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第陸歩・大災害+104Days 其の弐

 さて思ったよりも間が空いてしまいました。

 八割方書いた処で、展開に可笑しな点を見つけ、入れ替え入れ替えしながら書き直ししてましたのです、ゴメンなさい(平身低頭)。

 さて、今回は懐かしい名前がチラホラと復活です。

 一部、改訂致しました(2017.02.23)。

 其の日の夜も更け、所謂“丑三つ時”と呼ばれる時間帯になった時。



[ オ・モ・シ・ロ・フ・ナ・イ・ノ・ヲ ]


 突如として。

 昏い声が、闘諍が途絶えた戦場の端から端まで響き渡った。

 高くもなく低くもなく、抑揚もない平坦な声が。

 其れは声変わりをしていない少年のようでもあり、齢を重ね末期の水を飲むのを待つばかりの老爺の声のようでもあった。

 山の頂にぬらりと生まれ、全てを吞み込もうと裾野を目指してヒタヒタと降りて来る夜霧を思わせる、鬱々とした音声(おんじょう)

 戦場の至る所に散らばり、所によっては小山をなしている金貨が幽かに共鳴し、聞く者の気持ちをささくれ立たせる。


「チッ、今夜も来やがったか!」


 倒し損ねた敵の残存戦力を全て殲滅し終えた後、其のまま周辺警戒をしていた狼牙族の<武士(サムライ)>は、口内に溜まった苦い物をベッと吐き出した。

 <ヘイアンの呪禁都>が誕生して以来ずっと汚染され続けている大地は、其れを甘んじて受け容れる。

 口直しの<ダビドフ・ロリポップ>を咥えた男は、深い闇に閉ざされた彼方を睨みつけた。


「スイ針ごたぁるスカン声っちゃ!」


 白地に損傷模様が施されたマスクを被った猫人族の<武闘家(モンク)>は、苛立たしげに何もない空間にキックを放つ。

 蹴り上げられた夜気は嫌々ながらに攪拌されるも、直ぐさま元のねっとりとした濃密さを取り戻した。


「やぁ、コリは大変な変態が出来(しゅったい)!」


 学ラン姿のハーフアルヴは、鈍器に分類されるはずのアイテムの<粉砕手拭い(スタッフ・タオル)>で額の汗を拭い、首筋を拭き、土埃で汚れた<超高純度鉄製下駄>を綺麗に磨き上げる。

 其の後で、改めて顔を拭った<施療神官(クレリック)>は緊張感の欠片もなく首をコキコキと鳴らし、憚る事なく大欠伸をした。


「皆さ~~ん、集合して下さ~~い、作戦開始の時間で~すよ~~♪」


 フワフワと空中散歩が楽しめるアイテム、<スーパーカリフラジリスティックエクスピアリドーシャスの傘>を差したヒューマンの<吟遊詩人(バード)>は、スカートの裾を翻して軽やかに、空中でステップを踏む。

 歌うような朗らかな彼女の声は、陰鬱な空気の上を滑りながら戦場の隅々へ殷々と響き渡って行った。


「では、此れより迎撃作戦の最終段階を発動する。

 昨夜の失態を繰り返さぬよう、各員、尚一層の奮励を期せよ。

 敵主体に対しては電撃(アサシン)連隊及び高速(スワッシュバックラー)連隊の全員、其れに爆竜(サムライ)連隊と獣拳(モンク)連隊の半数を充てる。

 電撃(アサシン)連隊と高速(スワッシュバックラー)連隊は俺が指揮を執り、左翼に布陣する。

 爆竜(サムライ)連隊は中央、獣拳(モンク)連隊は右翼を任せた。

 ランプ・リードマン、宇宙人#12、頼んだぞ」

「承知!」

「任せんしゃい!」


 <武士>と<武闘家>が力強く頷くのを見たカズ彦は、緊張感が臨界まで高まっている場の雰囲気から意図的に外れた表情をしている三人に、目を向ける。

 強酸性温泉のようなピリピリ感に浸らず、温い足湯を楽しんでいるかのような彼らの風情に、カズ彦は僅かに表情を和らげた。


「俺が出撃した後は、忌無芳一に指揮権を移譲する。

 全体を遺漏なく統括し、……俺も顎で使え、良いな?」

「了解です、局長」

「水琴洞公主は、芳一の補佐をすると同時に、魔法職全体の指揮を任せる」

「はーい♪」

「究極検閲官R、お前は回復職全員の指揮を執れ」

「やぁ、コリは大任大任、大役大役」

「只今戻りました……ッス?」

「おう、ロシナーヤ、お疲れさんだったな。

 其れで増援は?」

「あいつら鎧着てるんで足がメッチャ遅いんッス。

 ッスから、つき合ってられないんで一足先に戻って来たッス!」

「ほう、其れで……?」

「えぇ~っと……、<武士>が大目の五十人が其の内に来るッス」

「了解した、ではロシナーヤには、続けて特別任務を頼む」

「は、はいッス?」

「職種クラスの別なく足の速いヤツを五人選び、<送霊紋山(モン・ブラゾーン)>を遠望出来る場所まで進出し、其処で待機しろ」

<送霊紋山(モン・ブラゾーン)>ッス?」

「<スザクモンの鬼祭り>終了の合図は、あの山に五芒星の印が刻まれた時だ。

 其の印は、朝日を浴びて浮かび上がる……はずだ。

 もしも、其の印が現れなければ……」

「此のクソみてぇな戦いがまだまだ続くって事ですかい?」

「ランプの言う通りだ」

「ひぇっ、最悪ッス!」

「嬢ちゃん、ちゃーっと報告しちゃってん、頼んますけんね!」

「やぁコリは重大重大」

「宜しくねぇ~~♪」

「は、はいぃぃッス!! 人遣いが荒いッス!!」


 ミナミの街を中心にした一帯の治安維持に従事する<壬生狼>の制服である、段だら模様も厳しい半被を纏った猛者達の眼光に射すくめられ、ロシナーヤは敬礼しながら飛び上がる。


「では、全員準備にかかれ、抜かるなよ!」

「「「「「承知ッ!!!!!」」」」」

「了解ッス!」


 実に頼もしげな配下の返事を受け、一人を除くが、目を細めるカズ彦。

 其の脳裏に、鈴を転がすような音色が鳴り響いた。



[ イ・ト・ワ・ロ・シ ]


 不意に。

 闘諍が途絶えた戦場の端から端まで、人ならぬモノの声が響き渡る。

 耳障りなほどに甲高く、押し寄せる荒波のようにうねった声が。

 其れは電子機器で構成された人工的な音の連なりのようでもあり、山野の其処彼処で騒がしく鳴き盛る虫の音を寄せ集めたようでもあった。

 人気が消えた廃村の傍らで澱む沼に沸く、幾つもの(あぶく)が一斉に弾けたが如き、吐き気を催す陰々とした音声(おんじょう)

 戦場の至る所に散らばり、所によっては小山をなしている金貨が幽かに共鳴し、聞く者の意気を悉く萎えさせる。


「何でしょう、一体?」

「嫌な声だったワン」

「さぶいぼ立ったわ」

「胸糞悪いズラ」

「今のんは……もしや……ゼルデュス!?」

「確認を取ります!」


 ゼルデュスが念話をしている僅かの間を、落ち着かない様子で過すレオ丸。

 いつになくイライラとした其の姿は、冒険者達の不安を煽り立てる。


「……残念なお知らせです」


 念話を終えたゼルデュスが、沈痛な面持ちで口を開いた。


「向こうに、シュテルン出現の前兆があったとの事です」

「……って事は?」

「先ほどのは別口だという事です」

「マジかよ」


 不安げにざわめくだけの冒険者達の中で、レオ丸の顔色が瞬時に青ざめる。

 だが、其れは一瞬の事。


「あーーーッ、畜生め!!」


 何の前触れもなく、レオ丸は両手で頭を掻き毟りながら天を仰ぎ、ウガーッと怒号を上げた。


「ワシはどんだけ、ド(たま)悪いねんッ!!

 ヒントは既にあったやないかい、此のボケがッ!!

 思い返さんでも、アオニ離宮で紐解いた大地人の古き記録に、ソレらしき事が記されてたやんけッ!!

 シュテルンが出たんやったら、もう一匹も出現して然るべしやないけッ!

 大体にしてからに、此処の地名は<ドルンバウム>、……茨木童子の伝承地やないけッ!!

 そんくらい予想しとけや、ワシのアホンダラがッ!!

 あーしくじったわ、失敗こいたわ、コイツはワシの大失態やわッ!!

 ……ま、其れは其れとして」


 呆気に取られる衆人環視の中で一頻り悪態をついて気が済んだのか、レオ丸は表情も口調もコロリと変える。

 其の変わり身の早さに、ついて行けたのはゼルデュス只一人だ。


「落ち着かれましたか?」

「ああ、落ち着いた落ち着いた、醜態晒してゴメンやで」


 懐から取り出した<彩雲の煙管>をクルリと一回転させてから咥え、レオ丸は両手を大きく打ち鳴らす。


「はいはい、注目注目、静粛に!

 ちょいと皆に尋ねるけれど、エキスパンション・シナリオの『夏来る鬼』を知ってるヤツ、手ェ挙げて!」


 レオ丸の質問に、チラホラと手が挙がる。


「ほな、やった事があるヤツは?」


 手を挙げる者は誰も居なかった。


「まぁ、そーやろーな。

 ……指揮官閣下に質問やけど、今のワシらに与えられた準備時間はどんくらいあると見積もる?」

「凡そ、四十分でしょうね」

「其の根拠は?」

「昨夜の<ディープグラス修道院址>では、あのような声が発せられてから、実体が出現するまでのインターバルがそうだったと、報告を受けております」

「なるへそ……、ほなまぁ時間があるようでないさかいに、ワシから事前に知っておくべき情報を掻い摘んで述べるわな。

 そもそもやけど、<スザクモンの鬼祭り>は其れ単体で簡潔するレイドコンテンツ、やわな。

 ワシらのホームタウン……いや、ワシにはホームタウンやったやけど……<ミナミの街>が設定された二番目の拡張パック<決闘者の栄誉>で、<ゴブリン王の帰還>と共に加えられた、レイドコンテンツや。

 追加実施された時点やと、<スザクモンの鬼祭り>には幾種類かのアンデッドと<人食い鬼(オーガ)>、<ゴブリン王の帰還>には職種の違う<緑小鬼(ゴブリン)>、倒すべきモンスターは其れだけやった。

 だもんで勿論の事、強敵と呼べるモノは出てけぇへんし、特定種(ネームド)なんざ一体とて設定されてへなんだ。

 最初の頃は、其れでも良かったんやけどねー。

 だが、世の中は贅沢なモンばかりで足りた途端に、足りひんと感じるもんで。

 時が経つにつれてな、プレイヤーの側から物足りひんから何とかせー、って意見がバンバンと出るようになってしもーたんやわ。

 んで、運営さんが色々とやらはったテコ入れの一つが、エキスパンション・シナリオってヤツやった……」


 レオ丸のザックリとした説明に今少し補足をすれば、次の通りになる。


 日本サーバを統括する<F.O.Eフシミオンラインエンタテインメント>は、一年から二年に一度の割合で拡張パックやレイドコンテンツを追加していた。

 新しいプレイヤーを獲得するために、既存のプレイヤーを飽きさせないために。

 プレイヤー達から毎日のように寄せられる感想や要望、苦情にも真摯に対応する事に腐心し、苦心し続けていた。

 其の反映が定期的な、新規システムやパッチの導入である。


 レオ丸が例に挙げた二番目の拡張パック<決闘者の栄誉>では他にも、騎乗システム、戦闘システムの大幅改訂パッチが追加されていた。

 三番目の拡張パック<銀のオデッセイ>では、ボイスチャットへの移行、船舶アイテムと近海航路<船便>の追加。

 四番目の拡張パック<Maze War>では、レベル上限を六〇に引き上げ、ペットシステムの追加と改訂、飛行生物を騎乗可能生物リストに加え、PvPコンテンツ『悪しきものの迷宮』と<ススキノの街>を追加する。

 五番目の拡張パック<ムーンクレスタの宝珠>では、生産システムの大幅改訂パッチ、ギルドシステムの改訂、武器強化システムを搭載。

 <ナカスの街>を搭載した六番目の拡張パック<覇王の野望>では、レベル上限を七〇に引き上げ、ギルドハウス購入システム、レイド対決コンテンツ『Overlord』を導入。

 七番目の拡張パック<炎の贈り物>では、秘伝書システムや戦闘外行動の大規模見直しパッチを導入する。

 そして。

 八番目の拡張パック<永遠のリンドレッド>では、レベル上限を八〇に引き上げ、<シブヤの街>を追加するのと同時に、過去のレイドコンテンツの見直しが行われたのだ。

 其の対象に選ばれたのは、<スザクモンの鬼祭り>と<ゴブリン王の帰還>である。

 討伐対象モンスターのレベルが大幅に引き上げられ、登場するモンスターの種類が増やされた上で更に、新たなシナリオが付加されたのだ。

 付加されたのは、連動クエストと称しても間違いではない拡張(エキスパンション)シナリオである。


 <ゴブリン王の帰還>には、ランダムで選ばれたゴブリン以外の亜人が集団で、イースタル圏内に設けられた何れかの大地人の居住地を襲撃する、といったモノであった。

 選ばれた場所が平野部ならば、<小牙竜鬼(コボルド)>。

 選ばれた場所が森林地帯ならば、<醜豚鬼(オーク)>。

 選ばれた場所が海岸線ならば、<水棲緑鬼(サファギン)>。

 選ばれた場所が湖沼地域ならば、<蜥蜴人(リザードマン)>。

 シナリオ名は、『亜人たちとの夏』と言う。


 さて問題の、『夏来る鬼』の内容はと言えば?

 イベントやクエスト達成の最大の障害であるボス・モンスター並みの強敵が登場する物、であった。

 <悪鬼将軍(オーガー・ジェネラル)>のエヴァラーギに、<羅刹王(グレーター・エヴィル)>のシュテルンが、其の強敵(ボス)である。

 どちらの特定種(ネームド)モンスターも、スケルトンブレーダーの大軍を引き連れ、大地人の町が存在せぬエリアの何れかに出現し、大地人貴族の治める主要な町を目指して進撃するのだ。


 繰り返すが、『亜人たちとの夏』も『夏来る鬼』も後から追加されたシナリオである。

 レイドコンテンツと連動していたとて、パーツの一部ではない。

 『亜人たちとの夏』は、<ゴブリン王の帰還>において<七つ滝城塞(セブンスフォール)>を発したゴブリンの軍勢の一部が、何処かの大地人の集落を襲撃し終えた事を切欠として、発動するシナリオ。

 『夏来る鬼』は、<スザクモンの鬼祭り>が中盤を過ぎた辺りで、発動するシナリオ。

 つまり、何れのシナリオも大元のレイドコンテンツ内での事象を、発動の切欠(トリガー)とはするものの、本筋のコンテンツとは直接的には関わらないシナリオなのである。

 其のはずであった。


<F.O.Eフシミオンラインエンタテインメント>がしやはったテコ入れは、モンスターの強化中心やったんで、結果的にぁあバカ……ナカルナードみたいな戦闘バカにっとては、最適の鍛錬場と化してしもーた。

 此処に居る皆がしてへんのは、当然っちゃー当然やわな。

 そーんな鉄火場修羅場に、混ぜたら超絶危険が混ざってしまったんが、現状のよーやね?。

 ホンマなら徹底的な原因究明をしたい処やけど、今はそんな時間はあらへんさかいに。

 もしかしたら、別個のモンやと理解してたんはゲームの頃の勘違いで、“此の世界(セルデシア)”やと昔っから密接不可分、いや本来の一環に戻っただけなんかもなー。

 ……以上、予備知識終了!

 さて、本題に戻そうか、指揮官閣下?」

「そうですね」

「ほなスマンけど、昨夜行われた悪戦苦闘を詳しく教えてくれへんか?」


 問われたゼルデュスは束の間、瞑目し天を仰ぐ。


「幾度目かの敵勢の進軍を防ぎ切った休憩時間(インターバル)に、先ほどと同じような聞くに堪えない声が聞こえたんだそうです。

 何処から聞こえたのかは、定かではなかったようですが。

 されど、其の声が発せられてから四十分後に、数え切れぬほどの鬼火が天から降って来たんだそうです。

 青白い鬼火の約半数が寄り集まり、渦を描き、一つの塊になり、やがてシュテルンと化したとの事。

 残りの鬼火は其々が全て、<髑髏武者(スケルトンブレーダー)>に変じたとの事です。

 シュテルンはLv.93、スケルトンブレーダーのレベルはオール80だったと報告にありました」

「あれあれ、ちょい待ってや!

 ワシの記憶やと、そんな無茶でベラ棒なレベルやなかったはずやで!?」

「イントロンからは、そう報告されました。

 尚、カズ彦を含めた数名にも確認を取りましたが、誤認はなさそうです。

 結果として、前日までの戦いとは比べ物にならぬほどの強敵の出現に防衛線は崩壊寸前となり、日の出の時間が後数分遅ければ……」

「陣地を放棄して後退するか、陣地を枕に討ち死にするかの瀬戸際。

 其の二択を迫られた窮地を命がけで救ってくれはったんが、砦将閣下達。

 そーゆー事か?」

「……左様です」

「って事やって、皆の衆」


 カズ彦達が築いた防衛陣地に比すれば如何にも矮小な拠点内は、重苦しい沈黙に包まれる。

 肩を落とす者、地にへたり込む者、溜息しか吐けぬ者、一人を除く全員が、やがて迫り来る絶望的な現実を想像し、力なく俯いた。


「♪ 竹やり担いだ義勇隊 B29相手に 対空戦闘 ♪……ってか?

 大地人騎士(ホーム・ガード)達が、たった一つの命を捨てて、悪魔を叩いて砕こうとしやはった。

 さて、ワシらには命が幾つある?

 一つか? 三つか? 沢山か?

 例え立ちはだかる壁が強大やとしても、ワシらは不死身の冒険者様やん?

 さて、ゼルデュス指揮官閣下。

 考案仕立てホヤホヤの対処方法とやらを、蒙昧なワシらに教えて頂戴な」

「では早速……と言いたい処ですが、先ずは迂遠であろうとも前提から説明させて戴きます。

 昨夜の<赤封火狐の砦(ファイアフォックス・キープ)>方面での苦戦は、我々の勘違いがもたらした結果です。

 勘違いとは、我々が予想して然るべし物事を、何ら予想しなかった事に起因致します。

 個別であるべきモノが、個別ではなかった事に対応し切れなかった。

 で、あるならば。

 同じ轍を踏まぬためには、全ての事象を分離したモノと捉えず、先ほどレオ丸学士が仰ったように、一環だと考えれば良いだけの事です。

 “此の世界(セルデシア)”の<スザクモンの鬼祭り>には、強敵(ボス)が存在する。

 我々のすべき事は、増えた障害(ボス)をどうにかして排除する、其れだけです。

 さて、如何にすれば排除出来るのか?

 其れが何とも、難題です。

 何故なら、エヴァラーギもシュテルンも一体では現れず、必ず数知れぬ手下を、スケルトンブレーダーの軍勢を伴っているからです。

 ボスを排除するには、先に手下を殲滅せねばなりませんので。

 確か私の記憶では……『夏来る鬼』においてボスのHPは、手下と密接に直結していました。

 ボスのHPは凡そ二億はあり、手下のHPは一律で五万だったかと。

 詰まり、手下を一体倒す毎にボスのHPから五万ポイントを削る事が出来る、という事です。

 判り易く言えば、手下を四千体も倒せば、ボスのHPはゼロになるって事ですね」

「へ? 数値がちょいとばかし、可笑しないか?

 ゲームのシナリオやと確か其の半分……ってゆーのは今更か?」

「ええ、今更です」

「せやけど自分が述べた計算は、あくまでも、理論上はそーなるってだけの事やろう?」

「……残念ながら、レオ丸学士の仰る通りです。

 ボスは、残存HPが半分になると行動を開始します。

 HP並みに所有するMPを消費して、手下に防護魔法をかけるのです。

 防護魔法の効果は絶大で、此方の攻撃力を大幅に減殺します」

「じゃあ最初っから、ボスを攻撃したら良いんじゃない?」

「良い質問ですね、えっと貴方は……ニッポン公白蘭さんですか」

白蘭(びゃくらん)で結構です」

「では、白蘭さん。貴方の指摘は素晴らしい着想なのですが、残念ながら其れは出来ません。

 何故ならば、ボスは行動を開始するまでは一切の攻撃が通らない、所謂“無敵モード”なのですよ。

 其れより何より、ボスと私達の間には多数の手下がズラリと並んでおり、私達が一足飛びにボスを攻撃するのを阻みます。

 どうにかこうにか手下を減らし、ボスのHPを三分の一以下に減らせば、漸くボスへと此方の攻撃が通るようになります。

 まぁ、此方が突っ込まなくとも、向こうが勝手に前へと出て来てくれますが」

「出て来たら出て来たで、ムチャクチャ強いさかいに出て来てくれへんでもエエんやけどな。

 ほいで、対策の最終目標は奈辺に設定するん?」

「時間切れ引き分け、ならば万々歳」

「そいつぁ積極策として? 消極策として?」

「現状を冷静に判断した上での、策です。

 ボスを倒せればラッキーですが、最初から倒しにかかっては此方が力負けしてしまうでしょう。

 かと言って、最初から引き分けを狙えるほど敵は弱くもなし。

 まぁ倒しても倒しても、手下はゾロゾロと湧いて出るのに違いないですが。

 取り敢えず、前半戦は手下を倒せるだけ倒しましょう。

 後半戦は、無理をしないように戦いましょう。

 全員が心がけなければならない事は、今までと同様、自分のHPとMPの残量に留意する事です。

 無駄に死なない事、死に過ぎない事、夜明けまで継戦能力を喪失しない事、其れが一番の策です」

「対処法の方針としちゃ、そんなトコやろうな。

 んで、具体的には?」

「敵は、Lv.80以上で揃っていますが、此方にはLv.80に達していない者が若干名居ます。

 ですので、此方の戦力を均一化するためにも、Lv.90未満の者は後衛、もしくは予備戦力として待機してもらいます。

 そして、レオ丸学士と<召喚術師(サモナー)>の皆さんも同様に、待機していてもらいたいのです。

 夜明けまでの残り時間は、レベル上位者と実質的な戦闘力を主にして、戦いたいからです」

「……はいな、了解」

「では、班分けをします」


 陣地の奥まった方にレオ丸が身を引くと、<ナゴヤ闘技場>から来た八名と同業者九名が其れに従う。

 他の七十七名は、ゼルデュスの元に集った。


「此のタイミングで戦力外通告とは!」

「仕方ありません、下手すれば足手まといですから」

「レベルで分けるのはまだ納得出来るが、職種(クラス)で戦力外扱いは業腹もんだぜ!」

「しかし、ワテらの眷属(ファミリア)では歯が立たへんのは確かやし……」


 不当な扱いを受けている事に、些か納得のいかぬ者達。


「法師は悔しくないんデス?」

「そうはゆーても、ゼルデュスの示した方針は至極真っ当やしなぁ」


 橘DEATHデスですクローの問いかけに対し、レオ丸の反応は存外に鈍いものであった。

 レオ丸が不満の輪の中心辺りで他人事のように呟いた事で、戦いの一線から外された者達も気勢を削がれてしまい、やがて大人しく膝を抱えていく。


「……ま、悔しいか悔しないかの二択じゃ、悔しいのは確かやで」

「じゃあ!」

「けど、此処は戦場の最前線やさかいに、感情を発露させる前に理性で判断せんとなぁ?

 レベルが多少低くても、ガチの戦闘系ギルドなら何とかしたらぁ!って豪語しても通るやもしれへんが、残念ながらワシらは頭が残念な戦闘バカやあらへんし。

 戦闘系やないから強敵相手の戦闘やと、ガチンコバトルしたくても足手まといにしかならへんし、足手まといになる前に全滅するんがオチやろうな。

 んで、<召喚術師>は契約従者に依存した行動しか出来ひんさかいに、契約従者が敵わへん敵が相手になりゃ、役立たずでしかないわな。

 さて、そんなワシらに、一体何が出来るんやろうか?」


 冷えた頭で考えてみればゼルデュスが宣告し、レオ丸が追認した事は紛れもない事実であると、誰しもが理解出来てしまった。


「尋常な手段じゃどーやっても敵にゃあ勝てそうもあらへんし、味方にも相手にされへんしなー」

「じゃあどうするだら?」

「其れを考えるんだワン」


 ゼルデュスの指示する声を上の空で聞きながら、口を閉ざし眉間に皺を寄せて呻吟するレオ丸達。

 其の間にも、時間は刻一刻と過ぎて行った。



[ ゲ・ロ・ウ・ス・イ・サ・ン・ナ・リ ]


 人非ざる声が最初に発せられてから、きっかり四十分後。

 <ディープグラス修道院址>一帯に再び、人外の声が響き渡った。

 やがて。

 月明かりの届かぬ闇の奥の奥の方、<ヘイアンの呪禁都>へと到る彼方から現れたのは数えるのも馬鹿馬鹿しくなるほどの、鬼火の群れ。

 真夏の森の中、僅かな光源を求めて乱舞する羽虫の如く、無数の鬼火が宙を踊り狂う。

 楽しむように、憂えるように、鬼火は夜空を埋め尽くすほどの勢いで増え続けた。

 カズ彦達にとっては、蛍狩りのひと時にも思えた時間は一瞬の事。

 突然、力を失くした鬼火が全て地に墜ちた。

 夜の世界を仄かに染める、青白い燎原の火。

 其の火が一斉に消滅した其の時、其処に其れらが居た。


「攻勢用意!」


 陣地の中央で仁王立ちし、大声を張り上げる忌無芳一。


「皆さん、準備は宜しくて♪」


 指揮者とコンサートマスター役を兼ねた水琴洞公主は陣地の縁に立ち、不自然な闇に閉ざされた戦場を見下ろす。


「エドワード・エルガー、『威風堂々』第一番♪」


 振り上げた弓が月光を宿して煌めき、ヴァイオリン型アイテム<提琴#K525>の弦を滑ると同時に、重厚な音が勇ましく弾けた。

 秘密(バード)連隊が奏でるハーモニーは、極彩色の音符となって戦場を鮮やかに飾り立てる。

 轟轟(ソーサラー)連隊の詠唱が生み出したのは、数十もの攻撃魔法。

 宙を舞い、地に降り注ぐ音符を纏うやいなや威力を倍加させ、破壊と轟音の大輪を花開かせた。

 陣地の城壁に固定された<錬金術式練銀弩(ヘルシング・バリスタ)>は、炎神(ガーディアン)連隊が引鉄を引き絞る度に、次から次へと銀の杭を射出し、敵を撃ち抜いて行く。


「拳を固めろッ!!」


 宇宙人#12の号令に、獣拳(モンク)連隊が気勢を挙げた。


「突貫ッ!!」


 攻撃魔法が紅蓮の大輪を咲かせた敵勢中央部を目指して、<武闘家(モンク)>の集団が怒号を発しながら、右側から殴り込みをかける。


「抜刀ッ!!」


 ランプ・リードマンのかけ声を合図に、爆竜(サムライ)連隊が一斉に得物を構えた。


「征けッ!!」


 大量のヘイトをぶつけられた方へと寄り出し、薄くなり出した敵勢中央部へと雄叫びを挙げて斬り込んで行く、<武士(サムライ)>の群れ。


「やぁ、コレは賑やか」


 陣地の防壁に腰を下ろしている究極検閲官Rは、まるで他人事のようにパチパチと手を叩いた。


「それじゃあソロソロ、お仕事しませう」


 連隊長が指差す場所へ、回復職の者達が次々と駆け出して行く。

 組み合わせは、救急(クレリック)連隊、五星(カンナギ)連隊、超力(ドルイド)連隊から其々二人ずつ、計六名のパーティーが最前線を目指して。


「ボチボチだな」


 カズ彦は白鞘からスラリと日本刀を抜き、天に翳した。


「続けッ!!」


 走り出した指揮官に遅れじと、大地を蹴って敵へと躍り懸かる電撃(アサシン)連隊と高速(スワッシュバックラー)連隊。

 中央と左側からの攻撃に気を取られたスケルトンブレーダー達は、背後からの攻勢に為す術もなく崩れ出す。

 半分にも満たない上弦の月と瞬く満天の星空の下、防御側優勢で最終決戦の幕は切って落とされたのだった。



[ ゼ・ヒ・モ・ナ・シ ]


 人非ざる声が最初に発せられてから、きっかり四十分後。

 地獄の釜の蓋が開く音に似た其の声は、胸を張り背筋を伸ばして屹立するレオ丸達が少し(おとがい)を引いた視線の先で、発せられた。

 過日、<ヘイアンの呪禁都>の大門である<栖裂門(スザクモン)>を飛び出し、夜空を汚しながら天駆けて<ドルンバウム>の地に落下した鬼火。

 闇夜よりも昏く燃え盛っていた禍々しい焔は、墜落した後に一基の塔へと変じた。

 おぞましい装飾が施された其の塔を分類すれば、五重の塔であった。

 だが既に、見上げなければ全容を認識出来ぬ異形の威容は、何処にもない。

 大量の化学物質で汚染された溝川の色が上げる湯気とそっくりな、鮮やかにくすんだ色彩の煙を吐き出し続けていた塔が建っていた場所には、今現在、ヘドロが波打つ沼のような光の蟠りがあるだけ。

 連日繰り広げられた激戦により、塔は磨耗し尽くしてしまったのである。

 塔を組み上げていた建材は全てが、アンデッドであったのだ。

 日没と共に、塔は己を分解し、アンデッドの軍勢を生み出し続けた。

 しかし其の悉くを排除し、撃退し、食い止め続けた冒険者達の奮戦により、塔は其の高さを全て消耗し尽してしまったのである。

 今、レオ丸達が見下ろす視線の先にあるのは、塔の跡地であった。

 直径が凡そ二十メートルになんなんとする面積の其処は、様々な種類の廃液と排煙を無理からに練り合わせた、地獄への入り口と化している。

 奈落へと通じる底なし沼を、寒色系の夜光塗料で作れば、斯様な見かけとなるのかもしれない。


「小野篁公も、サイケでサイコなアレを使うたんかな?」

「ウェルギリウスは使ってないでしょうね」


 いつものように戯言を零すレオ丸とゼルデュスと、其の他大勢の見守る中で一つの動きが生まれた。

 絶え間なく嫌らしい光を湛え続ける底なし沼のようなものの表面に、前触れもなく大きな渦が生まれたのだ。

 渦は歪に蠢き、蠢く度に大きさを変化させる。

 やがて渦は、周囲の光と煙を全て呑み込み、小さなモノを一つ其の上に生み出して静まった。

 撒き散らされていた妖しさが一瞬にして収束した其処に、一つの人の形をした何かが、所在なさげに立ち尽くして居た。


「荒魂さん、いらっしゃーいってか?」


 レオ丸の呟きが聞こえたのか、人の形をしたソレが僅かに頭をもたげる。

 月の光を浴びながら、足元に影を落とさぬ人の形をした何かは、人間ならば口がある箇所を大きく歪めた。

 闇よりも黒い楕円形に、昏い緑色の線が一本引かれ、其の両端が釣り上がったのを見て、レオ丸は顔を顰める。

 其れは、悪魔が浮かべる笑みであったからだ。

 ベッタリと黒一色で塗り潰された人の形をした何かの足元が、不意にざわめき出す。

 揺蕩う汚らしい光の沼が泡立ち、汚らしい光彩を幾つも吐き出した。

 吐き出された濁った光彩が地に落ちると、其の一つ一つが真っ黒な人の形へと変化して行く。

 あっという間に、大地はスケルトンブレーダーの軍勢で埋め尽くされた。


「さて諸君、準備は宜しいですか?」

「「「「「応ッ!!!!!」」」」」

「では、攻撃開始ッ!」


 ゼルデュスの発令を受け、<妖術秘伝桃仙棒>を携え先陣を切るのはColossus-MarkⅡが率いるポインター隊、井出乙シローが率いるホーク隊、フォックスターAOが率いるホエール隊を中心とした、三十二名の冒険者達。

 全員がLv.90であるため、スケルトンブレーダーに遅れを取る事はないだろう。

 送り出したゼルデュスからすれば、其れだけが安心材料であった。

 言い換えれば、其れしか安心材料はないのだが。

 そんな慌しい状況下でレオ丸達が出来る事はと言えば、戦場の最前線へと赴く仲間達にエールを送るだけである。

 不本意ながら指を咥えて見守る事しか出来ぬ身では、居心地が良いはずもなく、レオ丸達は陣地の奥の方へと居場所を移した。

 肩を寄せ合い、傍観者気分へと陥りそうな予備戦力扱いの冒険者達。


「……尋常じゃない手段なら、何とか出来るかもしれへんな」

「ん? ……尋常じゃない手段、とは?」


 不意に零れたレオ丸の呟きを聞き逃さなかったユキダルマンXは、反射的に質問する。


「“コロニー落とし”とか、“魔血玉”を使って魔王の力を身に宿すとか、あるいは……」

「あるいは?」

「さて、<GHOST MASTERS>の諸君に質問やけど、<呪怨アイテム>は未だに所持しとるかいな?」


 レオ丸の一言を聞いた途端、Dr.コーギーと仲間達の目の色が変わった。


「「「「勿論、持ってますけど」」」」

「この際や、景気好くパーっと使わへん?」

「……そーでんな」

「面白いかもしれまへんな」

「ワシが持ってるんはコレやけど、自分らは何を持ってるん?」

「ワテはコレを」

「ワイもコレを」

「ワタイもコレを」

「ワッチもコレを」

「ちょ、ちょっと待って下さい!」


 徒ならぬ雰囲気を醸し出す<召喚術師>、正確にいえば元<死霊術師(ネクロマンサー)>ビルドと現<死霊術師(ネクロマンサー)>ビルド達の内輪話に、ユキダルマンXが割り込みをかける。


「何なんですか、其の<呪怨アイテム>って!?」

「其れはやな」


 <死霊術師(ネクロマンサー)>を代表したかのように、レオ丸が所謂“悪魔(メフィストフェレス)の笑い”を浮かべた。


「“尋常でない手段”、やで♪」


 零細ギルドの一つであった<GHOST MASTERS>の元ギルメン四人も、レオ丸と似たような“理性なき(フランケンシュタイン)笑い”を浮かべ、異口同音に言葉を発する。


「「「「そや、“尋常でない手段”や♪」」」」

 出来るだけ詰め込んだ心算が、其れでも終らせられませんでした。

 恐るべし<スザクモンの鬼祭り>。

 因みに今回は、何故に原作の<ゴブリン王の帰還>に、<水棲緑鬼(サファギン)>の襲来が連動したのかな?って思った事についての考察も加えてみました。

 如何でしたでしょうか?

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