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第陸歩・大災害+112Days 其の弐

 蛇足を付け足して分割した後半です。

 ……ホンマに蛇足やったら、どうしよう?

「ワシらは、真の勇者と呼んで差支えない存在に出会うた。

 せやけどそいつは、喜ぶべき事なんやろーか?

 ワシには、悔やむべき事かもしれへん、って思えるんやわ。

 “此の世界(セルデシア)”に跋扈するモンスターに比べたら、ワシら<冒険者>の力は微々たるもんやのに、今日までまぁ、どないかこないか戦い抜いてこられたんは何でやろう?

 なぁ、皆。

 ワシらが“正義の味方”やから、やろーか?

 ……違うわな。

 そいつは此処に居る全員が一番理解しとる事なんやから。

 ワシらは地球から、日本から、元の現実から拉致られて、“此の世界(セルデシア)”の、弧状列島ヤマトに、<大災害>とやらの事象で、強制移住させられただけの身や。

 運がエエんか悪いんか、全く何やろーな?

 さてさて。

 モンスターや亜人らが、“此の世界(セルデシア)”で跳梁し、好き勝手に生活圏を膨れ上がらせようとしてから、こっちの歴史で大体三百年くらい。

 “此の世界(セルデシア)”に住んではる大地人の人らが、安心安全を求めては何度も、おっかない化物に蹂躙されてきやはった。

 “此の世界(セルデシア)”で生まれた一人一人の自由のための戦いを、大地人の皆さんは決して諦めたりはせぇへんかった。

 もしかしたら、やけど。

 何処に居てはるんかさっぱりワヤな神さんが、大地人の人らを見捨てずに何とかしたろ、って思わはったんかもしれへんね。

 此処の最高の軍人さん、ワシらが敬愛して止まぬバルフォー=トゥルーデ閣下と其の配下の騎士さん達は、死んでしまいはった。

 何でやろう?

 <大災害>とやらで、“此の世界(セルデシア)”は新しい時代の節目を迎えてしもーた。

 そんなトンデモ時代の最中、いきなりデビューさせられて赤丸急上昇中のワシら冒険者が、総力を結集出来たとしたらどーなるかね?

 もしかしたら、覇権を得る事も可能なんやもしれへんし、そーなったとしたら其れは歴史の必然に、なるんやもしれへんねー。

 まぁ、そんなホラ話は横に置いといて。

 せやけど、それなりの力を手に入れてしもーたワシらは、キリキリと襟を正して過さなアカンとワシは思うんよ。

 切った張ったを日常とする過酷過ぎるフィールドを生活の場として、仲間達と共に苦悩し、切磋琢磨して、今日までの生活を営んできたやん?

 まぁ、交通戦争とか受験戦争とかトイレットペーパー戦争とか安売り戦争とかばっかの元の現実も、大概やったけど……。

 せやけど、今みたいなリアルな殺伐さ、とは違うやん?

 “此の世界(セルデシア)”の人類が、元の現実でのワシらみたいに猿から進化して、立派な“パンツをはいたサル”になってはんのかどーかは知らんけど。

 少なくとも、自らの過ちで一遍は世界滅亡の危機まで到った、ってな事を考えたらば、此れからも “革新”やら“変革”やらをして行くに違いないわ。

 全ての事は須らく、“此の世界(セルデシア)”の事は“此の世界(セルデシア)”から始まるんやもん。

 せやけど。

 “此の世界(セルデシア)”の恐怖の根源たるモンスターも、“ワテらも支配権を有する一員”やと肉体言語で主張しやはる。

 強ち其れは、間違いやない。

 モンスターも“此の世界(セルデシア)”の自然の一部やねんから、交戦権も自衛権も有して然るべしやわ。

 其の結果として、大地人は無残にも命を奪われ、ワシらは何度も死ぬ羽目になったわさ。

 悲しむんも、怒髪天を突くんも、コレまたワシらが等しく有する自明の権利やわ。

 まぁそんなこんなのアレコレを、……砦将閣下達は其の尊い命を散らす事で教えてくれたんと、違うかな?

 未だ覚悟も定まらず、立ち位置すらグラグラし捲くっとる、ボンクラなワシらに。

 ワシらは今、砦将閣下と防人兵団の皆々様が教訓として示してくれはった事を、金科玉条として胸に刻んだからこそ此処に参集し、先立ちし人らに恥じぬ生き方をしてこそ、初めて真の<冒険者>になれるんやろう。

 最初にゆーた“悔やむべき事”ってのは、もしも一ヶ月前に其れに気づいてたら、砦将閣下達と此処で笑うて戦勝記念してたのにな、ってな。

 今回の勝利は、此の場に居てへん“真の勇者”達によって与えられた余禄やわ。

 そんな事を今更ゆーた処で、死んでしもーた人らの慰めにはならへんけどね。

 せやけど、最少の賛辞にはなるやろう。

 <冒険者>の皆。

 悲しみを忘れず、己の教訓に変えて歩きだそうや。

 ワシら<冒険者>は、選ばれた“勇者”でも“正義の味方”でもあらへんけど、手本とすべき“真の勇者”に出会う事が出来たって事実は忘れんといて欲しいねん。

 不健康な精神を宿した肉体だけなら優良児のワシらが、此処で生きる上で大事な事は、元の現実では御伽噺かゲームの中にしか存在せぇへん大切な何かを絶対に手放さへん、其れ事こそがワシら自身を救済する最良の手段なんやって事を、な。

 以上、御静聴してくれて、ホンマおおきに」


 何かを読み上げるではなく、心に発し頭に浮かんだ由無し事を訥々と語り終えたレオ丸は、俄かに右手を挙げて合図を送る。

 『旧約聖書』に記された、ヘブライの民を率いる預言者を真似たかのように。

 すると、整列していた冒険者達が葦の海の如く左右に分かれた。

 其処に出来た一筋の道を、二種類の巨大な物を頭上で支えた八人の冒険者が歩調を合わせ、ゆったりと進み出す。

 二つの集団となった冒険者の最前列に居並ぶ<吟遊詩人(バード)>達の内、バグパイプを携えた者が物悲しい曲を奏で始めた。

 曲名は『Auld Lang Syne』。

 十八世紀後半を生きたスコットランドの国民的詩人、ロバート・バーンズが故郷に昔から伝わるメロディーをアレンジした上で作詞した名曲である。

 閉店を知らせる曲として、卒業式の定番曲として日本では著名だが、母国スコットランドでは様々な公的私的な節目で歌われる、汎用性の高い準国家的位置づけの曲目だ。

 イントロ部分の後、バグパイプが奏でる主旋律に他の管楽器を携えた者達が音を合わせれば、演奏を担当せぬ他の<吟遊詩人(バード)>達は静かに歌い出した。

 アルト、メゾソプラノ、ソプラノは清々と、カウンターテノール、テノール、バリトン、バスは朗々と。

 澄んだ無色透明の歌声に送られて、凛とした冒険者達はゆったりとした足取りで前へと進む。

 僅か百メートルほどの距離を四分かけて歩いた、カズ彦を先頭とする冒険者八名は演台の前で立ち止まった。

 レオ丸は丁重な仕草で彼らに腰を折ると、再び上覧席へと向き直る。


「いと尊き御方、諸々の殿上人の方々に、言上(つかまつ)る。

 <スザクモンの鬼祭り>の戦勝記念として御覧戴きました、<フシミ天覧馬揃え>。

 如何にも拙い催しではございましたが、其の御開きを宣言させて戴きます前に、二つばかり捧げ物を御前に献上致したく存じます。

 無位無官の身の浅慮、軽挙とお笑い下さいますな。

 我らからの赤心、何卒捨て置かれる事なきよう願い上げ奉ります」


 大地人の武人では到底辿り着けぬ極みに位置する者達が見せた、児戯と切り捨てるには余りにも壮烈で華麗であった演武。

 式典の賑やかしのためだけに利用した攻撃魔法は、大地人の<妖術師(ソーサラー)>が放つものよりも十数倍の威力はあったであろう。

 更に付加えれば。

 空に消えたワイヴァーンも、上覧席の傍で立ち尽くしたままのゴーレムも、大地人貴族達からすれば本来ならば恐怖の対象でしかない。

 其れらを引っ括めて“拙い催し”と言い放ったレオ丸に、上覧席から注がれる視線は二つに大別出来た。

 己の勲位を過信するが故に卑賤の者共に侮られた、と不愉快さを隠さぬ上から見下した視線。

 冒険者の示した能力から底知れぬポテンシャルを感じ取ったがための、怯懦が過ぎる下から窺うような視線。

 相反する二種類の視線を撥ね飛ばすに似た仕草で、レオ丸が肩を竦めながら両手を大きく広げれば、演台の両脇に控えたままであった計三十二体ゴーレム達の内、一番外側に居た二組計八体が巨大な其の身を震わせた。

 そして、鈍重な動作で堂々とした体躯を屈めるや、担いでいた演奏舞台をゆっくりと地に下ろす。

 間もなく、カズ彦を先頭とする七人が乗り込んだ。

 演台を挟んだ反対側では、もう一人の冒険者が同じように演奏舞台へと乗り込んでいる。

 八人の冒険者を乗せた演奏舞台が、左右同時に高々と持ち上げられた。

 モンスターの力を借りたエレベーターもどきが停止すると、片方四基ずつの演奏舞台はひと連なりの回廊へと変じる。

 怪力で支えられた木組みの上を、確りとした足取りで歩むカズ彦達。


「献上の品、左方より披露致し候」


 レオ丸が差し伸べた左手の先、演台傍の演奏舞台で並ぶ七名の冒険者達が、頭上に捧げ持っていた畳三枚を横に繋げたサイズの分厚い金属板を持ち替え、胸の前で支えた。

 昼なお昏いフシミ幻野ヶ原ゾーンではあったが、冒険者達が大地人達に掲示した一枚の長大な青銅色の金属板は、雲母を塗したかのように全体がキラキラと輝いている。

 彫り込まれているのは、抜刀し進軍する猛々しい騎士達の勇壮な姿であった。

 上覧席の段上からでも明瞭に視認出来る勇猛な題材のレリーフは大地人の、特に騎士達の尊厳と自負心を大いに刺激する。

 貫禄たっぷりな勇将が統率する、威厳に満ちた軍勢の姿。

 今にも動き出しそうな躍動感溢れる騎士達が掲げる軍旗は翩翻とひるがえり、緻密な神聖皇国の紋章までが再現されていた。

 国に仕え護民を旨とする騎士の面目躍如、尊厳を殊更に高める晴れやかな内容のレリーフに、涙を流し嗚咽を洩らす者も大勢居る。

 此れほどまでの金属製レリーフを作り上げる技術は、古の皇王朝時代ならばいざ知らず、今の弧状列島ヤマトには存在しない。

 上覧席の下段に漂っていた隔意は完全に霧散し、先ほどまでとは間逆の空気が噎せ返らんばかりに醸し出される。

 尤も、上覧席で踏ん反り返る高位貴族達の蔑視は薄れるどころか、更に増したのであったが。


 貴族社会において、軍人の地位の高さは国内外の情勢に左右されるのは、古今東西変わる事はない。

 階級制度を廃止した共和政体であったとしても、また然り。

 常に戦争をしている国では、必然的に其の地位は向上するものだ。

 例え戦争状態に非ずとも、支配者の頚木(くびき)を脱し戦場での勝利によって独立を果たした歴史を持つ国家であれば、軍人は社会的に認められた存在となる。

 畏怖の対象であり、尊敬に値する存在、其れが軍人なのだ。

 だが、長らくの平和に慣れ過ぎた文治国家では、番犬扱いとなる。

 しかも、敗戦により政体が改変してしまった国家となれば敗戦の責任の多くを背負う事になるが故に、番犬失格の烙印を押された負け犬同然の処遇に落とされてしまう。

 神聖皇国ウェストランデという国家は、六傾姫(ルークインジェ)の大乱の際に誕生した国家である。

 エッゾ帝国、自由都市同盟イースタルに加盟する都市国家群、フォーランド公爵領、ナインテイル伯爵領と同じく、大乱に呑み込まれて消滅する未来を良しとせず、武力で抗う事で時間を引き止めた国家であった。

 フォーランド公爵家が潰え、ナインテイル伯爵家が衰亡した時も、蓄えた武力を存分に行使する事で、勢力圏を保持し続けた神聖皇国ウェストランデ。

 大乱で崩壊したウェストランデ皇王朝勃興以来の元勲である武門の宗主、武衛公家が弧状列島ヤマトの西半分の津々浦々にまで、其の威光を轟かせていたのだった。

 神聖皇国ウェストランデの開闢当初からの年月は、国政を担当する執政公爵家、祭祀を司る斎宮家、軍事を掌握する武衛公家による三頭体制、もしくは三竦み状態で国家は運営されていたのである。

 其の均衡が大きく崩れたのは、魔道帝シラミネと其の配下たる悪鬼羅刹であった。

 皇都キョウを地獄に変えた魔道帝シラミネが撒き散らした惨禍は、三つの高貴な家にも大きな影を落とす。

 執政公爵家は、当主をはじめとする血族だけではなく、権力基盤である実務担当の貴族達にも多数の犠牲者を出す事になった。

 斎宮家は、国家存亡の危機を引き起こした根源であるとして、中央政界からの退場を余儀なくされる。

 しかし、其れらニ家はまだ幸いであった。

 どちらも家系も命脈を保ち、家名を残す事が出来たのだから。

 三頭体制の残る一角である武衛公家は、神聖皇国の藩屏としてシラミネ討伐の最前線に立ち続けた結果、一族郎党の主だった者は討ち死に。

 最後は本家邸宅を最後の砦として抵抗を試みるも敵わず、残る全員が屋敷を枕に自尽する事となり、家系も家名も“此の世界(セルデシア)”から完全に消滅してしまったのだ。

 武衛公家と多くの騎士達の死は、無駄にはならなかった。

 彼らを大量の貴族と無数の臣民を護国の人柱とする事で、神聖皇国ウェストランデは鬼神と化した魔道帝シラミネと其の配下の封じ込めに成功する。

 甚大な被害を蒙った国の枢要部を取り纏め、応急的に建て直す事に成功したのは執政公爵家の新たな当主だ。

 <ヘイアンの呪禁都>を封印する際に彼が行ったのは、死者と生者が残した失政や汚名、ありとあらゆる不都合をも封印する事。

 彼は後に中興の祖と讃えられるが、其の美名の陰にあるのは決して“happily ever after”ではない。

 職務上の責任、という罪で多くの騎士達が弾劾の憂き目に会う。

 生存している、していないに関わらず、騎士にとって何よりも大切な“名誉”が剥奪されたのである。

 以来約二百年、三世代以上の年月が経ったが、騎士達の不遇は改善されぬままであった。

 理由は、<冒険者>という存在に集約される。

 弧状列島ヤマトを侵食し蚕食するモンスターに立ち向かう役目を、<ヘイアンの呪禁都>誕生とほぼ同時期に登場した、異界から“客人(まれびと)”が担ったからだ。

 招来された冒険者の活躍により、大地人の生活を脅かす脅威は大幅に取り払われ、大地人の日常に安心が訪れるようになる。

 其れに比例するようにして、神聖皇国ウェストランデ近衛都督府に所属する者だけではなく、全ての大地人の騎士達の存在価値は緩やかなカーブを描くように失われていった。

 大地人騎士達が百人がかりで漸く倒せるレベルのモンスターも、冒険者の手にかかれば僅か数人で倒してしまうのだから。

 勢い、対モンスターは冒険者の独擅場となり、大地人騎士達の役割は価値の低下と共に縮小されてしまったのだ。

 今の神聖皇国ウェストランデにおける騎士とは、貴族が貴族の体面を保つために必要な『しっかり者のスズの兵隊』である。

 “Fare, Fare, Krigsmand! Døden skal Du lide!”、と永遠に歌われる立場に貶められながらで、だ。

 そんな彼らの体面を辛うじて保つ職務はと言えば、国家の番犬である警察権である。

 大地人騎士達は、其の鍛え抜いた体と磨き上げた武具とを、外なる敵であるモンスターに行使するのではなく、内なる敵たる大地人の同胞へと執行する存在へと変転しているのだ。

 昔とは異なる存在となってしまった騎士達ではあったが、職務遂行に忠実である事には変わりがない。

 例え、内心では忸怩たる思いを抱えながらであっても。

 そんな彼らの、数少ない本来の職責に相当するのが、<スザクモンの鬼祭り>に対しての警戒活動であったのだった。

 過去形、である。

 当初、<赤封火狐の砦(ファイアフォックス・キープ)>と<金護鳳凰の砦>ホーリーガルダ・カステッルムに駐留する任務は、騎士達にとり誉れある顕職とされていた。

 しかし、冒険者が<スザクモンの鬼祭り>に参戦し主役となってしまった事で、大地人騎士達は舞台の上から追いやられてしまう。

 冒険者の数が格段に増加した凡そ百五十年前より、二つの砦に駐留する任務は辺鄙な地への左遷同然と認識されるようになった。

 何故ならば、<スザクモンの鬼祭り>は冒険者の冒険者による冒険者のためのイベントに過ぎないのだから。

 因みに“此の世界(セルデシア)”の約百五十年前とは、元の現実では『エルダー・テイル』に<ススキノ>が導入された時期である。


 そんな大地人騎士達の歴史や事情を、知ってか知らずか。

 レオ丸は<フシミ天覧馬揃え>という公式の場において、大地人騎士達の事を、言葉を尽くして賞賛した。

 あまつさえ、モンスターと戦うという騎士としての本来の職務を励行し、騎士としての本分を尽くして倒れた者達を、“勇者”であると言い放ったのだ。

 そして。

 冒険者達は、大地人では作りえぬ豪壮なレリーフで以って、大地人騎士の本懐を遂げた者達の(いさおし)を永久不滅の物であると、言外の礼賛で表したのである。

 此れに感動せぬ大地人騎士は、一人として居なかった。

 戦場には立たぬ文官である下級貴族達の中には、妬心を露にする者も居たが概ね、好意的に受け止める。

 高位である大地人貴族達は、レリーフの美術的価値を認めつつも、其の内容には冷笑を浮かべていた。


 ふむ、やや受けか。


 大受けするだろうと思い用意したレリーフの評価が、何とも微妙であると感じ取ったレオ丸。

 ならば、と。

 もう一つの“御土産”を披露する事にする。


「右方の献上の品、何卒御覧あれ」


 レオ丸は、隣で独り立つ冒険者が捧げ持つ物を覆う錦の覆いを、勿体ぶらずに一挙動で取り払った。


「此れなるは、我らが死闘の限りを尽くして戦いし、宿敵なり。

 此処に控えし我らが仲間、黒渦と申す武士(もののふ)が討ち取り、掻き切りし兜首にて御座候。

 此れにて、御身らの安泰は定まりしと愚考(つかまつ)る。

 其の証として奉呈致しまするが故に、何卒宜しく御笑納賜りますよう願い上げ奉ります」


 レオ丸が頭を垂れると同時に、全ての冒険者が一揖する。

 跪く事なく、深々と腰を折るでもない、会釈に毛が生えた程度の礼。

 受け取りようによっては無礼に過ぎるとして、大地人の間であれば大喝だけではなく不敬罪を問われても可笑しくない行為ではあったが、レオ丸達は冒険者である。

 大地人の社会通念に疎くとも、処罰の対象となる事はない不羈の存在。

 階級世界のルールに些か抵触しようとも、掣肘を受けねばならぬ立場ではないのだから。

 だが、上覧席に座し、あるいは侍る者達の思考と心理は、レオ丸達の行いを咎め立てする処ではなかった。

 寂として声をなくした彼らの視線は全て、黒渦が捧げ持つひと抱えほどもある物品に注がれている。

 凶器にしか見えぬホオジロザメの如き牙は剥き出しに。

 狂気を孕む白濁した(まなこ)は、天を睨みつけていた。

 コメカミ付近からは、捩れた二本の木刀のように太い角をはやしている。

 吹き出した鮮血で真っ赤に染まった生首にしか見えぬ、其のアイテム。

 <羅刹王(シュテルン)の朱漆塗天衝脇立鬼神面形兜>に、と。

 凶悪なアイテムが放つ禍々しいオーラに囚われたのか、上覧席の大地人達は皆、身動ぎすらせずにただの置物のように座り込んでいた。


「大儀である」


 不意に上覧席最上段から発せられたのは、静謐な女性の声。

 凛と空気を震わせた声は、場内に張り詰めていた緊張の糸を一瞬にして断ち切る。

 と、同時に。

 アイテムがもたらす恐怖に耐えかねた女官数名が、あっさりと意識を手放し崩れ落ちるように失神した。

 突如として、コントのようにバタバタと慌てふためく大地人達。

 気まずい雰囲気に大袈裟な仕草で首を竦めたレオ丸は、わざとらしいくらいに恭しい動作で頭を下げる。


「直に御言葉を頂戴し、誠に恐悦至極に存じます、悠紀宮(ゆきのみや)公主殿下」


 阻喪のないようにと、所作を気にしつつ頭を上げるレオ丸。

 僅かに乱れた襟元をそそくさと整えるも、まさかの展開に口元が微かに引き攣るのは隠しようもない。

 公の場において、高貴な身分とは声を大にせぬものであるし、直接に言葉を発する行為が威信を損ねる事に繋がる場合が往々にしてあるのが常識である。

 『漢書』<劉向伝>に曰く“言号令如汗,汗出而不反者也”、即ち“綸言汗の如し”と。

 君主たる者の心得であるが、其の意味する処が及ぶ範囲は君主だけに限らない。

 多くの者に仰ぎ見られる立場、高貴な身分を自他共に認められる存在であれば必ず意識しておかねばならぬ事柄であった。

 高貴な身分が述べる言葉は全て、発せられた瞬間から巌に刻まれた銘文と等しく、永世に残るものなのだから。

 故に言葉が形に残らぬように、傍仕えの女官や取次役の側近が、伝言ゲームのように聞き取った言葉を代理で述べるのだ。

 高貴な身分とは、下々とは直に接せぬものであるし、身分が厳に区別された階級制度で成り立つ社会において、其れは常識であるのだ。

 “此の世界(セルデシア)”も同じく、其の階級制度が社会の背骨である事に変わりはないのであるから、当然の如くに常識も同じであるはず。

 高貴な身分とは、下々と隔絶した様々な特権を有するが故に、高貴であるとも言えた。

 だが。

 特権の中には、誰憚る事なく横紙を裂く行いをしても許される、といった事ものも含まれていたりもする。

 今が当に、其れであった。


「又となき良い機会であるが故に、其の方らに尋ね聞く。

 其の方ら<冒険者>とは、何者であるか偽らずに申せ」


 斜め上方に向けた首をほんの少しだけ動かし、予想外の状況から抜け出す術を、其れを示唆してくれそうな人物を探すレオ丸の頭上に、更なる言葉が降り注ぐ。


「直答を許す故、疾く答えよ」


 頭ごなしに退路を立たれてしまった、レオ丸。


「然らば謹み畏みて言上(つかまつ)り候」


 束の間逡巡した後、躊躇いがちに口を開いた。


「僭妄の極みとの謗りを覚悟で直答致しまするが、御列席の皆々様方に於かれましては、所詮は蛮夷の所業と思し召し下さり何卒平に御寛恕を賜りたく。

 さて当方、御下問の由を正確に受け止めかねまする。

 浅学菲才の身でありますが故、御心に適う言承けが出来ますやら、些か心許なく……」

「時の(むだ)ぞ、下らぬ前置きは止めよ」

「然らば言承け申す……何卒御笑い召されるな。

 我ら<冒険者>と申す者は、紛う事なき“人間”にて御座候。

 然れど<大地人>の皆々様方とは、全き別物であるのも事実にて候。

 我ら<冒険者>は、元は違う世界の“人間”にて。

 処が過日、人知の及ばぬ奇怪なる事象、巷間<大災害>と申す天変地異に巻き込まれたがため、我らは此処に居りまする。

 “此の世界(セルデシア)”と我らの居た世界は、似て非なる世界にて御座候。

 似て非なる世界であるが故に、数え切れぬほどの違いがございます。

 然れど、相違なき事が一つだけございまする」

「そは如何に」

「我ら<冒険者>も、皆様方<大地人>も、己が本貫地に於いてはどちらも“人間”である、という事にて。

 重ねて申せば、身体的な特長に差異はあれど、人である事には変わりなく。

 変わりないのであれば、“平和的な交流”が出来るという事にて候。

 “人間”が“人間”である由縁は、“多様な言語を使う”“道具を作るための道具を作る事が出来る”などございまするが、忘れてはならぬのは“心を持っている事を自覚している”事であると、当方は愚考致しまする。

 皆様<大地人>の方々が心を持っておられますように、我ら<冒険者>も心を持っておりまする。

 心を持つ者同士、言葉を尽くせば理解し(あた)い得る、と

 道具を作るに不可欠な道具を作る、といった細心さで以って相対する事を常に心がけしさえすれば、きっと友誼は強まるであろう、と。

 我ら<冒険者>は物云わぬ禽獣ではありませぬし、共存共栄を望まぬ<亜人>共でもございませぬ。

 皆様方と同じく応分の責務を負い、相応の権利を有する“人間”である。

 其れが我ら、<冒険者>にて御座候」


 レオ丸が今一度頭を垂れながら口を閉ざすと、グラウンドは再び静寂が占有し始めた。

 上空を風が吹き抜け、出丸に掲げられた旗をはためかせる音のみが、全員の鼓膜を打つ。

 昼日中とは思えぬ昏いしじまを破ったのは、又もレオ丸の頭上からであった。


「其の方らは()に、……皇国(みくに)に如何な事を求めしかや」

「さて折角に頂戴致しましたる御下問。

 吟味に吟味を重ね、普く須らく開陳させて戴きたくは存知まするが、誠に申し訳なき事ながら、此の身が負うには些か重過ぎる御下問にて。

拙僧の立場は、言承け致す任には非ず、と言上致す外はございませぬ」


 上覧席の動揺も収まり、再び静まり返った場内。

 天に近しい御簾の内より投げかけられるのは、圧迫感も甚だしい直截過ぎる問い。

 対して、地より少し離れた場からは、少々開き直ったかのような答弁が澱みなくなされる。


「然れば其の方は、何者に質すべきが妥当と思いしかや」

「古都ヨシノに侍りし者共こそ、御心に副うべきかと。

彼の者共に、再度の御下問をば賜りたく存じ上げ奉りまする」

「然様か」

「御意に候」


 軽やかに宙を舞う優婉な哄笑が、<フシミ展覧馬揃え>の幕引きの合図となった。


 そして二時間後。

 大地人達の行列が、古都ヨシノへの帰還の途に就く。

 冒険者達が行列の左右に分かれて護衛をし、彼らを率いるイントロンの姿は既に地平の向こうへと消えてしまっていた。

 静々と去って行く行列の最後尾には、得難い宝物を手にした童のような顔の騎士複数名を共とした荷馬車がつき従っている。

 荷台に載せられているのは、厳重に梱包された献上品だ。

 レオ丸とカズ彦を中心として整列した冒険者達は、手を振る事なく僅かな会釈でもって厳かな行列を見送る。

 其の中で、黒渦だけが只ひとり途方に暮れた表情をしていた。


「コレ、どうしましょう?」


 受け取りを拒否されたアイテムを、両手に抱えたままで。

 以上にて<第陸歩>は終了です。

 次回は恐らく多分きっと<第漆歩>であろーかと……。

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