第漆歩・大災害+124Days 其の壱
長々とお待たせ致しまして、誠に申し訳ございません(平身低頭)。
一部、改訂致しました(2017.10.15)。
サブタイトルを変更致しました(2017.10.22)
シャランシャランと銀の鈴が鳴る。
踏みしだかれた真っ赤な落ち葉が、サクサクと音を立てる。
数えれば三桁になるやもしれぬ胡桃ほどの大きさの鈴の立てる音は、喧しくも五月蝿くもなく清浄なる音色を奏でていた。
刻限は、朝日が山の稜線から顔を出し中天を目指してから大分経った、昼時には少し早い頃の事。
場所はアオニ離宮を発しミナミの街へと到るハンナ大道の途上、、経由地である山岳都市イコマに通じる山道に差しかかった辺り。
西へ西へと進む一団が跨る騎乗系モンスターが、其の音源であった。
山岳都市イコマ、アオニ離宮、古都ヨシノを含む一帯、元の現実であれば奈良県の大半に当る地域は、“此の世界”では<マホロバ郷界>と称されるエリアである。
幾つかのゾーンに分けられてはいるのだが、一括りにされているために共有クエストが存在する地域であった。
冒険者達が騎乗しているのは、其の共有クエストで入手出来るアイテム<飛火の笛>で召喚可能なモンスターである。
名を<神護の白鹿>といい、体格は平均的なサラブレッド並み、頭部に生やした二本の角には名称の通り幾つもの鈴のようなモノがついていた。
シャランシャランシャランシャランと銀の鈴、サクサクサクサクと真っ赤な落ち葉。
轡を揃えた二十体のホーリーベルホーンの群れが合奏する度に、淡い輝きが宙に舞い上がり、ゆるゆると地へ舞い降りて行く。
貴人の通り道に花弁をふんだんに撒くかのような具合で、優しく清められていくハンナ大道。
そんな天然の紅い絨毯の上を僅かな地響きを立てて、のっしのっしと大股で闊歩するモノが居る。
巨木を思わせる四本の足の持ち主は、何とも眠たげな表情をしていた。
ホーリーベルホーンと同じく、マホロバ郷界での共有クエストで契約出来る特殊騎乗系モンスターの<地鎮の石亀>。
大型の4WD車よりも一回りは大きい体躯の背には、車輪と引き棒が外された人力車のような座席が設置されていた。
「“奥山に 紅葉踏み分け 鳴く鹿の 声聞くときぞ 秋は悲しき”って詠まはったんは、猿丸太夫さんやったなぁ」
「豪く暢気なご様子ですね、法師?」
薄曇の空に浮かぶぼんやりとした太陽から視線を水平へと移せば、レオ丸の視界に映るのは不機嫌を立体化したような表情の同乗者が、イライラとしながら腕組みをしていた。
「ライク・ア・ローリングストーンな気分とゆーか、時の流れに身を任せるしかねーってゆーか……ウッキー気分?」
「全く!」
首を竦めながら、不躾なほどに苛立たしさを露にする同乗者から視線をついっと逸らしたレオ丸。
悪びれもせずにそしらぬ顔で心持ち頭を下げて、周囲を取り巻くように護衛役を務める冒険者達をしげしげと観察し出す。
鹿型モンスターに跨る冒険者達がお揃いで着用しているのは、神聖皇国ウェストランデ近衛都督府に所属する騎士達の制服によく似た衣装だ。
しかし四十代以上のアニメファンが見れば其の衣装は、未だに多くの者が支持する劇場アニメ作品に登場する前近代的な装備の衛士隊の制服ともそっくりに見えた。
世界的大泥棒の孫を捕まえようと右往左往し、日本の機動隊と乱闘を繰り広げ、劇中にて噛ませ犬の役割を果たした架空の公国の衛士隊。
時代がかった古めかしい格好をした二十名の冒険者達を眺めながら、レオ丸は人目を憚らず大欠伸をする。
そんな緊張感の欠片もない鼻先に、スラリと伸ばされた右の人差し指が突きつけられた。
「法師もお人好しが過ぎると言うか、バカ正直と言うか、安請け合いと言うか、バカ真面目と言うか、定見のないと言うか、バカ丁寧と言うか」
「そないにバカバカばっか言われると、我ながら莫迦な事しとるんやないかって思うてしまうなー」
「事実を事実と認める事は必要ですけど?」
「いやまぁ、せやねんけど……現状を打破出来るんかどーかが判らへんから、どーしよーもないってゆーか」
「<契約者のペン>による“呪縛”ですか……」
「せや」
九十日ほど前、ハチマンにてレオ丸とゼルデュスとの間で交わされた契約書に記された一文、
“一つ、ゼルデュスに格別の用が生じた際には、西武蔵坊レオ丸は万難を排除して一致協力する”。
その際に使用した<ファウストのペン>と別名で呼び慣わされているアイテム、<契約者のペン>。
何かの契約書に此のペンで署名すれば、其の書類の内容を“呪縛”として署名者に科せられるのだ。
“呪縛”という強制力が働けば、対象となった者は否でも応とさせられてしまう。
ゼルデュスは未だに“格別の用”に基づく要請を取り下げておらず、レオ丸は己の意に反した状態で時を過ごさざるを得ないでいる。
しかし其れは、レオ丸の自業自得であった。
契約書に<契約者のペン>で互いに書名をする事を求めたのは、レオ丸の方であったのだから。
ハチマンにてゼルデュスとテーブルを挟んだ時点で、レオ丸は砂上の楼閣的な優位を占めながら交渉を進めていた。
己の足元をより強固にするため、レオ丸はゼルデュスに所有するアイテムで契約を結ぶ事を求めたのだが、まさか其れが己の足を束縛する事になろうとは。
大昔のヤクザ映画にありがちな、海底に沈めるために用意されたセメントで満たされたバケツに、自ら両足を突っ込む羽目になろうとは。
迂闊ばかりのレオ丸ではあったが、斯様な痛恨事はまさに予想外であったのだ。
契約締結の時、己に課せられた責務を無視するつもりで、気楽にほいほいと署名してしまったレオ丸。
先々に見返りを請求されても、遠くにいるから無理、の一言で突っぱねられると安易に考えていたからだ。
処が、紆余曲折が……其のほとんどがレオ丸の思いつき行動が累積し過ぎた結果、ゼルデュスの言う“格別の用”から逃れようのない距離に居てしまった。
“バカ”を連発されての罵倒も致し方ないところ。
レオ丸としては“世の中間違っとるよ”と言いたい気分はあるものの、“誠に遺憾に存じます”と言える立場にない事も自覚している。
“遺憾の意”とは、第三者の立場で“残念です”と言うものであって、当事者及び関係者が言うべき言葉ではないのだから。
「まぁ、イヤダイヤダでホホホイのホイから抜け出す方法ってぇのが、全くない訳やないんよ」
「へぇ?」
「契約を結び直せば、エエだけなんよ」
「……どうやって、です?」
「……どーしたもんじゃろのー」
「ソレは私の台詞です」
「愚痴は言うまい、こぼすまい、コレが男の生きる道ってゆーかワシが選んだ道の結果やねんけどねぇ」
「中途半端はよした方が良いですよ……バカは死んでも直らないんだそうですから」
「バカでござんすよ大馬鹿で……、そいでもゴリガン一発生き抜こうの精神で頑張りゃ、其の内何とかなるんと違うかな?」
「ゴリガン……って何です?」
「……誠に遺憾に存じますが、ワシも知らんのよ」
同乗者は、体裁を調えられずに尚いっそう首を竦めたレオ丸を見て、呆れた顔をしながらも少しだけ安堵したような吐息を洩らす。
「其れで、“井戸端会議”とやらは順調に進展してるんですか?」
「<委員会>組織制度改革準備会議、って名前やけどな。
まぁ“ドタバタ会議”なんは確かやけど、毎日十歩進んで九歩下がるってな具合で順調に進んでまっせ。
実に見事な迷走っぷりで、五十メートル走を粘菌と競ったらぶっちぎりで勝てるかどうかは、疑問やけどね。
……何度か暗礁に乗り上げては、船底をベニヤ板で補修しての航海真っ最中やさかいに、まぁ安心しておくれよし」
「何処に安心材料があるのか教えて欲しいんですけど」
「まぁ、何事も産みの苦しみは大変やって事やね」
「ゼルデュスとタッグを組んで、未来ある若者達が語る純粋な理想図を呵責なく滅多斬りにして、毎回毎回ズタボロにしているようですが?」
「そんな人聞きの悪い……せめて“北風と太陽”と」
「“ブリザードと太陽フレア”の間違いでは?」
「どっちも、あるがままの自然の営みやねんもん、しゃーないわなぁ」
「人為的で恣意的に過ぎるでしょうが」
「人間もまた自然の一部とかゆーやんか、鶴亀鶴亀」
「……其れで、グッド・コップとバッド・コップは上手く利益誘導……会議出席者達を望む方へと導けたんですか?」
「ああ……ゼルデュスの思い通りにねぇ」
<委員会>組織制度改革準備会議で話し合われている内容は、<Plant hwyaden>の体制固めを如何にするか、である。
短期間で巨大化した組織とは、暴飲暴食三昧の生活で出来た肥満体と同義なのだ。
筋トレもせず、食っちゃ寝をし続ければ起居もままならず、やがて成人病を発症し合併症を患って寿命を縮める事だろう。
そうならぬためには贅肉を筋肉へと変え、骨格を強化し、溜め込んだ体脂肪率を適正値にせねばならない。
だが、引き締まった体へシェイプアップするには、何から始めるのが正解なのかは答えが分かれる処。
したがって<委員会>組織制度改革準備会議の趣旨とは最適な方法を選定し、実施するための最良の道筋を決定する事である。
しかし其れは、あくまでも表向きの理由だ。
“趣旨”とは異なる“本旨”を達成する事を目的として、ゼルデュスは会議を開催させたのであった。
<スザクモンの鬼祭り>の前と後とで、<Plant hwyaden>において大きく変動したのは、ゼルデュスの立場である。
ギルドの序列として、ギルドマスターである濡羽を除けば、幹部クラスの地位は優劣のない横並びなのが以前の形であった。
しかし、ウェストランデの中枢部で発生し、対処を誤れば国家が揺るぎかねぬ大災厄を未然に防ぐべく指導力を発揮したのは、ゼルデュスを長とする内政局だ。
其の功績が大なる事は、誰しもが認める処。
ゼルデュスは、ナインテイルへと遠征にお出かけ中のナカルナードや、濡羽を支え操り大地人貴族達と交渉を続けているインティクスを置き去りにして、団栗の背比べから上へと一頭抜きん出てしまったのだ。
そして手に入れたのは、己の意向が即座に反映される立場、である。
人の常として、一度手にした以上は得た物を決して手放したくないのが、当たり前の事。
されど、出る杭は打たれ、目立ちたがりは足を掬われるのも、世の常なのだ。
同じ釜の飯を食う中であっても、炊き立ての甘く美味しい部分なのか、其れとも底にこびりついたコゲなのか、はたまた冷え切って臭いを発し出した物なのか。
丼茶碗でオカワリ出来るのか、米粒一つだけなのか。
同じ釜の飯でも、食える飯が同じだとは言えないのだ。
<Plant hwyaden>という共同体幻想に属する利益のみで繋がった紐帯など、薄紙で作った紙縒りにも劣るのは自明の理。
いつ破綻したとて可笑しくはない。
ましてやゼルデュスは、ナカルナードのように強大な武力を所持しておらず、インティクスのように濡羽を掌中にしてもいなかった。
ただ、積み上げた実績のみで己の地位を確立させた、文官でしかないのである。
ギルドという君主制に良く似た組織における文官の長とは、必要不可欠の掛け替えのない存在でありながら、身の保全が確約されぬしがない存在であるとも言えた。
であれば、“思い上がり”と糾弾されぬよう保身を図るのは、当然の行為。
揚げ足を取られぬよう、ゼルデュスは迂遠な策を弄する事に。
ギルド内で現場に近い肩書き付の者達を集め、議題を与えての活発な議論の場を行わせるのが、其の策であった。
そして。
議決権を持たぬオブザーバーとして平然と会議に参加し、議論が煮詰まる少し前に発言をする。
発言する内容は、会議出席者の意見を大雑把に集約したものを更に具体化させるのと共に、己の望む方向へと上方修正したものだ。
されど其れだけでは結局、良いとこ獲りであると取られかねない。
議論のピンハネ行為は一度や二度ならば兎も角、何度も許される行いではないだろう。
其処で、弾除けとしてキャスティングされたのが、レオ丸であった。
ミナミの冒険者の間では知る人ぞ知る無責任な無所属男は、出席者の発言の一部を俎上に上げ、過激な文言を混ぜながら異論と正論の中間辺りを展開する。
時には諄々と教え諭すように、時には吊るし上げたサンドバッグを容赦なく殴りつけるように。
傍から見れば辻説法のようでもあり、サーカスのナイフ投げのようでもあり。
しかし標的とされた者は、堪ったものではない。
不用意な発言を殊更に追及されるのだから。
レオ丸の口撃を受け動揺した者達は悉く、自分達の意見を採用してくれたゼルデュスには親和性を抱き、ゼルデュスが取り纏めた方針を自分達の結論として納得する。
こうして<Plant hwyaden>内政局長は、指揮監督する内政局を完全掌握し、対立する多派閥にもシンパを作り出す事に成功したのだった。
完全な“やらせ”、である。
尤も、ゼルデュスとレオ丸にとっては真剣勝負の出来試合、だったのだが。
漠然としていても、<Plant hwyaden>のゴールはとっくに定まっている。
“此の世界”における生存権を獲得し、生存圏を確定させる事。
生存権を獲得するには、“此の世界”に負けぬ武力が必要だ。
生存圏を確定するとは、“此の世界”で自活する事に他ならない。
別の見方をすれば。
<委員会>組織制度改革準備会議とは、<Plant hwyaden>というギルドを、戦闘系に立脚するのか、其れとも生産系を主軸にするのか、はたまた第三の選択をするのかを、選定するための会議であった。
戦闘系に特化すれば、大地人国家である神聖皇国ウェストランデを力尽くで併合する事が、其の第一歩目となる。
第二歩目は、弧状列島ヤマトに居る全ての冒険者を併呑する事で、支配権を全国津々浦々にまで及ぼす事が最終目標となるのだ。
何故ならば、戦闘系ギルドの辞書に、“競合”はあれども“共存”という単語は記されていないのだから。
ミナミの街を取り仕切る<中央執行委員会>のメンバー及び、上級幹部達全員が知っていた。
アキバの街を拠点とする冒険者達の互助的統治組織である<円卓会議>から、一つの戦闘系ギルドが馴れ合いを拒み、早々に脱退を表明した事を。
彼ら、<シルバーソード>という名のギルドは意志を明確にしたのみならず、アキバの街から退去した事も。
其れらの事柄は耳聡い者達にも周知され、レオ丸の元へもまた多くの友人知人達から速報として伝えられている。
戦闘系ギルドとは、実に扱い辛い組織なのだ。
ギルマスが余程のカリスマ性で以って統括しなければ、指導者すら束縛するような苛烈なルールで以って厳格に運用しなければ、組織の体をなさなくなるのである。
ギルドが解散する場合、普通は概ね平和的に話し合いで以って関係を御破算にする事が、一般的な常識だ。
しかし其処に金銭や貴重アイテムなどの、個人の持ち物ではないギルド所有の動産が絡めば、どうなるか。
方向性に齟齬が生まれたのだから仕方ない、としてシャンシャン解散が出来るかどうかは定かではない。
利に聡い理性的な判断が出来る者ばかりであれば、何も問題は起こらないだろう。
されど利とは、理知的を本分とする者の目を曇らせ、血気に逸る者を滾らせる効果を有しているのだ。
其処に“大義名分”と称する言いがかりを加算すれば、答えは“仲違い”ではなく“内部抗争”となる。
さて、全てがゲームであった頃からミナミの街にも戦闘系ギルドは数多あった。
其の中で覇を競うほど規模の大きなものはといえば、三つ。
<キングダム>、<ハーティ・ロード>、<ハウリング>が其れである。
全てが、ギルマスの武威を求心力の源とする、“力こそ正義”が信条のギルドだ。
アキバの事例を持ち出すまでもなく、戦闘系ギルドの危うさをレオ丸は知っていた。
知っていたからこそ、レオ丸はミナミの街に不穏をもたらしかねない危険要因を積極的に排除すべく、密かに行動する。
画策した方法は、懐柔・放逐・壊滅、の三種類。
壊滅目標とされたのは、<キングダム>。
レオ丸の意を汲む者達が行った工作活動は、内部に燻ぶる不満分子への扇動であった。
期せずして、同時期にインティクスによる教唆と相俟って劇的な効果を挙げた工作活動は、対抗するギルドと武力衝突に明け暮れていた精強なギルドを内部分裂へと導く。
瞬く間に<キングダム>は崩壊、其の残党は後日易々と<Plant hwyaden>に吸収され、消化されたのだった。
次の標的となった<ハーティ・ロード>には、放逐を目的とした工作が行われる。
レオ丸自身がギルドハウスへと赴き、三百代言を駆使して<ウメシン・ダンジョン・トライアル>への不参加を選択させる事に成功。
ギルマスが表明したミナミの街を挙げての一大イベントへの不参加は、ギルドの内部だけではなく外部からも、敵前逃亡であると見なされるようになったのだ。
求心力を喪失した<ハーティ・ロード>のギルマスは、ギルドの活動拠点を西の港町である麗港イーグレットへ移すも、更に負け犬行動であると断定され多くのギルメンの脱退を招く。
間もなく<ハーティ・ロード>は空中分解を起こし、名ばかりのギルドへ凋落した後に雲散霧消してしまった。
冒険者による協力体制を早期に構築したかった者達の意志により、“敵”と “邪魔者”とに指定されたギルドは、ミナミの街から存在しなくなった。
其の一方で。
<ハウリング>が、懐柔の対象となった其の決定には紛れもなく、レオ丸の身贔屓が大いに関与している。
バカな子ほど可愛いし、子でなくともおバカな身内であれば優遇して然るべしであるのも、人の情理なのだから。
此の結果、ミナミの街における戦闘系ギルドの不安定な鼎立状態は見事に解消され、歪な一強多弱の状態と相成る。
連携すれば一強に伍する力となる可能性はあった多弱ギルドであったが、共同歩調を取るべく集合を図った途端に格好の餌食となり、一網打尽となってしまう。
<Plant hwyaden>結成へいち早く名乗りを上げた、<ハウリング>の豪腕によって。
中小様々な規模の戦闘系ギルドを強引な手法で併呑した<ハウリング>、今では外征局に名称と編成を変えている。
其のトップに君臨するナカルナードは、見た目も行動力も全てが須らく、“冒険者”らしい冒険者であった。
特に何をせずとも、求心力を自然に発揮出来る者。
ギルメンの大半を一般大衆とするならば、一般大衆の耳目と関心事は常にナカルナードと部下達の動向にのみ集約されてしまうのは、当然の事。
組織内武断派と称すべき元戦闘系ギルドの者達が主流派となれば、戦闘力で劣る組織内文治派の内政担当達が持つ発言権など雀の涙程度だ。
影響力の及ぼせる範囲は、猫の額よりも狭くなるかもしれない。
処が、此の約一ヶ月で状況は激変した。
外政局の武威に頼らずして、内政局主導の下に<スザクモンの鬼祭り>を対処し得てしまったのだ。
文治派は決して文弱の徒に非ず、頼むべき者達であるとミナミの街に知らしめたのである。
武が出しゃばらなければ安心して朝日も拝めぬ殺伐とした“此の世界”で、文民統制を実現出来るチャンスを、ゼルデュスは得た。
薄氷を踏む思いをして掴み取った絶好の機会を逃すほど、ゼルデュスは間抜けではない。
手にした機会をより確かなモノとすべく、ゼルデュスは思考を巡らせる。
表層に現した理由と、裏に隠匿した本意とで開催される、<中央執行委員会>肝煎りの組織制度改革準備会議。
ゼルデュスの言う“格別の用”に束縛され、毎日のように茶番劇の出演者の一員として舞台に上がり続ける、レオ丸。
其の心境や如何なものか。
「今の冒険者は羨ましいねぇ。
レベルはカンスト、アイテムが仰山、たまにゃクエスト受けたろか。
口を開きゃあ、たりぃ……うぜぇ……めんどくせー……、他にゆー事おまへんか?
いつか其の内リアルでつまづく、あ、そん時泣いてもワシゃ知らへん。
ルンラララ、ルンラララ、ワシゃ知らへん。
ルンラララ、ルンラララ、ワシゃ知らへん。
ルンラララ、ルンラララ、ルンラララ、ルンラルンラ、セルデシアが心配だ!」
「……いきなり、どうしたんですか!?」
「いや、コレがミュージカルやったら脈絡もなく突発的に歌い出してもさ、誰も驚かへんやん?
せやけど、さ。
今の此処は紛れもない現実、舞台の上やないさかいに、突然に歌い出したら頭の茹った可笑しな人になってしまうやん?
せやから、歌わずに呟いたんやけど」
「前触れもなく急に大きな声で独り言を言い出しても、充分に挙動不審者として検挙されるんでは?」
「“実験には二つの結果がある。
もし結果が仮説を確認したなら、君は何かを計測した事になる。
もし結果が仮説に反していたら、君は何かを発見した事になる。”
以上、エンリコ・フェルミ御大の名言でした」
「……何が仰りたいんですか?」
「……何が言いたいんやろう、ワシは?」
「今、私はとてもとても不安感で、胸が一杯になりました。
法師の事が、心配で心配でどうすれば良いか途方に暮れそうです」
「へ?」
「……今後の予定では、私は今日の夕方にはアキバへと戻るつもりでしたが、暫く行動を共にさせて戴きます、……義士伝次郎!」
「はっ!」
「始祖之樹ムジカ!」
「はいでしゅら!」
グランドストーンシェルの周囲に侍るホーリーベルホーンの内、左右の直近にいる二頭が身を寄せ騎乗者が僅かに頭を上げた。
「別命、もしくは命令解除を口頭で伝えるまで、レオ丸法師の護衛の任を下命する。
法師を害しようとするあらゆる脅威……特に冒険者を見敵必殺せよ。
例え<Plant hwyaden>のメンバーであろうとも、躊躇なく排除せよ、……よいな?」
「委細承知」
「了解でしゅら」
「……何で? どーゆー展開なん?」
「御自覚がないようですが、法師は大分お疲れのようです。
いつも通りにも思えますけど、以前よりは意識が散漫になっておられるように感じます。
ですので、身辺警護をつけさせて戴きます。
お忘れかもしれませんが、ウェストランデ圏内において、しかもミナミの周辺において、<Plant hwyaden>に属さない冒険者は一人としておりません……法師を除いて。
貴方だけなんですよ、無所属のまま顔を隠し立てする事なく、お日様の下を暢気に気侭にプラプラしているプレイヤーは!
傍から見ていて思いますよ……アホちゃうか、と」
激高し出した同乗者の難詰に、更に首を竦めたレオ丸が視線を彷徨わせれば、周囲の冒険者もまた至極ご尤もとばかりに大きく肯いている。
「四面楚歌……再び?」
「何ぞ言いはりました!?」
「いえ、御高説誠にご尤もで……」
「多くの者達から危険因子と認定されとんのに、えらく緊張感が足りなさ過ぎなんとちゃいますか!?
法師は今、PKにとって最適な標的ですねんで!」
頭ごなしに怒鳴られ、実も蓋もない地丸出しの言葉で徹底的に叩きのめされるレオ丸。
責める者と責められる者以外の第三者達は、係わり合いを持たぬようにと身を縮め、我関せずと傍観者の顔をするに勤めた。
古今東西、痴話も内輪も含め“喧嘩”などというものに積極的に介入して得られるものなど、高が知れている。
古人曰く、触らぬ神に祟りなし、とか。
鈴の音の流麗さも枯葉の趣も台無しにしながら、てんやわんやな一行が目的地に到着したのは、其れから凡そ一時間後の事であった。
「惟みるに、其れ勇猛なる真身は想い難し、かるがゆえに形像を造晝し之に托して以って英魂に通ぜしむる事を致す。
先師曰く、末代矮小の凡愚は相を立てて心を住せしむるすら、尚得る事能わず。
如何に況や、相を離れて事を求めんをやと。
憂填の彫刻五通の影造晝皆其の旨趣に基く。
今、施主等各位、本月本日を卜して尊像を造立し具に厳飾を極む。
威風、凛として沸き立ち、相好宛然たり。
依って儀軌に準じて開眼の法を修す。
伏して冀くば真身壮烈を以って君臨し、感應道交、月の水に印するが如く、長く茲に影臨して乃ち活眼を具足し、英霊鎮魂し給わん事を敬って曰す。
“開彼智慧眼、滅此昏盲闇”!」
レオ丸が粉末状の御香を溶かし込んだ清浄なる水、“香水”を溜めた器に先を浸した散杖で、宙に円相を描いた。
香木を加工した長さ五十センチの棒である散杖が描いた円は、宙に瑠璃色の軌跡として中空に刻印され、散杖の先を濡らす水滴は空気に混じるや刻まれた図形を拡散していく。
キラキラと瑠璃色の粒子で形作られた大きな円形図は、レオ丸の眼前に屹立する“誉れ高き騎士”の像に吸い込まれた。
散杖が純金製の水器の縁を叩けば、清らかな硬音が殷々と響き渡る。
壮烈な印象のブロンズ像が全身に纏わせた瑠璃色の粒子は、見る者を威圧する鋭い両の眼に集約するや、一際輝くなり消え失せた。
其れを見届けたレオ丸は、用具を載せた三方に散杖を斜交いに置く。
続けて水器と、粉末状の御香を容れた火器に蓋をし、合掌をした。
深々と一礼するレオ丸に軽く目礼してから、ゼルデュスは居並ぶ者達へと静かに語りかける。
「厳粛なる儀式作法、無事滞りなく勤め上げました事を、此処に御報告をさせて戴きます。
偉大なる英霊達に対し、我ら一同、改めて謝恩の意を表します」
ゼルデュスと彼の右側に並ぶ冒険者達が一歩身を引き、“誉れ高き騎士”の像へと九十度腰を折って頭を下げた。
「近衛都督府を代表し、<Plant hwyaden>の方々へ御礼申し上げる。
神聖皇国ウェストランデの護国の象徴の足下にて、貴公らとの連帯が幾星霜を経ても変わらぬ事を確認せしものなり。
常しなえの御国にあるが如く、貴公らにも弥栄があらん事を」
大地人騎士隊の指揮官が腰に下げたサーベルを鍔鳴りさせると、其の配下の者達も金打の音を高らかに立てる。
「以上を持ちまして、開眼式は些かの滞りもなく御開きとさせて戴きます。
皆様、御参列を賜り誠に有難うございました」
ゼルデュスが閉会の辞を述べ終えた直後、一陣の風がビョウと吹き抜けた。
古都ヨシノの方へと開かれた山岳都市イコマの正門を潜り、落ち葉を巻き上げながら天空の彼方へと一直線に。
頭を上げ紅く色づいた風を見送ったレオ丸は再び合掌し、口を真一文字に結んで静かに瞑目した。
平安なれ、無窮に平安なれ、と。
「……茶番劇の何とも疲れる事!」
纏まりのない赤毛を掻き毟りながら、大理石のタイルが貼られた廊下を蹴りつけるようにして歩く、ミスハ。
「報告を」
数歩後ろに随う二人の<武士>の内、背の高い狐尾族の青年が落ち着いた口調で述べた。
「警戒線を突破した不穏分子は、西と東から現れまして候」
「人数は?」
今度は小柄な狼牙族が、少女特有のやや甲高い声で報告する。
「西からは五名、東からは数十名だったようでしゅら」
「ほう……よく撃退出来たね」
「冒険者は西からのみにて候」
「私達は西からの者しか相手にしなかったのでしゅら」
「……どういう事?」
「我らの他にも“影”が侍っており……」
「東から来た<山賊>は、そいつが殲滅したんでしゅら」
「ふん……気に食わないね」
ミスハが、近衛都督府将監の徽章でゴテゴテとデコレーションされた儀典用のコートをオーバーアクションで剥ぎ取り、肩にかけた。
天井から等間隔で吊り下げられたシャンデリアに灯るロウソクの火が、人為的に起こされた風で靡く。
三人の苛立たしげな靴音が止んだのは、廊下の終着地点である扉の前であった。
「お邪魔さん」
ノックもせずに扉を押し開け入室したミスハは、丁寧な仕事がなされた絨毯をズカズカと踏み荒らして歩く。
「個室を訪うならば先ずは誰何を受けて、許可されてからであるのが淑女としてのあるべき姿でしょうに」
「礼儀正しくして欲しいなら、下々に敬われるべき言動でもすれば?」
部屋の主を傲然と睨んだミスハは、部屋の片隅に据えられた豪奢な革張りのソファーへと身を投げ、無作法にも寝転んだ。
黒光りするブーツを擦り合わせるようにして長い脚を組み、大きく伸びをする。
続いて部屋へと足を踏み入れた伝次郎とムジカは、眦を強張らせた面を慌てて下げた。
二人の部下がソファーの左右に控えるのを待ってから、ミスハは徐に口を開く。
「其れで……雑魚どもは一網打尽出来たんでしょうね?」
「想定の五分の三くらいは片付けられたでしょう」
「誰かさんみたいに、何とも中途半端な事!」
ミスハは首を傾け、双眸を細めた。
部屋の中央に横たわる大きなテーブルで書類仕事をしている部屋の主は、冷え切った視線で射抜かれた事に毛ほども関心を寄せない。
「……餌に魅力が足りひんかっただけと違うか?」
最前からソファーに腰かけていたレオ丸が、膝の上に頭を乗せたミスハの髪を優しく撫でた。
「あるいは、ガードが固過ぎると判断したんか?」
レオ丸のするに任せて気持ち良さそうに瞳を閉じたミスハの眉間に、一瞬だけ険しい皺が寄る。
「其処に居るソイツの所為?」
「彼は、職務に忠実だっただけですよ」
書類仕事の手を止めたゼルデュスはペンを置き、眼鏡を押し上げて目頭を揉んだ。
「ユリユリ・ユートピアカツキーは、実に優秀なのでね」
「“Я не потерплю неудачу(和訳/私は失敗しませんから)”」
煌々とは言い難い室内照明の最も光の届かぬ所から現れた冒険者は、一見頼りなさそうなヒョロリとした冒険者であった。
ジェーニャという愛称のスケーターが2009年のロシア杯で優勝した際に着用したのとそっくりなスーツに身を包んだエルフの青年は、サラサラの金髪を掻き揚げてニッコリと微笑む。
「もしくは罠やと気づいて、寸前で手ぇ出すんを諦めたんかも。
せやったとしたら。
指令をしたんは想像してた通りに……“賢いヤツ”なんかもしれへんね?」
不意にノックの音がした。
「宜しいでしょうか?」
開けっ放しであった扉を拳で軽く叩いたのは、イントロンである。
ゼルデュスの身辺補佐を担当する内政局筆頭参事官は、口元だけで笑いながら戸口で恭しく一礼する。
「ギルマスと子守役と、其の他少数が到着されました。
皆様には会堂へと御参集下さいとの事です、ですが……」
上体を起こしたイントロンは、昨日まで<委員会>組織制度改革準備会議に使用されていた室内を見渡し、肩を竦めた。
「どうしましょうか、内政局長。
ばっくれて、一時間くらい待ち惚けを食らわせますか?」
「そうしたいのはやまやまですが、其れは些か拙いでしょうね」
ペンを懐へ戻し、整えた書類をユリユリに渡したゼルデュスが、億劫そうな溜息をつきながら立ち上がる。
其のままゆっくりとテーブルを回り込み、ソファーの前で立ち止まった。
「俄仕込みの、脚本・演出・出演の全てがド素人による田舎芝居の、……千秋楽の開演時間だそうですよ。
学士もミスハも主要キャストなんですから、とっとと準備して下さい」
「へいへい」
「ハイハイ」
しかめっ面で身を起こしたミスハの手を借りて、ソファーから重い腰を上げる。
「さてさて、久々に……“かしこ”が売り物のお嬢ちゃんの面でも、とっくと拝ませてもらうとすっか」
大して話が進まなかったのは痛恨事ですが……。
御登場戴きました、新キャラ三人様の紹介は、活動報告にて。
壬生一郎様、樹雷子音様、ケイ・ユウリ様には、お詫びと御礼を(三跪九拝)。
まこ様は、今暫しお待ち下さいますよう、伏して願い上げます(平身低頭)。