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第陸歩・大災害+104Days 其の陸

 今回で、<第陸歩>は終了でありまする。

 次回からは新たな章立てでお届けさせて戴く予定にて(平身低頭)。

 色々と改訂修正致しました(2017.05.19)。

 一部訂正致しました(2017.05.22)。

 レオ丸が最初に連れ込まれたのは、更衣室と思しき大部屋であった。

 <スザクモンの鬼祭り>の戦況が悪化するまでは大地人の騎士達で溢れていたのだろうが、今はがらんとしている。

 もう二度と戻らぬ持ち主達の私物が至る所に、置き去りにされていた。

 其の一角へと案内されたレオ丸は、カズ彦から蔓草で編んだ葛篭を差し出される。

 中には綺麗に折り畳まれた幻想級布鎧<中将蓮糸織翡色地衣>と、<ダザネックの魔法の鞄>、<マリョーナの鞍袋>が丁寧に仕舞われていた。

 無言で随っていたアマミYの手を借りながら衣装を調え直したレオ丸は、徐に懐から<彩雲の煙管>を取り出して一服をつける。

 居心地の悪さから、レオ丸の頭を離れアヤカOの背中へと居場所を変えていたマサミNが欠伸をするのを眺めつつ、レオ丸は部屋の入り口で腕組みをするカズ彦へと疑問を口にした。


「んで、ワシは何処へ行けばエエんかな?」

「此の上まで、御足労を願います」


 凡そ三ヶ月振りに訪れた其の場所は、レオ丸の記憶に刻まれた光景と一見何一つ変わりはないように見えた。

 ただ、一点を除いて。

 レオ丸の記憶における此処は、大地人の騎士達が詰める場所であったのだ。

 クリスタル製のドームで覆われた、<赤封火狐の砦(ファイアフォックス・キープ)>の屋上のテラス。

 鍛え抜かれた男達が、か弱き同胞をモンスターの暴虐から護るために、全身全霊を捧げていた場所。

 歴戦の驍将たるバルフォー=トゥルーデが、雄々しく立っていた場所。

 だが今は、まるで閑古鳥の住処のように閑散としていた。

 無色透明の天井越しに見える大空は今日も今日とて、陰鬱な雲に覆われている。

 天空尽き地平始まる処まで広がっているのは、黒と灰色と鈍色と褐色と朽葉色とが幾重にも混ざり合った荒狂(アスペラトゥス)波状雲。

 世紀末的な印象しか抱けぬ光景は見飽きたものではあるものの、レオ丸には未だに慣れる事はない。

 空模様に侵食されたかのような寂寞さを打ち消そうと、吐き出した五色の煙で彩を添えようとするレオ丸。

 其れが無駄な抵抗だとは、重々承知しながら。


「庇を借して母屋を取られる、……か」

「まぁ、否定は出来ませんね」

「よんどころない事情で廃村と化した場所に、物見遊山しに来た気分やわ、全く。

 ほいで、こーんな処に連れて来て一体全体何の用やねん、カズ彦君?

 他の者には聞かせられへん、鹿ケ谷の謀議でもしとるんかいな、ゼルデュスよ?」


 本来の使用者が影すら残さず消え去ったテラスの中央に置かれた、木製の円卓。

 其の上で胡坐を掻いている無作法な二人の冒険者の姿をを見て、レオ丸は大袈裟に渋面を作った。

 此の礼儀知らずめが、と怒鳴りかけたレオ丸の機先を制すように冒険者の片割れ、ゼルデュスが気安そうに片手を上げる。


「ああ、お早うございますレオ丸学士、良く眠れましたか?」

「“ルドヴィコ療法”の被験者にされたくらいに、グッスリと安眠出来たわさ」

「其れは良かったですね」

「エエ事あるか、適当過ぎる発言は『時計じかけのオレンジ』を観てから言えや!

 ……ほいで。

 此処に連行した理由を手っ取り早く手短に“ナッドサット語”で、百四十字以内で呟いてくれるか?

 ワシは此れから帰宅の準備をせなならんのやし」


 カズ彦に促されたレオ丸は<彩雲の煙管>を咥えたままで、まるで屋久島のウィルソン株を輪切りにしたようなサイズの円卓の端に腰を下ろした。

 五色の煙を鼻から立ち昇らせるレオ丸に、イントロンと膝詰めで談合をしていたゼルデュスが、草臥れたように眉根を揉んだ。


「学生の頃に『回想十年』や戸川猪佐武氏の書籍を何冊も読んだ事はありますが、まさか自分が其の立場になろうとは思いもよらぬ事でして」

「鈴木貫太郎翁、もしくはデーニッツ提督やないん?」

「気分としては其方寄りなんだと思いますが、スラスラと調印するだけでセレモニーは終了ではないのですよ」

「ん、どーゆーこっちゃ?」

「セレモニー自体が問題だ、って訳です」


 何処となく他人事のような雰囲気をそこはかとなく醸し出すイントロンの物言いに、レオ丸は首を傾げる。


「セレモニー、って何のや?」

「今から一時間ほど前、学士が惰眠を貪っている最中にヨシノから念話がかかって来たのですよ」


 心底嫌そうな表情になったゼルデュスの、ひん曲がった口から愚痴めいた言葉が零れ出した。


「斎宮家が、<先宮大祭>とやらを奉修するので、供奉するようにと」

「<先宮大祭>……ああ、<スザクモンの鬼祭り>の後に執行される御霊鎮撫と国家鎮護を祈願する祭祀で、“御霊会(ごりょうえ)”的な鎮魂儀礼でもあったっけか。

 実際には、<ヘイアンの呪禁都>を封じる結界の緩みを、ネジ巻くようにキリキリと引き締めるための儀式やけどね」

「さすが、良く御存知で」

「其れに参加せぇ、ってか?」

「ええ、そうです」

「古の都キョウへの御幸(ぎょこう)の安全を図るには、自分らミナミの冒険者を護衛にするんが、確実やもんなぁ。

 見た目が如何にも強そうで、見栄えもするやろうし。

 しかも、大地人と冒険者の共同作業としては、コレに勝るもんはないやろーな。

 いやはや、ホンマに御苦労さん」

「ソレだけじゃありません」

「キョウでの儀式が終了した後、帰路で此処へ寄り、観兵式をしたいんだそうですよ」

「観兵式やて?」

「ええ、大地人の主な貴族も集結して、大がかりなモノを!」

「其れって、“馬揃え”と違うんか?」

「“馬揃え”って何です?」

「“馬揃え”とは、騎馬を集めて行う一種の軍事行進ですよ。

 天正九年に織田信長が挙行した“京都御馬揃え”と、文久二年に松平容保が勅命を奉じて行った“会津藩天覧馬揃え”が有名ですね」

「治承八年に源義経公が駿河国浮島原……今の静岡県沼津市で、木曽義仲公討伐のために上洛する際にも、行ったらしいやな。

 つまり、現時点で最も武力を所持しているモンが己の武威を世に知らしめんがために行うパレードって事やわ、イントロン君。

 まぁ今回は大地人貴族側からの依頼やから、義経公やのーてゼルデュスがゆーた容保公のパターンみたいやねー。

 ああ、そりゃー大変だー」

「他人事みたいに言わないで下さい、法師」

「え? だってワシからしたら、めっさ他人事やでカズ彦君。

 ワシが此処に居させてもらっとるんは、あくまでも、エエか、あくまでもや、<スザクモンの鬼祭り>の期間中だけって約束やったもん。

 <スザクモンの鬼祭り>が終了したら速やかに退散する、って事やったよなー。

 なぁ、そーやろ、ゼルデュス君よ?」

「……延長を御願いします」

「理由を簡潔に述べよ」

「私達の手には余るからです」

「……簡潔過ぎるやろ」

「今は猫の手でも猿の手でも、例えメフィストフェレスだろうがランプの精霊だろうが、使えるならば何でも使いたいんですよ」

合衆国陸軍(アンクル・サム)の“I WANT YOU”よりも直截的で、実も蓋もない求人広告やなぁ」

「其れだけ切迫しているって事ですよ」

「まぁそりゃ、理解はしたけどや。

 せやかて、<Plant hwyadenプラント・フロウデン>はかなりの大所帯やねんから、百人かそこらは使える人材は居るやろーに」

「ええ……探す時間があればですけどね」

「正確にゆーたら、安心して事を任せられるかどーかを峻別する時間がない、って事でOK?」

「ぶっちゃけ、其の通りです」

「其れは、ワシかてそーなんと違うか?」

「貴方は別格です」

「……考えるであろー事も企むであろー手の内も、ある程度は予想がついてるってか?」

「そういう事です」


 ゼルデュスの台詞に、イントロンだけではなくカズ彦も大きく肯く。


「……ふむ、まぁエエやろ。

 乗りかかった、いや既に漕ぎ出した船やし、沖で下船して溺れるんもアホくさいし、港に着くまでは乗っといたろう。

 ほいで、ワシに何をせェってゆーんや?」

「“馬揃え”の仕切りを御願い出来れば、と」

「はい?」

「ですから、“馬揃え”の仕切りを」

「ちょい、待てや!」


 思いもよらぬ発言を受け、レオ丸は腰かけた円卓から思わず転げ落ち、激しく咽た。

 傍迷惑なほどに五色の煙を撒き散らしながら咳き込む契約主の姿に、契約従者達は呆れたように肩を竦める。

 約一分後。

 カズ彦に背中を撫でられ漸く息を整え終えたレオ丸は、両手を腰に当てて両足を踏ん張り、ゼルデュスをやや上から睥睨した。


「冗談も休み休み言えや!」

「冗談ではなくて」

「ほな、休み休みやなくとも言うなや!」


 激高ではなく、動転したレオ丸の上ずった声が聞こえぬかのように、ゼルデュスは淡々と言葉を続ける。


「私は此れからミナミに戻り、改めて組織固めをせねばなりません。

 濡羽は執政公爵家との折衝があります。

 インティクスは、頼りない神輿をサポートせねばなりません。

 ナカルナードが凱旋するのは、恐らく一ヵ月後になるでしょう。

 イントロンには、私の名代として<先宮大祭>に供奉する者達の指揮をしてもらいます」

「イベントやったら、<ウメシン・ダンジョン・トライアル>を表で仕切った、檸檬亭邪Q君が居るやんか?」

「邪Qは遠征中でして、ナカルナードの軍監を勤めてもらってます。

 因みにカズ彦は……」

「勘弁して下さい、俺には荷が重過ぎます」


 レオ丸の横に並んだカズ彦は、背中を丸めて肩を窄めた。


「其れにレオ丸学士なら、宗教法人の代表者として幾度も、大きな儀式を主催された経験がおありでしょう?」

「ワシが勤めたんは、自坊の些細な法要やで……」

「例えそうであれ、少なくとも経験者である事には変わりありません。

 大体、<Plant hwyadenうち>のギルメンの大半はティーンエイジャーか、社会人としてペーペーの二十代前半ですよ。

 もしかしたら中には学生時代に生徒会長を勤めたりして、学園祭を仕切った者も居るかもしれません」

「探しゃあ、同人サークルのイベントを主催したり、コミケなんかのスタッフ経験者も居るんと違うか?」

「……とっくに、御理解なされているでしょう?

 同列同輩とワイワイやるのと、身分制度により序列の決まった他人達と粛々と行う事の違いを。

 彼らの経験と、貴方の経験とは、全く別物です。

 つけ加えるならば、貴方には経験に勝る知識があります。

 少なくとも、私達よりも学士の方が大地人の儀典祭礼に関しては良く御存知のはずですよ。

 一月近くアオニ離宮に篭っていたのは、伊達じゃないでしょう?

 併せて言えば、貴方は彼のロマトリスの地で、大地人貴族が如何なる存在であるのかを体験なされておられます。

 経験と知識と体験、此の三つを兼ね備えているのは私が知る限り……」


 俯いていたゼルデュスは思わせぶりに面を上げ、眼鏡の奥の目を研ぎ澄まされた針のように鋭く細める。


「貴方だけですよ、レオ丸学士」



 円卓の上で大の字に仰向けとなったレオ丸は、<彩雲の煙管>の吸い口を噛み締めながら、嘆息した。


「ああ、しくじってもーたわ、糞ッたれめ!

 こんな事なら、いの一番に死んでさっさと復活してとっとと退散しとくんやったわ!

 “拙速は巧遅に勝る”ってのはホンマ、真理やなぁ?」

「俺が不甲斐ないばかりに、御迷惑を」

「いや、其処には別に不満はあらへんねん。

 カズ彦君の不得手くらい先刻承知やし、自分の活躍の場は別にあって今回のんとは全く違うんやし」


 よいしょと身を起こし、円卓の近くでしょんぼりと立ち尽くすカズ彦に、苦笑をしてみせる、レオ丸。


「自分はワシの監視役をせにゃならんのやし、此れ以上余計な仕事を背負い込む必要はあらへんやろう。

 あんまり頑張り過ぎたら名誉の戦死やのーて、過労死で神殿行きになってしまうさかいに、な」


 大きく伸びをしながら見上げれば、レオ丸の視界一杯に広がるのは、裸足で逃げ出したくなるほどに見たくもない現実。

 暗雲垂れ込める、おもろうてやがて悲しき、現実だ。


「さて、此れからどうしましょうか?」

「ゼルデュスもイントロンも早々(はやばや)と出かけてしもうたし、置いてけぼりを食らわされた上に、難題まで推しつけられたワシらに果たして何が出来るのやら」


 胸中に増大する一方の不安感を抱きつつ、三十秒先の未来にしか見えぬ風景から目を逸らしたレオ丸は、出口へと歩き出した。


「……取り敢えず出来る事、したい事からするしかねーやな」

「先ずは何を?」

「パーッと祝勝会を兼ねた慰労会でも、どうかな?」

 あいつらが戻って来るまで、後八日もあるんやし、今日くらいはのんびりとさせてもらおうや」

「まぁ、そうですね」

「自分に預けたソイツで、今日の処は浮世のアレコレを忘れる事にしよう♪」


 レオ丸は、カズ彦が右手に丸めて握り締めている一枚の羊皮紙を、咥えていた<彩雲の煙管>で指し示す。

 “馬揃え”が終了するまでの間、<赤封火狐の砦(ファイアフォックス・キープ)>における全権を委任する、といった内容が記された<Plant hwyadenプラント・フロウデン>の公文書。

 発令者欄にはゼルデュスの名が、受諾者欄にはレオ丸とカズ彦の名が、其々認められている。

 其れは命令書の体裁に誂えられた、紛う事なき契約書であった。

 口頭だけで手筈を整えようとしたゼルデュスに対し、其れでは何も出来ないと突っ撥ねたレオ丸が、口八丁でもぎ取った権利書でもある。

 偽造や改竄が行われぬよう、カズ彦が預かる事でゼルデュスが渋々に発行した書類を、レオ丸はしたり顔で見詰めた。


「ちょっとくらい乱用させてもろうても、罰は当たらんやろ?」



 <大災害>発生から百日以上が経った今日、ミナミの街及び其の影響下に住する冒険者の総数は、一万二千人にのぼる。

 其の内、<スザクモンの鬼祭り>にはトータルすれば千名を超える人数が、全体の一割近くに達するほどの冒険者が従軍したのだった。

 しかし開戦初頭の七日間に実に多くの中途離脱者が発生したために、最終決戦に参加した者は千人を大幅に下回る、数百名である。

 そして。

 ゼルデュスとイントロンが此の場を離れる際に、多くの者を率いて行ってしまったので、更に割り込んだ人数となっていた。

 <赤封火狐の砦(ファイアフォックス・キープ)>に残されたのは、レオ丸を含めた凡そ二百名の冒険者。

 <Plant hwyadenプラント・フロウデン>の命運をかけた戦いの祝勝会としては、些か規模が小さ過ぎるかもしれない。

 されど、仲間内だけの慰労会であるならば、充分な人数だ。

 レオ丸とカズ彦を発起人とする宴会の準備は、御昼前から順次始められた。

 宴会場の設営場所は、<赤封火狐の砦(ファイアフォックス・キープ)>の屋内ではなく、大空の下である。

 <Plant hwyadenプラント・フロウデン>がウェストランデから借り上げた、出丸前のグラウンドだ。

 発起人達の号令一下、各々に割り当てられた職分に沿って動き出す冒険者達。

 <天馬(ペガサス)>に跨った者達が、ミナミとの間を何度も往復しては食材を運搬する。

 軍馬に跨った冒険者達が周囲へと散らばり、大地人の村々を回っては余剰食材を買い集めた。

 徒党を組んだ冒険者達が野山へと分け入り、食材となるモンスターや山の恵を掻き集める。

 そうして集められた食材を、<料理人>達が手分けして調理した。

 <木工職人>達は周辺の歪んだ木々を伐採してはテーブルや椅子を作り、端材を加工しては木皿や割り箸などを生産する。

 準備金として流用された金貨は、凡そ軽トラック一杯分。

 しかし、<スザクモンの鬼祭り>で稼いだ金貨の総量からすれば、小遣い銭程度だ。

 そうに違いないとレオ丸は言い張り、カズ彦も納得ずくで両目を瞑る。

 其の結果。

 日が暮れるよりにはまだまだ余裕のある刻限で、千人前になんなんとする料理がテーブルの上にズラリと並べられていた。

 和洋中、エスニック、ジャンクフードを問わぬ溢れるほどの料理の山に、誰しもが“やっちまった”感を胸に抱き、半笑いの表情となった。

 だが、後悔する者は一人としていない。

 調理してしまったものはしょうがないし、足らなくてひもじい思いをするよりは膨満感で倒れ伏す方が良いではないか?

 もし仮に残したとしても、<ダザネックの魔法鞄>に仕舞うなどすれば鮮度を保ったまま、温かい料理は温かいままで保存出来るのだから。

 時として人は、徹夜仕事の後もハイテンション状態を維持し続けてしまう事がある。

 フルスロットルで一ヶ月近くも戦い続けた冒険者達に、冷静に行動しろと言う方が無理であろうし、言ったとしても聞く耳など何処にもなかったに違いない。



 …………まぁしゃあないわな。

 夜も寝ぇへんで昼寝して、怒涛の日々にけりがついたんやもん、ケチをつけてもしゃあないか。

 今の時間は多分午後四時頃やと思うけど、昼飯には遅過ぎて晩飯には早過ぎるかもしれへんが、欠食児童とはっちゃけモード起動寸前の“ごんたくれ”共に此れ以上御預けは出来ひんし。

 ……それよりも一番不本意なんは、ワシが宴会の開式の挨拶をさせられる、って事やけど。

 コレも年長者の務めとして、呑み込むべき事案の一つなんやろーて。

 宴会場は屋外なんでざわつきは解放された空気へと吸い込まれていくものの、注意喚起はしとかんとな。

 って訳で、いつものようにワシは大きく手を一つ、パンと打ち鳴らした。


「さて、今日は、諸君」


 此の場に居る全員の口を噤ませ、衆目を集める事に成功したワシは、ゆっくりと“一言”を述べる事にした。


「此の一ヶ月くらいの間、自分らは文字通り“冒険者”となって、人類史上空前の規模の激戦を戦い抜いたわ、な。

 ああ今、“人類”ってゆーたけど、此の単語はもしかしたら今日以降、新しい意味を持つんかもしれへん。

 元の現実のワシらは、肌の色が違う、言葉が違う、国籍が違う、背負って来た歴史が違う、其の他諸々の理由で分け隔てを行ってきたやん。

 ザックリとした単語に言い換えりゃ、違う“人種”や異なる“民族”の集合体が“人類”ってモノやん。

 せやけど今のワシらは、幸いにして残念ながら“民族”みたいな些細な違いには、既に構ってられへんくなっとる。

 理由は皆さん御存知の通り、<大災害>とやらの所為や。

 個人レベルじゃどうしよーもない事態に、現在進行形で直面しとるんやから。

 其れこそ、空飛ぶ円盤で宇宙人が攻めて来たり、巨大な隕石が落ちて来たり、環太平洋の深海から飛び出た“カイジュー”が大暴れしたり、まぁそんな感じの。

 SF映画や小説や我らが世界に誇るアニメ・特撮やったら御馴染みのシチュエーションの登場人物、其れが今のワシらや。

 生まれた場所は違えども、死ぬ時もきっと別の場所、でも大丈夫!

 直ぐに蘇るから♪ ……って、んなアホな!

 桃谷駅前か、どっかの桃園で誓いを立てる間もなく拉致られて、強制的にサインさせられた紙ペラ一枚で、砂漠の王国の傭兵稼業に邁進せなアカン、其れが今のワシらや。

 そないなワシらは、なんぞ共通の目的を持って結ばれんとどうしようもないんと違うかな?

 奇しくも、今日は八月十六日!

 お盆明け、京都五山の送り火の日であるんも、何かの運命や。

 ……七月四日やったら“独立記念日や!”って言えるんやけど、ワシらはメリケンさんやないし、昨日やったら終戦記念日……日本国の敗戦の日や。

 元の現実では戦い済んで陽が暮れて、紛い物でも平和を享受しとったが、フラグを立てる言い方をすりゃ、“ワシらの戦いは始まったばかり♪”や。

 ワシらは再び、戦わなならん。

 ……何のためやろーか?

 敢えてゆーなら、自由のためにや。

 圧政や弾圧から逃れるためやなく、生存をかけてや。

 ワシら“冒険者”が、“此の世界(セルデシア)”に生きる権利を守るためにや。

 此れまでと同様に、此れからの戦いに勝利したらば、八月十六日は単にお盆休み終了の日やなくて、ワシら“冒険者”が此の地の“人類”として確固たる決意と生存権を示した日として記憶される一日となるんやないかな。

 ワシらは戦わずして滅んだりはせぇへんし、勝利して生存し続けたろーやないけ!

 いつか、元の現実に帰還を果たすまで、な!

 今日こそが、ワシら“冒険者”とゆー“此の世界(セルデシア)”における新たな“人類”の、自主独立を企図した御誕生日会って訳や!」


 唖然とかポカンとかも混ざってはいるけど、ワシの“一言”を揶揄するよーな雰囲気は微塵も感じられへん事に、一先ず安堵やね。

 一段高い所から偉そうに喋るんは慣れとるけれど、何回やっても草臥れるこっちゃなホンマに。

 ワシが口を閉ざしたんを切欠と見たカズ彦君が、手にした二つのジョッキの片方を手渡してくれた。


「全員、ジョッキを持って立て!」


 カズ彦君の強めの声に、全員が椅子から腰を上げる。


「レオ丸さん、序でに乾杯の音頭も御願いします」


 えーっ、何でワシやねん……って思うたけど、場内から漂って来る雰囲気からしたら、せなしゃーなさそうやな。

 カズ彦君に振って、さっさと壇上から逃げ出したろって思うとったのに、退路塞がれてしもーたやないの。

 まぁ、エエか、ほなまぁ……。


「此処に集いし全員に告ぐ。

 先住民……やのうて、<スザクモンの鬼祭り>の脅威は完全に粉砕した!

 ワシらの勝利や!

 此のひと時は、ワシら“人類”のモンや!

 ホンマは“新人類”って言い方をしたいトコやけど、特撮用語でそいつは“ミュータント”と同意語やし、悪魔の帝国を建国する訳やないから止めとこう。

 まぁソレはさて置いて。

 此れで再び、ワシらの生活圏の邪魔をする者は当分居らへんやろう!」


 ワシはジョッキを一際高く、掲げたった。


「皆々の健闘と栄誉を讃えて、乾杯!!」

「「「「「乾杯!!!!!」」」」」


 其処からはまぁ……描写せんでもエエやろう。

 ワイワイガヤガヤと賑やかに、飽食の宴は夜中まで続きましたげな。

 途中、宴を酒池肉林の馬鹿騒ぎに変更しようとした不埒モンが幾人か居たみたいやけど、キッチリと制裁を受けっとたし、モーマンタイやね?

 そーいや“此の世界(セルデシア)”にも、お酒は存在しとる。

 とはゆーても、元の現実のようなお酒やなくて、アルコール度数の異なる味気ない液体やねんけどね。

 例えばメニュー作成で“赤ワイン”を選んだら、アルコール度数が多分10%くらいの赤い水溶液が出現しよる。

 其れを飲んだら酔えるけど、決して葡萄を搾って作った果汁を醗酵させた、濡れた野良犬の臭いや枯葉の臭いがしたりする、ワインの味はせぇへん。

 しかも、<料理人>やないモンがメニュー作成したアルコール水溶液に風味をつけようと果汁を混ぜ込んだら、ドブ水みたいなエグイ物になってしまいよる。

 まぁ今は、<料理人>達がせっせこせっせことメニュー作成したアルコール水溶液に果汁を搾り込んで樽や瓶に詰めて、お酒モドキを製造しちゃあいるが。

 何れは<醸造職人>達が、ホンマもんのお酒を作って、世に出してくれるやろう。

 醤油や味噌やチーズなんかの、醗酵食品も。

 せやけど醗酵には、時間が滅茶苦茶かかるもんや。

 今日仕込んで明日出来る、そないに簡単なもんやあらへんし。

 そー考えたら、ソレにいち早く目をつけて実行した<月光(キアーロ・ディ・ルナ)>の面々、いやユストゥス君はホンマにスゴイわ。

 其の先駆者が作り上げた結晶は、ワシの鞍袋の中に大事に仕舞ってるけれど。

 なーんや勿体のうて、未だに手をつけてないし。

 何れ落ち着いたら、有難く使わせてもらうわ。

 其れまでは、醤油味を味わいたくても我慢せんと、な。


「こんな時になんですが、少し良いですか?」


 レモン果汁を混ぜたアルコール度数5%くらいの飲料、“レモン酎ハイもどき”を舐めるようにしとったワシは、発せられた声の方へと顔を向けた。

 カズ彦のトーンは、いつもよりちょいと低目。

 ワシが飲んでんのと大体同じアルコール度数の炭酸飲料、“なんちゃってビール”の泡を口の端につけながら、醸し出す空気は何とも深刻そうな感じ。


「俺達は此れからどうなるんでしょうね……」

「せやなぁ」


 グルリと首を巡らせば、カズ彦君の右側にはランプ・リードマン君、究極検閲官R君、水琴洞公主さん、宇宙人#12君、忌無芳一君。

 左側にはYatter=Mermo朝臣君、モゥ・ソーヤー君、ユキダルマンX君、聖カティーノ君、橘DEATHデスですクロー君、駿河大納言錫ノ進君、若葉堂颱風斎君、ニッポン公白蘭さん。

 直ぐ近くのテーブルに居るのは、CoNeST君、琵琶湖ホエールズ同志、筑紫ビフォーアフター君、志乃聖人S君、黒渦君。

 Dr.コーギー・ペンブローク君と<GHOST MASTERS>の面々、BLACK楽運大佐君、Colossus-MarkⅡ君と妹ちゃんと其の友達と、フォックスターAO君、井出乙シロー君、ほいでロシナーヤ・ナーシロという名のお嬢さんも、ワシの声が届く範囲に居った。

 昔馴染みの友人、ナゴヤで出会った仲間、ホームタウンで得た知己。

 此の面子にゃらば、少々のおだを上げてもエエか。


「ポジティブなんとネガティブなんと、どっちの見通しが聞きたいんや、カズ彦君?」

「え?」

「此の世の事は須らく全て、相対的なモンや。

 過去を見返してタラレバを言いつつ、あったかもしれへん“if世界”を楽しみながらシミュレートするように、此れから先の事も様々な可能性が考えられる。

 往生の仕方は上品上生(じょうぼんじょうしょう)から下品下生(げぼんげしょう)の九段階しかあらへんけど、ワシらの未来は些細な差異だらけで枝分かれする、無限の可能性がある。

 今此の時から……は面倒臭いからパスやけど。

 明日の朝から行う何かでワシらの未来は、薔薇は気高く咲いてくれるやもしれへんし、明かりが消えたら真っ暗闇になるやもしれへん。

 街中の暗く汚い世界で生きてた矮小な生き物でも、心意気一つで大海原へと漕ぎ出して、白くてデカくて凶暴なイタチと激闘したりするやんか。

 為りは(ちい)そうても、彼らも立派な『冒険者たち』や。

 ドブネズミに出来て、ワシらに出来ひんはずはなかろーて」


 するとYatter=Mermo朝臣君が立ち上がり、ジョッキを片手に歌い出しよった。

 堂々とした声で朗々とアカペラで美声が響き亘れば、ランプ・リードマン君とユキダルマンX君も立ち上がって唱和し出す。

 原曲の歌い手さんも愉快な歌い方やったけど、彼らの歌い方も味があってエエやな。

 究極検閲官R君が額に汗しながら、独特の伴奏をビートボックスで再現しとるんで、更に可笑しみが増しとるし♪

 テレビサイズのショートバージョンが無事に歌い終わり、拍手で以って彼らを讃えながらワシも立ち上がった。


「今のワシらはアラン・ドロンでもリノ・ヴァンチュラでもジョアンナ・シムカスみたいな美男美女ばかりややあらへんけど、……少なくともワシはそーやないけど、ってほっとけ!

 まぁ其れでも皆誰しもが、立派な“冒険者たち”や。

 百万ドルじゃ買えへん夢を、精々楽しもうやおまへんか♪」


 ワシが歯を見せた笑顔を向ければ、心得たとばかりに水琴洞公主さんが立ち上がるなり、ヴァイオリンを派手に掻き鳴らす。

 其のイントロを聞くや、立ち上がって歌い出したのは以外にも、宇宙人#12君やったんでちょい吃驚!

 彼が三人組のロックバンドのベース担当ばりの声を出せば、筑紫ビフォーアフター君が還暦を越えて尚“王子”と呼ばれるギタリスト並みの高音質の声でハモる。

 ワンコーラスで彼らの歌は終わり、一息ついたと思いきや。

 水琴洞公主さんは間を置かずに別の曲を弾き始め、ワシの方へとニッコリと微笑みかけてくれはった。

 オーケーオーケー、此の曲やったらワシはフルコーラスで歌えまっせ♪

 軽く手拍子を打ちながら、ワシも負けじと声を張り上げる。

 若くもないワシの辞書には“不可能”の文字が、勘亭流のぶっとい文字で書き込まれちゃいるけれど、此の場に居る大半の若者達は前途洋々なんやろーし。

 彼ら彼女らの心には、大きな翼が生えとるはずや。

 何卒、遥か高みを目指して羽ばたいておくれよし。

 合言葉は“TRY MY BEST”や。

 気がつきゃ、あちらこちらで<吟遊詩人(バード)>職のモン達が其々楽器を奏で出し、てんでばらばらな歌が披露されていた。

 勇壮な歌、軽妙な歌、アップテンポの楽しい歌、しっとりとしたバラード調の歌、子供に大人気の歌、大きい御友達が愛する歌、懐かしのメロディと言われて久しい歌。

 いつの間にやら会場は、サンボードロモもかくやとばかりに賑やかで華やかな歌声喫茶……もとい、カラオケ会場と相成り果てよる。

 其処彼処で、歌が歌を呼び、花屋の店先みたいに歌が一斉に咲き誇っとった。


 歌はエエねぇ、やっぱ。


 興に乗り、別の歌をカズ彦君と肩を組みながら大声で歌いつつ、ワシは<淨玻璃眼鏡(モーリオン・ゴーグル)>の中で目を閉じ、心から願った。


 右も左も判らへん、前後すら定かでない闇の中で無駄な抵抗をし続けるワシらに、儚くてもエエから光を。

 昔々の物語(エルダー・テイル)で悪戦苦闘するワシらに、暗夜に提げる一灯でも構わへんから光を。

 此処やない何処かに到る地平線(ホライズン)へと、大丈夫に違いないと思いながら歩き出す勇気を与えてくれる、ささやかな光を。

 お願いや、仄かでもエエから、一筋の光を。

 トリプルロック教会でムショ帰りのジェイクに天啓を与えた、神々しい光やなくてもエエから。

 たった一筋でもエエから、<穢れなき光(ホーリー・アンド・ブライト)>を与えておくれよし。


 お願いやから、どうかどうか……。

 今回もちょいちょいとネタを仕込みました。

 著作権取締りが厳しくなりつつある昨今、大分アレンジしたつもりではござんすが……。

 いんすぱいあ、とか。おまーじゅ、とか。ぱろでぃ、とか。

 そんな感じで御了承あれ。

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