第零歩・大災害+12Days 其の肆
分割した残りです。
加筆訂正致しました(2014.08.18)。
更に加筆修正致しました(2014.11.19)。
ミナミの街に、夜が訪れた。
<ウメシン・ダンジョン・トライアル>は、様々な有形無形の支援を受け、無事に閉幕となる。
その日、最大の賞賛と優勝の栄誉を受けたのは、最終挑戦者のナカルナード率いる<ハウリング>のパーティーだった。
「ヤッハーブが止めへんかったら、ダンジョン制覇が出来たんやけどな!」
ナカルナードは、祝勝会を兼ねた打ち上げ会の宴席で、愚痴り続けた。
「仕方無いでしょう。持ち時間が尽きたんですもん。罰金徴収されてポイント減ったら、優勝逃すとこでしたやん」
<玉造神のコンタクトレンズ>を装着し、ナカルナードの勇姿をスクリーンへと伝え続けた副団長のヤッハーブは、ギルドマスターの憤懣に肩を竦める。
レッド・ホッシー、アンディーツ、イガワン、金四郎と、パーティーの面子も無言でそれに同意した。
二位は僅差で、“金狼”のマダラが率いる、少数精鋭の武闘派ギルド<練武衆>。
三位は、<甲殻機動隊>が誇る、独立強襲遊撃隊の面々。
四位は、以外に健闘した<黒頭巾>の素材アイテム回収部“め組”。
五位は、レモンの兄、レッド・ジンガーがリーダーを務めた、ソロプレイヤーだけで結成された急造パーティーであった。
クロストライアングル広場で焚かれている、幾つものキャンプファイヤー。
例え、ビールジョッキやグラスに入っているのが色付き水であっても、並べられた豪勢な料理やジャンクフードの全てが等しく無臭でダンボール紙の味しかしなくとも、気の合う仲間が居ればそれだけで楽しめる。
ましてや同じ時間を過ごし、同じ目的を目指して共に戦った、仲間同士であれば尚更の事。
群れ集う冒険者達は、大まかなグループに分かれて座り、またキャンプファイヤーを巡り、エールの交換をし、万歳三唱で讃え合った。
やがて一つのグループから、歌が生まれる。それは去年、最も人気のあったテレビアニメの主題歌であった。
唱和する者、手拍子を打つ者、立ち上がり舞い踊る者、無言で耳を傾け静かに涙を流す者、その頭を優しく抱く者。
歌は次々に歌を生み、群れ集う冒険者達の心を、優しく労わった。
「……歌は、エエねぇ♪」
レオ丸は、空腹な者に自分の頭を食べさせる子供達のヒーローの歌を聞きながら、独り静かに呟いた。
「人類が生んだ文化の極み、ですか?」
現実の梅田ではアルファベット3文字で呼称され、観覧車を備えたビル。
ミナミでは一回り小さくなり、青苔と蔦に覆われ、屋上には枝を大きく張った樹木と壊れて錆びた遊具が幾つか。
その遊具の一つに跨り、賑やかな祭の場となった広場を楽しそうに見ていたレオ丸の右横に、暗がりから現れ出たゼルデュスが並んだ。
「人類が生んだ文化の極みは、“おねーちゃんの生足”やろ?」
そちらへと視線を動かす事なく、レオ丸は即答する。
「相変わらずの発言。何と言うか、人類の膿んだゲスの極み! ですね」
音もなく影から進み出ると、レオ丸の左横の遊具に腰掛ける、カズ彦。
更にその後ろから、足音高く現れたナカルナードは、レオ丸の前に立つなり会心のドヤ顔を見せた。
「どや! 俺様の活躍は!!」
初めてテストで百点を取った子供みたいに、ナカルナードは腰に手を当て大きく胸を張り、得意気に小鼻を膨らます。
レオ丸は悪戯っ子を持つ慈父のような、ゼルデュスは悪ガキを指導する担任教師のような、カズ彦はやんちゃな弟を諭す兄貴のような、三者三様の笑みを浮かべた。
「後三分早く、壁の秘密に気付いとったら、白き泉まで行けたのになぁ。
残念やったな、ホンマ。後三分、早かったらなぁ?」
「残念でしたね、……後三分早ければ」
「そうだな、後三分早ければ、な」
「うるせぇッ!!」
レオ丸達の波状口撃に、顔を真っ赤にするナカルナード。
「見とれ! 明日もう一回チャレンジして、泉に俺の名前を刻み込んだる!」
「……ダンジョンがリセットしたら、そんなん直ぐに消えてまうで。
それに明日やったら、ワシはその偉業を目の当たりに出来ひんなぁ」
カズ彦が、無精髭の生えた顎を摩る。
「やはり今晩、旅立たれますか?」
「……ホンマは、明朝にしてもエエかとも思うたんやけどな、予定通りに行動する事にするわ。
さっきここに来る途中で、“出て行け!”って言われたしなぁ……」
「誰にです?」
ゼルデュスの問いに、レオ丸は笑みを消して、その名を口にした。
「インティクス、や」
レオ丸の右横は表情を消し、左横は奥歯を鳴らす。
「誰や、そいつ?」
一人だけ首を捻り疑問符を浮かべるナカルナードに、レオ丸は顔を綻ばせ、直ぐに萎ませた。
「まぁ、今は知らんでもエエ。その内に、嫌でも知るようになるし。
そんでや、“私は、貴方が嫌いです”とも言われてな。
初対面でいきなり、やで。もうヘコむヘコむ。再起不能やで」
「何や、そいつ! 生意気なやっちゃな!」
我が事のように熱り立ち吼える、ナカルナード。
「おっさんおっさん、と連呼し捲くる、お前も大概やけどな?」
苦笑いを浮かべたレオ丸は、優しく呟いた。
「せやけどまぁ、ワシが心底見たかった、風景も見れたし。
此処で皆と一緒にしときたかった事は、一通りは済ませてもろうたし」
すっくと遊具から立ち上がるや、レオ丸は屋上の際へと進む。
そして眼下の風景を、口を噤んで見守った。
幾つも焚き火に照らされた、クロストライアングル広場。
闇に沈む事なく、長しえに明るく輝き続けるように、見える。
宴は、崩れかけた街の再生を祝うかの如く、喜びで満ち溢れていた。
天へと舞い上がる火の粉に、歓声が一際高くなる。
一瞬の静寂の後。
広場の中央部辺りから、勇ましい音曲が流れ出し、無数の熱い調子の手拍子がそれへと重なる。
人類の最後の希望を乗せて、銀河の果てへと旅に出た有名な船の歌。
それは、いつまでも褪せる事なき、名曲だった。
肩を組み、肩を寄せ合い、合唱する数千もの冒険者達。
大いなる仲間の輪が、其処にあった。
暫くの間、一個の彫像と化して広場を眺めていたレオ丸は、やがて未練を断ち切るように背を向ける。
そして、仲間達の顔を見詰め直してから、深々と一礼した。
「みんな、おおきに」
ゼルデュスは右手を差し出し、レオ丸に握手を求める。
「まぁ、今生の別れでも無いですしね。マネジメントの資格が活かせて、とても楽しかったです」
カズ彦も、続けてレオ丸の手を握る。
「ヤマトに居る限りは、いつでも何処でも念話で繋がれますから。
……ミナミの街の事は、俺達に任せておいて下さい」
ナカルナードは、腰に手を当てたまま、太太しくレオ丸を見下ろす。
「直ぐに、<大神殿>で会えるかもしれんしな!」
レオ丸は、歯を見せて呵呵大笑してから、ナカルナードの右太股にローキックを一発かました。
「さて、と。ミスハさん達には、また念話で挨拶しとくわ」
そう言うなり、レオ丸はパシンと一つ、手を叩く。
巨大な黒い影が、ひっそりとレオ丸の頭上に現れ、覆い被さった。
「お待たせ、アマミYさん」
暗がりで控えていた<吸血鬼妃>が、レオ丸の両肩を引っ掴み、夜空の中へと持ち上げる。
ロック鳥に勝るとも劣らぬサイズの翼を羽ばたかせて、超大型のコウモリは優雅な軌跡を描きつつ舞い上がった。
「ほな、まったね~~~♪」
星の瞬く月夜に溶け込んでいく、レオ丸の声と闇の如きシルエット。
ビルの上に残された三人は、それをいつまでも見送り続けた。
一路、北東へ。
レオ丸主従は、さほど時間をかけずにミナミの街の内と外とを区切る、城壁の上空付近へと到達する。
ふと下を見れば、<紺維の小門>。
その上層部に、自分達を見送る者が居る事に、レオ丸は気づく。
ステータスを確認するまでもなく、それが何者達なのかは即座に理解出来た。
片方は、古典的なメイド服を着こなしている。
もう片方は、特徴的な狐の尾を揺らしていた。
冴えた月明かりの下、はっきりと姿を見せた二人の女性。
だが、淨玻璃眼鏡には、今尚闇に潜む陰鬱なモノとして映った。
「“平氏を亡ぼす者は平氏なり、鎌倉を亡ぼす者は鎌倉なり”」
徳川家康の言葉を引用したレオ丸は、取り出した煙管を咥えて五色の煙を、満天の夜空に向かって細く吐き出す。
「ミナミを滅ぼす者もミナミなり、やで、お二人さん」
さて、ようやく主人公をミナミの街から出せました。
次回からは、謎多き<ヘイアンの呪禁都>について、色々と妄想を膨らませるつもりです。