア)”じゃ?

 野生じゃライオンとパンサーは睦みあって子を為したりはせぇへんけど、動物園じゃ生殖に性交……もとい成功しとる。

 って事は、<ハーフアルヴ>ってのは人為的に生み出された“レオポン”なんやろーか?

 ……違うんよな、『エルダー・テイル』の設定やと。

 かつて“此の世界(セルデシア)”の支配種族の一角やった<アルヴ>が、“魔法技術を独占しとるんが許せん!”って難癖つけられて、他の支配種族によってたかってやっつけられた。

 んで、奴隷化されて性的虐待の対象にまで貶められたそうな。

 ……酷い歴史やが、其れが人類の歴史なんやろう。

 地球上の歴史を振り返れば、大量虐殺(ホロコースト)は至る所で行われているし、1990年代にゃボスニア語でゆーところの“エトニチュコ・シスチェーニェ”所謂“民族浄化”も行われとる。

 有名な処でゆーたら、ツチと呼ばれるグループ、ロヒンギャと総称される人々、ウイグル民族やチベット民族などなど。

 特定の人種・民族が狩られ殺され駆逐される大惨事は、1864年のコロラドでアメリカ合衆国軍が行った“サンドクリークの虐殺”だけやあらへんし。

 凶暴な野蛮人だったインディアンが、平和的な原住民であるネイティブ・アメリカンへと描かれ方が一大転換する起点となった、西部劇『ソルジャー・ブルー』。

 如何に白人が横暴で凶悪で残虐非道な行いをしたかをネルソン監督は活写したけど、実際の“サンドクリークの虐殺”は其の何倍も酷いもんや。

 人類の歴史ってのは“人が如何に人を殺して来たか?”、の累積って一面もあるんだよなー。

 んでまぁ、地に落ち踏み躙られ消された<アルヴ>の血が他に混じり、“魔法適性”が隔世遺伝で現れたんが<ハーフアルヴ>だそーな。

 其の特徴は肉体的にも現れ、舌に特殊な紋様が刻印されるんやが、其れ以外は<ヒューマン>と何一つ変わらへん。

 ……隔世遺伝なぁ。

 たった、百十年やで?

 爺さん世代の悪行が孫か曾孫に報い、程度の範囲やねんから、そらまぁ<ハーフアルヴ>は<大地人>の生活圏じゃあ忌避されるやろーな。

 何せ自分らの悪行の痕跡が、目の前でウロチョロされたら目障りでしゃあない。

 結果として妬みが迫害を生み、後ろ暗さが疎外を生む構図が完成する。

 元の現実でも今の現実でも、ホンに人の世は度し難い。

 此れが動物ならば、生存競争やら縄張り争いで他種と相争う事があるし、グループ内での権力闘争や生殖活動の一環としての雌争奪戦もするけれど。

 少なくとも頭の中の考えや感情の滾りだけで、同族や他族を虐殺したりはせぇへんやな。

 ……猿が猿のままなら動物のままやけど、パンツを履いちまったら武器を振り回すんやねぇ。

 そーいや、とっくの昔に絶滅している古代の哺乳類に“ミアキス”ってのが居ったんやが、実は此の“ミアキス”君は猫と犬の共通の先祖なんやそーな。

 分化したんは、今から五千年前なんやけど。

 “食肉目”の祖先で、アシカなどの祖先でもあるんだそーな。

 今は全く姿形も中身も習性も違うけど、遡れば同じ生き物でしたってゆーのが生物の世界ではよくある事で。

 もしかしたら“此の世界(セルデシア)”での生物進化の過程を検証出来たらば、<ヒューマン><アルヴ><エルフ><ドワーフ>の原生四人種は全て先祖が同じなのやも?


「何処まで連れて行くつもりざぁますか?」

「此の先です」


 有らぬ事、物騒な事、心に移り行く由無し事をそこはかとなく思い巡らしている内に、間もなくゴールだとか。

 結構な時間を歩きながら考え込んでいたように思うんやけど、果たしてワシらはどれくらいの距離をどれくらい歩いてたんやろーか?

 そもそも、時間とは如何にして計るものなのかとゆーたら、太陽の運行を基準とするもんや。

 “二分之一世界(ハーフガイア)”でも一日は概ね二十四時間やし、一時間は六十分や。

 せやけど今居る場所は<オーケアノス運河>、太陽の差し込まぬ地下世界(ペルシダー)や。

 エドガー・ライス・バロウズ御大が記した物語やと、翼竜や海賊や美女やターザンが居ったりする世界で、気がつきゃあっとゆー間に十年が過ぎてしまう世界。

 “渾天説”の真逆の設定やねんけど、同一の設定を持つんが“地下世界”やわな。

 違いは“中”か“外”か、ってだけで。

 “渾天説”は外側が、“地下世界”は中が、時間が経過しよらん。

 此処が、ワシらの知っとる道理が全く通用せーへん場所なんは既に経験済みやから今更驚いたりはせーへんけど。


「皆様、誠に御足労をおかけ致しました」


 唐突に、世界が闇に閉ざされよった。

 そして、光と共に世界が現れよった。


「此処からは船にお乗り戴きます」


 吃驚したなぁ、もう!

 夜中に便所で用をたしている最中にブレーカーが落ちたくらい、驚いたやないけ!

 危うく、三方ヶ原から脱出したばかりの徳川家康になる処やったわ!

 ふと周りに目をやれば、誰も彼もが呆けた顔をしとった。

 ……多分ワシも同じような阿呆面をしとるんやろーな、多分。

 何せ、<供贄一族>の一言で、世界が一変しとったんやから。

 美しくも奇妙な、白地に幾多の青筋が刻み込まれた洞窟は何処かに消し飛び、眼前に広がっているのは対岸が一切見えぬ水平線やった。

 上は、天井が奈辺にあるやらさっぱり判らぬほどの霧に覆われとって、下は、ちょっと足に力を入れただけでキュッと鳴きよる灰色がかった砂浜が広がっとる。

 何処からか微風でも吹いているのやら、其れとも下方にある茫漠とした水面が上昇気流でも発生させているのやら。

 光さえ食い尽くす真っ暗な闇にも似た真っ白な霧は、定かならぬ紋様らしきものを宙にウネウネと描いてやがる。


「此処は未だ知られざる場所として知られている場所にてございまして名を<八街之江(やちまたのうみ)>と申す場所にてございます」


 インドネシアの影絵芝居(ワヤン・クリッ)みたいな笑顔をした男が、ひび割れた声でカラカラと説明しよった。

 霜亦(そうえき)とは違う顔をした男は、踊るみたいにフワフワとした所作で一礼しやがる。


「お前は誰や?」


 肝心な部分が全ての文字が“*”マークで表示されたステータスを持つヤツに初めて遭遇したんで、どう対処したらエエのやら。

 今ん処、判っているのは<供贄一族>って事だけで。


「どうか御安心を」


 ステータスを隠蔽しとって、何をどう安心したらエエんや、コラ!?


「皆様方お初にお目にかかります私は……私は……私は……私は……私は……私は………………」


 壊れた玩具か、針飛びしたレコードか、お前は?

 其れとも、陽の当たる世界ならぬ場所で寝起きする奴は皆、突発性健忘症になるんか軒並み?


「………………嗚呼そうでした私は洞沌(どうとん)と申す者でした」


 < 名前 / 洞沌 >< 案内人(ナビゲーター) >

 < 種族 / ハーフアルヴ >< 性別 / 男 >

 <供贄一族>< Lv.50 >

 <HP / 3999><MP / 5001>


 ステータスが正しく表示されるようになったんで安堵した……って訳もない。


「霜亦は何処に行った?」


 剣呑な声を発しながら拳を握り締めるDD&TT君に対し、洞沌は相変わらず捉え処のない風情で立ち尽くしている。


「彼の者は彼の者が所管する地にあり私は私が所管する地にあるだけの事でございますして此れまでは彼の者が所管する地でありましたが此れよりは私が所管する地でございます」


 ピクリとも動かぬ笑顔でしよった立て板に水の如き説明は、納得できるが納得し辛いものやった。

 其々の管轄する領分が接してはいるやもしれへんが、一ミリたりとて重なってへん、そーゆー事なんだろう? ジャン! って事なんやろう。

 一先ず理解したんは、胡散臭いヤツの代わりに別の胡散臭いヤツが現れた、って事やな。

 此れがRPGやったらば、“会話する”“戦う”“逃げる”の選択肢の中から“縛り首にした後で車裂きの刑に処する” を選ぶんが常道なんやろーけど。

 聖人君子で温厚実徳なワシとしては、“未知との遭遇に対して五段階の音源で意思の疎通を図る” を選ばなならんのが辛いトコやが。


「ほな、洞沌とやらよ」

「何でございましょう」

「ワシらが乗る船ってのは何処にあるんや?」

「其の時が参りましたら自然と現れ出ずる物が船でございますが今はまだ其の時ではございませんので現れ出でませぬ」


 長かろうが短がろうが句読点抜きで喋る洞沌の物言いは、何とも絶妙にワシの神経を逆撫でしやがる。

 周りの者達も同じように感じているんか、鯉口を切る音が二つばかし小さく聞こえた。

 おいおい伝次郎君にムジカさん、まだ抜刀したらアカンで。

 昔々に、海外交易に従事しとった者らもこないな苛立ちムカツキを覚えながら、未知との交流をしとったんかねぇ?

 何言っとんのか判らん者と意志の疎通を図るんは、ホンマにしんどい。

 誰か有用な“ピジン言語”を知りまへんか?

 コレならまだ、“ハイ!”とか“オッケー!”とかゆーて、携帯端末内臓のAI相手に人生相談しとるほーが楽やなぁ……あれ……もしかして……。


「そいつとまともに会話が出来るなんざ思わねぇ方が良いですぜ」


 的を射た指摘がしたんは、洞沌の背後からやった。

 足下の鳴き砂を全く泣き喚かせずに姿を見せたのは、ドワーフの子供と見間違えんばかりの小柄なヒューマン。

 彼は一人やなくて、背後に同じ背格好のエルフを一人従えとった。


「ボクらも散々苦労してるんで」


 “辟易”を絵で雰囲気を纏ってるんはヒューマンの名は強力(ごうりき)ミナモト君、“諦観”を3Dモデルで表現したよーな表情をしてるんは下溜上K-Somersault君。

 どっちも<Plant hwyaden>のギルドタグを着けた、青年や。

 此処は前人未到の地やと思うとったが、月面みたいに人間の足跡がついとったんやねぇ。

 人類にとってはどーでもエエ一歩やけど<冒険者>にとっては大きな一歩、のよーなもの。


「ミナモト、Somersault、御苦労です」


 DD&TT君と麻姑娘々さんを左右に従えた濡羽が労いを口にすると、気をつけして頭を下げる二人組。


「何か変わった事はなかったざぁます?」


 濡羽の斜め前にズイっと出たミルミルムーンさんが問うと、小柄なコンビは如何にも愉快で溜まらないといった感じの笑みを浮かべよった。


「スパイを捕まえましたぜ♪」

「ギルド会館を探ろうとしていたので、ちょいと懲らしめてやりましたよ♪」

「Somersault 兄々(にいにい)、スパイ、アルか?」

「麻姑娘々妹々(めいめい)、其の通りさ……アキバのね」


 元の現実の日常やったら絶対に聞かへん台詞を、何でもないようにサラリと口にする青年達。

 そいつを何でもないように聞き入れる、ワシら。

 すっかりウェルカム・トゥ・ディス・クレイジーワールドに染まりきってしもうたなぁ、ホンマに。

 タフボーイは君だ、タフガイは僕だ、ってか?

 残りのお前は誰だと、彼らから洞沌に目を移したら、アンノウンは形容し難い笑みを浮かべたまま黙して語らず立ち尽くしとる。

 ……コンピーターのスリープ状態みたいに、な。


「アキバ……円卓会議……?」

「恐らくは」

「濡羽様の御推察の通りかと」

「会わせなさい、私が直に問いただします」


 ふと胸に芽生えた疑惑を何らかの言葉で表現しよーと、口の中でモニャモニャしとったらば、濡羽他の者達は何処かへ移動しよーとしとった。

 自分ら何処行くん?


「では其の者の元へ、濡羽様を案内するざぁます」


 あ、取っ捕まってひん剥かれて牢に放り込まれた可哀そうなヤツの所へ行くのね。

 ゾロゾロと連れ立って歩き出す濡羽らに対し、洞沌は一礼しながら言いよった。


「時到りなば疾く御案内申し上げ致しまする故に暫時お待ち下さりますよう願い上げまする」


 ほな、自由行動としよーか。

 “人間”ってプレートを貼られた檻のある場所は、直ぐ其処にある白亜の建物らしい。

 強力ミナモト君の指さす方を見れば、確かに其れらしい建物が其処にあった。

 足元の白砂と全く同じ色しとったんで、全然気づかへんかったわ!

 まさか、建物が保護色で景色と同化しとるとは、中々小憎らしい事をやるな異世界め!

 人を檻に寝泊まりさせる趣味も、其れを見学する性癖もないワシは、濡羽達と別れて其の辺をブラブラする事にした。

 ワシのお供は三人や。

 伝次郎君とムジカさん、……はて、後の一人は何方さんや?


「あ、アタイの事は気にしないで下さい……通りすがりのただの密偵ですから」

「ああ、なるへそ、ほな気にせんで……って気にせぇへん訳にいかんやろーが!」

「細かい事を気にし過ぎると、警視庁では相方がコロコロと変わる人生の墓場行きになるそうですよ」

「ワシの相棒は常に藪から棒やし、人生どころか住処に墓場が併設済みやから問題なしやさかいに」

「それなら安心ですね」

「いや、今まで居てへんかった人間がいきなり居るんやもん、メッチャ不安やけどな?」

「申し遅れました、アタイはインティクス官房長の下で内部監査を担当している密偵組の一員で、喜多方赤太夫と申すものです」

「密偵って、そないに堂々としとってエエのん?」

「いやぁアタイって生まれつきのガサツ者なんで、ガサツ過ぎて出産予定日の一月も前に母親のお腹から自発的に飛び出したくらいでして」

「そりゃあ、慌てん坊のおっちょこちょいやなぁ」

「そんなに褒めないで下さいよう♪」

「いや褒めれてないでしゅら」


 照れながら頭を掻く赤太夫さんの脳天にクリーンヒットする、ムジカさんの小柄。耳に心地好いくらい、ピシリと綺麗な音がしよったな。


「痛ひ」


 よよと泣き崩れる振りをする赤太夫嬢を、伝次郎君が厳しい眼差しで見下ろす。


「おい、赤太夫。

 何を企んでいるんだ?」

「アタイは何も企んでないよ、ホントだよ?」

「ほな、誰が企んどるんや?」


 顎に人差し指を当てながら、疑問形で可愛らしく小首を傾げる自称・密偵に疑問形をぶつけたら、実に楽しそうに笑いやがった。


「御眼鏡違い、かな?」

「なるへそ」


 何とも判り易いヒントくれるもんやね、お嬢さん。


「もしも御眼鏡に適うたんなら、何ぞ其れなりの御言葉なんぞ頂戴したいもんやけどな?」

「ならば御伝え致しましょう」


 ワシら四人と、一人以外に人影が見当たらないのを確認してから、赤太夫さんはピンク色のリップも鮮やかな唇を大きく吊り上げる。


「捕まえた者の名は、大嶋と言う名のドワーフです。

 <吟遊詩人(バード)>の割りには、ちっとも歌わないのでミナモトもSomersaultも困っていましてホントの話。

 どうやって、此処まで入り込めたのやら?

 もしかしたら<Plant hwyaden>内部に手蔓があるのかもしれないと、疑念が発生しているとの事」

「偶然、ってのは?」

「可能性はありますが、偶然起こった事象を再観測するのは困難ですからねぇ」

「可能性よりも必然性を重視した方が、吉ってか?」

「はい、必然性は幾らでも見つかりますから」

「……と、ゆー方針を?」

「はい」

「さよかー……痛い腹を探られるより、痛くない腹に手ぇ突っ込んで腹膜炎を起こさせる方がエエわなぁ」

「そういう事です」

「どういう事ですか?」

「私にもさっぱりでしゅら」


 伝次郎君とムジカさんが説明を求めて来るんやけど、話してエエのかどーなんか……どーしよう? と思っていたら。


「アタイ、表はインティクスの部下なんですけど、裏はゼルデュスの配下なんですよ。

 判り易く言えば、ダブルスパイ♪」


 赤太夫さんがあっさりバラしやがった。

 ホンマに自分は密偵か?


「法師は前から御存知だったのでしゅら?

「いや、其処まで買い被らんとってや、ムジカさん。

 ワシが彼女と面識を得たんはついさっきの事やし、彼女が陰険眼鏡の意を受けて行動しとるって気づいたんも、今し方の事やし」

「此の形容し難い場所は濡羽様の所管する所、引いては官房の管轄になるので」

「ゼルデュスの与り知らぬ場所になるさかいに、手下を潜り込ませたって事なんやろう」

「なるほど」

「……人選ミスやと思うけどな」

「納得でしゅら」

「納得しないでよ!」


 プンプンとお冠のポーズを取る密偵と、苦笑いを浮かべる護衛役達。

 其の姿は、梅田や難波や天王寺の街角で見かける十代二十代の若者らと、何一つ変わりやしない。

 怖気を震うくらいに物騒な事も口走るし、箸が転んだだけで他愛もなく笑い転げたりもする、普通の青年達や。

 ワシかて不通の中年やし……って誰が便秘気味やねん!ってなボケはさておき。

 狂ってる訳やない。

 せやけど、“此の世界(セルデシア)”に狂わされてはいるんやと思う。

 元の現実で主人公が別世界に転移する話は数多あり、数え切れんほどに読んだり観たりしてきたけど。

 例えば『火星のプリンセス』で開幕するジョン・カーター・シリーズ、『ナルニア国』に『スペルシンガー』、大好きな『ハロルド・シェイ』シリーズ等など。

 アニメも、ミラクルな大作戦だったり、聖戦士だったり、神秘の世界だったり、魔法騎士だったり。

 今のワシは差し詰め、デジタルな世界に行って進化するモンスターで戦う少年達の亜流やな、オッサンやけど。

 どの物語も、望まずに転移させられた主人公達は皆、現実と異世界とのギャップに悩み、否応なく納得させられとった。

 自ら望んで異世界へと旅立ったハロルド・シェイですら、準備万端整えたアイテムが使えずに右往左往する始末。

 使えなかった理由は、物理学の常識が違ったからだった……よな、多分。

 『銀河ヒッチハイク・ガイド』みたいに、昨日まで当たり前にあった日常から強制的に隔離されたワシらやけれど、主人公のアーサーみたいに右も左も判らぬ世界におっぽり出された訳やあらへん。

 “此の世界(セルデシア)”はワシらにとっては既知の世界やったし、ヒッチハイク・ガイドも充実しとる……筈やねんけど。

 実際には違い、ってゆーよりは間違いだらけで、一つ一つを数え上げたら広辞苑よりも分厚い正誤表が出来てしまいそーやわ。

 体感としての違い、認識としての違い、そして体験としての違い。

 其れらが全てない交ぜとなって、ワシらを頭の中から狂わしてるんやもしれへんな。

 或いは、“此の世界(セルデシア)”自体が狂ってるんか?

 ふと彼方を見遣れば、三十メートルほど離れた所で“此の世界(セルデシア)”の狂いの一端みたいなヤツが、相も変わらず微笑んだままで此方を見ていやがる。

 ……右斜め四十五度からチョップをかまして、直る程度の狂いやったらエエんやけど。

 経年劣化による画像の乱れやのーて、そもそも設計図の段階から逝かれていたとしたら、ワシらに出来る事はあるんやろーか?

 東京タワーの展望台で仲間と抱き合いながら、“こんなオチってないよ!”って叫ぶ羽目になりそーな展開やけどな。

 いっその事、“此の世界(セルデシア)”に飛ばされた全員でいっせーのーでっ! で自殺してみるってのはどーやろう?

 “此の世界(セルデシア)”の因果律に極端な負荷をかけてみたら、大きな変化とならへんやろーか?

 ブラジルで十万匹の蝶が羽ばたいたら、テキサスどころか北米大陸が崩壊するくらいの竜巻が発生するやろうし。


 ♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪……


 天空から鳴り響く突然の短いファンファーレとピアノっぽい旋律、何処かで聞いた事あるよーな?


「起動音?」


 せや、伝次郎君の呟く通りに、今は昔の“95”バージョンの起動音そっくりや!


「皆々様方お待たせ致しまして誠に申し訳ございませぬ時が至りましたので何卒御参集の程を願い上げます」


 洞沌が明後日の方向を向きながら口上を述べた途端、空を覆う霧が嵐の雲のように大きくうねり出しよった。

 そして、(ウィンドウ)……のような歪んだ正方形の切れ間が生まれ、赤色、緑色、青色、黄色と四色の光が交互に点滅し、鏡面のように小波一つない水面を無駄に明るく染め上げよる。

 ……“此の世界(セルデシア)”って、ビル・ゲイツ氏とポール・アレン氏からの出資で出来とんのか、おい?

 鳴り響いたファンファーレと旋律がよっぽど大きかったんか、其れとも防音設備が施されてなかったんか。

 何事かと濡羽達が、カモフラージュ型の収容所(スローターハウス)からワラワラと飛び出して来よる。


「どうか御乗船下さいませ」


 慇懃無礼としか言いようのない態度を崩さへん洞沌の背後に、浮かぶ一隻の船。

 全長三百キュビト、全幅五十キュビト、全高三十キュビトよりは随分と小さい、半分くらいか、サイズの方舟ならぬ船底が平べったい箱型の船やった。

 大阪城の堀に浮かんだ御座船みたいに、屋根のついた乗合船っぽいけどな。


「御乗船下さいましたならば片時もお待たせ致す事なく出港と相成りますのでいざいざ」


 まるでメフィストフェレスみたいな笑顔をした渡し守(カローン)は、平坦な声でそう言いくさりやがった。

 今回も、新キャラの登場です。

 お気に入り登録して下さいました、水源様、ソルト様、takataka様には最上級の感謝を(平身低頭)。

 キャラクターデータは、また活動報告にて。

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