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第陸歩・大災害+104Days 其の伍

 ちょいと短いですが、何となく限が良いので。

 ん?

 此処は何処や?

 気がついたらワシは、ヘンテコリンな世界に居った。

 魚が空飛んだりする奇抜さや、キノコが物言うたりする奇妙さはあらへんけど、ね。

 ついさっきまでは、白砂青松の砂ダク松の木抜き、みたいな汀を歩いてたはずやけどなー?

 前後左右天も地も、薄暮の光に包まれたよーな何とも頼んない白濁で塗りつぶされた世界やな。

 見えてる果てが、一メートル先なんか百メートル先なんかすら、判りゃしないし。

 例えるにゃら、視界良好な五里霧中状態?

 幸いな事に、足元は結構しっかりとしとるけど。

 そもそもからにして。

 何でワシは此処に居るんやろう?

 うーむ……さっぱり判らん!

 まぁエエか。

 取り敢えず、歩き出したらば、何ぞ良さげな答えが出るやろうさ。

 ……なーんて、全然当てにはしてへんけど!

 まぁ、ぼさーっと突っ立っとってもウサギが切り株にぶつかる事はないやろうし。

 ……先ずは其の、切り株に相当する何かでも、探してみるか?


 ……結構な時間歩いたと思うんやが、どんだけ歩いたんやろうか?

 百メートル? 其れとも一キロ?

 『バビロンまで何マイル?』は川原先生で、『バビロンまでは何マイル』やとD・W・ジョーンズ先生やったが、今の気分はT・ビッスン先生の『世界の果てまで何マイル』やなー。

 果たしてどんくらい歩いたんや?

 三十分? 一時間?

 此のまままやと、タイトル通りで内容とは無関係な『無限の住人』になってしまいそうやねぇ?

 もしかしたら、ルームランナーの上を一分間歩いてるだけやったりして?

 ってな事をつらつらと思いながら、歩き続ける事暫し。

 うーむ、飽きてきたなぁ。

 かとゆーて、偉大なるジョン・カーペンター監督の傑作名画『The Fog』みたいな展開は望んでへんし、ましてや小松左京御大の『首都消失』の内部を放浪中も敵わんし。


 ……ん?

 どっかから(がえ)んじない幼子の泣き声らしきものが……。


 おやおや。

 ホンマに子供が泣いとるがな。

 どないしたんや?

 親に(はぐ)れた雛鳥みたいにピーピー泣いてからに。

 其れとも、帰る明日も家も判らんよーになってしもうたんか?

 残念ながらワシも迷子やねん。

 犬のお巡りさんやのーてゴメンやで。

 さて、どーすっかな?

 此処で会ったが百年目……やのうて、袖擦り合うも他生の縁、ってゆーけど、如何にも此の世とは思えん場所での第三種接近遭遇って、何とも胡散臭いんやが。

 とはゆーても、粗末な衣装着てビービー泣いとる子をほったらかしにしては、御天道さんに顔向け出来ひんし。

 あー、判った判った、泣くな泣くな、おっちゃんが何とかしたるさかいに、泣いたらアカンって……おや?

 此の手触りは何や?

 頭に二本の突起物が?

 瘤にしちゃあ、ちょいと咎ってんなぁ?


 おや?

 また場面が変わったな。

 世界が、鮮やかで形容し難い七色で染め上げられとる。

 何とも言えん白色から急に総天然色にフルモデルチェンジされると、目がチカチカして敵わんなー。

 <淨玻璃眼鏡(モーリオン・ゴーグル)>しとってホンマ良かった!

 裸眼やったら目がクラクラして、どないもならんかったわ。

 只でさえ息苦しい思いしとんのに!

 いや、比喩でも何でもなく、ワシは今、非常に息苦しい思いをしながら、使い込まれて全体的に草臥れた感じの黒いベンチに腰掛とる。

 何で息苦しいんかとゆーたら、ワシの膝に跨ったガキんちょが甘え倒しとるからやけど。

 頭に生やした二本の突起物……ってコレって“角”やんなぁ……をグリグリと、ワシの喉元に擦りつけてきよる。

 あーもぅ!

 泣き止んだはエエけど、ちったぁ落ち着けや、此の鬼っ子めが!

 ガッチリとホールドして、膝上に仰向けにしてくすぐってやったら、ケラケラと笑い出しよった。

 ホンマ子供は気楽でエエなぁ、ワシも今度生まれて来る時は、子供で生まれたいもんやな!

 ……ん?

 アンタらさんは、どちらさんや?

 気がついたら向かい側にも同じよーなベンチがあって、ワシのひざ上に居る子と何となく似た顔立ちの子供が一人、其処に座っとった。

 其の隣には、見た事もない人物が猫背で座しとる。

 眼の前の人物……多分男性やと思うけど……は、実に胡散臭い格好をした()っちゃなぁ。

 “チョハ”って呼ばれとる、コーカサス地域の男性が着用するロングコートはエエとして……何で“ペストマスク”で顔を隠しとんねん!?

 中世ヨーロッパでペストが流行した際に、“実験主義者”とも仇名された専門医が挙って装着しとったハシボソガラスのお面みたいな、其のマスク。

 まぁ、<淨玻璃眼鏡(モーリオン・ゴーグル)>をかけた見た目が“X星人”みたいなワシに、非難されるんは心外やもしれんけど?

 そいつが間違ってタンザニアのナトロン湖に落ちて石化してもうたみたいに、身動ぎ一つせずにジッとしとる。

 もしコイツが両手で耳を塞いどる、ガリガリの坊主頭やったらばオスロ美術館所蔵の名画のパロディやんけ。

 ……ああ、そーか。

 此の世界って、エドバルド・ムンク画伯が描いた傑作の背景によー似とるんか。

 精神的苦痛の隠喩ちゃうかーとか、火山噴火の描写ちゃうかーとか、って解釈されて来たんやけど去年やったか、欧州地球科学連合で新たな説が発表されたっけ。

 確か……ノルウェーの首都上空に浮かんだ“真珠母雲”を描いたんちゃうか、って研究が。

 “真珠母雲”は、成層圏に出来るんで“極成層圏雲”とも称される特殊なヤツやんな。

 北極とか南極とかの緯度がめっちゃ高い地域やと、冬場にチョイチョイと観測されるらしいけど。

 アコヤガイの内っ側みたいに鮮やかな発色をする理由は、雲を構成する雲粒の大きさが均一である事……やったっけか。

 仏さんが来迎しなさる時に乗ってはる“彩雲”とは、仕組みも条件も全く違うもんやけど。

 せやけど、綺麗なんは一緒やなー。

 思わず、ガキんちょを擽る手を止めて見入ってしまう。

 どんくらいボンヤリとしとったんかは定かでないけど、結構な時間やないかいな。


【 汝ハ何者ナリヤ? 】


 唐突に、頭ん中に奇妙な声が浸透してきよった。

 昔に嵌った縦スクロール系のシューティング・ゲーム、……主人公が魔王に攫われたお姫様を救うために聖剣の力でドラゴンに変身して戦うってな内容やったが、其のドラゴンが殺られた時の悲鳴みたいな声質やな。

 あの頃のワシは、今は亡きX68000ユーザーやったなぁ!

 本体とモニターと其の他周辺機器で合算すりゃ、大枚三十万円なりや!

 五インチのフロッピーディスクよ、汝は何処なりや?


【 汝ハ何者ナリヤ? 】


 はいはい、懐古趣味に浸るんは後回しってか。


「ワシはワシや、其れ以上ではあっても其れ以下ではあらへんさかいに。

 そーゆーアンタは、誰やねん?」


【 我ハ何者ナリヤ? 】


 おいおい、記憶喪失か?

 まぁ、アンタにはアンタが誰か判らんでもワシにはアンタが誰か、恐らく多分やけど知っとるで。


「アンタは高望みをした挙句に、墜落してしもうたイカロスみたいなアンポンタンやがな。

 いや、イカロスは自業自得やったが、アンタはイカレポンチのテロリスト並みに周囲を巻き込めるだけ巻き込んでの自業自爆やな。

 しかも、現在進行形で。

 言うなりゃ、フランケンシュタイン博士にモロー博士を融合させたみたいな存在やな。

 もしくは、「合成神経細胞群塊」を作り上げた復讐心が絶賛炎上中のジョンとマーサかもな。

 復讐心って事にゃら、『世界の中心で愛を叫んだけもの』の世界でブイブイ言わしとる『虎よ、虎よ!』の方が相応しいかも。

 『スローターハウス5』的な世界観で、体内時計が電池切れしてるんちゃうかって心配したくなる存在、みたいな?」


 ってな事をグダグダとお伝えしたら、自己完結っぽく自分で勝手に結論を出しやがんの。


【 我ハ偉大ナル貴キ者ナリ 】


 人の話を聞いてへんかったんかーい!

 誰もそんな事、ゆーてへんやんけーわーれーッ!


「いやいや、アンタは矮小で卑賤で下の下のド外道やで」


【 我ハ正シキ道ヲ選ビタル者ナリ 】


「いやいや、ドン詰まりの袋小路で立ち往生しとるスカタンやで」


【 我ハ栄光ヲ勝チ得タ者ナリ 】


「いやいや、足の爪先から頭の天辺までドブに浸かったド阿呆やで」


【 我ハ我ハ我ハ……何者ナリヤ? 】


「強いてゆーなら、恥の多い人間失格、や」


【 汝ハ何者ナリヤ? 】


「ワシか? ……見た目はおっさん中身は子供の、今は只の冒険者風情やけどソレが何か?」


【 冒険者トハ何者ナリヤ? 】


「そいつは『Cicada 3301』と並んで、世界七不思議の内の八番目や。

 誰もが回答を持ってるけど、誰もが正解を持っとらへん。

 ……“此の世界(セルデシア)”を作った“見た事もない神様”にでも、訊いたらどないや?」


【 冒険者ハ何処ヨリ来タルヤ? 】


「ソレやったら答えられんで……“現実(ホーム)”からや」


【 現実トハ如何ナルモノナリヤ? 】


「“現実”ってのは、此処から眺めたら完全アウェーな場所やで。

 具体的に言わんかったら、各自が背負った“運命”の現在進行形で成り立っとる世界や。

 過去完了形で生きとるお前にゃ、判らんやろーな?」


【 運命トハ如何ナルモノナリヤ? 】


「オスマン帝国に生まれ天竺で生涯を全うなされた、いと尊きコルカタのテレサの御言葉に曰く。

“思考に気をつけなさい、其れはいつか言葉になるから。

 言葉に気をつけなさい、其れはいつか行動になるから。

 行動に気をつけなさい、其れはいつか習慣になるから。

 習慣に気をつけなさい、其れはいつか性格になるから。

 性格に気をつけなさい、其れはいつか運命になるから。”ってな。

 運命を軽々しく語るにゃらば、其れは生まれた瞬間から背負っとって死んだ後まで永遠に支配され続けるモンやけど、己の生き方次第で何ぼでも変化する“屁”みたいなモンかもね?

 処が処が、や。

 アンタの場合はちょいと、違うかもしれへんね?

 何せアンタの運命は自分自身で決めた結果やなくて、天にまします……と思われる神様(ゲームデザイナー)が設計しはったモンやから。

 アンタの運命(ストーリー)は自発的な天然素材やのーて、こしらえられた養殖モンに違いないわいな。

 しかも残念な事にハッピーエンドもバッドエンドも、ましてやデンジエンドもブラックエンドも用意されてない、ときたもんだ!

 永久機関を原動力に車輪の中をトットコトットコと走り続ける、ハムスターみたいにな!

 せやからこーんな処にジャジャジャジャーン!、ってな感じで取り残されとるんやろうが?」


 “All the world’s a stage, And all the men and women merely players.

  They have their exits and their entrances.

  And one man in his time plays many parts.”


 ……『お気に召すまま』御随意に、って言われても根底からお気に召さへんけどな!

 “此の世界(セルデシア)”で与えられた役割は、自分ら(モンスター)は紛れもなく“悪役”や。

 んで冒険者(ワシら)は、楠正成的な歴史用語と、文字通りの意味からなるダブル・ミーニングの、“悪党”様や。

 しかして其の実態は?

 自分ら(モンスター)は強制的に役割を圧しつけられた“犠牲者”で、冒険者(ワシら)は其の茶番劇に強制参加させられた“被害者”や。

 ……せやけど其の犠牲者も被害者も、只の可哀想な役回りに甘んじるのを良しとせぇへんスカポンタンや。

 やるに事欠いて、立派な“加害者”にランクダウンしてくさる。

 思考の間違い、……なんてヒューマンエラーの最たるモンやと開き直っとるし。

 失言や放言と暴言とに差異はあらへん、……ってな感じで居直り強盗よろしく胡坐掻いとるさかいに。

 モンスター(そっち)冒険者(こっち)も、どっちもどっちや……。

 三百代言の住人たるワシとしては、今からでも日頃の行いを改めた方が後生大事に生きられるんやろうかしらん?

 過ちと偽りと嘘八百が埋め込まれて根腐れしとる、“此の世界(セルデシア)”で?

 馬鹿は死んでも治らん、って昔からゆーけど、“此の世界(セルデシア)”で何度か死んだら治るんやろうか?

 出来たら死にたないなー、って今が死後やんけー!

 ホンなら此処は死後の世界で合ってんのか?

 ……見渡す限りじゃ、地獄、極楽、ニライカナイ、黄泉、の何れでもなさそーやけど。

 中陰、中有、あるいは……煉獄か?

 もしそーならば、此処は『神曲』で語られとる煉獄山の天辺か?

 いつの間に“ペテロの門”を潜ったんやら。

 もしかしたら、裏口入学やったりして、ケケケケ。

 せやけど、ワシの性根からは七つの大罪は一掃されてへんけどね。

 ほな、“神学上の考えられる仮説”である辺獄かいな?

 ……ん?

 えらい静かになったな。

 気がつきゃ、ワシの膝上に居ったガキんちょは向かい側のベンチに座って、どっか遠くを見とった。

 其の横に座るガキんちょと顔立ちの似た子供も、ワシの頭の中を子供相談室にしくさりやがった胡乱な人物も。

 はて、見えぬ世界の彼方に何があるんとゆーんやろう?

 すると間もなく、黒い点が一つポツンと遥か彼方に。

 ……何じゃらほい?

 ボンヤリと眺めていたら、ソイツは次第に大きくなり、明瞭な形を伴いながら段々と近づいて来よる。

 ソイツは、一艘の舟やった。

 一隻の船でも艦でもなく、一艘の小船……のよーなモノやった。

 疑問形でゆーしかないのは、立体感がないのっぺりとしたシルエットやからやけど。

 インドネシアの影絵芝居(ワヤン・クリ)の小道具みたいに何とも薄っぺらい、出来損ないのCGみたいな舟は絶え間なく色合いを変える不思議な世界を、音もなく静かに滑って来る。

 煙草を一服するよりも短い時間で、舟はワシらの前までやって来て、急停止しよった。


 お迎えが来たし、そろそろ行こか。


 何でか知らんけど、ソレはワシのためだけに用意されたモンであるんは理解出来たし、直ぐに乗り込まなアカン、とも思った。

 思考の埒外から急かされ、ワシは其の真っ黒い舟にスタコラサッサホイサッサと乗船する。

 ペラッペラの舟の何処にスペースがあるんか、乗っていながらサッパリ判らんけども違和感なく無事に乗船出来ましたとさ、めでたしめでたし?


【 汝ハ何処ヘト行クヤ? 】


「そら勿論、心一つで地獄にも極楽にもなる場所や」


【 其ハ何処ナリヤ? 】


「有頂天の一丁目一番地にある、当座の“現実”やがな」


 “帰去来兮。田園将蕪、胡不帰”

 

 “帰去来兮”を“帰りなん、いざ”って翻訳したんは、天神さんやったっけ?

 菅原道真公も陶淵明先生と同じく学者で役人やったさかいに、時空を越えた共鳴的な翻訳が出来たんかもな?

 現代に生きるパンピーのワシは、しがない場末の比丘やさかい、理解の範疇外やけどねー。

 気分は当に、“已矣乎(やんぬるかな)”やな、ケケケのケ!

 “聊乘化以歸盡 樂夫天命復奚疑”ってな達観の境地は、ワシにはアルファ・ケンタウリよりも遠く感じるわ。

 ……おや?

 スルスルってな感じで、舟が勝手に動き出しよったがな。


「“天の海に 雲の波立ち 月の船 星の林に 漕ぎ隠る見ゆ”。

 ……柿本人麻呂御大なら此の風景を、どー詠みはるんやろーかね?」


 刻々と止まる事なく、七つの色が相互に交わり得も言われぬ名状し難い風景を描く世界を、舟は滑るように自動で進んで行きよる。

 進む先に目を凝らせば、七つの色が光となって混ざり過ぎ、ハレーションを起こしたように真っ白くなっとった。

 首を巡らし背後を見遣れば、七つの色が油彩絵の具のようにドロドロに混ざり過ぎ、どす黒くなっていやがる。

 んで其処には、取り残された三人の姿が薄い灰色のシルエットへと様相を変えつつあった。

 どーにも悄然とした三つの人影にワシが出来る事ってゆーたら、達者でなーと手を振るくらいなもんで。

 少しずつ少しずつ、視界の端の方が白く翳み出していくんと同時に、彼ら三人が小さくなりよる。

 彼らは百九十二年前からずーっと……ワシらの本来の時間軸なら十六年前からやけど、あそこで時間が止まっているんやろーなー。

 んで、<スザクモンの鬼祭り>が起こるたんびに、約一ヵ月間だけ“此の世界(セルデシア)”の実存時間に帰還する事が出来るんやろーな。

 詰まり、ワシと彼らとの世界が袖擦り合う機会は長い歴史の中のホンの一瞬って事か。

 こっちから見てるあっちは極彩色の中の無色やが、あっちからのこっちは如何に見えてるんやろーか?

 曇りなき白光を汚す一点の影、って処かいな?

 まぁスマンけど、元の現実への帰路が見つかるまでは今暫く、厚かましくも御邪魔させてもらうよってに。

 もう二度と合間見える事がないんを、切に願うわ。

 ほな、さいなら!



 未だに続く白々とした世界に、レオ丸は幾度も瞼を(しばたた)かせた。

 ぼやけた視界が次第に焦点を取り戻す。


「“天の原 ふりさけ見れば 霞立ち 家路まどひて 行く方知らずも”」

「……目覚めるなり、寝言でありんすか?」

「いつもの事だっちゃ」

「そは、『丹後国風土記逸文』の一首にて」

「おはようさん、アマミYさん、マサミNちゃん、アヤカOちゃん」


 よっこらせと上体を起こしたレオ丸は、コキコキと首を鳴らし、グルグルと両肩を回し、大欠伸をしながら肺の中の空気を入れ替えた。


「安住の地から追放されて寄る辺なく彷徨ってる、そないな夢を見ていたモンでな。

 とはゆーても、泣き崩れる(たお)やかな天女さんが出てくるよーな、いとやんごとなき風雅なモンやなかったけどなー」


 レオ丸は、ポンペイの遺跡から出土したような石造りの寝台の傍で寝そべる<獅子女(スフィンクス)>に(まなじり)を下げ、己の腹の上で蹲る<金瞳黒猫(グルマルキン)>の頭を撫で、寝台の枕元に腰かける<吸血鬼妃(エルジェベト)>に肩を竦めてみせる。

 そしてグルリと視線を巡らせ、さして広くもない簡易神殿内には自分達以外には人影が見えない事に鼻を小さく鳴らした。


「どーやらワシが、ドベみたいやな。

 って事はワシの死は、滑り込みアウトのゲームセットって事やったんかな?」


 ああやれやれ、と首を振りつつレオ丸は寝台から腰を上げる。

 いつものように契約主の頭上を定位置としたマサミNが大口を開いて欠伸を洩らし、立ち上がったアマミYとアヤカOが“家長”の背後につき従った。

 腰をトントンと叩きながら出口へと向かい、廊下へと左足を踏み出した其の時。


「レオ丸さん、丁度良い処に!」


 廊下の少し先にある曲がり角から、カズ彦が顔を出した。


「おお、お早うさん! ……今が何時か知らんけど」

「お早うございます、で合ってますよ。

 まだ夜が明けてから然程経ってませんから」


 足早に近づくや、差し出した右手で有無を言わさずレオ丸の利き手を握る、カズ彦。

 其の口元には、常の彼には見られない種類の笑みが浮かべられている。

 長いソロ活動の間に身に備えたアラートが、意識の中でワンワンと鳴り響くのをレオ丸は感じ取った。


「ああ、スマンけどちょいとコレがアレでソレなんで、ちょいとお先にドロンさせてもらいまんにゃわ」

「まぁまぁ、そう言わずに!」


 右手を握り込まれただけではなく、ガッチリと腰にまでカズ彦の鍛え上げられた腕を回されたレオ丸の足が、抵抗虚しく宙を足掻く。


「おいおいどないしてんカズ彦君よ一体全体何やねん!」

「其れは現場でのお楽しみですから」

「いややー!

 其の台詞を聞かされて“お楽しみ”やった事なんぞ、ワシの人生経験の中で一遍もあらへんかったわ!!」


 身を捩っての必死の抵抗も敵わず、<赤封火狐の砦(ファイアフォックス・キープ)>の廊下を実にスムーズに運ばれて行くレオ丸の体。

 僅かな望みを乗せてレオ丸が視線を送るも、二体の“家族(ファミリア)”はそ知らぬ顔でいる。


「其の者からは、殺気が感じられませぬゆえ」

「作為は感じられるでありんすが」


 レオ丸が盛んに頭を揺らすために居心地が悪くなった事に、マサミNは抗議の意を込めて契約主の頭頂部に軽く爪を立てた。


「コレが御主人の運命(さだめ)、だっちゃ」

 此の後をどーするかが中々定まらず……其れは拙著での、<Plant hwyadenプラント・フロウデン>における濡羽嬢の立ち位置でもあったのでやんすが。

 先日、儚くも御逝去なされました佐藤大輔御大の絶筆である『帝国宇宙軍』第1巻にして最終巻を拝読させて戴き、着想らしきものを得ましたので、どーにか捏造出来そうです。

 其の辺の事も匂わせつつ、次話を紡ぐ予定にて。

 大サトー御大の御霊の安らかなるを祈念して、合掌礼拝。

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